9-nine- ゆきいろ ゆきみち ゆきのよる   作:YURitoIKA

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第2章 崩壊妄想少女の涯(蓋)

 

 

──妄想は孤独だ。

 

 

 

 夢に堕ちる圧倒的な閉鎖感。

 空想心理。

 熱烈幻想。

 

 人はそれを“寂しさ”と喩える。

 

 ワタシはソレを、

 余計なお世話と跳ね返す。

 

 ワタシは妄想を愛してる。

 

 人に悲惨と喩えられようと。

 

 無様と比喩されようと。

 

 幻想と罵られようと。

 

 ワタシは──

    ()()との世界を愛してる。

 

 きっともう、この世界も長くは無いだろうけど、あまりにも不平等なこの世界で、幸せを望む権利くらいなら、ワタシだって握っている。

 

 

 

 

世界を(/毒)で犯そうと、

ココ(/妄想)は絶対渡さない。

 

 

 

 

 

 

❑─CHAPTER11(SATUKI NARUSE)─❒

 

─5/25日─

 

 新白巳津川病院4A54番病室。天気は快晴。雲は有給取得中。最高気温は30度という真夏に片足を突っ込んだ破天荒具合である。

 今日は平日の水曜日。わたし──成瀬沙月は白泉学園に務める立派(ここ大事)な教師であり、平日(イコール)暇も許されぬブラックな日程だが、面食いの先輩教師が課題作りを手伝ってくれたおかげで、なんとまぁ夕刻の5時に仕事を終えることができたのである。

 

 んな教師の独り言はさらさらどうでもよくて、わたしが我が家兼実家に帰らずに病院にやって来ていることが重要なのである。

 

「今日は平日に来れちゃったよ。

 ……翔くん」

 

 病室のベッド──シーツに枕にサイドレール。白で統一された世界の上に横たわるのは緑の病院服を着た一人の少年。

 

 新海翔。

 

 アーティファクトユーザーの一人であり、アーティファクトを悪用した魔女をくい止めた少年。

 

 そして、力を行使し過ぎた故、眠りについた少年。

 

 あれから一週間と少し。翔くんのおかげで一番タチの悪いやつは止まったけど、まだまだアーティファクトは悪用されている。

 

「この前の話の続きだけどさ」

 

 わたしはここに来て、学校の近況について話している。勿論答えは返ってこない。

 

 そりゃあ……寂しいけど。幼馴染が返事もせずに眠ってるって、結構クルものあるよ。二十歳超えた残念お姉さんでも、さ。

 

 でもいい。

 

 病室の窓の隙間。黄金の日を浴びた風が、翔くんの前髪を優しく揺らす。それがまるで、彼が優しく頷いてくれているみたいだから。

 

 それで充分。

 死んだわけじゃあるまいし。

 

 ──もし。目覚めたら。

 

 担任教師として、とびっきりの量の課題を突きつけてやるんだから。

 

 で、困った顔を笑ってやる。

 

 ちっぽけでありきたりな未来。

 響きは良いとも。

 

「でさ──」

 

◢◤◢◤◢◤

 

「あ、そうそう。新しいユーザーの子が見つかってね。協力してもらってるんだ」

 

 それから事件のことについても少々。

 

 5月21日にデパートの倉庫でキメラ事件7、8人目の犠牲者が見つかった。

 

 飯島翔太くんという小学生。小詰大昌さんという元プロレスラー。

 

 髪の毛を全て抜き取られ、代わりに頭皮に二人の手の指と足の指がくっつけられていた。

 

 二人の首はすり替えられていた。

 

 他にも凄惨な状況だったらしいけど、流石に一般教師のわたしには知り得ない。……ていうか知りたくない。

 

 3体目の人形。

 

 傷跡や血の痕跡が無いのはこれまでと同じだった。

 

「けどね、ここで止まってるの」

 

 19日から21日にかけて、一体ずつ人形が生み出されてきた。……なのに、22日から今日にかけて、新たな被害者は出ていない。

 

 見つかってないだけ……っていう可能性も無くはないけど、わざわざ『結城希亜』と現場に書き残すような愉快犯が街の奥底に隠すような真似はしないと思う。

 

 警察も四六時中白巳津川市をパトカーでうろついているし、数日も見つからないなんて……おかしい。

 

 どんな理由があるかは分からないけど……とにかく猟奇殺人事件は止まっていた。

 

「これで終わってくれたら……まぁ、無いとは思うけど。どうしようかね、翔くん」

 

 人をバラバラ死体にして、人形みたく遊ぶような凶悪な人間が、わたし達の説得でアーティファクトの契約を破棄してくれるわけがない。

 

 強制的に破棄させようとしても、イーリスと同じ……それ以上の危険を孕んでいる。

 

「君なら、どうするのかな」

 

 カッコ悪いよね。いち大人が、高校生に縋るなんてさ。

 

 わたしも完璧な部外者ではない。アーティファクト流出の原因、大地震による神器の破損。その神器の祀られていた神社の巫女であるし、また、世界の眼を持つ成瀬家のアーティファクトユーザー。

 

 他の枝……平行世界との繋がりを持つ、常識外の人間。

 

 まったくもってその実感はしないし、だからって生活が一変することもないので、イーリスとの戦いで能力を使って以降、やっぱり名前だけなんじゃないかって思ってるけど。

 

「どうだろう。これは妄想だけど、キメラ事件の犯人は石化事件の時みたくアーティファクトの奪取が目的で、人形にされた被害者達は実はアーティファクトユーザーでした〜とかだったら」

 

 もちろん、わたしも狙われる。

 

 むしろ神器の祀られていた神社の巫女、なんて即バレ不可避だ。学校から帰ってる途中に……犯人に……狙われ、たり。

 

 正直、怖いよ。すごく。

 

「知ってるよ。君がめちゃくちゃに、途方も無いくらい傷ついて、戦って、眠りについたこと。

 だから……意地かな。休日は布団と合体していたいし、合コンとか誘われてもふつーに新刊の漫画読む方優先するくらいぐーたらなわたしでも、すんごく残念な事実として……一人の大人だからさ

 

 負けてられないんだよね、君に」

 

 座っていた椅子から立って、そっと、翔くんの頬をさする。

 

「せいぜい、努力はするさ。ぐーたらなわたしなりに、ね」

 

 病室を出る。足取りは軽い。やるべき事がある、という現実に対する気怠さは、今は何故か感じない。

 ちったぁ成長したのかもね。

 わたしも。

 

「蓮夜くん。ここまで来たなら、顔、合わせてあげなよ」

 

 病院一階のホール。その中央に並ぶソファの一つに座る赤髪の彼は、わたしの声に応じるようにして立ち上がった。

 

「先生……。私には……僕にはそんな資格は無い。彼を苦しめることに加担した。それを悪い事とも思ってはいないが、その罪は残る。

 忘れないでほしいのだが、アーティファクトユーザー探しの件は彼のためではなく私の正義のためだ」

 

 高峰蓮夜くんは、随分な長台詞の後にこっちに振り向いた。難しい顔をしてる。

 

「ここまで来たことに対する弁明は何かあるのかな?」

「道に迷った。それだけだ」

「高校三年生の嘘にしては赤点かなぁ。キミ」

 

 

 

❑─CHAPTER12(AYUMU KURAME)─❒

 

 

 

「部屋の前置いとくよ。えーと、数学と……現代文のプリントね」

「ん。ありがと、歩夢」

「別にいいけど……。体調は大丈夫なのか?」

「まぁまぁ良くなってきたかな」

 

 ういは警察に補導された件以降、部屋に閉じ籠もっている。どうやら体調が悪いらしい。

 なので、学校のプリントはボクが届けに来ている。

 ……ういの母親曰く、病院には行きたがらないらしい。熱などは無いとのことだが、母親とも顔を合わせたくないらしく、一日にほんの数回、それもトイレや食事を受け取る時しか顔を出さないという。

 

 引き籠もりというやつだ。ボクも幼馴染として、彼女がおかしくなっているという事にすぐ気がついた。ういの母親、ボク、そして奈津も原因を探っているが、未だ不明。補導された件の前までは何らおかしいところは無かったのでお手上げだ。

 

「ね、歩夢。学校で何があったか、教えてよ。歩夢の声、もっと聞きたいよ」

「う、うん」

 

 とにかく、何かコミュニケーションを。一人だけにするのは危険だ。

 

 ──ボクは学校での他愛のない話、奈津との近況、アーティファクトユーザー探しの件についてダラダラと話した。

 

「あれから……事件、起きてないんだ」

 

 ういの部屋の前。ドアを挟んで会話をする。ボクはドアに背中を預けながら、ういの母親から貰ったクッキーをつまんでいた。

 

「あぁ。死体が見つかってないだけってのも、考えにくいからな。けど、安心はしてられない。犠牲者が出ていないうちに、突き止めないと」

「もしかしたらあの人が……」

 

 ういは、ドアの向こうで小さな声でナニかを言った。

 

「ん?」

「なんでもない。犯人がとんでもない女装好きだったらチャンスだよ、歩夢」

「ボクは女装趣味なんて無い。正直この顔も……好きだ、とは思えないよ」

「あたしは歩夢の顔、好きだけど」

「…………」

 

⬜⬜⬜

 

『歩夢って女なんだろ? だったらブラジャーとかつけてこいよ』

 

──だから、ちがっ……

 

『一緒に遊ぶなんて無理だろ。お前女じゃん。力も弱いし足も遅いだろ?』

 

──ぼ、ボクも……

 

『はい。僕の牛乳飲んでよ。女の子は牛乳飲んでおっぱい大きくするんでしょ?』

 

──牛乳は苦手なんだって……

 

『クラスの男子に、女子達と一緒に帰れって言われた? 嫌だよ。だって中身は男なんでしょ? 女のマネしてパンツとか触られちゃうかもしれないし』

 

──なんで、そういう時だけ……

 

『キミィ。何年生?』

 

──えっ。

 

『ダカラ、何年生?』

 

──小学、4年、です。

 

『うん。タイプだ。ちょっとおじさんと一緒に来ない?』

 

──は、いや、嫌です……けど

 

『今のは質問じゃなくて宣言だよ。一緒に来ようね』

 

 

知らないヒト。

 ガリガリの体型。

 ヨレヨレの服。

 伸び切った髭。

 コワイ、カオ。

 

──ボク、男っですけど

 

「うーん、もっとタイプ♡」

 

 嫌いだ。

 

 ボクはボクが一番キライ。だからここで、どうなってもいいと──

 

 

 

『てめぇの──

 金玉ン色は何色だァ──ッ!』

 

 

 

 ズボッ。

 男の股が浮く。同じ男として理解する。あれはきっと、詰みだ。

 変態不審者男の金玉を玉砕したのは、眞坂ういという幼馴染だった。

 ツインテールを揺らし、走ってきたのか肩で息をして、続けた。

 

『あたしの親友を汚すなんてこの宇宙にもう1回ビッグバンが起きるまで早いよ。ホラ、この防犯ブザーが火を吹く前にどっか行けッ!』

 

 ういは、ランドセルについた防犯ブザーのストラップをキュッと力強く握った。

 男は股(金玉)を抑えながら逃げていく。

 

──うい、ボク……

 

『歩夢“ちゃん”だろうが歩夢“くん”だろうが関係無い。歩夢は歩夢。あたしの親友。親友には、もっといい顔をしていてほしいな』 

 

──いい顔?

