実質これがこの小説の第1話。
ちょっと長いけど、ま、まぁ鍛えられたハーメルン民なら大丈夫やろ!
【前回のあらすじ】
・まんまる焼きポテト!
・称号『地獄の前日譚』を獲得!
・君は、引力を信じるか?
その日、ライブハウス『SPACE』はかつて無いほどの人で賑わっていた。
基本的に箱ライブは規模が小さくなりがちなのだが、今日は参加するバンドの多数のファンも来ていることもあって、この有様だ。ガールズバンドの聖地というのは伊達では無いわけである。ライブハウスが開く前からこの様子なのだから本番の盛り上がりは想像に難くないだろう。
「うっひょー!すっごい人!」
彩はそんな人でごった煮になっている人を見て感嘆の声を上げる。
するとその人混みからは少し離れた場所に自分の相方を発見する。
「あ、おっはよう!紗夜ちゃん!」
「ええ、おはようございます。…って何を食べて来てるんですかそれ」
「きゅうりと生ハム。きゅうりは実家育ちだよ、欲しい?」
「いえ、結構です…」
「んじゃ入ろう!本番前に練習したいんでしょ?」
「はい、可能であれば。…ですがその前に」
そう言って紗夜は鞄の中から何かを取り出した。
「何これカツラ?」
「はい。…一応、最低限の変装は必要と判断しましたので」
というのも今日のライブ、実はRoseliaのメンバーも来ているのだ。
紗夜はRoseliaのメンバーである。臨時とは言え、他の人と勝手にユニットを組んでいるとバレるのは少し、いやかなり不味い。
…何より、彩の身元を隠さなければならない。彼女の今後のことを考えると生身でそのまま演奏するのは正直危険である。万一に学校での知り合いなどいたら日常的な生活にまで支障を来すだろう。
「おー、サングラスにカラコンまで。しかもどれも結構上等なやつじゃん」
「まぁ、この数の観客です。中途半端なものではバレてしまいかねないので。なので詩船さんに頼んで登録名も偽名にしてもらいました。私はアオイで丸山さんがハルカです」
「偽名!なんかスパイっぽいね!」
そうして彩は黒、紗夜は黄金色のカツラを着けて服装も俗っぽく仕上げて、バンド参加者の裏口からSPACEに入る。すると出席バンドの確認をしていた詩船が2人を出迎えた。
「来たか……って何だいその格好は」
「変装!今の私たちはジャパニーズシノビなのだ!」
「スパイではなかったのですか…?」
「ああ、成る程。まぁ賢明な判断だね。それならステージ上でも誰かは分からないだろう。…取り敢えず楽屋行きな。アンタらが最後だよ」
「はい」
楽屋に入ると、数組のバンドが楽器の手入れや、セッションなど、それぞれが本番に向けた調整を行っていた。
2人は空いているところに適当に荷物を置く。
「本番まで時間あるねー。音合わせするー?」
「…いえ、少し待ちましょう。今は人が多いですので」
ライブ前に人を再起不能にするなど笑えない。その辺りを自重しないといけないのは彼女と組む上での問題になりそうだ。
「あの、すみませんっ」
「ぽよ?」
彩に声をかけて来たのは頭に二つの独特な突起物(?)がある茶髪の少女だ。
「『アオハル』さんだよね!私Poppin'Partyの戸山香澄って言うの!」
「かすみんだね!私はまるy」
「どうもアオハルのアオイです!こちらは相方のハルカ!」
「もごもご…!」
「アオイとハルカだね!私2人のこと登録表見た時からずっと気になってたんだ!オーナーが最後に選んだバンドってどんな人たちなんだろうって!」
香澄は目をキラキラ輝かせながら2人に詰める。
「コラ香澄!何やってるのよ!」
「イタッ!?痛いよ有咲!」
「アホか!初対面でそんなに詰め寄ったら迷惑だろうが!あっ、すみません!ウチの香澄が…」
「大丈夫ですよ。こういうのは慣れていますので」
主に隣のピンクの悪魔のせいで。
「ねぇどうなってるのその髪!なんかツノみたい!」
「ツノじゃないよ!星だよ!」
「星?第二の耳とかじゃなくて?」
「ハルカさん、あまり時間を取らない方が良いですよ。香澄さんたちも練習時間が必要でしょうから」
「ぐえー」
服の襟を掴まれて彩は引き戻される。
「そう言うアオハルさんは練習しないのか?」
「…はい、少し事情があって」
「…ずいぶん余裕なんだな。最後だからって調子に乗っていると足元掬われるぜ」
わざわざオーナーの詩船が最後に選んだバンドユニット。2人だけ、というのは異質だが、それ以外に特別光るようなものがあるふうには見えなかった。
探る意味も兼ねて、有咲は敢えて挑発的に言ってみる。
「問題ありません。私たちはPoppin'Partyがどんな演奏をするのかは知りませんが、最後に全てを奪うのは私たちですので」
「ふーん、腕に自信があるんだな」
「……」
「…正直心配なんだよ。たった2人でこのライブのトリを飾れるのか。特にそこのハルカさんを見てると尚更な」
「んむ?」
持って来ていた朝食のきゅうりを頬張るその姿にはとてもこのライブの最後を飾るバンドの片割れには見えない。紗夜は嘆息気味に頭に手を当てる。取り敢えずライブハウスで食べるのは勘弁してもらいたい。
「…えぇ、まぁ普段はこんなんですけれども、やる時はしっかりやる人なので。その心配は杞憂ですよ」
「…そうか」
このライブは前々から詩船が苦労して企画したものだと有咲は知っていた。だからこそPoppin'Partyの初ライブにして詩船が大きな期待を寄せているこのライブを成功させたいと思っていた。
「それよりもそちらは大丈夫なのですか?Poppin'Partyの演奏は最初の方だったはずですが」
「それは…」
「香澄ー!有咲ー!」
声のした方には3人の少女が。衣装が2人と同じものなので、おそらくバンドのメンバーだろう。
「いたいた!ドリンク買ってくるって言って全然戻ってこないから心配したよ」
「わ、悪りぃ…」
「とりあえず見つかって良かった!2人ともオーナーが呼んでたよ!全員に話があるって」
「うぇっ!?じゃあ早く行かなきゃ!?あっ、ライブ期待しててね!私たち1番最初だから!」
