まるやまっ!   作:わらしべいべー

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【前回のあらすじ!】
・ユニコォォーーーーン!!(幻聴)
・Roselia「この川…深いッ…!」
・彩ちゃん、オーナーに五十連敗目





さよよ!

 

 

 

 

 

 

「はぁ…」

 

 身体に溜まった疲労を抜くように嘆息する。

 最近は散々だ。あの丸山さんに関わってからというものことごとく舞い込むトラブルの山。本当に後処理をするこちらのことも少しは考えて欲しい。

 何より本人に反省の色が全く見えないことが問題だ。何度私や先生方が注意しても、怒声を浴びせても全くぶれないあのメンタルは逆にこちらが感心してしまうほどだ。無駄に逃げ足も速いので中々捕まえることもできない。

 

「……駄目ね。少し気分転換をしないと」

 

 私はいつも通っているライブハウス『CiRCLE』に足を運ぶ。

 適当に受付を済ませた後、練習部屋に1人で入り、持っていたケースから自分のギターを取り出す。そしてチューニングを済ませた後、静かに弦を弾き始める。音の点が繋がって線になり、曲になっていく。

 

 この曲は私が所属していたバンドの曲。

 私は先日そのバンドユニットを抜けた。理由は単純で、よくある方向性の違いというやつだ。私はバンドとしてもっと上に行きたかったが、他のメンバーはそうではなかった。それだけの話。

 だがそれでもやりきれない部分はある。私も1人の人間。半ば喧嘩別れのように離れてしまったあのバンドのことに対して何も思っていないと言われれば嘘になった。

 けれどそれでも私は先に行かなければならない。もっともっと先に行って、頂を掴んで、それで誰にも負けないものを作る。…そう、誰にだって。日菜にだって負けないものを。

 そんな思いが手首に伝ったのか、ピックが指から飛んだ。

 

 …しまった、つい力が入ってしまった。こんな感情的なミスをしているようではまだまだだ。冷静にならないと…。

 

「はい、ピック落ちたよー」

 

「ええ、ありがとうございます…」

 

「紗夜ちゃんギターやってたんだね。道理で指がゴツゴツしてる訳だよ。シンパシー感じちゃう!」

 

 ………ん?

 

「まっ、丸山さん!?どうしてここに!?」

 

「いや、帰りに紗夜ちゃんがライブハウス入っていくの見かけたからさ、気になって追いかけてきたんだよねー」

 

「…一応ここは私が個人で借りている部屋なのですが…」

 

「受付のお姉さんに紗夜ちゃんのお友達!って説明したらすんなり入れてくれたよ」

 

「あ、あの人は…!」

 

「それよりもさー!めっちゃ上手かったね今の演奏!ピック落ちるまではミスゼロだったじゃん!スーパーコンピーターみたいで超カッコよかったよ!」

 

 少し虚を突かれた。

 こんな風に真っ向から褒められるなんてことは久しぶりだったからだ。最近の私は評価されていてばかりだったからか、純粋な肯定の感想が少し照れ臭く感じた。

 

「……一応、練習していますので」

 

「へー!どこかのバンドに入ってるの?」

 

「…いえ、今は無所属です」

 

「いつもここで練習してるの?」

 

「ええ、まぁ…」

 

「今後バンドに入る予定とかある?入るんだったらライブ行くよ!サイリウムの服とか作ってさ!」

 

「いや、あの…」

 

 さっきから何なのだろうか、この人は。

 どうしてこう執拗に絡んでくるのか。そんなに私の演奏が気に入ったのだろうか。だとすれば有難いが、今は練習の邪魔でしかない。適当に流して部屋から追い出そう。

 

「…取り敢えず練習の邪魔なので部屋から出てください。話なら明日聞きますので」

 

「えー、ケチんぼ。そんなケチケチしてたらケチ魔人になっちゃうよ」

 

「ケチで結構。私は練習で忙しいので」

 

「……そんな風に練習してても上達なんてしないと思うけどね」

 

 思わず動きを止める。

 

「……どういう意味ですか。私の演奏に不満でも?」

 

「そういう意味じゃないっての。ただ、楽しくないまま練習してても上達ってしづらいよー」

 

