マギアレコード外伝 - Rough World   作:HAL@夜勤閣下

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みかづき荘へ

「……ん」

 

 

 目が覚めた。

 

 枕元のスマホに手を伸ばして時刻を確認するとアラームが鳴る数分前だった。外から聞こえるカラスや雀の鳴き声とカーテンから漏れる光から、天気が良いことが伺い知れる。

 

 スマホのアラーム設定を解除しつつ部屋を出る。いろはの寝ている部屋からは、夜中のようなうなされている声は聞こえない。足のこともあるため、とりあえず部屋をノックしてみることにした。

 

 

――コン、コン

 

 

『――紫音さんですか?』

 

 

 夜中とは打って変わって元気な声が聞こえてきて、俺は胸をなでおろした。内心、夜中よりも状態が悪化しているんじゃないかと心配していたからだ。

 

 

「おはよういろは。大丈夫かい」

 

『はい。おかげさまで、あの後はぐっすり眠れました』

 

「そうか。足のほうは?起きるなら手伝うけど」

 

『いえ、もう大丈夫です』

 

 

 開けるよ、と訊こうとした途端にドアが開く。そこには、俺が起きる前からとっくに目を覚ましていたのだろう、既に身支度を終えたいろはが立っていた。昨日と違い、ふらついている様子は見られない。

 

 

「大丈夫そうだね」

 

「はい」

 

「それじゃあ俺は朝飯の用意をしてくるよ」

 

「あ、私も手伝いますね」

 

 

 予想通りの返事が来る。昨日の夕食の時は断りを入れたが、今は体調も大丈夫だろうし彼女のやりたいようにさせておこう。

 

 俺に続いて、いろはも階段を下り始める。足音から察するに、全く問題なく歩けているようだ。それにしても、俺が家まで運んで目覚めた後は立てないほどだったのに、それが半日ほどで回復するとは…魔法少女としての身体能力故なのか、それとも『腰が抜けて立てない』みたいな一時的な症状だったのか。まあ治ったのなら別にいいか。

 

 二人でリビングへと下り、カーテンを開ける。空には雲一つない青空が広がっており、風がある様子もない。いろはをやちよさんの家に送り届けるには最高のコンディションだろう。

 

 お互い顔を洗い終わると、朝食の準備に入った。とはいえ食材が豊富にあるわけではないため、メニューはオーソドックスにトーストと目玉焼きになった。実を言うと祖母が亡くなってからは朝食を食べなくなったため、朝に食事をするのは久しぶりだったりする。

 

 

 

 手分けして朝食を作り終わり、そして食べ終わった頃には9時を過ぎたところだった。10時まではまだ時間があったため、いろはが昨日使った食器を含めて洗ってくれるとのことだったのでお言葉に甘え、その間に俺は車庫にしまっているバイクを出して準備を整えることにした。

 

 乗るのは2か月ぶりくらいだろうか。というのも、神浜は地方都市のため日中の道路は交通量が多く車やバイクでの移動が適さないからだ。その分交通網が豊富なためゲーセンやバイトに行くときは電車で行くのがメインなのだ。

 

 では何故バイクを持っているのかというと、このバイクは父さんが生前乗っていたものだからだ。高校を卒業して形見として置いておこうと思っていたのだが、やはり乗らずにそのままにしておくのはどうかと思い、大学に入ってすぐに教習所に通い始めて免許を取った。普通車の免許は持っているとはいえ肝心の車を持っていない身なので、新規で車を買うよりは費用はかからない。まあ15年以上放置されていたモノだったため車検費用で結構持っていかれたのだが…。

 

 そんなことを思っていると、準備を整えたいろはが玄関から出てきた。忘れ物がないことを確認したうえで玄関のドアに鍵をかけてバイクに跨る。通販で買ったがサイズが合わなくてずっと使わずじまいだったメットをいろはに手渡し、手こずりながらもなんとか装着する。

 

 

「バイクに乗ったことは?」

 

「いえ。初めてです」

 

「乗ったら、俺の腹に腕を巻くようにしてしっかりつかまってくれ。特に発進する時は反動を受けやすいからね」

 

「はい」

 

 

