「返せ? 妙な話だぜ。爆豪君は誰のモノでもねえ、彼は彼自身のモノだぞ!! エゴイストめ!!」
「返せよ!! ぐっ!?」
何らかの手段……個性で勝己をビー玉状に閉じ込めた敵『Mr.コンプレス』は勝ち誇った様子で出久達を挑発するように言葉を放つ。出久は勝己を返すよう声を荒らげるが、折れている両腕の痛みで苦悶の声を上げる。
「どけ!」
パキパキ……! バッ!
木の枝に乗るMr.コンプレスに向けて轟は氷結を放つが、Mr.コンプレスは軽い身のこなしで氷結をあっさり避けた。
「『それだけじゃないよ』と道を示したいだけだ。今の子らは価値観に道を選ばされている」
「……! 爆豪だけじゃない……常闇もいないぞ!」
立っていた木の枝からさらに高い場所へ移動するMr.コンプレスに注意しながら障子が後ろを確認すると常闇の姿も見えなくなっており、勝己だけでなく常闇も敵の手に渡ったことが判明する。
「(後ろ2人を音もなくさらったってのか、どういう『個性」だ……!!?)わざわざ話しかけてくるたァ……舐めてんな」
「元々エンターテイナーでさ、悪い癖さ。常闇君はアドリブで貰っちゃったよ。ムーンフィッシュ……『歯刃』の男な。アレでも死刑判決、控訴棄却されるような生粋の殺人鬼だ。それをああも一方的に蹂躙する暴力性、
轟の問いに2人を閉じ込めたであろうボールを手で玩びながら2人を奪った理由を楽しそうに語る。わざわざボールが見えるように扱う様は本人が言うようにまさにエンターテイナーと言えた。
「この野郎!! 貰うなよ!」
「緑谷、落ち着け!」
「麗日、こいつ頼む!」
「え、あ、うん!」
激昂する出久を障子が落ち着かせる中で、轟は抱えていた円場を麗日に託して更なる攻撃を加えた。
ズオッ!! パキパキパキ……!!
体育祭での出久戦、勝己戦に匹敵するほどの特大の氷結を放つ。並みの敵ならそれだけで勝敗が決まるほどの威力があった、……Mr.コンプレスはそれをあっさりと躱していた。
「悪いね、俺ァ逃げ足と欺くことだけが取り柄でよ! ヒーロー候補生なんかと戦ってたまるか。……開闢行動隊! 目標回収達成だ! 短い間だったがこれにて幕引き!! 予定通り、この通信後5分以内に『回収地点』へ向かえ!」
空中へ避けた体勢のまま、耳元に手をあて襲撃した仲間へ撤収の指示を出した。
「幕引き……だと」
「ダメだ……!! っ……!?」
バッ!
撤退指示を出したMr.コンプレスは出久達に別れのハンドサインを送ってから木の上から『回収地点』へ向かっていった。
「させねえ!! 絶対逃すな!!」
轟の声で出久達は勝己達を奪い返すべくMr.コンプレスを追っていった。
「ちくしょう速え! あの仮面……!」
「飯田君いれば……!」
出久達は必死でMr.コンプレスを追いかけるが、木の上を移動しているにもかかわらずMr.コンプレスの移動速度は早く出久達は徐々に引き離されていった。
「…………! 諦めちゃ……ダメだ……!! っ……! 追いついて……取り返さなきゃ!」
「しかし、このままでは離される一方だぞ」
障子に背負われた出久が両腕に痛みに耐えながら言葉を紡ぐ。苦しそうな表情の出久を心配しながら障子が不利な現状であることを指摘するが、苦悶の表情のまま出久がその場にいる者に打開策を伝えた。
「麗日さん!! 僕らを浮かして、早く!」
「!」
「そして、浮いた僕らを蛙吹さんの舌で思いっきり投げて! 僕を投げられる程の力だ! すごいスピードで飛んで行ける! 障子君は腕で軌道を修正しつつ僕らをけん引して! 麗日さんは見えてる範囲でいいから奴との距離を見計らって解除して!」
「成程、人間弾か」
「待ってよデクちゃん。その怪我でまだ動くの……!?」
「(確かに……こいつもう気を失っててもおかしくねえハズだぞ……)お前は残ってろ。痛みでそれどころじゃあ……」
出久の出した案に障子が賛同の意を示すが、出久の怪我の状況を危惧した麗日が戸惑いの声を上げる。轟も出久に留まっておくよう言葉をかける。だが……。
「痛みなんて知らない。動けるよ……早くっ!!」
「「「「……」」」」
4人は出久の身体を心配したが、痛みで意識が朦朧としているはずなのに鬼気迫る表情で語気を強める出久にその場にいる何も言えず、出久の作戦を実行することにした。
「わかった……! 皆、固まって! デクちゃん、せめてこれで腕と胸を……!」
「胸なんて今はどうでもいいよ! 早く!」
「……わかった! ……よし、いいよ梅雨ちゃん!」
「おっ」
「お」
一旦走るのをやめて出久の両腕に上着と木の枝を使って添え木にする。その後出久、轟、障子を横並びにして麗日の個性『
「必ず2人を救けてね」
「おっおおおお……」
巻き付けた舌を個性を生かした力で十分に加速をつけて3人をMr.コンプレスへ目掛けて投げつけた。
グググ……ヴォン!!
