爪の話。明るめ軽め。
喜多ぼ、リョウ虹。

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虹「喜多ちゃんが教えてくれない」

「う~ん……」

「どうしたの喜多ちゃん?」

 

 手を照明に透かしながら悩ましい声を上げる喜多ちゃんに、あたし伊地知虹夏は話しかけた。

 場所は結束バンドが練習に借りたスタジオで、今は休憩中。リョウとぼっちちゃんの二人はお腹が空いてコンビニに軽食を買いに行った。ぼっちちゃんに付いていく形でリョウが出て行ったので、たかってないか少し不安だ。

 なので今スタジオにはあたしと喜多ちゃんの二人きり。そこで喜多ちゃんが何か悩んでいるような空気を出していたので、話しかけたという訳だ。

 これでも結束バンドの最年長としてリーダーを務める身だ。メンバーの悩み事には敏感になる。

 

「あっ別に……大したことじゃないんですよ」

 

 あたしの問いかけに喜多ちゃんは何でもないという風に手を振った。けれど気になったあたしは食い下がる。

 

「そんなこと言わずにさ~。手を見てたみたいだけど?」

 

 悩ましげな声を上げている最中、喜多ちゃんの視線は自分の手へと吸い込まれていた。けど、何か怪我をしていたりという風には見えない。

 

「あー、えーっと、その……」

「ふんふん」

 

 言い淀む喜多ちゃんの言葉の続きをあたしは待った。引き下がってくれないことを察した喜多ちゃんは、観念したのか正直に答える。

 

「爪がちょっと長いかなぁ、って思ってたんですよ」

「爪……?」

 

 そう言われて、あたしは喜多ちゃんの手を取った。白くて綺麗、だけど触ると指の先が硬いギタリストの手だ。熱心に練習している証拠。それにバンドリーダーとして先輩として仄かに嬉しくなりながら、爪を見てみる。

 ……全然長くない。むしろ深爪を心配するレベルで短い。白いところがほとんどなかった。

 

「これで? どこが長いの?」

「人差し指がちょっと……これだと傷つけちゃいそうで」

 

 あたしの疑問に困ったように答える喜多ちゃん。

 言われてもう一度見てみると、確かに右人差し指の先はほんのちょっと白かった。確かに他と比べて伸びてるのかもしれないけど、やっぱり長いとは全然思えない。

 というか、

 

「傷つけるって? ギターの話?」

「え?」

「え?」

 

 喜多ちゃんはパチクリと目をしばたたかせ、その後気まずそうに目を逸らした。

 

「あ、あー……そっか伊地知先輩……いえ、なんでもないですよ」

「え、気になる」

 

 露骨に言葉を濁らせる喜多ちゃん。何? 何か隠してる?

 

「秘密にしないで教えてよ。爪が長いと何が困るの?」

「いや、それは……流石に私の口から言うのはちょっとはばかれるっていうか」

「うっそだー。爪が長いだけでそんなことあるわけないよ」

「あるんですよ……」

 

 追求するあたしにたじろぐ喜多ちゃん。ここまで言い淀まれると余計に気になる。何が何でも聞き出してやると決意を固めるあたしの後ろで、スタジオの扉が開かれた。

 

「ただいまー」

「あ、リョウ。おかえり」

 

 振り返るとそこにいたのはリョウだった。外から戻ってきたところらしい。

 

「何買ってきたの? っていうかぼっちちゃんに奢ってもらったりしてないよね」

「いや、ぼっちに追いつけず見失った。だから仕方なく自販機でコーヒー買ってきただけ」

 

 そう言ってリョウは手にした缶コーヒーを左右に揺らした。よかった、ぼっちちゃんはいつもリョウにたかられるから……って、仕方なくって。

 

「リョウ、やっぱりたかる気だったんだ……」

「あ、やべ」

「やべ、じゃないよ! まったくもう」

 

 腰に手を当て憤慨する姿勢を見せるあたし。バツが悪そうにリョウは顔を逸らすが、コイツのことだ。まるで反省はしていないだろう。

 これも習い性だな……と諦めつつ、あたしは思いついた。

 そうだ。リョウに言いつけよう。

 

「ねぇねぇリョウ」

「ん?」

「喜多ちゃんが教えてくれないんだよ」

「ちょ、伊地知先輩!?」

 

 後ろで慌てる喜多ちゃんの声が聞こえる。けど、ふんだ。教えてくれない喜多ちゃんが悪いんだし。

 

「何、郁代いじめてるの? 虹夏がちっこいからってよくないよそういうのは」

「いじめてません、いじめてませんから!」

「っていうか喜多ちゃんと比べたらそんなにちっちゃくはないよ! たった4センチ差だし!」

 

 あたしとぼっちちゃん、喜多ちゃんの並びはそう変わらない。変わるのは一人だけ飛び抜けて大きいリョウだけだ。あたしと9センチも差を付けやがって。

 二人で訂正を求めるとリョウは肩を竦めた。

 

「冗談だよ。で、何を教えてくれないのさ」

「爪が長いって言うけど、あたしからすると全然長くないんだよ。このままじゃ何かを傷つけるって言うけど、それが何かも教えてくれない。ひどいでしょ?」

 

 言いつけて、リョウを味方に付けようとする。ちょっとずるいけど、これで喜多ちゃんは教えてくれる筈だった。リョウは人をおちょくるのが好きだからまず味方してくれるだろうし、喜多ちゃんはリョウに詰め寄られると弱い。二人で白状を迫ればきっと答えてくれる。

 だけど、あたしの予想は外れた。

 

「あー……そういう……」

 

 なんと、リョウも気まずそうに顔を逸らしたのだ。

 

「え、なに。まさか、リョウは理由が分かるの!?」

「まぁ、うん。分かるけど……うん」

 

 リョウにしては歯切れが悪い回答が返ってくる。嘘、リョウはすぐ分かるのにあたしは分からないの!? やっぱり弦楽器関連ってコト!? ドラムはいつも仲間はずれ!?

