「皆……土産話っひぐ……楽しみに……うう、してるっ……がら!」
「「「…………」」」
期末テストの翌日、教室の一角は暗い雰囲気に覆われていた。前日に行われた実技演習試験において1ーA生徒のうち、8組16名は試験をクリアできたが、芦戸・上鳴・切島・砂藤の4名は制限時間内にクリアできなかったため赤点が確定となっている。事前に周知されている通り、赤点は補習であるため彼らは林間合宿に行けず学校に残っての補習が決定した。
「まっまだわかんないよ。どんでん返しがあるかもしれないよ……!」
「緑谷、それ口にしたらなくなるパターンだ」
「試験で赤点取ったら林間合宿行けずに補習地獄! そして俺らは実技クリアならず! これでもまだわからんのなら貴様らの偏差値は猿以下だ!!」
「落ち着けよ、長え」
「ちょっと! 上鳴君髪わしゃわしゃするのやめて! ただでさえ癖毛で跳ねまくってるのに!」
「女子の髪に気安く触るなぁーーー!!!」
「ギャアアアア!?」
出久に慰められて発狂した上鳴が出久の頭をこねくり回すが、耳郎の怒りのプラグ攻撃で撃沈する。その様子を他のクラスメイトは呆れて見ていたが、普段おちゃらけてる上鳴が林間合宿に行けないことでメンタル的に相当参っていることは理解できていた。
「わかんねえのは俺もさ。峰田のおかげでクリアはしたけど寝てただけだ。とにかく、採点基準が明かされていない以上は……」
「同情するならなんかもう色々くれ!!」
「予鈴が鳴ったら席につけ」
上鳴がさらに情緒不安定になったところで相澤が教室にやってきた。静かになった教室に入ると淀みなく教壇に立ち、淡々とHRを始める。
「おはよう。今回の期末テストだが……、残念だが赤点が出た」
赤点だった4名が続けて言われるであろう『居残り補習』の言葉に悲痛の表情を浮かべる。
「したがって……林間合宿は全員行きます」
「「「「どんでんがえしだあ!!!!」」」」
しかし、相澤の発した言葉はまさかの『全員参加』。地獄から一転して天国へと導かれた4名は驚きと歓喜の声を上げ、芦戸は喜びのあまり咽び泣いていた。
「筆記の方はゼロ。実技で切島・上鳴・芦戸・砂藤、あと瀬呂が赤点だ」
「行っていいんスか俺らあ!!」
「確かにクリアしたら合格とは言ってなかったもんな……。クリア出来ずの人よりハズいぞこれ……」
4名は喜びを爆発させているが、一緒に名前を呼ばれた瀬呂は1人だけ気を落としていた。クリアとはいうものの、試験序盤で瀬呂はミッドナイトに眠らせられたため、試験そのものは峰田の独力でクリアしたようなものなので試験の結果としては妥当なものと言えた。
「今回の試験、我々
「本気で叩き潰すと仰っていたのは……」
「追い込む為さ。そもそも林間合宿は強化合宿だ。赤点取った奴こそここで力をつけてもらわなきゃならん。合理的虚偽って奴さ」
「「「ゴーリテキキョギィイー!!」」」
「またしてやられた……! さすが雄英だ!」
合理的虚偽。入学初日の体力テストでは『最下位を除籍する』として生徒を追い込み、その実力を発揮させようとした相澤の言葉であった。……もっとも、当初は必要と判断すれば本当に除籍させるつもりであったらしいが、生徒自身は知る由もない。
「しかし! 二度も虚偽を重ねられると信頼に揺らぎが生じるかと!」
「わあ、水差す飯田君」
「確かにな、省みるよ。ただ、全部嘘ってわけじゃない」
そう言って言葉を切り、はしゃぐ5人に目を向ける
「赤点は赤点だ。おまえらには別途補習時間を設けてる。ぶっちゃけ学校に残っての補修よりキツイからな」
「……!!」
「じゃあ、合宿のしおり配るから後ろに回してけ」
