9-nine- ゆきいろ ゆきみち ゆきのよる 作:YURitoIKA
神様から貰った台本があるとして。
その役名はモブA。
この世界のどこかにいる、
主人公さんの背景係。
別に自虐じゃないよ?
むしろありがたいことだね。
主人公ってやつはさ、
モブよりも辛い思いをして、
ちょっぴりだけのハッピーエンドを
貰える役柄でしょ?
ギャラが見合ってないよね。
大層なハッピーエンドはいらない。
モブなりの不幸と幸福で結構。
そう。ボクは普通が好きなんだ。
変わってるって?
そんなことないよ。
想像力が乏しいだけ。
むしろ、キミみたいに、
自分が主人公のように活躍している
ところを妄想する想像力の強さに
ボクは憧れちゃうね。
……。ちょっと言い方きついな。
とにかく。快食快便なら万々歳。
睡眠時間はそれなりに。
ティータイムにはお昼寝も。
それがボクの人生設計。
品も夢も無いけれど、
バチは当たらないよね。
ところでお前は誰かって?
鋭い質問だね。
うん。申し訳ないけど上の発言は
ぜーんぶ忘れていいよ。
誠に残念なことに、ボクは、
──このイカれた物語の主人公さ。
それはごく平凡な一日の出来事。
春風の抜けきった5月の中旬。
外の世界は夜の色。
お月様は雲に隠れてお休み中。
白巳津川市。白巳津川駅バスターミナル横。横断歩道前。信号下。信号を待つ途中、ボクは妹と喧嘩をしていた。
「事件のことなんてどうでもいいです。私達はこれからのことを──」
「どうでもって……
まぁ……恥ずかしいことに。
ボクは兄らしくなくカチンときていて、口調も声量も荒かった。
「それとは話が別です。そんなことも分からないくらい脳みそがパープーなんですね。あなたは警察でもなければ探偵でもない。ただの学生なんですから」
パープーは言い過ぎだが、それ以外はグーもパーもチョキも出すことが出来ないほどの正論だった。ボクは口を噤んで、悪役みたいな渋顔をするしかない。
そんな兄の醜態に妹は本当に呆れたようで、「もういいです」と捨て台詞の中でも最上級の切り捨て台詞でボクにトドメを刺し、横断歩道を渡っていってしまう。
……多分。妹も相当頭にキテいたのだろう。彼女は信号機の表示する“色”を確認していなかった。
「
──なんていうか。
ドラマで観たことあるような。
ありきたりなワンシーン。
当然の赤信号。
当然の通行車。
当然の──主人公。
世界の音は車のクラクション一点のみになった。ヘッドライトの灯りが役者にスポットライトを当てるかのように煩くボクを照らしてる。
そして。舞台は整った。
導かれる結末はあまりにも簡単。
誰かの人生を終わらせた音。
誰かの人生が狂った音。
ボクはその光景を見てるだけ。
車に吹き飛ばされた彼女。体を変な方向に曲げ、地面と衝突する彼女。いつの間にか体の下に赤いカーペットを敷いていた彼女。
ボクの、たいせつな、妹。
「あ……あ……?」
脳はオーバーヒート中。思考能力の欠落。感情整理の欠除。しかしボクの足は一歩ずつ妹の方へ。
「な、奈津……?」
返事なし。首を変な方向に曲げてまでボクと話がしたくないみたい。
「おい…………」
お兄ちゃんを無視するなんてひどいなぁ。せめて返事くらいしてよ。
「ねぇ」
ねぇ。
──ボクの後ろから運転手の声。なんだか大袈裟に声を上げてるみたいだけど、なにしてるんだろ。
別に大したことない。
うっかりしていた妹が、ちょっと車に掠っただけ。転んじゃったけど、すぐに起き上がってく「ねぇ」
「ねぇ」そろそろ「ねぇ」返事してくれな「ねぇ」本当に「ねぇ」やばいって「ねぇ…………」
いつの間にかボクは、妹を抱き抱えていた。変な匂いもする。
⬜の匂い。
「嘘だよ……そう、ウソ」
うん、きっとそうだ。
「ウソなんだ。ぜーんぶウソなんだ。そう! そうなんだよ! なんだあははははははははは」
あは。あはは。
「…………………………」無視。
「奈津ー? もういいよ分かったから。ドッキリ面白かったよ、ほら」
肩を揺らす。
反応無し。
ボクの手にも、血。
血?
「…………………………………」
。
。
ちがう。
ちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがう。
こんなのちがう。
ちがうんだ。
ちがうんだよ。
だから、
⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬛⬜⬛⬜⬛⬛⬛⬛⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬛⬛⬛⬛⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬛⬛⬛⬛⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜◣◢◤◣◤◢
「え?」
血も。その匂いも消えていた。
最初からそうだったみたいに。
それが正しいみたいに。
「二人とも、怪我はないかい!?」
妹を轢いた車の運転手が叫びにも似た声でボクらの安否を確認する。
「怪我って……見ての通りッ」
「兄さん? 私は大丈夫ですけど」
いつもの声。いつもの彼女。
「でも、さっき首とか変な方に……」
「私、喋ってますけど」
妹を轢いた車のヘッドライトが灯りとなり、彼女の顔はよく見えた。
不思議そうな顔。常識を疑う顔。
ボクが、間違ってる?
「それ、は…………」
おかしい。だって彼女は車に轢かれて、地面に衝突して、それで……。
「兄さんは怪我はありませんか?」
「ボクは……無いけど……、けど」
「そうですか。なら、……良かった」
そうして笑顔になる妹。妹の笑顔を見るのは久々な気がする。彼女は心の底からボクを心配して、そして安堵している。
でも、ボクは違った。
あの光景が忘れられない。
彼女が生きていることを確認しても、震えが止まらない。
──以上が物語のプロローグ。
死んだ彼女
生きていた彼女。
ボクの……チカラ。
家族の交通事故だなんて主人公としてはありきたりすぎるよね。
でも大丈夫。
これはほんの最初の1ページ。
この先に待つ“絶望”に比べたらボクはまだ物語のスタートラインにすら立っていなかったのだから。
だから、ゆっくり楽しんでよ。
ボクの名前は
ありきたりな紹介文になってしまうけれど、ボクのステータスはごく平凡なもの。
「なぁ、歩夢」眼鏡くいっ。
白泉学園3年生。
身長はそこそこ。体重も同じく。胸の大きさは平均。好きなものはニット帽。趣味はエナジードリンクのタブ集め。性格は……うん、まぁ、つまらないくらい普通だよ。
「大事な話がある」
──頬を赤らめる彼。
長所はちょっと前向きなとこ。
「僕と付き合ってほしい!」
──差し出される右手。
あ、そうそう。とっても大事なことを言い忘れてた。
「あー、ほんとにごめんっ、
ボク、男なんだけど……」
ゴメンもなにも望んで“女顔の男”になったわけじゃないんだけどね。
「す、すまない!」とリンゴみたいな顔をして走り去ってしまう彼を見つめながら、ボクは被っていたニット帽の位置を調整するのでした。
あ、こけた。
◢◤◢◤◢◤
「また告白されたんですか」
「うん。ボクって可愛いのかな」
「自意識過剰なんですね」
ばっさり。
我が家の夕飯風景の一部をお届けしよう。今日も蔵芽兄妹は仲良し!
「今日学校どうだった?」
「どうもありません」
「友達は増えたか?」
「少なくとも兄さんよりは」
「欲しい物とか」
「1
「……悩みは」
「私を子供扱いする某兄さんとか」
「あう」
敗北。惨敗の味は残飯の味。
うん、仲良し!
彼女は蔵芽家の次女、蔵芽奈津。
罵倒の切れ味が斬鉄剣を上回ったともっぱら噂の白泉学園2年生。
──そして。先週、交通事故によって跳ねられ、無傷だった少女。
無傷。掠り傷一つ無し。病院の先生には奇跡だと言われた。
じゃあそれは誰が起こした奇跡なんだ? 神様か? 仏様か?
答えはWHY。分からない。
一つだけ思い当たることがある。奈津を抱き抱えたあの瞬間、死んでほしくないと強く願ったあの刹那、不思議な力が働いたという感覚。
……厨二病は文字通り中2の頃に卒業している。仮面ライダーの変身ベルトを巻いている所を妹に見られた所で、だ。なので、決して痛い妄想とかではなく、正確な記憶による現実で起きた実感だ。
まとめてみよう。
妹は車に轢かれ、大怪我をした。
ボクは近づき、抱き抱えた。
抱き抱えた数秒後、
彼女は無傷の状態になっていた。
──現実的に考えれば事故のショックでどうにかなってしまったボクの頭が彼女が大怪我をしたところを妄想してしまった、というオチ。
「奈津、あの事故のことだけど」
「その話をするの、これで39回目です。サンキューです」
にっこり笑顔の奈津の親指が高評価ボタンから低評価ボタンへ。
「本当になんともなかった?」
「なんとかなってほしかったと?」
「いや、そういうわけじゃ……」
「じゃあさっさとご飯を食べてお皿を持ってきてくださいね」
奈津は食べ終わった自分の食器を持って台所に行ってしまった。
彼女はあの日の話をしてくれない。トラウマ……というわけでもなさそうだけど。
これがもし能力バトル的なアレなら、何か隠してるんだろうけど、もちろんここは現実で、妹が謎の組織に入ってたり髪が触手になったりするわけない。
あの日の怪我も。ボクの考察もぜんぶ思春期の痛い妄想。
それが正解。
それが絶対。
それにしても……
「世の中の妹って全員ああなのか」
妹の反抗期具合は紛れもない事実オブ現実なのでした。
◢◤◢◤◢◤
夜。日付が変わる頃。
ここ最近は眠れない日々が続いていて、ベッドの上でなんとなく自分の身辺事情を朗読している。
蔵芽家は5人家族だ。
父は幼い頃に病で亡くなってしまい、母は仕事の都合で隣町で暮らしている。ボク達兄妹はマンションで3人暮らし。
3人。
ボク、奈津、そして、御子。
蔵芽御子。白泉学園1年生。
彼女は……先月の連続殺人事件に巻き込まれて、死んだ。
それもただの殺人事件じゃない。
白巳津川石化殺人事件。
世間ではメデューサ事件とも。
石化というのは比喩ではない。体が石になっていた、という事件。
勿論信じられる話じゃない。おとぎ話にしか聞こえない。
……でもボクは見てしまった。大学病院の解剖に通される前、ボク達家族はそのあり得ない光景を目の当たりにした。
苦悶に満ちた表情のまま石になった彼女を。芸術作品のように、そっくりそのまま石にされた彼女を。
やがて解剖が進むと、皮膚が石化していたこと、死因は窒息死であったことが判明した。
被害者は御子だけじゃない。今日までに御子を含めた6人が石化されている。
この前代未聞の事件は直ぐ様ネットで話題になり、メデューサ事件と呼ばれ、毎日ニュースランキングやトゥイッターのトレンドに入った。
【衝撃】石化された少女の画像!!