「おおおおおお!?」
「!?」
急激な加速度に轟と障子が驚愕の声を上げながらどんどんMr.コンプレスに迫っていく。その声を不思議に感じてMr.コンプレスは後ろを振りむき……。
「あれ? まだこんだけですか?」
回収地点にやってきた少女、トガヒミコが疑問を口にする。Mr.コンプレスの合図に従ってきたが、襲撃に来た当初のメンバーより数が少ないことを不思議に感じていた。
「イカレ野郎、血は採れたのか? 何人分だ?」
「1人です」
長身痩躯で腕と顔の下半分が焼けただれたツギハギになっている敵、荼毘はトガヒミコの疑問には答えず逆に質問を返す。質問を返されたトガヒミコは己の質問に答えがなかったことに気にせず荼毘の問いに答えた。
「1人ィ!? 最低3人はって言われてなかった!?」
「仕方ないのです。殺されるかと思った」
トガヒミコの答えに全身を黒いタイツに身を包んだ敵、トゥワイスがテンション高めに新たに問い返すが、それにトガヒミコはウザがらずに律儀に答えた。
「つーかよ、トガちゃんテンション高くねえか!? 何か落ち込むことでもあったのか!?」
「お友達ができたのと、気になる女の子がいたのです」
「それ俺!? ごめんムリ!! 俺も好きだよ! ……ん? 女の子? トガちゃんも女の子だよね?」
「恋に性別は関係ないのです♪ 今どきそんなこと言うのは『じぇんだーばいあす』ってことでよくないですよ!」
「お、おう……なんかごめん」
「うるせえな、黙って……!」
妙なところに着地しそうなトゥワイスとトガヒミコの会話に荼毘が黙るよう声をかけようとしたところで上空からその場所へ何かが向かってくる音が聞こえてきた。
「オオオオオ!?」
ズドオン!!
衝撃音が響き、そこに荼毘達が目を向けると地面に叩きつけられたMr.コンプレスと彼を叩きつけた出久、轟、障子の姿があった。
「知ってるぜこのガキ共!! 誰だ!?」
「
「!
状況を理解した荼毘が出久達に攻撃すべくMr.コンプレスに避けるよう指示を出し、意図を察したMr.コンプレスがそれに答える。
ドアッ!!
蒼色の炎が荼毘の手から放たれる。地面に伏していたMr.コンプレスは個性で自らをビー玉状に変えて炎を回避し、ほぼ同じ場所にいた3人を放たれた蒼炎が襲う。
「うあ゛あ゛っ!!!」
「ぐあっ!?」
「緑谷! 障子!」
かろうじて轟は躱したが、出久と障子は直撃は避けたものの身体の一部に炎を浴びてしまう。
「死柄木の殺せリストにあった顔だ! そこの地味ボロちゃんとおまえ! なかったけどな!」
「チッ!!」
「熱っつ!!」
出久達に気を取られた轟の隙をついてトゥワイスが襲い掛かるが、なんとか反応して氷結を放つ。トゥワイスもおどけるようでいて氷結をあっさり躱し、手にしたメジャーで氷を切断しながら轟を攻め立てる。
「トガです出久ちゃん!」
炎を受けてのけぞる出久にトガヒミコが襲い掛かる。注射針を投げつけられて出久は何とか避けるが、その隙に接近を許しマウントポジションを取られてしまう。
「さっき思ったんですけどもっと血出てた方がカッコよくてカァイイよ出久ちゃん! あと、女の子がそんなに胸見せびらかしちゃダメ!」
「はあ!!?」
馬乗りにのしかかり出久の容姿を褒めながらナイフを振りかぶるトガヒミコに出久は困惑と驚愕の声を上げる。
「緑谷!」
「きゃあ!?」
ナイフが振り下ろされる寸前で障子がトガヒミコを弾き飛ばす。飛ばされた体勢を整えて地面に着地するとさきほどまでの笑顔は消えて冷徹な表情で2人を見据えた。
「そうですか。邪魔するんですか。あなた少しも好みじゃないけど……刺してあげます」
「くっ! イカれてるな!」
殺気を放つトガヒミコに出久と障子は警戒を強める。視界の端では轟とトゥワイスが対峙しており、混戦模様となっていた。
「いってて……とんで追ってくるとは! 発想がトんでる」
「爆豪は?」
個性を解いて立ち上がりオヤジギャグを言いながらMr.コンプレスは荼毘の方へ歩いていく。荼毘は襲撃の目的の一つである勝己を確保できたかMr.コンプレスに尋ねた。
「もちろん。…………!?」
荼毘にそう答えながら右ポケットに手を入れて勝己と常闇を確保した球を探すが、なかなかそれが手に付かない。それを不審に思っていると障子が出久達に呼びかけた。
「2人とも逃げるぞ!!
