マギアレコード外伝 - Rough World 作:HAL@夜勤閣下
「――う…」
意識が戻ると同時にゆっくりと目を開けた。どうやらベッドの上に寝かされていたようで、状況を確認するべく身体を起こす。胸に痛みや違和感はないが、妙に頭がぼうっとする。
すぐ横に窓があったのでカーテンを捲ると、外は暗闇に包まれていて月明りが周囲の建物の屋根を照らしている。今いる部屋はどうやらみかづき荘の二階のようで、誰かがここまで運んでくれたのだろう。隣にはベッドがもう1つ置いてありノートPCくらいなら広げられそうな机もあるのを見ると来客用のゲストルームだろうか。
ふとベッドの脇にある棚を見ると俺のスマホが置かれていたので手を伸ばして画面を見ると、表示されていたのはメッセージの新着通知が数件と『19:21』という時刻だった。日付までは変わっていなかったので、灯花とねむの処置からざっと6時間くらい気を失っていたらしい。
「…ぐっ」
ベッドから降りて立ち上がろうとしたが、気を失ったせいか血を抜かれたようにどうも頭がクラクラする。施術の副作用だろうか。仕方がなくベッドに腰かけ、スマホでいろはに目が覚めたことを連絡することにした。
「…ん?」
メッセージアプリを開く前に、数件の新着通知のうちの1件の名前に反応してしまう。それもそのはず。その通知の相手は『里見 灯花』だったからだ。俺が気を失っている間にいろはが教えたのだろうか。
どんな内容なのかと思いながら、俺は恐る恐るメッセージを開いた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【ほーこく】
お兄さんの心臓への処置は成功したんだけど、ちょっと別の問題が起きちゃったんだよねー。
とりあえず、伝えたいことがあるからこのメッセージを読んだらわたくしとビデオ通話をしてくれないかにゃあ。
もし起きたのが夜中でも大丈夫だからぜったいにお願いねー!
p.s
連絡先はお姉さまから教えてもらっちゃったけど悪く思わないでねー。
おわり
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「……別の問題?」
――コンコン
灯花のメッセージの意図は一体なんだろうか…そう思った矢先に突然部屋の扉をノックする音が聞こえ、ゆっくりと扉が開くと同時に部屋の電気が点く。部屋の様子を伺うようにドアの後ろから顔を覗かせたのは…。
「みふゆさん?」
「野上さん。気が付きましたか」
俺の意識が戻ったことにホッとしたのか、安堵の表情を浮かべたみふゆさんが俺の側までやってきて氷水が入ったピッチャーとグラスを棚に置いた。俺がいつ目が覚めても良いようにと思い用意してくれたのだろう。
「良かったです。灯花とねむの施術の最中に急に気を失ったので部屋までお運びしました」
「気を失った…」
みふゆさんはその詳細を教えてくれた。
俺が気を失った後、皆が俺の身を心配する中でも灯花とねむは施術を続け、俺の心臓の魔力は無事にいろはとリンクすることが出来たらしい。だが想定外の問題が判明したらしく、その対応のために二人は術後すぐに帰ったそうだ。メッセージにあった『別の問題』とは多分それのことだろう。俺の意識が無くなったこと事に対しては、ねむ曰く「お兄さんはほんの一瞬だけ“死んじゃった”からだと思う」とのこと。思い返せば、気を失う時の感覚は心臓を刺された後に意識が遠くなった時と似ていた気がするが……まあ現に俺は死んでいないだからこれ以上の詮索はやめておこう。
ちなみにももこはというと、俺の命に別状はないことを確認した後に帰ったそうだ。
「そういえばみふゆさん。灯花からスマホにメッセージが来ていたんです。なんでも、メッセージを読んだら通話をくれ、と」
「ええ。ワタシ達にも言っていました。今、他の皆さんを呼んでくるので少し待っていて下さいね」
そう言ってみふゆさんは部屋を出ていく。
やがて、階段を上がる無数の足音が聞こえ始め、それはすぐに俺の部屋の側まで近づいてきた。扉が開き、みふゆさんに続いてみかづき荘の面々が俺を囲むようにして部屋へと入ってくる。
「(…?)」
部屋に入ってくる人物の中に、俺は見慣れない人影がういの側にいるのを見た。ウェーブのかかった緑色の髪をした小柄な少女。控えめな様子を醸し出しており、少なくとも気を失う前はいなかったはず…。
「…まさか」
「紫音さん、どうかしましたか?」
つい声が漏れてしまい、ういのほうを見ていたが故にういが首を傾げて俺に言う。
その見慣れない人物が誰なのか、俺はすぐにわかった。魔法少女にしか認識することが出来ない少女が此処にはいるのだ。
「うい。君の側にいる緑色の髪の子がさなだな?」
「――え?」
