もしも県内一の底辺不良高校に入学してしまった「普通の少年」が宮本武蔵の『五輪書』を読んだら   作:新免ムニムニ斎

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制裁

「おい、佐竹(さたけ)のクソバカ見なかったか!?」「見なかった! お前はよ?」「いや。クソがっ、あの甘党ゴリラ、俺らを騙してコキ使いやがって!」「落とし前つけてもらおうじゃねぇかよ!」

 

 口々に聞こえてくる自分の名前に、ゴミステーションの中で息を潜める佐竹は身を震わせた。

 

 つい一時間前に追いかけていた相手の隠れ方を自分がしている現状に、佐竹は屈辱を覚えて切歯した。

 

(クソが……どうしてこんなことに……)

 

 まずいことになった。

 

 自分が『傲天武陣会(ゴウテンブジンカイ)』の一員でないとバレた途端、さっきまで手下としてアゴで使っていた連中がいっせいに牙を剥いてきたのだ。

 

 ヌマ高生は手首にモーターでも入ってるんじゃないかってくらい掌返しが上手い。力のある奴の腰巾着には積極的になろうとするが、そいつに力が無いと分かったとたんに態度をガラリと変える。

 

 騙されただけならまだしも、その嘘を使って散々こき使われた恨みが彼らにはあった。連中は恨みを晴らすことに躊躇(ちゅうちょ)が無い。

 

 幸運だったのは、佐竹が脳震盪(のうしんとう)から回復したのが、ぶちのめされた他のヌマ高生の復活より早かったことだった。ゆえに、早めに逃げることができた。

 

 佐竹はヌマ高生から逃げ続け、時に隠れてやり過ごし、現在に至る。

 

 一時間もすればウンザリして帰り出すかと思っていたが、変なところで粘り強いようだ。その粘り強さを勉強に費やせばいいものを、と考えて自分も人のことを言えないかと自省。

 

「くそっ、くそっ、くそがっ……何で俺が、こんな目に……!」

 

 外に聞こえない声量で、佐竹は毒づく。

 

 こうなったらもう終わりだ。自分のヌマ高での生活は、絶望的なものになる。

 

 あの連中に散々イジメ倒されて、卒業まで飼い殺される。

 

 自分は、「飼う側」だったはずだ。

 

 そのはずなのに、あいつらは……いや、()()()は。

 

 ——月波幸人(つきなみゆきと)

 

 奴が現れてからがケチのつき始めだ。

 

 これから可愛く飼ってやるはずだった(いぬ)は逃され、ケンカで敗北し、報復もあの手この手で失敗させられた。さらには『雷夫(ライオット)』のリーダーとも知り合いらしく、その力を借りてこちらをボロ負けさせた。

 

 見るからにカモって感じの少年。

 

 だが、そんな少年が、自分を手玉に取っている。

 

 その事実が、どうしても受け入れられなかった。

 

 細くて背も小さい、殴れば一発でぶっ飛びそうなヤワい小僧。

 

 しかし、自分がどんな状況に追い込んだとしても、その目に決してへつらいの光を浮かべない。

 

 そして、鼻歌交じりに打開策を打ち出す。

 

 飼い犬根性がすわっていた樹があそこまでの度胸を得られたのは、幸人の存在が大きいだろう。

 

「……なんだ、簡単じゃねぇかよ」

 

 であれば、最初から幸人一人を狙えば済む話ではないか。

 

 いくら知恵が回るといっても、腕力ではやはり自分には劣るのだ。

 

 奴の(ヤサ)を探し出し、そこへ闇討ちをしかけてやる。

 

 今まで勝てなかったのは、きっと幸人が常に誰かと一緒だったからだ。

 

 一人の時なら、自分は絶対に負けないはずだ。

 

 だったら、覆面でも買おう。それで顔を隠し、襲撃しても犯人が自分だとバレないようにするのだ。

 

 ……やってやる。

 

