ヒャッハーッ!てめぇら!新鮮な続きだぜぇ!
部屋を明るくした後画面から距離をとって、目が疲れていない時に閲覧することだなぁ!!
【前回のあらすじ】
・紗夜「弦巻さんが風邪?またまたご冗談をw」
・こころちゃんオルタ誕生!
・ありゃ氷河期じゃねえ…!虚無期だ!!
新進気鋭のバンド、Roseliaは現在不調を極めていた。
メンバーの殆どが思うような演奏ができていない。スランプ、と言うわけでは無い。しかしそれに限りなく近いものであった。
「…やめましょう。これ以上は無駄だわ」
友希那はマイクを戻してそう呟く。それに反対する者はこの場には居なかった。全員がこれ以上の練習は無為だと理解していたから。
「……また、ですか…」
キーボードの燐子が言葉を溢す。なんだかんだでここ数日、Roseliaの面々はずっとこんな調子だった。終わらない不調に思わず不安が出てきてしまうのも仕方ないことだった。
「…飽くまで一時的なものよ。今集団で練習しても悪い癖が身につくだけ。今は個々人の技量を…」
「友希那さんっ!」
「…!」
「分かってますよね…。今の私たちじゃチームでも個人でも、どれだけ練習したって無駄なことくらい…」
溜めていたものが溢れるように燐子は本音の水を決壊させていく。
「離れないんですよ…!!あの時の演奏が、頭から!!焼きついたみたいにずっと!昨日だって夢にまで出てきました…!」
「……あこも、あこも出てきたよ夢に。ずっと夢の中であこのことを見てるの…。あの、あの光がずっとあこのこと…」
「……」
「リサさんは一向に体調が良くならないですし、私もうどうしたら良いか…!」
燐子の嗚咽が静かなスタジオに響く。すると今まで黙っていた紗夜が冷静に言葉を発した。
「皆さん、友希那さんの言う通り今日は切り上げましょう。今ここで現状を嘆いても状況は好転しません。…皆さん体調が優れていないみたいなので、後片付けは私がしておきます。皆さんは先に帰っておいてください」
「………そうね、分かったわ」
紗夜の言葉に3人は重い空気のまま帰宅の準備をした。
ーーー
…どうしてこうなってしまったのだろう。
今やRoseliaのメンバーの心はバラバラで息も全くあっていない。
おまけに先程の夢のこともあって、紗夜以外のメンバーはあまり寝付けられていない様子だった。
かく言う友希那も最近は殆ど眠れていない。ふと店の窓に映った自分の顔。くっきりと目元に残った隈と、疲弊し切った顔はまるで亡霊のようだった。
(…酷い顔ね)
内心自嘲する。
全ての地獄はあのライブの日からだ。あのアオハルの演奏を聞いてからRoseliaの全てが崩壊し始めた。
彼女たちの音楽は文字通りRoseliaの音楽を全て奪い去っていった。演奏をしようとしてもあのボーカルの影がチラついて自分の音を出せない。まるで呪いのようだった。
(ダメね……私がこんな調子じゃ)
ふらふらと歩きながら街から少し離れた公園について、そこにあるベンチに倒れるように腰かける。目の前に見える公園で遊ぶ子供たちが、まるで色褪せて霞んだかのように見える。
「……うぅッ」
涙が溢れてきた。
悔しいのだ。悔しくて悔しくて仕方ないのだ。
友希那は復讐のためにバンドを組み、FUTURE WORLD FESで頂点を勝ち取ろうとした。だがその望みは一歩も踏み出すことなく捻り潰されようとしている。あの時、友希那たちは負けたのだ。あの演奏に気圧され、奪われ、最後には一曲目を聴き終えることなく、情けなく地面に伏した。そしてその代償は今なおRoseliaに付き纏っている。
情けなくて仕方がない思いでいっぱいだった。
(…………くいーん…)
携帯の画面に写っている動画チャンネル。友希那が曲を毎日のように聞いていて、密かに憧れを感じている人。
(ハルカは…くいーんだったの…?)
