斬聖リバーロ   作:木下望太郎

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第1話  斬聖の物語

 

 黒衣に大鎌、骸骨の顔。一般に思い浮かべられる死神の姿である。しかし、その地方においてはいささか事情を異にしていた。

 野良着に大太刀(おおだち)、不精ひげ。ザンバラ黒髪、ぬらりと光る目。ローザナン地方に伝わる、死神の姿である。

 

 死神の名はリバーロ、といった。姓はクライン、名はリバーロ。悪魔怨霊の類ではない、れっきとした人の子である。死神とは仇名であり、斬聖リバーロ、とも呼ばれていた。ローザナン地方一帯を騒がせた人斬りであり、その名はほとんど『不幸な死』と同一視されていた。現代より五百七十年ほど前のことである。

 

 

 

 

 斬聖と呼ばれることになった経緯は次のとおりである。

 ある街の教会でのこと。天窓から光の降り注ぐ中、祭壇に立つ老司祭が祈祷文を読み上げていた。脇には若い助祭が控えている。礼拝堂には祭壇から出入口までの通路の他、わずかな間隔を開けて木の長椅子が並べられている。そのすべてに、信徒が窮屈げに座って頭を垂れていた。

 

 不意に、音を立てて正面の扉が蹴り開けられる。信徒や司祭が何事かとそちらを向くよりも早く、男が中に踊り込む。

 

「おォらァ!」

 

 雄叫びと共に腰の太刀を抜き放つ。太刀の全長は男の身長ほどもあった。大きく振るわれた曲刀は周りの信徒に当たったかと思われたが、空振っていたのか倒れる者はなかった。

 

 老司祭は祈祷の声を止めたまま口を開けていたが、思い直したように声を荒げた。当代の聖者と称えられた司祭が珍しく怒鳴る声であった。

 

「何者か貴様! 何をしに来た、神の家でそのような物を抜くとはどういった了見か!」

 

 男は答えない。代わりに、だん! と音を立て、足を一つ踏み鳴らす。

 

 司祭は気づいていなかったのだ、死神の周りの異変に。誰もがその男を見ているというのに、祈る姿勢のままの者がいることに。最も男に警戒すべき者、男のすぐ近くに座っている者らが、男を見ようとしない不自然さを。

 

 果たして。入口横の席にいた信徒四人の首。響く足音にぐらり、と揺れる。花が散るようにその場に落ちた。頭が床に転がって、重なり響く重い音。一拍、間を置き吹き出る血しぶき。二拍間を置き、辺りに悲鳴。

 男の太刀は抜き放たれながら、すでに彼らを斬っていたのだ。

 

 男は刀を肩にかついだ。血しぶきを受けて、ぬたり、と笑う。

 

「斬りに、参った。姓はクライン、名はリバーロ」

 

 ようやく答えてリバーロは歩む。悲鳴の中、信徒は互いを押しのけ、長椅子を倒しながら逃げ惑う。リバーロの行く先には祭壇があった。震える司祭と立ちすくむ助祭がいた。

 

 リバーロは刀をかついだまま、人なつこそうな笑みを浮かべる。

「じい様。あんたァ聖人様なんだって? ここァ神の家っつったな?」

「む、うむ……」

 

 歯を打ち鳴らしながらの答えが、聖者の最期の言葉であった。

 リバーロは嬉しげに笑う。

「そいつァ結構」

 

 言うと同時、かついだ刀を斜め一閃。司祭の左肩から右腰へ、一息に斬り下げた。音もなく肉を裂き、へし折るような音を立てて背骨を断つ。赤黒く濁った血がリバーロの頭の高さまで吹き出、勢いを失って床にこぼれた。

 

 司祭の倒れる音の中、リバーロは刀についた血を見つめる。 

「ふむ……つまらんな」

 頭をかきかき、ため息をつく。司祭の死骸を蹴飛ばした。

「つまらんつまらん。聖人聖者というから人とは違うかと思ったら。血、肉、骨、内臓(ワタ)、斬り応え! ただの人と同じじゃあないか!」

 舌打ちして床を踏み鳴らす。

 

 その音に腰を抜かしたか、若い助祭が床に倒れた。リバーロを見つめ、歯のかみ合わない口でつぶやく。

「あ、あああく、悪魔っ、悪、あ悪、去れ、悪魔、去れッ!」

「ほう、悪魔!」

 嬉しげに笑って背後を振り向く。辺りを見回し、不機嫌な顔で助祭をにらむ。

「下らん嘘をつくな! どこにも悪魔などおらんじゃないか! 期っ待させやがって、斬ってみたいンだがなァ悪魔……斬ったことないからなァ」

 

 鼻からため息をつき、かぶりを振る。震える助祭に刀を突き立て、一度えぐる。

 助祭は引きつるように震えながら、まなじりが裂けるほどに目を見開いた。溺れてでもいるかのようにうめき、魚のように口を動かしていたが、やがてそれも止まった。口からよだれが垂れていた。

 

 リバーロは抜いた刀を宙に振り、血を払う。祭壇の前に立ち、天井の方を向いた。

「神よ神! おるのか出てこい、神よ神! お前の家が大ごとだぞ!」

 

 声は教会に響いたが、答える者はない。

 渋い顔でうつむき、かぶりを振る。

「おらんなァ……斬ってみたいのになァ……」

 

 懐から出したぼろ布で刀身を拭い、鞘へ納めて出口へと歩く。

 出口の脇に女が倒れていた。若い女は腰が抜けたのか震えるばかり。その前には小さな男の子が立っていた。リバーロの腰ほどの身長しかない子供は、震えながらもリバーロの目を見上げていた。首を小さく何度も横に振る。

 

 リバーロは立ち止まる。かがんで、子供の頭をなでて、その子の髪に血がついた。歯を見せて笑う。

 

「安心しな。女子供は斬らねェよ」

 女の方を向いて言う。

「一つ教えてくれ。この辺りで兵士やら何やらのいる所は」

 女は一瞬リバーロの目を見、すぐに目を伏せた。

「街を出て、み、南……国境に、屯所が」

「なら、そこへ行くとしよう」

 

 女は顔を上げた。兵から逃げるために聞いたのかと思っていたのだ。とはいえ、屯所があるのは本当だった。嘘を考える余裕はなかった。

 

 リバーロは立ち上がり、剣を握る真似をして腕を振り回す。剣術遊びに興じる子供そのものの顔だった。

「斬り応えのある奴と斬り合いたいんでな。チャンチャンバラバラと紆余曲折、その後にくる、ずンッ、って手応え! こいつがたまんねェ」

 

 立ち上がって出口へ向かうリバーロの背に、子供が小さな声をかけた。

「あり、がと」

 斬らなかったことへの礼だろう。

 

 リバーロは外からの光の中、肩越しに振り向いた。嬉しげに笑う。

「何、気にすんな。お前らみてェなのは斬らねェよ、もうずいぶん斬り飽きた。女子供は斬り易すぎる、バターみてェに刃が通る。斬り応えがてんでねェのさ」

 笑みを消して言う。

「それと、こいつは気にしとけ。俺は去るが、いずれ死は来る。誰にも、お前らにも。同じなンだよ」

 肩越しに手を振り、光の中へ歩み去る。

 

 聖者、助祭を斬り捨てて、畏れもしない斬聖リバーロ。その所業はその場にいた母子の口から広まった。南の屯所が壊滅したとの噂は、続いてすぐに広まった。

 

 


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