もしも県内一の底辺不良高校に入学してしまった「普通の少年」が宮本武蔵の『五輪書』を読んだら   作:新免ムニムニ斎

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嘘が真になった話。

 リーダー二人がいなくなってから、『自転車(チャリ)乙徒(オット)』も『邪威暗屠(ジャイアント)』も一人また一人と工場跡地から去っていった。

 武陣会の中国人達も、いつのまにか姿を消していた。

 あっという間に僕と『雷夫(ライオット)』のメンバーだけが残された。

 

 満点の星空の下、敵さんが置いてった電池式スポットライトにまばゆく照らされている『雷夫(ライオット)』メンバー達は、すでに胡座をかけるくらいには回復していた。全員ヘルメットをかぶっていたため、大怪我を負った者もいない。

 

 それを確認すると、僕は申し訳ない気持ちで桔梗(ききょう)さんに言った。

 

「その……ごめんなさい。僕が最後に余計な事を言っちゃったから、桔梗さんに余計な苦労を……」

 

「いいのいいの。むしろ、幸人くんが()()()()()()()()()()()()()()()おかげで、一言言ってやる手間が省けたくらいよ」

 

「本当……ですか?」

 

「うん。やっぱ、やられっぱなしじゃ誰も納得しないから」

 

 僕は『雷夫(ライオット)』のメンバーを見渡す。——不満げな顔をしている者は、誰一人いなかった。

 

「そう言ってもらえると、少し、救われた気分になれます」

 

 桔梗さんがくすくすと笑う。

 

「ありがと。それよりさ、見た? あいつら、井原(いはら)菅野(すがの)の最後の顔! 雷の効かないルフィを見たエネルみたいな顔してたわよ? もーケッサクだったわー! 思い出すと笑いが止まんねー! ははははっ!」

 

 メンバー達も桔梗さんにつられて笑い出す。

 

 ケンカで負けたのに、ずいぶんカラッとしていて、ちょっと驚いていた。

 

「その……悔しかったりはしないんですか? これだけやられちゃったのに」

 

「悔しいわよ? でも、勝てなかったけど、()()()()()()()。ウチの処女も無事だし、敵も追い払えたし、最後はこうしてみんなでヘラヘラ笑ってられてるし」

 

 桔梗さんは、僕の右手を両手で取り、包むように握りながら言った。

 

「それもこれも、全部あなたのおかげよ。幸人くん。あなたはウチの……『雷夫(ライオット)』の恩人よ」

 

「そんな。僕だけのおかげじゃありませんよ。この録音データを手に入れてくれたのは、いっちゃんなんですから」

 

「ふふ。じゃあ今度、(いつき)くんにもお礼言っとかなきゃね」

 

 桔梗さんが楽しげに笑った瞬間、僕のスマホが着信音を発した。

 

 電話だった。いっちゃんからだ。僕は電話に出た。

 

『あ、もしもし、ユキ!? お前、今大丈夫なのかよ!?』

 

「あー、うん。問題無し。録音データは無事に公開したよ。もう抗争は終わった。『雷夫(ライオット)』の人達は結構殴られちゃったけど、大きな怪我は無いよ。いっちゃんのおかげだよ、本当にありがとう」

 

『そうか、よかった…………実は俺、武陣会のリーダーとやり合ってたんだけど、手下からかかってきた電話に出たかと思ったら、突然焦り出して、逃げちまいやがったんだ。何でも、他の武陣会のメンバーが、『自転車(チャリ)乙徒(オット)』と『邪威暗屠(ジャイアント)』に追われててヤバいんだと』

 

「……え? 武陣会のリーダーだって!? いっちゃんこそ大丈夫なの!?」

 

『ああ。正直、俺一人じゃスマホ奪われてデータ消されて終わりだったけど、樺山(かばやま)が加勢してくれたお陰でなんとかなったんだ。あいつすげーんだぜ? 武陣会のリーダーと互角にやり合えるくらい強ぇんだ。おまけに、あいつらが話してた中国語も分かるらしいぜ』

 

「そっか、カバちゃんが……あとでお礼言わなきゃ」

 

『だからカバちゃん言うなっつってんだろ、貴様』

 

 うわぁ! いっちゃんの声が変わった! ……あーいや、違う、これはカバちゃんの声だ。

 

「いたんだ、カバちゃん。その……今回はありがとう。君のお陰で、いっちゃんのデータは守られたんだってね」

 

『だからカバちゃん……あー今はもういい。めんどくせぇ。それより……武陣会だがよ、現在は『自転車(チャリ)乙徒(オット)』と『邪威暗屠(ジャイアント)』のクソバカ連合に狙われてる状態だ。おまけに武陣会のメンバーの一人がタマリ場を()()()()らしいから、王龍俊(おうたつとし)の野郎がとっとと逃げろと手下に電話で言ってやがったぜ。このまま行きゃ、武陣会は近いうちに再起不能になるんじゃねぇか』

