マギアレコード外伝 - Rough World 作:HAL@夜勤閣下
心の整理をしたいと言って出てきたのは嘘偽りない本当のこと。逃げたくなったりとか怖くなったりとかそういうわけではない。単純にこの短時間で様々な情報が頭の中に入ってきたせいで混乱しそうな気がしたので落ち着きたいだけだった。感情が顔に出にくい性格故に、はたから見れば落ち着いているように見えるかもしれないが、そんなことはない。
靴を履いて外に出ると、俺はみかづき荘の敷地へと入るための石段に腰を掛けた。昼を過ぎたこともあり外は上着無しでも過ごしやすい気温になっていた。とはいえ既に11月なので肌寒いことには変わりなく、あまり長居すると風邪を引いてしまうだろうが。
というわけで、まず状況をおさらいしよう。
俺はいろはの下宿先であるみかづき荘までいろはを送り、やちよさんの厚意でお邪魔させてもらうことになった。鶴乃が持ってきた昼食をごちそうになりその後は雑談に励んでいたら突如やってきた灯花にいきなり余命を宣告をされるもいろはの魔力と妹のソウルジェムの欠片で助けられると言われ、今に至る。
俺は喜べばいいのか?笑えばいいのか?妹はこの選択をどう思うだろうか?誰も答えてくれないことだとはわかっているが、そんな考えが頭に浮かんでくる。
魔法少女のことを知らない一般人が聞いたら「おとぎ話だ」と切り捨てられて終わりだろう。もしかしたら、あの場にいた魔法少女の中にも信じていない人もいるかもしれない。灯花とねむの言動から、俺の身に起きていることは魔法少女絡みの事例の中でも異例中の異例のはずだからだ。正直な話、俺も自分の命が残り2日だということを完全には信じられないでいる。時折走る胸の痛みの原因がその前兆だと言われてもどうもしっくり来ないからだ。他の原因があるのでは?なんて考えてみたが、残念なことに思い当たる節はない。
もう一つ気になるのが、俺の母が魔法少女だったかもしれないということだ。俺が何故妹の魔法の影響を受けても記憶を失わなかったのか、その理由が母から受け継いだ魔力が影響しているんじゃないかとのことだ。
俺が物心つき、妹を産んで間もなく事故で無くなったが故に一緒に遊んでもらった記憶はほとんど残ってないし、それ故に父との出会いのキッカケすら知らないので手掛かりは何もない。
「(――いや待て。もし本当に母が魔法少女だったとしたら、妹と同様にソウルジェムの欠片が遺品として残っているんじゃ?)」
今住んでいる祖父母のセカンドハウスのどこかに、生前祖母がどこかにしまった可能性も考えられる。遺品を取り出すのは如何なものかと思うが、もしかしたら母のことがわかるかもしれない。自分の娘が亡くなった日の事を思い出したくないからか祖母が母の遺品らしき物を扱っているのは見たことがなかったが、それでも実の娘の遺品を処分しているとは考えにくい。
「(考えておくか…) ――くしゅん!」
考え事に耽っていると突然強い向かい風が吹き、あまりの寒さにくしゃみをしてしまった。風がなければ過ごしやすい気温だが、そうでなければ話は別だ。風速1メートルにつき体感温度は1℃下がるとは聞いたことはあるが、上着がないとそれがダイレクトに伝わってしまう。普通ならみかづき荘に戻りたいところだが、どうもまだ戻る気にはなれない。せめて身体を動かして暖を取ろうと思い立ち上がろうとした。
「―紫音さん」
突然後ろから声が聞こえ、俺の身体に何かが被さってきた。振り向くと、心配そうな表情で俺を見つめるいろはが立っていた。いつから居たのだろうか。玄関のドアが開く音にすら気づかずに考えに耽っていたせいか全く気づかなかった。
俺の肩にかけられたのは俺が来ていた上着だった。俺が中に戻るまで付き合うつもりなのだろう、いろはは自分のコートを来て寒さに備えていた。
「いろは…」
「ごめんなさい。考え事をしたいと言っていたのに…」
「いや、いいんだ。ありがとな」
俺は再び考え事をしていた時と同じ姿勢になると、いろはが隣に座ってきた。先ほどまではなかった風が突然出始め、早く家に入れと言わんばかりに身体に吹き付けてくる。いろはは少し寒そうな仕草を見せている。
「…不思議だよな。昨日ひょんなことから倒れていた君を助けて、そしたら今日はこんなことになるなんて」
「あはは…。そうですね」
『偶然』で片づけるには無理があるような展開。『運命のいたずら』でも足りない。しかし人生はそういった偶然によって成り立っているものだ。その偶然が、今回はあまりにも奇跡的だったのだろう。そう考えるしかない。
「…いろは。灯花とねむは一体何者なんだ?見た感じういと同じくらいの歳だろうけど、それにしては随分とマセているというかなんというか」