俺の一声で、場にいる皆が声を出して驚嘆する。そりゃそうだろう。魔法少女にしか見えないはずのさなの姿を、非魔法少女の俺が認識できているのだから。俺も内心驚いているが、直近色々なことが起こりすぎて慣れてしまった。
「野上さん。二葉さんの姿が見えるの?」
「ああ。気を失う前は見えなかったのに、今は何故か見える」
「なあ鶴乃。もしかして、あの二人が言っていた副作用ってこれじゃね?」
「うん。もしかしたらそうかもね」
「じゃあこの子の姿も見えますか?」
そう言っていろはは俺の側まで来ると同時に、彼女の肩に何かが乗ってきた。それは猫ともイタチとも言えない白い生き物で、ピンク色の目と大きな耳と尻尾、そして耳の下からぶら下がっている触角のようなものが特徴的だ。
「この白い生き物は?」
「この子の名前は『キュウ』。話すと長くなるんですけど、私たちの大事な仲間です」
『モッキュ!』
聞いたことがない鳴き声に驚いたが、それよりも不思議なのは、声を放ったわけではなく頭の中に直接語り掛けてきたかのような感覚だったことだ。さらにそれが単なる鳴き声ではなく明確な意味を持ったものだというのがわかったことだ。キュウと呼ばれたその生き物は、俺に「よろしく」と伝えたことが頭の中でハッキリとわかったのだ。
「…キュウ。よろしく」
『モキュ!』
俺は恐る恐る握手をするように手を伸ばすと、キュウはいろはの肩からジャンプをし俺の肩へと飛び乗ってきた。驚きつつも流し目で肩に乗ったキュウのほうを見る俺を、みかづき荘の面々は微笑ましい様子で見つめていた。動物に懐かれることには慣れていないため気恥ずかしい。“動物”と言って良いかどうかはさておき。
「さて、そろそろ灯花に通話を繋いでみよう。あいつなら、どうして俺がさなとキュウの姿を認識できるのか多分わかっているはずだろうしな」
俺はスマホを手に取り、メッセージアプリから灯花へとビデオ通話を繋ぐ。
数回のコールの後に画面が切り替わり、灯花とねむの姿が画面に映し出された。デスクの前に座っているようで、手元にはパソコンのキーボードが見えるため恐らくPCから繋いでいるのだろう。
「灯花、ねむ。俺だ」
『待ってたよーお兄さん』
『顔色を見る限りだと、体調は問題なさそうだね』
「若干めまいがするけど他は問題ない。色々聞きたいことがあるけど、とりあえずメッセージにあった『伝えたいこと』について聞きたい」
『くふふー。そう言うと思って準備していた甲斐があったよー』
そう言うと灯花は手元のキーボードを操作しはじめる。間もなくして、スマホの画面にはソウルジェムの図と、人間の図が表示された。
俺はみかづき荘の住人達にも見えるようにスマホをベッドの脇にある棚に置いて説明を聞くことにした。
『まずおさらいだけど、わたくし達魔法少女はソウルジェムが命になっている。だから身体が傷ついたとしてもソウルジェムが無事なら死ぬことはない。これは知っているよね』
「…ああ」
『実はソウルジェムと身体が半径100mくらいから離れるとリンクが切れちゃうの。そうなってもすぐに側に戻せば元に戻るけど、リンクが切れている間はその人の身体は死んだも同然になる』
「…そうなのか?」
流し目で視線を皆のほうに向けると、無言のままうんうんと首を縦に振っている。
初耳だった。妹もそんなことは言っていなかったし、多分魔法少女の真実を知った者だけが知っていることなのだろう。
…気にしすぎなのかもしれないが、何故灯花はそのことを今伝えたんだろうか。俺が過去に一度死んだ身だと言った時も、俺の心臓の魔力が尽きかけていると言った時も、彼女は説明の前に最初に結論をズバリと言ってきたが故に、余計に気になった。
「灯花ちゃん。もしかして私に紫音さんからしばらく離れないようにって言ったのって……」
俺は考えを巡らせていたが、意味深ないろはの言葉を聞いて答えが浮かんでくるまでにさほど時間はかからなかった。
「……まさか」
『くふふー。わかったかにゃー?』
『今のお兄さんはいろはお姉さんとリンクしている状態なんだ。だからお姉さんから半径100m以上離れると、お兄さんは死んでしまうだろうね』
やっぱり…と言ったような表情で皆が反応しているのを見るに、先ほどのいろはの言葉の意味をなんとなく予想していたのだろう。
俺は頭を抱える。確かにこれは“問題”だ。自由に持ち歩けるソウルジェムと違い、俺が居るところには常にいろはが居なければならないのだから。逆もまた然り、いろはが居るところにも常に俺がいることになる。
『お兄さんの首にかかっているリングにいろはお姉さんからの魔力が供給されているから、常に着けておくようにしておいて欲しい』
「リング?」
ねむに言われて首元に手をやると、小さい宝石が付いた指輪サイズのリングがかかっていることに気づく。その宝石の色は妹の彩華のソウルジェムと同じスファレライトで形は歪だ。恐らく彩華のソウルジェムの欠片の一部を埋め込んで即席で造ったのだろう。
