もしも県内一の底辺不良高校に入学してしまった「普通の少年」が宮本武蔵の『五輪書』を読んだら   作:新免ムニムニ斎

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念願の平和を謳歌しているって話。

 早いもので、入学から一週間が経過した。

 

 現在火曜日。

 

 すでに授業も午後三時までのフルタイムとなり、本格的な学校生活がスタートした。

 

 まあ、相変わらずヌマ高生は授業に対して不真面目だけど。

 

「今日も平和に過ごせたことに」

 

「今日も因縁つけられなかったことに」

 

「「かんぱーい!」」

 

 昼休みの屋上にて、僕といっちゃんは互いのクリームソーダをかつんと打ち合わせた。

 

 プルタブを開いて缶を煽り、三分の一ほど飲んでから、僕はいっちゃんに再び話しかけた。

 

「平和だねー」

 

「そだなー」

 

 お互い、穏やかに隠居する老夫婦のようなまったりした笑みを浮かべていた。

 

 ……そう。僕といっちゃんはここ一週間、いたって平々凡々な学校生活を送れていた。

 

 廊下の端っこの真ん中を歩いていても、ちょっと肩をぶつけても、因縁をつけられたりすることが一切なくなったのだ。

 

 理由はひとえに、一週間前の「演出」のおかげだ。

 

 アレによって、みんな僕のバックには『雷夫(ライオット)』という協力な味方がついていると()()()してくれている。

 

 誰も僕にケンカを売ることも、カモにしようとすることもない。それどころか、僕にヘラヘラ取り入ろうとしてくる奴まで現れる始末。

 

 何というか、ずいぶんとゲンキンな奴ばっかりだなぁ……

 

 でも、それくらい単純な連中の方が都合が良い。

 

「平和だねー」

 

「そだなー」

 

 再び、隠居中の老夫婦のようにまったり頷き合った。

 

 ああ、もう、ほんとにへいわでええわ。

 

 入学した時は、こんなのんびり出来るようになるなんて全く想像できなかった。

 

 だが、僕は勝ち取ったのだ。

 

 完全に自分の力で、ではないが、それでも知恵を絞ったの僕だ。

 

 『五輪書』と『雷夫(ライオット)』、そして何より桔梗(ききょう)さんには、感謝の言葉も無い。

 

 頑張って勝ち取った平和って素晴らしい!

 

 僕は飲みかけのクリームソーダ缶を持ち上げ、もう一度乾杯をうながした。

 

「平和に」

 

「青春に」

 

「「かんぱーい!」」

 

 もう一度、僕らは乾杯した。

 

 それから、願った。

 

 こんな平凡な日々が、卒業まで続きますように。

 

 と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——()()()

 

 

「おぶぉぁあ!?」

 

 ガタイの良いヌマ高生(ヤンキー)が、空っぽの段ボール箱のように飛び、壁に背中から激突。そのまま伸びて動かなくなった。

 

 その男だけではない。

 

 現在、体育館裏には、三人のバカの雑魚寝が出来上がっていた。

 

 その中心には、樺山孝治(かばやまこうじ)の姿があった。

 

「な、なんだこいつ……!?」

 

「こっちが何人集めたと思ってんだ……!?」

 

「三人を一瞬で……バケモンかよ……!?」

 

 さらにその周囲には、七人もの男子が取り囲んでいた。

 

 しかし、数の優位を誇るはずである七人の表情には緊張と怯えが浮かんでおり、たった一人である孝治の表情は冷めきった状態をキープしていた。

 

 孝治の姿が電光のごとく閃いた。

 

 次の瞬間、取り囲んでいる一人に強烈な一拳が直撃。派手にぶっ飛んだ。

 

「こ、この野郎——!!」

 

 怒りに怯えが混じった表情で、さらに一人が孝治へ向かっていくが、放ったパンチを軽く避けられながら綺麗なカウンターを顔面に食らい、その一撃によって沈んだ。

 

 さらにもう一人向かってくるが、それも避けて反撃するだけで撃沈した。

 

 孝治が一挙動するたびに、必ず一人倒れる。

 

 そんな流れ作業を、孝治は心底つまらなそうにこなしていき……やがて最後の一人が残った。

 

「あ、ああ……!」

 

 目の前の光景に、ただただ顔面を蒼白にするだけのラスト一人。

 

 孝治は無感情にそいつへと足を進める。

 

「ま、ま、まってくれよぉ! 俺はただこいつらに付き合わされただけなんだよぉ! 本当はお前とやり合いたくなんかなかったんだ! だから許し——」

 

