9-nine- ゆきいろ ゆきみち ゆきのよる   作:YURitoIKA

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第3章 崩壊妄想少女の涯(慨)

 

 

 

 

それはきっと──。

最初から壊れていたんだ。

 

 

 

 

 

 この世界はあまりにも優秀だから、星屑にも満たない人の子の運命なんて神様は気にしない。

 

 巡り巡るカラクリ。

 醜悪で残虐なメモリアル。

 

 この顔に刻まれた呪い。

 

 ワタシの人生のヒビ。

 

 ねぇ神様。

 

 聞こえてる? 神様。

 

 壊れちゃったよ。

 ワタシの人生。

 

 木工用ボンドとかアロンアルファとかなんでもいいから直してよ。はやくしてよ。はやくしないと、もっと酷いことになるよ。

 

 ねぇ。     ねぇってば。

 

 なんてね。

 

 知ってる知ってる。

 

 神様なんて信じてないから。

 

 神秘は都合の良さの言い訳。

 

 不可思議は現実逃避の現れ。

 

 もういい。

 

 世界が壊れていて、

 

 神様も無能なら、

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 ワタシの舞台。ワタシの、幸せ。

 

 

 

ワタシのセカイ。

ワタシはカミサマ。

 

 

 

 

 

 

❑─CHAPTER26(AYUMU KURAME)─❒

 

─5/27日─

 

 ──『貴島京子の会』。

 突如として白泉学園に広まった、『貴島京子』を崇拝する集い。

 

 白巳津川市で巻き起こる猟奇殺人事件、『キメラ事件』。その被害者である貴島京子を天国で笑顔にさせるとか言って、ひたすらに彼女の名を広めるというのが主な活動内容。

 

 学園内、市内での広告活動。怪しい水の配布。やっている事はもう新興宗教とかのソレだが、しかし、貴島京子は神ではない。

 

 3年Iクラス。クラス内はもちろん、学園内でも顔の広い人間だったらしく、彼女の彼氏である『戸車柊』の話を聞けば、性格もかなり良い人間だったと考えられる。

 

 俗に言うアイドル。

 

 2次元的で非現実的な喩えだが、こうも狂気的な持ち上げ方をされると、正しいとさえ思える。

 

 さて。こちらの陣営の話に戻そう。ボク達は斯々然々の末に白巳津川市に広まった、人間に未知の力を与える装飾品──『アーティファクト』の回収を目的に活動していた。超常能力とは文字通り超常現象を引き起こす、特殊な力のことだ。

 

 或いは、不可視の切断。

 或いは、感覚の譲渡。

 或いは、視覚による束縛。

 

 “何言ってるか分かんねぇだろうが”っていう一連の流れが実際に引き起こせちゃうアイテム。

 貴島京子の話にも、これが絡んでいると考えるのが普通だ。アーティファクトについて知るボク達にとっては、ね。

 学校では名が通り、殺人事件の被害者となってしまった、となれば……言い方はあまり良くないが、特殊な人間であることは確かだ。

 けど、こうも宗教みたく集まりができるものか? 学校の放送を借りようとしてまで? 彼女の体液の入った水まで作って?

 

 異常だ。

 そう、異常。

 

 断定はできないけど、こういうのは決まって『洗脳』だとかの能力だろう。

 

 では一体誰が引き起こした騒動なのか?

 

 何が目的で?

 

 そりゃあもちろん分からない。

 

 けれど、それを解明するのが物語の主人公ってやつで、その物語の主人公ってやつが、ボクってやつで、そしてボクってやつは──

 

 

 

「「どうして逃げるの? ほら、貴島京子の会に入りましょう?」」

 

 

 

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◢◤◢◤◢◤

 

 白巳津川市大橋中央付近を駆ける、男子高校生の姿。

 夏が近づいていることを予感させる、ジリジリと日照りが主役の快晴。

 通学中の生徒を追い越しながら、ボクはポケットからスマホを取り出した。

 

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 ()()()()()()()

 

 あまりにも重大なこの2点の問題は、とりあえず置いておく。とにかく、2人と一緒にいたままでは、2人を洗脳した犯人と鉢合わせて自分もお陀仏になりかねない。

 

