もしも県内一の底辺不良高校に入学してしまった「普通の少年」が宮本武蔵の『五輪書』を読んだら   作:新免ムニムニ斎

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美人さんの強さの秘密って話。

 驚いたのは僕も同じだった。

 

 まさか、僕に『五輪書』をくれた親切なお姉さんが、最近この辺りで鳴らしている暴走族のリーダーだったなんて。

 

 でも、そう考えざるを得ない材料は全て揃っている。

 

 圧倒的な腕っぷしを誇る、超絶美人。

 

 体を覆うライダースーツがぴったりめで妙にエロ……もといセクシーなところ。

 

 極め付けに、桔梗(ききょう)さんは自分のバイクが停めてあるコンビニまで僕といっちゃんを連れていくと、確たる証拠を嬉々として見せてくれた。

 

「じゃーん! 見てこれ!」

 

 武士兜に似たデザインの、黒いフルフェイスヘルメット。

 

 こんな奇抜なデザインのヘルメットはそうそうお目にかかれない。

 

 そう、やはり彼女こそが『雷夫(ライオット)』のリーダーなのだ。その確信がようやく固まった。

 

 だが、それだけだ。

 

 僕にとって、桔梗さんは桔梗さんだ。悪い事をしていなければ、ゾクのリーダーだからという理由でよそよそしくするつもりはない。

 

 しかし、僕のとなりにいるいっちゃんは、そうではなかった。

 

 さっきからずっとそわそわしっぱなしで、落ち着きに欠けていた。

 

 僕はそんないっちゃんを肘で小突き、小声で言った。

 

「ほら、いつまでもビビってないで。超美人さんじゃん。口説きに行きなよ」

 

「い、いや、いいっての。そんな恐れ多い……」

 

「……チキン」

 

「んだとぅ?」

 

 肘で小突き返された。

 

 そこから、ちまちました肘での小突き合いが始まる。

 

 その様子を見ていた桔梗さんが、クスクスと笑った。

 

「仲良くていいねぇ。いやー、よかったよかった。幸人くんは良い友達ができたみたいね。……ウチ、黒河桔梗(くろかわききょう)っての。君の名前は?」

 

「お、俺は……加藤(かとう)(いつき)、っす」

 

「樹くんね。覚えた。ふふ、これからも幸人くんと仲良くしてあげてね」

 

 桔梗さんはそう言ってニコッと微笑んだ。……いや、あなたは僕の姉か母親ですか。

 

 いっちゃんはというと、顔を真っ赤にして「う、うっす!」と威勢よく返事してから、僕を掴んで桔梗さんと距離を数メートルとった。

 

「やべーよやべーよ、さっきとは別の意味でおそれ多いっての。何あの反則的な美しさ? それに、なんか、フェロモンっていうの? めちゃくちゃ良い匂いするしよ」

 

「落ち着きたまえよ。ていうかフェロモンって何さ。ちょっとヒくよその発言」

 

「うるせー。お前だって同感だろーがよ。つーかユキ、お前なんで『雷夫(ライオット)』のリーダーと知り合いだって黙ってたんだよ? 水くせーじゃねーかよ」

 

「し、知らなかったんだよ。リーダーだって気づいたのはついさっきなのっ」

 

「つーか、お前なんであのハイパー美人を前にしてあんなナチュラルに会話して……いや、それどころか口説き文句までひねり出せるんだよ? お前フツーっぽいナリして実はスケコマシなの?」

 

「口説き文句ぅ? 僕がいつ桔梗さんを口説いたってのさー」

 

「自覚ねーのかよ」

 

 小声でなんのかんのと言い合っていると、

 

「おーい、エロトークはもう終わりー?」

 

 遠くの桔梗さんはからかい混じりにそう訊いてきた。

 

「し、してませんよそんなトークっ」

 

 僕はそう抗議すると、桔梗さんのいる位置へと戻った。

 

 桔梗さんは兜型ヘルメットをバイクのグリップに引っかけて、缶のクリームソーダを煽っていた。

 

 僕は彼女のバイクへ視線を移す。やや年季の入ったクラシックタイプだ。バイクに詳しくないので排出量うんぬんはよく分からないが、大きさからしてきっと高速道路を走れるやつだろう。