「……楽しさなんて必要ありません。バンドに限らず音楽の世界は実力主義。そんな道楽を自分の中に入れて生き残れるほど甘い世界ではありません。上手いと伝わればそれで十分です」

 

「知ってる。その上で楽しさも必要って言ってるの!音楽は元は娯楽だぜい?自分が楽しまなきゃ相手も楽しめないでしょ」

 

「そんなわけがない」

 

「なら楽しくないバンドってある?何でライブで観客が声上げてはしゃいでるかわかる?楽しいからだよ!」

 

「…これまでのライブでもお客さんたちは十分楽しんでいました!私はこれが正しいと確信しています…!」

 

 丸山さんの言い分で頭に血が昇っているのを感じる。だがそれでも退き下がるわけにはいかなかった。

 私のこれまでを丸ごと否定させられてる気がしてならなかったから。その積み重ねは無意味だと言われてる気がしてならなかったから。

 

「あー!もう!この頑固者!石頭!ジャガイモ!」

 

「な、なんですか急に…」

 

「このままじゃ話は平行線!なら直接身体に教えてやるわ!!」

 

 そう叫ぶと丸山さんは部屋にある機材の中にあるギターとマイクセットを手に取り、そのまま構えた。

 

「丸山さん、貴方…!」

 

 

「教えてあげる!私が!この世で1番眩しくて!楽しい音楽を!!」

 

 

 キラリと星のような光が、彼女の瞳に見えた気がした。

 

 

 …そこから先のことはよく覚えていない。

 ただはっきりと覚えていることは、光があったこと。そして私の中に際限なく溢れた多幸感だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 ーー

 ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…よちゃん、紗夜ちゃん!」

 

「…あ、れ…?」

 

「びっくりしたー。急にぶっ倒れて頭打つから死んじゃったかと思ったわー…」

 

「わたし、は…」

 

 ……うた。そう うた だ。

 とてもしあわせで、たのしくて、まぶしい うた、おと……

 

 …………ああ、そうだ思い出した。丸山さんの演奏を聴いて、それで最後まで聴き終わる前に倒れてしまったんだ。

 軽く痛む後頭部を抑えながらゆっくりと起き上がる。

 

「いやー、ごめんね!久々だったからこうなっちゃうの忘れちゃってた!」

 

「……そう、なの…」

 

 丸山さんの声ははっきり聞こえる。だが、それに意識を向けることができない。頭がぼうっとして、うまく思考を巡らせられない。ただただ、丸山さんの顔に目を向けているだけで、それ以外の行動ができない。

 

「それでどうだった!?楽しかった?」

 

「……とても、幸せで…眩しくて…安心でした…」

 

「うんうん、それで?」

 

「ま、まる、まるやま、さんが、ひかりが、ひかって、きらりきらりって…」

 

「あれ?もしかしてまだ混乱してる感じ?むむむ、これでは会話にならない……あっ!そうだ!アレがあった!」

 

 そう言って丸山さんはどこかに行き、私の視界から離れる。その瞬間に、言い表しようのない不安に駆られる。どこ?丸山さん…?

 

「よしあった!こんなこともあろうかと買っておいた超有名ジャンクフード店の限定ポテト!ふふふ、風紀委員長様がポテト好きだということはリサーチ済みだじぇ!」

 

 そんな声が聞こえると丸山さんは視界に戻ってきた。

 あ、よかった。戻ってきた。丸山さんが戻ってきた。ああ、もっと、離れないように掴まないと…

 

「喰らえ!!丸山秘伝!必殺ポテトショット!!」

 

 掴まn

「ゴパァッ!!!??」

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、よかったよかった正気に戻って」

 

「良かったじゃありません!危うく窒息するところでしたよ!?」

 

「まぁまぁ、元に戻ったから良かったじゃん。はいポテト」

 

「むぐっ、ぽてぽて…」

 

「それよりもどうだった?何かわかった?」

 

「……わかる訳ないじゃないですか。…寧ろ更に分からなくなりましたよ」

 

「うーん、駄目かぁ。やっぱりこういうのはちょっとずつ認識を変えていくしかないね。よし、つーわけで今日から私も紗夜ちゃんの練習に参加します!」

 

「異議ありです!何故私の練習時間に貴女が割り込んでくるんですか!そんなこと認可できません!」

 

「いーもん、嫌って言っても無理矢理来るしー」

 

「ぐぐぐ…!」

 

「それに私はたった今紗夜ちゃんのファンになったのだ!推しには楽しく音楽してほしいもの!その思いで動くのはいけないことだと思う?私は思わないね!」

 

「……私は」

 

 楽しく、か。

 そういえば最後に音楽を楽しいって思ったのはどれくらい前だったろうか。前のバンドのライブ?日菜がギターを始める前?…それとも、初めてギターの音を聴いた時?

