もしも県内一の底辺不良高校に入学してしまった「普通の少年」が宮本武蔵の『五輪書』を読んだら   作:新免ムニムニ斎

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平然と心臓を止めにくる美人さんの話。

 武陣会の男が諦めて日本語で自白した時には、すでにそいつの顔は散々殴られて腫れ上がっていた。

 

 ダメ押しにもう一回武陣会の男を蹴っ飛ばすと、井原(いはら)菅野(すがの)は周囲の手下達に高らかに言い放った。

 

「おいテメェらぁ!! 俺らを散々踊らせてくれやがったクソ武陣会どものタマリ場が分かったぞ!! 今からソコ行って思い知らせてやんぞオラァ!!」

 

「踊らされてヘラヘラできる腰抜けはいるかぁ!? 『邪威暗屠(ジャイアント)』にはそんな腰抜けはいねぇよなぁ!? だったらやんぞ!! 連中に生まれてきたことを後悔させてやれやぁ!!」

 

 おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!

 

 二チームともに、すさまじい声を上げて同意した。

 

 井原と菅野は、工場敷地内の端っこに停めてあるバイク群へ歩き出す。

 

 これから、武陣会のタマリ場を襲撃しに行くのだろう。

 

 散々操られた報復をしに行くのだろう。

 

 

 

 

「————()()()()()

 

 

 

 散々痛めつけた『雷夫(ライオット)』の存在を、()()()()()()()()()

 

 井原が迷惑そうに振り返った。

 

「ああぁ? んだよ小僧。これから武陣会の連中をぶち殺しに行くところなんだ。話かけんな」

 

「それよりもまず、()()()()()()があるだろ。お前らには」

 

 僕の言葉に、井原も菅野も怪訝な顔をする。こいつ何言ってんだ的な。

 

 分からないのだ。本当に。

 

 その態度に、僕の心中の憤りはエスカレートする。

 

「……()()()()()()()()()()()。桔梗さんに、『雷夫(ライオット)』に、誠心誠意詫びを入れろって言ってるんだ」

 

「はぁぁ?」

 

 呆れ果てた表情で井原が声を出し、菅野が小馬鹿にした態度で言った。

 

「あのな小僧、この情報はオメェが持ってきたんだぞ? だったら分かんだろ。……俺らは被害者なんだよ。武陣会の連中に騙されて、する必要もねぇ抗争なんかやらされて、少なくない仲間をハクビシン共にぶちのめされたんだ」

 

「そうだ、ボケ。悪いのは全部武陣会だ。クズなのは俺らじゃねぇ、俺らを操ってやがった武陣会がクズなんだよ。もうちょい頭使えバカガキ」

 

 ——ハッキリ言おう。今から僕がやろうとしていることは、せっかくの苦労をオシャカにしてしまうものだ。

 

 もはや今の『雷夫(ライオット)』は死に体だ。これ以上戦えない。

 

 二チーム連合のヘイトは、完全に自分達を弄んだ武陣会に向いている。このまま行かせて事なきを得ることが、『雷夫(ライオット)』にとって最善の道であることは僕にも分かる。

 

「でも、()()()()()()()()のはお前らだ。お前らだって同類だ。武陣会の連中と」

 

 でも、言いたかった。言わなければいけなかった。

 

 確かに、こいつらは操られていただけ。

 

 しかし——騙されていた人間は、決して「正しい」わけではないのだ。

 

 「騙されていたこと」は免罪符にならない。なるわけがない。

 

 騙されて実行したのは、他でもないこいつらなのだ。

 

 そのくせ、一言も詫びを入れようとしない。詫びを入れようという考えすら浮かばない。改めようという考えも抱けない。

 

 騙されていた事実を恥と思わない。

 

 こいつらもまた「悪」だ。

 

 井原がドスドスと僕に歩み寄り、胸ぐらを掴み上げた。鬼の彫刻を思わせる顔が間近に迫る。

 

「……おう小僧、もっかい今のセリフ言ってみろや。返答次第じゃその可愛い顔が潰れるぞ」

 

 いつもの僕なら、震えの一つも見せているだろう。

 

 でも、胸の中では、すでに憤りが震えていた。なので少しも心を動かされなかった。

 

「何度でも言ってやる。——お前らも武陣会の連中と同じ「悪」だ! 騙されて理不尽な暴力を振りかざして、騙されてた事実を免罪符に自分の綺麗さを主張する「悪」だ!!」

 

 ああ。本当に僕は、熱くなりやすい奴だ。

 

 このままこいつらを逃しておけば、ひとまず事なきを得られるというのに、また余計なヘイトをこちらに向けさせてしまった。

 

 でも、どうしても、これだけは、こいつらに言ってやりたかった。

 

「お前ら、みんな謝れよ…………桔梗さんに、『雷夫(ライオット)』に謝れよっ!!」

 

 僕の叫びが、夜の工場跡地に響いた。

 

 どれだけ気合いを入れてまくし立ててしまったのか、呼吸が荒くなっていた。顔も熱い。

 

 言いたいことは全部言った。言ってしまった。

 