 

「あー、やっぱりお二人って……」

 

 しかも喜多ちゃんにはリョウが理解した理由が分かるようだ。どういうこと!?

 

「えーなんでなんで! 教えてよー!」

「いや虹夏に言うのは流石にちょっと恥ずかしい……」

「爪の話なのに!?」

 

 リョウはあたしの方をチラチラと見ながら顔を赤らめる。ただの爪の話がどうしてそういうリアクションに繋がるのか、あたしにはまるで分からない。

 

「うー、二人していじわるする……」

「いやぁこればっかりは……ねぇリョウ先輩」

「うん。虹夏には悪いけど言いにくい」

 

 しかも二人の意志は固いようだ。かくなる上は……。

 

「いいもん。じゃあ後でお姉ちゃんに聞くもん」

「それはやめてくれ、マジで」

「流石にそれはリョウ先輩が可哀想なのでやめてください!」

「えぇ!?」

 

 なんで! なんでお姉ちゃんに聞くとリョウが可哀想なの!?

 訳が分からず混乱していると、またスタジオの扉が開く。

 

「あっ戻りました……遅くなってすみません」

 

 顔を出したのは結束バンド最後の一人、後藤ひとりことぼっちちゃんだった。喜多ちゃんが出迎える。

 

「おかえりなさい、ひとりちゃん。確かに遅かったけど、コンビニ遠かったかしら?」

「に、肉まん食べたかったけど売り切れてて……でも店員さんに話しかけるのも怖かったので別のコンビニに行ってました……」

「そういうマイナスの行動力は謎にあるのよね……」

 

 そう答えたぼっちちゃんの手には確かに肉まんの包装紙らしきゴミが握られていた。ここに来るまでに全部食べてきたらしい。後ろで「しまった、付いていけば一口貰えたのに」とリョウが言っているが、無視する。

 でもいいところに戻ってきてくれた。ここまで来たらぼっちちゃんにも聞いてやる。ギター関連の話ならきっと知っている筈だ。

 

「ぼっちちゃん、ぼっちちゃん!」

「に、虹夏ちゃん? えっと、どうしました?」

「喜多ちゃんが教えてくれないんだよ。爪が長いと傷つけちゃうって言って、何の話って聞いても答えてくれないの。ぼっちちゃんは理由が分かる?」

「ちょ、伊地知先輩!?」

 

 ぼっちちゃんの隣で喜多ちゃんが赤面する。だからなんでそういう反応になる?

 一方でぼっちちゃんは、あたしの急な質問に戸惑いつつも聞いてくれた。

 

「爪ですか? えっと、それは……」

「うんうん」

「その……爪が長いと……」

「うんうん!」

 

 ぼっちちゃんも理由を知っているみたいで、でも前二人とは違って教えてくれた。

 けど多分、聞くべきではなかった。

 

する(・・)時に、私が痛いから……」

 

 って前に喜多ちゃんが言ってました、けど……と、小さくなりながら答えるぼっちちゃん。

 

「………」

 

 『する』。その曖昧な言葉が何を指しているのか、あたしは理解した。

 

「あ、あ、あぁっ!」

 

 理解して、そして爪の話が何を指していたのかまで理解して……あたしは、爆発した。

 

「わ、わあぁああああっ!!」

「に、虹夏ちゃん!?」

 

 頭を抱えて転げ回る。顔が熱い。あ、あたしは何を聞いていたんだ!? こんな白昼堂々!!??

 

「あー、やっぱり伊地知先輩って……」

「まぁ、される側(・・・・)だよ。だから分からなかった」

「ですよねぇ」

「っていうかむしろそっちこそ意外だったんだけど。ぼっちがそっち(・・・)なんだ」

「ひとりちゃんって甘やかすと可愛くて♡」

 

 頭上でリョウと喜多ちゃんがあたしそっちのけで言葉を交わしている。そういう話を先に出したあたしが悪いんだけど、暴露しないでほしい。

 とにかく羞恥の至りに達したあたしは顔に手を当てて叫んだ。

 

「い、言ってよ~~~!!」

「いや、言えなかったんだよ」

 

 リョウの冷たい視線と、喜多ちゃんの生温かい視線と、ぼっちちゃんの心配そうな視線を受けながら、あたしはしばしゴロゴロと転げ回った。

 

 

 

「……そしてどうしてひとりちゃんはあっさり暴露しちゃうのかしら」

「えっあっ、だって喜多ちゃんがどれだけ優しいのか、いつも私を思いやってくれてるのか……って、そういう話じゃなかったんですか?」

「……馬鹿」

「な、なんでぇっ?」


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