 

『たとえば、』

 

⬜⬜⬜

 

「笑顔とかさ」

「へ?」

「いや。なんでも。ういは昔から素直だよな」

「……まぁ、ね」

「だから悩みがあるなら、ちゃちゃっと言ってよ。お前の笑顔は部屋に閉じ込めとくのはもったいない」

「はぁ……歩夢らしくないね。ちょっとカッコいいこと言っちゃってさ。歩夢は四六時中女の子の脇のことばかり考えてるはずなのに」

「いつからそんなフェチ設定が追加されたんだ」

「生協の『協』を『脇』にすると『生脇』になってなんかエロいね」

「コープが訴訟を起こしてもいいくらい失礼」

 

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「今日もありがと。明日も来てくれるの?」

「うん。明日なら奈津も来れるんじゃないかな。生徒会無いって言ってたし」

「そっか……。いや〜歩夢達にはでっかい借り作っちゃったなぁ。今度、ちゃんと返すよ」

「いいよ別に。友達なのに借しとか借りとか、窮屈だろ」

「体で」

「はぁ?」

「冗談だよ。ほんとありがとうね」

「ん。じゃあ」

 

 そうしてボクは部屋から離れた。ういのお母さんに挨拶をして、眞坂家を出る。

 外はもう暗くなりかけていて、月夜の出番も間近、といったところだった。

 

「ちょうどいい感じだな」

 

 スマホで時刻を確認する。17の数字。約束の時間まであと一時間。目的の場所は白巳津川駅前。

 

 ここからなら30分くらい。遅刻することはないはずだ。

 

「それにしても、新生リグ・ヴェーダって名前はやめてほしいよなぁ」

 

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 5月中旬を過ぎた。

 昨日、一昨日と雨が続き、梅雨の到来を予感させる天候。

 

 ジメジメとした空気、地球のニキビのように、ポツポツと点在する水溜まり。

 

 ──以上のような光景から一転し、曇天様も束の間の休息を得て、本日は雲一つなくお月様の独壇場である。

 

 夕日の出しゃばる白巳津川市。月光の出番までもう少し。白泉学園から北西に進んだ所。白巳津川駅を中心に栄えるビル群は、ボクらを星空から遠ざける眩しさだ。

 

 時刻は18時前。改札口は帰宅ラッシュの渦中であり、耳にイヤホンをして外界から現実を遮断し、足早に家を目指すサラリーマン達の荒波だ。

 

 そんな人盛りの中、時間通りにメンバーは揃った。

 

 ボク。蓮夜。柊。

 高校3年生メンバー。

 

 奈津。沙月先生。

 1年生&教師の女性メンバー。

 

 以上の5名と、

 

「集まったわね」

 

 ぬいぐるみが1匹。

 

「なぁソフィさん、あんた、ほんとに見えてないの? 周りの人に」

「もちろんよ。認識透過のアーティファクトを使用しているわ。あなた達はアーティファクトユーザーであり、アーティファクトに耐性を持っているが故に、私を視覚できるの」

「なるほど」

 

 ユーザーはアーティファクトに多少の耐性を持つ。貴重な情報だ。

 

「ふむ。それでは有志は集ったというわけだ……。では行こうか。我らの作戦会議の場所へ」

 

 渋い声で蓮夜が言う。

 

「ただのカラオケじゃないですか」

「…………ウン」

 

 奈津と柊が正論を突きつける。

 しかし流石というか、蓮夜も蓮夜でそんなガヤは聞いておらず、既に目的地へと歩み始めている。大股で。

 

「ピクニックに来た子供みたいだな」

「兄さんは人盛りではぐれた迷子みたいですね」

 

 研いだまち針みたいな発言にお兄ちゃんは涙。

 

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 白巳津川駅周辺には娯楽施設が多い。ショッピングは勿論、ラウンドツーや広場など、憩いの場としては完璧といえる。

 

 ボク達はカラオケ缶にやって来ていた。5階建てのかなり大きなカラオケ店であり、カラオケ単体を楽しむならラウンドツーよりもお得な学生御用達の場所。

 

 別段特別な施設でも無いし、来ようと思えばいつでも来れる場所ではあるのだが──

 

「カラオケ……友人達と、カラ、オケ……だと。歩夢、これは夢ではあるまいな?」

「リアルオブ現実ですけど」

「では柊。幻ではあるまいな?」

「…………ゲンジツ、オブ、リアル」

「私は友人とカラオケに来ることに憧れていたのだよ」

 

 蓮夜はその性格上、クラスにはあまり友達が居ないらしい。いやまぁ、こうして付き合ってみると、悪いやつでは無いんだけど……どーもクセが強すぎる。

 

「…………おれも」

「柊もか?」

「…………ウマレテ、ハジメテダ。…………キョウヲ、キネンビニスル」

「ごにょごにょ何言ってるか分からんけど、うん、大体わかった。嬉しいんだな」

 

 コクっと頷く柊。彼も彼で大人しい性格で、話せば可愛い性格をしているのだが……。コミュニケーション能力にちょっち問題あり。

 

「時間はどうする? やはり5人なのだからフリータイムかぁ? ドリンクバーにはアイスクリームも付けるのかァ?」

「私達は高校生。午後11時を過ぎてしまっては補導されてしまいます。うい先輩みたいに。なので帰る時間は遅くても9時とすると……3時間。フリータイムの方が安いですね」

「おぉ、確かに。さすが奈津」

「出掛ける場所の予算くらい調べるのが高校生としてフツーなんじゃないんですか?」

「ぐうもぱあも出ないっすね」

「ちょきはでるんだね」

 

 なんだかくだらないことを言ってる沙月先生。もち、ボクも同類。

 

「あと蓮夜先輩。ソフトクリームはつけません。無駄金です」

「なにっ。ソフトクリームが……無駄、だと。蔵芽奈津君。キミは理解していないようだ、ソフトクリームという人間の叡智にしてデザート界の──」

「受付の番、来たみたいよ。行きましょう」

 

 ソフィーティアに会話をぶった斬られたことにより、結局ソフトクリームの件は白紙に。

 

「まぁなんだ。蓮夜。ドリンクバー、楽しもうよ」 

 

 ポンポンと肩を叩く。

 

「おぉ……。それもまた、夢だったのだ……」

「えぇ……」

 

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「見ろ歩夢。ドリンクバーの飲み物を全部混ぜてきたぞ」

「おう」

「コーヒーもなぁ」

「おう」

「砂糖も……入れてやった」

「うん」

「終焉の色をしている……」

「おお」

「味は……」

「…………」

「…………」

「…………」

「まずい」

「そっかぁ」

 

 405号室。ファミリールームに指定されたボク達は、それぞれソファに座りつつ、各々ドリンクバーで入れてきた飲み物で喉を潤していたのだが、この高校3年生は何か人生のやりたいことリストを必死に埋めている。

 

 止めるのも可哀想なので、生暖かい目で見ていてあげることにする。

 

「迷惑なのでやめてください」

 

 至極真っ当な論を放つ奈津。

 

「占領していたわけではない。人が来たらその度に並び直していたさ」

「いやそういうことじゃなく」

「そうか……奈津君も飲みたいのか」

「曲解すぎて折れてます」

「ねぇねぇ、お酒飲んでもいいかな?」

「教師が生徒とカラオケに来ているのも問題事に近いのに、そんなことしたらオワリですいろいろと」

「うぅ……」

「…………ナツチャン、トイレッテ……」

「部屋を出て通路を進んで、突き当りの右です」

「…………ア、アリガトウ」

 

 と。ボクの肩の辺りに、ソフィーティアがやって来た。いつ見てもちょっと心臓がキュッとなる見た目。

 

「あなたの妹……アーティファクトに興味を抱かなかった件もそうだけれど、中々肝が据わっているのね」

「肝が、というか、オカン気質というか。昔から──ボクも御子も怠け癖があったから、あいつが母さん役みたいに気張ってくれたんだ」

「そうなの」

 

 ソフィーティア──このぬいぐるみはその顔に一切の感情を表さない。

 せいぜい色が時々変わるくらいだけど、その基準も分からない。

 彼女(一応女性らしい)の声は異世界人らしく何処か神秘的だけれど、声色で感情が汲み取れるのは、どの世界でも同じなのかもしれない。

 

「思ったんだけど」

「何かしら」

「達観したような喋り方をするんだね」

「…………」

 

 アーティファクトを回収する命を受けた過去、現在があること。それによる責任。哀しさも忘れる機械的。

 

「そうね」

 

 彼女と出会って数日のボクには、アーティファクトが人殺しに利用される心境なんて、浅い想像しかできない。

 

「でも信じているわ。あなた達を」

 

 今はその言葉だけで充分だった。

 

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「先陣をきって歌わせてもらおうか……。それでは皆、まずは1曲目──」

 

 カラオケルームのモニターに映し出される曲名は、どうやら有名なゲームのオープニングらしい。

 

 誠に残念なことに、ボク達の中にゲーム・アニメ好きはいないので、口を開けるしかない。

 

「蓮夜、」

「任せておけ。こう見えてミックスボイスは得意だ」

「あぁいやそういうことじゃなく」

「合いの手は頼んだ。──では」

「…………。うん、まかせろ」

 実際、ここに来た目的はユーザー探しの情報交換なのだが、楽しんでいる彼を責めることもできまい。

 

「『まるで夢みたい──』」

 

 ──それからは、ひたすらにゲームソング、アニメソングを熱唱する彼と、合いの手を入れる4人という光景が続いた。(こういう時にちゃんと乗ってあげる奈津の優しさは、ちょっとよく分からない。)

 

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「そろそろ本題に入りましょうか」

 

 かれこれ1時間ほど皆で歌った後(ほとんど蓮夜だけど)、ソフィーティアの一言により、本来の目的に戻った。

 

 アーティファクトと呼ばれる超常能力。

 それらを行使するアーティファクトユーザー。

 

 ソフィーティアは異世界でアーティファクトを管理する団体のリーダーらしい。

 

 今回はお互いの能力を見せ合おう、とのことだった。

 

「ていっても……ボクはまだ使い方が分からないんだよな」

「アーティファクトと契約を結んだ際に、能力の使用方法はイメージとして伝わるはずだけれど……。

 歩夢の場合は、その能力の特異性と相まって、何かバグのようなものが起きているのかしら?」

「それって前例ってあるの?」

「あるにはあるわね。新海翔も似たようなパターンだったけれど、ちょっと違うかしら。彼は世界の眼の使い手だったから」

 