 今はまず、状況の報告と整理。報連相ってやつだ。1年の時に働いていたバイト先で教わった言葉だ。ちなみに焼肉屋ね。匂いがきつい。

 

「出てくれよ……ッ」

 

 LIMEで蓮夜のアイコン(アニメのキャラだ)をタップし、通話ボタンを押した。スピーカーにして、コール音を聞きながら走る。

 学校にも家にも逃げ場が無いなら、あそこに賭けるしかない。

 

 コール音が止んだ。

 

『もしもし、歩夢か?』

 

「あぁ! 蓮夜、まずいことになった。奈津とういが──」

 

『……なるほど』

 

「は?」

 

 なるほど、と蓮夜は言った。まるで、この状況に納得するかのような一言。

 

『沙月先生も様子がおかしくなった。多分、そっちの奈津君とうい君と同じような事を言っている。“貴島京子の会に入らないか”とな』

 

「────」

 

 なるほど。なるほど、だ。とても簡単な話、ボク達は追い詰められている。

 

『こちらは柊と共にナインボールに向かっている。聡さんが無事である、という保証はないが、学園にも駅にも近づいていない人物なら可能生はある』

 

 柊も無事みたいだ。走っているので俄然ホットであるが、胸をホッとさせる。

 

「分かった。ボクもナインボールに向かってる。今はまだ開店前だし、学生もいないはず。店の裏口で落ち合おう」

 

『了解した』

 

 さて。となると、

 

「わたしは無事よ」

 

 相変わらず物理法則を無視する空飛ぶぬいぐるみ、ソフィーティアが現れる。驚くよりも先に安堵の息が出てきた。

 

「良かった。でも、そのチャック顔でも分かるよ。状況、良くないんでしょ」

 

「察しが良くて助かるわ。そうね、白泉学園の半分ほどの生徒が貴島京子の会に入れと口ずさんでいるわ。それと、奈津とういも学園に向かっている。感染型のアーティファクトなら、全校生徒が犯人ユーザーの手に落ちるのも時間の問題だわ」

 

 想像通りの最悪な展開だ。

 

「感染型ならボクも……って思ったけど、もしかしてユーザーはアーティファクトに耐性があるからってやつ?」

「そうね。耐性の強さにも個人差があるのよ。あなたや蓮夜、柊はそれが強かったのかもしれない」

 

 未だに正体の掴めないアーティファクトに助けられたらしい。運はこちらに……あってほしいな。

 

「まだ貴島京子の会の学生が彷徨いている。鉢合わせない場所を案内するわ」

「有能って言われない?」

「踏んだ場数も超えた年齢もあなた達とはワケが違うの。覚えておきなさい」

 

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 時刻は朝の8時46分。喫茶ナインボールの裏口では、オーナーでありシェフでもある九條聡さんが仕入れてきたばかりであろう機材や食材を運んでいるところだった。

 

 出会い頭に肩で息をしながら状況を説明した。普段ろくに運動をしないくせに走ったから、喉はガラガラ顔はゾンビ。呂律はきっと回ってない。

 それでも聡さんは事態の深刻さを察してくれたようで、聞き返してくれたり優しく頷きながら説明を聞いてくれた。この人も踏んだ場数が違いそうだ。

 

「なるほど……まぁ、見てもらえればわかると思うがね。ワタシは無事だよ。安心してくれたまえ」

 

 白い顎髭がクスリと揺れる。こちらに安心感を与えてくれる笑顔だが、その眼差しは真剣なものだった。

 

「ほんとに良かったです。蓮夜と柊も無事です。事務所の奥の部屋を使わせてもらってもいいですか?」

 

 ガチャン、と、聡さんは裏口のドアを開け、ボクに中に入るように促した。

 

「構わないよ。お店を閉めるわけにもいかないから、ワタシはほんの少ししか話に入れないと思うがね」

 

 一度頷いて、ボクは中に入る。

 

「ありがとうございます」

 

 蓮夜と柊が到着する前に、ナインボールの事務所の裏──事件についての資料がまとめられている部屋に入る。

 ホワイトボードに貼りつけられている白巳津川市の地図。メモ用紙に『貴島京子の会 本部』と書いて、白泉学園の上に貼ってみた。

 

 ……あくまで勘だけれど。

 この事件は、クラスメイトの歪んだ友情による疑似宗教……みたいな複雑な話じゃない気がする。もっと簡単で、狂気的なまでに明快で、恐ろしいナニか。

 

 貴島、京子。

 

「あんた、誰なんだよ……」

 

 

 

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◆歩夢◆

喫茶ナインボール事務所裏。

会議用の折りたたみデスクに

並べられたアーティファクト

についてのメモ、筆記用具諸々。

 

そして、ホワイトボードには

白巳津川市の地図。

 

◆蓮夜◆

……さて。まずは一応、

再会のハグでもするか?