はっきりとした確証はない。だが、あのライブで聞いた歌声はあまりにも彼女と酷似していた。だとするのなら、自分たちを壊したのは…
そこまで考えて一度思考を放棄する。嫌なことを振り払うように、素早くイヤフォンを耳に挿していつも聞いている曲をタップした。
…やはり不思議と気持ちが落ち着く。先程までの怒りや悲しみがまるで溶けるように消えていくのを感じる。
そうだ、今は嫌なことは忘れよう。少しでもこの憂鬱とした気分を晴らさないと気がおさまらない。
そうして友希那はその心地良い音色に身を委ねることにした。
●●●
───気がつけば、真っ白な世界に立っていた。
「………ここは」
…また、この夢だ。
リサも話していた、明晰夢。友希那は何度もこの夢に苦しめられている。…いや、苦しめられているというのは少し語弊があるかもしれない。
『………』
そうしていつものように目の前に現れる黒い人影。まるでそこだけが切り取られたかのような黒。
ただ今日はいつもと違うことが一つ。
近いのだ。いつもは豆粒ほどの大きさに見えるほど遠くなのに、今日は手を伸ばせば届くほど至近距離にいた。
「…貴女は」
これまでにない状況に一瞬困惑するが、すぐに向き直る。
「……貴女は、ハルカなの?」
沈黙
「貴女は、くいーんなの?」
沈黙
「どうして、夢に出てくるの!」
沈黙
「邪魔…なのよ!私たちは進まないといけないの!証明…しなきゃいけないの…!父の音楽が正しかったって…!!」
沈黙ばかり
「…ッ!!!」
遂に頭に血が上り、友希那は人影に掴みかかって押し倒す。そうして溜めていた想いを爆発させた。
「貴女がッ!貴女さえ居なければッ!!」
『…』
「何なの!?貴女は何なのよ!!」
『…』
「どうして私の…!私たちの夢を壊すのよ!!!」
それは屈託の無い本音だった。
唯の八つ当たりなのは知っている。負けたのは自分たちだ。弱いのが悪い。しかしそうと分かっていてもやりきれない思いが、友希那の中にはあった。
『…』
「なんでなのよ……。何か言って…言ってよ…」
するとふと、頬に感触が。手だ。人影の手が友希那の頬に当てられ、目からこぼれた水を優しく拭ったのだ。
友希那は硬直する。目の前の人影の顔。目も鼻も口もない真っ黒なそれが、優しく微笑しているように見えたから。
急に熱が冷める。その場で停止し、困惑と驚愕と恐怖が内で混ざり合う。そしてそれと同時にほんのりと滲み出す安心感。
優しい温もりが頬を伝い、溶かすような安心感に思わず身を委ねて、瞼が静かに閉じていく。…が、その寸前に自分の頬を思いっきり叩き、人影を押し返した。
「ハァ…!ハァ…!」
本能だった。あのまま身を委ねれば本当に取り返しのつかないことになるかもしれなかったから。
逃げなければ。ここから早く。一刻も早く。そう背を向けて走り出そうとするが、なぜか前にいたはずの人影は振り向いた先にいた。小さく声を上げ、思わず息を呑む。
人影にはヒカリがあった。
瞳があるべきところにある二つの光。あの時意識を失う前に見た星。再びそれに呑まれる恐怖で友希那は後ずさる。
「や、やめて…!見ないで…!」
人影は笑顔で近づいてくる。悪意などこれっぽっちも無いように。
「近づかないで!その目で…その目で私を見ないで!」
逃げたいのに目が離せない。引きつけられるような存在感。まるで引力のようだった。
次の瞬間、その人影は目の前に現れる。驚いて友希那は腰を抜かす。無論視線は外せずに。
光が友希那を射抜く。
「……や、やめて…、お願いだから…!これ以上私の世界を壊さないで…!」
『☆☆』
初めてその人影が言葉を発した。しかし友希那にそれを聞き取る余裕は無い。
(早く、早く覚めて!お願いだから早く!)
もがいてもがいて、何とかここから出ようとする。だがその全ては空を切るだけだった。
それが少しずつ友希那を覆っていく。嫌だ嫌だと思っても体は全く動かずに、少しずつ呑み込まれて…
『大丈夫?』
別の誰かに腕を掴まれた。
●●●
「…あ」
目が覚める。水気の多い感触が全身を伝う。頬を触ると大粒の汗が滴っていた。
……余りに酷い夢だった。毎日こんな夢ばかり見るから最近は寝付けないのだ。
公共時計を見るとそれなりに時間が経っており、再生していた曲はとっくに終わり、黒に染まっていた。日も沈みかけている。…今日はもう帰ろうか。
取り敢えず汗を拭こうと持っていたハンカチを鞄から取り出そうとする。
「はいタオル」
「ええ…、どうもありがとう…」
受け取ったタオルで汗を拭く。
「………え?」
「いやー、凄いうなされてたから心配したぜ。通りすがりにベンチでうめく美女を目撃した私の心情を答えよ。二十文字以内でね!」
………誰?