 初めてのバイクで不安な様子を見せながらも、いろははゆっくりと俺の後ろに跨り、俺の言葉通りに腹に腕を巻いてくる。服の上からでもわかる細い腕。こんな子が日々魔女と戦っているなんて……いろはと出会ってから何度目になるかわからないその言葉が、またしても浮かんできた。

 

 行くよ、といろはに確認を取り、みかづき荘のある新西区へ向けてバイクを発進させた。思った以上の反動に驚いたのか、いろはの腕の巻き具合がより一層強くなった気がした。

 

 

 

 

◇   ◇   ◇

 

 

 

 

◇   ◇   ◇

 

 

 

 

 1時間ほどかけ、ようやくスマホのマップに表示された場所に辿り着いた。マップアプリ曰く本来であれば40分ほどで着く距離みたいだが、いろはのことを考え、できるだけゆっくりのペースで運転していたため遅くなってしまった。とはいえ時刻は11時ちょっと前。午前中には伺うという約束通りに到着はできた。

 

 柵と垣根に囲まれたひと際目立つ青い屋根が特徴の大きな建物。タイルで出来た玄関へと続く通路の途中には広々とした庭が見える。やちよさんが住んでいるみかづき荘は、俺が想像していたよりも大きな家だった。いろはによるとやちよさんの祖母が営んでいた下宿屋だった建物を今は自宅として使っているらしく、そこにいろはを始め多くの人が今は一緒に住んでいるという。やちよさんは豪華な家に住んでいるのだろうと勝手な想像をしていたが、あながち間違ってはいなかったということか。

 

 バイクを停めてシートから下り、メットを脱いでシートの上へと置く。いろはも俺に倣いバイクから降りようとしたが、ずっと慣れないバイクに跨っていたためかうまく下りられないようだったので手を貸してあげるとすんなりと下りることができた。

 

 玄関口へと向かいインターホンを鳴らそうと思ったが、バイクの音を聞きつけたのか先に玄関のドアが開く。開いたドアの前に立っていたのは、腰まで伸びた青い髪と端正な顔立ち、そして黒いワンピース。テレビや雑誌の表紙で見たことがあるその人物こそ、七海やちよさんだった。

 

 

「やちよさん!」

 

「おかえりなさい、いろは。大丈夫そうね」

 

「はい。心配をおかけしてすみませんでした」

 

 

 やちよさんの前まで駆け寄り、丁寧に頭を下げるいろは。やちよさんは「無事ならいいのよ」といろはを宥めると、視線を俺へと向けた。

 

 

「野上さん。いろはをありがとう」

 

「礼には及ばないよ」

 

 

 アニメやゲームでよく聞く言葉で返す。だってそうだろう。倒れていた人を助けただけで特別なことはしていないのだから。強いていえば、魔法少女であることがバレないように配慮したくらいか。

 

 

「お礼もしたいし、せっかくだから上がっていかない?」

 

 

 ……まあそうなるか。別にすぐに帰りたかったわけではないのだが、まあ、あの七海やちよさんが言ってくれたわけだしお言葉に甘えておくことにしよう。

 

 

「わかった。お邪魔しよう」

 

「いろは、私はお茶を用意するから野上さんをリビングに案内してあげて」

 

「わかりました」

 

 

 どうぞ紫音さん、と俺を呼ぶいろはに続いて、みかづき荘へとお邪魔する。やちよさんは先に廊下の奥にある部屋へと消えていった。

 

 靴を脱いで上がると、向かって左手には二階へと続く階段、正面には廊下があり、右手にはリビングに続くであろうドアがある。外観は所々に青い装飾が施されていたが、中はベージュ色の壁紙に床はフローリングと、意外にもシンプルな作りだ。

 

 いろはは靴を下駄箱へとしまうと右にあるドアを開けて中へと入っていく。その後に続いて俺も入ると、そこはやはり広々としたリビングだった。そしてそのリビングに置かれたソファーには…

 

 

「お姉ちゃん、おかえりなさい!」

 

「ただいま、うい。心配かけちゃってごめんね」

 

 

 姉のことが心配だったのだろう。いろはを見た途端にパッと明るい表情見せて駆け寄ってきた一人の少女。桃色でいろはとは対照的な肩までのショートヘアーだが、独特な結び方をしている。この子こそ、昨日のビデオ通話で少しだけ話したいろはの妹のういだ。

 

 

「紫音さん。お姉ちゃんのこと、本当にありがとうございます」

 

