マギアレコード外伝 - Rough World 作:HAL@夜勤閣下
まどドラとスロマギレコで一気にモチベーションが上がったので投稿再開します。
電波望遠鏡から灯花、ねむ、桜子を連れてみかづき荘へと帰り、10人前の豚汁をいろはと一緒に作り終えて皆で食卓を囲みながら俺はやちよさん達に事の顛末を話した。俺が魔法少女の力を扱えるということには、鶴乃やフェリシア達は勿論のこと、やちよさんとみふゆさんのベテラン魔法少女組も心底驚いたようで、試しに変身してみせると揃って目を丸くしていた。
だが、俺がこの力を使うのはあくまでも護身用。これから先、日常生活でいつ魔女の結界に取り込まれるかわからないわけで、そうなった場合に身を護る術は最低限身につけておかなければ。
俺のこの考えにやちよさんとみふゆさんはすんなり首を縦に振ってくれた。「ただし魔法少女同士の争いのようなことがもし起きても首を突っ込まないこと」。やちよさんのその言葉はこの間の騒動もあってかとても重みを感じた。
そしてトレーニングができる場所について話してみたところやちよさんはあっさりと場所を教えてくれた。とはいえ、他の魔法少女がいる可能性があるということで一人では行かないようにとのことだった。そりゃそうだ、行きつけの演習場で見知らぬ男が一人剣を振っていたら神浜の魔法少女達は大騒ぎになるだろう。
そんなわけで明日早速その場所でトレーニングをすることになったのだが、意外なのがやちよさんが手解きをしてくれるということだ。俺としては気兼ねなく剣を振るえれば良かったのだが、やちよさん曰く「実際にモノを攻撃してみないとダメ」とのことで相手をしてくれるという。神浜の有名人、それにモデルしているため身体に傷を付けたらキャリアにも支障が出るんじゃないかと思い一度は遠慮したのだが、7年間魔法少女をしているのにモデルをやっているのが大丈夫な証拠だとみふゆさんにも言われて俺は頷くしかなかった。
◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇
翌日。午前10時過ぎ。
先約があるということで参加できないみふゆさんを除いたみかづき荘のメンバーと共にやちよさんに案内されたのは市内にある立入禁止区域に建っている廃ビル。その3階に無数の傷が付いている壁と、床に砕けたコンクリートが無数に転がっているエリアがあり、ここでみかづき荘の面々だけでなく一昨日出会ったももこもトレーニングをしているのだという。
「――はっ!――はぁ!」
―ざしゅ! ばしぃ!
みかづき荘の面々が見守る中、魔法少女の力を解放した俺は両手に握った剣を力強く振り、やちよさんが次々と生成する背丈ほどの長さがある槍を打ち倒していく。灯花も俺がどんな動きをするのか実際に見たいとのことだったが、俺といろはのリンク問題を解決することに集中してもらうためにねむの提案でういがスマホのビデオ通話機能で映す形となった。
まずは使い魔との戦闘を想定し、固定されたターゲットを倒していくという訓練だ。戦闘経験皆無なのにも関わらず剣の振り方や身体の動かし方が自然と湧いてきたことに驚くばかりだった。というのも魔法少女は皆、初めて魔女と対峙した時はそういうものだったらしい。そりゃそうか。でないと契約してすぐに死ぬ魔法少女のほうが多くなるわけで、運動が苦手な子にとっては致命的だろう。
「…はぁ……はぁ」
20本ほどの槍を打ち倒し、やちよさんが槍の生成を止めたところで一度呼吸を整える。中学、高校と部活に入らず運動もしていなかったものの、自分で言うのもおかしいかもしれないが運動神経は悪くないと思っていた。脚は人並み以上に早かったし、跳び箱や高跳びもそれなりに飛べていた。運動系の部活に入っていればもっと伸びていたかもしれないのに……高校の卒業間際に体育の授業で先生にそんなことを言われたっけか。
「凄い…紫音さん、普通に動けてる」
「はい。初めて剣を振るう人には見えないです」
呼吸を整えている俺の後ろでいろはとさなの話し声が聞こえてきた。思うがままに動いてみたが、どうやら他から見るとしっかり動けていたらしい。
少しして、やちよさんは手にしている槍を振るい、今度は俺を囲むようにして10本ほどの槍を床から湧き出るように出現させた。これはきっと使い魔に囲まれた場合のシミュレーションだろう。周囲に一斉に攻撃できる術があれば良いのだが、今の俺にはそんな攻撃方法は思いつかない。となると、やれることは一つ。