補習は事実であることを告げられた5人は顔を青くするが、林間合宿に全員行けることに変わりはないので和やかな雰囲気のままHRを終えた。
「まぁ、何はともあれ全員で行けてよかったね」
「一週間の強化合宿か!」
「けっこうな大荷物になるね」
「水着とか持ってねーや。色々買わねえとな」
「暗視ゴーグル」
「暗視ゴーグルとか何に使うのさ峰田君……」
配られたしおりを見て、生徒たちは荷物が色々と必要になることを知った。宿泊先の設備にもよるが、衣類だけでもなかなかの量になることが予想できた。
「あ、じゃあさ! 明日休みだし、テスト明けだし……ってことで! A組みんなで買い物行こうよ!」
A組きってのムードメーカー、葉隠がみんなに提案する。期末試験に向けて勉強と訓練を続けてきており、その試験が終わった解放感もあって葉隠の提案に多くのものが賛成した。
「おおお、良い! 何気にそういうの初じゃね!?」
「おい爆豪、おまえも来い!」
「行ってたまるか、かったりィ」
「……轟君も行かないの?」
「休日は見舞いだ」
「ノリが悪いよ! 空気を読めやKY男共ォ!!」
数名の者を除いて、クラスのみんなで買い物に行くことが決まり、明日を楽しみに家路へと向かった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
Side:Izuku
「ってな感じでやってきました! 県内最多店舗数を誇るナウでヤングな最先端! 木椰区ショッピングモール! 腕が6本のあなたにも! ふくらはぎ激ゴツのあなたにも! きっと見つかるオンリーワン!」
期末試験から解放されてテンションの高い芦戸さんが店員やCM顔負けの語り口調で木椰区ショッピングモールを説明する。県内最多店舗数の言葉通り、建物の規模はかなりの大きさであり全てを回ろうとすれば一日かけなければ難しいと思う。芦戸さんのテンションに引っ張られて他のA組メンバーもテンションが高まってきているのがわかる。もちろん、僕も!
「『個性』の差による多様な形態を数でカバーするだけじゃないんだよね。ティーンからシニアまで幅広い世代にフィットするデザインが集まっているからこの集客力なんだろうなあ。ブツブツブツブツブツ……」
「緑谷、幼子が怖がるぞ。よせ」
「はっ!? ごめん常闇君! つい興奮していつもの癖が……」
「デクちゃんのオタクトークってヒーローだけじゃなくてこういう時でも出るんやね……」
僕も期末試験まで勉強漬けでどこかに出かけるなんて久しぶりだからめちゃくちゃテンション上がってる! しかも……クラスの皆となんて今までなかったからそれだけで舞い上がっちゃうよ!
「お! アレ雄英生じゃん!? 1年!? 体育祭ウェーイ!!」
「うおお!? まだ覚えてる人いたんだぁ……!」
確か体育祭は5月上旬だったから、2ヶ月以上前になるのか。そこからの職場体験もあって濃密な学校生活だったからもっと前みたいな感じがしちゃうよ……。
「おい! あの子、地味系パワーガールいるじゃん!」
「意外にちっちゃいんだなあ。あんな顔だけど身体バキバキとか萌えるなおい!」
「握手とかしてくんねえかな? いや、いっそ断りのビンタとかでも良い!」
……なんか訳のわからないことを言ってる人たちがいる……。
「あの人達デクちゃんのファンなのかな?」
「なんか……不思議なことをおっしゃられてますわね……。緑谷さん、どういう意味なんでしょうか?」
「え〜っと、僕にもよくわからないかな……うん……」
八百万さんが純粋な興味で聞いてくるけど、そんなの僕にもわかる訳ないでしょ!