 

 さっきの丸山さんの演奏を思い出す。

 …うろ覚えだけれど、確かに丸山さんはあの時、心底楽しそうに歌って、ギターを鳴らしていた。

 それがあの不思議なパワーを生み出しているのなら、私が楽しさを思い出せば今よりももっと上に行けるのなら……もう少しだけ彼女の我儘に付き合うのも悪くはないのかもしれない。何か得られるものがあるかもしれない。

 そう思い、私は持っているギターを握りしめた。

 

 

 ───思えば、きっとこの時から私は既に丸山彩という人間の虜になっていたのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 ●●●

 

 

 

 

 

 

 

「もしかして紗夜ちゃん緊張してる?」

 

「…はい、正直」

 

 Roseliaのライブが終わったら次の日、2人は詩船の約束を果たす為に、ライブハウス『SPACE』に向けて足を運んでいた。

 『SPACE』のオーナーはかつては有名なバンドのギタリストだ。そんな人にギターを見てもらうと考えると紗夜は少し体が強張った。

 

「…あの、丸山さん」

 

「んー、何?」

 

「SPACEのオーナーってどんな方なんですか?」

 

「キレやすいおばちゃん」

 

「気前が良いのではなかったのですか…」

 

「気前も良いけど、気も短い。典型的なご老人ですよー」

 

「…それは丸山さんの態度が原因なのでは?」

 

「まっさかぁ!私は誠実な態度で接しているよ!ほら、歳も歳だし、色々労わらないといけないこと、あるしね!」

 

「そういうところだと思いますよ」

 

「ま、少なくとも悪い人じゃ無いよ。ちゃんとこっちのことは考えてくれてる人だから」

 

「…そうですか」

 

 彩がそこまで言うとは、信頼されている人らしい。少しだけ張った気が緩んだ気がした。

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

「へい、ばぁさん!約束通り来たぜ!」

 

「来店早々喧嘩を売るとは良い度胸だね。機材諸々使用禁止にしてやろうか?」

 

「おっとそれは勘弁だぜ!ごめんなさいだぜ!」

 

「素直でよろしい。…で、そこの隣にいるのがあんたが言ってた娘かい?」

 

「うん!氷川紗夜ちゃんだよ!」

 

 詩船は見定めるように、まじまじと紗夜を見つめる。

 あの彩が連れてくる相方など一体どんなジャジャ馬なのかと思っていたが、存外マトモそうである。

 

「…氷川紗夜です。本日はよろしくお願いします」

 

「ああ、じゃあ早速こっちに来てもらうよ」

 

 そう言って奥にあるスタジオに案内される。中は演奏場と思われるステージと多少の機材が並ぶスタジオとしてはシンプルな部屋だった。

 

「丸山、演奏曲はカバーが2つとオリジナルが一つだね」

 

「うん!今度のライブのために新曲こさえてきたんだからね!」

 

 丸山の新曲など良い予感はしないが、まぁそれは一旦置いておこう。今はこの氷川紗夜だ。

 

「…わかってると思うけど、今回アンタに演奏してもらうのはここを利用させる為じゃない。丸山の演奏について来れるかを確認する為だ。いつもみたいに甘く見るつもりは無いよ」

 

「…はい、分かっています」

 

「今からあんたにはライブで出す予定の曲を2回演奏してもらう。1回目はソロで、2回目は丸山と一緒にしてもらう」

 

 1度目の演奏で個人の能力を、2回目のセッションで丸山の音に引きずられていないかを確認する。

 知っての通り彩の音は大変危険な代物だ。彩の音とカリスマに負けない程の強靭な精神の持ち主でなければ彩の極光にかき消されて終わりだ。

 

「…そしてもしこの試験に落ちた時、…あんたには丸山との関係を絶ってもらう」

 

