マギアレコード外伝 - Rough World   作:HAL@夜勤閣下

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覚醒

 8時に目を覚まし、いろはが用意してくれた朝食を頂いてからバイクにいろはを乗せて南凪区の自宅へと戻った。

 高校の修学旅行以来使っていないスーツケースを引っ張り出してそれに着替えとノートPC、それからフェリシアとゲームをするための道具等を詰め込んで荷物の準備は15分ほどで終了。いろはにはもう少しだけ待ってもらい、軽くシャワーを浴びて身支度も終わらせた。最後に部屋の戸締りを確認し、3日ほど家を空けることを仏壇の前で家族に報告して自宅を後にする。昨日はいろはが歩けなかったからバイクで行ったが今はもうその心配はないので電車でみかづき荘へと向かい最初の用事は終了。

 

 昼になり、移動時間のことも考えて予定より少し早めにみかづき荘を出発し2つ目の用事を済ませるべく灯花が指定した場所へと向かうことにした。念のためこれから向かうことを出発直前に灯花に電話で連絡したのだが、そこで灯花から追加のお願いが入った。それは…

 

 

「うい、寒くない?」

 

「うん、大丈夫。紫音さんは大丈夫ですか?」

 

「ああ。大丈夫だよ」

 

 

 「ういも一緒に来て欲しい」とのお願いだった。何故なのかと聞いたところ、なんでも「お姉さまが来るならういにも来て欲しいと言って利かない人がいるから」とのことだ。ういにそのことを話してみると、急なお願いでありながらも快諾し、急遽3人で向かうことになったのだ。確か、桜子ちゃん…とか言っていたっけか。灯花とねむのように、昔から馴染みのある人なのだろうか?

 

 

「でも良かったのかい、うい。さなとフェリシアと一緒に何かしようとしていたみたいだったのに」

 

「はい。いつでもできることですから。それに、万が一灯花ちゃんとねむちゃんのところに行く途中でお姉ちゃんと紫音さんが魔女の結界に取り込まれたら大変ですし」

 

「うい…まだ本調子じゃないんだからそんなに無理しなくてもお姉ちゃんは大丈夫だよ」

 

「ううん。私も魔法少女なんだし、紫音さんと一緒にいなきゃならないお姉ちゃんを出来る限りサポートしてあげたいの。お姉ちゃんはずっと私を探してくれて、そのおかげでこうしてまた一緒にいられるんだから今度は私がお姉ちゃんの役に立つ番だよ」

 

「うい…」

 

 

 まだ小学生とは思えないくらいしっかりとした子だと改めて思う。初めてスマホ越しで話した時からそんな印象があったがどうやら俺が思っている以上に肝が据わっているんじゃないだろうか。よく小学校の高学年になると大人ぶる年頃だと言われるが、ういのはそういったものではなく純粋に姉の役に立ちたいと思っているのだろう。誰かの役に立ちたいいろはと、姉のために頑張るうい…姉妹で性格が似ているのも珍しい気がする。少なくとも俺と彩華は似ていなかった。

 

 

 

 

 

 

◇   ◇   ◇

 

 

 

 

 

 

「――あそこか」

 

 

 新西区の駅から電車で20分ほど揺られ、俺は未だに訪れたことがない南凪区とは真逆の位置にある北養区の駅を下りそこからさらに10分ほど歩くと灯花が指定してきた待ち合わせ場所が見えてきた。

 その場所は高台の公園で、頂上には遊具の他、神浜市内を眺められる展望台もあり桜の季節には多くの花見客で賑わい、夏場は小学生の遠足スポットになっている場所らしい。

 そしてこの場所には関係者以外立入禁止の電波望遠鏡があり、灯花とねむはそこを拠点として魔法少女の魔女化を食い止めるための方法を模索しているのだという。何故そんなところを根城にしているのかはわからないが…まあ十中八九、魔法少女のことを調べるのに家族や知り合いがいるところでやるのは難しいからだろうが。

