もしも県内一の底辺不良高校に入学してしまった「普通の少年」が宮本武蔵の『五輪書』を読んだら 作:新免ムニムニ斎
「なんとかなる、なんとかなる、なんとかな——ってうおぁぁ!?」
後ろから飛んできた鉄パイプをギリギリで伏せて避ける。ちょっ、今の頭狙ってなかった!? 当たったら死んでたかもっ!
口々に異国語で何か言いながら追いかけてくる武陣会の連中。何言ってるのかはさっぱり分からないけど、待ちやがれ的なことを言っているのだけは分かる。
しかし聞く耳は持たない。僕は逃走を続けた。
せっかくお風呂入ったっていうのに、なんでまた全力疾走しないといけないんだ。理不尽な気持ちになるが、捕まればもっと理不尽な思いをすることになる。
何より、すぐにでも駆けつけないと
桔梗さんは僕の恩人だ。
だから今度は、僕が彼女をお助けせねばなるまい。
しかし……暴走族を助けるために、中華ギャングと追いかけっことか…………僕の人生、どこで間違えてしまったのだろう。
いや、もしも今「間違い」があるとすれば、それは武陣会の奴らに捕まり、桔梗さんを助けられなくなることだ。
だから僕は走る。パジャマ姿で、夜の街を走る。
僕の現在地はちょっとずつだが、着実に抗争場所……太田コンクリート跡地へ近づいている。
とはいえ、僕も人間だ。体力の限界というものがある。
だから、知恵を絞る。
敵が……武陣会の連中が、一番嫌いそうなことをやる。武蔵もそうしろときっと言う。「敵になれ」だ。
だから僕は、後方にぞろぞろと六人引きつけながら——
まだ電気は点いている。見張りの警官もいる。
思いっきり叫んだ。
「助けてぇ————!! 殺されるよぉ————!!」
その声に反応した警官が僕の方を向き、慌てて飛び出した。
「どうしたんだ!?」
「チャイニーズギャングです!! 助けて!! 早く捕まえて!!
大袈裟に言いながら、その警官の後ろに隠れる僕。
パジャマなどという走り回るのに適していない服装で走っていたことに、ただならぬ気配を覚えたのだろう。警官は持っていた長い警棒を構える。
「お、お前ら……おとなしくしろっ」
だが、悲しいかな、ちょっと腰が引けている。
無理もない。鉄パイプとかナイフで武装した男六人を一人で相手にしろとか、無茶にもほどがある。
だけど、僕の大声は他の人にも届いていたようだ。警察署の正面入口から二人くらい警官が出てきて、さらには側面の脇道からも三人出てきた。あ、さらにちょうど帰ってきたばかりのパトカーから二人。
七対六。警官側の優位となった。
中国人六人はたじろぎを見せる。数で負けたこともそうだが、相手は警官だ。殺したり傷害を与えたりすれば速攻で逮捕だ。
両陣営が、動かず睨み合う。
(さようなら)
僕はこっそりと逃げ出した。
もうしばらく走ってから、コンビニにいったん隠れた。荒くなった呼吸を整える。
落ち着いたのを確認してから、僕はコンビニを後にした。
さて、これからどういうルートを進めばいいだろう?
確か、太田コンクリート跡地に向かう道は三通りあったはずだ。その中でいったいどのルートが、待ち伏せ率が低いだろう……
——考えても仕方がない。今は一分一秒が惜しい。
くじ引きを引くつもりで進む。運悪く待ち伏せを食らったとしても、その時はその時だ。
僕は走り出した。走って走って、目的地を目指す。
そして、大ハズレを引いたようだ。
「
細い通りで、中国語を喋る男達三人が立ち塞がった。この状況で中国人が出るということは、十中八九武陣会だ。
どうする? 戦う? 絶対勝てない。僕は単純なケンカの腕じゃヌマ高最弱と言ってもいい。周りにはもう警察署は無い。誰も助けてはくれない。
一生懸命思考を巡らせている間に、中国人達は駆け出してくる。
くそう。武陣会の妨害は想定外だったとはいえ、何も持たず家から出たのはマズかった。せめて何かポケットから出し忘れたまま洗濯したモノはないか……ポケットをまさぐるが、そんなものは無い。あるのは、録音データの入ったスマホだけ——
あるじゃないか。
「そいやぁ!!」
僕は、中国人達に向かって
高く放物線を描きながら、連中へ向かって下降していく僕のスマホ。
こいつらも、僕のスマホが今回のキーアイテムであることを知っていたようだ。三人ともキャッチしようと手を高く伸ばしてた。
「ほぁたぁ!!」
全力疾走の勢いを乗せた僕の踏むような蹴りが、中国人の一人を重々しくとらえた。
そいつが吹っ飛んでから、飛んできたスマホをどうにかキャッチ。再び全力で走り出し、残り二人の間を抜けた。
「
またも追いかけてくる。
しつこいったらない。
それに、僕もずっと走っていられるわけではない。また息は上がるし、足は乳酸でパンパンになる。
もっと楽に、かつ速く移動できたらなぁ……と思っていた時だった。今出てこようとした曲がり角の右側から、自転車が飛び出してきたのは。
「うわぁ!」
僕はぶつかってしまう。自転車の人も尻もちをついた。
——自転車!
僕はワラにすがりつく気持ちでその自転車を掴み取った。
「あ、ちょっと何すんだ!?」
持ち主の男の人が抗議しようとする。そこから「泥棒」と叫ばれるよりも早く、僕は言い募った。
「僕は
僕はひったくるように自転車にまたがり、必死にペダルをこいで走らせた。……これは強盗ではない。強引に借りただけだ。うん。
さっきの人は僕より足が長いのか、サドルが少し高い。けれど、乗れる。
僕はシャカシャカとペダルをこぐ。
あれだけ引き離せなかった中国人達が、みるみる遠くなっていく。
「やっふー! ざまー!」
爽快感を覚えて僕は思わずそう声を出すが、すぐにものすごく情けない気分になった。
……僕氏、着実に不良化してきている件。
ひったくったチャリで走り出し、中華ギャングから逃げているこの状況。入学初日にタイムスリップしてその時の僕に今の状況を説明したら、怖くて引きこもりになる気がする。
でも、悪いことばっかりじゃない。
ヌマ高に入学したおかげで、僕は桔梗さんと会えた。いっちゃんと会えた。カバちゃんと会えた。
中でも桔梗さんは、僕のヌマ高ライフの「原点」とも言える女性だ。
絶対に助けてみせる。
彼女がくれた『五輪書』に賭けて。
今、手元にはその本は無いけど、心にはちゃんと武蔵の教えが残っている。
僕は太田コンクリート跡地目指して、借り物の自転車を走らせた。