雄英体育祭から3日後、出久は登校のため電車に乗っていた。普段どおり学校最寄りの駅に着くまでスマホでヒーロー関連のネットニュースを見ていたが、今日は少し様子が違った。
「君、……君! ヒーロー科の緑谷さん!」
「え!?」
自分の名前を呼ばれ驚いて顔を上げると、見知らぬ男性がこちらを見ていた。
「やっぱり! 体育祭よかったぜ! 惜しかったなァ!」
「え……」
ニカッと笑い親指を立ててそう言ってくれた。そのことを皮切りに周囲も出久に気づき、次々と声をかけてくる。
「ベスト8だっけ? かっこよかったぞー」
「意外と小さいねえ」
「昔を思い出しちまったよ、僕は」
「わかるわかる! なんか必死な感じね」
「こんな地味で大人しそうなのにあんなにパワーがあるなんてすごい!」
「チアコス似合ってたよ!」
「ギャップ萌! 推せる!」
「足蹴にしてください!」
「ええ……。あわわわ……」
体育祭を見た感想や出久を見た印象(一部おかしな部分があるが)を口々にいう周囲の様子に出久は気恥ずかしさを感じた。体育祭後にやったプチ女子会兼お疲れ様会の時も周りの客に気づかれたが、3日経った今でも、いや、3日経ったが故に当日は見れなかった人たちも映像を見たことで出久達1ーA生徒が広く認知されていた。
「ええと、その、まだまだ1年生で未熟ですが、頑張りましゅ!」
あまり褒められ慣れてない出久は真っ赤な顔で噛みながらそう返した。乗客は一瞬キョトンとするが、出久の初々しい行いにますます好感が湧いてきた。
「いやあ、真面目ないい子だね! 今時なかなかいないよ!」
「頑張っていいヒーローになってくれよ! 応援してるから!」
「きゃ〜かわいい! ぎゅっと抱きしめてあげたい!」
「私達にもあんな時期あったわ〜。若いっていいわね〜!」
「見た目地味な小動物系でドジっ子気質だが、脱いだらバキバキボディのパワー系女子! 推せる!」
「え、えええ〜……」
駅に着くまで、電車内は出久を見守る暖かい雰囲気に包まれていた。
家を出た時から降っている雨は止む気配はなく、まだ先のはずの梅雨が訪れたと錯覚するほどであった。降りしきる雨のせいで普段より時間がかかってようやく出久は校門にたどり着いた。
「(授業まだ始まってないのに、朝から疲れちゃった……)」
「何呑気に歩いているんだ!!」
「!?」
大きな声に振り返ると、体育祭の日に早退していた飯田が雨の中走って登校してきた。カッパと長靴を身につけて……。
「遅刻だぞ! おはよう緑谷君!!」
「い、飯田君……、おはよう……。でも、遅刻ってまだ予鈴5分前だよ?」
「雄英生たるもの、10分前行動が基本だろう!!」
そう言って校門をくぐり抜けても校舎へ走り続ける飯田につられて出久も走る。玄関付近でようやく速度を緩めて、他の生徒もいる中で自分達の靴箱へ歩いていく。
「(飯田君、なんだか……力んでるというか、空元気なのかな……? お兄さんのこともあったし……。)飯田君……その……」
「兄の件なら心配ご無用だ」
「え……」
聞こうとしていたことを先に言われてしまって出久はなかなか言葉を出せなかった。
「いらぬ心労をかけてすまなかったな」
「…………うん……」
その様子を知ってか知らずか、飯田の方が話を続け出久へ謝罪した。その表情は笑顔ではあったが、なんともいえない違和感を含んでおり、出久は気づいていたがそれを言い表すことができず、そのまま教室へ向かった。
「超声かけられたよ来る途中!!」
「私もジロジロ見られて何か恥ずかしかった!」
「俺も!」
「俺なんか小学生にいきなりドンマイコールされたぜ」
「ドンマイ」
「俺もちびっ子たちにウェイウェイ言われたよ……。あんな短い映像でなんであそこまで覚えられたんだ?」
「プッ! あんたのアホ面がインパクト強かったんでしょ!」
「耳郎、俺に当たり強くね?」
「アンタがアホなだけでしょ! あ、緑谷はどうだった? 障害物競走で1位でトーナメントもベスト8だったし」
「え!? ええっと……」
席に着いて他の生徒が話す様子を見ていた出久だったが、不意に耳郎から話しかけられて正直に話していいものか思案してしまう。
「ええと、僕も電車の中で声かけられたよ。1人が話したら他の人からも次々に話しかけられて……めちゃくちゃ恥ずかしかった」