0002 新規スレ立て人募集 社説+の募集スレまで 2020/04/20(水) 05:42:21.83
やばくね?
0013新規スレ立て人募集 社説+の募集スレまで 2020/04/20(水) 05:45:30.21
こわ〜
0021新規スレ立て人募集 社説+の募集スレまで 2020/04/20(水) 05:47:27.81
海外のドッキリとかじゃないの?
0056新規スレ立て人募集 社説+の募集スレまで 2020/04/20(水) 07:11:11.73
顔可愛いな
0057 新規スレ立て人募集 社説+の募集スレまで 2020/04/20(水) 07:19:24.05
>>56
いやブスだろ
0072 新規スレ立て人募集 社説+の募集スレまで 2020/04/20(水) 07:56:59.28
石化って痛いんかな
0086 新規スレ立て人募集 社説+の募集スレまで 2020/04/20(水) 08:35:45.78
窒息死だし痛いとかじゃなくて苦しいんじゃね?
0159 新規スレ立て人募集 社説+の募集スレまで 2020/04/20(水) 11:32:90.22
異常性癖に目覚めるヤツいそうwwwww
0161新規スレ立て人募集 社説+の募集スレまで 2020/04/20(水) 11:50:63.31
白泉学園か
0240新規スレ立て人募集 社説+の募集スレまで 2020/04/20(水) 14:01:22.45
この前の地震然り、この学園都市呪われてんじゃん
0241 新規スレ立て人募集 社説+の募集スレまで 2020/04/20(水) 14:03:29.07
ここだけの話抜いた
……ふざ、けんな。
ある事無い事がネット上で囁かれ続け、ボクの大切な妹の画像が顔も知らない奴に晒されている。削除依頼をしても誰かが新しく投稿する。
誰が写真を撮った?
誰が御子を殺した?
どうやって石化させた?
なぜ御子を選んだ?
なぜ? どうして?
警察はまだ捜査中らしいが、捜査状況なんてなかなか教えてもらえるものじゃないし、当然現場も見せてくれない。
なにより犯人が見つかっていない。犯人の足取りも掴めてない。
……このまま何も知らずにじっと堪えてるだなんて、いやだ。
ボクは……ボクの家族を殺した人間を問い詰めなきゃ気が済まない。
『事件のことなんてどうでもいいです。私達はこれからのことを──』
奈津は、ボクの事を心配してくれてるんだろう。
それは充分理解している。母さんは御子が死んでもボク達と一緒に住む気は無いみたいだし……昔から母さんは、ボク達と距離を置いている。
だから、ボクと奈津は二人三脚で生きていかなくちゃいけない。
『奈津────!』
死ねない。
死んじゃ、いけない。
助け合わないといけない。
わかってる。
わかってる、……けど。
『御子、今日の予定は?』
『いつも通り塾だよ』
『そっか。夜道に気をつけて』
『そうやって声かけてるとお姉ちゃんにまたシスコンって言われるよ』
『う……気をつけます』
『あはは。じゃ、行ってきます』
御子が死んだ日の夜。
最後の会話。
彼女を止められなかった後悔は、今でもボクの胸を締め付ける。
後の祭り。今考えたってどうしようもないのは分かってる。
けど、割り切れない。
少しでも真実を知らなきゃ、少しでも前に進まなきゃ、ボクはその後悔を拭える気がしない。
「絶対に、見つけるんだ」
絶対に、ぜったいに、と呟く内に、ボクは眠りに落ちていった。
深く、深く。
◢◤◢◤◢◤
それはごく平凡な一日の出来事。
春風の抜けきった5月の中旬。
外の世界は夜の色。
お月様は雲に隠れてお休み中。
白巳津川市。白巳津川駅バスターミナル横。横断歩道前。信号下。信号を待つ途中、ボクは妹と喧嘩をしていた。
「事件のことなんてどうでもいいです。私達はこれからのことを──」
「どうでもって……
まぁ……恥ずかしいことに。
ボクは兄らしくなくカチンときていて、口調も声量も荒かった。
「それとは話が別です。そんなことも分からないくらい脳みそがパープーなんですね。あなたは警察でもなければ探偵でもない。ただの学生なんですから」
パープーは言い過ぎだが、それ以外はグーもパーもチョキも出すことが出来ないほどの正論だった。ボクは口を噤んで、悪役みたいな渋顔をするしかない。
そんな兄の醜態に妹は本当に呆れたようで、「もういいです」と捨て台詞の中でも最上級の切り捨て台詞でボクにトドメを刺し、横断歩道を渡っていってしまう。
……多分。妹も相当頭にキテいたのだろう。彼女は信号機の表示する“色”を確認していなかった。
「奈津──ッ!」
手を伸ばした先は自分の部屋の真っ白な壁。ボクは道路の上ではなくベッドの上で布団をふっとばして起き上がった所。
「へ?」
夢オチなんてサイテー、という気分ではなかった。夢に見るにはあまりにも現実的で、そして最悪だ。
「朝から妹の名前を叫んで起き上がるだなんて、重度の厨二病なんですね。お察しします」
「あ……おはよ」
「その伸ばした手が私の胸だったらエロゲかエッチな漫画の主人公になれたでしょうに。同情します」
それ見放してない……?
「この前の事故を夢に見ててさ」
「へぇ」
目も返事も死んでいる。
興味ゼロどころかマイナス。
「はやく朝ごはんを食べてください。食器を洗いたいので」
「うん。いつもありがとう」
「うっわ」
「感謝の言葉でも引かれるの!?」
「いや、嬉しいなと」
「感情表現が間違った方に豊か!」
「競馬には興味ありません」
「日本騎手クラブ会長様のお名前が朝から拝めるなんて最高だなぁ」
「そんなに元気なら早く朝ごはんを食べて、そして死んでください」
「最後の晩餐ってこと……?」
「朝食でしょう」
◢◤◢◤◢◤
マンションを出て学園を目指す。
御子の事件以降、二人で一緒に学校に登校するようになった。
傍から見れば仲良し兄妹……
「ハァ…………チッ」
数字の8を数えているのか、それとも単純に四拍子くらいのリズムで溜息と舌打ちを繰り返しているのか。多分後者。
妹は一切会話をしてくれなさそうなので、独り言をひとつ。
白巳津川市は学園都市であり、市の中央に白泉学園を構える。そこから少し離れた白巳津ヶ丘と呼ばれる丘の上に玖方女学院がある。玖方女学院の方が偏差値は上。
どちらも学校としては怖いほど綺麗かつ広大であり、設備もばっちり。あまりの広さと内部の複雑さのおかげで3年生になるボクでも白泉学園内の教室や研究室の位置関係を把握できてない。
白巳津川“市”として特筆すべきところは特に無い。大都市にぎりぎり届かない中都市と言ったところ。
ショッピングや遊び場としては困らないが、人通りはそこそこ。
安心安全住みやすい街。
というのがキャッチコピーだった……のは1か月前まで。
先月、4月17日に起きた玖代地震や石化殺人事件、さらに石化事件とは別に発生している連続バラバラ殺人事件『キメラ殺人事件』。
もはや大規模なテロが起きてるのではないかと巷では騒がれるほどの治安の悪さではある。
……学校の呑気な生徒達はそんなことは自分に関係ないと言わんばかりに下校時間が早まったことに喜んでいるのだが。
登下校は必ず二人以上で、という学校側からの要請を無視し、何人もの白泉学園の生徒が一人で歩道を歩いている。
「自分がいつ巻き込まれるか分からないってのに……」
ボクは苛立ちを我慢できず、そう、愚痴をこぼした。
「…………そうですね」
奈津は、静かに答えた。
やっぱり彼女も同じことを考えていたのかもしれない。
自分とは関係ない。
自分はあくまで視聴者。
ドラマのように蠢く人の死や事件を客席で笑ったり泣いたりして見てる側。これまでも、これからも、ずっとそう。
──なんてことはない。
いきなりスポットライトを当てられて、壇上に引き上げられる恐怖。
『御子……? これが……?』
石化、事件。
石になって運ばれてきた妹。
ボクはあの日に経験した。それに、あの交通事故も同じくだ。
常に気を引き締めろだなんて理不尽なのは分かってる。けど、神様の脚本にいつアドリブが入るのかは分からない。
いや、そもそも最初から事件に巻き込まれる運命なのかもしれない。
結局、人は自分の人生に怯えていくしかないのかも……やーめた。
「やめやめ、なんだか考え事をすると辛気臭くなるような性格になっちゃったな。明るく楽しく元気よく。人生ってのは明日っていう暗闇をミラーボールで照らしていくくらいがちょうどいいんだよねっ!」
「はぁ、パリピの相田みつをが考えそうな詞ですね」
「台詞の最後に“みつを”って付けるだけでみつをの詞みたいになるよ」
「そろそろ黙れ。みつを」
「みつをに嫌われた!?」
◢◤◢◤◢◤
朝会前の自由時間。白泉学園3年Aクラスの雰囲気は今日も良好。なにやら同クラスのマドンナ的存在と同クラスのイケメン的存在が壮絶な別れ方をしたことで盛り上がってるみたい。
ぶっちゃけ別れ話はめちゃくちゃ気になるけど1時限目の提出物が終わってないのでボクの目と手はノートに吸われている。
窓際最後尾の席。俗に言う主人公席。でも日中しこたま窓の外を見ているわけでも、ヒロインが横に座っているわけでもない。
と、心のひとりごとの途中でボクの横の席に着席したのは──
「ありゃー? ういちゃんの横にいるのはもしかして生徒会長を壮絶にフった蔵芽歩夢
「壮絶ってほどでもないよ。ただ事実を伝えただけだ」
ボクの横の席に座るのはボクの幼馴染、
よくわかんない? ボクも。
「事実ってのは冷凍食品よりも冷たいんだよ。あの紙カップにお遊び要素があるカニグラタンみたいなね。
にしてもかわいそ。告った相手が男の娘だなんてアニメの世界でも稀だよ。性癖歪んじゃうんじゃ?」
「そこまでの責任は取れないよ」
「罪な男ね。これから生徒会で噂を立てられて男の娘はホモに換算されないっていう謎理論を立てる男共に集団レイプされちゃうんだよ」
詰みな男だ。
さてさて視点を変わりましてあたしはこの作品の美少女担当兼、幼馴染担当兼、ヒロイン担当、眞坂ういちゃんでございます。
兼が多いですね。けんけん、パッでいきたいところですが、残念ながら兼は3つ。忙しい女です。
「図書委員つっても倉庫に入れるのは当番の人だけじゃないっけ」
「まぁ、そうともいう」
そういわない例があるみたい。
図書委員として昼休みに図書室に働きに来ていたあたしと歩夢は、それはまぁ芸術的なまでに仕事をサボって入荷した本が積まれた倉庫で駄弁っていました。
彼は白巳津川で起きている2つの事件を追っています。
1つ目は『メデューサ事件』。白巳津川市内で無差別に人が石化され、殺された連続猟奇殺人事件。彼の妹……御子ちゃんことみーちゃんが巻き込まれた事件。
2つ目は『キメラ事件』。石化事件に続き、白巳津川市内で死体と死体が歪にくっついて発見されるという連続猟奇殺人事件。
歪に、というのは……。
目と目。
鼻と鼻。
手と手。
足と足。
まるごと頭?