 新海翔。アーティファクト騒動の黒幕にして、石化事件の犯人・深沢与一を唆した張本人──イーリスの野望を止めた英雄……的なやつ。

 

「世界の眼って……。確か沙月先生も?」

 

 沙月先生の方を見やる。先生は「うん」と頷いてから、目を瞑った。

 

 何かを念じるようにすると、先生の額にスティグマが浮かび上がった。

 

聖痕(スティグマ)、か。やはり、歪で、それでいて美しいカタチをしているな」

 

 感傷に浸るように蓮夜が言う。多分意味深なようでカッコつけただけ。

 

「他の枝との繋がりを得られるらしいけど、実際使い所がよく分かんないんだよね。ぶっちゃけ捜査とかバトル方面では意味ないと思うよ」

「強大な力ではあるけれど……唯一の存在にして説明も利用方法も難しいのよね。アーティファクトユーザーを捕らえるのには向いていないわ」

 

 枝──無数に広がると言われる平行世界の仮称。世界の眼はそれら全てを観測できる、という。

 よく分からないけど、今はそれが正解なのかも。

 

「翔くんと先生の話は一旦区切るとして、ソフィーティアは何か能力を持ってんのか?」

「私は透過の能力と、沙月と同じ世界の眼よ。だから、これまでの翔の戦いを知っている。記憶ではなく、あくまでも観測によって得られた情報として、ね」

「なるほど。じゃあ蓮夜は?」

 

 と、蓮夜に話を振ると、座っていたソファからスッと徐ろに立ち上がり、額に右手をあて、なんか……またカッコつけてますね。ええ。

 

「切断、だ」

「せつだん……ねぇ。具体的に頼む」

「良かろう。柊、ナプキンを」

「…………ウン」

 

 柊からカラオケに常備されているナプキンを一枚受け取ると、それをボクら全員に見えるように掲げた。

 

「断て、闇鴉(ヤミカラス)

 

 と。

 一秒にも満たない時を得て、ナプキンは横一文字に分かたれた。

 

「これが、切断の能力……」

「そうだ。物体はもちろん、意識すらも断つ至高の(つるぎ)。どうだ、私に相応しいと思わないか?」

「それはよく分からないですけど。相手を捕える時には、重宝しそうですね。意識も断てるなら、比較的穏便に事を済ませられる」

 

 蓮夜の中二病タイムをばっさりと斬り捨てて、現実的な論を展開する奈津さん。恐れ入る。

 

「話し合いが一番だとは思うけど、向こうも……特に殺人犯に関しては、鉢合わせることそのものが危険だからな。と考えれば……めちゃくちゃ頼りになるな、蓮夜」

「そう褒めるな……頬が焼ける」

 

 素直に照れるって言えばいいのに。

 

「実戦で使用したこともある彼なら、今後の局面においても頼りになるわね。

 

 次は柊。みんなに説明してもらえるかしら?」

 

 宙に浮くぬいぐるみことソフィーティアは、大きな目で彼に視線を送る。

 

 蓮夜が座ると同時に、ゆっくりと柊は立ち上がった。目が泳ぎに泳いでいて、今にも溺れそうだった。

 

「…………オ、おれの、ノウリョク……は、は、束縛」

「束縛?」

 

 なんか切断とは別ベクトルで怖い単語が聞こえたけど。

 

「…………ソウ。チョット、アユムクン…………タッテ?」

「ん? いいけど」

 

 言われた通りに立ち上がる。

 

「……、…………オレノメ、見てて」

 

 さらに言われた通りに、彼の眼を見つめる。蓮夜のような詠唱はなく、流れるように能力は行使された。

 

 両の目を瞑る彼。

 

 左瞼に灯るスティグマ。

 

 やがて開かれた右目は、先程までの綺麗な蒼の瞳ではなく、桜色の瞳が輝いている。

 

 螺旋のように渦を巻く魔眼の(イシ)

 

 その先に()()ボクは、一瞬にしてその虜となった。

 

「あ、……?」

「この、ノウリョク……を、ツカワレタ、ヒトハネ。ウゴケナク……ナルンダ」

 

 束縛。凄い力だ。一歩と動けやしないし、視界もぼやけてきたし、意識も虚ろだ。

 

 ぐるぐる。ぐるぐるぐる、と。アタマが、オカシクなる。

 

「あ……ご、ゴメンネ。トク、ネ」

 

 桜色の瞳が瞼によって遮断されると同時に、ボクは開放された。

 

「す、凄いな……。ほんとに動けなかった」

「私も初めてこの目にしたが……。凄まじい。リグ・ヴェーダの一員として素晴らしい能力だな」

「それはよく分からないですけど。蓮夜先輩同じく、相手を傷つけずに捕らえるのにはうってつけですね。束縛の能力による撹乱と捕獲。切断の能力による意識の遮断と……或いは、拷問」

「おい、奈津」

「冗談ですよ」

「お前の場合はそう聞こえないかな」

「私の能力は、不用意に傷つけるのには使用しない。悪いが、これが私の私に課したルールだ」

「殺人犯でも?」

 

 少し強気な口調で奈津が言った。蓮夜はそんな彼女の瞳に、真剣な目つきで応えた。

 

「あぁ」

「……壮大な空想を振り撒く割には、優しいんですね」

「この傲慢さを優しさと喩える君も、同じくだ」

 

 話にケリがついたのかよく分からないけど、あまり良い空気には思えなかったので、また話題を変えることにする。

 

「じゃあ、奈津は?」

「この前にも言った通り、譲渡です。例えば、まず、私の肩を思いっきり叩きます」

 

 言って、奈津は自分の方をパシンッと音が鳴るくらいの勢いで叩いた。

 

「そして──譲渡」

 

 瞬間。奈津を襲ったはずの肩を叩いた衝撃、痛覚が、ボクの肩に。

 

「いたっ。て、え? 今誰か叩いた?」

「私です。触れてはいませんがね」

「なるほど……。痛み、つまりは感覚を譲渡することができるってことね。物体はできないの?」

「私が行使できるのは体の内にあるモノだけです。道具を転移させることはできません。それに範囲も、私の視界内に在るものだけです」

「ふん……。陽動作戦、などには使えるかもしれんな。状況次第ではあるが」

「それはよく分か……あ、まとも」

「上下関係に厳しい性格ではないが、君、私に厳しすぎないか?」

「お兄ちゃんの顔が見てみたいな」

 

 とぼける。

 

「…………アユムクン」

 

 つっこむ。

 

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 それぞれの能力についてはまとまったので、撤収する前に、白巳津川市内での事件について気になることを、再度ピックアップしていた。

 

 やはり議題に上がったのはキメラ事件の犯行が止まっていること。

 

 そして。ようやく見つかった犯人への手がかり。

 

 3体目の人形が見つかった白巳津川のデパート、『白巳津川れれぽーと』の監視カメラが、被害者と犯人の姿を捉えたのだ。

 

「コートを着た女性……ってニュースにあったよね。あと新聞にも。ほら、全部おんなじ内容」

 

 沙月先生の神社では色んな新聞社の新聞を取っているらしく、『旭新聞』、『毎朝新聞』の2つを部屋の机に広げてくれた。

 

「フードを深く被っていて顔は見えてなかったらしいけど」

 

 依然として犯人の素性は掴めていないが、今までは雲の存在だった犯人が、ようやく摑めるところまで来たという感じだ。

 

 春も抜けきる5月のこの時期に黒フード……。なんとも“それっぽい”怪しさだ。現場に残されたメッセージといい、なんだかありきたりすぎる気もするけど。

 

「テレビでもかなり取り上げられていますから、同じ格好で彷徨いている……とはあまり考えられないですね。

 愉快犯であり、殺人を見せつけるのが趣味だと言っても、身を隠している以上、警察に捕まるのは避けたいでしょうから」

 

 新聞の記事──特にウチで取っていない『毎朝新聞』の方をじっと眺めながら、奈津は言った。

 

 防犯カメラが捉えたのは夕方頃のデパート内の通路、その一箇所のみ。

 

 活動時間は推測できないけど、気をつけるに越したことはない。

 

「とにかく気をつけましょう。なるべく一人で行動することが無いように、ね」

 

 以上でソフィーティアが話を締めようとしたところで、「あ、ちょっと」と沙月先生が手を上げた。

 

「事件に関係があるかは分からないんだけど、一応、報告しておくね。

 

 ──奈津ちゃんも生徒会で聞いたんじゃないかな」

 

 新聞の記事を睨みながら考え込んでいたようだった奈津は、先生に名を呼ばれると、ハッとした表情で言った。

 

「もしかして……『()()()()()()』……のことですか?」

 

「「貴島京子の会?」」

 

 ボクと蓮夜が同時に声を上げた。

 が、すぐに気づく。

 

「貴島京子って、たしかキメラ事件の被害者の……」

 

 貴島京子。キメラ事件の2体目の人形となってしまった6人目の被害者。

 白泉学園の3年生だったはずだ。

 

「そう。貴島京子さん。その同じクラスの子達──女子グループの子がね、昼休みの校内放送で、とあるCDを流させてくれって言うの」

「ふむ。そのCDに何か問題が?」

「でね。音楽とかなら全然オッケーなんだけどさ、彼女達が持ってきたのが……貴島京子さんの“声”なの」

 

「「声?」」

 

 またまたボクと蓮夜が同時に声を上げた。

 先生とバトンタッチするように、今度は奈津が説明を始める。

 

「ええ。声です。貴島京子の生前の声を収録したCDです。

 私は実際に聞いてないですけど、声といっても台本のある台詞、とかではなく、彼女の普通の生活時の声を録音したものらしいです」

 

「いやなんでそんなの録ってるの」

「私に聞かないでください」

「ほらー。なんていうかさー、そういうのをお昼の放送で流しちゃうのはちょっとねってことで止めたんだけど。

 ほら見て。変わりにこんなチラシもらっちゃったぁ」

 

 沙月先生はバッグから一枚のチラシを取り出した。A4サイズとソレには、大きな横文字かつ筆文字で、『貴島京子の会』と書いてある。

 

「『宇宙の元に命は等価値。星より眩いこの命。貴方の参加を待っています。説明会はこちらから』……と。死者を想うのは良いことなのかもしれないけど……ちょっとこれはやりすきじゃあ」

 

 達筆な文字で書かれている。チラシの中央には貴島京子の顔写真。言い方悪いかもしれないけど、宗教勧誘みたいだ。

 

「だよねぇ。被害者っていう点以外ではキメラ事件と関わり無さそうだけど──」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ソフィーティアが割って入る。

 