「――はぁっ!」
床を思い切り蹴り、槍の囲いを飛び越えてみせた。このフロアは天井が崩れ落ちていてある程度の高さならぶつからない。
俺の行動が予想外だったのか、目を丸くしているやちよさんの眼前に両脚で着地し、その後槍を一つ残らず打ち倒していった。
「……ふぅ」
深呼吸をし、汗を拭う。
碌に運動をしていない身体で激しく動き回りながら剣を振りまくったりなんかしたら普通息も絶え絶えになるはずなのにそんな気が全くしない。まるで無限に酸素が供給されているような感覚だ。
「大丈夫?」
そう言ってやちよさんは汗拭き用のタオルを俺に差し出してきたので遠慮せずそれを受け取り、額から滲む汗を拭きとる。いろはもスポーツドリンク入りのペットボトルを持ってきてくれたのでそれを半分ほど一気に飲み干した。
「今のところはね。不思議なもんだ。こんなに動いたのに全く疲れを感じないなんて」
『なるほど。この状態のお兄さんは普通の魔法少女と同じくちゃんと体力も強化されているみたいだね』
『くふふー。でも夜になったら筋肉痛が一気に来たりして。お兄さんインドアだって言ってたし今後は運動もしたほうがいいんじゃないかにゃー?」
スマホ越しで容赦なく灯花は煽ってきたが、言い方が厭わしいだけで事実ではある。中学の頃から碌に運動なんかせず、予定がない日は基本家にこもってゲームをするか外に出てもゲーセンで遊ぶくらいしかしていない。それは今も変わらず、大学かバイトの帰りは基本そのどちらかに走るのが日常だ。体力を付けるためにジムでも行くか?いや、バーベルをただ持ち上げたりランニングマシンでひたすら走るのは性に合わない。運動が嫌いなわけじゃないが、できれば好きなことで身体を動かせるようなことがあれば最高なのだが…。
「じゃあ次は私と手合わせといきましょうか」
「…わかった」
つかの間の休息を終え、次は動く相手を想定した模擬戦。
俺はやちよさんを見据えて剣を構える。やちよさんは片手で槍を構え、俺を見据えた。やちよさんのイメージカラーである青を基調とし、上半身は鎧のような装備を纏っているが下半身は大きくスリットが入ったチャイナドレスのような衣装というなかなか目のやり場に困るやちよさんの魔法少女姿を見ると、斬りかかるのはやはり少し抵抗がある。だが、本人が大丈夫だと言っているうえに元々は俺自身が言い出した特訓だ。今更やめることはできない。まあ、怪我をしてもいろはの魔法で治癒してもらえるからというのがあるのだろうが。
「そっちから仕掛けてきて。遠慮はいらないから」
「……――はあぁ!」
俺は飛び出るように前進し、やちよさんの持つ槍に向かって剣を振るった。
――きぃん!かきぃんっ!!
俺の攻撃を表情をほとんど変えずに片手で持った槍で弾き返すやちよさん。これが長年魔法少女をやっている貫禄か。普通に斬りかかるだけでは馬鹿の一つ覚えだと思い、弾かれた反動を利用して右手に剣を持ち、突き刺すようにやちよさんへと仕掛ける。
「―ふっ」
まるで俺の行動をわかっていたかのようにやちよさんは身を翻して攻撃をかわすと、刃の付いていない槍の逆の部分を俺に向けて突き出してきた。その攻撃をどう対処するか、一瞬のうちに頭に湧いてきたため意のままに従い行動に移す。
―ぱしっ
「―なっ!」
俺が取った行動は、空いている左手で槍を受け止めることだった。突きを繰り出したことで右足が前に出ているため避けることができず、剣が前方に突き出ているため剣で受け流すのは間に合わない。となると、空いたほうの手でその槍を受け止めるしかない。狼狽するやちよさんの表情を一瞥し、左手に力を込める。
「――でやあぁ!」
俺は掴んだやちよさんの槍を持ち上げて最大限の力で放り投げる。当然やちよさんは槍を離すまいと両手で掴んでいるため放り投げられた槍と一緒にやちよさんの身も宙に投げられたが、すぐさま空中で体勢を整えて着地した。咄嗟の行動だったが、左手の力だけで人間の身体を持ち上げるなんて普通ならできない。
「やるわね。なら今度はこっちから行かせてもらうわ…!」
ある程度なら攻撃をしても良いと判断したのか、そう言って今度はやちよさんから俺に向かってくる。剣を構え、攻撃を受け流す体勢を整えた。先ほどの剣戟のすぐ後だが、不思議と疲れは感じない。
「―はあぁ!」
――ひゅんっ! しゅぃん!