 

 なるほど。同情はしない。桔梗さん達を弄んだ罪は重い。インガオホー。

 

「それで、王龍俊ってどなた?」

 

『武陣会っていう団子(だんご)どものリーダー様だ。俺らと同じヌマ高の一年で、お前を蹴落としてヌマ高の『アタマ』の座に近づこうとしてやがった、志高いクソ野郎だよ』

 

 ああ。そういえば録音データの中で、武陣会のリーダーを称する人物は「王」という名前だったな。忘れかけていた。

 

「って、ちょっと待った! ヌマ高生だったの!? 武陣会のリーダーが!? しかも僕と同じ一年!?」

 

 いや、あと一つ、カバちゃんは気になることを言っていた。武陣会リーダーの王龍俊とやらが同校の同級生であったことへの驚きはひとまず置いておき、カバちゃんに問うた。

 

「ヌマ高の『アタマ』の座を狙ってる……? そのために、僕を蹴落とす……? どういうこと…………?」

 

『ああ、そうなんだ。それが、今回の抗争が起こった原因なんだ』

 

 いっちゃんの声がそう告げてくる。

 

『ユキ、お前は『雷夫(ライオット)』と繋がりを持ってる——っていう「設定」だっただろ? ()()()()()()。嘘とはいえ、『雷夫(ライオット)』っていう強力な後ろ盾を得たお前は、ヌマ高の中での地位が一気に向上した。ヌマ高の『アタマ』を目指してた王龍俊は、それが気に入らなかった。自分が『アタマ』を目指す上で、お前みたいなヌマ高内での有力者が邪魔だったんだ。だから……お前の地位を下支えしてる『雷夫(ライオット)』が狙われたんだ』

 

 それを聞いて、僕は血の気が引いていくのを実感した。

 

 つまり、それは……僕が原因だということ。今回の抗争の。

 

 僕が、『雷夫(ライオット)』と強い関係があるなんて嘘を()()()()()()()()から……!

 

 だから、桔梗さんが、あんな思いを——

 

『——キ! おいユキっ!? 聞こえてるかっ!?』

 

「……うん。聞こえてるよ、いっちゃん」

 

『お前……大丈夫か? なんか元気ねーぞ?』

 

「あ、うん。だいじょうぶ。ごめん……ありがとう。もう切るね」

 

 僕は半ば強引に通話を切った。

 

 ——ショックだった。それもかなり。

 

 僕は、本気で『雷夫(ライオット)』を助けたいと思った。桔梗さんを助けたいと思った。

 

 けれど、その助けるための原因を作ったのが、そもそも僕だった。

 

『——あんたはどっちがいい? ピエロになりたいのか、なりたくないのか』

 

 井原と菅野に言った、自分の言葉を思い出す。

 

 何が「ピエロになるか、ならないか」だ。

 

 ()()()()()()()()()()()()……!!

 

 拳が、痛いくらいに握られる。

 

「幸人くん……大丈夫?」

 

 そう心配そうにしてくれる桔梗さんは優しい。

 

 ——今の真実を伝えた時、その優しさがどう変貌してしまうのか、考えるのが怖い。

 

 でも、言わなければならない。

 

 たとえそれで、結果的に桔梗さんとの縁が切れてしまったとしても。

 

 きっと、言わなければ、今回の抗争は()()()()()()()()()()()

 

 幕を開けたのが僕なら、閉じるのも僕でなければならない。

 

 何より、この事実を隠したまま桔梗さんと仲良くし続けることは、僕には出来なかった。

 

 覚悟を決めて、僕は言った。

 

「桔梗さん——ごめんなさい」

 

「へ? どしたの突然?」

 

「今回の抗争の原因は……僕だったんです」

 

 そう告げた途端、桔梗さんだけでなく、『雷夫(ライオット)』メンバー全員がざわついた。

 

「……どういうこと? 説明してくれる?」

 

 桔梗さんの要求に頷いた。

 

 口を閉ざしたい気持ちを我慢して、僕は語った。

 

 いっちゃんから告げられたことを。

 

 僕が、全ての元凶であるという事実を。

 

 洗いざらい、言い尽くした。

 

「……本当に、ごめんなさい。すべて、僕のせいなんです」

 

 僕は、終始下を向きながら話し続けた。

 

 顔を上げるのが怖かった。

 

 みんなが僕に侮蔑と憎悪の感情を剥き出しにしているんじゃないかと、そう思ったからだ。

 

「もう……僕は、みなさんと、桔梗さんと、関わるべきではないのだと思います。だから、もう——」

 