まるごと性器?
人間のパーツというパーツが切り刻まれ、入れ替えられ、縫い合わせられて発見される凄惨な事件。
人間によって引き起こされた事件なのかすら疑われる奇怪な殺人。
この2つの事件は犯人が捕まっておらず、捜索も続行中。でも、犯人の足取りは一向に掴めないみたい。ニュースでは専門家達のつまらないコメントが垂れ流されている。
『これは劇場型犯罪ですね。犯人は殺人を愉しんでる。メデューサ事件の後にキメラ事件が起きたというのはキメラ事件の犯人はメデューサ事件の犯人に憧れ──』
『本物の石化なんですよ? これは魔女の仕業ですよ。ほら、イギリスの予言に──』
『同じ人と思いたくないですが、これは人間社会が産み出した悪魔なのですから──』
かっこつけちゃって。あんた達だって楽しんでいるでしょうに。
……とまぁ、とにかくこの白巳津川では2つの大きな猟奇殺人事件が起きていて、目の前の純粋バカはそれらの事件を追っているってわけ。で、あたしは幼馴染として、腐れ縁として彼に付き合っている。
ぶっちゃけ危ないようなことをしないようにする為の見張り番……ってとこかな。あたしって優しいね。女神ってるね。
「でー? メス顔探偵さんは手掛かりを掴めたのかなー?」
「メス顔言うな。うーん。今月のムムーのインタビュー、結構期待してたけど……大したことないな。カッコつけてるだけだ」
ムムーってのはオカルト雑誌のこと。最近は白巳津川の猟奇殺人について取り上げてるみたいだけど、大した情報は得られなかったみたい。
「そ。仕事戻る?」
「いや、まだ今日の新聞の朝刊、旭の方は読んでないからそっちを」
「へいへい」
こうして続く彼の事件捜査。いや、捜査にも満たない探偵の真似事。自己満足の権化。でも、あたしに止める資格は無い。
家族を失った心の棘は、どんなに便利なピンセットでも抜けやしない。遠回りの末に抜くしかない。だからあたしに介入する余地はない。彼は彼なりに己の後悔に尽くしているのだから、あたしは見守るだけ。
こやつが無理をしそうになったら、デコピンを喰らわしてやる。
それで、いい。
友達、だからね。
「またインタビューか……」
「ん、インタビューって家族の?」
「あぁ。と言ってもこの前とまるっきり同じことしか言ってないみたいだけどね」
家族。
それは被害者の家族ではない。
キメラ事件の犯人の家族。そう、犯人の足取りは掴めていないけど、犯人の名前は判明している。
これまでのキメラ事件の現場には、被害者の血でメッセージが残されていた。
犯人が残したと思われるメッセージの内容は犯人自身の名前だった。
「石化事件について何か手がかりを持ってるかもしれない。だからキメラ事件を起こした
……
ニット帽をギュ、と深く被る歩夢。彼は新聞を睨みながら、低い声でそう呟いた。
◤▼─
─▼◢
◆うい◆
よし。
昼休み終わりまで時間あるし、
改めて事件を振り返ってみよ。
ほら歩夢、ボキッとしてないで。
◆歩夢◆
あまり聞きたくない擬音語。
うん。印刷は?
◆うい◆
今日は忘れてないよ。
あたしはA4用紙にまとめられた
事件についてのメモを
机の上に広げた。
これはパソコンの
ワードで作成したもので、
白巳津川の地図の画像と、
対比させた事件の情報を
細かく記したものだ。
ワンドライブで共有していて
作成はあたしと歩夢で行ってる。
▼▼▼
✔メデューサ事件
─容疑者─
●???
─被害者一覧──
…及び死体発見日と発見場所
●蔵芽御子(15)-4/20
白巳津川公園・ベンチ
●加藤麟(32)-4/22
ラウンドツー・裏路地
●真島茂(24)-4/23
ハイビアスビル・屋上
●九條都(16)-5/17
カラオケ缶・裏路地
●新海天(15)-5/18
白巳津川駅・駐輪場
●香坂春風(18)-5/18
白巳津川公園・木陰
▼▼▼
◆うい◆
てなわけだけど……どう?
◆歩夢◆
どうってなにさ。
◆うい◆
なんかピラめいた?
◆歩夢◆
うわ、懐かしいソレ。
けど全然ピラめかないね。
被害者のうち3人、
九條都さん、新海天さん、
そして香坂春風さんは
女子高生っていう共通点が
あるけど、3人の親族によれば
別段関係があるわけじゃない。
ってなると共通点から
犯人の考えを読み取るのは
難しそうだね。
◆うい◆
計画性は無いってことかな?
◆歩夢◆
無いにしては目撃者がいない
ことが気になるな……。
無差別なのは確かだと思うけど。
◆うい◆
これらの事件ってさ、
いわゆる劇場型犯罪ってやつ?
◆歩夢◆
そうとも言えるね。
実行犯が主役。
被害者が脇役。
世間が観客。
演劇のような殺人劇。
まったくもって……
馬鹿げてるよ。
◆うい◆
……うん。
犯人は快楽殺人鬼ってとこ?
◆歩夢◆
そうかもね……。
理解できないよ。
人気の無いところで事件を
起こしてるっていうタチ悪い
考えはあるみたいだけどね。
◆うい◆
深夜の公園や裏路地。
当たり前だけど、犯人の
目撃情報は出ていない。
これまでに一度も、だ。
殺人理由も快楽の為?
◆歩夢◆
被害者に共通点が無い以上、
それしか考えられないな。
◆うい◆
あと気になることは……
メデューサ事件が起きてからは
一度も石化殺人が起きてない?
◆歩夢◆
うん。これはチェック項目かも。
覚えておこう。
◆うい◆
じゃあ次はキメラ事件だね。
▼▼▼
✔キメラ事件
─容疑者─
●結城希亜(16)?
─被害者一覧─
…及び死体発見日と発見場所
●田中みう(14)-5/19
ホテル・バッカ前、路地
●伊藤武(75)-5/19
ホテル・バッカ前、路地
●神藤裕也(41)-5/19
ホテル・バッカ前、路地
●神田虹花(27)-5/20
白巳津川駅・女性トイレ
●井荻ゆうり(23)-5/20
白巳津川駅・女性トイレ
●貴島京子(15)-5/20
白巳津川駅・女性トイレ
▼▼▼
◆うい◆
容疑者は現場に残された
メッセージから、結城希亜。
玖方女学院2年生。
メッセージの内容は……
◆歩夢◆
『あたしは結城希亜。』
だったよ。何度も写真で
見たから忘れないよ。
◆うい◆
前々から思ってたんだけどさ、
あからさますぎない?
◆歩夢◆
ボクもそう思うよ。でも、
彼女は未だに行方不明だ。
怪しさマックスだし、もし仮に
犯人じゃなかったとしても、
彼女を見つけられれば、大きな
手がかりになるには間違いない。
◆うい◆
そっか。その子の関係者は?
◆歩夢◆
親族は
『うちの子はそんなことしない』
の一点張り。犯行を否認中。
友達は……少ないみたい。
その数少ない友人も何も知らず。
まぁ……警察がダメなら
ボク達で探すのは無理だろうね。
◆うい◆
その前に危ないでしょ。
◆歩夢◆
もちろん。分かってるよ。
◆うい◆
絶対分かってないね。
◆歩夢◆
被害者は……今度こそまるで
共通点が無いね。
やっぱりこの事件も、
その場にいた人物を
無差別に殺したんじゃないかな。
◆うい◆
ううん……よし、
とにかく地図と関係メモは
これでオッケーだね。
あとは気になるところを
もっとピックアップしよっか。
◆歩夢◆
まぁ……散々言ってるけど、
どうやって石化したのか。
どうやって合成したのか。
この2つだね。まず。
◆うい◆
合成ってのは、
死体のパーツを別々に
縫い付けてたんだよね?
お人形さんみたいに。
◆歩夢◆
うん。むごいよ。
◆うい◆
それなら、別に力技で
なんとかなるんじゃない?
犯人に付着した血とかは
また別問題としてさ。
◆歩夢◆
いや、殺し方の問題は
そこじゃないんだ。
バラバラにされた腕や足に
切断跡が無いことだよ。
◆うい◆
切断跡がない……?
だって人って、腕を切断したら
傷とか血とか、残るじゃん?
◆歩夢◆
それが無いんだよ。
おまけに縫われた方にも、
糸を取っても腕は取れなかった。
つまり、糸は飾りで、
腕は完全にくっついてたんだ。
◆うい◆
なにそれ……。
じゃ、じゃあ犯人は
超超完璧移植手術マンだった
ってことになるの?
◆歩夢◆
超完璧移植手術マンでも
血を出さないのは不可能だろ。
◆うい◆
超が1個足りないよ。
◆歩夢◆
とにかく、石化と合成方法は
やっぱり考えても仕方ない。
魔法としか思えないよ。
◆うい◆
超能力とか?
◆歩夢◆
信じちゃいそうだよ……。
次は、発見者がいないことかな。
◆うい◆
つまり、超短い犯行時間で、
大掛かりなこともしてないって
ことだよね? すごくない?
◆歩夢◆
すごいというか、
人間業じゃないな……。
◆うい◆
あとは犯人はどうやって
この被害者の人達を
集めたのかな。
今から殺しまーす!
人気の無いとこ来てね!
なんて無理でしょ。
◆歩夢◆
人気の無いとこに最初から
みんないたとは考えにくいね。
ってなると……運んだ?
◆うい◆
誰にも見つからず?
◆歩夢◆
不可能だろうね。
◆うい◆
やっぱり超能力だよ……。
それで全部片付くじゃん。
◆歩夢◆
……。一応、メモしとくか。
◆うい◆
歩夢は、『超能力?』
と書かれたメモを、
地図の上に貼り付けた。
苦虫を噛んだ顔をしてる。
▼▼▼
✔振り返りメモ
●石化事件の容疑者は謎
●メデューサ事件の容疑者は
結城希亜という女子高生
●犯人や犯行方法の手掛かりなし
⇛キメラ事件のバラバラ死体に
傷が無い。
●キメラ事件が発生してから
石化事件は起きていない。
⇛同一人物による犯行?