やちよさんは素早い動きで俺に槍を振るってきたが、受け流さずとも対処できると思いそれを避けてみせる。相手のその後の動きが“視える”ような感覚……魔法少女の力によるものとはいえ、自分の身のこなしに今更ながら驚く。だってそうだろう。つい先日まで普通の人間をやっていたのに今となっては何の訓練もせずに時代劇の殺陣のような動きができているのだから。
――きぃぃん!
槍の一振りをジャンプでかわし、やちよさんの槍の矛先に兜割りの如く剣を振り下ろす。ひと際甲高い金属音が鳴り響くと共に火花が散るのを見た。俺の攻撃を受け止めたやちよさんの表情は僅かながら焦っているように見えた。
「はっ!」
攻撃の反動を利用し、やちよさんから2mほど離れた場所に飛び、着地する。そのまま休む間もなくやちよさんへと斬りかかる。俺の予想以上の健闘ぶりに驚いたのか、やちよさんは明らかに目を丸くして俺の攻撃を受け流していた。端で見ているいろは、うい、鶴乃、フェリシア、さなの姿が一瞬目に入り、彼女たちも驚いた顔つきをしていたように見えた。
俺とやちよさん。攻めと守りを繰り返しその後も剣戟が数分続いたところでお互い距離を取る。
「…想像以上ね。とりあえず、これだけ動けるなら魔女の結界に取り込まれてもなんとかなると思うわ」
「はぁ…はぁ…」
やちよさんはくるりと片手で槍を一回転させてから魔法少女の姿を解いたのでやちよさんに続いて力を解く。対人戦となると流石に魔法少女補正でもカバーしきれないようで、俺もやちよさんも息を切らしていた。
とりあえず、もし魔女と戦うことになったとしても何もできずに殺されることはなさそうだ。やちよさんの攻撃に対してどう対処するか不思議と動き方が湧いてきたし、それが魔女の攻撃だったとしてもきっと同じように対処できるだろう。魔法少女は不思議と戦い方が分かる……その言葉は、どうやら俺にも当てはまるようだ。
「紫音さん、やちよさん。お疲れ様です」
「すげーな紫音。まるで特撮のヒーローみたいな感じだったぞ!」
「はい。私よりも魔女と戦えるような…」
『画面越しで拝見させてもらったよ。お兄さん、戦いに関しては素質があるんじゃないかな』
『うんうん。わたくしもねむも、初めて魔女と戦った時はこんなに動けなかったもんね』
長年魔法少女をしているやちよさんも褒めていたが、灯花とういも俺の戦い方を評価しているということはどうやらかなり動けていたということか。
「それじゃあ少し休憩したら帰りましょうか。お昼は私とお姉ちゃんで作るので――」
「――!?」
ういが言いかけた時に、何かを察したかのように皆の表情が一斉に変わった。俺には何も分からず、ただ戸惑うだけだったが、いろはが発した言葉で状況を把握した。
「――魔女の気配?」
「なんだって?」
どうやら俺以外には魔女の気配が察知できたらしい。俺には何も感じられないが……もしかしたらテレパシーの送信のように力を解放すれば俺にもわかるかもしれない。そう思い俺は力を解放させ、気を集中させる。
「……あっちか?」
気を集中して間もなく、今まで感じたことのない禍々しい気配を感じた。その方向はちょうどビルの窓の位置から眺められる位置にあるようで、窓から顔を覗かせてみると300mほど先にその気配を感じ取れる場所を見つけた。そこは立入禁止区域内の隅にある瓦礫置場で、恐らくこのビル以外に建っていた建物を取り壊した残骸がそのまま放置されているのだろう。瓦礫が山になっているため、きっとその裏側に結界があるに違いない。
「すげぇ、紫音にもわかるのか!」
「どうやら力を解放すればわかるみたいだな。いろはが魔女の気配を言ってくれなきゃ気づかなかっただろうけど」
「とにかく、まずはあの魔女を片づけるのが先ね」
「やちよさん、俺も行かせて欲しい。危険かもしれないけど、すぐに実戦経験を積める良い機会かもしれないからな」
「…わかったわ。二葉さん、野上さんのフォローを頼んでいい?」
「はい。わかりました」
一瞬考えたような素振りを見せたが意外にもあっさりと同行を承諾してくれたやちよさん。フォローをさなに頼んだのがいささか気になるが、まあ理由があるのだろう。
『とにかく、僕たちの通話はこれで切るよ。結界内じゃ電波が届かないからね』
『お兄さん。油断しないようにねー』
「わかってるさ」
「みんな、行くわよ」