「うん!頑張ってねー」
そう言って5人は慌ただしく部屋を出ていった。
「いやー、面白い人たちだった。mgmg…」
「早くそれ食べてくださいよ。……それにしても、やはり私たちは異質に思われてるみたいですね」
よく周りを見れば、他のバンドからの突き刺すような、或いは嘲るような視線があった。まぁ、ある意味自然なことだろう。ぽっと出のたった2人のユニットが自分たちが慕うオーナーのライブのトリを飾るのだから。良い気分ではないのは違いない。要するに2人はなめられていた。
「放置放置。それよりもほら、もうライブ始まるぜ!」
「そうですね」
ーーー
『初めまして!私たちPoppin'Partyです!』
会場に人が詰め寄る中、ついにライブが始まった。
開幕早々、Poppin'Partyの青いが元気で活力のある演奏で観客は湧き立っていく。
「おぉー!凄いね友希那!」
「ええ、でもまだ全体的に仕上がりが甘いし、技量も追いついてないわ。…ギターは良い感じだけれども」
「でも不思議と元気になれると言うか、楽しくなりますね!」
「そうかもしれないけど、私たちの目指す場所とは違うわ。私たちが磨くべきなのは技量。この場に紗夜がいれば同じことを言う筈よ」
「それにしても残念だよねー。紗夜が来れないなんて」
「どうしても外せない用事があるのでしたら仕方ありませんよ。紗夜さんにも色々あるようですし」
「そうね…」
そう呟く友希那は見るからに落ち込んでいる。ある意味で紗夜は友希那がRoseliaで1番信頼していると言っても良い存在だ。純粋で愚直に上だけを目指す彼女にとって同じ考えを持つ人は貴重であった。理由ありきとは言え、そんな仲間にライブに行くのを断られたのはそれなりにショックだった。
そんな友希那の心情を察したリサは元気に声をかける。
「友希那!そんなしょぼくれてたら今日来た意味がなくなるよ!先のことを考えるのも良いけど、今日の私たちは観客!1番は楽しむことだよ!ほら、一緒に」
そう言ってリサは友希那にサイリウムを差し出した。
「…ええ、そうね」
ーーー
「やったね!初ライブ大成功!」
ライブ終了後の楽屋。Poppin'Partyのメンバーは無事に初ライブが成功したことを喜んでいた。
「ま、初ライブにしちゃ上出来だったよ」
「えへへ、ありがとうございますオーナー」
「やりましたね香澄ちゃん!オーナーのお褒めの言葉もらっちゃいました!」
「うんっ」
各々で喜びを分かち合っていると、楽屋の扉がガチャリと開いて、彩と紗夜が入って来た。
「やっほー、お疲れ!ライブめっちゃ良かったよ!」
「あっ、ハルカ!見てくれたんだね!ありがとう!」
「当然!どういてこましまして!」
「いてこましてどうするんですか…」
「…でも正直、見応えなかったんじゃねぇのか?ほら、私とかドベの初心者だし…」
「確かに技量に至らない部分は多かったですが、それ以上に楽しく悔いなく演奏していたので、見ている側としてはとても気持ちが良かったですよ」
「そ、そっか…。ありがとな…」
「やったね有咲!なんだかんだで1番緊張してたもんね」
「う、うるさいなぁ!沙綾だってスティック飛ばしたらどうしようなんて昨日電話して来たじゃねぇか!」
「うっ!あ、あれは有咲の緊張を少しでもほぐしてあげようと…」
「うそこけっ!電話越しでも半泣きって分かったぞ!」
「はいはい、アンタら一旦落ち着きな。喜ぶ気持ちはわかるけどまだライブ自体は終わってないんだ。ちっとは大人しくしてな」
「そうだよー、老人のお小言は聞くもんだぜ!」
「アンタに1番言ってんだよ!ハルカ!」
「アウチッ」
丸めたプログラム用紙で頭を叩かれる。彩ちゃんは5のダメージを受けた!
「あははは、ハルカさんって面白い人だね」
「うん、オーナーさんが選ぶくらいだからもっと怖い人かと思っちゃった」
ポピパの全員が彩に対する警戒心を解いている中、香澄は一歩前に出る。
「ハルカ!私たちは今できる全部を出し切ったよ!」
「うん見てた!だったら次は私たちが出し切り返す番だね!」
「えへへ、楽しみにしてるね」
「うん、最高なモノ、魅せてあげる」
キラリと瞳が光る。
「え…?」
「んじゃ!私たち他の人の演奏見てくるね!行こうさy」
「ハルカさん」
「あ、アオイちゃん!」
そう言って2人はスタジオを出ていった。
「なんだか騒がしい人だったね。嵐みたいな人だったよ。でも演奏は凄いんだろうなぁ」
「私たちは香澄で慣れちゃってるけどねー」
「違いないな。…よし、私らもライブ見に行こうぜ。勉強にもなりそうだしな」
「うん、そうだね。…香澄ちゃん?どうしたの?」
声をかけてもうんともすんとも言わない香澄。妙に感じて有咲が体を揺する。
「おい!しっかりしろ!」
「───うぇっ!あ、あれ?」
「どうしたんだよ、なんか変だぞ香澄。…まさかあのハルカって奴になんか言われたのか!?」
「ち、違うよそんなんじゃない!そんなんじゃないんだけど…でも……なんでか分かんないけど、見えた気がしたんだ…」
「見えたって、何がだよ」
「…星」
「…全くあの娘は、見境が無さすぎるよ」
ーーー
その後も卒なくプログラムは進行して、いよいよ最後の3組となった。
ここまで来ると会場の盛り上がりもピークになっており、演奏終了後には黄色い声援が飛びかっている。
「いやー、やっぱり超興奮するねこういうの!最高の臨場感!アオハルが溢れてやがるぜ!」
「そうですね、どのバンドもしっかりと練習しているのが伝わります。それにここまで来ると演奏者一人一人の技量もプロに退けをとらなくなっていますね」
「キンチョーしてる?」
「…そうですね、していないと言えば嘘になります。正直こんな大人数の前で演奏するのは初めてですので…」
以前のRoseliaのライブでもここまでの人はいなかった。今から紗夜はたった2人であの大舞台に立ち、演奏しなければならない。
だが、緊張こそあれど、不安だと思うことはなかった。何故なら今彼女の隣には、あまりに頼もしすぎる相棒がいるから。