 

 

「お姉ちゃん、あれ!」

 

 

 ういが指差した先には、高台へと登る階段の側に立つ一人の少女が立っていた。ういの声に気づいたのか、その少女はこちらを見据えた。

 髪はアルビノのように白く、頭の左右がツノのようになっている独特な髪型。服は俺が住んでいる南凪区にある学校の制服を着ている。

 

 

「|いろは、うい。待ってた|」

 

「桜子ちゃん。どうしてここに?」

 

「|ねむが、電波望遠鏡に来るまでに何かあったら大変だから迎えに行ってって言ってたから|」

 

 

 桜子…俺がういに灯花から一緒に来て欲しいと伝えた時に言ってた名前だ。そうか、この子がういに会いたいと言っていた子か。

 

 

「|――私は柊 桜子(ひいらぎ さくらこ)。紫音。貴方のことは灯花とねむから聞いてる。いろはを助けてくれてありがとう|」

 

 

 そう言って桜子は俺の面に向かって優しく微笑んだ。

 ……なんだろう、この子からは妙に独特な雰囲気を感じる。『柊』と名乗ったということはねむの関係者なのだろう。落ち着いている雰囲気はねむに似ているが、どうも機械的な印象がある。うまく言い表せないが、彼女の声はテレパシーのように頭に語りかけてくるような、そんな感じがする。

 

 

「礼には及ばないよ」

 

「|ついてきて。灯花とねむが待ってるから|」

 

 

 桜子のことはあとで灯花かねむにでも聞くことにし、俺たち3人は桜子の後に続き電波望遠鏡のある高台へと続く階段を登る。

 11月ということもあり、周囲に生えているほとんどの木々の葉が枯れている。あとひと月早ければ紅葉で彩られていたのだろうが、桜と同じで見られる時間は少ない。

 

 5分ほど階段を上り続けると遊具や展望台がある開けた場所に辿り着き、その脇に上部に有刺鉄線が付いた柵に囲まれた電波望遠鏡があった。桜子は出入り口の南京錠を開けると、俺たち3人をその中へと招き入れる。建物の入り口にはナンバー式の電子ロックが掛けられているようで、桜子はそれも手慣れた手つきで入力してロックを解除し、建物へ入る扉を開けた。

 

 

「――うわっ」

 

 

 中に入るとまず10メートル程の高さがあるドーム状の天井に圧倒された。正面にある長机の前には10個ほどのディスプレイが並んでおり、電源が入っている画面には何が映っているのかは遠目なのではっきりとはわからないが、機械の電気回路のようなものに見える。部屋の中央には大きなテーブルが置いてありそれを囲むようにカウチソファーが2セットもあり、まるで子供の頃に夢見た“秘密基地”といったところか。

 

 

「やっほーお兄さん。待ってたよー」

 

 

 俺たちが来たことに気づいてか、突如として側にあった扉が開き灯花が姿を現した。何故かはわからないが小柄な体型に合わない明らかに大きなサイズの白衣を着ており、袖から手が出ておらずダボダボ、裾も床に着いてしまっている。

 

 

「来たぞ。これから一体何をするんだ?」

 

 

 敢えて白衣のことには突っ込まず、電車に乗る前に適当に買った菓子折りを灯花に手渡す。「和菓子なんて良いところついてきたねー」なんて言いながら灯花はわざとらしく笑っていた。

 

 

「早速だけどお兄さんとお姉さまはこっちに来てもらおうかにゃー。ういは桜子と待っててねー」

 

「わかった」

 

「うい。ちょっと桜子ちゃんと待っててね」

 

「うん。わかった」

 

 

 ういは笑顔で頷き、後ろで待っていた桜子の元へと行くのを見届けて俺といろはは先ほど灯花が出てきた扉へと入っていく。

 