 井原が拳を振り上げる。まっすぐ僕を見ながら。

 

 これから顔面にぶつけられるであろう衝撃に腹をくくった時だった。

 

「——待ちなよ」

 

 僕の顔面に衝突する寸前で、拳が止まった。

 

 桔梗さんが声をかけてきたからだ。

 

「んだぁ? テメェも謝れとか言いたいのかぁ? 何ならもっかい続きするかコラ」

 

「あんた達さぁ、今回の作戦、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()でしょ?」

 

「あ? 何言ってんだ?」

 

「ウチらをここで人海戦術に持ち込んだあの作戦よ。アレさ……「入れ知恵」なんじゃないかしら?」

 

 二人のリーダーはビクッとした顔をした。

 

 桔梗さんがそれを見て冷笑する。

 

「図星って感じね。いたんでしょ? チームメンバーをやられてヒートアップしてる所に、()()()()()()()()()()入れ知恵屋さんがさ。ウチらを倒して得をする連中は今回の件で一つしかいない。武陣会よ。つまりそいつは十中八九武陣会の奴ね」

 

「るせぇ!! さっきから何が言いてぇんだ!?」

 

「分からない? つまり今回のあんたらの勝利は、何から何まで武陣会の力ありきってわけ。完全にあんたらの勝利ってわけじゃない。あんたらは、自分達の力だけじゃウチらには勝てない。そして、ウチらは()()()()()()()()()()()()。今度は確実に、ウチらがあんたらを仕留める」

 

 菅野が青筋を立てた。

 

「負け惜しみか? それとも、「続行」してぇのか……?」

 

「ウチの優しさが分からない? ——ウチはね、今、()()()()()()()のよ。この後、『雷夫(ライオット)』があんたら二チームに報復するっていう、その「可能性」を。それを防ぐにはウチら全員殺すしかないけど、そんなことしたらあんたら全員ブタ箱行きでしょ? 本物の戦争と違って、リターンマッチの可能性が残ってるのが、ガキ同士のケンカの良いところよね。——そこで、ウチから一つ「提案」があるの」

 

 反論する隙を与えないグイグイ行くような語り口のまま、桔梗さんはその「提案」を告げた。

 

「二人いっぺんにかかってきなさい。大将同士でケリをつけるの。勝っても負けても、『雷夫(ライオット)』はもうあんた達に遺恨は残さない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って、そういう話よ」

 

 井原と菅野がそろって目を見開く。それから鋭く目を細めた。

 

「……おい。ナメてんのか? 俺ら二人とも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「知ってるわよ、井原(いはら)(たけし)くん。——あんた中学時代、スポーツ空手の県大会の決勝に出たらしいじゃないの。だけどジャッジに不服を抱いて審判に回し蹴り食らわせて失格、ジムの中でも冷や飯食らいになったって話ね。それからは坂道を転がり落ちる勢いで不良化してったんだよね」

 

 スマホを見ながらの桔梗さんの発言に、井原がギョッとする。

 

「あと、菅野次郎(すがのじろう)くん。——あんたの中学時代は柔道部だった。漫画の影響で柔道部に入ったは良いが、上下関係が厳しくてしょっちゅう先輩にこき使われていた。反発したけど鉄拳制裁を喰らったので、先輩連中を一人ずつ夜に闇討ちして全員病院送りにしたそうね。それからは柔道よりケンカの方が向いてると考え、柔道部を自主退部。以降は不良街道まっしぐら。んで今に至ると」

 

 菅野も「げっ」って感じの反応をする。

 

 そこまで言うと、桔梗さんはスマホをしまった。

 

「ね? ウチ、結構知ってるっしょ? あんたらのこと」

 

 ニッコリ笑顔でそう告げた途端、リーダー二人が気味悪そうに数歩退いた。

 

 それを見て、僕はハッとする。

 

 今のはおそらく「示威(しい)」だ。

 

 こうやって細かい個人情報を告げることで、『雷夫(ライオット)』という組織の不気味さと、その情報収集力を誇示している。そうすることで相手を牽制しているのだ。「ウチらを敵に回したままだと、いつか()()()()にあうぞ」と。——そうすることで、桔梗さんの「提案」に乗らざるを得ない心理に追い込んでいる。のかもしれない。

 

「……で? どうする? やるの? やらないの?」

 

 桔梗さんはそう問う。

 

 井原と菅野はお互いに顔を見合わせ、頷き合ってから、桔梗さんに答えを出した。

 

「いいぜ。やってやんよ」

 

「どうなっても知らねぇからな」

 

 桔梗さんは二人のそんな答えに、ニッと微笑した。

 

「決まりね。——それじゃ、始めましょうか。幸人くん、ちょっと離れててね?」

 

「あ、はい」

 

 僕は言う通りに引き下がった。

 

 桔梗さんを止めようとはしなかったし、まして止めようと思うことすらしなかった。

 

 分かっていたから。桔梗さんが負けるわけがないと。

 

 井原と菅野は肩をぐるぐる回したりして軽い準備運動を行ってから、桔梗さんへゆっくり近づいてくる。

 