やちよさんの一声でいろは、うい、鶴乃、フェリシア、さなの5人も魔法少女の姿へと変える。
鶴乃はオレンジ色をメインとした中国の僧侶のような格好だが、臍を大胆に出しているうえにミニスカと目のやり場に困る(スパッツを履いているのが幸いだが)。両手には扇子が握られているためそれが武器なのだろう。
フェリシアは紫色をメインでいろはのようなフードを被っていて頭にはゴーグルを付けている。鶴乃と同じく臍だしミニスカだが、胸部には鎧のような装備を纏っている。常人なら絶対持てないであろう身の丈以上あるハンマーを片手で持っているので、彼女の性格も相まって力こそ正義…といったところか。
さなは髪色と同じ緑がメインで、中世ヨーロッパの騎士が着るような鎧を纏っており、右手には身の丈以上ある盾を持っている。なるほど。やちよさんがさなに俺のフォローをお願いした理由に納得がいった。
ういはゴシックロリータ調の黒メインの格好で、背後には凧のようなものが浮いている。
「紫音さん?」
「――あ、いや。何でもないよ」
いろはの声で我に返る。
魔法少女というのは人によって格好も武器も千差万別なのだと改めて思った。だが、さなはともかく鶴乃とフェリシアのように肌の露出が多いのは如何なものなのかとも感じる。昨日ねむが言っていたが、魔法少女の姿は鎧のような役割もあるとのことだが、これでは鎧の意味が…。
「…まあいい」
誰の耳にも入らないように呟き、いろはにアイコンタクトで問題ないことを告げて先頭を歩くやちよさんの後に続いた。
◇ ◇ ◇
ビルから下り、魔女の気配がする場所へと向かうと思っていた通り瓦礫の後ろ側に結界を発見した。薄い紫色で幾何学模様のようなものが浮かんだ楕円型の物体。妹の魔女退治に付き合った時を思い出し思わず息をのんだが、覚悟を決め魔法少女へと変身したみかづき荘の皆と共に結界へと飛び込む。
視界が歪みすぐに元に戻ったがそこに広がっていたのは周囲に無数の大きなハサミが地面に突き刺さり、身の丈以上の大きさがある裁縫に使われるまち針のようなものが道の両端に柵を作るように刺さっているという異質な空間だった。静寂に包まれており、道の先は闇。…昔、妹と乗り込んだ結界の時と同じ空気だ。
「…まるで俺たちを導いているみたいな場所だな」
「使い魔が見当たらないわ。野上さん、油断しないで」
やちよさんの言葉に頷き、いつ敵が襲ってきても良いように備える。俺たちの足音だけが響く、闇の先へと歩みを進めつつ周囲を警戒するが今のところ変な気配は感じられない。だが、前に進むにつれて邪悪な気配が奥の方から感じられるようになってきた。側にいるいろはとさなの表情もそれを察しているからか、どこか険しい。
「――なっ」
突然、視界がホワイトアウトし、眩しさに思わず腕で顔を覆った。そして恐る恐る目を開く。
「……!」
目に映ったのは、さっきまで歩いてきた場所とは違う開けた空間だった。きっとあのホワイトアウトが結界内でのワープのようなものだったのだろう。
そして…
「魔女だわ!」
俺たちの前に居たのは、赤いワンピースを着たツインテールの女の子のぬいぐるみのような姿をした魔女。だが一般的なぬいぐるみとは違い遥かに大きく、高さは恐らく5メートルはある。不気味な表情を浮かべており、背丈以上の長さの両腕にはハサミが握られているという、まさに非現実的な存在だ。
いつ攻撃を仕掛けてきても良いように、全員が臨戦態勢を取る。
『エ,4-!?/*キ>』
――チャキン…
魔女は奇怪な声を上げると同時に俺たちのほうにハサミを向ける。すると、魔女の後方から手に持っているハサミと同じものがいくつも浮かび上がり、その先端は全て俺たちの方に向けられていた。
「紫音さん!」
この状況に、常人なら腰が抜けて動けなくなりもれなく串刺しにされるか、鼠のように逃げおおせるも程なく串刺しにされるかのどちらかになるに違いない。きっと昔の俺なら怖くてそうなっていた。だが、今の俺にはそんな気は全くなかった。この状況下でも不思議と恐怖心が湧いてこないこの感覚。これも魔法少女の力によるものなのか?
「大丈夫だ」
心配するいろはに声を掛け、俺は剣を自分の目線の側で剣先を魔女のほうに向けるようにして構えた。
剣道でいう所謂『霞の構え』というものだ。もちろんカッコつけるためにやっているわけじゃない。自然とこの構えを取ろうと思ったのだ。
『――!!エ-^*>?!$%!!!』
―びゅん!