●超能力による犯行?
▼▼▼
◤▼─
─▼◢
「結局何も分からなかったね」
あたしの言葉に歩夢は「うん」と頷いて、静かに笑った。
「でも、振り返ることは大事だ」
彼は真面目な声で言うので、あたしも「うん」と強く頷いた。
いつまで……これは続くのか。
いつまで……彼は諦めないのか。
分からない。分からないことだらけだ。けど、それでも前に進む。あたし達はそれでいいんだと思う。
ほら、やらないで朽ちるよりやって砕けろって言うしね。最期は華々しく散るのが人生ってヤツよ。
いや死にたくはないけど。
でも、きっと希望はある。
青臭いけど、信じてる。
「よし、そろそろ行「おーい、予鈴鳴ってるよー、昼休み終わりでーすよー。おサボりさん達ー」
意外にも。
青臭い希望ってやつは、
望まぬ時に来るものだ。
◢◤◢◤◢◤
図書室の倉庫が突然開くと、図書委員の先生が顔を覗かせた。
2学年に担任クラスを持つ女性教師、
沙月先生はあくびをしながら倉庫内に入ると、あたし達が広げていた捜査メモをまじまじと見つめた。
「これ……例の事件のやつ?」
「はい。…………え?」
生徒が殺人事件について調べているなんて、教師としては由々しき事態なはず。ならば叱るのが道理……ってわけじゃないみたい。
先生はじっ、とあたし達のメモを睨んでいた。
「ニット帽の君……名前は?」
「蔵芽歩夢、ですけど」
「蔵芽……そっか。妹さんの為に調べてるの?」
「ええ。……その、止めないんですか? 生徒のこういうの」
いらんことを言うなバカ歩夢。
「うーん、君は家族のこともあるしね。ぁいや、だからこそ止めないとなのか……。でも、うーん。めんどくさい」
「本音が出た!?」
噂に聞いてたグータラ具合は本当らしい。でも嫌いじゃない。
「ま、危険の無い程度に好きにやればいいんじゃないかな。でないと気が済まないんでしょ? 君らみたいな年頃は」
「悟ったこと言うんですね」
「まぁね〜」
「歩夢、急がないと」
あたしの呼びかけに歩夢はハッとして、広げたメモ達を片付ける。
「よし、クラスに戻ろう」
「うん」
あたし達は揃って沙月先生の横を抜けて図書室の倉庫から出る。
「先生、それじゃ」
沙月先生の横を通る瞬間のことだった。
「似合ってますよ、そのぬいぐるみのネックレス」
幼馴染としてこのポンコツ女顔男の人生を語りますと、コイツは無駄口が多いです。
渋谷とかで可愛い女の子を見かけたら「足太っ」て声を出すタイプ。
ので、横にいるあたしはいっつも迷惑をぶっかけられるわけですが……
「待って」
多分、さっきの歩夢の言葉は別れの挨拶みたいなもの。
けど先生はそんな彼の言葉を聞くや否や、彼の腕をぎゅっと掴んだ。
「え?」
「──────」
耳打ち。
あたしには聞こえない。
「分かりました。ほら行こ、うい」
「あ、ちょっと!」
歩夢に引っ張られるまま図書室を出ていくあたし。図書室を出たところで彼の腕を払いました。
「なんて言われたのさ」
「別に大したことじゃないよ」
「それフラグって言うんだよ」
「なんで分かるの」
「フラグ免許持ってるもん」
「あーデザイン集団の」
「それフラグメント」
「本当に大したことないって。ただ単純に放課後使われてない技術室に来てって。鍵開けとくからって」
「…………」
「いいこと教えてくれるってさ。ね? 大したことないだろ?」
…………。
「歩夢、昨日お風呂入った?」
「え? 入ったけど」
「パンツ今日何色?」
「普通の黒だけど」
「毛は剃ってる?」
「奈津がうるさいから定期的に剃ってるけど」
「ヨシ。じゃ、行こう」
「は?」
人生はゲーム。
なんて言葉は詩的でしょうか。
わたしはそうは思いません。
ゲーム、特に物語の存在するゲームはセーブデータという“記録”が存在するから成り立つのです。
逆に言えば、それが無ければ永遠と前に進めない。
であれば死ななければそのままハッピーエンドに直行なわけですが、とても残念なことに、神様がプロデュースした人生っていうゲームはハードコア。
そう簡単に、いえ、ほぼ絶対ハッピーエンドには辿り着けません。
はぁ。
悲しいですね。
まぁいいです。
どうせ明日には、この感情も忘れてしまうのですから。
そもそも、今日しか存在しないわたしにとって、明日なんてものは小学生の夢見るスーパーヒーローみたいなもの。
幻想空想仮想セカイ。
夢物語もいいところ。
「お前はなにを言ってるんだって思ってることでしょう。いいですよ。教えてあげます。謎解きに答えが用意されるように、謎の美少女にはそれなりの自己紹介が求められます。
らたしの名前は
さて、台詞が長くなったのでここからは思考文章にまとめますね。俗に言う地の文です」
わたしは輝かしいアオハルの申し子、女子高生の1年生。スリーサイズを簡潔にまとめると『きゅ、きゅ、きゅ』です。キュキュットのCMみたいですね。
そんなごく普通の肩書きを持つわたしには、昨日までの記憶が常に存在しません。
忘れっぽい、とか。重度の病気でもありません。病院で確認済です。
ではなぜ? 毎日記憶が無くなるくらいヘドバンしてるの?
いえいえ。メタルな曲は聴くと頭が痛くなるので苦手です。
わたしの忘れっぽさはなにやら先日手にしたアクセサリーが原因のようです。プカプカと浮かぶぬいぐるみが教えてくれた■……らしいです。
アーティファクトと呼ばれる超常能力。常識の外側。異常の権化。
ソレがこのチカラ。
わたしの能力は……忘却。
すっごく迷惑。
でもしかたないですね。人に自分の人生の脚本を書き換える力なんて存在しませんから。
人の力が及ぶのは人の創り上げた範疇。自然概念に惑星神秘には叶いっこないのが世の心理。運命って言葉には頷くしかないのです。
だからわたしは前を向いて歩くことにしました。
この忘却の能力とやらは自分でどうにかすることはできないようなので、とにかく頑張って付き合っていくことにします。
でも、昨日までの記憶が無くなってしまうので、当然家族の記憶も家への帰り道も分かりません。
自分の学校も何もかも、知らない、知れない、知り得ない。
ないない尽くしの今日という日を生きるため、わたしは『わたしノベル』なるものを書き、自分についての記録を小説にしてまとめてます。
■……らしいです。
家に帰る手がかりを小説に記録しながら、なんとか生きてます。
■……らしいです。
警察や施設とかに頼るのはなんとなくめんどくさいので、ホテルを転々としてます。
■……らしいです。
お金はどうやって工面してるのかって? それはご安心ください。決して怪しいところから貰ったり奪ったりしてません。
ちゃんと働いて、頂いてます。
「あの……あなたが今日のらたしのお父さんですか?」
「そうだよ。百鬼ちゃんがサービスしてくれた分ちゃーんとお金、弾むからねぇ」
これはおままごとの延長線上だと、
娘として、親孝行は当たり前ですよね。誰の言葉かは忘れましたが。
「ほら百鬼ちゃーん? 僕のおちんちんにどうやって挨拶するのー?」
「はい……」
まぁ、ゲームオーバーにならないように、このクエストを頑張るとしましょう。
「あぐ」
人生は、ゲームですから。
「らしい、です」
そうしてわたしは『わたしノベル』を閉じて、今日のお父さんへのご奉仕を始めるのでした。つづく。らしいです。
白泉学園に終業の鐘が鳴り響いた。最近は夏に近づいて太陽の出番も増してきたようです。
私は身支度を整えて生徒会室に向かう。生徒会書記としての仕事があるためだ。
私の横をジャージ姿の生徒達が駆け抜けていく。私は幼い頃から運動音痴なのでああいう運動熱心情熱過剰な生徒達はちょっと憧れる。
「なっちゃん。これから仕事?」
「うん。〇〇は?」
部活動に所属している友達達と挨拶を交わしつつ、私は生徒会室に到着した。
生徒会室にはまだ誰もいない。まぁ、会議の予定時刻まであと30分もあるので当たり前といえばそうなのだが。
遅刻は厳禁。処罰は現金。それが私の鉄則。完璧って言葉は好きじゃないけれど、
守るものがある方が人は強く在れる。そんな言葉を残した母親は、私達から距離を置いているのはなんて皮肉だろう。
「さて……」
持て余したこの時間は読書か勉学に使う。学生として当然ですね。
電気ケトルに水を入れて、スイッチを押す。棚にしまってあったマグカップを軽く水洗いして、お湯が沸くのを待つ。
待っている間にバッグから小説を取り出して、しおりの挟んであったページを開く。
大石昌好先生の『グリップマン・ユニバース』だ。名前に反して内容は純文学なとこが好み。
カチッと音が鳴り、お湯が沸いた。スティックコーヒーを開封し、中身をマグカップに入れて、ケトルのお湯を注ぐ。
こう見えて……というか誰にどう思われてるなんてあまり興味無いですが、私は味音痴です。
料理が上手な、味音痴です。これで料理が下手だったら皆の期待するヒロインになれたのでしょうが、資格が無いようです。
話が横転事故しました。コーヒーの味を気にしない私は手間のないスティックコーヒーを愛用しています。今日はネルカフェの微糖。お湯を注いだ時のコーヒーの匂いはいいですね。寿命が延びる気がします。
ひと口。うん美味しい。
コーヒーを飲むと平和を感じます。私は主人公でもなんでもないので、世界のどこかで誰かが泣いてるのに平和などと言えるのかなんてポエムは残しません。私は私と家族が幸せなら平和なのです。
2口目。美味しい。
生徒会室からは学園のグラウンドが見える。この学園は無駄に広いので校庭が幾つもある為、部活動の活動する広場をグラウンドと呼びます。
サッカー部がゴールを運んで、野球部はキャッチボールをしてますね。テニス部はラケットで遊んでいて、……ん。あれはコスプレ同好会ですね。『勇者ライディーン』のコスプレですね。何歳なのでしょうか。
3口目。美味しい。
人が来ないうちに孤独に平和を堪能することにしようと本を手に取った所で、
「なっちゃーーーんッ!」
トラブルの種は今にも咲かんという勢いで降りかかってくるのです。
「ねぇねぇなっちゃん? どしたの? 無視なの? ムヒなの? ムチムチなの?」
ぐい、ぐい、と歩みを詰め顔を詰め最後に私の胸に顔をうずめるのは眞坂うい先輩。幼馴染で腐れ縁で、尊敬できないタイプの先輩です。
「無視してません。びっくりしただけです。あと、一般の生徒は生徒会室、入っちゃダメなんですからね」
「あたしが一般だって? 普通の女だって? そんな枠に収まる人間だと思ってしまっているのかい?」
「つまり額縁人間ってことですか」
「どこをどう要約したの!?」
「で? まさか『大事件が起きたんだよ! 大変だよなっちゃん!』とか言わないですよね先輩」
「大事件が起きたんだよ! 大変だよなっちゃん! ……はっ」
「やっぱり。先輩のなんちゃって『大事件』はろくなことが無いので聞きたくありません。過激すぎるんですよ、うい先輩は」
「えー……。そうかな。そうかも。じゃあもういいや! 話さない! どんなに媚薬を飲まされてレイプされたって話さないんだからね! ギロチンにかけられたって口開けないからね!」
なんてリョナ趣向。
「あの……すいません。逆に気になりました。そこまで言うなら話してください。期待せずに聞きます」
4口目のコーヒー。
ちょっと冷めてきた。
「結構驚くと思うけどなー」
4口目続行。
「えーとね、歩夢がね~」
一気に飲み干し──
「先生とセックスするって!」
ぶ。
「ガフッ!」
「うわぁ! 大丈夫なっちゃんッ!? やばい、可愛い後輩が口から真っ黒な血ぃ吐いちゃったよ」
「ち、血じゃなくてコーヒー……です。あの、今なんて?」
「あたしが一般だって?」
「戻しすぎです」
「先生と」
「その次」
「セックスするって!」
バリン。
持っていたマグカップを地面に落としたように見せかけて投げつけましたなんだって?