「……テメェが言い出したことだからな。そのキレーな顔が潰されても文句言うんじゃねぇぞ」

 

 井原はそう言った途端、一気に桔梗さんへ接近。鋭いフリッカージャブを走らせる。

 

 桔梗さんは、顔を後ろへ軽く引くだけでそのジャブを回避する。

 

 だが、井原の腰が急激に捻られ、左フックが走る。桔梗さんの頬へ急接近した。

 

 フックは桔梗さんに直撃——しなかった。

 

「————ぁ」

 

 井原の呻きだ。桔梗さんは前へ進むことでフックを避け、同時に重心移動の勢いを乗せた肘を井原の胸に直撃させたのだ。

 

 途端、井原の太い両足から力が抜け、その場に崩れ落ちた。

 

 桔梗さんは何でもないことのようにそれを通り過ぎ、今度は菅野へと向かう。

 

「っ……調子乗んなアマァァッ!!」

 

 菅野は両腕を大きく広げて突っ込んでくる。タックルだ。

 

「ほい」

 

 だが桔梗さんは少しも動揺せず、広く腰を落としつつの正拳を菅野の胸に打ち込んだ。

 

「——ぅ」

 

 途端、菅野は動きを止め、ぐったりと項垂れて桔梗さんにもたれかかった。

 

 桔梗さんがそれを邪魔くさそうに放り投げた時だった。

 

 井原に駆け寄って体調を見ていた『自転車(チャリ)乙徒(オット)』のメンバーの一人が、切羽詰まった声で叫んだ。

 

 

 

「お、おいっ! 大変だっ!! 井原さんがっ……()()()()()()()()()()()()!?」

 

 

 

 …………は? 

 

 息、してない? うそでしょ。

 

 井原の周りにどんどん人が集まってきて「マジだ!」とか「やべぇぞ」とか「井原さんが死んだぞ!」とか口々に言っているのを聞いて、本当なのだと分かり、顔から血の気が引いていく。

 

 桔梗さんが殺人犯に……!!

 

「あーはいはいちょっとどいてー。今「蘇生」するからー。よっこらせっと」

 

 だが桔梗さんは大して気にもしてないユルい様子で人の群れをかき分け、しゃがみ込んで井原の背中の中心に膝を当てる。

 

「——カッ!!」

 

 次の瞬間、その膝を思いっきり井原へ向けて押し込んだ。

 

「っ————がはっ!? ぐふっごほっごほっ!? ごほっ!?」

 

 さらに次の瞬間、まるでスイッチが入ったオモチャのように、井原が突然ビクッと目を覚ました。何度も咳き込んでいる。

 

「うわぁ——!! 生き返ったぁ——!?」

 

 桔梗さんは騒ぎ出す井原の手下を捨て置き、今度はぐったり倒れている菅野の背中にも同じように膝を押し込む。すると菅野も井原同様ビクンと目を覚ました。

 

 二人は立ち上がり、桔梗さんの目の前に戻ってきた。震えた瞳で桔梗さんを睨みつける。

 

「テメェ……一体何しやがった?」

 

()()()()()()()()()()。んでまた神道穴(しんどうけつ)()()()()蘇生した。柔道やってたんなら聞いたことあるんじゃない? 「誘い活」ってやつよ、菅野さぁ」

 

 桔梗さんの発言に、リーダー二人は揃って顔を青ざめさせた。

 

「びょ……病気だぞ、お前…………マトモじゃねぇ。そんなこと平然とやるなんて……!」

 

「女の子襲おうとしたあんたがマトモうんぬん語る? 井原くん。……これが「兵法」よ。片手でハナクソほじりながらでも人を簡単に活かしたり殺したりできる。わかる? 確かに()()()は負けた。でも——()()はわざわざあんた達チンピラと()()()()()()()()()()()()その土俵で戦ってあげてたのよ」

 

 桔梗さんは一度息を吸い、気を取り直した様子で言った。

 

「さ。続けましょうよ。まだ終わってないわよ」

 

 菅野が目を剥いた。

 

「は!? ま、まだやる気なのかよっ!?」

 

「当たり前でしょ? あんたらはまだ()()()()()()()()()()()さ。だぁいじょぶだって、また心臓止まってもまた速攻で蘇生してあげるから。活法(かっぽう)上手いのよ、ウチ。これで心臓発作起こした人助けて表彰されたこともあるんだから。ね? 安心っしょ♪」

 

 桔梗さんが前へ一歩出る。

 

 そのたびに、リーダー二人の足が一歩退がる。

 

 だが、だんだん二人の歩数の方が多くなっていき、

 

「「う——うわああああああああああああああああああああああああ!?」」

 

 やがて、背中を見せて大慌てで逃げ出した。

 

 ……うん。それが普通の反応だ。僕は初めて彼らに共感を覚えた。

 

「はい、しゅーりょー。あー、お腹減ったぁ」

 

 桔梗さんはというと、のんきに肩をぐるぐる回しているだけだった。まるで一仕事終えたといった軽い調子で。

 

 ——この人、やっぱりやばい。

 

 そんな彼女を、僕を含む全員が、畏怖の眼で見ていたのだった。

 

 

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