俺は二人しかいないこのタイミングで、灯花とねむが一体何者なのかをいろはに訊いてみることにした。
すると、なんとあの二人がマギウスの翼の創設者だというのだ。
元々あの二人はういが入院していた時に一緒の病室だったようで、度々面会に来るいろはのことを慕っていたようだ。勿論その時は魔法少女の存在はいろはを含めて知らなかったのだが、いろはがういの病気を治すために魔法少女になったのをキッカケに灯花がいち早く魔法少女の存在とその運命、そしてキュゥべえの目的を知り、いろはにいずれ訪れる魔女化から救うためにねむとういと共にキュゥべえの能力を求めて魔法少女になった結果、ういの存在が世界から消え、いろはのことも記憶から消える状況になったのだという。そして紆余曲折を経て、当初の「いろはを救う」という目的とはかけ離れた歪なものとなった結果生まれたのがマギウスの翼ということだ。
ちなみにマギウスの翼の創設にはもう一人『アリナ・グレイ』という少女も関わっていたようだが、中央区での一件以降は行方不明らしい。ねむが車椅子での生活を余儀なくされたのは、いろはとういの記憶を取り戻した灯花とねむを見限り暴走を始めたアリナを止めたことによる代償なのだという。
「あの二人がマギウスねぇ…」
マギウスの翼のことは昨日いろはから聞いたが、自身を慕っていた灯花とねむがその創設者だと知った時は相当ショックだったに違いない。それも、その時二人はいろはのことを全く覚えていなかったのだから。しかしそれでもいろは達の尽力で二人は記憶を取り戻しマギウスとして行っていた行為を悔い、今ではこうやってみかづき荘に来る間柄に戻ったわけだ。
当然ながらマギウスの翼として活動していたことは記憶を失っていたとはいえ許されるわけがなく神浜の魔法少女の間で裁判が行われ、現在二人は魔法少女への変身が制限されるという判決で落ち着いたようだ。普通なら一般人にまで被害が及び実際に犠牲者が出ているのだからその程度の判決では済まされないと思うのだが『魔法で人が死んだ』なんて世間が信じるわけがなく法で裁くことが出来ないが故の処分なのだろう。
「お?いろはちゃん」
ふと聞き慣れない声が聞こえ、みかづき荘の入口の前を見ると、そこにはマフラーとロングコートに身を包み、肩から大きめのバッグを下げた少女が立っていた。金髪とポニーテールが特徴で背は高め。見た感じ高校生くらいだろうか。
「あ、ももこさん」
「やあ。用事の帰りにやちよさんに借りていた本を返しに来たんだけど…その人は?」
ももこ、と呼ばれた少女は、珍しいものを見るような表情で俺を見ている。いろはとのやり取りから察するにみかづき荘と関わりのあるのだろう。普段女性しかいないのに男がいたらそんな顔になるか。
「あっ、失礼。アタシは―」
他人の名前を聞く前に自分から名乗ったほう良いと判断したのか、ももこは簡単に自己紹介をしてくれた。
彼女の名前は『
「野上 紫音だ。いろはとは訳あって昨日会ってね」
「はい。魔女と戦って倒れていた私を助けてくれたんです」
いろはの言葉を聞いて途端に目を丸くするももこ。きっとももこは俺の前でいろはが堂々と"魔女"という言葉を出したことに驚いているのだろう。そしていろはがももこの前でその言葉を躊躇いなく使ったということは、彼女もまた魔法少女ということか。
「もしかして、君も魔法少女?」
「…紫音さん。どうして魔法少女のことを?」
やはり気になるか…。
先ほどみかづき荘の面々に話した内容をまた話すのは気が滅入るので『妹の願いで俺は生きている』という旨を伝えると、ももこはすぐに納得してくれた。ついでに、俺がこれから灯花とねむの二人から特殊な施術を受け、それを受けないと死んでしまう身であることも話したが、それを聞いたももこは顔を曇らせた。
「あの二人かぁ。大丈夫かな」
「俺も不安だけど、そうしないと死ぬっていうんだからやるしかないだろう」
「そうは言いますけどねぇ」
額に手を当てて苦々しい顔をするももこ。どうやらあの二人の素行の悪さはほとんどの魔法少女に知れ渡っているようだ。まあ中心部が壊滅するほどの事件を起こしたのだから当然っちゃ当然だろうが。
「それにあの二人にとって俺は貴重なサンプルだろうしな。元々の目的――魔法少女の救済の役に立つ何かが見つかる可能性もあるんじゃないか?」
「まあ確かに。本当にそれならアタシたちも助かりますけどね」
「きっと大丈夫ですよ。私の協力も必要ってことですし」
「あの二人のことは付き合いの長いいろはが一番知っているだろうからな。俺はそれを信じるよ」