 部屋に入ると、すぐ横でねむが準備万端といった様子で、これまたモニターが複数あるパソコンの前で腰を据えていた。気のせいか、昨日会った時と比べてどうも眠たそうに見える。ねむと向かい合うようにしてリクライニングチェアと丸椅子が置いてあり俺は前者、いろはは後者に腰を下ろした。灯花もねむの隣にある椅子に座り、俺があげた菓子折りの中から早速一つお菓子を取り出し、それを食べ始めている。

 

 

「やあお兄さん。あれから異常はないかい?」

 

「今のところはね。ところで、本題に入る前に桜子のことなんだが」

 

「桜子がどうかしたのかい?」

 

 

 俺はねむに桜子に抱いていたことを話した。柊だからねむの関係者、それだけで片づけるには妙に引っ掛かる。別に嫌悪感とかそういったことを感じたわけではない。単純に普通の“ヒト”とは違う何かを感じたのだ。

 

 

「…察しがいいね。桜子は僕が作ったウワサ――いや、その前に。お兄さんはマギウスのことは聞いているかな」

 

「いろはから聞いている。ウワサのことも軽く聞いた。君たち二人がその創始者だったってこともね」

 

「ごめんね二人とも。紫音さんに会った日の夜に全部話しちゃって…」

 

「別にいいよ。むしろ知っているなら話が早い。桜子は、僕が作ったから柊の姓を与え、『万年桜のウワサ』という名前から“桜子”と名付けたんだ」

 

「正確にはお姉さまがわたくしたち3人が入院している時に話していた『退院したらやりたいこと』が基になっているから、起源はお姉さまだけどねー」

 

 

 ウワサ。いろはと初めて会った日の夜にいろはが話していたモノだ。いろはが神浜に来たばかりの頃に現れ、魔女とは違い倒してもグリーフシードを落とさないイレギュラーだと。

 

 ねむはウワサの詳細を俺に教えてくれた。俺が記憶していたことは間違っていなかったが、ウワサが先週神浜を襲った災害の原因の一つであるエンブリオ・イブの誕生のために作られたモノであること。そしてそれらをねむが命を削って作ったモノであることは初耳だった。イブ誕生の目的を果たした後に街中のウワサは消したらしいのだが、桜子だけは例外で人間と同じように生きているのだという。さらに桜子は、知識や情報をねむがサーバーを介して送り込むことで勉強や習得をせずに物事を覚えられることや、いろは、うい、灯花、ねむのいずれかが死ぬと消滅してしまう特徴があるらしい。

 

 

「―なるほど。納得したよ」

 

「桜子は僕たち4人に関わりが深い存在だから基本的に他には無関心なんだけど、お兄さんのことは事前に“教えておいた”からね。初対面の時も割と話してくれたんじゃないかな」

 

「話してくれたというか、俺に礼を言ってきたくらいだけどな」

 

「桜子にしてはそれだけでも凄いことなんだよー?ソシャゲーのSSRレベルだにゃー」

 

 

 灯花のなんともいえない例えに困り顔になった俺といろはは顔を合わせる。いろはが「あはは」と苦笑いしたのに釣られ、俺も鼻で笑ってしまった。その反応に灯花はぷんすかと反論してきたがねむの冷静な声で制止され、桜子の話もこれで終わりとなった。

 

 

「―じゃあ本題に移ろうか。まずはおさらいだけど、昨日の電話ではさなとキュウの姿が見えたのと、テレパシーが聞こえたと言っていたけど、あの後はそれ以外には何かあったかな」

 

「いや、多分ないと思う」

 

「そうかい。実はあの電話の後、僕も自分なりにこの症状について考えていたんだ」

 

「そうそう。ねむったらわたくしが寝ようって言っても全然パソコンから離れなかったんだから」

 

 

 なるほど。眠そうに見えたのは気のせいじゃなかったというわけか。きっと自分の得意分野のことを考え出すと頭が離れなくなるタイプの人間なのだろう。理知的なねむらしい。ちなみにねむはその後パソコンの前で寝落ちしてしまい、見かねた灯花がベッドまで運んだらしい。