再び奇怪な声が響き渡ると同時に周囲に浮かんでいたハサミが一斉に俺たちのほうへと向かって飛んできた。
「―来たわ!」
やちよさんの声を合図に、皆が一斉に四方八方へと飛び交う。俺は飛び交うハサミの軌道を読み、魔女のやや前方へと大きくジャンプするとその後を追うようにいろは、うい、さなも付いてくる。攻撃が来なかった場所に着地し、俺たちが先ほどまで立っていた場所に目をやると地面には無数のハサミが突き刺さっていた。飛んでいなければ間違いなくどれかに当たっていただろうが、周りを見渡してみてもどうやら誰も被弾していないようだ。
しかし攻撃を避けたのも束の間。真上から再びハサミが襲いかかってきた。きっと全てのハサミを飛ばしたのではなく、取り逃がした時のために残していたのだろう。
「はぁっ!たぁ!」
―きぃん!かきぃん!!
飛んできたハサミを剣で弾き返しながら後方へと下がる。ハサミはそこまで耐久度を有していないのか、弾かれると同時に粉々になり、やがて塵となって消滅した。
「野上さん。お怪我はありませんか?」
「ああ――って、おわっ!」
―ドスン!
ハサミの猛攻が終わっても魔女の攻撃は収まらず、今度は巨大な腕が振り下ろされた。反射的に避け、俺は勿論のこといろは、うい、さなも無事のようだ。今一度状況を確認してみると、反対の腕も同時に振り下ろされていたようでそちらではやちよさんと鶴乃が避けていたようだ。
「――どりゃあああ!!」
ひと際大きなフェリシアの声が響き、どこからか高く飛び上がった彼女は魔女の脳天目掛けてハンマーを振り下ろそうとしていた。しかしその攻撃は鞭のようにしなりながら向かってきた左腕によって阻止され、攻撃を弾かれたフェリシアは空中で受け身を取りながら着地する。
「<ちくしょー。魔女の腕が邪魔くせぇ!>」
「<これは先に腕をなんとかしたほうが良さそうだな>」
「<賢明ね。こっちの腕は私と鶴乃でなんとかするわ>」
「よーし!――そらそらー!」
――ひゅん!ひゅいん!
『―!-”<+/|エ?^!!』
炎を纏った何かが2つ、フェリシアを弾き飛ばした魔女の腕に向かって飛んでいった。ブーメランのような軌道を描き、クロスするように腕を切り付けると、それは鶴乃の手元へと戻っていった。切りつけられた腕の傷から黒い霧を吹き出し、魔女は苦しむように身体を振るわせている。
「はああああ!」
怯んだ魔女に目掛けてやちよさんは大きくジャンプし、鶴乃が攻撃を仕掛けた腕に向かって槍を振り下ろした。腕は根本の部分から両断され、黒い霧を吹き出しながら消滅していった。片腕を失い攻撃手段を失った魔女は咆哮を上げながら無数のハサミを再び出現させ、それをやちよさんと鶴乃、フェリシアに向けて飛ばしたが二人はそれを全て回避、もしくは受け流していた。気を取られているのか、俺たちのほうには見向きもせず、魔女はひたすらやちよさん側に攻撃を続けている様子だ。
…今なら魔女に致命傷を与えられるかもしれない。そんな自信が何故か湧いてきた。
「…よし、俺たちも続くぞ」
「紫音さん?」
「手短に話す。俺は魔女の頭に攻撃をするために奴によじ登るからいろはとういは援護を頼む。さなは二人の護衛についてくれ」
「護衛って、それでは紫音さんが―」
「俺を信じろ!」
それだけ言って俺はやちよさん達に気を取られている魔女に向かって走り出す。高く跳び、だらんと下がっている腕に飛び乗るとそれをまるで忍者の壁走りの如く伝って魔女の頭へと向かう。腕に足を付けた瞬間、一瞬びくっと魔女が反応し気を取られていることをやっと理解したのかやちよさん達への攻撃を止めた。やちよさんは俺のしていることに驚いたのか、一瞬驚いたようだったが俺のしようとしていることを瞬時に理解した様子でこくりと頷いていた。
「でやあああ!!」
――ぐしゃぁ
『?!)%!=*?]-!!』
俺は剣を両手で持ち、その剣先を魔女の頭に向け勢いよく突き刺す。途端に魔女は悲鳴を声を上げ、頭上の俺を振り落とそうと身体を激しく揺さぶってきた。このままでは振り落とされると判断し、すぐに剣を引き抜いて魔女の頭上から飛び降りた。
魔女を見上げてみると、どうやら致命傷だったようで頭から黒い霧を吹き出しながら悶え苦しんでいる。
側にいたやちよさんと目が合い、頷いて無事であることを伝えた。