「キメラ事件の犯人との関連性は薄くても、調べてみる価値はありそうね」

「なら、キメラ事件については引き続き調べつつ、こっちの『貴島京子の会』についても調べてみようか」

 

「……ァ、あの、サ」

 

「柊? なんか『貴島京子の会』について知ってることある?」

 

 

 

「ソレ……さ。()()()()()

 

 

 

❑─CHAPTER13(UI MASAKA)─❒

 

 

 

 たぶん、というか絶対的な話。

 あたしは、歩夢のことが好きなんじゃないかな。

 

 ぶっちゃけ、ラブコメは好きじゃない。

 

 決められたレールは脱線したい性格。恋とかなんだとかじゃなくて、乙女だハニーだとかじゃなくて、もっとこう、かくれんぼの最高スニーキングタイムとか、昨日のオナニーのおかずとか、……と思ったら味噌汁のおかずとか、そんな話をしていたいのだ。

 

 だけどさ。人間に標準装備されている“心”とかいう麻薬は、同じく人間に標準装備された脳味噌が操縦桿を握っているわけじゃない。

 

 あやふやでぐちゃぐちゃ。

 ふわふわでピュアトロ。

 想像以上に詩人的。

 理想以上にお馬鹿さん。

 

 結局そんなとこ。

 

 煩悩まみれの一般人第うん億番のあたしは、結局誰かを好きということにいつか気づく。

 

 その“誰か”が彼。

 

 “いつか”が数日前。

 

 いや──もっと前かも。

 

 目を逸らしていただけで、本当はずっとずっと前から、それこそ幼馴染として触れ合うようになったあの日から、一目惚れとかいうロマンティックど真ん中だったり。

 

 なんだか訳わかんねーことを一生ぶんくらい喋った気がするので、要約する。

 

 あたしは歩夢のことが好き。

 

「はぁ……ンッ」

 

 1と1が2を求めるように。

 あたしは、好きな人のことを想って、オナニーをしていた。

 手で擦るたびに、グチュグチュグチュと淫靡な音を立てるあたしの秘部。クリトリスを抓って、痛みと、それに伴う快感をただひたすらに求めていた。

 

 歩夢の肉棒があたしに入っていることを妄想して、ひたすら、ひたすら、ひたすら──

 

 気持ちいい。

 ひどい。

 気持ちいい。

 酷い。

 気持ちいい。

 非道い。

 

 こんなの最低だ。自分でも分かってる。好きな人を想って股を擦って何になる?

 これを歩夢が見てたらどう思う?

 当然。嫌われる。

 離れていく。

 話せなくなる。

 罪悪感。自己嫌悪。

 それがレシピ。

 

 あぁ──ほんと。

 人間ってうまくできてる。

 

 人生の中で一番気持ちのいいことが、クソッタレな2つの調味料でデキているなんて。

 

「イッ────」

 

 ベッドがギシギシと揺れた音がして、脱力。はぁ、はぁ、と乱れた息。

 

「明日こそは、学校、行かなきゃ」

 

 …………。アーティファクト。

 歩夢が追う事件の手掛かり。

 歩夢も奈津ちゃんも、この前のナインボールで会った人達とみんな持ってる特殊なチカラ。

 あの時は──ちょっと憧れていた。ちょっとね。

 

「…………」

 

 今は、呪いだと思ってる。能力について考えるだけで、あの男がちらつく。

 

『白巳津川市内のアパートにて40代後半の男性が首を吊った状態で発見される』

 

 この前歩夢が、事件と関連性があるかもとか話してくれた。でも、事件について触れられているのは男の自殺だけで、あたしについてはノータッチ。

 

 正直どうやってあの部屋に連れてこられたのか、どうやって逃げたのか覚えてない。

 

 ほんの微かに記憶があるとすれば、逃げ出す途中で、()()()()のようなものを聞いた気がする。

 

 見た目は…………。

 

 歩夢みたいにニット帽を被ってたようなそうでもないような。

 

 それも含めて明日、話そう。前を見なきゃ。進まなきゃ。

 

「強欲の、アーティファクト」

 

 男に犯されて、アーティファクトと契約をした時、このチカラの正体を知った。

 

「んの前にもう一回、シますか」

 

 そう、進むんだ。歩夢に会って、全部話して、歩夢に会って、お見舞いの事お礼言って、歩夢に会って、歩夢に会って、歩夢に会って、歩夢に会って、歩夢に会って、歩夢に会って、歩夢に会って、歩夢に会って、歩夢に会って、歩夢に会って、歩夢に会って、歩夢に会って、歩夢に会って、歩夢に会って、歩夢に会って、歩夢に会って、歩夢に会って、歩夢に会って、歩夢に会って、歩夢に会って、

 

 

 

どぉしよっかなぁ。

 

 

 

❑─CHAPTER14(NATU KURAME)─❒

 

─5/26日─

 

「おはよっ、ふたりとも」

 

 朝。私と兄さんがマンションを出ると、うい先輩の姿があった。部屋に籠もっていた時の暗い雰囲気は無くて、いつも通りの明るい先輩だ。

 

「おはよう。もう大丈夫なのか?」

 

 兄さんが問う。もっと聞きたいことはあるだろうけど、当たり障りの無い会話をしている。

 

「お母さんから電話来てたでしょ。もーだいじょうび。トラックが突っ込んできてもぶっ飛ばせちゃうくらい元気もっちりよ」

「食感なのか……」

「うい先輩、無理はしないでくださいね」

「もちもち」

 

 家に籠もった理由って餅を喉につまらせたから……とかじゃないですよね。

 

「ほら行こっ。今日から勉強も事件捜査もギア上げなきゃねっ!」

 

 右手で青空を指さし、左手で兄さんの手を引いて駆け出すうい先輩。本当に、逆に心配になるくらいのハイテンションだ。

 

 そう。手を引いて……。

 

「ちょちょちょ、引っ張るなって」

「手ぇ繋いでいこうよ。学校まで」

「いいけど、なんていうかっ」

「嫌なの? てかなに、歩夢さんは幼馴染にナニか勘違いしちゃってるわけぇ?」

「そ、それは断じて否だけど」

「ほんとかな。ま、行こ。なっちゃんもボーッとしてないでさ。ね?」

「は、はい」

 

 なんだろう。兄さんの手を引いて、私の先を行くうい先輩。その振り向き顔。その、瞳。どこか黒い渦を巻いたような、どこか、狂気を閉じ込めたような。

 

 ──こわい。

 理由も理屈も無いけれど。

 

 このうい先輩は、やだ。

 

 

 

 ……そんな私の心配は……どうしてか、こういった不穏な予感は、的中してしまうのが世の常なもので。

 

◢◤◢◤◢◤

 

 4時限目の授業が終わり、白泉学園に昼休みの開始を知らせるチャイムが鳴った。

 

 空腹との別れに胸を踊らせる者、別クラスの友人との再会に目を輝かける者。

 

 選り取り見取りの青春模様を横目に、私は学校の屋上へと向かっていた。

 

 うい先輩に呼び出されたのだ。

 

 屋上へと続く扉を前に、私は息を呑む。

 

 何てことはない。

 

 ただの仲の良い先輩じゃないか。年上だけど、幼馴染じゃないか。数日間会えなくて、寂しかったはず……です。

 

 なにを、そんな。

 

 ガチャン。

 扉を開ける。

 強めの風が私の前髪を揺らす。

 

 数歩。屋上に出ると、鉄柵につかまり、足を乗せている先輩がいました。昨日から続く青空と、風に流されていく雲の波を、じっと眺めています。

 

 いつもは下品で鼓膜を揺らす声量の破天荒な先輩たけど、その横顔は──ただ、綺麗でした。

 

「先輩?」

 

 声をかけると、先輩はハッとした顔をしてから笑顔でこちらに向いた。

 

「来たね、なっちゃん。ごめんね、生徒会とかは大丈夫?」

「今日は特に集まりとかは無いので。ここでご飯食べてもいいですか?」

「風強いけどだいじょぶそ?」

「おにぎりなので」

 

 先輩の隣に並ぶ。先輩と同じように鉄柵に手をかけつつ、足を乗っける。下を見下ろすと、中庭が一望できる。ベンチでご飯を食べる生徒。談笑しながら歩く生徒。当たり前の日常。

 

 包みを解いて、自分で握ったおにぎりにかぶりつく。今日の具は梅干しと鮭。あ……そういえばこれで梅干しが在庫切れだ。帰りに買わなきゃ。

 

「先輩も一個どうぞ」

「ううん。あたし、ちょっと食欲なくて。気持ちだけいただきます」

「…………」

 

 暫く何も食べていなかったのか、うい先輩は痩せたように見える。

 先輩は牛丼屋で並盛を頼む人間を弱者と貶し、おっぱいを大きくするためと言って一日5食べているような人間でした。

 

 やっぱり、心配です。

 

「なっちゃんはさ」

 

 うい先輩は私と同じように、中庭を見下ろしながら言った。

 

「歩夢のことどう思ってるの?」

 

 あまりにもラブコメすぎる質問でした。

 

「兄さんは兄さんです」

「好きになったりしないの?」

 

 おかしな質問でした。

 

「なりません。兄さんは兄さん。私の兄。私の家族。それ以上になることもなければ、それ以下になることもありません」

「本当に?」

「しつこいで、」

 

 言葉に詰まる。なぜならうい先輩の顔が、視線が、こちらを貫くような真剣な表情と鋭さだったから。

 

「本当に、なの」

 

 一歩。先輩が詰めてくる。私だけを見つめていて、もはや世界に私しかいないようにこちらを眺めていて。

 

「だってなっちゃんは──」

「やめてください」

 

 私は動かない。私は睨み返さない。変わりに地面を見つめて、続ける。

 

「たとえうい先輩だとしても、それ以上先を言ったら、許しません」

「……そっか。うん。そだよね。ごめん。あたしが軽率だった」

「分かってくれれば……いいんです。でも、前のうい先輩ならこんなこと、こんな話題を振ったりしなかった。

 先輩。話してください。どうして家に引きこもったのか、なにがあったのか」

「…………」

 

 先輩は目を閉じて、黙ってしまった。何か考えているようだ。迷っているみたいでした。

 

「先輩」

「話すよ。ぜんぶ。大切な話が、あるから。みんなの前でちゃんと話す。うん。ありがと、なっちゃん。やっぱりなっちゃんはしっかりしてるね」

 

「それなら……良かっ「でも」

 

 被せるように言ったかと思えば、うい先輩は私の腕を掴んで、ぐっと体を引き寄せた。

 

 先輩と体がぴたりとくっついて、先輩の顔が、勢いよくこちらに近づいて。

 

 口が──

 

「んぐっ!?」

 

 うい先輩の唇が私の唇に触れる感触。うい先輩の舌が私の舌に触れる感触。

 