「障子君!!」
「ホホウ! あの短時間でよく……! さすが6本腕!! まさぐり上手め!」
障子が左手を掲げるとMr.コンプレスが持っていた2つの球がしっかりと握られていた。Mr.コンプレスは奪われたにも関わらず障子の手際を純粋に褒め称えた。
「っし! でかした!」
障子の言葉に轟も反応し、トゥワイスに向かって離脱前の最後の氷結を放って出久達とともに逃げようとする。
「アホが……」
「いや待て」
逃げる出久達へ向けて炎を放とうとする荼毘をMr.コンプレスが制止する。怪訝な表情で荼毘はMr.コンプレスを見るが、視線を出久達へ向けるとその理由が分かった。
「!?」
「こいつは、脳無!?」
「こっちだ!」
出久達の逃げる先へ荼毘が死柄木から預かっていた脳無が現れた。ここに来るまでにいくつもの戦闘をしてきた3人に脳無を攻略する手立てはなく、逃げる方向を転換する。……が。
ゾア……!
「こいつは!」
「USJにいた!」
「ワープの……!」
出久達の前にワープゲートの個性を持つ敵、黒霧が立ちはだかった。黒霧と対峙すれば逃げるのは容易ではない。出久達は挟み撃ちに形にされ、その場に立ちすくんでしまう。
「合図から5分経ちました。行きますよ、荼毘」
「まて、まだ目標が……」
「ああ……アレはどうやら走り出す程嬉しかったみたいなんでプレゼントしよう」
だが、正面に立つ黒霧は出久達を襲うわけでもなく、荼毘達に撤退するよう促す。その言葉に出久達だけでなく荼毘も困惑するが、それに対してMr.コンプレスが答えを示した。
「悪い癖だよ。マジックの基本でね、モノを見せびらかす時ってのは…………
「ぬっ!!?」
そう言いながらマスクをはずし、口に含んだ球を出久達に見せる。それと同時に障子が持っていた球から轟が出した氷の塊が現れた。
「氷結攻撃の際に『ダミー』を
「(圧縮して閉じ込める的な『個性』か!!?)くっそ!!!」
そう言ってMr.コンプレスは楽し気に種明かしをしてマスクを被り直した。出久はすぐさまMr.コンプレスに向き直るが、Mr.コンプレスはすでに黒霧のワープゲートの中に入っていて姿が消えるまであと数秒といったところであった。
「女の子がそんな汚い言葉言っちゃあいけないよ? そんじゃー、お後がよろしいようで……ガッ!?」
ショーを終えたマジシャンが客席へ向けて礼をするようにお辞儀したところで不意にMr.コンプレスの顔に強烈な光線が当たる。その衝撃で口に含んでいた球が宙に弾き出される。
「「!」」
「! ぐっ!?」
その光景を見て3人は球を掴むべく走り出すが、出久は折れている両腕の痛みでバランスを崩してしまう。
宙に飛んだ球に轟と障子が手を伸ばす。障子が1つを掴み、もう1つも轟が掴める。……そう思った瞬間。
轟が掴むより、障子の伸ばした複製腕が掴むより一瞬早くワープゲート内の荼毘が残りの球を掴んだ。
「哀しいなあ、轟……焦凍。確認だ、『解除』しろ」
「っだよ今のレーザー……俺のショウが台無しだ!」
届かなかった轟を嘲笑ってから荼毘はMr.コンプレスへ個性を解除するよう指示する。顔に攻撃を受けたことに忌々しげに文句を言いながら指を鳴らして個性を解除する。その途端、障子の掴んだ球から常闇、荼毘の掴んだ球から勝己が現れた。
「問題なし」
荼毘に首を掴まれた勝己は抵抗できず、ワープゲートが間もなく閉じようとしていた。
「かっちゃん!!」
「デク! 来んじゃねえ! 逃げろ!」
勝己は己の身を省みず自分を救けようとする出久に逃げるよう叫ぶ。
………だが。
「かっちゃーん!!!」
出久は力を振り絞って右足で地面を蹴ってワープゲート目掛けて飛び込んだ。蹴った瞬間に無意識にOFAが発動していたのか、通常より遥かに速いスピードで前方に飛び出した出久は……ワープゲートの中に吸い込まれるように姿を消した。
「……緑谷!? 爆豪!?」
「緑谷は!? そんな!?」
「デクちゃーん!! 轟くーん!! 障子くーん!!」
「出久ちゃん! 轟ちゃん! 障子ちゃん!」