 

 まるで企業の面接の挨拶のように畏まって俺に一礼するうい。ビデオ通話でもそうだったが、まだ小さいのに随分と目上の人との接し方に慣れているように見える。

 

 

「いいんだよ、うい。それよりも、少しお邪魔させてもらうことになったからよろしく頼む」

 

「はい。よろしくお願いします!」

 

 

 ういと挨拶を終え、俺はういの正面にある別のソファーへと腰かけた。いろははういの隣に座り、少し疲れたのか、ふぅっと深呼吸をする。

 

 改めてリビングを眺めてみると、やはりというか広々としている。何LDKとかの表現はさっぱりなので単純な表現をするが、2人用のソファーがテーブルを囲むように3つ置かれ、そのすぐ横にはキッチンと並ぶバーカウンターのようなスペースがあり、椅子が5個並んでいる。これでもまだスペースが余っており、部屋の隅には様々な形のスタンドライトが置かれている。俺が座っているソファーの後ろには壁に埋め込まれているように設置されている液晶テレビがあるが、推定70インチほどの巨大なものでさらには木製のスピーカーまである。……これが神浜の有名人であるやちよさんの財力なのか。

 

 

「広さにびっくりしてます?」

 

 

 少しだけ見回すつもりがつい長めに見てしまい、いろはに話しかけられて我に返った。女性の家の中をまじまじと見てしまうとは、なんたる失態。それもあの七海やちよさんの家の中を、である。幸いにもやちよさんはまだこの場にいなかったのが救いか。

 

 

「ああ。ごめん、今のことはやちよさんには言わないでくれると助かるよ」

 

「あはは…。でも、私も初めてお邪魔した時は驚きましたしその気持ちはわかりますけど」

 

「うん。私も最初は紫音さんと同じく色々見ちゃってたよね」

 

「まあ二人は女の子だから良いけど、俺みたいな男がまじまじと見てたらなぁ…」

 

 

 そんな会話をしていると、キッチンの側のドアが開きやちよさんがお茶を持ってきた。俺の前にあるテーブルにそれを並べ、やちよさんは俺の隣に腰かける。

 遠慮せずにいただこうと思い、お茶の入った湯飲みに手を伸ばそうとしたときだった。

 

 

―がちゃ…

 

 俺が通ってきたドアが、何の拍子もなく突然開いた。風でも吹いて勝手に空いたのだろうかと思ったのだが…。

 

 

「あ、さなちゃん」

 

 

 いろはが開いたドアのほうに向かって、さなという名前を呼んだ。やちよさんとういも、いろはと同じ方を向き、笑顔を見せる。だが俺には彼女たちの視線の先には何も見えず、3人の反応を見て目を丸くするしかなかった。

 

 

「――あっ」

 

 

 蚊帳の外状態の俺に気づいたのか突然いろはが声を上げ、ういとやちよさんも同様の反応を示す。

 

 

「ごめんなさい野上さん。貴方には、二葉さんが見えないのよね」

 

「…どういうことだ?」

 

「さなちゃんは魔法少女にしか姿が見えないんです…」

 

「魔法少女にしか見えない?」

 

「……はじめまして、二葉 さなです。いろはさんを助けていただいて、ありがとうございました…」

 

 

 誰もいないはずのドアの前から聞こえた、控えめな様子の声。いろはが言っていた通り、俺には影も形も写っていない。しかし声だけはしっかりと聞こえる。二葉さなという少女は、間違いなく俺の目の前に居るのだ。姿の見えない魔法少女……そんな子も世の中にはいるのか。

 

 

「ああ。よろしく頼むよ」

 

 

 声が聞こえてきた方を向き、俺は言葉を返した。さなは何故このような状態になったのだろうか。勿論聞くつもりはない。何故なら、彼女の声色から何か重い事情を抱えているような気がしたからだ。彼女が傷ついて臍を嚙むようなことにはなりたくない…。

 

 お茶を飲んでいると程なくして、玄関のドアが開く音が聞こえた。インターホンが鳴っていないということはこの家の住人だろう。リビングのドアを開けて現れたのは、岡持ち――出前で料理を入れて運ぶアレを片手に持った茶髪と金髪の少女だった。前者はポニーテールで後者はツインテールと対照的な髪型をしている。金髪の子は、なんとなくだが外国人とのハーフのような顔立ちに見える。

 

 しかし…何故この二人が岡持ちなんかを持ってきたのだろうか?