 

 

「それで、どうやって調べるんだ?」

 

「ここにお兄さんを呼んだのは、元々は昨日の施術がちゃんと成功して無事に機能しているかどうかをパソコンで調べるためだからね。その課程で、お兄さんの身体がどうなっているのかもわかるはずだよ」

 

「くふふー。それじゃあ早速お兄さんにはこれから用意する器具を付けてもらおうかにゃー」

 

 

 そう言って灯花は側にある棚から何やら怪しげなものが入った箱を取り出してきた。箱の中には心電図検査で手足に取り付ける電極のようなものと、ヘッドギアのような見たことのない器具が綺麗に整えられて入っていた。普通の医者が持つなら特に警戒はしないが、灯花が持つとマギウスという前科があるせいで物凄く警戒してしまう。流し目でいろはを顔を見てみると、二人のことを信用しているとはいえこの未知の器具には流石に不安そうな表情を見せている。

 

 

「…大丈夫なんだろうな?」

 

「この機器は何かを送ったりするものじゃなくて測定するものだからね。安全は保障するよ」

 

「わたくしが病院にあった廃棄前の心電図検査用の機器を改造して作ったものだからねー。見た目がちょっと怪しいのは許して欲してねー」

 

「あはは…灯花ちゃんらしいね」

 

 

 どうやら心電図検査で使うものに似ている、という俺の予想は間違っていなかったようだ。それにしてもこの年で機械的な改造ができるなんて、動画にしてネットに出せば『天才小学生現る!』とかで人気間違いなしだろうに…。

 

 そんなわけで、灯花は俺の両手首と頭にその器具を取り付けてきた。

 その最中に説明を受けたが、これは灯花が開発したという“魔力適正検査装置ST-003”(STは里見 灯花の頭文字から取ったらしい)というものだそうで、元々はマギウスの翼に加入した魔法少女達の強さがどのくらいあるのかを調べるために作ったのだという。マギウスの翼には黒羽根と白羽根の2ランクがあり、白羽根のほうが魔力適正が高い魔法少女が選ばれていたらしい。

 

 

「それじゃああとは僕が調べるから、お兄さんはスマホでもして待ってて欲しい。ほんの10分くらいだけどね」

 

「わかった。いろは、今日の夕食でも考えておくか」

 

「あ、それいいですね」

 

「おや?今日はこの後ういと3人で食事?」

 

「いや。そうじゃなくてだな」

 

 

 俺は灯花とねむにみかづき荘に滞在している間の俺の生活スタイルについて話した。二人とも俺が料理をするということに驚いており、いろはも一緒に生姜焼きを作って食べたことを話した。その話を聞いて灯花は「お金を出すからお姉さまとのソウルジェムリンクが解決したら此処でわたくしとねむの専属料理人にならないか」なんて言ってきたが丁重に断った。

 

 

「ぶー。じゃあ、今日この用事が終わったらわたくしとねむもみかづき荘でお兄さんの食事食べたーい!」

 

「何故そうなるんだ…」

 

「専属料理人よりはマシでしょー。それに最近夕食はコンビニのお弁当ばっかりで飽きてたしー。車呼ぶし、そうすればお兄さんの電車代も浮くでしょ」

 

 

 「大した額じゃないんだが…」と心の中で呟き、駄々をこねる灯花の様子を流し目に一瞥したねむは溜息を吐きながらパソコンの画面を凝視している。いろはもやれやれと言った様子で苦笑いしていた。…二人とも年齢に合わないほど聡明なのだが、いかなる時も冷静なねむと途端に我儘になる灯花で性格に関しては正反対。魔法少女のことを知る前、ういを含めて3人で入院していた時はねむと灯花は結構口喧嘩になっていたといろはは言っていたが、その理由がなんとなくわかった気がした。

 

 

「…いろは。やちよさんにメッセージを送っておいてくれ。灯花とねむが一緒に夕食を食べたいらしいけど大丈夫かって」

 