全く見知らぬ少女が隣に座っていた。数秒フリーズする。
「…誰かしら、貴女」
「私?私は丸山彩!花咲川の高校2年生で誕生日は12月27日!山羊座のA型!好物は天ぷらで学校では花咲川の天災なんてイカス二つ名をもらってるけど、最近はこころちゃんと統合されがちになってるのが不満なこの頃!けどこころちゃんの花咲川の異空間っていう個別名称も結構イカスだと思うんだよねいやー花咲川のみんなのネーミングセンスが光るところで私も感嘆しちゃうようんそんなわけで貴女の名前を教えて?」
「え、えぇ…?湊友希那…」
「友希那ちゃんだね!よし連絡先交換しよう!」
「……唐突に現れて連絡先を交換するというのは非常識だと思うのだけれど」
「いーじゃんちょっとくらい!ケチケチせずにさー。一応ファンなんだしー」
「…私を知ってるのかしら?」
「うん!紗夜ちゃんのバンド友達でしょ?歌が超うまかった人!ライブ見たぜー!超カッコよかった!」
…ああ、思い出した。
丸山彩と言えば確か最近紗夜とつるんでいるという問題児ではないか。噂通りの破天荒だ。
…まぁ特別彼女と話すこともない。話すだけで疲労が溜まるような彼女とこれ以上一緒にいても体力の無駄である。
「…そう。タオルありがとう、それじゃあ」
「まぁまぁ!もうちょっとお話ししようぜ!」
「話す事なんてないわ。私は忙しいの」
「練習、滞ってるんでしよ?」
友希那はピタリと動きを止める。
「紗夜ちゃんから聞いたよ。メンバーみんなスランプなんだって?」
「…それがどうしたというの。貴女には関係のない事よ」
「うーん…、いやまぁ関係あるというか無いというか…」
苛立ちが溜まっていくのを感じる。
全く関係のない他人がRoseliaの問題に首を突っ込んでくることに、ふつふつと怒りが煮えていく。
「…なら貴女に私たちの不調の原因がわかるとでも言うの?」
「楽しんでないからじゃない?」
「…は?」
「友希那ちゃんたちの演奏見て思ってたけど、ぜーんぜん楽しそうじゃないんだよね。むしろ苦しそう」
「…何を言い出すのかと思えば、楽しさなんて必要ないわ。私たちRoseliaは頂点だけを目指すバンド。それは不純物よ」
「純物質だよ。純粋に楽しんでこそのライブでしょ。あんな演奏じゃ上手いってことだけしか伝わらない。私から言わせればそれじゃあ頂点なんて到底無理だね!」
「……」
…聞き捨てならない。
演奏は技量が全てだ。正確無比なギター、上質な下地のベース、適度な刺激を与えるドラム、演奏の流れを操るキーボード、そしてそれらを最高のクオリティまで引き出すボーカル。それが友希那が目指すRoseliaの形であり、理想だ。そしてその理想が頂点を掴める。その確信があった。
それをこんな楽器も使ったことのないような奴に否定されるなど、到底許せなかった。
沸いた怒りが迫り上がってくるのを感じる。
「話にならないわ。音楽の世界は実力主義。技術が無ければ意味なんてないのよ!」
「うーん、お堅い。会った時の紗夜ちゃんを思い出すぜ。…確かに技術は必要。でも楽しむのも必要だじぇ」
「知ったような口を聞かないで!私たちは私たちのやり方で頂点を目指すの!貴女に口出しされる言われはないわ!」
「でもその結果が、今なんでしょ?」
「…ッ」
いや半分くらいは私のせいだけど。という言葉を彩は飲み込む。しかしこんな他を顧みないやり方では遅かれ早かれ崩れていたのではないだろうか。そう思わずにはいられなかった。
「技量一本で行こうとするから崩れた時に全然立ち直れないんじゃないかな」
「くっ…」
友希那は言葉が詰まってしまう。
確かに今回の不調はある意味アオハルによって自分たちの技量による自信や自負といったものを粉々に打ち砕かれたことが原因の一つだ。早い話Roseliaにはそれをフォローする要素が無かった。僅かながらその部分を請け負っていたリサも今はダウンしてしまっている。
なら、どうすれば良い。Roseliaは湊友希那はこれからどうすれば良いのだ。視界が急に狭くなり、目の前が真っ暗になりかける。沸いた怒りが冷めていき、虚しさに変わっていく。