 

 

「ししょー、ただいまー!」

 

「二人ともおかえりなさい。この人が、昨日いろはを助けてくれた野上 紫音(のがみ しおん)さんよ」

 

 

 やちよさんの紹介の後、よろしく、と言いつつ俺は頭を下げた。

 

 

「はじめまして!由比 鶴乃(ゆい つるの)です。いろはちゃんの恩人として歓迎するよー!ふんふん!」

 

「オレは深月(みつき) フェリシア!よろしくなー紫音!」

 

 

 鶴乃は帰ってきた時の声を聴いた限りだと元気があって明るい性格だと思っていたがどうやらその通りのようだ。

 

 フェリシアも似たような雰囲気を醸し出しているが、一人称が“オレ”ということに驚いた。ボクっ娘やオレっ娘というのはファンタジーの中だけの存在だと勝手に思っていたが、そういうわけでもないということか。……タメ口なのが気になる…と思っていたところでやちよさんがフェリシアに俺が思っていたまんまなことを言ってくれた。

 

 …なんというか、やちよさんの母親のような一面を垣間見ることができた気がする。

 

 

「あとはみふゆさんですね」

 

「そうね。昼前には帰ってくるって言ってたけど」

 

「みふゆが薬学部ねー。今から猛勉強とか大変そー」

 

 

 どうやらみかづき荘にはまだ住人がいるようだ。俺を除いたらここにいるのは6人だから、住んでいるのは7人か。元下宿屋だからそのくらいの寝る部屋はあるってことか。しかし、やちよさんは大変だろう…食費とか光熱費的な意味で。

 

 やちよさんは、いろはが話していたみふゆという人について教えてくれた。昔やちよさんが魔法少女になり立てだった頃に出会い、チームを組んで一緒に戦っていた人だそうだ。今は浪人中だそうで、薬学部に入るために勉強しに外に出ていることが多いのだという。

 

 俺が進路を決める時にチラッと調べたことがあるのだが、薬学部は普通科などと比べて修業年数が長く最低でも6年は修業しなければならないことに加え約半年の薬局or病院での実務実習もあり、それらが終わったらようやく薬剤師国家試験を受ける資格を貰えるのだという。卒業=薬剤師ではなく、卒業=試験の権利を取得である。

 

 つまり、全国の薬局やドラッグストアにいる薬剤師は、こういった厳しい課程を乗り切ったエリートというわけだ。……そう考えると、薬を提供してくれる人たちには頭が下がる思いだ。

 

 

「とりあえず、お腹空いただろうから皆で食べよーよ。紫音さんの分もあるからねー」

 

 

 そう言って鶴乃が岡持ちの蓋を開け、フェリシアと一緒にテーブルにその中から取り出したものを並べていく。箱を開けた時の匂いでなんとなくわかったが、その正体はチャーハンだった。中華料理店で見られるもののように皿に丸く盛られている本格的なものに見える。

 

 時計を見ると、時刻は11時を過ぎたところ。昼まであと少しといったところだが、誤差の範囲だろう。

 

 

「あ、紫音さん。鶴乃さんの実家は“万々歳(ばんばんざい)”っていう中華料理店をやっているんですよ」

 

「なるほど。このチャーハンは、鶴乃の店で作ったものってわけか」

 

 

 ういの説明で、鶴乃とフェリシアが岡持ちを持ってきた理由がわかって得心がいった。鶴乃は昼食を用意するために自分の店でチャーハンを作り、フェリシアと一緒に運んできたのだ。

 

 

「わたしのお店は参京区にあるから、紫音さんも機会があったら来てくださいねー、ふんふん!」

 

「参京区か。俺のいる南凪区からは遠いけど、覚えておくよ」

 

 

 7人分のチャーハンを並べ終え、鶴乃とフェリシアがテーブルの前に座る。俺はやちよさんが持ってきたお茶の残りを一気に飲み、チャーハンを食べる準備をする。実はそこまで腹は減っていないのだが、せっかく用意してくれたのだから断るわけにはいかない。

 

 そしてやちよさんの「いただきます」の合図の後に皆も続き、少し早い昼食を頂くのだった。

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