 奴の足の骨をへし折って、しばらく歩けなくしてやる。

 素っ裸にしてその写真をネットにアップして、二度と表を歩けなくしてやる。

 心身ともに、歩く力を削ぎ落とすのだ。 

 

 声がしなくなったのを確認すると、佐竹はそっとゴミステーションを開けた。

 

 左右を見て、やはりヌマ高生はいないと視認。

 

 音を立てぬようゆっくり出て、歩き出す。

 

 曲がり角を曲がろうとした時だった。

 

 

 

「——よぉ! もうお帰りかい? 佐竹パイセン」

 

 

 

 ビクッ、と反応し、曲がり角から大きく退いた。

 

 そこには一人のヌマ高男子がいた。

 

 ナイフのような剣呑さを感じさせる、端麗で面長な顔つき。赤く染められた髪は少し長めで、うなじのあたりで一束にまとめられていた。

 

 詰襟の制服に包まれたその体格は自分に比べれば細く見える。だがよく見ると、大きな存在感をその細身に詰め込んだような、そんなくすぶった濃厚な圧迫感があった。

 

 制服の左胸にある校章は緑色。つまり一年。

 

 つまり、自分が騙してアゴで使っていた後輩どもの一人。

 

「おっと安心しなよパイセン。俺はあんたが騙してコキ使ってた兵隊どもじゃない」

 

 ぶん殴って逃げ去ろうと思った瞬間、出鼻をくじくようにその一年は言った。

 

 それを聞いて、佐竹は肩の力を抜きかけたが、

 

「だが、俺にはあんたに()()()()()()()()がある」

 

 次に発せられたその一言によって、再び身構えた。

 

 一年は悠々とした態度のまま、名乗った。

 

「あぁ、自己紹介がまだだったねぇ。俺は王龍俊(おうたつとし)だ。よろぴく、佐竹パイセン」

 

 佐竹はその紹介にまともに返さず、がなり立てた。

 

「せ、制裁だとっ? ふざけんな! 俺にそんなもん受ける理由はねぇんだよ!」

 

「あるよ。だってお前——()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 目を見開く佐竹。

 

「今日の三限目の授業サボって、純真なコーハイ共に「俺は『傲天武陣会』だ!」って吹いてたじゃんよ。俺、聞いちゃってたんだよねぇ。だからこっそりその身の程知らずなバカの後を()けて、どうするか見物してたんだよね」

 

 そこまでの龍俊の文脈が意味するところは、一つしかない。

 

「まさか、テメェは……『傲天武陣会』の一員か!? 本物の!」

 

「違うね」

 

 龍俊は()()をまくり上げ、二の腕をあらわにした。

 

 内側にとぐろを巻いた龍のタトゥー……『傲天武陣会』の正規メンバーである証が、そこには刻まれていた。

 

「一員、じゃあねぇんだ。——()()()だ。『傲天武陣会』は、俺が始めたグループなんだよ」

 

「な、にぃ……!?」

 

 あまりに予想外すぎて、立ちくらみを覚えた。

 

 まさか、あの悪名高い新興グループのリーダーが、こんな高校一年生の小僧だったとは。

 

「面白いところを見せてくれたら、勝手に武陣会を名乗ってくれちゃったことを許してやろうかと思ったけど、お前は()()()()()。あんなチョロそうな奴ら二匹に翻弄されたあげく、女一人にあのザマだ。……お前は俺たちの名前を勝手に名乗っただけじゃなく、そのメンツすら汚したんだ。喜べ? リーダーである俺が直々にお前を制裁してやるよ。ギリで死なない程度にな」

 

「……っ」

 

 ぞくっ、と怖気が走った。

 

 しかし、まだ希望はある。

 

 こいつをぶちのめして、駅に向かって逃げてしまえばいい。

 

 そこからいろんな駅へ遠回りしてから、自宅へ帰ってしまえばいい。

 