「―みんな、今よ!」
やちよさんの一声で、俺以外のメンバーが一斉に攻撃を仕掛けた。いろはは中距離から魔力を込めた矢を放ち、やちよさんは無数の槍を生成しそれを全て魔女目掛けて飛ばし、鶴乃は高く跳び上がると同時に炎を纏って突進。フェリシアは先ほど阻止された高所からの攻撃を再び仕掛け、ういは背負っていた凧のような物を勢いよく飛ばし、さなは盾の中から棘の付いた鉄球を出現させてそれを勢いよく魔女に向けて飛ばす。…まさにリンチという言葉が相応しい状況だが、魔法少女の使命は魔女を倒すこと。元は魔法少女だった存在なのに……きっとそのような考えを持っていたら命を落としてしまうだろう。
様々な攻撃を受けた魔女は最早原型を留めていない姿になっており、やがてうなだれるようにその巨体が倒れた。間もなくしてその死体は黒い霧となって消えると、周囲の景色が先ほど結界に飛び込む前の瓦礫置場へと戻っていた。
やちよさんは地面に落ちていたグリーフシードを拾い上げ、皆の前に振り返ると笑顔を見せた。それに釣られ他のメンバーも笑みを浮かべて無事を分かち合っていた。
自然とため息がこぼれ、皆が魔法少女の姿から戻るのに続き俺も力を解除した。
「すげーな紫音!オレたちと同じくらい動けてるじゃねーか!」
「うんうん!これなら魔女に遭遇しても安心だね!」
「はい。私の護衛も必要ないくらいでした」
「ええ。私との模擬戦でも十分立ち回れていたけど、実戦でこれだけ動けていれば文句なしね」
「皆のお墨付きも貰えたわけか。でもまあ、とりあえず今後は魔女に殺されないように注意して過ごすよ」
魔女に対抗できることはわかったが、魔法少女の能力を持ってしまった以上思わぬところで魔女に遭遇してしまうことが今後あるかもしれない。歩いていて無意識に魔女の結界に入ることがないように注意しないと。
「――おーーーい!」
俺たちの会話に割って入るように聞き慣れない声が遠方から聞こえ、皆が一斉にその方向へと振り返った。小走りでこちらに向かってくる3つの人影が見え、そのうちの一人、金髪とポニーテールの少女には見覚えがあった。
「ももこ。どうしたの?」
「はぁ…はぁ…、やちよさん。魔女の気配がしたから来てみたんだけど、片づけた感じかな?」
「ええ、たった今ね。急いで駆け付けてきたみたいなのに悪いわね」
「いいって。――って、紫音さんじゃないか。もしかして、魔女に襲われたとか?」
「いや、そういうわけじゃなくてだな」
ももこには一昨日偶然みかづき荘を訪ねてきた時に俺の境遇について話している。が、あれから俺がどうなったのかは知らないはず。みかづき荘のメンバーと交流があるとのことだし、俺のことを隠しておく必要はないだろう。
一度やちよさんと顔を合わせ、事情を説明することを伝えて俺は魔法少女の力を解放させた。
「なっ、魔法少女!?」
「ひゃぁ!」
「ちょっと!男の人なのにどういうこと!?」
ももこは勿論のこと、一緒にいる2人の少女も目を見開いて仰天している。俺は皆から少し離れた場所に移動し、その場で軽く剣舞を披露すると3人とも口をぽかんと開き、ただただ驚いている様子だった。力を収め、元いた場所へと戻る。
「…ま、こういうことなんだ」
「もしかして、この前のあの二人の施術のせい?」
「正解のような不正解のような…まあ、副作用みたいなものだな。少なくとも、あの二人は悪くないと思う」
「あ、そうだ紫音さん。紹介が遅れました。この二人は『水波 レナ』と『秋野 かえで』。アタシたちはチームで活動している魔法少女なんです」
「レ、レナです…。ももこから少しだけお話は聞いてました」
「かえでです…。よろしくお願いします」
レナとかえで、と紹介された少女二人はまだ驚きが収まっていないのか、たじろぎながら俺に一礼する。ももこは二人と違い、既に平常通りといった様子を見せている。
その後、やちよさんが俺たちが此処にいる経緯をももこ達に話し、俺が魔法少女の力を使えることも簡単に説明しとりあえず納得して貰えた。
「でも紫音さん、調整屋無しで今後大丈夫かな…」
調整屋。確か灯花もそんなことを言っていた気がする。その時はそのまま聞き流してしまったが、この際なのでももこに聞いてみることにした。