「ん──ぶッぁ」

「んは、ぁ。お、具は梅干しだね。なっちゃん」

「な、なんっ、な、」

「だいじょーぶ。女の子同士のキスはノーカンだからさ」

 

 唇をハンカチで拭きながら、先輩から一歩引いた。

 

「そういうことじゃないです。なんでこんなこと」

「覚悟だよ覚悟。あたしはね、なっちゃん。歩夢が好きなんだ、たぶん。いや、きっと」

 

 寝耳に水をぶっかけられた上にさらにお酢をぶっかけられた気分でした。

 

「兄さんを……? 薄々、気づいてましたけど。覚悟って、まさかこんなキスを兄さんにするつもりですか」

「どうだろうねぇ」

 

 この世で最も恐ろしいと思った疑問形でした。うい先輩と兄さんは昔から仲良しだったし、予想できなくもなかったのですが……。

 

 いざこうしてはっきりと告げられると、クルものがありました。

 

 いや、それ以上に──

 

「こう見えて、色々考えて、色々悩んでたんだよ? 将来設計とかさ。遊んでるだけじゃ生きてけないし。遊んでるだけじゃ進まないし」

「しょうらいせっけい」

 

 ○ッキーがドラえもんの真似をするみたいな超違和感。

 

「でも、悩んでても仕方ないなって。やっぱあたしはあたし。あたしにできることをする。欲張りのままで生きる。そう決めたんだ」

「人に迷惑だけは、かけないでくださいね」

「私と歩夢が付き合って邪魔になるのは、なっちゃんだけでしょ」

「邪魔では、ないですけど。家がうるさくなるのは嫌ですけど」

「見えてるよ。

 ()()()()()()()()()()()

 何を望んで、ナニを求めているのか、ね」

「はい……? 先輩の言っている意味がよく分からないです」

「とにかく、本当になっちゃんの兄貴とっちゃうからね。あとやっぱおにぎりちょーだい」

 

 ひょいと私のおにぎり(鮭)を取って、屋上を出ていってしまう先輩。

 

「話はそんくらい。ほんとありがとね、なっちゃん。

 

 

 

 ほんと──後悔しないようにね」

 

 

 

 そう言い残して、うい先輩は行ってしまった。バタン、と扉の閉まる音が幾度も頭の中に響く感覚。

 

 

 

「先輩、あなたは」

 

 

 

❑─CHAPTER15(NAKIRI KUDOU)─❒

 

 

 

 キュピ。

 

「……いやはや、どっからジョーカーが出てくるか分からんねぇ」

 

 イヤホンを耳から外しながら、お姉さんが何か言いました。

 わたしはそんな彼女に首を傾げて、「どうしたんですか?」と問います。

 するとお姉さんは妖艶な微笑みを見せて、「なーいしょ」と言いました。えっちです。

 

「その……なんでらたしに声をかけたんですか? どこからどう見てもつまらない人間なのですけど」

 

 白巳津川市白巳津川駅から徒歩数分。白巳津川マークタワーと呼ばれる、この学園都市の目印となる超高層ビル──その1階。

 レストランホールの喫茶店の端の4人席の窓際。わたしはちょこんと座っています。眼の前には、セーラー服のお姉さん。

 

「平日の昼間っから制服でパパ活してる女の子がつまらないっていうのなら、総理大臣がすっぽんぽんになって地球の終わりを知らせても笑えねぇ世間になっちまうさぁね。だいじょーぶ。面白いよちみ。マッキィの目に狂いは無い」

 

 パパ活……? お父さん達のことでしょうか。よく、わからないです。

 困惑していますが、こういう時は深呼吸をして、いつものペースを取り戻すことが大事です。4人目のお父さんが言ってました。

 

「らたしは……工藤百鬼といいます。お姉さんのお名前、聞いてもいいですか」

 

 お名前を聞くことは大事。相手を知ることは大事。これも先人ならぬ先父の知恵。

 

「んーーー。そうねぇ。君は面白いしキャワウィウィから教えたげる。日角(ひずみ)マキ。それがマッキィん名前。マッキィって呼んでね」

「あの……マキさんでもいいですか。距離、近すぎる気もするので」

「うむぅ。ま、よろし。()()()()()()()()()()()だろうし」

「そうですね。きっと、()()()()()()()()()()から。お姉さんのこと」

「…………」

「…………」

「…………ぷ。くふふ……君、君さぁ。うん。いいね。すんごくいい。ちょっと話したらビスク・ドールにでもしようと思ってたけど、ナシナシ。遊ぶことにした!」

「はぁ……。別にいいですけど。昨日は沢山貰えたので、お金も沢山あるので」

「決まりッ。今日はたっくさん遊ぼッッ」

 

 ダンッと机に手をついては体を乗り出し、わたしにぐっと顔を近づけるお姉さん。眩しい笑顔です。ちょっとこわい。

 

「あの……ちなみに、お姉さん、仕事はなにされているんですか?」

 

 これはお父さん達によく使う話題の転換です。困ったらコレ……と、『わたしノベル』に書いてありました。

 

「しごと? しごとしごと……。

 

 うーん。あー。

 

 そうだね。強いて言うなら──

 

 

 

 殺人鬼?」

 

 

 

 ■……今思えば。どうしてどのお父さんも、“知らない人にはついていくな”と教えてくれなかったのか、と不思議に思いました。

 

 

 

❑─CHAPTER16(SHU TOGURUMA)─❒

 

 

 

 おれにとっては、こんなの……こんな光景、はじめてだった。

 机をくっつけて、みんなと、一緒に、お昼ごはん……なんて。なんて!

 

 白泉学園、3学年の一番奥の教室。3年Iクラス、その隅の席、つまりはおれの席に、歩夢くんと蓮夜くんが来てくれていた。もう一回言うけどみんなでご飯を食べているんだ。すごいね。凄いでしょ?

 

「こ、こういう時、一発芸とかした方がいいのかな」

「なにその関係……。会社の社長と新入社員じゃあるまいし、普通にしてれば……ってちょっと待って。今なんかすんごく普通に喋ってなかった?」

 

 歩夢くんはとても不思議そうに、目を白黒させておれのことを見つめてくる。もしかして好きなのかな。いや、嫌いなのかな。あ、嫌いだったらおれのことなんて無視してるか。

 

「えっとね、なんていうか、あのキャラ……みんな飽きたかなって」

 

「「キャラ……?」」

 

 会話をしていた歩夢くんだけじゃなく、黙々とサンドイッチを食べていた蓮夜くんまで反応してくれた。うれしい……嬉しい!

 

「待て。柊。ということはつまり……今まで己の創作したキャラクターを演じていた……ということか?」

「流石だよ蓮夜くん。理解力が高いよ。東大受かっちゃうよ。いやむしろもう蓮夜くんが東大だよ」

 

「…………」

「…………」

 

 あれ……蓮夜くんも歩夢くんも完全に引いちゃってるよ……?

 ば、挽回。撤回。い、イメージを良くしなきゃ。

 

「その……キャラを演じないと、おれみたいな何も無い人間に誰も振り向いてくれないから……ね。

 だから、声が小さいっていうキャラを演じていたんだけど、周りに迷惑をかけてるってソフィーティアさんに怒られたから……普通に戻ることにしたんだ。それに、彼女のこともあるし」

 

「別にキャラとかどうでもいいんじゃないか。疲れるだけだろ、そういうの。むしろボクの周りはキャラがどきついヤツしかいないから、柊みたいな大人しいヤツはありがたいし頼りになるよ」

 

「それに……共に駅前のサンドイッチを食べた仲だ。既に──同盟だ」

 

 蓮夜くんはサンドイッチを分けてくれた。とっても美味しかった。こんなおれにご飯を分けてくれるなんて、彼はマリアの生まれ変わりかもしれない。男だけど。

 

「ど、どうめい……。つ、つまつまつまり、親友ってこと……っ?」

「そうとも、言えるな」

 

 フフ、と笑う蓮夜くん。

 とぉってもクールだ。

 

「彼女って、貴島京子のこと?」

 

 歩夢くんが聞いてくる。

 

「そうだね。京子ちゃんは……あの時はなんだっけ。語尾をぴょんにしてた時かな。京子ちゃんがね、おれはおれで良いって。おれのままでいいんだって叱ってくれたんだ。彼女がいなくなって、また前の自分に戻っちゃってたけど、それじゃあ彼女との思い出に意味がなくなっちゃうからね」

 

 京子ちゃんは冴えない映えないノロマで気持ち悪いおれに手を差し伸べてくれた。正しく、希望の光みたいな存在。

 

「うーん……なるほど。じゃあやっぱり貴島京子が柊の彼女だったっていうのは本当なんだな」

 

「そう……なるね。いや、なるのかな。あれ、でも好きって言ってくれたよな。あれ、でもキスもしたしセックスも……」

 

「ちょちょちょストーーーっプだ戸車柊君。暴走、しすぎ」

「っな……。おい、柊。貴様まさか……神ったのか。契ったのか。まぐわったのかッッ」

 

 ぐいぐいと歩夢くんと蓮夜くんがおれに寄ってくる。えへへ、悪い気はしないなぁ。こういうの。親友みたいで。

 

「ま、まぁまぁ。ふ、普通くらいのことしかしてないよ?

 とにかくね、京子ちゃんとは付き合ってたよ。けど、『貴島京子の会』については何も知らないんだ。ごめんね」

 

「なるほど。やっぱり直接聞いてみるしかないな。二人とも放課後空いてるよね?」

「もちろん」

「ああ」

「よし決まりだ。乗り込もう。

 

 その『貴島京子の会』とやらに」

 

 

 

 

❑─CHAPTER17(MAKI HIZUMI)─❒

 

 

 

 楽しい時間はあっという間なもので、ラウンドツーやショッピングモールで遊んでいたら、マッキィ達だけじゃなくお日様も疲れちゃったみたい。

 

 太陽が衣替えをしてオレンジ色になった夕の刻。

 

 白巳津川の由来となった『白巳津川』の河川敷で、マッキィとナッキーは駄弁っていたのでした。

 

「今日、とぉっても楽しかったよね? よね? ナッキー?」

 

 いい呼び方だと思わない?

 河川敷の草むらの上に並んで寝そべるマッキィ達。んー。青春ってカンジ。

 

「はい。同年代の女の子と遊ぶなんていつぶり……いや、記憶がないので『いつ』なんて存在しないのですけど、楽しかったのは確かです」

「めんどくさい言い回しだね」

「マキさんもなかなか」

「おいおいー、ぶっ殺しちゃうよー」

「冗談になりませんね……」

「だいじょーぶ。洒落だから」

「着こなせませんね。それ」

 

 彼女──工藤百鬼という少女は忘却のアーティファクトユーザー。自分の記憶が翌日には消えてしまうというもの。

 

 意味わかんない。そんなの自分に対してデメリットにしかなってないじゃん。アーティファクトは、アーティファクトユーザーは選ばれし物と者なんだから、特別で、幸せでなくっちゃならないのに。

 

 いや。それが幸せなの?