 許しを乞う男子の顔面を、孝治は躊躇(ちゅうちょ)無く殴り飛ばした。

 

 合計十人。

 

 それらが全員、孝治の周囲で雑魚寝を展開していた。

 

「やりたくねぇなら、ハナっから参加すんじゃねぇよ。テメェには自分の意志がねぇのか? そんなだからテメェらは団子(ダンゴ)だって話なんだよ、団子」

 

 孝治は雑魚寝に、蔑みの視線と言葉をぶつけた。

 

 昼休みになったので、どこかで静かに本でも読もうかと思った途端に、この十人が意気揚々と因縁をつけてきた。

 だが劣勢になったら、途端に連中に怯えが生まれた。

 数が減っていくうちにその怯えは強まっていき、やがて最後の一人になった途端に媚び始める。

 

 見飽きるくらい見てきた、典型的な「団子」だった。

 

 自分はダメだが、他の奴がなんとかしてくれる——そんな他力本願な感情を持った奴がくっつき合って出来た集団。雑魚が群れ合ってくっつき合って「集団」となり、その「集団」の力を自分の力と勘違いする、集団的ナルシズムの権化。

 

 ゆえに「集団」でなくなったとたん、さっきの最後の一人のような、ただの「一匹の雑魚」に成り下がる。

 

 この現代社会のほとんどがこういう人間だ。

 

 全員死ねばいいのに。

 

 孝治は苛立ち任せに、一番近くの奴を蹴っ飛ばそうとするが、

 

 

 

「よぉ。相変わらずスゲェなぁ、樺山よ」

 

 

 

 後ろからかけられたその声によって、それは止められた。

 

 聞き覚えのある声。しかし好意を一切抱けない人物の声である。

 

 孝治はその声に振り向いた。

 

「……テメェか」

 

「なぁよぉ、せめて苗字で呼んでくれよ。ちゃんと王龍俊(おうたつとし)っていう名前があるんだからよ」

 

「必要ねぇ。深く関わることもねぇわけだしな」

 

「おいおい、つれないこと言うなよ。俺はお前のこと、気に入ってんだぜ?」

 

「……はっ、どうせアレだろ。——()()()()()()()()()()()()()()()()()っていう勧誘だろうが」

 

 そうそう! と龍俊は愉快に笑いながら肯定した。

 

「俺は現在の『アタマ』である関戸(せきど)パイセンから、『アタマ』の座を奪い取るつもりだ。だが、奴の腕前はおっかねぇレベルだし、奴に群がるシンパ共もおっかねぇ。だから、こっちも相応の派閥を作り上げて、あの老害から玉座をかっさらう。それに協力してくれっつー話だよ。……どうよ?」

 

「興味ねぇ」

 

 孝治はそれだけ言うと、雑魚どもの雑魚寝をまたぎながら、龍俊の横を通り過ぎようとした。

 

「んまぁ、待てよぉ」

 

 だが龍俊が孝治の前に回り込んだ。

 

「樺山よぉ、お前は稀代のケンカ屋。類い稀な暴力の才能の持ち主だ。お前が女襲おうとした米兵三人を瞬殺したシーンをたまたま見かけた時は、腰を抜かしそうになったもんだ。俺はこうしてこのクソ溜めでお前に再会できて嬉しいんだ。なぁよぉ、その能力を腐らせておかずにさぁ、有効利用しようとは思わんの? なぁ——旧薩摩藩士の末裔(まつえい)、樺山孝治クンよぉ?」

 

 孝治の手が雷光のごとき速さで動き、龍俊の胸ぐらを掴み上げた。

 

「……テメェ、なぜそれを知ってやがる?」

 

「詳しくはオフレコだが、俺はこのガッコの外に「人脈」を持ってる。それを使った、とだけ言っておこうか」

 

 龍俊は少しも怯えを見せず、ただただ笑いながら続ける。

 

「なぁよぉ、どうだ? 俺についてくりゃ損はないぜ? 俺が『アタマ』になった暁にゃ、お前にも美味い思いさせてやるよ。良い商売のやり方も教えてやるし、ヤリてぇタイプのチョロ女も紹介してやる。お前のその才能生かしてよ、甘い汁ガブ飲みしたくねーの?」

 

「——ウゼェ、消えろ」

 

 嫌悪を覚えた孝治は、龍俊を突き飛ばす。

 

「アタマだろうがケツだろうが、目指したければ勝手に目指せ。俺は邪魔も協力もしねぇ。……少なくとも、俺に何もしなければな」

 

 一刻も早くこの胸糞悪い場から離れたく思い、孝治は早歩きで教室を目指した。

 

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