「ヤオモモは意味わからなくても良いから! それより早く買い物行こ! とりあえずウチ、大きめのキャリーバッグ買わなきゃ」
「あら、では一緒に回りましょうか」
「俺アウトドア系の靴ねえから買いてえんだけど」
「あー! 私も私もー!」
「靴は履き慣れたものとしおりに買いて……あ、いや。しかし、成程。用途に合ったものを選ぶべきなのか……!?」
「ピッキング用品と小型ドリルってどこ売ってんだ?」
皆、自分の見たいもの買いたいものがもう決まってるみたい。僕も色々あるけど……峰田君、昨日の暗視ゴーグルもだけどピッキング用品とか小型ドリルって何に使うのさ……。
「目的バラけてっし、時間決めて行動すっか!」
「さんせーい!」
「んじゃ3時にここ集合だ!」
「「「異議なーし!!!」」」
切島君が音頭を取って集合時間を決めると、皆は各々目的のものを探しに向かっていった。
「皆、行動早いね」
「今まで試験勉強で忙しかったからねえ、そりゃはしゃいじゃうよ!」
「麗日さんも?」
「もちろん! そういうデクちゃんもでしょ?」
「うん! こうやって友達と買い物に出かけるなんてあんまりなかったから……」
「そうなんや……。なら今日は思いっきり楽しまなきゃだね! 目指せ全店制覇!」
「そ、それは難しいかな……。でも、せっかく来たんだから楽しまなきゃね!」
そう言って麗日さんと笑い合う。入学してから……いや、試験の時から麗日さんには救けてもらってる。麗日さんと出会えて本当によかった。
「それじゃあ、僕らも行こうか。麗日さんはどこか行きたいところある? 僕はちょっと重めのウエイトリスト欲しいんだけど……」
「こんな時でもトレーニング道具なんやね。私はまず虫除けスプレー見たいな」
「あ、僕も欲しいかも。あるならドラッグストアになるのかな。じゃあ、先にそっち行こうか」
「あ、でもちょっとお金下ろしてきていい? 昨日下ろすの忘れちゃって……」
「いいよ。ここで待っとこうか?」
「ううん、先に行っておいて。私も後で向かうから」
「わかった。それじゃあ、先に行っておくね」
そう言って、麗日さんはATMまで走っていった。周りを見ると、本当にお客さんがいっぱいで目が回りそうになる。時間が経ったらもっと人が来るだろうからそろそろ動こうかな。
「あー! 雄英の人だ、スゲー! サインくれよ」
「へ!?」
不意に呼びかけられて振り返ると、フードを被った全身黒づくめの男の人が笑いながら近くに来ていた。
「君アレでしょ。確か体育祭でボロボロんなってたよな!?」
「わああ……は……はい」
すごいな雄英……。やっぱりたくさんの人に見られて覚えられてるんだ……。
……ん? ちょっとこの人、いきなり肩組んで来るなんてちょっと馴れ馴れしい……。
「んで確か、保須事件の時にヒーロー殺しと遭遇したんだっけ? すげえよな!」
「よくご存知で……。そ、その、ちょっと肩組むのはちょっと……」
「いや本当に信じられないぜ。こんなとこで
「……?」
「ここまでくると何かあるんじゃって思うよ。運命……因縁めいたもんが……」
な、なんで……こいつがここに……ショッピングモールにいるんだ!?
「まあでも、おまえにとっては雄英襲撃以来になるか。……お茶でもしようか、緑谷出久ちゃん」
死柄木弔……!
―――――――――――――――――――――――――――――――――
Side:Tomura
適当に歩いて何となく来てみたが、何も面白くねえな、木椰区ショッピングモール。
『信念なき殺意に何の意義がある』
見てみろよ、ヒーロー殺し。大多数の人間は対岸の火事と……いや、そうとすら思っちゃいないぞ。どこで誰が……どういう思いで人を殺そうがこいつらはヘラヘラ笑って生きてるぞ。
「うっわコレ良いのかよ……!」
「ヒーロー殺しだ! ぜってー問題になるっしょコレ」
声がした方へ目を向けると、趣味の悪い雑貨屋でガキどもが
『生きにくいです! 生きやすい世の中になってほしいものです! ステ様になりたいです! ステ様を殺したい! だから入れてよ弔君!』
『ヒーロー殺しの意志は俺が全うする』
一方でおまえの思いとはおよそ程遠いところでおまえのシンパが生まれてる。昨日来た餓鬼と礼儀知らずもそうだ。何なんだ? やってることは同じだろう。俺も……おまえも……結局気に入らないものを壊していただけだろう?