 

「そういえば、わざわざここにバイク停めて何してたんですか?」

 

 僕が訊くと、桔梗さんは飲みかけのクリームソーダを見せながら答えた。

 

「これ買い行ってたー。クリームソーダで一番好きな品なのよこれ。でもこれ、このコンビニの近くの自販機にしか売ってないのよ。おまけにその自販機の前は駐禁だし。まぁでも、ここが八王子とか町田だったらコンビニにすら停めさせてもらえなかったわねー」

 

「あ、そのクリームソーダ、ヌマ高の自販機に売ってますよ」

 

「うっそ、マジ? いーなー、ずるーい。ヌマ高のくせにー。ウチのガッコには無いんだぞー?」

 

 ぶーたれたような顔をする桔梗さん。子供みたい。

 

「——って、桔梗さん学校行ってるんですかっ?」

 

「当たり前でしょ! 高校二年生よ! 幸人くんはウチをプータロだと思ってたわけっ?」

 

「…………」

 

「沈黙は()(なり)だぞ、こいつー!」

 

 そういって桔梗さんは片腕で僕をヘッドロックしてくる。

 

「いててて」

 

 僕はそう言うが、手加減してるためか、あんまり痛くない。背中に柔らかい感触が当たる。あと、いっちゃんの言ってた通り、めっちゃ良い匂い。

 

 ……腕も細くて、柔らかい。筋肉の少なさが分かる。

 

 とてもじゃないけど、自分よりもでかい男を吹っ飛ばすほどのビンタを食らわせた手とは、とても思えない。

 

「と、ところで、どこの学校ですかっ?」

 

 僕はヘッドロックをされながら、桔梗さんにそう尋ねた。

 

「ヒカ(じょ)だけど」

 

 僕といっちゃんは揃って驚いた。

 

 ヒカ女って……光野(ひかりの)女学院!? 神奈川一の偏差値を誇る女子校じゃないか! 

 

「そんな凄いトコ行ってる人が、なんでゾクなんてやってるんですかっ?」

 

「いいじゃないの。別に人殺したり、物盗んだりしてるわけじゃないんだからさ。制限速度だってちゃんと守ってるゾクのゆーとー生よ、『雷夫(ウチら)』は」

 

 いや、ゾクの優等生って、完全に矛盾してるよね。

 

「……ま、ガッコの連中、特に先ちゃん達は、ウチを問題児みたいに扱ってるけどね。ケンカくらい誰だってするでしょうよ。むしろケンカ程度でギャーギャー騒ぐ世の中に問題があるわよ。こんな坊ちゃん臭い大人連中が戦争だ安全保障だそれっぽく語ってるから笑っちまうわよねぇ」

 

 ニヤニヤしながらそう言う桔梗さんの口調は、ちょっと皮肉に尖っていた。

 

 僕は桔梗さんにまず言うべき言葉があるのを思い出し、それを口にした。

 

「あ、言い忘れてました。——さっきは助けてくれて、ありがとうございます」

 

「いいってー。気にすんなよー。準備運動みたいなもんよ、あんなのさ」

 

 いや、準備運動で十数人を蹴散らすのは普通じゃない……

 

「あの……そういや、なんか変わった技使ってたみたいっすけど……あれって、なんかの格闘技っすか?」

 

 いっちゃんがそう問うてきた。美人さん相手の恥じらいが無いところを見ると、純粋な興味を持っているということだろう。

 

 僕も同じだ。桔梗さんの使う技の秘密が知りたい。

 

「ああ、『柳生心眼流(やぎゅうしんがんりゅう)』っての。知らない?」

 

「ヤギュー? ヤギュージューベー、だったら聞いた事あるっすけど……」

 

柳生(やぎゅう)十兵衛(じゅうべえ)ね。その親父さん……柳生宗矩(やぎゅうむねのり)から新陰流(しんかげりゅう)を教わった竹永隼人(たけながはやと)が、自分が学んだその他の諸流と組み合わせて創始した武術。他の古武術のように「なになに流柔術」とか「なになに流剣術」みたいなジャンル分けがされてなく、素手の拳法が多くの武器術の基礎となっているの。拳法の動作をそのまま武器に使える中国武術と酷似した武術と言えるわね」