そうこうしているうちに次の演奏が始まるようだ。2人はステージの裏からこっそり様子を覗く。
まだ前のバンドの演奏の興奮冷めぬ中、軽快にステージに飛び出す五つの影。少女4人と、何故かピンクのクマの着ぐるみ1匹。
『みんなーっ!初めましての人は初めまして!私たちハロー、ハッピーワールドよ!!』
『ワアァァァァァーーーーーー!!!』
会場から盛大な歓声が上がる。
「…ねぇ、あれもしかしなくてもこころちゃんじゃね?」
「え、そんなまさか……本当ですね」
ステージで元気よく観客に手を振る少女は天文部の弦巻こころその人だった。
「すごーい!こころちゃん超人気者じゃん!」
「バンドを組んでいるとは聞いていましたが、まさかこのライブに参加していたなんて…。ところで何故着ぐるみがDJを?」
「いーじゃんそんな細かいこと!おおーっ!超楽しそう!まさかこころちゃんがやるライブがここだったとは!超ラッキー!」
こころのバンドは三曲を披露した。どれもハロハピオリジナルの曲だ。
一言で彼女らの演奏を言い表すなら、自由だった。
フリーダムに動き回りながらも正確な調律を出しているギター、それに目を輝かせながら元気に弦を弾くベース、おどおどしながらも正確な音を叩き出すドラム、それを見守りながら音を管理する着ぐるみDJ、そしてその彼女らの全ての魅力を100万倍にして観客に弾け飛ばすボーカル。
その全てが観客には輝いて、そして心底楽しく愉快に見えた。まるで自分たちがこの愉快な世界の一部になったかのような多幸感。自然とその場にいる人たちの顔は笑顔になっていた。
そうして最後の曲が終わる。終わってしまう。
『ああっ!楽しい!楽しいわ!ねぇ、ミッシェル!もう一曲歌って良いかしら!?私まだまだ足りないの!』
『気持ちはわかるけど、今日はダメだよ。次のライブでもっといっぱい歌って踊ろうじゃないか!』
『ええ、ええ!!名残惜しいけれど今日はこれでお終いっ!みんなありがとーーーっ!!』
観客の黄色い歓声と共にこころたちはステージを後にした。
ー
タオルで爽やかな汗を拭きながら、ハロハピの面々はステージの裏手に笑顔で戻って来た。
「ふふ、ああっ、最高に楽しかったわ!お客さんもたくさん喜んでくれたし、最高に成功ね!」
「そうだね、私たちの魅力に観客も心を打ち抜かれてしまったらしい。…きっと彼女も楽しんでくれただろう。ああ、儚い…」
「は、はいっ、観客の皆さんすごく喜んでました…!」
「これで世界をハッピーにするのにまた一歩近づいたね!」
「ええ!でもやっぱり彩が来れなかったのが……あら?」
こころは何かに気がつくと、その方向へ駆け足気味に走っていく。彩と紗夜のいる方へ。
「ねぇ!貴女たち!私たちのライブはどうだった?」
「え、えっと…」
「チョー楽しかった!いやー、観客席で聞きたかったよ!」
「そう!嬉しいわ!」
「そ、それで他に何か御用ですか…?」
「うーん、いえ特別あるわけではないの。でも、2人が私の友達によく似てるのよね…。貴女たち名前はなんて言うの?」
「ギクリ。ハ、ハルカダヨー…」
「…アオイです」
「ハルカとアオイね!覚えたわ!…それにしても似てるわ。特に貴女!彩にそっくり!」
「…タ、タニンノソラニデスヨー」
「うーん…、そうかしら…」
こころは彩の周りをぐるぐる回りながら、じっくりと観察している。
弦巻こころは観察眼に優れている。このままでは2人だとバレるのは時間の問題かもしれない。紗夜はどうにかして誤魔化しの手口を考えようとする。
「…やっぱり似てるわ!ねぇ貴女」
「ちょっとアナタ」
「あら?」
そう2人の間に入って来たのは、このライブに参加しているであろう女性。勿論2人に面識など無い。
「ライブ終わったらとっとと楽屋に戻りなさい。後がつっかえてるから迷惑よ。お仲間も待ってるわよ」
「あら確かに!ごめんなさいね!じゃあ2人ともまた後でね!」
そう言ってこころは駆け足でメンバーのところに戻っていった。紗夜は内心ホッと息を落とす。
(あ、危なかった…)
「…それで、アナタたちアオハルでしょう。ライブでトリ飾る」
「ええ、そうですが…。貴女は確か…」
そう紗夜が答えると女性はジロジロと舐めるように2人を見る。
「…なんでしょうか」
「ふーん…、やっぱり大したことなさそうね。まだ学生でしょアナタたち。しかもたった2人」
「……何が言いたいのですか?」
「相応しくないって言ってるのよ。このライブの最後にアナタたちは」
その言葉に紗夜の顔つきが険しくなる。
「バンドは実力主義の世界よ。技量があって、センスがあって、何よりチームワークが重要。そんな世界でたった2人で箱とは言えこの規模のライブのトリ。正直舐めてるとしか思えないわね」
「…でしたら何ですか。貴女にとやかく言われる筋合いはありません」
「…アタシらはこのSPACEにいて長くいた。今はもうここから出てプロとして活動してるが、その時の感謝は忘れてないわ。…今回のライブもオーナーとの縁で参加した。プロになって成長した姿をあの人に見せるためにね」
「…」
「別にトリを飾れないのが不満なんじゃない。アナタたちみたいな見るからに歴の浅いアマチュア未満の奴らがあの人の作り上げたライブを最後までやり切れるわけ無いって言ってるのよ」
「…ッ」
周囲からそうだそうだと声が上がる。皆2人が最後であることに不満がある人たちだった。
彼女の言うことは正しい。周りがそう思うのも仕方ないと思う。が、それでも紗夜にも沸点というものがある。
彩を、自分たち2人の音楽を心底見下している感覚がしたから。頭に血が昇って、拳を握る力が強くなる。
「次のライブはアタシたち。今のうちに棄権することをお勧めするわよ」
「…ッ!!貴女はッ」
「はいストップ」
「あっひゃあ!!?」
紗夜の背中に冷たい何かが伝う感覚が電気のように走る。思わずその場で飛び跳ねる。
「落ち着くには冷やすのがイチバンってね!」
「ひいぃ!?なんですか!何なんですかこれぇ!」