 きみは。

 

「ねぇ。ナッキー? 今、幸せ?」

 

「急に哲学的なことを聞くんですね。らたしは……よく分かりません。

 明日の自分がわからないのは誰だって同じですけど、昨日の自分が分からないのは……いえ、正確には『わたしノベル』で知ることはできますが、あれも文字による“情報”でしかないですから。

 昨日の記憶が無いっていうのは、得体のしれない怖さがあります」

 

 無知。人間は本能的な部分で『黒』より『 』の方が恐ろしいと感じている。

 

「記憶の自動的消去。よって、不安定となった自我の形成。人格のぐらつき。本来人間を彩るはずの思想の欠陥。

 ナッキー。記憶が無いまま、これからどうやって生きていくの? マッキィはもうナッキーの友達だから、助けてあげてもいいよ?」

「殺人鬼に助けてもらうのは気が引けますけど……。でも、ありがとうございます。気持ちだけで貰っておきます」

「気持ちだけ? 今ならマッキィん体も付いてくるけど、いいの?」

「もっといりませんね……。いいんです。一人で生きていくの、結構悪くないですよ。お父さん達との交流も、嫌いじゃないですから。お金も手に入りますし。気持ちいいですし。不自由じゃ、ないんです」

 

 不自由じゃない、か。

 

 記憶が無いって、自然と辛いことだと思ってたし、縛られるものだと思ってたけど。逆なんだ。

 

 昨日っていう“枷”が無いんだ。

 

 自由なんだ。──そういう自由もあるんだ。へぇ。やっぱ広いんだね、世界って。

 まるであの時の彼みたい。

 

「そろそろ行こっかな。マッキィ、今日は中華料理の大食い大会に出なきゃなんだ」

「え、お昼ラーメン一緒に食べませんでしたっけ」

「ラーメンは偉大すぎて中華とかジャンルとかいう枠に当てはまらないんだよ。ほら、ダウンタウンやとんねるずも芸人って感じしないじゃん?」

「よく分からないですけど。今日はありがとうございました」

「んう。次会う時は──きっと殺してあげる」

「洒落ですか」

「ほんと。なんかねぇ、次に会う時は、ナッキーの命日な気がする。マッキィの意思と関係なく、ナッキーが死ぬべきである日に再会する気がする。

 

 だからその時は、

 きちんと殺してあげる。

 

 苦しまないで死ぬだなんて許さないからね。他殺も自殺もなんであろうと人は苦しんで死ぬ。そうでなきゃならない。帰るまでが遠足なら、人は死ぬまでがエンタメなんだよ。息を止めるその一瞬まで、苦しまなきゃならない。

 

 苦しみさえも忘れちゃったら、本当の亡霊になっちゃうよ。()()()()()()()

 

「…………。それも哲学ですか」

 

「ううん。受け売り。だから安心して生きなよ、ナッキー」

「はい。マキさんこそ、人殺しはほどほどに」

 

「「それじゃあ」」

 

 ──こうして、殺人鬼と忘却少女は別れたのでした。言っちゃえばただ遊んだだけの一日だったけど、それだけで大きな意義があった。やっぱ人生ってのは楽しんでナンボじゃん。ジャンボに生きなきゃ損じゃん?

 

 白巳津川大橋の中腹でマッキィは足を止めた。つい先程別れた少女の背中を目で追う。

 

「にしても、与一くんといい、ナッキーといい、どうして君たちみたいな目をする人は、孤独を選ぶのかな」

 

 また歩き出す。「わたしもか」と珍しい声色で呟いて、スタスタと早歩きで進んでいく。

 

「人殺しもほどほどに、ねぇ。別に殺してもいいけど、まだダメだね。この拗ねちゃったマッキィを満足させない限り、殺人鬼になってあげないんだかんさ」

 

 そう。拗ねちゃったのだ。

 これはぜーんぶ世間が悪い。

 マッキィがこーぉんだけ愛と情熱を持って人を殺しているのに、向こう様は何だかおかしなことを言ってるんだもの。

 

「マッキィはちゃんと覚えているからね、()()()()()

 

 

 

❑─CHAPTER18(AYUMU KURAME)─❒

 

 

 

「それでは始めさせて頂きます。まず、本日は『貴島京子の会について超分りやすく説明しようの会Z』にお越し頂き、誠にありがとうございます」

 

「あの、ちなみになんですけど、この説明会って2日前……月曜からやってるんですよね? なんでZなんすか」

 

 アルファベットでいうと最後。

 

「? いつでもZですよ。『貴島京子の永遠なれ』の『Z』なのですから」

 

 おいおいおい……。

 これは、相当だぞ。

 

 白泉学園2階。視聴覚室。その中央に用意された、およそ20脚の勉強椅子。ボク達は最前列に座っている。

 

「蔵芽歩夢さん、眞坂ういさん、高峰蓮夜さん、そして……戸車柊様」

 

 様?

 

「おれだけ“様”なの……やめてくれませんか?」

 

 おろおろとした態度で話す柊。

 

「それはいけません。貴島京子様の愛人なのですから。本来ならばこちらで『管理』するのが当然ですが、人権がありますからね」

「ヒッ……」

 

 管理とか言っといて司法は気にするの、よく分からないな。

 

「挨拶が遅れました。ワタクシ、貴島京子の会の会長を務めます、(くれない) 研吾(けんご)と言います。本日はよろしくお願いします」

 

 ぺこりと一礼。研吾さんと名乗る彼は、白泉学園の3年Iクラスの生徒──柊、そして貴島京子と同じクラスだ。

 

 そこから長々と始まった一時間にも及ぶ説明を、個人的にまとめていく。

 

 この会は3年Iクラスの生徒によって構成されている。

 活動内容は貴島京子の素晴らしさを伝えること。

 亡くなってしまった彼女を天国で笑顔にさせること。

 

 ……以上。それ以外については淡々と貴島京子の私生活について語ってもらっただけである。

 

「そろそろ喉が乾いてきたでしょう。どうぞ」

 他のメンバーと思われる生徒がボク達に500mLのペットボトルを配ってくれた。中身は水──なはずなんだけど。問題はラベルだよラベル。

 

 蓮夜が手を上げる。

 

「一つ聞いていいか。なんだ、これは」

「貴島京子水ですが」

「きじまきょうこすい」

 

 ういが頭がショートしたように目をパチクリさせて復唱した。彼女が言ってなかったらボクが言ってた。

 

 そう。ペットボトルのラベルに、でかでかと『天然 貴島京子水』と書いてある。

 

「成分は?」

 

 一応ね。

 

「貴島京子の体液が1パーセントです。彼女の私服、体操着、コップ等などを浸けた水ですから。どうです? 貴島京子を感じるでしょう?」

 

「歩夢」

 

 コツ、とボクの上履きを足でつついたかと思えば、蓮夜が耳打ち。

 

「これは逃げたほうがいい」

 

 ボクは頷いて、ういと柊の方へ視線を投げる。2人も同じことを考えていたようで、その視線をキャッチして、頷いてくれた。

 

「よし、では、その、とっても参考になりましたありがとうござんしたー!」

 

 起立オブ反転オブ逃走。出口へと駆け寄り、ドアノブを強く握った。

 

 捻る。

 うん。

 開かねぇ。

 

「なにしてんの歩夢っ!」

「あれれ〜? おっかしいぞ〜? あっかないぞ〜?」

 

 多分ボクの両の目がぐるぐる回ってる。ナルトみたいに。

 

「歩夢。かせ」

「へ?」

 

 今度は蓮夜がドアノブを握る。同時に、ドアノブを握っていない手の方──左手の平にスティグマが浮かび上がった。

 彼の意思に呼応するように、碧く発光している。

 

闇鴉(ヤミカラス)

 

 彼の詠唱と共に、ドアノブからガチャン、と音が鳴った。内部の部品を切断したみたいだ。

 

「開いたぞ──!」

 

 バンッと勢いよく視聴覚室の他の教室よりも分厚く硬い鉄製のドアが開く。

 開いたと同時にドタドタと足音を立ててボク達は逃げ出した。

 

 ……よくよく考えれば、視聴覚室って声を出してもバレにくいわけで。色々と想像できちゃうよねって話。

 

「思ってた以上に話が通じ無さそうだったな、あれ」

「同感だ。あれは入り込んでどうにかするより、一定の距離から調査を進めたほうが良さそうだった」

「貴島京子水ってなにあれっ! あたしラベル見てなかったら普通に飲んじゃいそうだったんですけどッ」

 

「…………」

 

 走りながらやいのやいの言い合うボク達だったが、柊だけはずっと黙っていた。

 

 俯いたまま。

 何かを考え込むように。

 

「柊? 大丈夫?」

「あぁ、うん。ありがとう。こんなおれを心配してくれて。大丈夫だよ。ちょ、ちょっとね。トイレに行きたいだけ」

 

 と。丁度トイレに差し掛かる。

 

「追ってきては無さそうだし、ちゃちゃっと行ってきちゃえば? ボク達が見張ってるから」

「え、いいの?」

「辛そうだしな」

「ありがとう……。じゃあ」

 

 柊はトイレへと駆け込んだ……というところをういが引っ張り戻した。

 

「ふぁッ!?」

「そっち女子トイレ! こーゆー時は押さない駆けない焦らない、だよっ」

「あ、うん」

「めちゃくちゃ駆けてたけどな。ボク達」

「ちっちゃい事ばっか気にしてると、おちんちんまでちっちゃくなるんだよ。歩夢」

「それはやだな……」

 

 

 

❑─CHAPTER19(SATUKI NARUSE)─❒

 

 

 

 時刻は19時。外はまだちょっとだけ明るいかな。

 

 喫茶ナインボールの端の席。なんでだろう、この席には特殊な感覚……記憶がある。他の枝の記録? 果たして誰の記憶?