立ち竦んでいる轟達に遅れてやって来た麗日、蛙炊が呼びかける。2人は轟と障子の側まで着くと出久の姿が見当たらないことに気付く。
「轟君、デクちゃんは!? 爆豪君は!?」
「常闇ちゃん! 無事みたいね」
「……」
「轟君! デクちゃんは!? 爆豪君もどこなの!?」
「……2人とも、連れてかれちまった……」
麗日の問に轟は力なく答えた。正確には出久は自ら飛び込んでいったのだが、結果としては同じだった。
「!? そんな!? なんで!? どうして!? 轟君が、障子君がいたのに!? デクちゃん大怪我してるのに!?」
「お茶子ちゃん、落ち着いて」
轟に声を荒らげる麗日の肩に蛙吹が落ち着くよう肩に手を置きながら声をかける。
「梅雨ちゃん! でも……デクちゃんが、爆豪君が……!」
「私も2人も事が心配よ。でも、今すべきことは轟ちゃんを責めることじゃなくてこのことを早く相澤先生達に伝えることだわ」
そう話す蛙吹の手が震えていることに麗日は気づいた。彼女もなんとか感情を抑え、冷静でいようと努めているのだった。
「蛙吹の言う通りだ。それにまだ敵の残党がいるかもしれない。早く施設に戻るぞ」
「うん……。ごめんね轟君。当たっちゃって……」
「いや、いいんだ……」
蛙吹と障子にたしなめられて麗日も落ち着きを取り戻した。彼女も轟達を責めても仕方ないことは頭では理解していたが、雄英に入学して以来の親友がさらわれたことでひどく動揺してしまったのであり、それもまた無理からぬことだった。
「行こう麗日さん☆ 彼は僕達が運ぶよ☆」
「うん…ありがとう、青山君」
「……僕は何もできなかったからね……」
意識の戻らない円場を預かりながら青山がそう答える。普段の飄々とした雰囲気がこの時はみじんも感じられなかった。その後、轟達6人で気絶している円場、近くの茂みで気を失っていた耳郎・葉隠達を抱えて周囲を警戒しながら施設へと向かった。
「轟! 麗日!」
「皆大丈夫か!?」
「お前ら怪我はないか!?」
「君達、B組の皆は見なかったかい!?」
施設に戻るとブラドキングと飯田・切島・物間が建物の入り口に立っていた。避難してきた生徒を誘導しており、すでに何人かは自力で避難しているようだった。
「俺達は軽傷です。ただ、こいつらがガス吸ったみたいで気を失ってます」
「耳郎! 葉隠!」
「円場!? 大丈夫か!?」
「……! わかった、中に運んでくれ。あと少ししたら警察と救急車が到着する。それまで待機だ」
「飯田君、切島君! ずっと外にいたの!?」
「ああ、俺の硬化と飯田、物間の個性で近くに来た奴を守りながらすぐに中に入れられるようにブラドキング先生に頼んだんだ!」
「轟君、麗日君! 緑谷君と爆豪君は!?」
飯田の言葉に轟達の表情が歪む。それを見たブラドキング、飯田、切島は最悪の事態が起こったことを知った。
「……緑谷と、爆豪はさらわれてしまいました……」
「……わかった。お前らも中に入ってろ。敵がまた来るかもしれん」
「敵は撤退していきました。私達も残党に警戒して戻ってきましたが周囲にはいませんでした」
「そうか。……イレイザー!」
ブラドキングの声に轟達が振り向くと骨抜、黒色を担いだ相澤が塩崎を背負った小大と共に森の中から出てきた。
「お前ら無事か!?」
「はい! 敵はもう撤退したけど、残党はまだいるかもしれません! でも、デクちゃんと爆豪君が……」
「……わかった。後で詳しく教えろ。今は他の者を保護するのが先だ」
「相澤先生、私達は……」
「お前らは中に入ってろ。切島はブラドとそのままここで避難してくる奴を誘導しろ。何かあればブラドの指示に従うんだ。飯田は俺と来い」
「わかりました。皆、早く中へ! 気を付けるんだぞ!」
「うん! 飯田君も気を付けて!」
麗日の声を背に相澤と飯田は共に他の生徒の保護に向かった。誰もが悲痛な表情を浮かべていた。
雄英高校ヒーロー科一年の林間合宿は予期せぬ最悪の結果で幕を閉じた……。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
Side:Izuku
ダンッ!!! ガンッ!! ドガッ!