「キンキンに冷えたきゅうり。心も頭もヘルシーにってね☆」
「と、ととと取ってください!」
「ヤダ。ほらそこに鏡あるから、落ち着いたら取れるよー」
「ひいぃっ!?あ、後で覚えててくださいよ!」
「覚えてたらねー」
そう言って紗夜はその場を後にした。
「…ふざけてるわね。アナタたち」
「仲良いでしょ?私たち」
「恥をかいても知りませんよ」
「そんな確率0パーだよ」
「…アナタがイチバン気に入らないのよ。来た時からふざけ散らかして…!遊びじゃないのよライブは!」
「遊びだよ。遊んで戯って、それで客が満足したらそれで無問題なのだ!私の悔いさえ残らなかったらね」
「舐めるな!ここにいる全員が真剣なのよ!アナタ1人だけがふざけてる!」
「私たちも真剣だよ。真剣に練習して真剣に客に音を届けようとしてる。それ以上に一体何の不満があるの?」
「…バンドに絶対的に必要なもの、それは技量、そしてチームワーク。でも私はもう一つ絶対的に必要なものがあると思っているわ」
その時、舞台裏にスタッフの声が響く。彩の目の前にいる彼女たちの演奏の番だった。彼女のバンドメンバーが今にも出れると言わんばかりに舞台前で待っている。
「それを今からアナタに教えてあげる」
「おー!かっくいー!おなしゃーす!」
「フン、そんな減らず口今のうちよ。見せてやるわ、プロってやつを」
ーーー
「いやぁ、楽しかったね友希那。遊園地のパレードみたいに愉快だった!」
「そうね、私たちとはまた違った方向性の演奏だったわ。ある意味完成されていると言っても良いかもしれないわね」
ハロー、ハッピーワールド。無茶苦茶な演奏をする集団だったが、中々に技術は高かった。というより彼女らの真骨頂は演奏技量には無いのだろう。未だ興奮冷めぬ笑顔の会場がそれを表していた。
「私たちも欲しいですよね、ああいうバンド独特の強みっていうか…」
「確かにそうですね。私たちもバンドの華と言えるものがあれば今より良くなるかもしれませんね」
「別にそんなものは必要ないわ。それに、そういうバンド独特の雰囲気は活動を続けていくうち、自然と身についていくもの。決してこちら側から追求するものではないわ。私たちが頂点を目指していれば自然とそういうものも手に入れているわ」
「おー!流石良いこと言うね友希那!」
そんなことを話していると、次のバンドグループが出てくる。メンバー全員が黒のジャケットに身を包んだハードなイメージを連想させるバンドだ。
友希那はその姿を見て思わず目元が険しくなる。
「来たわね…『LIQUID』」
「わぁ!あこプログラムで見た時から楽しみにしてたんだよね!」
「そんなに凄いバンドなの?」
「うん!おねーちゃんが大好きなバンドなんだ!」
「…LIQUIDは最近プロ入りを果たしたガールズバンドです。その最たる長所は圧倒的な技量、そしてチームワーク。安定した技術とどんな状況にも対応できる柔軟なチームワークは既にベテランにも通用する程と言われてます。特にボーカルのウェスタさんは、よく雑誌にも取り上げられてますよ」
「へぇー、詳しいね」
「よく友希那さんが指標の一つとして話してくださるので…」
「…え?ちょっと私それ聞いたことないんだけど」
「貴女たち静かに。…始まるわよ」
『──アタシたちはLIQUID。今日はこのSPACEのライブに来てくれてありがたく思うわ。このライブ自体は終盤だけれども、しっかりと楽しんでもらえると嬉しい。それでは一曲目──』
口頭紹介を終え、黄色い声が響く中、ボーカルが静かに息を吸う。
世界が揺れた。
あまりの衝撃に友希那たちは一瞬身体を背に逸らしてしまう。一瞬、会場が物理的に揺れたのではと思うほど。そのレベルのショック。 LIQUIDが生み出した不可視のエネルギーは一瞬でこの会場全体を制圧した。
ハロー、ハッピーワールドとは真逆の厳かで正当なロック調の演奏。だが刻まれる音その全てが正確かつ、極限まで研ぎ澄まされている。それはその音単体でもバンドとしての実力の高さが窺える程だ。
そんな音に釣られて会場も自然と盛り上がっていき、ついには今日最高になるほどの熱気が溢れかえった。
正当、王道。故に最高。
それが LIQUIDの曲最大の強みだった。
その熱を背負ったまま、流れるように二曲目、三曲目へと入っていく。
いつの間にか友希那たちも熱気に釣られて一心不乱にサイリウムを振り続けていた。それ程のパワー。それ程のカリスマ。この瞬間は、会場にいる全ての観客の心が一体となった。
全ての曲が終わり、残響が染み渡る。
そして同時に今日一番の歓声が会場を埋め尽くした。もはやここまで来ると箱ライブの熱気ではない。どこかのアリーナと言われても信じられるレベルだった。
『ありがとう』
そう一言残すとLIQUIDの面々はステージを去っていった。
「はぇ〜、凄かった…」
「はい…、恐ろしくレベルが高かったです…」
「あれが…プロかぁ…」
「…険しいですね」
「…それでもやらなければならないわ。私たちは」
噂通り技量もチームワークも卓越していた。だがそれ以上に目を見張ったのはそのカリスマとも言える圧倒的パワー。観客を惹きつけるようなエネルギー。これがプロだと言わんばかりの実力をLIQUIDは見せていった。
「…もしかしたら私たちはLIQUIDとフェスで競うかもしれないってことか」
「ええ、十中八九出るでしょうね」
「……本当に勝てるのかな、私たち」
「勝てる勝てないじゃない、勝つのよ。私たちRoseliaが目指すのは頂点だけよ。過程にだけ目を奪われては頂点には届かない」
「……うん、そうだね。よし!帰ったら練習頑張ろう!」
「その前に最後のバンドが残っていますね。確か、『アオハル』でしたか。…聞いたことがありませんね」
「て言うか見てくださいよこれ!メンバー2人だけですよ!?」
「うぇ!?本当だ!2人だけって、大丈夫なの!?」
「…このライブは後続になるほどバンドとしての実力が上がっていったわ。この線が正しいなら、この最後のアオハルはさっきのLIQUIDよりも実力が上ということになるけれど…」