なんでも魔法少女専門の病院みたいなもので、神浜の魔女は他の地域より強いため調整屋で力を高めて貰うのが基本なのだという。みかづき荘の面々はもちろんのこと、元々宝崎にいたいろはも神浜に来た時にももこ達に出会い調整を受けたそうだ。調整する人のソウルジェムに魔力を込めるらしいのだが、生憎俺にはソウルジェムはないので調整はできないだろう。そもそもこの力のことも俺自身あまりわかっていないのだ。
「三人とも。他の魔法少女にはくれぐれも野上さんのことは口外しないようにお願いね」
「わかってるよ。調整屋にもとりあえずは内緒にしておく」
「それで頼むよ。まあ、今のご時世ならどこかしらで広まってしまいそうだけど」
今はSNSで簡単に情報が広まってしまう世の中。俺のことも魔法少女のコミュニティの間でいつかは広まってしまうと思う。変なことに巻き込まれなければ良いのだが…。
◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇
「――う゛ぅぅぅぅ…」
時刻は夜10時を回ったところ。らしくない声を挙げながら俺はベッドに横たわっていた。
ももこ達と話した後はみかづき荘へと戻り、ひと休憩した後にいろはとさなと一緒に夕食の買い出しをしてきたのだが、夕方頃から突然身体が悲鳴を上げ始めたのだ。高校で毎年あった20kmのマラソン大会が終わった後の、身体に錘が乗ったように全身が重いあの感覚――いや、今回はそれ以上かもしれない。
しかし休んでいるわけにもいかず当番である夕食を作ろうと思ったのだが、俺のあまりの疲れ具合にやちよさんから休養を催促され、代わりにさながピンチヒッターとしていろはと一緒に夕食を作ってくれることになった。自分で夕食を作ると言い出したのにこの様とは…面目ない。夕食中も疲れの影響で皆とあまり会話もできず、食べ終わった後もまた部屋に戻って休んでいた。
「夜になったら筋肉痛が一気に来たりして」――灯花の言葉が頭を過った。
「まあそうお気になさらないでください。ワタシとやっちゃんも魔法少女になったばかりの頃は戦うたびに疲れてましたし」
朝から外出していたみふゆさんが帰ってきたのはつい先ほどのこと。俺の状況を誰かが伝えたのだろう、部屋でうなだれていた俺を心配してやってきてくれたようだ。
「あ、紫音さんも一杯どうですか?灯花の家から帰る時に灯花のお父さんから貰ったんですけど」
みふゆさんは手提げバッグの中から黒い箱を取り出し、それを開けると中に入っていたのはワインボトルだった。金色で彩られたラベルには英語で銘柄が書いてあるが、小さくてよく読めない。だがボトルには豪華な装飾が施されており、そもそも箱に入っていたという時点でかなり高価なものなのではないかと察した。
「これは?」
「シャンパンです。余っているから1本貰ってくれないかって灯花のお父さんがくれた物でして」
「随分高そうな代物に見えるんですが…」
「まあ…大体これで3万くらいってところでしょうか」
その一言で思わず目を見開いた。ボトル1本で万を超える代物なんてセレブがテレビや動画サイトで飲んでいるのでしか見たことがなかったが、まさかこんなところでお目にかかることになるとは。まあ灯花の家は病院を経営しているわけだしこの程度のものなら安いのだろう。そうじゃなきゃ余っているから1本貰ってくれなんて言うわけがない。
「…いいんですか?こんな高いものを俺も飲んでしまって」
「とんでもないです。むしろワタシ一人じゃ飲み切れないので一緒に飲んで頂きたいんです。やっちゃんはお酒飲まないですし、今此処にいる人で他に飲めそうなのは紫音さんだけですから」
思えば料理の時に冷蔵庫を開けた時もお酒の類は入っていなかった。とはいえ、俺もお酒は飲めないわけじゃないのだがそんなに飲むタイプではない。最後に飲んだのは多分去年。もう11月だからほぼ1年は飲んでいないことになる。だが、せっかくみふゆさんが薦めてくれたわけだし、それに1本3万もするシャンパンを飲む機会なんて滅多にないと思い俺はみふゆさんの言葉に甘えることにした。
ベッドの側にあるテーブルにグラスを置き、みふゆさんがそれにシャンパンを注いでいく。向かい合うようにしてベッドに腰かけ、グラスを手に取る。
「「――乾杯」」