「…灯花。いろはに“しばらく”って言ったってことは、それを解決する見込みがあるってことだな?」
さっきいろはが言っていた「しばらく離れないようにと言われた」とのことから、恐らくその制限を解決するための方法があるのだろうと思った。そうでないと、笑って茶化してきたりなんかしないだろう。
『もちろん!だけど、その方法を実現するのにちょっと時間がかかりそうなんだよねー』
『大体3日くらいってところかな。この問題については最優先で対応するから、それまではいろはお姉さんの側から離れないでいて欲しいんだ』
しばらく、といっても3日か。幸いにもバイトがしばらく休みで助かった。問題はその間をどのようにして過ごすかだが…。
「仕方ないわね。――みんな。野上さんを里見さん達が対応してくれるまで私の家に泊まっても良いかしら?」
「やちよさん。それは…」
灯花との話が終わった後に皆で相談しようと思っていたのだが、やちよさんが先手を打って話を切り出してくれた。正直、やちよさんの提案が最もだと思う。昨日のような悪天候で外に出にくい状況ならともかくとして、いろはを俺の家に3日も滞在させるのは今の世の中だと事情を知らない人から変な目で見られかねない。そうなれば妹のういだけでなくやちよさんたちみかづき荘の人々にも迷惑がかかる。
それなら俺がここに居たほうが元下宿屋ということもあるわけでおかしくはないはず。
問題はやちよさん以外の人がそれを歓迎してくれるかどうかだが…。なんせこのみかづき荘にいるのは全員女性で年代も小学生から大学生と幅広い。そんな中でぽっと出の俺が泊まるなんて明らかにイレギュラーである。
「――いいんじゃねーの?オレは歓迎だぞ。だって紫音といつか一緒にゲームやろうっていうのを早速できそうだしな!」
「わたしもいーと思うよ。紫音さんに万々歳の料理を味わってもらう良い機会じゃん。ふんふん!」
「私も良いと思います」
「良いんじゃないですか?ワタシは歓迎しますよ」
「うん。私もお姉ちゃんみたいにもっと紫音さんとお話してみたいなって思ってたから」
予想とは裏腹に歓迎されている雰囲気に、俺はつい呆気にとられてしまう。まだいろは以外とは交流して数時間程度なのだが…まあ皆がOKと言ってくれているのなら無理に遠慮するわけにもいかないか。女性しかいない環境下で過ごすのは緊張するが…。
「…わかったよ。お世話になる」
『くふふー。みかづき荘に居てくれたほうが何かあってもすぐに駆け付けられるからこっちとしても都合がいいしねー』
そう言いながら灯花はキーボードを操作しはじめ、その後すぐに俺のスマホに通知が届いた。内容は地図情報のようだ。
『それじゃあ、早速なんだけど明日の午後にわたくしのところに来て欲しいんだよねー。場所は今送ったメッセージに書いているからそれを見てね』
「今日みたいにそっちが来るんじゃダメなのか?」
『こっちにある設備でお兄さんを調べたいからね。面倒かもしれないけどお姉さんと一緒に来て欲しい』
一体何をされるのかはわからないが、とりあえず殺されることはないだろう。きっと魔力スワップシステムの被験体第一号である俺の身体の中にある魔力やらなにやらを調べるに違いない。
「…わかった」
『――こちらからの用件は以上だよ。お兄さんからも何か用事があるんじゃないかい?』
「ああ。実は目が覚めてからさなとキュウの姿が見えるようになったんだ。何か心当たりはないか?」
『さなとキュウが見える…?』
灯花は目を丸くした。ねむも目を細めている。その様子から察するに、二人にも予想外のことだったようだ。しばらく考えた後、ねむは口を開いた。
『…誰でもいいから、お兄さんにテレパシーを送ってもらえないかな?』
「テレパシー?」
誰もが一度は耳にしたことがあるその言葉。マジシャンが声を発していないのに相手のカードの番号を当てるといったマジックで使われていたのを小さい頃に見たテレビで見たことがある。ヤラセか本当かは分からないが、少なくとも「やらせ」と思うのが今の世の中では一般的だろう。
「はいはい!じゃああたしが送るねー!」
元気な声でねむのお願いに返事をしたのは鶴乃。そして鶴乃はふぅっと深呼吸をして俺の顔をじぃーっと見つめてきた。一体何が始まるのやらと思いながら流し目で鶴乃を見ていると。
「<紫音さーん!あたしの声が聞こえますかー?>」
「!?」
突然脳内に流れた鶴乃の声に驚き、俺は目を見開かせた。その様子を周りで見ていたいろはややちよさんも、俺がテレパシーを聞き取ったことに驚いたのか驚愕する素振りを見せた。
鶴乃の声が頭の中に流れた感覚は、キュウが鳴き声を発した時と同じものだった。ということは、キュウの鳴き声もテレパシーの一種だということか?