「緑谷さん、女性陣の中でも特に目立っていらっしゃいましたからね」
「ちなみになんて言われたの?」
「えっと、かっこよかったとか頑張れとか、あと意外にちっちゃいとか……チアコス似合ってたとか。他には推せるとかギャップ萌えとかも言われたかな。『足蹴にしてください』はちょっと意味がわからなかったけど」
「「そいつ、いい趣味してるな!」」
「上鳴君も峰田君も何言ってんのさ……」
「私にもさっぱりわかりませんわ、まだまだ勉強しなければ……」
「やっぱアホだろこいつら。ヤオモモ、こいつらの言うことなんてわからなくていいから!」
「それにしても、たった1日で一気に注目の的になっちまったよ」
「やっぱ雄英すげえな……」
「おはよう」
「「「おはようございます!」」」
相澤が教室に入るとそれまで騒いでいた生徒が一瞬で静かになり挨拶をする。これまでの学校生活の賜物と言えるだろう。
「相澤先生、包帯取れたのね。良かったわ」
「婆さんの処置が大ゲサなんだよ。んなもんより今日の『ヒーロー情報学』、ちょっと特別だぞ」
「(ヒーロー関連の法律やら……ただでさえ苦手なのに……)」
「(特別!? 小テストか!? やめてくれよ〜……)」
相澤の言葉で生徒の間に緊張が走る。自由が校風の雄英では授業の内容や進め方は教師の一存で決まるため、抜き打ちの小テストが行われることは日常茶飯事であった。あまり筆記に自信のない生徒が戦々恐々とする中、相澤が授業内容を口にする。
「『コードネーム』、ヒーロー名の考案だ」
「「「胸ふくらむヤツきたああああ!!」」」
ヒーロー名、ヒーローとして活動していく中で絶対に必要となるものである。1年生の内はまだ先の話と思っていた生徒達は相澤がいるにも関わらず興奮・歓喜の声を上げる。
カッ!!
シーーーン……
が、相澤の一睨みで教室は再び静かになる。それを見て相澤は説明を続ける。
「というのも、先日話した『プロからのドラフト指名』に関係してくる。指名が本格化するのは経験を積み即戦力として判断される2・3年から……。つまり、今回来た『指名』は将来性に対する『興味』に近い。卒業までにその興味が削がれたら一方的にキャンセルなんてことはよくある」
「大人は勝手だ!」
「頂いた指名がそんまま自身へのハードルになるんですね!」
「そ。で、その指名の集計結果がこうだ」
相澤がそう言ってリモコンを操作すると黒板に集計結果が映し出される。
轟:4,123
爆豪:3,985
常闇:360
飯田:301
上鳴272
八百万:108
切島:68
麗日:20
瀬呂:14
緑谷:5
「例年はもっとバラけるんだが、2人に注目が偏った」
「だーーー! 白黒ついた!」
「見る目ないよね、プロ」
「1位2位逆転してんじゃん」
「見た目もそうだけど、態度も口も悪すぎたからな。そりゃ指名も躊躇するわ」
「躊躇してんじゃねえ! プロなら実力で判断しろやクソが!」
普通であれば成績1位の者が最も多くの指名を獲得しそうだが瀬呂の言う通り、あまりに勝己の印象が悪すぎたため指名獲得数は轟の下となってしまった。実力自体はどの事務所も評価しているので、卒業までの成長具合で新たに指名しようと考えている事務所もあるのだが、当の本人にそれを知る術はなかった。
「さすがですわ、轟さん」
「ほとんど親の話題ありきだろ……」
指名数で1位の轟も、確かに体育祭2位を評価されてはいるがNO.2ヒーローエンデヴァーの息子としての話題が大きく影響していることは間違いなかった。
「わあああ」
「うむ」
「緑谷、ベスト8の割には指名数少ねえな。怖かったんだなやっぱ」
「う、うん……」
出久には5件の指名が入っていた。体育祭の成績からすれば少ないと言えるが、怪我の頻度・状況や実力の不安定さを懸念されてこの数になっていた。
「(思ったより少ないけど……ナイトアイさんが指名してくれてるなら……ミリオさんやバブルガールさんやセンチピーダーさんと仕事できるから、嬉しいかな……)」
「峰田、そんなこと言ったら私もベスト8だけど1個も指名ないよ!」
「芦戸の個性の使い道が分かりにくいからだろ!」
「そんなん峰田も一緒じゃん!