 

 たまに垣間見える平行世界の風景。わたしは一瞬、黒いドレスを身に纏う少女を錯覚した──。

 

「そこにはね、毎日パフェを注文してくれる常連の女の子が座っていたんだよ。ウェイターの子は『パフェクイーン』なんて呼んでたかな。

 美味しそうに食べてくれるし、実はこっそり苺やクリームの量を増やしてたんだけど、気づいてくれてたかねぇ」

 

 注文したカフェオレを運んできてくれた九條聡さんは、そう語った。

 

「結城希亜ですね」

「え?」

 

 前の席に座る奈津ちゃんが、意外な人物の名前を口にした。

 

「兄さんとキメラ事件の容疑者として結城希亜について聞き込みをした時に、この喫茶店でパフェをよく食べていたことを知ったんです。学校でも噂されていたそうですよ」

「そうなのかい。聞き込みっていうと、うん、本当に探偵さんみたいだねぇ」

 

 奈津ちゃんの前にオレンジジュースを置きながら、にっこりと笑う聡さん。ちなみに聡さんはこの喫茶店のオーナーでありシェフでもあるので、本来はこうして飲み物を運んでくるなんてことはない。特別に挨拶に来てくれたみたい。

 

 ほんと、びっくりするくらい良い人である。そう。やっぱ九條都ちゃんによく似ている。

 

「悪いけど、ワタシはお店を閉めるまで調査には参加できないからね。それまでは、混雑するまではゆっくりしていってね」

「はい。いつもありがとうございます」

「感謝するのはこちらだよ」

 

 そう言って、厨房に戻っていく聡さん。

 カフェオレを一口飲んで、頭に糖を回す。思考能力の活性化。判断能力の向上。なにより、冷静に。

 

 奈津ちゃんもオレンジジュースをストローで啜って、「美味しい」と呟いていた。何かと無表情な彼女だけど、美味しいものを食べる時は口元が緩む。年相応の可愛さだ。ヨシ。目の保養もオーケー。

 

「よし、じゃあ今日の聞き込みについてまとめようか」

「はい」

 

 お互いにメモ用紙を取り出して、今日聞き込みをした内容──『貴島京子の会』についての話に目を通す。

 

 直接貴島京子の会に乗り込むのは歩夢くん達に任せて、わたし達は外部への聞き込みに専念した。

 

 わたしは白泉学園の教師として、わたしの受け持つクラスの生徒達、他の仲の良い生徒達と、職員室の先生方。機会があったので学園長にも聞き込みができた。

 

 奈津ちゃんの方でも仲の良い生徒達に。そして、放課後になったらソフィーティアと一緒に白巳津川市内で街の人達に聞き込みをしてもらった。

 

「まずわたしから。生徒達も先生達の間でも、ヤバい集団ってことしか認識されてないみたい。誰が作り上げたのか、とか。どんなことをしているのかってのも、わたし達の知る説明会しか知らないみたいだったね。

 先生方は……周りに迷惑を掛けない以上は止めに入らないスタンスらしいけど。ちょっと怖いなぁ。当たり前だけどねぇ」

 

「こちらも同じですね。私の友達も何も知らないようでした。街の人達から得た情報では、白巳津川市内の──」

 

 奈津ちゃんはそこで言葉を区切って、ポケットからスマホを取り出した。地図アプリを開いてこちらに画面を見せてくれた。なにやらマーカーが付けられている。

 

「白巳津川駅改札口。れれぽーと南出口。白巳津川マークタワー入口。この3箇所で貴島京子の会の布教をしていたみたいです」

「布教って言うといよいよ宗教じゃん……」

「時間は昨日の午後19時頃。警察に止められて中断したみたいです。──数時間かけて得られた情報は、これだけですか」

「まぁまぁ。上出来だよ。大きな情報はきっと歩夢くんたちがゲッチュしてくれるさ。で、気になってたんだけど、ソフィーティアは?」

「彼女は──アンブロシアを取りに行っているみたいです。えーと、アーティファクトの契約を強制的に破棄させるんでしたっけ?」

「らしいね。わたしも詳しくは知らないけど、キメラ事件の容疑者のこともあるし、この貴島京子の会についても、ちょっと不安だし。

 にしても、どうすればいいんだろうね。この会について。事件で亡くなってしまった友達を大切にするのは、良い事だと思うけど……。度を超えているような気もするし、止めるのもまた難しい。何より心配なのはさ、」

「柊先輩のことですか」

「うん。彼は自分の彼女が持ち上げられていることについて、どう思ってるのかなって。教師としては、生徒が第一だし」

「ですね。あの、カフェオレ一口もらってもいいですか。オレンジジュースあげますので」

「合わなくない?」

 

 

 

❑─CHAPTER20(AYUMU KURAME)─❒

 

 

 

 今夜も夜の9時に喫茶ナインボールに集まることになっている。それまでまだ時間が残っているので、ボクとうい。蓮夜と柊の二手に分かれて、街で聞き込みを開始した。

 

 奈津と付き添いとしてソフィーティアが先行して聞き込みをしてくれているはずだけど、情報は多いほうがいい。

 

『昨日水を配ってたよ。駅前で。貴島京子水? だっけな? チラシを配る新興宗教みたいな……いや、それ以上に怖かったさ』

 

『チラシを配ってたネ。きじまきょうこ? って子の顔がでかでかと載っていてね。親御さんはどう思ってるのか心配だよネ』

 

 情報としてはこの2つ。他の人は「知らない」とのこと。まぁそんなもんだよね。

 

「うーん、やっぱり気になるんだけどさ、この貴島京子って人の親が犯人というか、関わってたりしない?」

 

 喫茶ナインボールに向かう道中。白巳津川大橋を渡る途中で、ういが話す。

 

「まぁ、学校内と、ビラ配りくらいじゃまだ伝わってないだけって可能性もあるけど。その線も充分にあり得るな。カタチの特異なモンスターペアレント、的な」

「うわぁ……こっわ。

 あとはやっぱり、誰があんな会を作ったのかってことだよね。そもそもあの会の活動を止めるなら、その人に掛け合わないといけないんでしょ?」

「状況によると思うけど……。そもそも、止めないといけないっていう風に踏み込めもしないんだよな。あの水は明確にヤバいし、思想も結構恐いけど、まだ難しいというか。

 本来ボク達が専念すべきなのは、貴島京子の会に関連するアーティファクトユーザーの発見と対処だ。黒幕がアーティファクトユーザーならわかりやすいけど、もし本当に、純粋に頭のおかしな会長さんが始めた集まりっていうなら、ボク達だけの力で止めることは難しくなってくるな」

 

「あんな集団を作るってことは、やっぱり洗脳系の能力?」

「だとしか考えられないけど……。魅了とか?」

「あーありそう。エロゲでもよくあるよね」

「知りません」

「またまたー」

「奈津がやらせてくれると思う?」

「……思わない」

「でしょ」

 

 橋を渡りきったところで、ういがボクの手を握った。

 

「ね。集合時間までまだ時間あるでしょ。早めに行き過ぎて喫茶店で居座り続けるのもよくないし、夜の街でちょっと遊ぼうよ」

「夜の街って言い方やだな。いやらしい」

「行くの行かないのどっちなんだい」

「許可しましょう」

「なんなんじゃそりゃー」

 

 

 

❑─CHAPTER21(SHU TOGURUMA)─❒

 

 

 

 おれと蓮夜くんの2人で聞き込みを続けて数時間。このコンビ……相性が悪いだなんて蓮夜くんに失礼だから絶対に言わないけど、けど、人に話しかけるのがお互い苦手すぎて……。

 

「まぁ、なんだ。こういう日もある、ということだ。我々が今日という日を以て得られた教訓は」

 

「だ、だね」

 

 とぼとぼと白泉学園から徒歩数分の場所に位置する、白巳津川商店街を歩いていく。

 

 学園都市として近代化の進み、ビル群の建ち並ぶこの白巳津川市では珍しい、風情を感じる昔ながらの商店街。

 集客するお店のおじさんおばさん達の声の調子は今日も絶好調らしく、大きな越えの苦手なおれは、びくびくとしながら歩いていた。

 

「柊」

 

 並んで歩きながら、蓮夜くんはシリアスな雰囲気でおれの名前を呼んだ。なんだろう。まさか告白? まさかの男女の契り?

 

「負担はかかってないか」

「え?」

「この事件……というより、問題か。あの怪しげな集団については君の愛人に深く関わることだろう。彼女が亡くなった上で、こんな捜査を続けるのは辛くないのか」

 

 そっか……。蓮夜くん、おれのこと気にしてくれてるんだ。なんて優しいんだ。嬉しいな。

 

「正直、辛い部分もあるんだ。彼女が死んだ日に、どれくらいの涙を流したかなんて覚えてない。日本海だって超えちゃうくらいの量だったかもしれない。

 

 ……けどね、何もしないのも、嫌なんだ。昔から要領もデキも悪いおれだったけど、そんなおれに手を差し伸べてくれて、並んで歩いてくれた彼女に、恩返しがしたい。前を向いて生きて、彼女の名前を使ってみんなを困らせるようなやつを、とっちめたい。

 

 だからいいんだ。おれは進む」

 

 自分に暗示をかけるように、言い聞かせるような言葉の列。なんだか恥ずかしいことばっか言った気がするけど、蓮夜くんは集中して聞いてくれていた。

 

「そうか。私は君を勘違いしていたのかもしれないな」

「勘違い?」

「正直な話、君はもっと弱い人間だと……僕と同じような人間だと思っていた」

 

 “僕”と言った。蓮夜くんが本音を語る時、自分をそう呼ぶ気がする。

 

「しかし違う。君はもっと強い。人の死を糧にし、前へと進める人間だ」

「蓮夜くんは違うの?」

「私は……」

 

 蓮夜くんはポケットから小さな石を取り出した。手の平に収まるくらいの、小さな石の欠片。彼はそれを宝物のように、或いは過去の断片を想うように、儚く見つめていた。

踏み込めはしない領域だと思った。

 

「前に進めているのか。そんな簡単なことも分からないな。

 

 私は進めているか、与一」

 

 きっと、彼にとって大切な人の名前。おれにとっての京子ちゃんみたいに、ずっと一緒、いや、おれ達よりも遥かに長い関係だったのかもしれない。

 

 過去を惜しむように、その人の名を口にして、蓮夜くんは太陽の出番の終えていく夜の空をぼんやりと眺めていた。

 

 追うようにして、おれも眺めてみる。京子ちゃん、京子ちゃん、京子ちゃん。

 

 

 京子ちゃん。貴島京子ちゃん。

 

 

 

 見えるわけねぇか。

 

 

 

❑─CHAPTER22(UI MASAKA)─❒

 

 

 

 喫茶ナインボールでの集合までの時間潰しということで、白巳津川駅前のショッピング街を歩夢と並んで歩く。

 

 といっても欲しいものなんて無いので、ぶらぶらと、彷徨うように人の波に流されていくのでした。

 

 隣を歩く歩夢に目をやると、周りのお店を見渡しながら、ニット帽の位置を調整してる。彼のお気に入りのニット帽は赤。あとニッコリマークの缶バッジ。小さい頃、御子ちゃんに貰ったのを大事にしてるんだって。

 

 今度の歩夢の誕生日に……ニット帽でもあげようかな。喜ぶかな。……うわ、すごく彼女っぽいかも。

 

「歩夢は欲しいもん無いの?」

「無いかな。漫画とかもめっきり読まなくなっちゃったし。プルタブ集め以外の趣味が無いんだよ。ま、貯金ができるから経済的には良いのかもしれないけどさ」

「じゃあ欲しい女の子はいないの?」

「いないかな」

「ふぅん」

「なんだよ」

「いや。そういえば昔から歩夢の色恋話って聞かないなって」

「妹一筋だからね」

「シスコン」

「なんかもうそれでいい気がしてきた。発情はしないけどさ」

「じゃあこれから一生恋人は作らないんだ」

「そういうわけじゃないけど」

「どういうわけなの」

 