すると俯き様に、突然手首を掴まれた。
「よし!取り敢えずどっか遊びに行こう!私丁度今暇してたんだよね!」
「…えっ、ちょ、ちょっと…!?」
「元気のない時は遊ぶのが1番だぜ!さぁまずは腹ごしらえ!私お腹すいた!」
ーーー
唐突に始まった丸山式遊戯ツアー。
友希那は色んなところに連れ回された。レストランにゲームセンター、ペットショップにバッティングセンターと彩は時間の限り遊びまくった。
友希那も最初は嫌々で怒りの声を漏らすこともあったが、やがて諦観し、そして彩の破茶滅茶に身を委ねた。
そうして最初に来た公園に戻ってきた頃にはすっかり日が暮れていた。
「はぁー!超楽しかった!久々に紗夜ちゃん以外と遊んだぜー!」
(疲れた…)
友希那は疲弊し切っていた。
まるで嵐の如くあっちこっちに駆け回る彩に引き摺られながら連れ回されたのだから当然である。
(こんな子と紗夜はいつも一緒にいるの…?)
正直こんな破天荒の具現化のような存在と一緒にいる紗夜の気が知れなかった。
2人はベンチに腰掛ける。空にはぽっかりと浮かぶ満月があった。
(もうこんな時間…。連絡したとはいえお父さんは心配してるでしょうね…)
「それでどうだった?楽しかったー?」
「疲れたわ…」
「お婆ちゃんみたいな感想だね。還暦にはまだ早いぜー」
「誰がお婆さんよ!本当、貴女のことがまるで理解できないわ…!」
「私は友希那ちゃんのこといっぱい知れたけどねー。例えば音楽以外は結構ポンコツとか、超がつくほどの猫好きとかー」
「ぐっ…さっきも言ったけれどそのことは…」
「えーどうしよっかなー、考えちゃうなー。友希那ちゃんがこれからも私と遊んでくれるなら口を噤んでおくのもやぶさかでもナッシングーでありんすなー」
「貴女ねぇ…!いい加減に…!」
「おやー良いんですかー?今怒ったら友希那ちゃんのマル秘情報を友希那ちゃんの母校に丸山週刊で号外しちゃいますよー。ほーら、こんなに可愛いお写真がー」
「あっ!?ちょっといつの間に!?消しなさい!」
「いやだねー!ほらほらこっちでちゅよー、べろべろばぁー」
「待ちなさい!!」
携帯を取り上げようとするが、友希那の脆弱な運動神経で彩に勝てるはずもなく、普通に息を切らして敗北した。
その顔は疲れ切ってはいたが、数時間前と比べれば随分とマシになっていた。彩はそれを見て自分の行動が正解だったことを確信する。
「ハァ、ハァ…、全く、音楽以外でこんなに疲れたのは久しぶりよ…」
「そういえばさ、友希那ちゃんはどうして音楽を始めたの?ちょーてん目指すって言ってたけど」
「何で貴女にそんなことを…」
「猫」
「………一言で言えば復讐のためよ。夢半ばに折れた父の代わりに私が世界の頂点を勝ち取るため」
そして父親の音楽が正しかったと証明するために。これまで湊友希那の心にあったのはそれだけだった。
そのためなら何だって、どんな努力だってする覚悟があった。それこそ今のメンバーを切り捨てる覚悟だって。
「だけど、ふふ、空回りばっかり」
結局は復讐心だけでなんとかなる世界ではなかった。あっさりとその復讐の刃はへし折られ、バンドメンバーも無理について来させている現状。
友希那はその不格好な刃を愚かなプライドだけで掲げていた。
やけに晴れた脳内。さっきよりかは少しだけ冷静に現状を見れた。
「…今になって気づいたわ。私は1人で走りすぎたのね。折角ついてきてくれたみんなを、リサを蔑ろにして…」
懺悔をするように言葉をこぼす。同時に数滴の涙も。
それを見て彩は静かに言葉を紡いだ。
「…私ね、別に実力だけでバンドをしていくのに反対なわけじゃないんだ。ただ、もっと自由に演奏して欲しいだけなの。あんな風に苦しい演奏、見てる人も苦しくなっちゃう」
「……」
「友希那ちゃんは復讐が義務になっちゃっただけなんだと思う。やらなきゃ、やり遂げなきゃってずっと思ってるから余裕が無いんだよ。そのお父さんの復讐にずっと縛られていたから」