コツン、とガラスがぶつかる音が鳴り、シャンパンを口にする。
口に入れた瞬間に広がる芳醇なフルーツの味。辛口とは思えない飲みやすさ。声にならない驚きを感じながら喉を通すと、後味も癖が一切ない。これが高級なシャンパンというものなのか。
「…美味しい」
「…はい。せっかくですから何か食べ物でも持ってきましょうか」
そんなことを言ってみふゆさんは自分の部屋へと戻り、すぐに何かを手にして戻ってきた。持ってきたのはチキンジャーキーと黒胡椒サラミ、ナッツの詰め合わせといった所謂酒のつまみだった。随分種類豊富なつまみに、俺はみふゆさんに問う。
「みふゆさんって割とお酒は飲む方で?」
「まあそれなりに…。勉強が終わった後のストレス発散がメインですけど」
確かに薬学部志望なら勉強量も半端じゃないだろうし、猛勉強で溜まるストレスも尋常じゃないだろう。元箱入り娘のお嬢様がお酒とつまみでストレスを発散しているというのはギャップが半端ないが…。
「もしかして、灯花のお父さんはいつもこんな差し入れを?」
「頻繁にではないありませんけど。あ、でも先週はキャビアをいただきましたね」
「…はぁ」
キャビアといえば世界三大珍味の一つと言われている高級食材。そんなものくれるあたり、やはり灯花の家の財力は計り知れない…。
◇ ◇ ◇
「――それでですよぉ?灯花ったらワタシのことを世間知らずだって言うんですぅ。年齢も凄い離れているのに失礼ですよねぇ~」
「はぁ…」
飲み始めて30分ほど経ったところで、徐々にみふゆさんの呂律が怪しくなってきた。というのも、俺がまだグラス2杯目の途中に対してみふゆさんは既に4杯目に突入しているほど飲んでいるからだ。
「全くもう、マギウスの頃に白羽根と黒羽根の人たちの愚痴を聞いていた身にもなって欲しいものですよねぇ~」
先ほどまでは打って変わって別人のような素振りを見せるみふゆさん。普段の穏やかな様子とは裏腹にかなり鬱憤が溜まっていたようで、俺に対してマギウスの翼に居た頃の愚痴をひたすら喋っていた。灯花、ねむ等と並び幹部組だったみふゆさんだが、その2人が水面下で計画を進めていたのに対し白羽根、黒羽根という部下のリーダーといったポジションだったらしい。羽根達からの信頼も厚くそれ故に相談や愚痴を聞いてあげる機会も多かったようで、その相談と愚痴の内容のほとんどが灯花の我儘に関してだったという。勿論そんな部下からの苦情を灯花に直接話したらしいのだが、大半は聞き流されてばかりだったそうだ。…まあ、あの性格じゃ無理もないか。
「うぅ~まだ足りません!お手洗いに行ったらもう1杯いきますよぉ~」
「いや、流石にもう酔っているみたいですし休んだ方が…―って、ちょ!」
部屋から出ようと立ち上がったみふゆさんだったが途端にふら付き、そのまま後方のベッドに倒れてしまった。咄嗟に立ち上がって身体を支えようとしたが、幸いにもベッドの上にそのまま倒れたようでヘッドガードに頭を強打するような最悪の事態にならなくて助かった。
「…寝ちゃったよ」
どうやら立ち眩みと同時に気を失うように寝てしまったようで、すうすうと寝息を立てていた。起こそうと呼びかけたり軽く身体を揺すったりしたもののみふゆさんは全く起きる気配がなかった。
仕方がなく誰かを呼ぼうとリビングに行くと、パジャマ姿で一人読書をしているやちよさんが居たためやちよさんに事の顛末を話す。みふゆさんが酒に酔って倒れたと話した途端にやちよさんは飽きれたように顔を顰めた。
「はぁ…全くあの子は」
「まあ鬱憤が溜まっていたみたいだったし、今回くらいはいいんじゃないか。」
「それでもお酒に酔って潰れるのは話が別よ。とにかく、みふゆは私が部屋に運ぶから野上さんは後片付けをお願いして良いかしら」
「承知した」
やちよさんと部屋へと向かい、俺がグラスとつまみ用の皿を片づけている傍で溜息を吐いたやちよさんが渋々とみふゆさんを抱きかかえて隣の部屋へと運んでいった。
「…ずいぶんはっちゃけてたなぁ、みふゆさん」
泥酔したみふゆさんの様子を思い浮かべ、そんなことを独り言ちて俺はキッチンへと食器を片付けたのだった。
この話を投稿した前日にスロマギレコで-5,518枚という大敗を喫したのに懲りずにまだ打ちたい欲が収まらないという現実。