「はい? セッ、え? それはいわゆる性行為ですか」
「うん。放課後の技術室でね」
「…………。あの、はぁ。とにかく、事情を聞かせてください」
「うん。カクカクシカジカ」
「ふざけてるとぶっ殺しますよ」
「効く! おふざけじゃないディスが効くぅ!」
それからうい先輩に図書室倉庫での事情を聞いた。委員の仕事をサボった件については厳重注意とマグカップを片付けさせるだけで許した。
「ただの相談とかじゃないですか。まったく、言わんこっちゃない。かげきしょうじょなんですよ先輩は」
「過激処女ってビッチの日本語言い換えみたイダダ上履き踏まないで!
でも気にならないのさ? 先生と放課後の教室で二人っきりなんて、おかしいと思わない?」
「別に、どうでもいいです」
5口目。──。
「なっちゃん、マグカップなんて存在しないよ」
「…………」
「なっちゃんの悪いところは素直じゃないところだよ。誰かに正しく生きていくのは窮屈だけど、自分に正しくないのはもっと窮屈でしょ。人生きゅうりと一緒で真っ直ぐな方がいいんだから、ね」
…………。ほんと、
「疲れますね」
「そこ地の文でよくない!?」
◢◤◢◤◢◤
生徒会会議を家庭の用事により欠席することを生徒会長に伝えて、私はうい先輩と技術室に急いだ。
学園1階。体育館入口前の廊下を左に進むと奥にぽつんと潜む技術室。技術室が2階に移動したため、正式には“元”技術室だ。
忍者の如くそろりそろりと教室に近づき、音を立てないようにドアを開け、私とうい先輩は団子兄弟のように中を覗き込んだ。
そして、聞こえた。
この耳でしかと聞いた。
「君は能力者だ、蔵芽歩夢くん」
ボクは放課後、技術室に直行した。教室のドアの鍵はまだ開いてなくて、ボクは扉の前でスマホをいじるしかなかった。
「ごめーん。おまたせ〜」
10分ほど遅れて沙月先生がやって来た。先生はドアの鍵は開け、「ほらどーぞー」と先に中へ入るようにボクを促した。
言う通りに中へ入ると、教室の中は綺麗だった。“使われてない”という一言だけ聞くと、もっと埃が溜まっていそうな感じを予想していたのだが、流石白泉学園というか、あっぱれ清掃のおばさんというか。
「じゃ、ここ座ろっか」
技術室中央の縦長の机と木製の椅子。対面するような形でボクと先生は座ると、暫しの沈黙が流れた。
じっとしていられず、ボクから用件を聞くことにする。
「で、いいことってなん
「君はさ」
ボクの言葉に被せるようにして先生は口を開く。
「最近変なこと起きなかった?」
「変なこと?」
「うん。常識じゃ考えられないようなこと」
先生は窓から照らす夕焼けを背に語る。
「なんでもいいんだ。気になること、ない?」
にこっと笑う。
どこか、怖い。
「変なこと……」
思い当たることはある。この前の交通事故のことだ。轢かれた奈津、傷だらけの奈津と、無傷の奈津……。でも、信じてくれるだろうか。
「信じるよ」
「え」
「なんでも。ほら、言ってみて」
笑顔は途切れず。橙色の日光は取り調べ室のランプのように、ボクを、照らす。
──あの事故を思い出す。
『奈津──』
それと。
『じゃ、行ってきます』
あの事件の手掛かりを──
「先週のことなんですけど」
ボクは沙月先生にあの事故のことを話した。先生は適度に「うん」と頷いてくれて、はじめて、ちゃんとボクの話を聞いてくれた。
最後まで話し終えると、沙月先生は右手の指を2本立てた。
「単刀直入に、2つの事実を、君に話すね」
片方が下ろされる。
「ひとつ。わたしは君の不可思議な状況の答えを知っている」
もう片方が下ろされる。
「ふたつ。わたしは君の妹さんを殺した犯人を知っている」
「え、それっ「もったいぶらずに言うよ。めんどくさいから」
沙月先生は今日はじめてみる真剣な目つきで、言った。言い放った。
「君は能力者だ、蔵芽歩夢くん」
息を呑む。世界が静寂に包まれ、心臓の音だけがボクの生命をはっきりとさせる。
「君の妹さんを殺したのは、白泉学園2年生。深沢与一くんだよ」
◢◤◢◤◢◤
落雷。稲妻の衝動。
寝耳に海水。
馬の耳にフルスイング。
「は、え」
「信じられないよね。うん。当然だよ。それが普通。常識。当たり前。でも今から話すことは常識の2文字を切り離さないと入ってこないよ。で、君は話を聞く資格と、責任がある。だからソフィ、おねがい」
なにを、言ってるんだ。
能力? 石化事件の犯人?
おかしなことしか言ってないけど……なんでだろう。先生の言葉はこれまでの点となったキーワードを線でつなげるような感覚が……あった。
「はーい。ようやく出番ね。まったく。この体勢も辛いのよ?」
「ごめん。でもこうしてユーザーが見つかったんだから許してー」
先生はぬいぐるみと喋っていた先生はぬいぐるみと喋っていた先生はぬいぐるみと喋っていた!?
「は、は、は、あ?」
「こっちの世界の人間は驚くと気を溜めるだなんて、どの枝でも教えてくれなかったわよね」
「多様性ってやつだねー」
「あらそう」
「そうそう」
「いやいやいや。は、ちょ、なに? なんですかそのぬいぐるみ。え、だってついさっきまでぬいぐるみみたいなネックレスで、で、今でっかくなって宙に浮いてしゃべっ、あ?」
「翔よりうるさいわねこの子。天と似たタイプの女の子ね」
「男ですよーソフィーさーん。顔は可愛いけどねー」
「へぇ。面白いのね」
「面白がっちゃうとネットで叩かれちゃいますよーソフィさーん」
ボクはバン、と机を叩いて、勢い良く立ち上がった。
「あの、とにかく整理させてもらっていいですか?」
「整理させようとしたところよ。話を聞きなさい、アナタ、名前は……歩夢、だったかしら」
「そうですけど……」
ぬいぐるみが喋ってる。
体の大きさはサッカーボールより一回り小さいくらいで、体の中央にチャックと口がある。
目は子供の落書きのようなグルグル目で、体の色は青と白。
異形。喋る人形にこれほど相応しい言葉は無い。
「じゃ、いくわよ」
「いくってなにを?」
「話を整理したいのでしょう。なら教えてあげるわ。私たちのこれまでのお話を──」
そう言うと、ぬいぐるみのチャックが開き、ワームホールのようなものが露わになる。もはやなんでもアリだ。
「名乗り遅れたわね。私の名前はソフィーティア。異世界の住人よ。よろしくね」
あまりにも、な自己紹介をして、ボクの頭にワームホールごと被さった。
そして始まった。
これまでの物語を語る、スペシャルミニ劇場。
▶▶▶
300秒で分かる
9−nine−
ここいろ!
そらいろ!
はるいろ!
ゆきいろ!
白巳津川市。
学園都市であること以外になんの特色もない街。
観光客を呼び込もうと町興しに励んでいるが、どれも不発。
しかし、思わぬ形で世間の注目を集めることになった。
ぶっきらぼうな態度をとりがちだが、行動力ある頼れる青年。『
なんだかんだ言いながら周りのことを第一に考える優しい性格である。
普通の学生らしい平穏な生活を送っていたが、
玖代地震により
アーティファクトは所持者に特殊能力を授ける。
その人智を超えた力を悪用した深沢与一により人体石化事件が発生したのだった。
平行世界の住人であるソフィーティアは流出したアーティファクトを回収する為、紆余曲折の末様々な人間に協力を申し出る。
奪取の能力を持ち、正義感の人一倍強いしっかり者『
さらに天真爛漫な翔の妹であり、気配操作の能力者『
アーティファクトを巡る彼らの物語は幾つもの平行世界・別名『枝』を渡り激化し、最終的には黒幕『イーリス』との戦いに突入する。
イーリスと、彼女に協力した深沢与一との戦いに翔達はなんとか勝利するものの、翔は意識不明。
そして彼と共に戦った四人は与一によって殺されてしまったのである。
イーリスは消滅したが、流出したアーティファクトは白巳津川市内に存在する。ソフィーティアと、翔達と協力していた白蛇九十九神社の巫女であり白泉学園の女性教師・成瀬沙月は全てのアーティファクトを回収できるのか!?