「今のがテレパシー?」
『聞こえたんだね。僕たち魔法少女は意思疎通を図りたい相手とリンクして声を発さずに会話をすることができるんだ。キュゥべえが側にいれば魔法少女になる素質がある非魔法少女でもキュゥべえを中継して会話することができるけど、お兄さんはキュゥべえの中継無しでテレパシーを受信できた』
「何故なんだ?」
『明日調べてみないとわからないけど、副作用みたいなモノじゃないかにゃー』
副作用か。とはいえ、命に関わる副作用ではないから現状は問題は無しだろう。むしろ特権かもしれない。役に立つかはともかくとしてだが。
『何か気になることがあったら連絡して欲しい』
『それじゃあ、明日の午後にまたねー」
灯花の一声を最後に通話が切れる。
5分も通話しなかったが、得た情報は多い。とりあえず俺の一命は取り留めたこと、何故か魔法少女にしか見えない存在が認識できるようになったこと。そして、いろはからしばらく離れてはいけないこと。
「――ふぅ」
色々考えたいことがあるが、まだ目が覚めて間もないこともあってか気疲れしてしまいベッドに倒れ込んでしまう。皆も同じく溜息を吐き、重苦しい空気が少しばかり和らいだ。
すぐに身体を起こし、皆のほうを向く。
「――みんな。改めて、迷惑をかける」
やちよさんはああ言ってくれたものの、やはり俺のような男が急にみかづき荘のお世話になるのは迷惑なのではないかと感じ、灯花とねむがいないこの状況で再度確認してみたものの…
「いいのよ。里見さんたちがなんとかしてくれるまでは様子を見ましょう」
「さっきも言っただろ。オレたちは紫音を歓迎しているんだからさ、もうちょっと気楽に行こうぜ」
「そうは言うけどな。急にこんなことになったわけで申し訳ないというか…」
個人的に、何もせずここで過ごすというのは気が引ける。生憎魔法少女ではないので一緒に戦ったりすることはできないし、調べものをするために外出するにもいろはが側にいなければならない。このみかづき荘の中で俺に出来ることといえば…。
「せめて食事の用意くらいは俺にさせてもらえないか?急に世話になることになったわけだし、それくらいはやらせて欲しい」
「おおっ!紫音さんの手料理を早速食べる機会がやってくるとは…!」
「昨日はいろはさんと生姜焼きを作ったんでしたよね。私も紫音さんの料理は気になります」
「別に普通だと思うぞ。なあいろは」
「えっ?そこで私に振るんですか?!」
一気にあたふたとしだすいろはを見てすぐに「悪かった」と謝ると周囲から笑い声がこぼれる。堅苦しい話が続いていたので場を和ませようと思ったのだがどうやら正解だったようだ。
その後フェリシアとうい、みふゆさん、そしてやちよさんも俺の提案を快く聞き入れてくれたため、俺はみかづき荘に滞在中の皆の朝食と夕食を作ることとなった。昼食はというと明日は用事があるメンバーが多いらしく、明後日以降もやちよさんはモデルの仕事があり、みふゆさんは薬学部へ入るための勉強で灯花の家に行くということで全員揃っていることがほとんどないため不要とのことだ。
ちなみにフェリシア曰くやちよさんは節約志向とのことみたいなので、宿代の代わりということで食費は俺が半分出すことにした。最初やちよさんは遠慮していたが俺は「タダでお世話になるわけにはいかない」と食い下がらずにいるとみふゆさんの説得もあって観念してくれた。やちよさんのモデルの収入がどのくらいなのかはわからないが、それだけで7人の生活費を賄っているのだから節約したくなるのも当然か。
「それでは皆さん。野上さんのことも決まったことですしそろそろ夕食にしましょうか」
「はい。紫音さんも食べれそうだったら一緒にどうですか?」
「…ああ頂くよ。正直、腹が減っていた」
ゆっくりとベッドから立ち上がり、身体の調子を再確認する。目が覚めた時のめまいは和らいでいたため、リビングに移動するくらいなら問題ないと判断しみかづき荘の面々に続いて部屋を後にする。
――昨日いろはと出会ってから始まった妹以外の魔法少女達との関わり。俺の身体に起きている変化。悪いことの予兆でなければ良いのだが…。