「正直、2人だけでは厳しいと思ってしまうのが本音ですね…」
「…そうね、演奏を聴いてみないことには分からないけれど、はっきり言えばライブを舐めている、と受け取られてもおかしくないわ。こんな大きなライブでなら尚更ね」
「そうだよねぇ…。どんな人たちなんだろ」
そうして遂にアオハルがステージに出て来た。いや出てきたというよりは、飛び出してきた。
サングラスをかけた金髪と黒髪の少女の二人組。それぞれがギターとベースを携えている。だが先程のLIQUIDのような実力のあるバンド独特の雰囲気を感じない。転がり込むように登場した彼女らに、観客は少し困惑する。
「…なんていうか、破天荒だけど。…意外と雰囲気は普通?」
「確かに。…というかあっちの金髪の人紗夜さんに似てません?」
「あ、確かに。サングラスで見にくいですけど、目下のあたりとか似てますね」
「……」
そうして黒髪の少女が置いてあるマイクを手に取る。
『どうも!私たち『アオハル』のハルカだよ!私今日のライブがとーーーーーっても楽しみだったんだ!!昨日全然寝れなかったぐらい!具体的には7時間!でも朝ごはんはいっぱい食べてきたよ!きゅうり10本と、あとは生ハムを5袋…』
唐突に始まった自己語りに観客は唖然とする。
『あの、ハルカさん。気が舞うのはわかりますが、一旦落ち着きましょう。…どうも『アオハル』のアオイです。本日はよろしくお願いします』
『えーっ!いーじゃん!私がステージに立つの本当に久しぶりなんだよっ!ちょっとぐらいトークに更けても…』
『ダメです。皆さんは今日演奏を聴きに来ているんですよ。早く始めますよ』
『ぶーぶー!おけちー!』
観客はそのやりとりを見て少し不安になる。まるで日常のやり取りをそのまま切り取ったかのようなフラットなやり取り。とてもこのライブの最後を飾るバンドの姿には見えなかった。
ざわざわと困惑まざりの騒めきが会場からちらほらと出てくる。
『まぁでも本当のお楽しみはここからだよね!私たちが歌うのは一曲だけだよ!でもその一曲で貴女たちを満足させると誓いましょう!タイトルは【青春☆爆発】!』
少しずつ騒めきがおさまっていく。
取り敢えず聞かないことには始まらないと概ねの意見が観客で一致したのだ。批判もヤジを飛ばすのもその後だ。
『つーわけでアオイちゃん!5秒後に行くよ!!』
『本当に身勝手なんですから…』
マイクの位置を調整し、ベースを構える。
誰にも聞こえないように静かに息を吸う。
そして彩の声が発せられるその直前、紗夜は誰にも聞こえない声で小さくつぶやいた。
「聴け」
その瞬間、世界が光と共に爆発した。
***
───時は遡り、彩たちがステージに出る少し前。
「あ、おかえりー!超凄かったぞ!サイリウム持って来たらよかったって思っちゃった!」
そう笑顔で言う彩に対して彼女、ウェスタは冷たく対応する。
「…見たでしょう。バンドをするのに最も必要なもの、それは人の目を集めるカリスマ。人を惹きつけるエネルギーよ」
「うん、見たよ。すっごいお客さん楽しんでたね」
「さて、アナタにこれ以上のエネルギーを生み出せるかしら?」
「…ふふっ」
「…何がおかしいの?」
「おかしい訳じゃないよ。ただ、優しいなって思って」
「はぁ?」
「だって私たちにこうして音楽やバンドのことを教えてくれるじゃん。私たちのこと心配してくれてるのかなって」
「…チッ、本当アナタおかしいんじゃないの?」
「よく言われるそれ」
そう話していると、いよいよ彩と紗夜の出番がやって来た。スタッフに待機の言伝を伝えられる。それと同時に紗夜が戻ってくる。
「や、やっと取れました…。まだ背中がゾクゾクする…」
「何やってるのアオイちゃん!私たちの番だよー」
「誰のせいだと…!…はぁ、わかりました。行きましょう」
「あっ、ちょっと待って!一個言うの忘れてた」
「はい?」
そう言って彩は機材を置く台の上に乗り、舞台裏にいる全員に向かい合った。その顔は満遍の笑みでウェスタ含めてその場にいる参加者全員が困惑する。
「貴女たち私たちがトリ飾るのに文句があるんでしょ!?だったら観客席から私たちを見ておいて!そしてしかと刮目しときなさい!!」
そう言って真正面にビシリと人差し指を刺す。
「私が貴女たちの全てを奪ってあげる!!」
大胆不敵、傲慢不遜。
そのあまりな物言いと態度に全員が唖然とする。そうしている間に彩は紗夜の手を引いてステージへの道へと走っていった。
ー
「…ふふふっ」
「ん?どした紗夜ちゃん」
「だからアオイって…まぁ今は人がいませんから良いですけど」
紗夜はゆっくりとステージ前のパイプ椅子に腰を下ろし、最後のチューニングをする。
「…こんな敵だらけの状況でも丸山さんはブレないんですね。正直、丸山さんが不遜にも彼女たちに宣言した時、胸が空いた思いでしたよ」
紗夜には世界で一番、丸山彩の音を理解しているという自負があった。だからこそ、そんな全幅の信頼を置いている存在を嘲られるのは我慢ならなかった。怒りを抑えられなかった。
しかしそんな憤りも彩の手で綺麗さっぱり払われた。
「そっか!なら私たちがやることはもう決まったよね!」
「ええ。…確かにLIQUIDの演奏は凄かった。湊さんが注目するだけあって、プロという一つの大きな壁を見せられました。…だから私たちも全力で返さなければなりません」
「うんっ、そうだね!」
彩と紗夜は互いに正面を見て見つめた。2人の両の眼がお互いを映し合う。
紗夜の目にはついていくべき光が映っていた。安心感が身体に満ち、自然と緊張もほぐれていく。
「……紗夜ちゃん」
「……なんですか?」
「…きゅうり食べたでしょ。食べカスついてるよ?」
「………だ、だってどこにしまえばいいか分からなかったんです!本番も近くて楽屋にはもう戻れませんし、その辺に置くわけにもいかなかったので、仕方なく…!」
「美味しかったでしょ?」
「あ、はい、瑞々しくしかし決して無味というわけではない絶妙な…って何言わせてるんですか!!」