「ぐあっ!?」
「ぐっ!?」
「うおおっ!?」
小さくなったワープゲートになんとか突っ込んだ先で誰かにぶつかる。両腕が折れてて受け身が取れないから勢いそのままに何回転かしてようやく止まった。仰向けで痛みに顔を顰めながら周囲を見ると、ちょっと薄暗い室内……小洒落たバーみたいな印象を受けた。
「ぐぅ…! かっちゃん!? ぐあっ!?」
かっちゃんを探そうと起き上がろうとしたら誰かにのしかかられる。上を見るとさっきの女の子にまたしても馬乗りにされていた。なんとかどかそうとするがそれを防ぐように顔の前にナイフをかざされた。
「動かないで出久ちゃん! 凄いね、こんなになってるのにここまで来るなんて……」
「き、君は一体……!?」
「デク!? このバカが! また無茶して突っ込んで……ぐっ!?」
「クソォ……何がどうなってやがる……」
「この子ここまで来たの!? 正気じゃないわ!」
「まさか……自ら突っ込んでくるとは思いませんでした……」
周囲でかっちゃんと何人かの知らない声が聞こえる。ここは敵連合のアジトだろうからいるのは間違いなく連合のメンバーだ。クソ! 早く逃げなきゃいけないのに身体の痛みと痺れで動けない!
「おいおい……帰って来るのにこんなに騒がしくしなきゃいけねえのか、お前らは……」
この声は……! 視線を声がした方へ向けると……敵連合のリーダー、死柄木の姿が見えた。
「……へえ。捕まえてくるのは爆豪君だけでよかったけど、思わぬ客人が来たなあ……。随分と早い再会になったなあ、緑谷」
「死柄木……! お前何が目的なんだ!? なんでかっちゃんを狙ったんだ!?」
「胸丸出しでいっても何の迫力もねえぞ。なんで……と言ったらそこにいるお前の幼馴染を勧誘するためだよ」
「あ゛あ゛!?」
「直接話すのは初めてかな、爆豪君。敵連合の死柄木だ」
「オールマイトをぶっ殺そうとしてる頭のイカれた奴か!?」
死柄木に名指しされてかっちゃんが唸り声をあげる。死柄木はかっちゃんの声に怯まず、普段の気難しい雰囲気を出さず、穏やかに語り掛けてきた。
「知っててくれて嬉しいぜ。単刀直入に言うと君をスカウトしたいんだ。君の荒々しい気性、個性……体育祭を見たときに思ったよ。是非とも
「寝言は寝て死ね!」
かっちゃんは死柄木のスカウトを一蹴した。当然だ。かっちゃんほどヒーローに……オールマイトに憧れている人はほとんどいないはずだ。だけど、この状況で即座にそれを言うのは……。
「この状況でよく強気に出れるな。わかってるのか? 君は敵のアジトの真っただ中で味方はそこにいるボロボロの幼馴染だけだ」
「したくねえことは死んでもやらねえ。説得できると思ってるなら大間違いだ」
「なるほど……予想通りに相当頑固だな。……だが、幼馴染に命がかかってもそんなことが言ってられるかな?」
「!?」
死柄木の言葉にかっちゃんの表情がこわばる。死柄木のいう幼馴染は当然……僕のことだ。死柄木が言葉を切って僕の近くに来る。そして、口の端をあげて禍々しい笑みを浮かべて……。
「確か言ったよなあ、『次会う時は殺すと決めた時だろうから』ってな」
ゴッ!
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!?」
痛い痛い痛い!!!
死柄木に折れた右腕を踏まれ痛みで大声をあげてしまう。痛みで意識を失いそうになりなんとか耐えようとするが、そのたびに死柄木が力を込めてきて全く痛みがひかない。
「てめえ!?」
「君らはいがみ合ってるように見えて意外とそうでもないよな! 少なくとも単に嫌ってたり憎んでたらこんな風にされてそんな顔はしないよな!」
「くっ!」
かっちゃんの悔し気な表情に満足したのか、踏んでいた僕の腕から足をどかす。直接踏まれる痛みはなくなったが、なかなか痛みは引かず呼吸が浅く荒くなる。
「さあ、どうする爆豪君? このまま幼馴染が苦しむのを黙って見ているのかい?」
「……!」
かっちゃん……! クソ! 僕が来たことが裏目になった! 僕が来なければ、かっちゃんなら時間を稼いで隙を作ることもできたかもしれないのに……!
