マギアレコード外伝 - Rough World 作:HAL@夜勤閣下
感謝…っ!
「――さて。まずは飯の用意か」
壁の時計に目をやると短針は6を指していた。午後6時となると大抵の家は夕食の時間だろう。俺も家にいる時ならとっくに食べ終わっている頃だが、今日は事情が事情だけにまだ何も準備ができていないため、食にありつけるのは7時になる頃だろうか。幸いにも米だけはタイマーで炊いていたので用意はできている。
俺は食材を確認するために冷蔵庫へと向かう。
この家はリビングとキッチンが一体となった家―所謂リビング・ダイニングと言われる間取りのため、キッチンからリビングまではすぐそこだ。祖父母がこの家を建てる際に料理をしながらでも孫の顔を見たいからという理由でこういう間取りにしたらしい。実際、俺が小さい頃にこの家に遊びに来た時は祖父母はニコニコしながら料理をしていた記憶がある。
冷蔵庫を見てみるとある程度の野菜と豚肉が入っていたので、作るとしたら豚肉の生姜焼きだが、一応いろはの好みを聞いておいたほうがいいか。
「何か苦手なものは?」
「えっ?あ、はい。辛いのはちょっと…」
「奇遇だ。俺も辛いのは苦手さ。じゃあ豚の生姜焼きなら問題ないな」
「あ、あの。私に手伝えることって何かないでしょうか?」
「え?」
今のいろはは立つこともできない状態だ。それなのに手伝わせるのは如何なものか?俺はいろはに大人しくしているようにと言おうとしたのだが…
「――座りながらやれることでいいので、何かないですか?」
俺が言おうとしていることを予想していたかのように頼み込んでくるいろは。その真剣な眼差しに、俺は驚き少し身を引いてしまった。
「……キャベツの千切りか肉を焼くの、どっちがいい?」
「っ――じゃあキャベツの千切りで」
あまりにも真剣な顔つきに俺は折れ、いろはの手伝いの申し出を飲むことにした。嬉しいのか、いろはは表情を一気に明るくし、上着のセーターを脱ぎ薄手の長袖になる。
一応、お客様(というか怪我人)なのだから本音を言うと何もせず待っていて欲しかったのだが……まあ本人の意思を無視して無理矢理待たせると逆にストレス要因か。
俺は流し台の前に座高が高めの椅子を用意し、いろはをキッチンへと移動させるために肩を貸す。
「歩けそう?」
「…っ、はい。なんとか大丈夫そうです」
いろはを流し台の前の椅子に座らせ、冷蔵庫の野菜庫から出した半玉のキャベツを切ってもらうようにお願いする。
すぐ隣のガス台では俺が熱したフライパンで豚肉を焼いているのだが、普段一人で立っているキッチンに他に人がいるとどうも気にしてしまう。その際にキャベツを切っているいろはの手元を確認したが、随分と手際が良い。俺の切り方と違い丁寧で、且つ素早く切っているその姿に目が離れなかった。
かなり集中しているのか、俺がフライパンの火を止めた後も引き続き手元を見ていたが、いろはは手を止めなかった。料理が得意なのか聞こうと思ったが、あまりにも真剣な目つきなので邪魔をしたら悪いと思いやめておく。
◇ ◇ ◇
料理は無事に終了し、盛り付けを終えた皿をリビングのソファー前のテーブルへ運んでいく。
献立は豚の生姜焼きとキャベツの千切り。白米とインスタント味噌汁というシンプルな構成。急いで作ったにしては上出来だろう。
先ほどと同じく肩を貸していろはをソファー前まで移動させ、向かい合うように座る。
……誰かと一緒に食事をするなんていつ以来だろうか?