「あはははーっ」
「アオハルのお二人ー!本番お願いしまーす!」
スタッフの声で紗夜はハッと我に返る。
顔を朱に染めながらも、咳払いをして気持ちを切り替える…前に彩に手首を掴まれ引っ張られる。
「さぁ、行くぞー!正面突破で天下とーうたる!!」
「えっ!?ちょ、丸山さん!?そんな急にっ…!?」
2人は熱気の籠るステージへと飛び出した。
***
これは幻覚か、またまた現実か。
それは正しく光だった。目に、耳に入る全てが。
目の前のボーカルが歌い出した瞬間、友希那の視界を音と共に溢れんばかりの光の音とアーチが支配した。
眩しい、あまりに眩しい。日光を直視しているかのような凄まじいヒカリ。しかし友希那はそれから全く目を離せなかった。まるで偉大なものを見たかのように。目に焼きついて離れない。瞳が、脳が悲鳴を上げている。
音。音が聞こえる。歌だ。眩しい歌。
音が眩しいなどおかしな話だが、そうとしか言い表せないのだ、コレは。
うっすらと光の中に見えるヒトガタのシルエット。それから発せられている。歓声すら、サイリウムを振ることすら忘れていた。
次に友希那が感じたのは多幸感だった。先程の、 LIQUIDの演奏からは比較にならないほどの超越的引力と、まるで無限に湧き上がるようで止まらない幸せ。
ボーカルの眩しい声、ギターとベースの音、幻視する光。その全てが幸福なものに見えた。
体が動かせない、声が出せない、目を背けられない。何もすることができない。
だが徐々に、徐々に光の中のヒトガタがはっきりと見えてくる。逆光に当てられたように真っ黒なシルエット。
ベースを弾くその姿が少しずつ、少しずつ輪郭を型どっていき、そうして───
ヒカリが見えた
ただ一つ、目の前の存在の瞳に映るその星のような光が、湊友希那の脳裏にくっきりと焼きついた。
ーーー
光の中、私はがむしゃらにギターの弦で音を刻む。
丸山さんから現れる光と不可視のエネルギーがまるで突き刺すような痛みとなって私に襲いかかってくる。それはまるで丸山さんの世界から私を追い出そうとしているように思えた。
身を委ねれば楽になる。その瞬間に悍ましい多幸感に襲われるだろう。だが意地でもそんなことをするわけにはいかない。今私はどれだけ端役でも彼女の隣に立つ演奏者。ここで倒れれば彼女の信頼と自分の誓いを破ることになる。そんなことは断じて許容できない。
ライブの臨場感に当てられているのか、丸山さんの演奏は過去最高とも言える程に光り輝いている。私はそれに潰されないように必死になって自分の音を刻み続ける。
歌が聞こえる。愛らしさと美しさがありながらも、その中に莫大なエネルギーを秘めた声が。彼女の思う青春の楽しさを会場中にぶち撒けている。そうして歌を聴いている観客が視界の端で1人、また1人と倒れていく。
かつての私と同じで丸山さんの強烈なカリスマと音楽が許容量を超えて失神しているのだ。心が弱い人はサビにすら辿り着けないだろう。
丸山さんの歌と、その存在がマッチするからこそ起こるビッグバン。誰も彼もが丸山彩に釘付けになってしまう不可避の極光。丸山さんがステージの上では最強と言われる所以だった。
だから丸山さんはいままで1人の演奏しかできなかった。けれど今は違う。今は私がいる。
拙いだろう。まだ丸山さんの方が圧倒的に強いだろう。だけど、それでも、確かにこの演奏は2人の演奏だ。私と丸山さんだけのステージだ。
…どれくらい時間が経っただろうか。
私の中では無限に続くのではと錯覚するほどに、ゆったりと時間が流れていた。だがついに約3分と少しの演奏は終わりを迎える。
最後に丸山さんが盛大に転調ボーカルで締め括った。その瞬間に光の大爆発が辺りを吹き飛ばす。
『せーいしゅーーーーーん…!!ばくはーーーーーーーーーつッッッ!!!!!!!!』
そうして最後に特大の被害を残して私たちの演奏は終わった。
『サンキューッ!!ありがとーう!!』
今日一番の歓声と共に曲が終わり、私はどっと膝から崩れ落ちる。…本当、いつまで経ってもこれには慣れそうにない。
『やったよさy…アオイちゃん!大成功だよ!見てよアレ!!』
そう言って満遍の笑みの丸山さんは私に手を差し伸ばす。
「だ、大丈夫です…、なんとか立てます」
私はなんとか自力で立ち上がり、丸山さんが見た光景を瞳に映す。
「…あぁ」
会場は弾け飛ぶような歓声で埋まっていた。溢れ出るような達成感で少し涙が出そうになる。
恐らく私がこの歓声に貢献したのはほんの僅かだろう。丸山さん1人でもこの結果は生み出せたかもしれない。でも、それでも私たち2人で生み出したこの結果だからこそ、意味のあるものだと私は信じている。
そうして感極まるのを我慢していると、丸山さんが拳を差し出してきた。
「やったねっ」
「……はいっ」
コツリとお互いの拳をぶつけた。
小さく目の端に涙がたまるのをついには我慢できなかった。
そうして観客に一言礼を言ってその場を後にしようとする。
しかし背後から突然鳴り響くアンコールに思わず足を止める。
「え…!?」
「あららー、お客さんはまだ満足してないみたい」
観客の中にはちらほらと倒れている人もいる。だが周りの人たちはそれをまるで気にも留めずに一心不乱に曲のアンコールまで要求していた。明らかに正気では無い。
…初めて見るが、これが丸山さんに魅せられてしまった人たち。ただ一心に、丸山さんの音だけを求めるその姿は、まるで亡者だ。だが、その瞳には希望で満ち溢れている。この光景を見ていると否が応でも丸山さんのカリスマの強さを認識せざるを得ない。
「…丸山さん、これは…」
「ねぇ紗夜ちゃん」
丸山さんは満遍の笑みでこちらを向いた。ここまで来ると次に丸山さんが何を言うのかは大体予想できる。伊達に一年の付き合いではない。
…正直気力も体力もギリギリだ。今にも倒れそうな程に。けれど今後のことを考えたらこんな事でへこたれるわけにはいかない。
「もう一曲いける?」
「……当然です」