「…!」
彩はガタリとベンチから立ち上がり、友希那に向かい直る。
「友希那ちゃんは歌い手!想いを伝える側!ならその伝える側が誰かに、ましてや聞き手に、友希那ちゃんが縛られるなんてことはあってはいけない!!」
「音楽は自由だ!!実力主義も結構!復讐も結構!けど不自由だけはダメだ!!友希那ちゃんは友希那ちゃんの歌で聴き手共を捩じ伏せれば良いの!!文句を言う奴も!小言を言う奴も!何もかも!!!そして!!!」
「そいつらの脳味噌に湊友希那の名前を焼き付ければ、ついでに復讐ミッションコンプリートよ」
唖然。
友希那は動けなかった。あまりにとんでもない暴論。理論飛躍も良いところだ。
だが不思議とそれが自分に足りないものなのだと納得もできた。
「縛られすぎていた…ね。…んふっ、ふふ、ふふふふ、あはははははははっ!!!!」
「お?」
友希那のゲラな笑い声が夜の公園に響く。ひとしきり笑った後、友希那は彩の目の前を向く。
「…ありがとう、少しスッキリしたわ」
清々しい気分だった。
まるで目の前を覆っていた草木が全て取り払われたかのような圧倒的清涼感。まるで憑き物が、取れたかのような清々しさ。
当然全ての蟠りが消えたわけではない。だがバカらしく思えてしまったのだ。父親にしろアオハルにしろあの夢にしろ、誰かに拘るのが、縛られるのが。この丸山彩を見ていると。
「ん、そっか。なら良かった」
「ねぇ、彩」
「んー?」
「どうして私に付き合ってくれたの?貴女にとって私は殆ど他人も同然なのに…」
「そりゃファンだからね!それに紗夜ちゃんのRoseliaの演奏をもうちょっと聴きたくなったからかな?」
「そう、なら紗夜には感謝しないとね」
そう言って友希那はベンチを立つ。
「…私は帰るわ。今日はありがとう」
「またライブ呼んでね!最高に自由で楽しんでる友希那ちゃんたちの演奏が聴きたいし!」
「…ええ、勿論よ」
その場から立ち去る寸前、あっと思い出したように友希那は立ち止まる。
「…その、連絡先…交換しましょう。良ければ、また相談に乗ってくれるかしら?」
「うん勿論!」
いえーいやったやったーと、軽快な笑い声が誰もいない夜の公園に響いた。
●●●
最近、湊さんの様子が変わった。
どう変わったかと言われれば少し言語化しにくいが、何というか棘がなくなったのだ。
今まではまるで射抜くような張り詰めた雰囲気を常に発していたのに、今では随分と物腰も柔らかくなって、笑顔を浮かべることも増えた。以前よりも心に余裕ができた印象だ。
そのおかげか、Roseliaは完全とは言わずとも少しずつ以前までの調子を取り戻していた。
「お疲れ様です」
「ええ、お疲れ紗夜。今日も良かったわよ」
「ありがとうございます。…そういえば湊さん、最近は私が勝手にアドリブを入れても何も言わなくなりましたね。何か心境の変化でも?」
「…ええ、少し、ね」
そう微笑する湊さんはすっかり顔色も良くなっている。最近ではよく寝れているのだろうか。
ふと湊さんはスタジオの時計を見る。
「…ごめんなさい、もう私行かないと」
「ああ、すみません。引き止めてしまって」
「良いわ、それじゃあね」
そう言って軽い足取りで湊さんはスタジオを後にした。
…本当に何があったのだろうか。つい数日前まではあんなに苦心していたのに。正直気にはなるが、宇田川さんや白金さんも影響されてか少しずつ調子を取り戻している。Roseliaに良い影響を与えているのなら別に追求する必要はないだろう。
ふと、懐の携帯が揺れる。
「…あら、丸山さんからね」
【ごっどまるやま:ゴメーン!今日別の約束あるから行けない!】
…この後の練習に誘おうと思っていたのだが、どうやら用事があったらしい。少し気は落ちるけど、まぁ仕方ない。
それにしても約束とは何だろう。弦巻さんは今日はバンドの方に足を運んでいると聞いたから、違うと思うけど…
(…私や弦巻さん以外に約束を取り付ける仲の人なんていたかしら…?)