 あたしは立ち止まった。

 

「何が言いたいのさ」

 

 歩夢も立ち止まる。

 

「そのさぁ……。歩夢さ? あたし達……昔っからずっと一緒に遊んできたじゃん?」

「うん」

 

 あれ。普通に。平常に。平静に。ありのまま話せばいいのに、なんでこう、肩が震えてるんだろ。おかしいよ。

 

「もうちょっと、遊ばない?」

「もうちょっとって……遊ぶ回数を増やそうってこと?」

「ちーーーがくて。違うの。深度のことを言ってるの」

「だから震えてるのか」

「震度じゃねぇよぶっとばすぞ」

 

 ちがちがうちがつ。

 こんなのじゃない。

 もっと強引に攻め落とすんじゃん。今までのあたしから、変わるんじゃん。

 

「あー、もう、だからさ。そのぉ……」

 

 早く出せよ。次の言葉を。そしたら後は勢いでどうにかなるじゃん。なるはずじゃん。

 

「うい」

 

 ポンッと。

 なんとも。

 まじのまじで。

 最悪で災厄なタイミングで、頭を撫でられた。

 ナニソレ。

 テメーはラブコメの主人公でも気取ってるのか。

 

「変わらないよ。ボクも奈津も。話したいことが、あるんでしょ。ずっと一緒に過ごしてきたんだから、分かるよ。

 いつでもいいよ。いつだっていい。本当に辛かったら話さなくてもいい。どっちにしろボクも奈津も、お前への接し方を変えたりとかしないよ。

 

 ん。」

 

 歩夢は、撫でていない方の手を、さぁ掴まってと言わんばかりに差し出してきた。 

 

 あのさぁ。

 

「泣くぞぉ……」

「もう泣いてるじゃん」

 

 思えば、歩夢はこれまで一度も嘘をついたことがなかった。アホみたいに素直で、バカみたいに純粋。きっとオナニーしてる時だって罪悪感で途中でやめちゃうんだろうさ。

 

「ほんとに変わらない?」

「うん」

「金玉の色も?」

「それは変わりたくないな……」

 

 歩いていく。手を握って。

 離したくないと思った。

 こんな時間が。

 こんな明日が。

 こんな明後日が。

 どこまでも続いてほしいと思った。

 暫く歩いて。

 街の喧騒を抜けて、喫茶ナインボールの看板が見えた。

 

「ねぇ歩夢。ありがとね。ちょっと勇気もらえた。だから返す。

 

 あたしの、勇気」

 

 制服のボタンを外して、肩を露出させる。

露わになった肌には、青白く発光し、己が能力者であるという証明を果たしている。

 

「幸運のアーティファクト。それがあたしの能力」

 

 歩夢はほんと純粋で素直だから。また、騙されて?

 

 

 

❑─CHAPTER23(SHU TOGURUMA)─❒

 

 

 

 第2回目となった新生リグ・ヴェーダの集まりは、1時間ほどの情報共有にて終わった。

 

 キメラ事件についてのおさらい。なぜ事件が止まっているのかについて。

 貴島京子の会について。

 そして、ういちゃんのアーティファクト。『幸運のアーティファクト』の入手について。

 

 主にこれらの話。なぜ事件が止まっているのかについては、やっぱり答えは出なかったけど、貴島京子の会についてはこれからの調査について決めることができた。

 

 明日はおれと歩夢くんと蓮夜くんで京子ちゃん本人についての調査。

 ういちゃんと奈津ちゃん、ソフィーティアさんは貴島京子の会の動向の監視。

 

 この二手に分かれて調査することになった。そして。ソフィーティアさんが異世界から持ってきたユーザー探しの要。

 

 強制契約解除薬。

 通称アンブロシア。

 

 注射器の形をしていて、これを注入することができれば相手のアーティファクトの契約を強制的に破棄させることができるみたい。

 

 注射といっても、針は特殊な素材で出来ていて、本物の注射みたいな精密さはいらないらしい。ブスッと刺しちゃっていいんだって。

 

 まだ一回分しか完成していないから、ソフィーティアさんが管理している。使用時にソフィーティアさんを呼んで、使うという流れ。瞬間移動できるんだから、異世界人ってすごいよね。見た目は……ぬいぐるみだけど。

 

 最後にういちゃんの話だけど、これにはみんなびっくりしてた。ういちゃんも突然手に入れたとのことで、それに驚いて家に引き籠もってたんだとか。誰にも相談できずに。

 

 うん。分かるなぁ。やっぱ人に相談するって大変だよね。すごく。

 

『春風と似たようなアーティファクト……となると、第1世代をベースに、政府から任を受けていない魔術師が勝手に作り上げた模造品(コピー)。第3世代のアーティファクトかもしれないわね』

 

 これがソフィーティアさんの談。ちょっと難しいからよく分かんないや。

 

『体に害が及ぶというのなら、ここでアンブロシアを使う手もあるのよ』

『ううん。いいの。もう体調もばっちりだし、それに、みんなの力になりたいから。ほら、まだ一個しか無いんだし、いつキメラ事件の犯人や貴島京子の会の黒幕が現れるか分からないんだから、大事にしないと。

ほんとにやばかったらすぐギブするよ』

 

 ──その時のういちゃんは、なんだかカッコよかった。

 

 っていうのが喫茶ナインボールで話した内容。おれ達も高校生なので、夜遅くに帰ってしまうとういちゃんみたいに補導されてしまう。

 夜の10時になる頃には解散し、おれは家の前までナインボールのオーナー、聡さんに車で家の前まで送ってもらった。

 

 高層マンション。その7階。705。

 おれの家がそこにある。

 

 マンションのエレベーターに向かう足取りは軽い。

 

 京子ちゃんが死んじゃった時には、おれも追っかけようかと思ったけど、そんなことしなくてよかった。

 

 みんなが支えてくれた。一緒に話して、一緒にご飯食べて、他愛のないことで笑い合って。

 

 ありがとう。京子ちゃん。

 本当にありがとう。

 おれ、こうでいいんだよね。

 このままでいいよね。

 コレが正しいよね。

 

「愛してるよ」

 

 えへへ。どうかな。君には何回言えたのかな。言ってあげたのかな言ってもらえたのかな。

 

「足りないよね」

 

 

 

「まだ、足りないよね」

 

 

 

 

「もっと言ってあげよっか」

 

 

 

「愛してるよ。愛してる愛してる愛してる愛してる。心の底から、愛してる」

 

 

 

 ──もっと、か。

 

 

 

❑─CHAPTER24(NATU KURAME)─❒

 

 家に帰ってお互いにシャワーを浴びて、別に約束をしたわけでもないのに、兄妹揃ってリビングのソファに座っていました。

 対面する兄さんの顔は、だいぶ疲れ切っているようでした。

 

「お疲れ」

「おやすみなさい」

「時に礼儀は拒絶になるぞ妹よ」

「あら、兄さんいたんですね。いたならいたと吠えてください」

「人間失格」

「無茶、してないですよね」

 

 ここ最近の兄さんは、危険です。日常目まぐるしく事態が動いているが故、どんなことが兄さんを襲うか分からない。どんなことに兄さんが足を突っ込むのか……考えるだけで恐ろしい。

 

「してないよ。もう高3だぜ? 進路も考えないといけないし、危険かどうかの判断くらいつくよ」

「ジーーーっ」

「目を細めすぎて擬音が声に出てますけど」

「信じますからね」

「もちろん。兄貴なんだぜ、これでも」

「そうだったんですか」

「他人事!?」

「私が明日にいなくなることだってあるんですから。本当に、ちゃんとしてくださいよ」

「そういう話はやめてよ」

「……はい」

 

 これに関しては、言い過ぎた。

 

「にしても、ういがまさかアーティファクトユーザーになっちゃったなんてさ。なんかもう、アーティファクトユーザーチームみたいになってきたな」

「ネーミングセンスどうにかならないんですか」

「奈津もさ、見守ってくれないか。あいつのこと。あいつの方が不器用だから、色々」

「それは私が器用だと思っているんですか?」

「え違うの」

「いちいち1+1を声に出さないと導けないんですね」

「自信」

 

 ソファから立ち上がって、今度こそ「おやすみなさい」と言って寝室に向かう。後ろから「おやすみー」と聞こえてきました。

 

 ガチャン。

 

 ドアを閉めて、ベッドにダイブ。ギシギシ、バネの軋む音。毛布のハグ。

 

「本当に器用だったら……」

 

 微塵も価値もない、あられもない罵倒を、一つ呟いてみました。

 

 当然、事態は何一つとて好転しないのですが。

 

 

 

❑─CHAPTER25(AYUMU KURAME)─❒

 

─5/27日─

 

 朝になった。珍しくあの交通事故の悪夢も見ず、奈津に叩きおこされることもない。

 

 平和な朝ってやつだ。

 

 家には──既に奈津はいなかった。朝から生徒会の仕事があるのだろう。

 

 こういう時は机にご飯が、

 ……無いな。

 

 ま、昨日兄貴がどうとか言ったばかりだし、試されてるんだろう。

 

 朝ごはんに身支度に、それなりに仕上げて学校へGO。

 

 玄関を開ける。

 あぁ、拭えない。

 

 なんだろう。この、あまりにも出来すぎた違和感は。

 

 ありきたりにも程がある、明確な嫌な予感は。

 

「エスパーってヤツはいつもこんな気分なのかな」

 

 そんな軽口でしか気を紛らわすことができなかった。

 

 マンションを出ると、ういと、奈津が待ってくれていた。

 

「あれ、奈津?」

「ちゃんと身支度できたんですね」

「3年生でそれ言われるんだ……」

「なっちゃん、いじめすぎは良くないぞ。歩夢に変な性癖ついちゃうから。ばっちいから」

「性癖ってばっちいの?」

「さっさと行きましょう。二人とも」

 

 うん。何も変わりやしない。この違和感だって、耳鳴りみたいなもので、すぐに消えるだろう。

 

 昨日ナインボールで決めた調査をどうするか、それについて考えなくちゃなんだ。こんな、寒気。

 

 

 

「「兄さん(歩夢、)」」

 

 

 

 

 いつの間にか。ボクはういと奈津を追い越していた。

 

 

 

 正直言うと。

 振り向きたくない。

 

 

 

 けど、読者がページを捲るように、運命とやらは巡り巡る。

 

 時間とやらは、オートスクロールで現実を追いやっていく。

 

 いつだって、酷く残酷に。

 

 

 

 振り向いた。

 

 

 

 

 

「「ところでさ、」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「貴島京子の会に、

      入りませんか(入らない?)」」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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