相方の望みに最大限応えるのが、パートナーの役目なのだから。
『行くよ、タイトルは【跪いてeveryone】』
キラリと光る瞳が、その時は一際魅力的に見えた。
●●●
「やり過ぎだよアンタら」
「さーせん」
「すみません…」
結果としてライブは大成功だった。
もれなく会場から3分の1の失神者を出してだが。
「全く、予め救急車を呼んでて良かったよ」
「申し訳ありません…」
「いや、良いんだよ。丸山に演奏させた時点でこうなる覚悟はしてた。…それに、何も悪いことだけじゃない。アンタたちの音は確かに良い影響もここにいる奴らに与えてくれた」
「ぽえ?どういうことだす?」
「そのうちわかるさ。…一先ず、観客に怪我人とかはいない。意識を失ってた人も殆ど目を覚ましてるよ。まだ精神面では不安定みたいだけどね」
今回の騒動はそれなりに大ごとに取り上げられそうだが、原因がライブで興奮しすぎたなど、まともに取り合ってくれるところも少ないだろう。2人が変装していたこともあって、なんとか被害は最小限に留められた。
「さ、きょうはとっとと帰りな。話の続きは後日聞くよ。裏口は開けてある」
「はーい!」
「ああ、そうだ。……良い演奏だったよ。今までで一番ね」
「…当然っ!私と紗夜ちゃんの演奏だもの!」
「…とっとと行きな、韋駄天共」
部屋を出る直前、彩は詩船の方へと振り返る。
「……ありがとね、オーナー。誰かと演奏するのって、こんなにも楽しかったんだね!」
「…! ……そうかい、ならこれからもその感覚を忘れないことだね」
「うん!」
そうして今度こそ彩は部屋を出る。
楽屋で1人になった詩船は満足気に息を落とす。
「…全く、ああいうところがあるから、嫌いになれないんだよ」
ーー
「待って…!」
今まさに裏口から外へ出ようとした時、唐突に2人は呼び止められる。
「あ、液体の人!えー、名前は…」
「LIQUIDのウェスタさんですよ…。目が覚めたのですね。良かったです、倒れたと聞いていたので…」
被害があったのは勿論観客だけではない。裏手に待機していた人含めたライブの参加者も少なくない失神者が出た。そして彼女もそのうちの1人だった。
「…見たよ。ハルカ、アナタたちのライブ」
「どうだった?凄かったでしょ」
「……ええ、正直舐めていたわ。…はぁ、ホント冗談みたいな話よね。たった2人であんなビッグバン級の衝撃を出すなんて」
プロとして活動してきたからこそわかる。目の前の丸山彩のずば抜けたセンスと夥しい量の積み重ね、そして何もかもを捩じ伏せてしまう強烈なカリスマを。
「…井の中の蛙はアタシの方だったみたいね。ふふ、アナタたちには余計な世話だったかしら…」
「そんなことはありません。私たちがバンドを組んで間もないことは事実です。ウェスタさんの言葉は決して間違っていないかと」
「ふふ、そう。ありがとね。……悪かったわ、アナタたちにはあの時は強く言ってしまって」
「…いえ、私こそ頭に血が昇ってました」
「ぜーんぜん気にしてないよー!」
「…アタシね、アナタたちの演奏を聴いて気づいたの。アタシたちはいつの間にか音楽を楽しむことを忘れてたんだって。…ははっ、哀れな話よね。音楽を楽しんでやり切ること。オーナーが1番大事にしていることだったじゃない。そんな大事なことをアタシたちはプロとして生き残る中で忘れてた」
「ウェスタさん…」
「だからありがとう。アタシたちに1番大事なことを思い出させてくれて。これでアタシたちは、もっと先へ行ける」
そう言うウェスタの瞳には覚悟の色が確かにあった。それは紛れもなく、心折れずに、芯が立っている証拠だった。
「そして、いつかアナタたちにリベンジするわ…!今よりもっともっと高みに登って!」
「コラボライブならいつでもウェルカムだぜ!」
「…ふふっ、アナタやっばり生意気ね。ハルカ」
ウェスタはじっと彩を見つめる。あの時、サングラス越しに見えた星型の光は見えない。だが、その存在は確かに己の瞳に焼き付いていた。
また彼女のライブが見たいと思える程には。
「…ねぇ、ハルカ。アナタ『くいーん』でしょう」
「あ、やっぱバレる?」
「ええ、二曲目でアナタの代表曲なんて出されたら嫌でも気付くわ」
「あははは!そりゃ確かに!」
「…アタシ、これでもアナタのファンなのよ。毎回新曲も聴いてるし…、とても綺麗で力のある声。正直憧れてる。…まさか歳下で、こんな近くにいるとは思わなかったけど」
「そっかそっか!今日弾いた奴も今度上げるから楽しみにしててね!」
「……ええ、勿論よ」
「ハルカさん!裏手に人が溜まってきました。このままだと出られなくなります!」
ザワザワと人の声が外から聞こえてくる。
SPACEの話題を聞きつけた野次馬が裏口にまで漏れ始めてきたのだ。このままでは落ち着いて出ることができなくなってしまう。
「そりゃヤバイ!じゃあねウェスタちゃん!」
「…ええ、また会いましょう」
「…あ、そうだ!実はハルカは偽名なの!本名は丸山彩だよ!覚えててね!」
「はぁ!?ちょっと、アンタ…!」
「またねー!」
ーーー
「何をしてるんですか丸山さん!一体私たちが何のために変装をしているのか…!」
「いーの、いーの。ウェスタちゃん信用できるし」
「そういう問題ではありません!というより丸山さん貴女どうして着替えてないんですか!私たちの顔は最早その格好の方が知れているんですよ!」
「いーじゃん、私と紗夜ちゃんの思い出コーデだよ?もうちょっとたなじせてクレヨンっと。それに着替えるの面倒だし。このカツラしっかりしてて取るのめっちゃ大変なんだよ〜」
「伊達にお高くはないのでね!」
「ごちになりまーす!」
「何勘違いしてるんですか、貸しですよ。後日諸々の料金はしっかり請求しますので」
「馬鹿な!?」
「この世にタダは無いんですよ」
「ぐごごごご…!おのれぇ」
因みに紗夜の購入した変装セットは彩1人でも二万円は下らない。彩の小遣いが吹き飛ぶことが確定した瞬間である。
「あ!それよりも打ち上げ行こうぜ!焼肉!仲間同士の打ち上げとか一回やってみたかったんだよなー!ね?カツラとかも着いた時に着替えるからさ!」