「「いただきます」」
別にタイミングを合わせたわけではないのに俺といろはは声を揃えて言った。
ドレッシングをキャベツにかけ、口へ運ぶ。やはり俺の千切りと違い、芯が短いからか非常に嚙みやすい。
「随分手慣れているみたいだね。キャベツの千切り、見事じゃないか」
「本当ですか?そう言って貰えて嬉しいです」
ある程度食べたところで、俺から切り出してみる。褒められたことが嬉しいのか、いろはは笑顔で俺に返事をしてくれた。
「料理が得意なのかい?」
「得意、というか趣味ですけどね。昔、妹のためによく作ってあげていたことがあって、それを続けていたらいつの間にか好きになってしまって」
「妹のため?」
「はい。ういが病気で入院していた時にお弁当を作ってあげていたことがあって、それを続けていたらいつの間にか好きになってしまって――あっ…」
にこやかに話していたいろはだったが、俺の返事を聞いて表情が変わった。まるで『言ってはいけないことを言ってしまった』と後悔しているかのような、そんな様子が垣間見えた。ういが病気だったことを知られたのがまずかったのだろうか。
数秒の沈黙を経て、いろはは俯いたまま口を開いた。
「――紫音さん。私が魔法少女になった理由……”ういの病気を治すため”なんです」
唐突な打ち明けに俺は開いた口が塞がらなくなり、口に運ぼうとしていた豚肉を一度皿に戻す。
「ういの病気を?」
「はい。生まれつき身体が弱くて、私が魔法少女になる時には自分では歩けないくらいにまで衰弱していました」
「そんなことが…」
いろはによると、ういの他にも一緒に入院していた子が二人おり、病院ではその子らと仲が良かったとのことだ。
先ほどのスマホ越しでのういの姿を思い出す。あの雰囲気だとまだ小学生くらいだろうか?俺に対しても健気に話しかけてきてしっかりした妹だと思っていたが、まさかそんな過去があったなんて。生まれつき病弱な子供は俺が小学生の頃にクラスにもおり、とはいえ大半が病院での生活で不在だったのだが、その生活は一体どんな感じなのだろう。
「――いろは。君は、魔法少女になって良かったと思っているか?」
いろはの目を見つめ、少し攻めた問いかけをしてみる。
魔法少女の真実を知って後悔した者もいるはず。いや、むしろ後悔した者のほうが多いだろう。真実を知らずに、単純に魔法を使いたいなどと願った者もいるだろうし、いろはのように家族を助けることを願った者だっている。だが、自分のその後の命に影響が及ぶリスクがあると知ったら、果たして契約して本当に良かったのかと思ってしまうのではないだろうか?
「――良かったと思っています。ういの病気が治って一緒に過ごせているのは幸せですし、学校でずっと一人だった昔と違ってたくさんの仲間と出会えましたから。私は後悔してません」
俺の問いに戸惑う様子もなくいろはは口を開いた。
真剣な眼差しからの一点の曇りもない返答。愚問だったかと申し訳ない気持ちになり「悪かった」と一言付け加えて謝罪する。ずっと一人だった、という言葉が少し気になったが、これ以上話を長引かせて料理を冷ますのはマズイので今は突っ込まないことにした。
だが、先ほど俺は話すのを止したことを打ち明けるとしたら、タイミング的にこの後が良いだろう。いろはの魔法少女に対する覚悟を知ってから話したほうが、こちらとしては話しやすいからだ。
「食事が終わったら、君に聞いてもらいたい話がある。俺が魔法少女を知るキッカケになった、まだ誰にも話したことがない話だ」
「誰にも…ですか」
「まあ、とりあえず食べてからにしようか。冷めてしまうしね」
◇ ◇ ◇
程なくして食事は終了。雑談で盛り上がるといったことはなく、思い立った話を振ってはすぐに終わるというのを繰り返すだけのやりとりしかなかった。とはいえ、俺としてはむしろ雑談をしたかったのだがこの後の話の内容を頭の中で整理していたためにその行動に移せなかった。普段の孤独な晩餐とは違い今日はいろはがいるというのに、なんとも勿体ないことをしてしまったと今更ながら後悔する。
食器を片付け終わり、俺は長話になることを想定して冷えたお茶をテーブルに用意するとソファーにいるいろはの隣に座った。そして一言断って話を始めた。
「いろは。俺が何故魔法少女のことを知っているのか……それは、俺の妹が魔法少女だったからなんだ。奇遇にも、名前は君と同じでね。彩(いろどり)の華(はな)と書いて”彩華”さ」
「私と同じ名前の妹さんが…。もしかして、私がさっき自己紹介した時に一瞬驚いていたのって」
「気づいていたのか。そうだよ。君が妹と同じ名前だったからさ」
顔に出してないつもりだったがバレていたことに内心驚きつつも俺はスマホに保存されている写真をいろはに見せる。
俺の隣で笑顔でピースをしている、橙色の瞳と腰あたりまで伸びた長い髪が特徴の少女。容姿端麗で勉強も難なくこなす、俺と比べて良く出来た妹だった。
小さいころから喧嘩をした記憶がないほど仲が良く、それはお互いが中学生になっても変わっていなかった。むしろ、彩華のほうは若干ブラコン気質なところがあり、俺と一緒に遊びにいったりするのは日常茶飯事。お互いの知り合いから彼氏と彼女に間違えられることも少なくなかった。
両親はお互い18歳になった時に結婚し、俺が生まれたのはその2年後。さらにその翌年には彩華が生まれた。かなり若い年齢で結婚した両親だったが、不運にも俺が3歳の頃に交通事故で亡くなった。共働きだったこともあり俺と彩華は祖母の家にいることが多く、両親との思い出はあまりなかった。唯一覚えているのは、3歳の誕生日プレゼントで買って貰ったのが当時一番新しかったゲーム機だったということだけだ。
「――あれは3年前…俺が高校に進学する直前のことだ」
今まで誰にも打ち明けることが出来なかった、3年前の、妹の身に起きた悲しい出来事をいろはに語った――。
今回少し短めで申し訳ないです。
これ以上続けるとこの話がかなり長くなってしまうので短いながらも区切らせていただきました。