「お前ら黙れ」
峰田と芦戸が言い争うが、相澤に一喝されて静かになる。
「さて、これを踏まえ……指名の有無関係なく、いわゆる職場体験ってのに行ってもらう」
「「!!」」
「おまえらは一足先に経験してしまったが、プロの活動を実際に体験してより実りある訓練をしようってこった」
「それでヒーロー名か!」
「俄然楽しみになってきたァ!」
「まァ仮ではあるが、適当なもんは……「付けたら地獄を見ちゃうよ!!」
突然の声に生徒達はドアから入ってきた人物に目を向ける。そこには……。
「この時の名が! 世に認知されそのままプロ名になってる人多いからね!!」
「「「ミッドナイト!!」」」
「まァそういうことだ。その辺のセンスをミッドナイトさんに査定してもらう。俺はそういうのできん」
相澤はそう言ってミッドナイトに教壇を譲り、自身は寝袋の準備をする。
「将来自分がどうなるのか、名を付けることでイメージが固まりそこに近づいていく。それが『名は体を表す』ってことだ。『オールマイト』とかな」
「それじゃあ、シンキングタイム15分! 始め!」
ミッドナイトの合図でヒーロー名考案の授業が始まった。
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Side:Izuku
名前……ヒーロー名かあ……。出会う前はいくらでも『っぽい名前』を考えてニヤニヤしてたなあ。その度にかっちゃんに『キメェ』って言われてたけど……。それが……力を授かって見てもらえている今は、自分との差が凄すぎて僕にはとても名乗れないや……。
『名は体を表す』、つまりその人の本質を表現するってことなんだよね。僕の……本質……。
『出久ってデクって読めるんだぜ!! んでデクってのは何もできねーやつのことなんだぜ!!』
子供の頃から僕って何かできるようになるのは人より遅かった。要領悪いというか、不器用というか。しかも、無個性だったから何もできない『デク』ってのは間違ってなくて、……そう考えるとかっちゃんってその辺りやっぱり名付けのセンスあるよなあ。
「じゃ、そろそろ出来た人から発表してね!」
え!? もう15分経っちゃった!? まだ何も決まってないんだけど!
「それじゃあ、僕から行くよ」
そう言って青山君が教壇に立つ。青山君、やけに自信ありげだけどどんなヒーロー名付けたんだろう……。
「輝きヒーロー『I can not stop twinkling.(キラキラが止められないよ⭐︎)』」
「「「短文!!!」」」
青山君何やってんの!? ヒーロー名だよ! それ文章じゃん!
「そこはIを取って
「それねマドモアゼル⭐︎」
青山君、英語かフランス語かはっきりしてよ……。っていうか、これって……。
「じゃあ次アタシね! 『エイリアンクイーン!!』」
「
「ちぇー」
……これ他のみんなも思ってるよね……。
大喜利っぽい空気になっちゃってる!!
「じゃあ次、私いいかしら」
「はい梅雨ちゃん!!」
「小学生の時から決めてたの。梅雨入りヒーロー『フロッピー』」
「カワイイ!! 親しみやすくて良いわ!! 皆から愛されるようなお手本のようなネーミングね!」
「「「フロッピー! フロッピー! フロッピー!」」」
ありがとう蛙す…ゆさん! 空気が変わった!!
「はい、それじゃあどんどん行くわよ!!」
って皆のに気を取られてる場合じゃない! 自分のものを考えないと!
「ふむふむ、思ったよりずっとスムーズ! 残ってるのは再考の爆豪君と……飯田君、そして緑谷さんね」
皆、自分の個性や戦闘スタイルに合ったヒーロー名を付けてる、すごいや……。かっちゃんは……普段はセンスいいのになんで『爆殺王』って付けたんだろう……。ヒーロー名に『殺』は不味いんじゃないかな……。
それにしても、飯田君も決めかねているの、もしかしてお兄さんのこともあるのかな……?
「……天哉」
「あなたも名前ね」
残るは僕とかっちゃんだけ……。
……いろいろ考えたけど……やっぱりこれしかないよね……!
「次、僕良いですか?」
「はい緑谷さんどうぞ」
ミッドナイト先生に促されて教壇に立つ。一つ深呼吸をして、ボードを皆に見せる。
「え?」
「……マジ?」
「えぇ、緑谷いいのかそれェ!?」
「一生呼ばれ続けるかも知れねえんだぜ」
ボードを見た皆が戸惑ってる。それもそうだよね。日頃からかっちゃんが僕をこう呼んでるのを聞いてるし、ちゃんとした由来を知ってるのは麗日さんと飯田君だけだけど、他の皆も何となく気付いてると思う。この名前があまりいい意味ではないことを。
「うん、今まで好きじゃなかった。けど、ある人に『意味』を変えられて……僕には結構な衝撃で……嬉しかったんだ」
思えばこの授業のテーマを聞かされた段階でもうこの名前が浮かんでいた。でも……それを言うのはやっぱり勇気が必要だった。
『いつまでも雑魚で出来損ないの『デク』じゃないぞ……“頑張れって感じの『デク』“だ!!』
この名前自体はかっちゃんが付けた、僕の『本質』を表すものだ。それをあの日、入学初日で麗日さんが新しい意味を与えてくれた。名乗るならこれしかない!