つづく。
▶▶▶
「わかった?」
「まぁ……大体。なんかご丁寧にイラストや動画もついてたし。アフレコもされてたし。信じられるかどうかは別なんですけど」
「信じなければ、これまで白巳津川で起きた事件の説明がつかないでしょ?」
「それは……そうですけど。でもちょっと待ってください。能力がどうとかは後にして、まずイーリス? と戦った5人って……」
「そう。翔は病院で目を覚まさないまま。他の4人は……死んでるわ」
「結城希亜って、キメラ事件の容疑者じゃないですか!」
「犯人の嘘に決まってるでしょう。犯人は結城希亜の死体を奪い、あたかも彼女が殺人を犯しているように罪を擦り付けているのよ。最低ね」
「全部……信じろって?」
「私の存在で充分な証拠にならない? それとも何かトリックがあると思って?」
「…………」
ボクは、ボクの頭上にプカプカと浮かぶ、ソフィーティアと名乗るぬいぐるみを掴んでみる。
もにゅ。もにゅ。
うん。なんか、ほんとにぬいぐるみって感じ。
離すと、やはり浮かぶ。糸があるようには見えない。電池蓋もない。
もう一回掴む。
もにゅ。むにゅ。
「エッチね」
「え、ぬいぐるみも感じるんですか」
「…………。歩夢。だいぶ肝が座っているのね。幻滅したけど気に入ったわ」
「どっちですかそれ」
「でさぁ」
しばらく蚊帳の外にされていたボクの向かい側に座る沙月先生は、どこから取り出したか知らぬ午後の紅茶(ミルクティー)を一口呷ってから話し始めた。
「わたし達の話、聞いてくれる? 能力者について。これからのお話について。わたし達は一刻も早く止めたいんだ、キメラ事件の犯人を」
それは。そんなの。
決まってるじゃないか。
不可思議なことなんて聞き飽きた。見飽きた。
『御子……? い、石に……』
どんなに馬鹿げた話でも。
ミリの希望があるのなら。
しがみついてやる。
「ボクは、「駄目です」
技術室に声が響く。これまでの3人(内一匹ぬいぐるみ)の声ではなく、新たなる来訪者。否、元よりそこに隠れていた──
「奈津?」
「兄さん。そんな怪しい話、聞かないでください。どうせそこのぬいぐるみも何かの手品でしょう。能力だとかなんだとか、変な話に乗って高校3年生の大事な時期をお釈迦にしないでください」
「そうだぞ歩夢。楽しそうだからあたしも混ぜろ。てかさっきから気になってたんだけ」
「先輩はちょっと黙ってて」
「あたしゃ無能だ!」
奈津の肩からひょっこり顔を出すうい。果たしてどちらが先輩か。
「奈津、これは……」
「異議あり!」
机を大きな音を立てて叩き、立ち上がっては人差し指を奈津に突きつける沙月先生。
「今の発言には決定的な矛盾が存在します。裁判長」
「裁判長?」
首を傾げるボク。
「続けなさい」
ソフィさん?
「蔵芽奈津さん。あなた、今『そこのぬいぐるみ』と発言しましたね? それはおかしいんですよ」
指で顎をすりすりと、さながら探偵のように擦っている。腹立つなあのポーズ。
「なにを言ってるんですか。先生も先生ですよ。教師として兄の相談に乗ってくださっているのかと思えば変なほら話を──」
「奈津ちゃん。君も能力者だよ。だって、能力者にしかソフィーティアのことは見えないもん」
「ねぇなっちゃん? そろそろ聞いていい? さっきから話してる“ぬいぐるみ”って、なに?」
◢◤◢◤◢◤
2020年4月17日。
午後13時35分。
玖代地震と呼ばれる、 マグニチュード7.1の大地震が発生。
白蛇九十九神社に祀られていた神器が破損し、平行世界と繋がりを持つ。
そこから流出した装飾品をアーティファクトと呼び、アーティファクトを手にすると超常能力を行使できる。
モノを奪う能力。
気配を消す能力。
幸福を呼ぶ能力。
人を罰する能力。
能力の力は絶大。
この世界では、あまりにも危険すぎる代物である。
平行世界にてアーティファクトを管理する『セフィロト』と呼ばれる団体のリーダーであるソフィーティアは、直接こちらの世界に来ることが不可能の為、ぬいぐるみの姿で人間に協力を呼びかけた。
壮大な戦いの後、力を悪用した『深沢与一』とソフィーティアの別の枝での姿・『イーリス』を倒すことに成功したが、アーティファクトの回収はまだ終わってない。
アーティファクトを持つ者・アーティファクトユーザーに対抗できるのはアーティファクトユーザーのみ。
できるだけ多くのユーザーに回収を協力してもらいたい。だから、ボクに声をかけた。
ボクの能力は──
「戻れッ」
わざと割ったガラスのコップ──その破片に、念じる。
イメージは元のコップ。
だけど、
「ダメだ……」
なにも起こらず。うっすらと右手の甲にあるスティグマが輝いたが、すぐに消えてしまった。
あれからアーティファクトやこれまでの戦いについて改めて教えてもらい、他の能力者や協力者を紹介するとのことで今日の夜に喫茶ナインボールでまた集まろうということになった。
それまでの間、ボクと奈津は家に帰っていた。
スティグマというのはアーティファクトユーザーになった証らしく、体のどこかに発現するらしい。
が。ボクはユーザーとしてはかなりの異例らしい。主に残念な方向で。
普通アーティファクトを手に入れた場合はその能力の使い方のレクチャーがされるそうだが、ボクにはそんなことされた記憶は無い。
このスティグマというのも能力発動前にもうっすら見えるらしいが、ボクのスティグマはまったく見えない。
アーティファクト本体・装飾品も持ってない。落としたら持ち主の元に戻ってくるらしいけど、どこにもございません。
なにより、自分の使いたいタイミングで能力が使えない。おかげで再生の能力(仮称)の全貌も分からない。
ので、あの時奈津を助けた方法も分からない。ソフィーティアによれば人を生き返らせる力なんて存在しない……らしいけど。
無い無い尽くしのあっぱれ具合。泣いちゃうね。
「クソ雑魚なんですね」
ボクの向かい側のソファに座っていた奈津が言う。
「もっとさぁ、兄を労るとかさぁ、ない?」
「ないです」
「誰だよ真っ直ぐ生きろとかいった幼馴染クソ野郎は……」
ちなみに奈津も能力者らしく、能力は『譲渡』。名の通り
『なんで隠してたんだ?』
『あ、私能力者になったんだー! ってなると思いますか? 幻覚だと思って無視してました』
──とのこと。流石妹。強い。奈津のアーティファクトは指輪の形をしており、
『それなりに可愛いから使わせてもらってた』という。将来はきっと出世するなこいつ。
「奈津の能力も見せてよ」
「嫌です。兄さんはソフィーティアの話を聞いてなかったんですか? 能力はどんな副次作用を起こすか分からない危険な代物なんです。それに、能力を使えば使うほどスティグマが体全体に侵食し、いずれは己の能力によって自壊する。
こんな恐ろしいものを無闇やたらに使うなんてありえません。この世に存在するバカに失礼なくらい兄さんですねバカ」
逆だし酷いしでも前者は正論だからもう情緒がグチャグチャですお兄ちゃん。
「ごめん……。けど、改めて……信じられないな」
「…………。信じるしか無いのなら、私は受け止めます。いつまでもウダウダ存在を確認している方が非効率ですから。
私は私と兄さんの自衛の為なら能力を使います。その、沙月先生達の要請も、兄さんの監視役の為に付き合います」
「あのなぁ……。監視役って」
「兄さんの頑固加減は生まれた時から知ってるんですから。
だから、これが最大限の協力です。私は本当は殺人犯や能力者を探すなんて危険な行為に、足を突っ込みたくなんてありません」
「……奈津。分かった。
……ありがとう」
「ひとつ。約束してください」
奈津は身を乗り出し、テーブルに手をつくと、小指を立てた
。
「絶対に無理はしないこと。危機を感じたら能力がどうこう関係なく、逃げること。いいですか」
「奈津はどんどんお母さんみたいになるな……。あ、世でいう一般的なお母さんな。
……うん。分かった。約束する。ゆびきり──」
約束。誓い。
小指を交え、言葉を交わす。
奈津は昔から約束が好きだ。逆に約束を守らないことは大嫌いだ。
だから、破ったりはしない。妹を泣かせるようなお兄ちゃんは、御免だしね。これ以上妹からの株を下げられたくないし。
「あ、そういえば奈津のスティグマってどこにあるの?」
「…………。言いたくありません」
「なんでよ」
「言いたくないからです」
「お願い! ちょっとだけ!」
「嫌です」
「一生のお願い!」
「だったらもうとっくに終わってます」
「再発行は?」
「ないです」
「土下座!」
ボクはシュバッとソファの上で頭を下げた。
「なんでそんなに見たいんですか」
「スティグマってちょっとかっこいいからさ。ザ、異能力モノって感じで。ね? ね?」
「…………」
「Please show me!」
「──です」
掠れるような声。
聞こえん。
「なに?」
「だか、ら。胸……です」
「む、ん」
「胸! ですッ!」
「あ……ごめん…………」
ボクの株は地の底に。
少年は振り返る。
今日一日がどれだけ幸福に満ち溢れていたのかを。
少年は母親とデパートに来ていた。白巳津川駅から徒歩5分ほどの場所に位置する『白巳津川れれぽーと』だ。
白巳津川の中で最も広大なデパートは、その大きさと比例して店数も人通りも多い。
当然、迷子も1日に1回は必ず起きる、という具合である。
きっかけは値引きセールだった。少年は母親に手を引かれていたものの、押し寄せた人の群れに流され、握っていた手を離してしまった。
それからの内容は語るまでもない。ただ母の名を呼び、叫び、ただ泣き、叫び、の連続である。
やがて泣き疲れ、休憩スペースのソファに座りこんで、ようやく迷子センターの存在を思い出した彼は、自分の愚かさにため息混じりに笑うしかなかった。
「なにやってるんだろ、ぼく」
歩き疲れたものの、いつまでもこうしてはいられないと立ち上がりかけた彼の体は、突然フワリと浮いた。否、巨漢が少年を抱き上げたのである。
「はぇ?」
「おーここにいたのか。ようやく見つけたぞぉー」
「え、だれ!」
「なにいってるんだ、パパだよ」
それは違う。少年の父親は今日は仕事に行っているはずで、このデパートにはいないはず。
当然少年は不審者の存在に声を揚げようとするが──3秒。
パパという単語を聞いた後、少年は助けを求めることを諦めた。
違う。彼は、その巨漢を本当の父親と認識したのである。
当然、
「ぐひ、ひ、ひひひひし」
巨漢は紛れもない不審者であり、異常を行使するアーティファクトユーザー。常人から逸脱した存在である。
◢◤◢◤◢◤
少年が次に意識を取り戻したのは、デパートの倉庫きらしき場所だった。
埃にまみれ、掃除用具がちらかった灯りの少ない部屋で、彼は服を脱がされていた。
「たまんねぇなぁ。ショタだぁ、ぐじ、がひひひ」
わるものだ、と。少年は心で呟いた。こんなにもありきたりな笑い声を上げる悪党がいたものか、と。
しかし状況は最悪だ。少年はガムテープで口や手足を塞がれ、到底逃げられる状態ではない。
幼くしても理解した。
これはオワリだ、と。
意識を失っていたおかげか体力はそれなりに回復していた少年は、ひたすらに泣き叫ぶ。外に声の響かないであろう場所だと理解していても、この現実を拒むように声をあげた。
あるいは。ヒーローのような誰かが、助けに来てくれると、願った。
少年は今年で5歳となるが、ヒーローへの興味は薄かった。むしろ嫌っていた。フィクションよりもノンフィクションが好きだった。車や電車が好きだった。架空を嫌った。空想を嘲笑った。
『バッカみたい』
日曜朝の口癖だった。が、その言葉の矛先は今では自分だった。こんなことに簡単に巻き込まれて、助けを求めて泣き叫んで、本当のバカは自分じゃないか、と。
やがて少年は泣き止んだ。
すべてを諦めた。
「えぇ、なんでやめちゃうのぉ。おれさぁ、泣いてる子を犯すのが好きだからさぁ、ほらもっと泣いて? まだ尺足りないよ? オカズにするんだから」
カメラを持った巨漢が迫る。少年は黙ったまま眺めていた。自分のオワリを見届けようとした。
絶望を呑み込もうとした──その時だった。
「キャワウィくない、そういうの」
女性の声が倉庫に響く。
瞬間。
「あぶ?」
巨漢の首が落ちた。
人として正常な位置から──落ちて、床を転がった。
「ふーん。ユーザーにしては耐性無さすぎ。もっとキャワウィくない。ま、それでもユーザーはユーザーだからいっか」
いつの間にか、首の無くなった巨漢の真後ろにコートを着た女性が立っていた。
「あんちゃん大丈夫? マッキィの助けいる感じ? いやいる感じだよね? はーいいりまーす! お、いい返事だねぇ。助けちゃおう!」
白髪に赤いリボン。特徴的な喋り方。おおよそ不審者と考えられる要素しか存在しない彼女は、少年の拘束を解いた。
「あ、あの……」
「いいよ礼は。マッキィはキャワウィウィモノが好きで、君はキャワウィウィから目をつけていて、そんな君をいじめるクソ野郎をボッコボコにしてやっただけ。
つまるところ人助けではなく自己満足衝動ってわけ。あ、もしかしてこれ難しい単語な感じ?