「……そっか。腕を踏む程度じゃ足りないか? それじゃあ……本当に命がかかったら考えを変えてくれるかな?」
「「!?」」
そう言って死柄木はしゃがんで僕の顔に右手を近付けてくる。こいつの個性は触れたものが崩れ去るもの! これで触れられたら……!
「てめえ!?」
「おっと、粗暴な君でもさすがに幼馴染が死ぬのは嫌みたいだな。さあ、どうする?」
かっちゃんの葛藤する表情に死柄木はさらに笑みを深くする。このままじゃかっちゃんが……死柄木に屈しちゃう……。
そんなのは嫌だ!!
「……かっちゃんは、脅しには屈しない……」
「……ああ?」
「デク!?」
「かっちゃんは……最高のヒーローになるんだ……。お前なんかの……言いなりには絶対にならない……!」
「……それなら、お前は死ぬことになるけど……」
「……覚悟はできてるよ……」
「てめえふざけんじゃねえ!!?」
僕の言葉にかっちゃんが声を荒らげる。いつもと違ってその声には焦りや戸惑いが感じられた。
「てめえは! またかよ!? 俺より弱いてめえが! てめえの勝手で! 俺を
かっちゃん……。口調はいつも通りなのに……かっちゃんがこんな泣きそうな声出すの、初めて聞いたかも……。
「なんだこいつら……。ただ単にこじれてすれ違ってるだけじゃねえか……」
横から顔が火傷か怪我でツギハギになってる敵が僕らを見た印象を口にする。
すれ違ってる……? 僕とかっちゃんが? 一体どういう……?
「さて……ならその覚悟を見せてもらおうか?」
「てめえ!? やめろ!?」
「なら、俺に従ってもらおうかな?」
「ぐっ……!」
「残念なことだが……あれもこれも、どちらも選ぶことなんてできないんだよ……」
「くそ!? やめろぉ!!?」
かっちゃんが制止するが、死柄木は意に介さずそのまま右手を僕の顔に近づけていく。
たとえ死んでも、目は逸らしたくない!
恐怖を抑えて死柄木から目を閉じずに死柄木の右手が迫るのを見ていたが、寸前で右手が止まった。
「……おい、何の真似だ?」
「それはこっちのセリフです。私の好きな人を勝手に殺すんですか?」
横を見ると、僕にのしかかってる女の子が死柄木にナイフを向けている。
好きな人? この子は何を言ってるんだ?
「てめえ、そっちの趣味があったのか?」
「質問に答えてください、弔君」
「死柄木、そいつを殺すのは待ってくれ」
今度はスピナーと呼ばれていた敵が死柄木に僕を殺さないように言ってきた。一体どうなってるんだ?
「スピナー、てめえもこんなんが好みなのか?」
「そいつはステインが救った人材だ。俺はステインの意志を全うするために敵連合に入った。そいつを殺そうとするなら俺も動かざるを得ない」
「ヒミコちゃんもスピナーも何バカなこと言ってるのよ! そいつはマスキュラ―を倒すほどの力を持ってるのよ! そんな危険な奴は今で殺すべきだわ!」
「!? この子が彼を……!?」
「へえ……面白えじゃねえか……。おい、リーダー。こいつもまとめて連合に入れちまえばいいじゃねえか?」
「おれも荼毘に同感だ! さっさと殺しちまおうぜ!」
「てめえら黙ってろ!」
なんだか分からないうちに僕を殺す殺さないで意見が割れている。やっぱりこいつらは一枚岩じゃなくていろんな考えの奴らが集まっているんだ!
「死柄木弔、今は結論を出さずとも良いのでは? 彼らも落ち着いて今の状況を鑑みれば自ずと答えを出てくるでしょう」
「……それもそうだな」
黒霧の言葉に説得されて死柄木が僕の顔の前から手をどかす。なんとか、命の危険は去ったけど……これも一時しのぎにしかならない。あの気まぐれな死柄木がいつまた僕を殺そうとするか分からない。どうにかしてここから逃げるか考えなきゃ!
「それじゃあ、爆豪君。今日一晩はゆっくり考えて……明日また答えを聞かせてくれ。……お互いにとっていい結果になるよう願ってるよ」
そう言って死柄木は奥の部屋へと向かった。一晩……それでここから逃げられるような策を思いつくのか!?
「お前ら交代で見張れ。ただし、手枷はなしだ」
「いいのリーダー!? この子かなり暴れん坊なんでしょ!?」
「一応客として招いてるんだ。心証が悪くなるようなことはしたくない。それに……そのボロ雑巾がいるから一人で逃げようなんて考えはしないだろう」
死柄木はそう言い残して部屋を出て行った。後に残された敵たちは見張りをどうするか、あれこれ話し合っている。
くそ……! 気を抜いたらいけないのに危機が一時的に去ったら両腕の痛みが増してきた! 逃げる手立てを考えなきゃいけないのに……!