 連中はまだ、こちらの家を特定してはいないはずだ。しばらく家にこもって、ほとぼりが冷めるのを待てばいい。

 

 そもそも、こいつが『傲天武陣会』の一員だということが本当だとして、リーダーがいきなりこんな出てくるなんて偶然あり得るのか? 嘘くさい。下っ端がリーダーの名前を使って威張ってるだけだろう。

 

 それに見ろ、こいつの体を。俺よりも細い。ひと蹴りで簡単に沈みそうだ。

 

 じりっ。

 

 佐竹は覚悟を決めた。

 

 呼吸を整え、意識を脚部に集中し、じりじりと足を擦らせて少しずつ龍俊へ近づいていき——左足で地を蹴った!

 

 左足の瞬発力で身を進めながら、もう片方の右足で(やじり)のように鋭い前蹴りを伸ばす。

 

 二足分の力が乗った爪先は、龍俊の胴体へ急迫したが、

 

「おっと」

 

 龍俊は左腕を佐竹の左足へ擦り付け、その摩擦で蹴りを真後ろへ受け流した。

 

 その危なげの無い対処に驚く暇も与えられず、佐竹は鼻っ面にがつん! という硬い衝撃をもらった。

 

「ごぉっ……!?」

 

 視界がチカチカする。その明滅する視界の中では、龍俊の突き出した左拳がアップで見えていた。

 

 龍俊の姿が一気に視界で大きくなる。

 

 佐竹は慌てて両腕で顔を覆い隠した。

 

 次の瞬間、防御する両腕を、衝撃の連発が襲いかかった。

 

「ぐおぉっ……」

 

 いや、連発なんて甘っちょろい表現で済むスピードではなかった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()で、パンチが四、五発両腕にぶちあたったのだ。

 

 まるで巨大な爆竹が腕の前で爆発したようなその衝撃の連鎖に、佐竹の防御が強引にこじ開けられてしまった。ガラ空きとなった顔面に、再び鋭い一拳が叩き込まれる。

 

 鈍さと鋭さと中間くらいの痛みが顔面を襲うが、

 

「っぐっ——調子に、乗んなぁっ!!」

 

 佐竹は歯を食いしばって意識を保ち、体勢を取り直し、すぐ目の前にいる龍俊めがけて右ストレート。

 

 轟然と宙を駆ける佐竹の右拳は、しかし()()()()()()

 

 龍俊は腰を落とし、避けていた。右拳はその頭上を通過していた。

 

 さらに腰を落としたまま、くるりと背を見せたかと思った、次の瞬間。

 

 

 真下から顎に向かって、マンモスの牙のような軌道で蹴りが叩き込まれた。

 

 

「ふむぐぅ——!?」

 

 衝撃が顎から額へ響き、さらにそこから上へ飛び出たような錯覚を覚えた。

 

 龍俊は背を向けた状態で、まるで馬が後ろ足を跳ね上げたような形で、右足を大きく持ち上げていた。

 

 今まで見たことのないような変な蹴りだ。

 

 しかし、佐竹の気力の大半を吹っ飛ばすくらいの威力があった。

 

 どかっ、と仰向けに倒れる佐竹。

 

 今の蹴りで、戦意がごっそり削り取られた。

 

「テ……テメェ…………なんだ、その技ぁ……ムエタイかぁ……?」

 

「違うよ。正解は「ググれカス」だ。ネット社会の常識だろ?」

 

 龍俊はそう言うと、手を叩き鳴らした。

 

 すると、路肩からゾロゾロと人が集まってきた。

 

 服装はてんでバラバラだが、その中の何人か……半袖を着た男の右上腕には、等しく『傲天武陣会』のタトゥーが刻まれていた。

 

「——带走(ダイゾゥ)()

 

 意味のよくわからない龍俊の発言とともに、佐竹は強引に立たされ、後ろ手にひねられたまま連れて行かれた。

 

 

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