「!? な、何故…!?」

 

「当然だよ、生半可なヤツがあの娘の近くにいてもそれはあの娘の為にならない。足枷になるだけだ。…あの娘に潰された娘達みたいにね」

 

「…ッ!!」

 

 この試験はある意味丸山の人生を決める重要なものでもある。故にいつも以上に慎重に、厳しく見なければならない。

 

「準備ができたら始めな」

 

「……ッ」

 

 紗夜はスタジオから出て、少しばかり立ちすくんでしまう。

 確かに詩船の言うことは最もだった。彩の音は、カリスマは、半端な人が半端な覚悟でついていくものでは無い。

 しかし、もし試験に落ちれば彩との関係は完全に途絶えてしまう。

 

(…嫌だ、絶対にそんなの嫌だ…!私は…!)

 

「紗夜ちゃん」

 

 モヤの中を切り開くように伸びた暖かな手が紗夜の頭を優しく撫でた。ハッと瞠目する。

 

「ま、丸山さん?」

 

「大丈夫だよ。練習通りにすれば」

 

「きっと、きっと上手くいくから。…だから楽しんで来て」

 

 2人の目が合う。

 紗夜は不思議な感覚に襲われた。先程まで心を覆っていた不安が消え去り、まるで雲一つない青空のような清々しい気分になったのだ。今なら、どんな困難も乗り越えられる。そんな気さえした。

 

「…はい」

 

「よし!行ってこーい!合格したら今日は焼肉だぞー!」

 

 

 ー

 

 

「準備はできたみたいだね」

 

「はい」

 

「じゃあ始めな」

 

 そうして紗夜はギターをかき鳴らし始める。ライブで演奏するカバー曲だ。

 氷川紗夜らしい正確でミスタッチの限りなく少ない調律。しかし本来は無い転調や、独特なアレンジが絶妙なタイミングで差し込まれている。そこから滲み出る喜色は、音楽をきちんと楽しんでいる証だった。

 

(…ほう、お堅い音を鳴らすかと思えば、存外幅が効くじゃないか)

 

 そうして曲が終わり、残響音が沈む。

 詩船は椅子から立ち上がり、紗夜に近づく。

 

「一応、最初に言っておこうかね。…やりきったかい?」

 

「…はいっ」

 

「…技量は申し分無い。自分の音もきちんと確立できている。言うことはないよ」

 

「ありがとうございます。……ですが」

 

「そうさ、ここで終わりじゃない。…丸山」

 

「はーい!頑張ろうぜ紗夜ちゃん!」

 

「…はい」

 

 そう、ここからが本当の鬼門だ。

 今から紗夜はこの惑星のような強烈な引力に喰らいついていかなければならない。この怪物に振り落とされないように。

 

「一応言っておくけど、遠慮なんてするんじゃないよ、丸山」

 

「分かってるって!本番想定でやってあげるっ!」

 

「……ッ」

 

 その言葉で紗夜の脳裏に思い起こさせるのは、初めて彩の演奏を聞いたあの時の記憶。

 

 …この演奏の中で私がしなければならないことはただ一つ。私の世界を丸山さんに潰されないようにするということだけだ。潰された瞬間に私の負け。だから私ができることは…

 

「紗夜ちゃん」

 

「…え?」

 

「今から私たちは勝負をするんじゃないよ。一緒に演奏するんだ。それだけは、忘れないでね」

 

「………ええっ!」

 

 私たちはお互いに、それぞれギターとベースを構えた。

 

 

 

 

 

 ーーー

 ーー

 ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァッ…!ハァッ…!」

 

 やり、きった…!

 多分、恐らく…!私は最後まで丸山さんには呑まれなかった…!たった一曲だが、やり切った…!!

 その光は今まで感じたことのないほど強烈だった。あまりに眩しくて前すら見えなかった。何度意識が飛びそうになったかわからない。でも、それでも私はやり切った…!!私の音はまだ確かに、私の中にあるッ…!!

 

「はぁーッ、はぁーッ…!……やり、きり、ましたッ!!!」

 

「ああ、確かに見届けたよ。…合格だ」

 

 やっ、たぁー…

 その言葉を聞いて私は力が抜けて思わずその場にへたり込んでしまう。

 

 …やった、やった、やった!やった!!やった!!!