何なんだ? 一体何が……。
そんなことを考えながら歩いていると見たことのある顔が見えた。
雄英襲撃以来、ことある毎に俺をイラつかせる原因……緑谷出久!
――――――――――――――――――――――――――――――
Side:Izuku
「自然に……旧知の友人のように振る舞うべきだ。いっそカップルのようでも良いかな。決して騒ぐなよ? 落ち着いて呼吸を整えろよ。俺はおまえと話がしたいんだ、それだけさ。少しでもおかしな挙動を見せてみろよ?」
肩に回されていた手がいつの間にか僕の首を掴んでいる。こいつの手は……!
「簡単だ。俺の五指が全てこの首に触れた瞬間、喉の皮膚から崩れ始め……1分と経たないうちにおまえは塵と化すぞ」
掴まれた感触からすると確かに中指だけが首に触れていない。そうか、こいつの個性の発動条件はそういうことか! ……怖い! けど、こいつの目的がわからない以上、できるだけ情報を引き出さないと……!
「……わかった、言う通りにするよ。どうすればいい?」
「おお、話が早くて助かるよ。流石に俺もいくら俺達の邪魔をしてムカつくとはいえ人ゴミのど真ん中で女子を崩壊させたくはないからな」
「……い、意外とフェミニストなんだね」
「今は純粋に褒め言葉として受け取ってやるよ。そうだな、その辺に座って……まったり話そうじゃないか……」
そう言って、促されて近くのベンチに腰掛ける。知らない人からしたら一応カップルが並んで座っているように見えるのかな? ……何でこんな時にかっちゃんの顔が思い浮かぶんだ!? 確かにこいつよりはマシだけど!
「さてと……何から話すかな。だいたい何でも気に入らないんだけどさ、今一番腹が立つのはヒーロー殺しさ」
「仲間じゃないのか……?」
「俺は認めちゃいないが、世間じゃそうなってる」
思っていたことと違う。ニュースじゃヒーロー殺しと
「問題はそこだ。ほとんどの人間がヒーロー殺しに目が行ってる。雄英襲撃も保須で放った脳無も……全部奴に食われた。誰も俺を見ないんだよ、何故だ? いくら能書き垂れようが、結局奴も気に入らないものを壊していただけだろう? 俺と何が違うと思う? 緑谷……」
死柄木の問いはヒーロー殺しや世間への苛立ちは確かにあるけど、純粋な疑問……理由を知りたがっているように感じた。
ヒーロー殺しと死柄木の違い……。2人と触れ合ったことがあるのは……短い時間だけど僕だけ……。
何が違う……。
『正さねば……誰かが血に染まらねば……!』
『『
「……僕は……おまえのことは理解も納得も出来ない……。ヒーロー殺しは納得はしないけど……理解はできた……」
ヒーロー殺しにとって……彼にとって、あるべきヒーロー像は……『オールマイト』……。
「僕もヒーロー殺しも……始まりは……オールマイトだったから……。僕はあの時救けられた……。少なくともあいつは壊したいが為に壊してたんじゃない。……徒に投げ出したりもしなかった。やり方は間違ってても、理想に生きようとしてた……んだと思う」
それが……ヒーロー殺しと会って感じた僕の印象だった。『ヒーロー』自体が憎いのではない。現代に普及している『ヒーロー制度』を嫌悪している、そんな風に感じた……。
死柄木は……どう反応する……?
ゾワ……!?
何だ……! この怖気は……!
「ああ……何かスッキリした、点が線になった気がする。何でヒーロー殺しがムカつくか……何でおまえが鬱陶しいか、わかった気がする。……全部オールマイトだ」
恐る恐る死柄木の顔を見ると……!