まぁいいや。ヒーローってことにしとこうかな」
「た、たす、助けてくれて……ありがぁ……ぁぁ」
「およよ泣いちゃったよキャワウィすぎるよ。よし。あんちゃん、お母さん探してるんだよね?」
「はいぃ…………」
「マッキィが一緒に探してあげる。人助けはね、キャワウィウィものの次に好きなんだっ!」
少年はコートの少女に手を引かれ、倉庫を出ていった。
「ほらあんちゃんもおいで、キャワウィくない人」
呼びかけに応じるように、首の取れた巨漢の死体は、己の首をゆっくりと拾い上げ、元ある場所にくっつけ、歩き出した。
少年は、
笑って、
ソレを見ていた。
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白巳津川れれぽーと2階。雑貨売り場通りを手を繋いで歩く少年とコートの少女。その後ろをノロノロと歩く巨漢。
「あの、おねえさんなまえは?」
「マッキィだよ。よろしくね。じゃあお姉さんと一緒に遊ぼっか」
「え、おかあさ──うん! 遊びたい!」
「マッキィはね〜キャワウィウィクレープのお店知ってるんだ。お姉さんがおごったげる」
「やったー!」
「やったー!」
少年と巨漢が声を上げる。
「あんちゃんには言ってないよ巨大デスチンポホモ男」
「あう……」
◢◤◢◤◢◤
「美味しい?」
「うん、美味しい!」
少年はクレープを食べてい/クレープを、食べ、ているよ。
「ほんのりあったかい?」
「うん。あと、ちょっと硬いかも」
「そっかそっかー!
「ところでおねえさん、ここどこ?」
「んー? どこでもいいじゃん。ねぇ? ホモ太郎」
暗闇の空間。唯一の灯りは蝋燭一つ。少女の投げかけた視線の先にはバラバラにさ/可愛い女の子が座っていて、元気よく「はいっ」と頷きました。
「デザートも食べたし、ゆうとくん。マッキィともっと遊ぶよね?」
「うん!」
少年は持っていた巨漢の目だ/クレープの残りをポイと投げました。
「なにであそぶの?」
「ここは昔ながらの遊びといきましょかー。グーチョキパーで何作ろう遊びはどう?」
「うん、やる!」
「じゃあ相手より面白いモノを作れたら勝ちね! まずはマッキィから!
グーチョキパーで、
グーチョキパーで、
何作ろー?
何作ろー?
右手はパーで、
左手はチョキで、
爪剥がし拷問〜
爪剥がし拷問〜」
「じゃあつぎはぼくだね。
グーチョキパーで、
グーチョキパーで、
何作ろー?
何作ろー?
右手はグーで、
えーと……。
左手もグーで、
ゴーリーラー!
ゴーリーラー!」
「つまんない」
パキャ。
少年の爪が剥が/笑顔の少女は少年の爪をぺろりと舐めました。
「ちょっと! なにするのおねえさんっ! くすぐったいよ」
「えへへ、だってキャワウィウィんだもん。けどこのままじゃゆうとくんの負けだよ? いいの?」
「それはダメだよ! だってそしたらおねえさんをよろこばせられないもん!」
「だよね、じゃあほら」
「グーチョキパーで、
グーチョキパーで、
何作ろー?
何作ろー?
右手はグーで、
右手はグーで、
左手はパーで、
左手はパーで、
あっと、えーと……。
スーパーキーパー!
スーパーキーパー!」
「つまんない」
ブチ。
少年の耳が引き裂/少年の頭に少女の優しいげんこつがひとつ。
「いたい!」
「痛くないでしょ、優しくしたんだから〜。でもまだダメ。ほら、
「う、うん。
グーチョキパーで、
グーチョキパーで、
何作ろー?
何作ろー?
右手はグーで、
右手はグーで、
右手はパーで、
右手は左手は左手は左手は左手は右足は左足は左手は右手は右足は左足は左足は右耳は左目は右目は右足は左足は──」
「うん、面白い! やっぱり人間は手と手足と足なんでもかんでも繋がって協力するべきなんだよ! すんばらしい! マッキィは大好きだよっ! 人の愛や絆ってさッッ!」
少女は高ら/マッキィだっつってんだろいい加減名前覚えろよ。
「じゃ、君たち
本当に、
少年は振り返る。
今日一日がどれだけ幸福に満ち溢れていたのかを。
白泉学園から徒歩10分ほどだろうか。白巳津川大橋を渡ったところに、古風でお洒落な喫茶店が構えてある。
喫茶ナインボール。口コミは好評、店内のシックな雰囲気や店長を務める九條聡さんの人当たりの良さ、また優しい値段や学生を気遣った大盛りサービス等々、知る人ぞ知る名店である。──というのがボクの調べによるものだ。
で、実際は──
「こんな遅い時間にすまないね。親御さんに連絡は? できれば家に送るついでにご挨拶も」
「あ、いいですいいです。ボクと奈津は二人暮らしで、母は別居なので。それに、ウチの母はそーゆーの気にしませんから」
「そうかい? ……すまない、踏み込んだことを話させてしまったね」
「い、いえ! とんでもない!」
なんだろう……この圧倒的な善人爺さんは……!
「お気遣いありがとうございます。こちらこそ閉店後にすみません」
奈津はシャキッとした発音とシャキッとしたお辞儀でそう言った。
「いいんだよ。ワタシが呼んだようなものだからね。ほら、みんなが揃うまで新作のパフェを食べておくれ」
「「ありがとうございます」」
喫茶ナインボール、評判通りというか実際に体験してみると評判以上というか。よし。今度から通うことにしよう。
ボク達は集合時間──午後の9時より10分前に集合場所の喫茶ナインボールにやって来ていた。
聡さんはボク達の為に閉店時間を早めてくれたらしく、現在のお店にはボクと奈津、聡さん、そして──
「こ、このパフェう、うんめぇ……。オラ、生きてて良かっただぁ……」
「どこの人間だよお前」
──ういも来ていた。
ういは能力者ではないため、ソフィーティアのことも視覚できない。
だが、困ってる人を助けたいとのことで、捜査や情報探しに貢献したいとのこと。
「聡さん、いいんですか? こいつ」
「いやいや。捜査に協力してくれるのはとてもありがたいよ。しかし、危険が及ぶことも……分かっているよね?」
「ひゃい! 大丈夫です! ゆーてネットとか新聞とかの情報共有くらいしかしないんで! 危ないことはしないっす!」
「そうかい。ありがとうね」
聡さんの笑顔が眩しい。
肩叩きしてあげたい。
集合時間丁度になると、続々とメンバーが集まった。
沙月先生にソフィーティア、赤髪の白泉学園生徒と、黒長髪の学園生徒。
「えーと、君は……」
ポケットに手を突っ込んでこちらに近づいてくる赤髪の青年。
「ふぅむ。君かぁ。新たなるアーティファクトユーザーというのは」
ぬめっとした喋り方。
「話は聞いている。再生の能力者といったな? 能力の効果が未知数とのことだが……ふふふ。滾るなぁ。謎とは神秘! 神秘とはロマンッ!