 これでさようならにしましょう。

 

 そう口にしようとした瞬間、胸ぐらを思いっきり掴み上げられた。

 

 強制的に顔を上げさせられる。

 

 すぐ目の前には、桔梗さんの()()()()()()()()があった。

 

「——ウチらを馬鹿にしないで」

 

 殴るような語気で、桔梗さんは言った。

 

 僕は思わず息を呑んだ。

 

「悪いのは君じゃない。武陣会よ。奴らが手前勝手な理由でやったことに、()()()()()()()()()。…………そんな簡単なことすら分からない知能の低い奴らだと思ってたのっ? ウチらのことをっ」

 

「桔梗さん……でも、僕さえいなかったら、こんな抗争は——」

 

「黙れっ!!」

 

 突然発せられた怒号に、僕の心臓が跳ねた。

 

 桔梗さんは、僕の頭から爪先までをなぞるように見る。

 

 それから、今度は泣くような口調で言った。

 

「君はっ……見ないフリをして、我関せずを決め込むこともできたはず。でも、君は()()()()()()。パジャマ姿のまま駆け出すほど、焦ってくれた。何の見返りもないのに。見返りどころか危ないだけなはずなのに。……この時点でもう、君はウチらの仲間だよっ。邪険になんか、できるわけないじゃない!」

 

「桔梗、さん……」

 

「だからっ……もう、二度と言わないで」

 

 それ以上の自虐は許さないと、桔梗さんは言ったのだ。

 

「そうじゃないと……()()()()()()()()()()()()鹿()()()()()()()()()()

 

 ——これ以上、僕が何をゴネる必要があろうか。

 

 彼女達は、僕に感謝していると言ってくれた。そう思っていると告げてくれた。

 

 そのように、彼女達は()()()()()()()()

 

 それなのに、いまだに僕が自分を責め続けたら、それこそ彼女達の気持ちを粗末にすることになるだろう。

 

 もう、自責の念を感じるのはおしまいにしよう。

 

 「ごめんなさい」と口にしようとして、やめた。もうごめんなさいは言い飽きたし、適切じゃない。

 

「——ありがとうございます。桔梗さん。みなさん」

 

 僕がそう言うと、桔梗さんと、『雷夫(ライオット)』のみんなが和やかに笑ってくれた。

 

 驚くべきことに、()()久里子(くりこ)さんもであった。

 

 僕も、思わずつられて笑った。

 

「んでさんでさ、幸人くん、さっそくウチから提案があるんだけど、聞いてくれるかな?」

 

 すっかりいつもの調子に戻った桔梗さんが、ニコニコしながら次のように訊いてきた。

 

「君さ、今、ウチらと協力関係にあるっていう嘘で、ヌマ高内での自分の安全を守ってるんだよね?」

 

「嘘っていうか、そう「匂わせてる」っていうか……」

 

「似たようなもんでしょ。でさ、ウチから提案なんだけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「は?」

 

 僕は、我が耳を疑った。

 

 桔梗さんはクスリと微笑み、はっきりと告げた。

 

「ウチら『雷夫(ライオット)』は——君との友好関係を結びたいと思ってるわ。「フリ」ではなく、()()()()()()()()

 

「え……でも僕、バイク持ってないし」

 

「別に『雷夫(ライオット)』に入れって言ってるわけじゃないのよ。……もしも、君が何かものすごく困っていた場合、ウチらが君の困難を解決する手助けをしてあげる。そういう話よ。君が今回、ウチらを救ってくれたように」

 

「……いいんですか?」

 

「いいから言ってるのよ」

 

 苦笑する桔梗さん。

 

 その後方にいる『雷夫(ライオット)』のメンバー達の中に、意見を差し挟む人は一人もいなかった。久里子さんすらおとなしくしていた。……すべてリーダーのお気に召すまま、とばかりに。

 

 断る理由が見つからなかった。

 

「それじゃあ……お願いできますか?」

 

「っしゃ! そうこなくっちゃ!」

 

 桔梗さんは僕の肩をパンと叩き、メンバー達へ振り向いた。

 

「んじゃ、これからファミレスで何か食いに行きましょ! 嫌なことはいっぱい食っていっぱい寝てとっとと忘れるの! 行けない人は手挙げてー!」

 

 誰も、手を挙げなかった。

 

 僕も挙げなかった。

 

「よし! じゃあバイク起こしてとっととゴーね。幸人くんも行くっしょ? あ、今回はウチが奢ってあげるよ?」

 

 さも当然のように僕を誘ってくれた桔梗さんに、

 

「はいっ!」

 

 僕は、元気良く頷いたのだった。

 

 

 

 ちなみに、いっちゃんとカバちゃんもファミレスに誘った。

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