「あはは…わかりました」

 

「くふふー。流石はお兄さん」

 

「別に断る理由もないしな。あとは家主のやちよさん次第ってことで」

 

 

 二人でこちらに出向いてくれるのなら別に問題はないだろう。作る量は増えるだろうが、それくらいなら大した負荷にはならない。幸いにも出発前に事前に米だけは仕込んでおり、それも大食いのフェリシアの分を加味して多めにしておいたので二人――いや、桜子を含めて三人増えてもなんとかなったりする。

 

 その後、スマホの料理レシピのアプリを漁って何を作ろうかと考えた結果、10人前という大量の分を作るのに相応しいメニューとして豚汁が候補に挙がった。大人数になったから焼肉かしゃぶしゃぶにでもしようかと一瞬頭を過ったがそれでは料理をしたとは言えないし“俺の料理を食べたい”と言っていた灯花がきっと黙っていないだろう。直近豚汁を食べたかをいろはに確認すると、そもそもみかづき荘では作ったことがないとのことだったのでそれに決定した。そしてちょうど良いタイミングでやちよさんからの返信もありOKとのことで、灯花は自分の思い通りになったのが嬉しいのか随分と上機嫌になっている。その様子を見て、ねむは申し訳なさそうに俺といろはに謝罪をする。

 

 そんなこんなで会話をしているとあっという間に時間が経ちねむから調査終了の報がやってきた。灯花は俺の身体に装着された器具を取り外し、俺はねむに呼ばれてPCの前へと赴く。

 画面にはまるでRPGゲームのステータス画面のような様々なパラメーターが表示されており、その中の一番大きく表示されている数値が“45%”と示していた。案の定ねむはその数値に指をさした。

 

 

「これは測定者の身体が魔法少女かどうかの割合を示しているんだ。魔法少女であればこの数値は100%になる。魂はソウルジェムに入っていて、それによって身体を維持しているから言うなれば身体は契約者の魔力で出来ているようなものだからね」

 

 

 そう言ってねむは一呼吸置き、俺のほうに身体を向けて口を開いた。

 

 

「――冷静に聞いて欲しい。今のお兄さんの身体は魔法少女と人間が混ざり合った状態になっているんだと思う」

 

「え?」

 

「なんだって?」

 

 

 理解が追い付かず、信じがたい言葉に瞠目する。側で聞いていたいろはも思わず声を上げて驚く。やはりというか、ねむの表情はほとんど変わっておらず、続けて口を開いた。

 

 

「テレパシーを受信出来たりさなとキュウの姿が見えるようになったのは、昨日お姉さんと魔力をリンクして気を失った時にアレは気を失ったんじゃなくて一度肉体が死んだんじゃないかな」

 

「そこにわたくしとねむが魔力を供給させた時にお兄さんの身体は見た目上そのままだけど内部的には人間と魔法少女の性質を併せ持った身体に変化したって感じ?」

 

「そういう感じだろうね、灯花」

 

「………」

 

 

 そう言われ、右手の掌を見つめてグーパーしてみるも感覚は普段と変わらず、ねむの言葉を受け入れられない。だが、魔法少女にしか見えないものが見えたりテレパシーが聞こえるようになったのはねむの言う通り気を失った後からであるため、心当たりはそれしかなかった。

 

 

「これは憶測だけど、魔法少女の身体になっているということは今後は魔女に襲われることもあるんじゃないかな。魔法少女にしか見えないものが見えるっていうことは、きっと魔女の結界も見えるだろうからね」

 

「俺が魔女に襲われる?」

 

「そんな…紫音さんは私たちと違って戦えないのに」

 

 

 3年前の記憶が蘇ってくる。妹と一緒に出かけた時に引き込まれた異空間――魔女の結界と呼ばれるもの。最深部で待っていたのはスライムのようなドロドロの身体を持った魔女という存在。それを知らない人間が見たら「化け物」という言葉が真っ先に出てくるだろう。そんな“化け物”に人間が襲われたら待っているのは間違いなく死。そうならないためには魔法少女と常に一緒にいて行動するしかないだろうが、そんなことできるわけがない。