 

 思わず満遍の笑みが浮かんでしまう。ああ、でも仕方ない。ようやく丸山さんの隣に立つ資格を得たのだから。まだ私は丸山さんと一緒にいて良いのだ。そう思うと口角が上がるのを止められなかった。

 

「やったね紗夜ちゃん!!おばちゃん試験クリアだぜ!」

 

「…ええ」

 

「誰がおばちゃんだ」

 

 そう嬉しそうに私の隣で飛び跳ねる丸山さん。…こっちは疲労困憊だというのにまだまだ余裕そうだ。それがちょっとだけ憎たらしい。

 

「ほら喧しいよ。…丸山、少し氷川と2人で話をするから席を外しな」

 

「えー」

 

「100円やるからジュースでも買って来な」

 

「わーい!やった!!ありがとう詩船お婆ちゃん!」

 

「なんでさっきより歳とってんだい!さっさと行きな!!」

 

「はーい!」

 

 丸山さんは軽快にスタジオを出て行った。スタジオは私と詩船さんの2人だけになる。

 

「…さて、さっきも言ったけど合格だよ。ライブの出場登録はこっちで済ませとく。頑張りなよ」

 

「はい、ありがとうございます」

 

「…本当によくやってくれた。おかげでようやくあの娘も新しい道に一歩前に進めた」

 

 詩船さんは私の隣に腰を下ろす。その雰囲気は先ほどとは違い優しげで、目には嬉しさが滲み出ていた。

 

「…あの娘は知っての通り強烈すぎるもんでさ、バンドを組んだ相手を悉く廃人にしちまってたんだよ。未だに病院から出てこない奴も多いって噂だ」

 

「…そんな」

 

「でもあの娘はね、音楽が大好きなのさ。歌うのが好き、弾くのが好き、曲を作るのが好き。たった1人でもそれを心底楽しそうにしてくれる。だからアタシには危険とわかっていても1人の音楽に携わる者として、あの娘から音楽を取り上げるなんてことはできなかった」

 

 それは、まるで懺悔のようだった。持っている杖を静かに握りしめている。

 

「あの娘は、丸山は偶像だ。最強のね。誰も彼もがあの娘の背けられない光に目をやられちまう。あの子をこのまま世間に出せばとんでもないことになるだろう。少なくとも平坦な道とは程遠いものになるよ。…それでもあの娘に喰らいつく覚悟がアンタにあるかい?」

 

 ……そんなもの既に愚問だ。

 この試験を、丸山さんに喰らい切った時から覚悟は決まっている。

 

「あります」

 

「…良い目だね。鈍いけれど、確かに光がある。…さて、アタシの長話は終わりだ。本番、気張りな。楽しみにしてるよ」

 

「はいっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 2人が帰った後のスタジオ。静かに先程の2人の演奏の余韻に浸る。

 

 ああ、本当に危なかった。

 後一瞬でも演奏が続いていたら、一瞬でも気を抜けば、こっちが廃人同然になるところだった。相変わらず彩の演奏は強烈だ。

 しかしそのリスクを負っただけの収穫もあった。氷川紗夜は見事丸山彩の演奏に耐え切り、生き延びた。だが詩船から見れば本当にギリギリ耐え切った、と言ったところである。例えるなら高級霜降り肉に和物がついた程度の変化だ。これから霜降りに張り合える存在になれるかは彼女次第である。

 当然あの様子では三曲ぶっ続けで演奏なんて無理なので、本番は彩が作ったオリジナル一曲だけにするようだ。

 

 まぁ、曲数なんて彩には関係ない。一度ステージに出れば後は唯我独尊を地で行くだけだ。紗夜はその道にようやく立つことができたに過ぎない。

 だが、逆に言えば立つことができたのだ。近いうちにきっと丸山彩は孤高ではなくなる。紗夜の瞳に映る鈍く光った焼け跡がそれを物語っていた。

 

(…こりゃ、とんでもないライブになりそうだねぇ)

 

 そうして、そろそろ店の片付けを済ませようと詩船は席を立つ。するとドタドタと床を叩く音が聞こえてきて、スタジオのドアが開かれた。

 

「オーナーさんっ」

 

「…ああ、ようやく終わったかい。全く、時間ギリギリまで残ってくれて」

 