「……ク! おいデク!! 返事しろ!?」
「……ぁ、かっちゃん?」
これはどういう状況だろう? かっちゃんの顔が僕の真上に見える。頭の後ろに意識を向けると人肌の温かさと少し硬めの枕のような感触がある……。これ、かっちゃんに膝枕されてる?
「……僕、気失ってた……?」
「喋るな。あれから30分も経ってねえ。俺は手枷はされてねえが、奴らが交代で見張りを立ててるから迂闊に動けねえ」
「そう……なんだ……」
目を下に向けると白い布、シーツがかけられている。誰が持ってきてくれたんだろう? ダメだ……痛みと疲労で考えがまとまらない……。今が何時かわからないけど、明日の朝には死柄木が再び僕を殺そうとしてもおかしくない。なんとか……なんとか逃げる手立てを……!
「……てめえは、いつもいつも俺をどんだけイラつかせるんだ!?」
「かっちゃん?」
「ガキの頃から、頼みもしねえくせに考えなしに行動して! 勝手に助けようとしやがって! そんなとこがいつもムカつくんだよ!!!」
かっちゃん……ごめんね。いつもいつも君をイラつかせていて……。僕が考えなしでいつも身体が勝手に動いちゃうから……もっといいやり方があったはずなのに……。さっきも死柄木に対してもっと違う言い方をしていたら、無駄に殺されそうにならなかったのに……。やっぱり……僕みたいな無個性の木偶の坊じゃなくて、かっちゃんみたいな人がOFAを受け継ぐ方がよかったんじゃないかな……?
……そうだ! OFAだ! 僕は今両腕が折れていて、右足も折れてはいないけど痛めている。とてもまともに動けない! でも、かっちゃんなら! なんでもそつなくこなす、才能マンのかっちゃんなら! OFAも扱えるはず!
でも……どうやって渡す? すべてを説明するには時間が足りないし、敵のアジトでOFAについて話すなんて危険すぎる。
……これしか、この方法しかない。
「……かっちゃん」
「……なんだ?」
「……僕にキスして……」
「…………はあ!? てめえ! こんな状況で何言ってやがる!? 頭おかしくなったのか!?」
かっちゃんが顔を真っ赤にして目を吊り上げて怒ってる。でも、いつもより顔が赤いのは怒ってるだけじゃなくて……恥ずかしいからかな? ……ふふふ、かわいい♪
「キスしてかっちゃん……
「!? てめえ……」
僕の言葉に吊り上がってたかっちゃんの目が見開かれる。
……そう、『お願い』。あの時の……入学して間もない、戦闘訓練の時の約束。
使うなら……今ここしかない。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
Side:Katsuki
くそっ! 最悪な状況だ! 早ければ明日の朝までに死柄木の要求に呑まなきゃ……デクが殺される! あいつの目、アレは実際に人を殺してきた奴の目だ。
いや! そもそもこいつが……無謀にも飛び込まなきゃこんな事態にならなかった! 俺1人ならあの手この手で懐柔しようとするだろうからその隙をつくとかできたかもしれねえ!
こいつは……こいつだけが、本当にいつも俺の感情を逆なでしやがる!!
「……かっちゃん」
「……なんだ?」
「……僕にキスして……」
「…………はあ!? てめえ! こんな状況で何言ってやがる!? 頭おかしくなったのか!?」
こいつはマジで何言ってんだ!? 殺されそうな恐怖で頭がおかしくなったのか!? だが、デクを見るとそんな雰囲気は感じられなくて……むしろ何かを悟ったような……笑顔すら浮かべてやがる……。
「キスしてかっちゃん……
「!? てめえ……」
こいつ!? あの時の……戦闘訓練の時の!! こんな……敵にさらわれてる真っただ中でキスをねだるなんて!!!
「お前……死ぬかもしれなくて自棄になってんのか!? 誰彼構わずキスねだるなんてマジで痴女かよ!」
「……自棄なんかじゃないよ……。僕らが助かるために必要なことなんだよ……」
「なん……だと……?」
「それに……誰彼構わずなんかじゃないよ……。君だから……かっちゃんだからお願いするんだよ……」
「……」
こいつマジで何言ってんだ……? これが、俺達が助かるために必要なことだと……? だが、こいつの目に嘘や出まかせ、妄想を言っているような感じはしなかった。……本当に……この状況を打破できるのか?
「……お願い、聞いてくれる約束でしょ?」
「……後悔すんなよ……」
ここまで言われて何もしなきゃ男が廃るし、約束を反故にするなんてあり得ない! ……何よりデクに負けるようで俺のプライドが許さねえ!!