 

 

「――んにゃ。多分お兄さんは戦えるよ」

 

 

 側で聞いていた灯花が俺の肩に手を置いて自信ありげに言ってきた。その言葉の意味を理解できず、俺もいろはも呆気に取られて目が点になる。だってそうだろう。身体機能が上がったような気もしないし、魔法少女のように変身するような感覚を呼び出したりも出来ない。

 

 

「どういう意味だ?」

 

「お姉さま。お兄さんに『コネクト』してくれる?そうすればきっと変身する感覚がわかると思うんだよねー」

 

「コネクト?」

 

 

 俺の問いにねむが答えてくれた。

 簡単に言うと、魔法少女が別の魔法少女に力を与えその力を増幅させることらしい。お互いの力を与えることによってさらにその力は増すという。

 

 

「―実は僕も同じことを考えていたんだよ。お姉さんがお兄さんにコネクトができれば、お兄さんが人間と魔法少女の半人半魔だって証明もできるからね」

 

「………」

 

 

 ねむは説明してくれたが、コネクトというのを受けるとどんな感覚になるのかはわからない。だが、他に方法が無い以上はやるしかない。

 

 

「いろは。頼む」

 

「…わかりました」

 

 

 いろはは不安げな表情を見せながらも承諾し、俺の隣にある椅子に腰を下ろすと魔法少女の姿に変身する。そして「失礼します」と言って俺の左手を握り、目を閉じる。

 間もなくして桃色の光がいろはの身体を纏い、それは繋がれた手を伝って俺の身体へと流れてきた。やっぱりか、といった様子でねむは首をうんうんと縦に振り、灯花も口元を緩めて自分の予想は間違っていなかったとでも言いたげな様子を見せている。

 

 

「……!」

 

 

 突然、頭の中に何かが閃くような感覚に襲われ、目を見開いた。コネクトする前は何もわからなかったのに、今は自然とわかった。

 その感覚に身を委ね、俺は右手に力をこめる。眩い光が右手に集約され、やがてそれは目がくらむほどの規模になり、直視することができず目を閉じた。灯花とねむもこれには耐えられず、俺が目を閉じるタイミングで右腕で視界を遮っていた。

 

 数秒ほど経ち、右手の感覚が元に戻ったのを感じゆっくりと目を開いた。目の前にいる灯花とねむは、何故かきょとんとした表情を浮かべていた。どうしたのかと聞こうと思ったが、その理由はすぐにわかった。

 

 

「――なんだこれ?!」

 

 

 先ほど光が集まっていた右手にあったのは、俺の身の丈の7割ほどの長さがある剣だった。漫画やゲームでよく見る両鍔両刃の剣――ブロードソードとでも言えばいいか。それが知らぬ間に俺の右手に握られていた。これだけでも不思議なのだが、さらに驚いたのはその剣が羽根のように軽いことだ。重ければ剣が握られていた時点で気づくのに目で確認するまで気づかなかったのだから。

 

 

「――紫音さん、これって…」

 

 

――がちゃ

 

 

「紫音さん?」

 

「|凄い魔力の反応を感じたから…|」

 

 

 コネクトに集中していたいろはもこの事態に気づき目を丸くして驚く。それとほぼ同時に、部屋の入口のドアが開き、ういと桜子が様子を見に来たが、俺に起こっている現象を見て二人とも驚きを隠せない様子で、いろはは二人に状況を端的に説明した。

 

 

「くふふー。これでお兄さんは魔法少女に変身出来たってことだねー」

 

「変身?姿が変わった感じはしないけどな」

 

 

 全身を確認するも、魔法少女の姿に変わった様子はない。これを変身と言えるのか、そう思ったのだが…

 

 

「いや、一つだけ変わっているところがあるよ」

 