何だ、この表情は……! 笑ってはいるけど、明るさは微塵も感じない……暗い喜びの感情……。
「そうかあ……そうだよな、結局そこに辿り着くんだよ。ああ、何を悶々と考えていたんだろう俺は……! こいつらがヘラヘラ笑って過ごしているのも、
「ゔっ……!」
少しずつ掴んでいる手に力が入ってきている……く、苦しい……!
「救えなかった人間などいなかったかのようにヘラヘラ笑ってるからだよなあ!! ああ、話せて良かった! 良いんだ! ありがとう緑谷! 俺は何ら曲がることはない!」
「ぐっ……うっ……」
力がさらに強く……息が……!
「っと暴れるなよ! 死にたいのか? 民衆が死んで良いって事か?」
「……!!」
「皮肉なもんだぜヒーロー殺し! 対極にある俺を生かしたおまえの思想・信念、全部俺の踏み台となる!」
ぐっ……このままじゃ……!
「デクちゃん?」
「「!?」」
不意に聞こえた麗日さんの声に僕と死柄木がそちらの方を見る。麗日さんは僕達を見ながらゆっくりと状況を確かめるように話しかけてくる。
「お友達……じゃないよね……? 手放して? でないと……人を呼びますよ?」
人……今呼ばれると死柄木がどう動くかわからない!
「なっ! 何でもないよ麗日さん! 大丈夫! だから! 来ちゃ駄目……!」
「連れがいたのか、ごめんごめん。可愛いからつい話がしたくてね」
死柄木が心にもないことを言いながら掴んでいた手を放し、立ち上がってその場を離れようとする。
「じゃあ行くわ。追ったりしてきたら……わかるよな?」
「ゲホッ! ゴホッ! 」
「デクちゃん大丈夫!?」
「待て……死柄木……。『オール・フォー・ワン』は何が目的なんだ」
「え? 死柄木……って……」
死柄木の名を聞いた麗日さんの表情に緊張が走る。敵連合のリーダーであることはニュースで知れ渡っているし、襲撃されたA組生徒である麗日さんも当然知っている。
「……知らないな。それより、気をつけとけな。次会う時は殺すと決めた時だろうから」
そう言い残して、死柄木は人ゴミに紛れていった。
「もしもし警察ですか!? 敵が! 今っ、はいっ! えっと木椰区ショッピングモールです! すみません! ヒーロー呼んでください!」
麗日さんが警察とヒーローを呼ぶ声が聞こえてくる中、僕は咳き込みながら死柄木の言葉を反芻した。
『全部オールマイトだ』
死柄木……それにAFO、一体何をする気なんだ……。
「ふむ……聞く限り、連中も一枚岩じゃないみたいだな」
僕は今、警察署でオールマイトの友人である塚内さんから事情聴取を受けている。
麗日さんの通報によりショッピングモールは一時的に閉鎖。区内のヒーローと警察が捜索にあたるも結局見つからなかった。やってきた警察の中に塚内さんがいたので聞いてみると、『雄英襲撃』・『保須事件』があったことで警察は敵連合に対し特別捜査本部を設置して捜査にあたっているらしく、塚内さんもその一員とのことだった。
「オールマイト打倒も変わらず……といったとこかな」
「はい、ただ……敵連合と言うよりは死柄木個人の恨み・怨恨のように感じました……」
「なるほど……。直接話をした者の意見として記録に残しておこう。とりあえず、これで以上だ。ありがとう、緑谷君」
「あ、いえ。僕が引き止められていれば……よかったんですけど……」
そう言いつつ、あれ以上できることは他に思い浮かばなかった。死柄木に拘束されて動けなかったけど、それによって他の客が人質に取られることがなかったのはあの状況においては最善とはなくてもベターな方法であったと思う。
「いやいや! むしろ市民と自分の命握られながらよく耐えたよ。普通なら恐怖でパニックになってもおかしくない。犠牲者ゼロは君が冷静でいたおかげだ」
塚内さんがそう言ってくれたことも事実であったので、そのまま自分を納得させた。
「緑谷少女! 塚内君!」
聴取を終えて警察署の外へ出ると、トゥルーフォーム状態のオールマイトが待っていた。
「おお、良いタイミング」
「オールマイト! 何で……」
「個人的な話があってね」
「良かった、無事で何よりだ。……救けてやれなくてすまなかったな……」
「いえ……」
オールマイトが安心させるように笑いかけながら、頭を小さく叩いてくれる。
『救えなかった人間などいなかったかのようにヘラヘラ笑ってるからだよなあ!!』
死柄木の言葉が不意に思い出される。……オールマイトでも、間に合わなかった、救えなかったことってあるのかな?