このリグ・ヴェーダも賑やかになるぞぉ……ッ」
あ、ヤバい人だ。
厨二病さんだ。
「蔵芽、歩夢、です」
「おっと。私としたことが名乗り遅れたようだ。私は
「はい?」
「君のコードネームだ。再生とかけて死の国から戻った女神の名だよ」
「知らないっすね……」
「そうか。まぁそういうことだ」
どういうことなの。
「この子は君と同学年だよ。アーティファクトユーザーで、ユーザー探しを手伝ってもらってる」
「そういうことだ。
よろしく、頼む」
蓮夜から右手が差し出された。握手の意だろう。ボクもそれに応えて右手を差し出し、ぎゅっと握った。
「う、うん。よろしく」
「で、この黒髪の子も同学年で、名前は
「なるほど。よろしくっ」
今度はボクから右手を差し出す。が、彼はピタッと止まったままで反応無し。
「えーと、嫌われてます……?」
「この子人間アレルギーらしいんだ。だから無口だけど許してあげて」
「………………スマン」
「え、なんて? まぁいいや。了解です。仲良くしよう」
柊はゆっくりと頷いた。
この2人……先行きが不安だけど、退屈はしないだろうな。
「ボクからも紹介するよ。こっちの女の子がボク達と同学年の眞坂うい。幼馴染なんだ。で、こっちはボクの妹の奈津」
「よろしく!」
「よろしくお願いします」
そんなこんなで挨拶を済ませ、ボク達は聡さんの案内によって店の奥に向かった。
事務所の更に奥。『使用禁止』という張り紙の貼られた扉を、聡さんは躊躇なく開いた。
そこには──
「すごい……」
ドラマで見たことあるやつ……というのが第一印象。
部屋の大きさは……だいたい4.5畳くらい。3つほどの移動式ホワイトボードに白巳津川市内の地図。部屋中央には細長いテーブルと幾つものクリアファイル。資料がまとめてあるようだ。
「沙月君から聞いてると思うが、ワタシは娘を……都を与一君に殺された。だからこそ、これ以上アーティファクトによる事件を起こしたくない」
「だから私達は、ここを使って事件についてまとめたり話したりしてるの。キメラ事件だけでなく、未回収のアーティファクトを持ったユーザーについてもね」
聡さんに続いてソフィが語る。確かに地図に貼られたメモに、能力者の概要が書かれている。
「といってもまだ3人しか回収できてないんだけどね。アーティファクトの契約を破棄させる為のアンブロシアも入荷待ち……先は長いね~」
手をひらひらと振ってため息をつく沙月先生。
「これだけのユーザーが揃ったんだ……。新生リグ・ヴェーダに恐いモノなど無いッ!」
「…………タカミネクン、ウルサイ」
「さっきから言ってますけど、リグ・ヴェーダってなんです?」
奈津が蓮夜に問う。
「我々のチーム名だ。
どうだ、いいだろう?」
「よくありませんダサいです」
オイ……! 直球すぎ。
「ふぅん」
にやりと笑う蓮夜。
「いや会話終わりかい!」
思わずツッコミを入れるうい。ボクも同感です。
……というような魑魅魍魎メンバーの集いは、1時間半ほど事件についての情報を共有して解散することになった。
その中で大した新情報が出ることはなかったが、ボクにしてみれば『結城希亜』と『深沢与一』の情報だけで充分だ。
家が遠い蓮夜と柊を聡さんが送ることになり、ボクと奈津、ういは沙月先生に送ってもらうことになった。
白巳津川大橋を渡る。奈津は先生と喋っていて、その前をボクとういが並んで歩いている。
ういはずっと曲名の分からない鼻歌をうたっていた。
「これで……これで……前に進める」
ボクは興奮を噛みしめるように、拳を握り、夜空へと突き上げた。
ようやく。ようやく前に進める。
今までやってきた捜査は、無駄じゃなかった。今日という日に繋がったんだから。
「歩夢」
と。突き上げたボクの拳を、そっとういの手が掴んで、無理やり下げられた。
「うい?」
「進みすぎて気づいたら足場がありませんでした、とかやめてね」
「どういうこと」
「周りをよく見ろってはなし。あたしが言えたことじゃないけど、でも、歩夢は特に。突っ走りすぎてあんたがいなくなっちゃったら、嫌だからさ」
「おい急にヒロインぶるんじゃない。なんかこっちまで恥ずかしくなってくるじゃん」
「あんたの事心配してるの、なっちゃんだけじゃないってこと! はい、以上! あたしも恥ずかしいわッ!」
「なんだそりゃ。でも……うん。わかった。ありがとう、うい」
「ん。礼はお金で」
「はい台無し」
そんな言い合いをしている内に、お互いに可笑しくなって笑い合う。10年以上前から変わらない光景だった。
「付き合ってるの? あの2人」
「それは……ありません。ありえません。ちがう」
「んー? あー、なるほど」
「はい?」
「いーやー? なんでもごじゃーせんよ。うんうん」
そんな後ろの会話には、一切気付かなかったのでした。
沙月先生に自分の家にあるマンションまで送ってもらった後、あたしは家の前にあるコンビニに入った。
ファミリーメイドのデザートといえばイチゴ粒の入ったいちごミルクは外せない。あとはやっぱりアイス。ちなみにあたしはゲソゲソくんのコーンポタージュ味が好き。
「E払いで!」
スマホの電子決済で支払いを済ませ、スキップでコンビニを出ていく。
ここら一帯は白巳津川市にしては珍しく街灯が少ないので、星が一番綺麗に見えるのだ。
コンビニから出てしばらく、あたしは星を眺めた。今日一日のことを振り返りながら。
まさしく激動の1日のだったと思う。アーティファクトだのなんだの、信じられないことばっかり。
本当に……大丈夫なのかな。
実はこう見えて、あたしは結構ビビりだったりする。それをノリと勢いでどうにかしちゃうけど、自分のペースが崩れると一気に壊れちゃうタイプ。
だから、ちょっと恐い。
アーティファクトなんて現実じゃ到底信じられないようなものが出てきて、歩夢やなっちゃんがどうにかなっちゃうんじゃないのか。
「そんなの……ヤダ」
やだ。なっちゃんに沢山牛乳を飲ませておっぱいを大きくする作戦も決行できてないし、歩夢と……歩夢と……。う。
セックスも、できて、ない。あ。その前に告白か。うわ〜でもあいて絶対冗談だって思うんだろうな〜。
「問題、山積みだなぁ」
心が糖分を求めたのでイチゴオレを開封した。
ゴキュ、ゴキュ、と音を立てて飲む。うめぇ。
「あたしにも、力があったら」
そんなことを言って、あたしはイチゴオレを持った手を夜空に掲げる。
ういや先生と別れて、ボクと奈津は家に帰っていた。お互いに寝る準備を済ませ、
「おやすみ、奈津」
「おやすみなさい」
それぞれの寝室へ。
ボクはベッドの上に捜査メモを広げ、改めて今日手に入れた情報についてまとめていた。
「といっても情報が多すぎるから、ういと作り直した方がいいな……」
これまでの常識を根本からひっくり返す非常識の存在。アーティファクト。そして、結城希亜の無実。深沢与一の犯行。ボリューミーにもほどがある。
「けど、これで一歩、いや数歩近づいたぞ、御子」
『突っ走りすぎてあんたがいなくなっちゃったら、嫌だからさ』
そんなのは分かってる。慎重に。かつみんなで力を合わせて。ユーザーの事件を止める。
「できるさ……」
ボクは右手の甲を、きゅっ、と左手で握った。
「ボクには、もっとなにができるんだ……」
もっと。もっと──
電話だ。ボクのスマホ。
画面を表示すると──え?
「もしもし。
……ういのお母さん?」
『歩夢くんっ!
ういのこと知らないッ?』
「え、ういならとっくに帰ってると思いますけど……」
『ういが……
まだ帰って来てないの』
◢◤◢◤◢◤
「兄さん、ダメですよ。こんな時間に。補導されます。うい先輩のことは警察に──」
「分かってる。分かってるけど、じっとなんかしてられない……」
「またそんなこと」
「だからゴメン! すぐに帰ってくる。じゃあ!」
兄さんは、ドアを開けて行ってしまいました。
「なにも……なんも、分かってないじゃないですか……」
◢◤◢◤◢◤
ボクが外に出る頃には、日付が変わっていた。月は見えない。
ボクはパジャマの上に上着を来てマンションから駆け出した。
沙月先生によればういの家のマンションすぐ下のコンビニに一人で入ったとのこと。
それが最後の目撃情報。
沙月先生と聡さんも探してくれているらしい。
「あいつ……どこほっつき歩いてんだ?」
二人にも外に出ることを止められた。二人とは付き合いが長いわけでもないのに、多分様子でバレたんだろうな。
ボクってかなり分かりやすい性格なのかも。
「そんなこと──」
どうでもいい。とにかくういの行きそうな場所。もしくは、
「人気の無い場所……」
最悪の事態を想定して。
目を覚ますと、どうやらアパートの一室のようでした。
体を起こす。どうやら布団の上で寝てたみたい。
埃っぽくて汚らしい。いかにも古いアパートの一室って感じ。ドラマとかで使われてそう。
「どこ……ここ」
「ぼくの部屋だヨ」
声の方へ視線を向けると、このリビングらしき部屋の入り口に、顔が見えないくらい長髪の男が立っているようでした。
「あな、あなた誰です?」
「力、ホシイんでショ?」
「はい?」
「ダカらアゲルノ、チカラ。もう、イラない。いらないんだ。こんなの勘弁だ勘弁だ勘弁だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!」
やばい。
本能が警鐘を鳴らしてる。
逃げなきゃ──
と。すかさず立ち上がろうとしたところを男が飛びかかってきた。
「は──ぐッ」
「ダメダ。ダメなんだ。オマエはココでぼクのチカラを引き継がなきゃダメなんだだだだめんだやっどミツけた……適合者を、ヲォォォォォ!!」
「やめっ、て……! はなっしてッ!」
信じられない強さで男はあたしを押さえつけてくる。
「だい、たい、体液ぃ……ぃ、体液を、取り込めぇぇッ!」
「はっ、ず──んんぅぶ」
男があたしの唇を無理やり奪う。無理やり舌を、唾液を、押し込んでくる。
「おぐ──がぶぁ、え────おぇ」
息が、できない、
ひたすら に。
だ 唾液 を。
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、もっど、もっど、」
「やめ……で、やめ……きゃ」
男はあたしの服を無理やり脱がせようとする。必死に抵抗しようとしても、力が弱まっていたあたしには、なにも、できない。
そのまま。
「どこだよぉ! マンこどぉこだよぉぉッ! ぼぐの、ぢンボ、いれ、いれなっ」
そのま ま。
男性の を。
あた し。 の。
な
か
に。
◢◤◢◤◢◤
股を……ジンジンと痛む秘部を触ると、ぬめっとした感触があった。
それが何かを想像する力もあたしには残されていなかった。
ただ分かるのは。
「助けて、歩夢ぅ…………」
ずっと、同じことを。
言い続けていたことと。
男が。
『もしもし!?』
「あ、歩夢? ごめん心配かけちゃって。あたしなら大丈夫だよ」
『は、え? お前、大丈夫なのか!?』
「うん」
『うんじゃないだろっ! どれだけみんなが心配したと思ってんだよ』
「うん。だから、ごめん。もうお母さんにも聡さんにも沙月先生にも伝えてあるから。ほんと、ごめん」
『お前……。わかった。どこに、いるの?』
「いやー、道に迷ってるお爺ちゃん助けてたらさ、今度はあたしが道に迷っちゃって。あはは」
『なんだそりゃ。なら連絡してよ』
「充電も切れちゃったし公衆電話も見つからなくて、半泣きだったよほんとー。今は警察の人にこっぴどく怒られながら連絡してるって感じ。お母さんもすぐ来るって。
だから、ほんと大丈夫」
『わかった。また明日ね』
「うん……明日……ね」
ブツ。
「明日…………かぁ」
「無理かもなぁ……それ」
「はぁ…………。ごめん」
「さようなら」
あたしは
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