 

 ……えっと。

 

「……あ、ごめんねー。こんな話しても分かんねーか。ははは」

 

 桔梗さんは恥ずかしそうに笑った。

 

 僕はとりあえず話題を変えることにした。

 

「あ、そうだ。あの超凄いビンタありますよね? あれってどうなってるんですか? 腕力……であんな威力出ませんよね」

 

「実は怪力だったのさ! ふぬおあーーーー!」

 

「いでででで!」

 

 ふざけた調子の桔梗さんがヘッドロックを再開させた。痛い痛い。首絞まる。背中に柔らかいのが当たる。

 

 ……だが、やはりこの腕力だけで、あの馬鹿げた威力のビンタが出せるとは思えない。

 

 すぐに腕が緩まった。僕はそこからするりと脱出した。

 

「はっはっは。まぁ冗談はこのくらいにしておきましょ。——君の質問の答えだけどね、確かに腕力じゃないよ。あの当身(あてみ)の主な力の源はね、足腰の急激な捻りや組み換えによる遠心力と、()()()()()()だよ」

 

 言うと、桔梗さんはダラリと力の抜けた腕を前へ伸ばした。

 

「幸人くん、人間の腕って、一本どれくらいの重さがあると思う?」

 

「え? えっと……一キロ?」

 

「ノー。そんな軽くない。正解は……全体重のおよそ六パーセント」

 

「六パーセント……えっと、いまいちピンと来ませんね?」

 

「自分の体重×0.06で計算してごらん? スマホに計算機あるでしょ」

 

 言われた通り計算してみる。僕の体重は確か六十キロだから、それを元に計算すると……3.6キロ。

 

「ふんふん。ウチと同じくらいね」

 

「ってことは桔梗さんの体重も——」

 

「そいやぁ!」

 

「いてっ。な、なんでチョップするんですかぁ?」

 

「君があまりにデリカシーに欠ける考察をし始めたからよ!」

 

「だったら「ウチと同じくらいね」なんて言わないでくださいよ! 完全に語るに落ちてますよねぇ!?」

 

 やっべ、と口元を押さえた桔梗さん。その顔は少し赤い。

 

 だがすぐに誤魔化すように咳払いをした。

 

「んんっ。……話を戻すわね。まあとにかく、人間の片腕っていうのはそれだけの重さがあるわけよ。でも、普通の人は肩に余計な力が入ってて、その重みを実感できない。そこで、特殊な鍛錬を積んで肩と腕の力を極限まで抜き去ると、その腕は「重さ数キロの物体」っていう本来の性質を取り戻す。そいつを足腰の力で鞭のように振り回すの。つまり——腕っていう「重さ数キロの物体」が、()()()()()()()()()()わけ」

 

 僕は武道や格闘技に関しては無知だが、今の桔梗さんの言葉の意味と、その怖さは分かった。

 

 想像してみる。重さ三キロの鉄アレイが、鞭のスピードで顔面にぶつかる光景を。……絶対死ぬほど痛い。ていうか下手すると死ぬかも。そりゃビンタ一発で沈むはずだ。

 

「あと、重心をぶつけるような当身とか、投げ技や崩し技とか、いっぱいあるよ。相手を瞬時に気絶させたり、「遠当て」っていう特殊な当身とかもあるけど、これは危ないから使ってない。……まぁでも、やっぱウチは女で、男よりも腕力じゃ劣るわけだから、()()()()()とか工夫しないといけないんだよねぇ。だから、力比べになるような展開は極力避けて戦ってるの」

 

 それでも、それを実行できるだけ凄いと思った。

 

 あそこまで強い女性を、僕はこれまで見たことがない。

 

 ああなるまでに、この人はどれだけの努力や研鑽を重ねてきたのだろうか——

 

 

 

「——総大将! ここにいましたか!」

 

 

 

 そんな僕の考察を打ち切らせたのは、バイクのエンジン音とともに近づいてきた、そんな声だった。

 




「脱力して足腰で回せば超痛い打撃が打てる」とはいっていますが、やはり鍛錬の蓄積は必要。
 桔梗さんは相当に鍛錬しているため、腹筋が綺麗に六つに割れています。
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