「『デク』、これが僕のヒーロー名です」
特に強い視線を2つ感じる。1つは麗日さん、もう1つは……当然かっちゃん。麗日さんは笑顔で頷いてくれてるけど、かっちゃんは信じられないものを見るような目をしてる。普通はそう思うよね……。
でも、これでいい。これこそが僕のヒーロー名だ。
「爆殺卿!!」
「違う、そうじゃない」
……かっちゃん、他のセンスはめちゃくちゃいいのに、何で自分のヒーロー名はダメダメなんだろう……。
「さて、全員のヒーロー名が決まったところで話を職場体験に戻す」
ヒーロー名考案の授業が終わって進行が相澤先生に戻った。というか相澤先生、これまでずっと眠ってたんだ……。いくら自由と言ってもアレいいのかな……?
「期間は1週間。肝心の職場だが、指名のあった者は個別にリストを渡すからその中から自分で選択しろ。指名のなかった者は予めオファーした全国の受け入れ可の事務所40件、この中から選んでもらう。それぞれ活動地域や得意なジャンルが異なる」
「例えば13号なら、対
「よく考えて選べよ」
「「「はい!!!」」」
リストを配り終えたところで授業終了を告げるチャイムが鳴る。休み時間でどんなところから指名が来ているか確認してみよう! でも、選ぶのはナイトアイ事務所になると思うけど。
「俺ァ都市部での対・凶悪犯罪!」
「私は水難に係わるところがいいわ、あるかしら」
「今週末までに提出しろよ」
「あと2日しかねーの!?」
「効率的に判断しろ、以上だ」
指名がなかった皆は40件の事務所から選ぶのか……。どんな事務所がオファーに応じたかも気になるけど、まずは自分のリストを確認しよう。
僕の指名は5件だから用紙一枚。ちょっと寂しいけど、指名があること自体すごいことだからそこは置いておこう。え〜っと……………………。
………………ない。
ナイトアイ事務所の名前がない!
え、なんで!? ナイトアイさん、僕を指名してないの!? 体育祭終わった日のメールや一昨日の電話では会場に応援に来てたって言ってた。指名のことについて聞くと今は言えないって言ってたけど……。
もしかして、40件のうちに入っているのかな!
「峰田君! ちょっとリスト見せて!」
「え? 見せるのはいいけど……お前指名受けた中から選ばないのか?」
「いいから早く!」
「お、おう……」
そう言って半ば引ったくるように峰田君からリストを借りてナイトアイ事務所の名前を探す。が、どこにもその名はなかった……。
ナイトアイさん、どうして……? 体育祭、優勝できなかったから……僕に失望しちゃったのかな……?
…………! そうだ! オールマイトなら、何か知ってるかも!
「!? ちょっとデクちゃん! どこ行くの!? 次、移動教室だからもう行かないと遅れちゃうよ!」
「ちょっと職員室に行くから、先に行ってて!」
「緑谷君、廊下を走ってはいけないぞ!!!」
「うん、わかってる!」
飯田君に注意されたけど、急がずにはいられなかった。一刻も早くオールマイトに確認しないと!
「失礼します! オールマイトいますか!?」
勢いよく職員室に入って大声でオールマイトがいるか尋ねる。我ながら焦りすぎだと思うが、それを気にする余裕はなかった。
「ああ、緑谷少女。どうかしたのかな? もうすぐで次の授業が始まってしまうよ?」
オールマイトが奥から顔を出す。すぐそばまで行って指名について質問しようとする。
「ええと、ちょっとお聞きしたいことがあって……」
「……指名の件だろ?」
「!? は、はいそうです! どうしてそれを……?」
まだ話していないのに内容を当てられちゃった。本当にどうしてだろ?
「その件は私とナイトアイで話し合ったからね」
「オールマイトとナイトアイさんで!? どういうことですか!?」
「緑谷少女、今は説明する時間がない。放課後、時間あるかな? その時に説明するよ」
「……はい、わかりました」
「よし! さあ、早く行きなさい、授業に遅れちゃうよ?」
「は、はい! 失礼しました!」
時計を確認すると本当に時間がない。念のため持ってた次の授業の教科書や資料を持って、授業をする教室へと走っていった。
というわけでヒーロー名考案会でした! 出久の指名件数は『パワー系女性ヒーロー』は希少だから不安定さを考慮しても欲しがる事務所はあるのかなと思って5件のみですが入れました。さて、オールマイトとナイトアイはどんな話をして出久を指名しなかったのか……。お楽しみに! 今後も投稿頻度が遅れていくかもしれませんが、頑張って続けていくのでよろしくお願い致します!