俺は立ち上がり、ぐっと背伸びをする。段差の低い石段にそれなりの時間座っていたせいで妙に身体が痛い。灯花の言っていた時間を少し過ぎたくらいということで家に戻ることにした。ももこは本を返すだけの予定だったがどのような施術なのかを見ておきたいということで付いてくることになった。
◇ ◇ ◇
玄関のドアを開けると、心配して様子を見に行こうとしていたのか靴を履こうとしていたやちよさんが立っていた。ももこはやちよさんに本が入っているであろうバッグをそのまま手渡し、一緒に中へとお邪魔する。
リビングに入ると、皆が俺たちのほうを心配そうな顔つきで見てきたため大丈夫だということを伝えてソファーへと腰かけた。
灯花はノートPCを画面を俺に向けるようにテーブルに置いた。映し出されていたのは、これから行われる『魔力スワップ』がどのような流れで行われるかのイメージ図だった。即席で描いたのだろう画力は年相応だが見ただけでなんとなくは理解できた。
勿論図だけ見て理解しろというわけではなく灯花はちゃんと説明をしてくれた。俺の心臓の魔力を妹のソウルジェムに一度蓄積させ、そこからいろはへとその魔力を移動させる。俺の心臓からは魔力が一時的に消えてしまうため、そこをいろはの魔力で補うというものらしい。
…改めて、本当にそんなことが出来るのかと不安になる。俺の事情を軽く話したばかりのももこに至っては、先のマギウスの一件もあって懐疑的な表情を浮かべている。ももこもまた、いろは達と同じく中央区で戦っていた中の一人だということで疑うのも無理はないか。
灯花の説明が終わるといつでも実行できるということだったので、俺は覚悟を決めて灯花の指示通りにソファーへと腰かけた。左隣にいろはが座り、俺の手をぎゅっと握ったので俺はそれを握り返した。目の前のテーブルには妹のソウルジェムの欠片が置かれており、灯花が何か手を施したのかぼんやりと淡い光を放っている。
本当に大丈夫なのか……そんな様子で固唾を呑んで見つめてくる皆の視線が突き刺さり視線を逸らす。いろはは対面のソファーで心配そうに見つめているういのほうを見て「大丈夫だよ」といった感じで微笑んでいた。表面上は笑顔だが、手汗で濡れているのが俺にはしっかりと伝わってきた。
「それじゃあいくよー」
場の空気とは裏腹に緊張感のない灯花の言葉と共に、マギウスの二人が俺といろはに向けて右の掌をかざすように前に出す。間もなくしてテーブル上のソウルジェムの欠片が強い光を放ち始めゆっくりと浮かび上がった。眉をひそめながら浮いたそれを見ていると、やがて霧状の光が生まれ、それはいろはのほうへと向かって流れていった。それを浴びたいろはは特に身体に異常が起きているといった様子はなく、自分の胸に手を当てて不思議そうな表情をしていた。
灯花が見せてくれたイメージ図の通りだった。妹のソウルジェムの欠片の魔力の残滓をいろはへと送ったのだ。そして次の流れは恐らく――
「―お?」
今度はいろはから霧状の光が出始め、それが俺のほうへと向かって流れてきた。いろはは魔法少女だから大丈夫だったと考えて俺の場合はどうなるのかと心配しながらそれを浴びるも、特に痛みなどは感じない。
これが灯花のイメージ図の第二段階。この後、俺の心臓から消える魔力によって俺が死なないために、いろはの魔力が俺に送られたのだ。
「お兄さん。これからお兄さんの心臓の魔力が妹さんのソウルジェムに送られるから、何か違和感を感じたらすぐに言ってね」
意味深なねむの言葉。やはり痛みか何か伴うのだろうか。…もしかしたら二人は何か副作用があることを知っていて俺に伝えていないだけなのでは?いろはは「あの二人は変わっているけど嘘は言わない」と言っていたが、それでもマギウスを設立した二人だ。いろはには悪いが多少は疑ったほうが良いだろう。
「ん?」
そんなことを考えているとついに俺の身体からも光が現れ、ソレは浮遊しているソウルジェムに吸い込まれるように流れていく。今のところ身体に違和感はない。流し目でいろはを確認したが、彼女の身にも特に変化はないようで真顔のまま浮遊しているソウルジェムを見つめている。
「――あ」
何の前触れもなく、突如まるで全身の力を抜かれる感覚に襲われ、ねむの言葉に従い身体の違和感を伝えようとするも叶わず俺の意識は途切れた。誰かが俺の名前を叫ぶ声が聞こえたが、誰なのかを認識することは出来なかった――。
遅くなりました。
私事ですが引っ越しすることになりその作業で忙しいため、最近なかなか続きを書けない状況にあります。
6月には落ち着く予定のため休載することはないと思いますので、何卒宜しくお願い致します。