ーーー
「彩…!」
「あ、やっほー友希那ちゃん!」
「ごめんなさい、待たせてしまったかしら…」
「ぜーんぜん!寧ろこっちが遅れかけてねー。トラックに飛び乗らなかったら危なかったぜ!」
「そっちの方がはるかに危ない気がするのだけれど…」
逆に彩だからこそ大丈夫というところもあるが。
「それにしても最近友希那ちゃん、よく私に会いにくるよね!もしかして私が恋しかったりー?」
「…多分、そうなのかもしれないわね。それに、彩にはまた歌詞を見てほしいから」
「あ、新作できたの!?見せて見せて!」
「そうがっつかないで。店に着くまでくらい我慢しなさい」
「あはは!ごめんごめん、じゃあその後はゲーセン行こう!」
「…考えておくわ」
「あ、そうだ!今度Roseliaの練習見せてよ!私紗夜ちゃんと友希那ちゃんの練習見たいなー!」
「それは……、まだ駄目よ」
「えー、なんでー」
「まだリサがいないし、それに…」
「それに…?」
……他のメンバーに彩のことを知られたくないから、なんてことは口が裂けても言えない。
ここ数日、毎日のように彼女と会っているうちに、自分の中でも妙な独占欲が出てきていることは自覚していた。
こうして握ってくれている手はとても温かく、彼女が褒めてくれるととても嬉しい気持ちになる。
いつのまにか彼女と会う時間は私にとって幸福な時間になっていたのだ。
(本当、不思議ね。彩といると、とても安心できる)
そのおかげか最近はあの夢も見ない。ここ数日はこれまでの睡眠時間を取り戻すかのように、快眠を極めていた。
彩なら大丈夫、彩だから頼める、彩だから言える。
私を縛っていたしがらみのかわりに、私の中に優しく充満した人。彩は私がほんの少しだけ我儘になれる。そんな友達になった。
「あ!マンションの上に猫発見!行くぜ友希那ちゃん!」
「え!?ちょっと、私貴女みたいに猿みたいな動きはできないのだけれど…!?」
…まぁ、相変わらずよく振り回されるが。
ー
「はー、美味しかった!」
「…本当、よく食べるわね」
「えへへー、手が油だらけになっちゃった。ちょっと洗ってくるねー!」
そう言って彩は席を後にする。
戻ってくるまでの暇を潰そうと携帯を取り出すと、嬉しい通知が目に入る。『くいーん』の新作が出ていたのだ。投稿されたのは、丁度Roseliaの練習が終わったぐらいの時間だろうか。
内心気分を高めながら、手早くイヤフォンを準備して再生ボタンを押す。
「〜♪」
…今回は電子音をメインにした構成か。しかし良い。とても良い。電子の海の中でもその歌声は健在。素晴らしい歌唱力だ。とろんと幸せな気分に浸かっていく。
…そうね、ハルカとくいーんが同一人物だろうと関係ない。彼女はこんなにも素晴らしく、安心できる歌を世界に運んでくれるのだから。
当然私も負けてはいられない。今よりもっと技量を磨いて、Roseliaとしてより高みに上り詰めていかなければ。
そして、いつか彼女みたいに人を惹きつけられる音を…
そう思う彼女の瞳には小さな黒の焼き跡があった。
補足:友希那ちゃんたちが見ている夢は一種の禁断症状ダゾ!本物の彩ちゃんを一定期間見なかったので自分の脳が勝手に彩ちゃんを作って夢という形で彩ちゃんの情報を得ているのだ!要は推し不足を脳内補完で何とかしてるということである!基本的に動画の曲を聴くことで軽減、本人と会うことで解消するけど、飽くまで一時的!完治はしないぞ!つまりよっぽどのことがない限り持病のように一生付き合っていかなければならないのだ!
転生彩ちゃんのヒミツ⑦:実は今世で小学校を一つ潰している。
落書きとかこの辺りに放ってる。気が向いたら見にきて。