「…全くもう、仕方ないですね。というか焼肉は先週行ったばかりじゃないですか。別にしましょう」
「えー、じゃあ鶏肉屋!」
「焼肉と大して変わってないじゃないですか…」
「えー、私鳥のささみが美味しいところ知ってるよ?ほら、小カロリーだからでぃえっとにもなr…アダダダダダダダダダ!!!?ごめんなさいぃ!!」
「貴方は一々人を煽らないと死んでしまうんですか?」
「アオリムシ:常にふざけ倒して人を煽らないとその命が終わってしまう哀れな生態をしている。むし、はがねタイプ」
「どく、あくタイプの間違いでしょう。特に無いならいつものところに行きますよ」
「はーい…」
なんだかんだで結局ジャンクフード店に行くことになってしまった…。結局ポテト食べたいだけじゃん。太るよ?」
「は?」
「ヒェッ、で、伝説のスーパー風紀委員…!」
「誰が筋肉ダルマですかっ!!」
「ぎゃん!?」
ー
「あ、見えてきたよお店。何頼むー?」
「そうですね…、取り敢えずこのメガ盛りポテトとミートスパイスポテト、あとはポテトブースですかね」
「じゃあ私もそれと同じで」
「…取り敢えず約束です丸山さん、お店に入る前にカツラと服だけ着替えてきてください」
「えー、私結構これ気に入ってたのに〜」
「厄介なファンとかに絡まれますよ」
「…つまりそのままエロ同人みたいな展開に!?キャッ、紗夜ちゃんったらムッツリ!」
「だ、だだだ誰がムッツリですか!それは丸山さんの勝手な想像!何を根拠にそんな言われのないことを…!」
「清楚キャラはムッツリと我々の業界では決まってるのですよ」
「どんな業界ですかそれ!?ふざけてないで早く着替えてきてください!私は先に中で注文を頼んでおきますので!」
「あっ!ちょっと…行っちゃった…」
しゃーなしだ。
あの路地裏あたりで着替えてこようっと。
●●●
「………」
頭がぼうっとする。
なんだか夢でも見ていたかのような気分だ。でも不思議と嫌な気持ちはしなくて、幸せの2文字だけが今私の胸の中にあった。
黒と金の少女2人。私と同年代くらいだろうか。彼女たちの演奏は素人目から見ても逸脱していた。それまでの全てのバンドの演奏が前座だったかと思わせる程の圧倒的な存在感。
彼女の歌が始まったと同時に、世界は光に包まれた。
気がつけば真っ白な世界で私1人が立っていた。そうして目の前にはベースを弾いて歌う黒髪を靡かせる彼女の姿が。私は手を伸ばして彼女に触れたい衝動に駆られた。だが不思議なことにどれだけ近づいても触れることはおろか、近づくことすらできない。目を離さず、どれだけ走っても、どれだけ近づこうとしても、手には届かなかった。まるで空に浮かぶ星のように。
でも諦めることなんてできなくて、ただがむしゃらに走って、走って、走って。
するとふと、彼女が私の方に振り向いた。私は歓喜した。彼女が、私が追っても追っても追い付かなかった存在が、今私だけに目を向けてくれている。それが嬉しくてたまらなかった。私は彼女に何かを言おうとした。しかし言葉が出せない、それどころかさっきまで動いていた足すら物言わなくなっていた。何故!?後少しなのに!後少しで届くと言うのに!!
私は縋るように彼女を見上げる。
そうして、目が合った。瞳の中にある光と。
『☆☆☆』
「──ぇ」
…気がつけば私は救急隊員の人に起こされていた。
そこから最低限の介護を受けて今に至る。特に体調にも問題がなかったので、今は精神面の様子を見るため、経過観察として自宅に帰っている。救急隊は今回のことはライブの熱気にやられて気を失ったと思っているらしい。
だが、私はあの時何があったのか、うろ覚えながらもしっかり覚えている。だが、こうして歩いている今でもあの時の光景が鮮明に蘇る。
…忘れられない。
あの姿が、あの音が、あの光が。
あの人、ハルカのあらゆる情報が頭から焼き付いて離れない。
……また会いたい。また聞きたい。彼女の姿を見たい、歌を聴きたい、触れ合いたい。
そんなことを考えていたからか、私は家に帰る道とは違う大通りに出てしまった。
…しっかりしなければ。明日からはまた仕事だ。自分は他の学生とは違って何かに現を抜かす時間などないと言うのに。
「…ふぅ」
感情を抜くように息を吐き、気持ちを整える。
明日のこともある。今日は早めに帰らないと。そう思って、きた道を戻ろうとしたその時、見覚えのある黒髪が目に入る。
「──!!?」
思わず動きを止める。
見間違いかと思ったが、間違い無い。彼女は私が先程までどうしようもなく渇望していたアオハルのハルカその人だった。隣には…確か風紀委員の氷川さん…?どうして…。すると、2人は別れてハルカは何故か人気のない路地へ入って行った。
…いけないことだとわかっていても、魔が差してしまう。我慢できない。折角奇跡的に会えたというのにそれを不意にすることなどしたくない。私は彼女の後をこっそりと追いかける。
「ほーら、やっぱり固いよー。どうやって取るんだこれ」
声が聞こえる。
どうやらあの曲がり角のすぐ側にいるようだ。私は勘付かれないように慎重に足を潜める。
「うげっ!?な、なんか留め金みたいなのが服に引っ掛かった!?ガッデム!これだから高級品は!私高級ですよみたいな面しやがって!あ、ヤバい目が見えナッシング!ぎゃあ!!?」
「え…きゃあっ!?」
地面をする音が聞こえたと思えば、唐突に曲がり角から現れた彼女に私はぶつかり、その場で尻餅をついてしまう。
すると、私の手元に細やかな感触が伝った。私は真っ黒なそれを手に取る。
「…カツラ?」
「いったぁ〜、あ!カツラ取れた!やったぜ!」
「!」
「あれれ?どこだカツラ…」
不意に彼女はこちらの方を向いた。思いがけず彼女と目が合う。綺麗なルビーの瞳だ。
それぞれを目視した瞬間、お互いが思わず数秒固まる。そんな彼女の頬には冷や汗が流れている。
「…やっべ」
きっとこの出会いは運命だ。
この瞬間に私、白鷺千聖はそう確信した。