「……オールマイトも、救けられなかった事はあるんですか……?」
「…………あるよ、たくさん」
一瞬考えてから、オールマイトはゆっくりと答えた。やっぱり……オールマイトでも……。
「今でも……この世界のどこかで、誰かが傷つき倒れてるかもしれない。悔しいが私も人だ。手の届かない場所の人間は救えないさ……」
「そう……ですか……」
「だからこそ、笑って立つ」
「え?」
「『正義の象徴』が人々の……ヒーローたちの……悪人たちの心を常に灯せるようにね」
「オールマイト……」
完全無欠に思えたオールマイトでも救けられなかったことはある。それでも……『平和の象徴』として、人々やヒーロだけじゃなくて……敵のことも考えていたなんて……。
「死柄樹の発言を気にしてる」
「?」
「多分逆恨みかなんかだろうさ。彼が現場に来て、救えなかった人間は今まで1人もいない」
塚内さんがオールマイトのことを誇らしげに語っている。どんな経緯が会って知り合ったかはわからないけど、2人は本当に親友なんだな……。
「さァ、遅くなってしまった。お迎えだ」
「?」
そう言う塚内さんが見た方向に目を向けると……。
「出久!」「出久ちゃん! 大丈夫!?」
「お母さん!? 光己さん!?」
お母さんはともかく、何で光己さんもいるの!?
「警察から引子ちゃんに連絡があってね。気が動転しちゃって私に電話してきたから一緒にきたのよ、勝さんの運転でね」
「出久……もうやだよ。お母さん心臓持たないよ……」
「ごめんね、大丈夫だよ。何ともないから泣かないでよ。ヒーローと警察がしっかり守ってくれてるよ」
そう言ってお母さんと抱き合う。雄英に入ってから心配かけっぱなしだな……。もっとしっかりしなくちゃ!
……それよりも、光己さんも勝さんも来てるってことは……。
「……何ともないんか?」
「かっちゃん……来てくれたんだ……」
「ああ、ババアに連れられて無理やりな」
「母親をババア呼ばわりすんじゃないわよ!」
「うるっせえな! 外でギャアギャア言うんじゃねえ!」
「あ、あははは……」
相変わらずだな、かっちゃんと光己さん……。
「てめえのクソ力で足でも折ってやれば良かったんだよ」
「そ、それは……」
「公共の場での個性使用は制限されている。正当防衛の際はその限りではないが相手は狡猾な敵、隙を窺って緑谷少女に近づいたんだ。今回のことは仕方ないことだ」
「ちっ! ……何でリカバリガールの助手のアンタがここにいるんだ?」
かっちゃんがオールマイトを見て訝しむ。そうだった! かっちゃんとこの姿のオールマイトは体育祭の時会ってるけど、正体は知らないんだった!