「えへへ、なんたってPoppin'Partyの初ライブですから!できるだけ時間は沢山使いたいんです!」

 

 そう元気に言うのはバンドユニット『Poppin'Party』のリーダーである戸山香澄だ。後ろから他のメンバーも返却する機材を持って来ている。

 彼女らは、来週に迫るこのSPACEでの箱ライブに備えて練習をしていた。

 

「そうかい、まぁ本番に響かない程度に頑張りな」

 

「はいっ!…って、それバンドの登録書ですよね!」

 

「おー、今回は随分沢山出るんですね!登録帳にバンドがいっぱい…!」

 

「あっ!さーや、私にも見せて!」

 

「凄いですね…有名なバンドばっかり…」

 

「これもオーナーの縁ってやつですね!」

 

「ちょっと、見えないんだけど!香澄!もう少し屈みなさいよ!」

 

 やいのやいのと騒ぎ出すメンバーを見て詩船はため息を一つ落とす。

 

「アンタたち、勝手に業務用の紙を見るんじゃないよ」

 

「あっ、すみません…。ほら香澄、それオーナーさんに返そう」

 

「はーい…ってあれ、『アオハル』?初めて聴くバンドユニットだ」

 

「…確かに、ライブハウスの予約表でも見たことない名前だね。…ってよく見たらライブのトリじゃん!」

 

「トリって、最後ってことか。そんな凄えバンドなのか?」

 

 SPACEのライブでは演奏の順番を詩船の独断で決める。基本的に実力の高いバンド程後ろの傾向がある。

 

「…そうだね、というよりあの娘らに関しちゃあ、最後じゃないと色々不味いんだよ」

 

「え?どういうことですか?」

 

「本番にわかるさ。…ただ、一つ言うなら気をしっかり持つことだね」

 

「?」

 

「ほら、さっさと機材諸共返しな。もうここも閉じるよ」

 

「あっ、はーいっ!今日はお疲れさまでした!」

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

「はぐみ!」

 

「ん?どうしたのこころん」

 

「これ見て!」

 

 そう言って見せてきた携帯には彩と紗夜が楽しそうに焼肉店で食事をしているツーショットが写っていた。

 

「あ、丸山先輩と風紀委員長さんじゃん。仲良いって聞いてたけど本当だったんだなぁ」

 

「楽しそうだわ!ねぇはぐみ!今から私たちもここに食べに行きましょう!焼肉!」

 

「良いね名案!行こう!」

 

「いや待てい」

 

 さも決定事項かのように練習場を離れようとする2人を美咲は止めに入る。

 

「練習まだ途中よ。それにライブも近いんだから我儘言わない」

 

「だってぇ、当日彩が来れないって言うんだものぉ…!寂しいわ…」

 

「いや、まぁ、それは残念だと思うけどさ…。どうしても外せない予定があるんなら仕方ないでしょう」

 

「だから今から彩に会いにいくのよ!」

 

「だー!どうしてそう論理が飛躍するのさ!過程はどこに行った過程は!」

 

 美咲はこころを羽交締めで抑えて逃亡を阻止する。

 

「それにほら、折角花音さんがSPACEのライブ登録をとってくれたんだから、この機会を無駄にしちゃダメよ。ね、花音さん」

 

「は、はい…。ただのツテ頼りですけれど…。偶には実力のある人たちとのバンドも必要かなって…」

 

「フッ、相変わらず花音は思い切りが良いね。それに言ってることにも一理あるよ。世界をハッピーにするには勿論実力も必要だからね。今回はそれを試せる絶好の機会だろう」

 

「そう、だから私たちはそんな実力者に恥じないライブをしないといけないの。他のバンドに力負けして良いの?」

 

「……そうね!焼肉も食べたいけど、世界をハッピーにする練習も大事…。なら両方すれば良いのよ!黒服さん!今からここでみんなとバーベキューライブをしたいから準備お願いできるかしら!?」

 

「勿論ですこころ様」

 

「あーもうっ!!」

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

「どうしたの友希那、こんな夜にグループミーティングなんて」

 

「あ、紗夜さんがいないの珍しいですね!」

 

「氷川さんは用事があるみたいですので、今回は私たち4人だけですね」

 

「それで友希那。言いたいことって?」

 