 

 そう言ってねむは机の引き出しから手鏡を取り出し、俺に渡してきた。一体どこが変わっているのかと思い俺は恐る恐るその手鏡を覗き込む。

 

 

「―なっ…!」

 

 

 鏡に映っていた俺の顔は、左目のみ金色になっていた。ただ色が変わっているのではなく光を放っている。この目に、俺は心当たりがあった。

 

 

「…彩華」

 

「はい?」

 

「あー、違うんだ。この目、俺の妹が魔法少女になった時と同じだったからさ」

 

 

 この金色の目は、妹が魔法少女に変身して魔法を使った時になっていたのと同じだった。それと同じことが今、俺の左目に起きている。…これはきっと、首にかけているリングに埋め込まれている妹のソウルジェムの欠片に残った魔力が影響していて左目にだけ変化が起きているという感じだろうか。

 

 

「お兄さん。他に何か変わった感じはないかな?」

 

「………」

 

 

 ねむの言葉に従い、目を瞑り意識を集中させる。

 …全身に力が漲ってくるのを感じた。実際にやってみなければわからないが、今ならこの剣があれば魔女相手にも渡り合えるのではないか?そんな気すらしてくる。

 それだけでなく、人の気配とは違う別の気配を感じ取ることが出来た。これはきっと魔法少女から感じ取れる気配。この部屋には今5人の魔法少女がいるため、頭の中でそれらの気配が混ざり合っていてよくわからないが、少人数であれば誰が近くにいるのかを察することが出来るかもしれない。

 そしてもう一つ…。

 

 

「<――みんな、これでどうだ?>」

 

 

 俺は頭の中でこの場にいる皆に語り掛けた。すると目の前にいる灯花とねむは目を丸くさせた。隣にいるいろはもぴくっと身体を震わせた。後方にいるういと桜子も吃驚していた。

 昨日の時点ではテレパシーの受信は出来ても俺から送ることは出来なかった。しかし、それが今は出来るようになっている。どうしてなのかは上手く言い表せないが、その感覚が不思議と湧いてきたのだ。

 

 

「今のって、紫音さんのテレパシーだよね?」

 

「うん。お姉ちゃんにも聞こえたよ、うい」

 

「むふ…これは驚きだね。お姉さん、お兄さんとのコネクトを解いて貰えるかな」

 

「あ、うん」

 

 

 ねむは特徴的な笑い方をしながらPCに向かって何やらメモをしていく。いろははねむの指示に従いコネクトを解除し、それにより俺の変身も同様に解除されるかと思ったが、俺の身体に変化は現れなかった。漲っている力が弱まった感じもなく、今の俺は俺自身で魔法少女の力を発現しているようだ。

 

 

「………」

 

 

 俺は能力を解けないかと思い意識を集中させると、すぐにその感覚が湧いてきたのでそれに従ってみる。すると俺の右手に握られていた剣は淡い光を放ちながら消滅し、同時に身体に漲っていた力も無くなるのを感じた。手鏡で自分の顔を確認すると、光を放っていた左目も元に戻っていた。

 

 

「――使えない…」

 

「|紫音?|」

 

「ああ。さっきは使えたテレパシーが使えないんだ」

 

 

 試しに普段の状態でもテレパシーを使えるか試してみたのだが、テレパシーを使う感覚が呼び出せないことに気づいた。能力を発現している状態でなければ使えないということか?そう思い、俺は再度魔法少女の力を解放するべく意識を集中させる。いろはとコネクトした時の感覚を思い出し、湧いてきたそれに従うと俺の身体は再び光に包まれた。そして再びテレパシーを送るべく感覚を呼んでみると。

 

 

「<――どうやらこの状態でなければテレパシーは使えないらしい>」

 

「<…なるほどね。お兄さん自身の意思で変身したりそれを解いたりできることもわかったし、色々と新しい発見ができたよ>」

 

 