「え、え〜っと、その、帰り道がこの辺りだったから様子を見てくるよう先生方に言われてね! うん!」
「……そうかよ」
流石に苦しい言い訳だったけど、うまく誤魔化せた……のかな? かっちゃん勘がいいからバレてないと良いけど……。
「三茶、送る手配を」
「ハッ!」
「勝己、アンタは引子さん・出久ちゃんと一緒にパトカーに乗りなさい。勝さんと私は後を追っていくから」
「光己ちゃん」
「光己さん……」
「もし万が一何かあっても、こんなバカでも盾にはなれると思うから」
「バカとはなんだバカとは! 盾どころか矛にも大砲にでもなってやるわクソババア!」
「だからババアっていうんじゃないよこのクソガキ!」
「ふ、2人とも、あんまり外で喧嘩は……」
ま、勝おじさんも相変わらずで良かった……。
塚内さんが手配してくれたパトカーで僕達は家路へとついた。警察官2人が運転席と助手席、お母さんが運転席の後ろで真ん中に僕、助手席の後ろにかっちゃんの並びだ。もう夜の7時過ぎ、本来の予定なら5時くらいに家に帰ってるはずだったけど、事件の事後処理と事情聴取でかなり時間が経っちゃった。
今日あったことを思い返すと、死柄木に殺されていてもおかしくなかった。その事実に今更ながら身体が震えてくる。お母さんに知られると余計に心配させるから、少しだけかっちゃんの方に寄る。
最初かっちゃんは怪訝な顔をしたけど、僕の手が少し震えているのがわかると小さく舌打ちをしただけで何も言わなかった。
左に寄ったことでかっちゃんの右肩が触れるか触れないかの距離になり、かっちゃんの体温がほんの少し感じられるようになった。
かっちゃん、暖かいな…………。
その暖かさにもっと触れたくなってかっちゃんの右手に左手を伸ばそうとしたが、すぐに思い直す。
いきなり、こんなことされたら……かっちゃん嫌がるかな?
そんな風に左手を彷徨わせていたら、急に上から握られた。驚いて左手を見るとかっちゃんの右手が重ねられている。続けてかっちゃんを見るとこちらに視線を合わせずに正面をずっと見ていた。
かっちゃん……心配してくれてるのかな?
触れる右手から熱がゆっくりと伝わり、恐怖で凍えていた心が徐々に暖められていった。
「勝さん、光己ちゃん、勝己君ありがとう!」
「いいのよ、引子ちゃん。いつでも頼ってくれて。何かあったらまた連絡してね」
「僕らで良かったら手を貸すからさ」
「勝さん、光己さん、送ってくれてありがとうございました」
「出久ちゃんもいつでも救けるからね」
「大変だと思うけど、頑張ってね」
かっちゃんの両親にお礼を言ってかっちゃんの方を向く。さっきのことを思い出して急に恥ずかしさが湧いてくるけど、それを抑えてかっちゃんにもお礼を伝える。
「かっちゃんも……ありがとう」
「……おう」
「それじゃあ、私達ももう行くわ。戸締り気を付けてね」
そうして、かっちゃん達も自宅へと帰っていった。僕らを乗せたパトカーはかっちゃん達が家に着くのを見届けてから警察署に戻るとのことでそのまま後を付いていった。
「さあ、早く入りましょ、疲れたでしょ」
「うん、ごめんねお母さん。時間こんなにかかっちゃって」
「ううん、いいのよ。それにしても……今度の林間合宿どうなるかしら?」
「休み明けに先生から何かあるかも」
実際にどうなるかわからないからそう言うしかなく、林間合宿の行方に想いを馳せながら自宅に入っていった。
というわけで第36話でした! 死柄木との二度目の邂逅となりましたが、いかがでしたか? 原作では常にイライラを撒き散らしてましたけど、出久が女子だったら多少なりともこんな反応になるかなと思って書いてましたw かっちゃんのサプライズ送迎はこの世界線での引子さんと光己さんの関係性なら全然アリと思いました。そして、問題?の手繋ぎですが……かっちゃんも出久との距離や関係性を掴みかねてます。普段なら突っぱねますが、その日の出来事を考えて『手を掴んでやっている』くらいのメンタリティーで通してますw さて、次でいよいよ『林間合宿編』本番です! ここから物語が大きく、本当に大きく動きますので、楽しみにしていただけたらと思います。今後も応援よろしくお願い致します!