「結論から言うわ。来週の日曜日を空けておいて頂戴」

 

「? 良いですけど、またどうして…」

 

「先日のライブで私たちは自分たちの実力を顧みることになったわ。それは結果として決して悪いものではなかったけれど、あの場には私たちの他にもレベルの高いバンドはいくつもいた」

 

「確かに。特にAfterglowなんて頭一つ抜けてましたよね!」

 

「ああ、あの友希那に変な対抗心向けてる子のとこの…。でも言うだけあって確かにレベルは高かったよね」

 

「そう、だから私たちは来週の週末、ライブハウス『SPACE』の箱ライブに行くわ」

 

「SPACE…!ガールズバンドの聖地と呼ばれている場所…!」

 

「つまり敵情視察ってことですね!」

 

「ちょっと物騒な物言いだね。…でも間違ってはないか。これから競うかもしれない相手もいるからね!」

 

「その通りよ。今回のSPACEのライブにはプロやそれに遜色無い程の実力者が多く出場するわ。私たちが乗り越えるべき壁を見るという意味でも行く価値は十分にあると私は考えたわ」

 

「成程!私は異議なしだよ!」

 

「あこも!」

 

「私も」

 

「なら来週の日曜日、朝SPACEに現地集合よ」

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…あら」

 

 静かにバイブ音を鳴らす携帯を取り出し、メッセージを確認する。

 通知欄には「花音」と書いてある。

 

「…久しぶりに連絡をしてきたわね」

 

 最近は色々とあったからか、中々連絡を取る暇も無かった。しかし彼女の方から送ってくれるとは。少し笑顔をはにかみながら、メッセージの内容を確認する。

 

「…ライブ」

 

 内容は花音が所属するバンドがライブを行うので、是非来てほしい。というものだった。ご丁寧に後日チケットを家まで配送するとまで書いてある。

 

「…偶には、気分転換も良いかしら」

 

 折角の友人からのお誘いだ。無下にするわけにもいかない。

 それに最近は周りで良くないことばかり起きていて正直気が滅入っていた。幸運にもその日は何も仕事は入っていないので、気を晴らすのが1番良いだろう。

 前向きな返事を返した後、携帯を鞄にしまおうとする。すると、再びバイブ音。

 花音からの返信かと思ったが、画面に映っていたのは「パスパレ事務所」の文字。

 

「…はぁ」

 

 態々自分に連絡してくると言うことはまた何かしでかしたのだろう。

 案の定内容はあちらのミスが発覚したので急遽対応して欲しいという旨だった。

 

「本当、少しは私たちのことを考えて欲しいわ」

 

 無能事務所め。

 そう内心どくづきながら彼女、白鷺千聖はすっかり日が沈んだ空に浮かぶ星を忌々しげに見た。

 

 

 

 

 

 

 ●●●

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、お腹いっぱいだぜ!」

 

「いくら食べ放題といっても食べ過ぎでは、太りますよ」

 

「大丈夫だよ、私どんだけ食べても太んないし」

 

「は?」

 

「そ、そんな怖い顔しないでよ〜。ほらあれだよ、私普段沢山運動してるからさ?それのおかげだよ!」

 

「んむ…」

 

 確かに丸山さんは運動神経が高い。それが 彼女の絶え間ない努力の成果なのならば、このプロポーションを保てているのも納得…

 

「できるわけないでしょうが!!そんな積極的に運動をしているならそんなに腕が!足が!細いわけがありません!胸ですか!?胸に行ってるんですか!栄養が!!」

 

「ぎゃーーっ!?やめて!そこ大事なとこ!大事なとこだからぁ!!」

 

 本当に私がいったいどれだけ今のプロポーションを保つのに苦労しているか…!そんな私の苦労も知らずに!この贅肉星人め!

 

「さぁ本当の理由を教えなさい!どうして太らないのかを!!」

 

「ふふ、まぁ、強いて言うなら才能、かな?」

 

 絶対に許せません生かしておけません歴史から抹消します。

 

「ほんぎゃあぁぁ!!!?」

 

 

 ー

 

 

「胸千切れるかと思った…」

 

「そのまま千切れればよかったんですよ。そうすれば私と仲間です」

 

「結構気にしてるんだね…」

 

「当然です!胸は女性のステータスですよ!女性の価値の半分は胸で決まると言っても過言ではありません!」

 

「そんなことないよ〜、だって私は紗夜ちゃんのことすごく魅力的だと思ってるもの」

 

「んなっ!ま、また貴方はそうやっておだてて…!」

 

「おだてじゃないんだけどなぁ…」

 

 毎度毎度同じ手に引っかかるとは思わないことです!