 ねむは敢えてテレパシーで返してきたが、その最中もパソコンから視線を離していなかった。

 魔法少女であれば普段の状態でも使えるのに俺は変身――といって良いのかどうかはわからないが、変身していなければ使えないあたり、ねむが言っていた半人半魔による影響なのだろう。

 

 

「……ふぅ」

 

 

 魔女に襲われるようになるやらいろはのコネクトやら俺の魔法少女の力の発現やら、色々な話が駆け足で進んだせいか謎の疲労感が襲ってきたため、変身を解きながら椅子に座ってうなだれる。様子を見たういが身を案じて駆け寄ってきたが、大丈夫だと伝えて身体を起こした。それとほぼ同時にねむのキーボードを叩く音が止まり、俺に今日の調査の終了を告げた。

 

 1時間弱という短い間に色々なことが起こり一旦状況を整理しようと思いねむの言葉を思い出す。

 彼女は言っていた。昨日の施術の副作用により俺の身体は魔法少女とほぼ同じになっており、それにより魔法少女同様に魔女の結界が見えたり逆に魔女の結界に取り込まれて襲われることもある、と。

 そしてもう一つの副作用である“魔法少女の力の発現”。これを使っている時の俺は魔法少女と同等の力を発揮することができ、それはつまり魔女相手に渡り合えることも意味している。

 だが、魔女と戦える力があるとはいえそれが実戦で発揮できるかどうかはわからない。力があっても、動けるか否かは別の話だ。

 

 

「灯花、ねむ。トレーニングができるような場所はないか?勿論剣を振り回しても大丈夫なところな」

 

「何をするつもりなんだい?」

 

「俺が魔女に襲われる可能性があるってことなら、もしそういう状況になった時に自衛できるようにはなっておきたい」

 

「なるほどねー。それについてはお姉さまがよく知ってるんじゃないにゃ?」

 

「あ、うん。紫音さん、実は―」

 

 

 いろはによると、新西区からそう遠くない場所にある立入禁止区域となっている空き地に廃墟になっているビルが建っており、そこでみかづき荘の皆と魔女と戦う場合に備えてのちょっとした訓練をしたことがあるのだという。その場所は魔法少女になったばかりの頃のやちよさんや他の地区を拠点としている魔法少女も使っているらしい。魔法少女限定の訓練場といったところか。

 とはいえ、魔法少女は魔女と戦い方が本能的にわかるらしい。思えば妹も鍛えていたような話はしていなかった。

 

 訓練の話はとりあえず西側のリーダーであるやちよさんに話をしてから――いや、それ以前に俺の身に起きた出来事から話さなければならないか。

 

 

「そうだ。気を付けたほうがいいよ。お兄さんは確かに魔法少女と同等の力を使えるようにはなったけど、変身しても格好は変わらないということは防御面だけは人間のままのはず。魔法少女の服は鎧の役割も担っているから魔女の攻撃をある程度攻撃を受けてもどうにかなるけど、人間が食らったら良くて重傷、最悪即死だからね」

 

「うんうん。前線に立つようなことはしないで欲しいかにゃー。ソウルジェムがないから多分調整屋じゃ何もできないと思うからねー」

 

「…わかった」

 

 

 ねむと灯花の言葉を聞き、割と本気で鍛えなければならない気がして俺は決心した。自分自身、運動神経が無いわけではないが小中高一貫して碌に運動をしてなかったせいで体力に関しては恐らくさっぱりなはず。明日以降に実際にトレーニングをしてからになるが、場合によってはジョギングやフィットネスジム等で基礎体力を付ける必要があるかもしれない。

 “調整屋”という言葉が気になったが、今は気に留めておくことにした。

 

 

 ――魔法少女達と関わる日々は、まだ始まったばかりだ。




前回から5か月以上経ってしまって申し訳ないです。

途中まで書いて1か月くらい寝かせてたら「これじゃない」感が凄くて5,000字くらい書き直しました。

次はもっと早く書き上げたいところです。
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