膝に乗せてるデクの頭と背中の下に手を差し入れて上体を起こす。両腕が痛むらしく低く呻いていたが、気にせず体勢を整える。あいつの顔の正面に自分の顔を寄せる。怪我や疲労の影響で浅い呼吸を繰り返しているが、不思議なことに今はそれが艶めかしく感じる。なんで、こんなことになってんだよ……!
体勢を整えられたデクが目をつむる。意を決して俺も目をつむり、デクの唇の自分の唇を重ねる。
ちゅっ……にゅる……
「!?」
こいつ!? 舌入れてきやがった!? 俺が驚いて動きが止まる間にもあいつはぎこちない動きだがどんどん舌を俺の舌に押し付けてくる。
こんな!? このクソナードに、負けてたまるか!!
デクへの対抗心で負けじとあいつの舌に自分の舌を押し当てて絡みつけていく。デクの身体がビクッとしたが徐々に受け入れてむしろ動きを合わせるように舌の動きも大胆になってくる。俺達はやったことないキスにのめり込み、舌を絡み合わせて唾液を交換し合った。
1分ほど経っただろうか、あるいはもっと時間が経ってたかもしれないしそれに満たない時間だったかもしれない。呼吸が続かなくなってゆっくりと唇を離すと2人の間に唾液が橋を渡す。動画でしか見たことがなかったが本当になるんだと状況を忘れて妙に感心してしまった。
「ありがとう、かっちゃん」
お互いが浅い呼吸を繰り返す中で、デクが笑みを浮かべてお礼を言う。この状況でお礼とかどうかしてると思ったが、その後に続く言葉の意味はさらにわからなかった。
「大丈夫だから……かっちゃんなら……扱えるよ……。だから……僕を助けてね?」
「どういう意味だ? ……おいデク? デク!?」
最後にそう言い残してデクは気を失った。怪我の痛みや疲労でとうに限界を超えていたのだろう。少しゆすっても起きそうな気配はない。そのまま、さきほどと同じようにデクに膝枕をする形にして今後のことを考え込む。
しかし、俺自身も気づかぬうちに疲労を抱えていたようで答えの出せない思考に囚われたまま、デクの後を追って意識を失うように眠ってしまった。
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出久と勝己を少し離れたカウンターで横目に見ていたマグネは2人とも眠ったとことで深いため息をついた。
「最近の子って進んでんのかしら? それにしたってさらわれた場所であんな感じになるもんかしら? それとも……さらわれて命の危険を感じたからこそなのかしら? ヒミコちゃん、どう思う?」
「知りません……」
マグネとペアを組んだトガヒミコをブスっとした表情でカウンターに突っ伏していた。その年相応な態度にマグネは苦笑して話を続けた。
「もうそんな仏頂面しちゃって、かわいい顔が台無しよ」
「だって、2人ともお互い好きじゃないような顔してたのに、あんなにイチャイチャするなんて面白くありません!」
「まあ、体育祭とかで見た印象とだいぶ違うけど……それにしてもヒミコちゃんが女の子好きだなんて思わなかったわ」
「私も思わなかったです」
「え? どういうこと?」
「女の子が好きってわけじゃなくて、好きになった子がたまたま女の子だったってだけです」
「なるほどねえ」
「出久ちゃんカァイイですよね~♪ 早くあの子を刺して血を吸ってあの子になって殺したいです♪」
「私も大概だけど、ヒミコちゃんもなかなか難儀な性分よね」
頬を染めながら語るトガヒミコの物騒な言葉に恐怖することなく笑いながら話すマグネ。彼、いや彼女もトガヒミコと同じくいくつもの殺人を犯してきた凶悪犯であり、この程度の話で怖気づくような輩ではなかった。
「仕方ないのです、これが私なのですから。マグ姉もそうでしょ?」
「ええ、私もこんな自分が好きよ。そして、そんな私達を受け入れないこの世界が嫌いよ」
「私もです。だから……こんな世界壊しちゃいましょ♪」
恐ろしい考えをまるでガールズトークのような雰囲気で語り合うトガヒミコとマグネ。それは次の見張りであるスピナーとMr.コンプレスの番が来るまで続いた。
というわけで第42話でした♪ この作品を書いてて書きたかった場面その1です!出久ちゃんが原作以上に満身創痍でなおかつ死柄木にもいたぶられてますが、かっちゃんと思いが通じ合ったようでまだ微妙に通じ合ってませんw 次でどうなるのか、目が離せませんねwこの話から原作との差異が出る部分が増えてくるのでその違いをお楽しみいただけたらと思います! 今後も頑張りますので、応援よろしくお願い致します!
7/8 最後の見張りのところ、次の番を『荼毘とトゥワイス』から『スピナーとMr.コンプレス』に変更しました。