 

「ちぇーっ」

 

「…それよりも丸山さん、来週のライブの自信の程はどうですか?」

 

「そりゃ満点だよ!何より演奏が楽しみだ!紗夜ちゃんとステージに立てるんだからさ!」

 

「はい、私もとても楽しみです」

 

「紗夜ちゃんやーっと最近楽しく演奏できるようになったもんね!」

 

「…ええ、丸山さんのおかげです」

 

 この前のRoseliaのライブでも、今回の試験でも、アドリブを不確定を楽しむ演奏をした。以前の私なら絶対にしなかった演奏。今の私は以前よりも確実に広く物を見れて、成長していた。

 

「妹ちゃんとはいつまで経っても仲は良くならないみたいだけどねー」

 

「今は日菜のことはどうでも良いです。それよりも明日から練習に付き合ってもらいますよ。貴女の音に少しでも付いていくために、本番までに仕上げなければならないのですから」

 

「むふふ、そうこなくっちゃね。 SPACEの予約取ろっか?」

 

「いえ、いつもの公民館で」

 

「おけまるっ!じゃあ明日放課後集合ね」

 

 

 

 ー

 

 

 

「たーらーこー♪たーらーこー♪」

 

 余程2人でライブに出れたのが嬉しいのかさっきからるんるん気分の丸山さん。そんな彼女を見ていると、ふとさっき詩船さんと話していたことを思い出す。

 

「…そういえば、今更こんなことを聞くのも野暮だと思いますけど、丸山さんは自分のあの音楽を人前で披露することに抵抗は無いんですか?」

 

「…と言いますと?」

 

「その、仮にも人を狂わせてしまうほどの力を持つ音楽を、大勢の人の前で叩きつけることに何か思うことは…」

 

「無い」

 

 なんの澱みもなく、丸山さんはそう答えた。

 

「確かに最初は戸惑ったこともあった。…けど、それって私の歌を、想いを最後まで受け止めきれないお客が悪いのよ」

 

 そう言う彼女の目には一切の迷いは無い。

 

「そう!観客に音を捧げている私に何の罪も無い!仮にそれが原因でその誰かさんの人生が壊れたとしても、それは私の歌のエネルギーが生み出した結果!何の後ろめたさも無い!寧ろそんなことを考えてしまうのはこれから待つ観客に対しての失礼に他ならない!!だから私はステージで遠慮なんてしない!遊びはする!楽しみもする!けど手抜きはしない!それが丸山流だぜ!!」

 

 そう高らかに宣言する彼女の姿は、とても美しく、普段からは感じない気高さのようなものを感じた。…嗚呼、確かにこれは最強の偶像だ。

 他人を顧みないその姿はまさに傍若無人、天上天下唯我独尊。演奏者も観客もまとめて振り回す究極の歌う災害、丸山彩の姿だった。

 

「さぁ!共に蹂躙しようぜ紗夜ちゃん!!!私たちの音で!!観客を!!」

 

 いつもの笑顔でそう言って彼女は、私に手を差し伸ばした。

 …この手をどうするかなんて愚問だ。迷いなんて一切無い。………けれど、

 

「…取り敢えず、丸山さん。ここ街中です」

 

「あり?」

 

 丸山さんの大声に、往来する人々の奇異の目が私たちに向けられていた。

 本当、締まらない上に最悪のスポットライトですよ…。まぁ、こういうところも丸山さんらしいですけどね。

 そう思いながら私は抜けた顔をしている彼女の手を掴んだ。

 

 

 

 

 

 

 







転生彩ちゃんのヒミツ③:実はいくら食べても太らない!それと同時に滅茶苦茶大喰らいでもあるぞ!平気な顔で10人前はぺろりだ!どうやら前世でも同じだったらしい!

今作では出ないであろうパスパレ衣装の転生彩ちゃん

【挿絵表示】





次回、光爆発!!


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