 

◆柊◆

は、ハグぅ!?

 

◆歩夢◆

男同士でハグはちと嫌だな……。

 

◆聡◆

青春だねぇ。

 

◆歩夢◆

今、この部屋にいるのは

ボク、蓮夜、柊、聡さん。

そしてソフィーティア。

 

蓮夜と柊は遅れて到着したが、

なんとか無事だったみたいだ。

様子もおかしくない。

 

なんとか集まったボク達だが、

まずは状況把握だ。

事件についての整理をし、

今後の方針をまとめることにした。

 

順に整理していこう。

まず、貴島京子の会について

初めて話題が挙がったのは……

 

◆蓮夜◆

2日前……カラオケに

行った時のことだな。

 

休み時間の校内放送で、

『貴島京子』についての生活音

を流させてくれと、

『貴島京子の会』に提案された

ということだったな。

 

◆柊◆

か、会が発足したのは、

かなり最近だよね……。

そ、それこそ数日前。

 

だって、京子ちゃんの彼氏である

おれですら知らなかったし、

そんなへ、変態的な会が

学校に出来てたら、

とか……広がるよね。

 

◆聡◆

ナインボールにも学生さんは

よく来るし、バイトの子の中にも

白泉の生徒がいるが、

そんな噂は聞かなかったね。

 

◆歩夢◆

うん……。メモを取っていこう。

 

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✔貴島京子の会事件

 

●貴島京子の会が出来たのは最近

●あまり広まっていない

 

▼▼▼

 

◆ソフィーティア◆

貴島京子の会について

もっとまとめてみましょう。

 

まず、貴島京子の会の目的。

確か……貴島京子の素晴らしさを

伝えるため……だったかしら?

 

◆歩夢◆

うん。天国の彼女を笑顔に

させるんだってさ。

 

メンバーは3年Iクラス。

貴島京子や柊のクラスメイト達。

会長はそのクラスの紅研吾って男。

 

◆蓮夜◆

柊、紅研吾という人物に、

なにか心当たりは?

 

◆柊◆

無いよ。と言っても……

おれが無いだけで、

京子ちゃんにはあるかも。

ほら、京子ちゃん顔広いから。

クラスの全員と知り合いみたいな

ものだったし……。

学級委員長だったし……。

 

◆歩夢◆

クラスのみんなから愛されて、

学級委員長……。なんかもう、

ゲームのヒロインみたいだね。

 

◆柊◆

だ、だよね……。

おれなんかに見合うわけないのに。

どうして……おれなんかと。

 

◆聡◆

そうやって自分を卑下するのは、

 

◆蓮夜◆

良くない癖だな。柊。

お前は彼女に選ばれた。

それが答えじゃないか。

 

◆柊◆

…………。答え、か。

 

◆ソフィーティア◆

話が逸れているわ。

では貴島京子の会の重要人物、

紅研吾についての情報は無し。

会のメンバーはクラス全員?

 

◆歩夢◆

この前乗り込んだ時には

10人くらいがボク達を

取り囲んでいたし、その間にも

ビラ配りをしているメンバーが

いるなら、そう考えていいはずだ。

 

▼▼▼

 

✔貴島京子の会事件

 

●貴島京子の会の目的は貴島京子の

 素晴らしさを伝えること。

●会のメンバーは3年Iクラス。

 +()()()()()()()()()()()

 

◆ソフィーティア◆

……そう。

 

◆歩夢◆

ソフィーティアは何かを

察したような溜息をつく。

見た目は人形だと言うのに、

その奥の人間としての

感情の揺らぎが見えるような

間をついてから、話し始めた。

 

◆ソフィーティア◆

アーティファクトに耐性の

あるはずの沙月も奈津もういも

洗脳されている状態。

つまりは非常事態よ。

だからこそ、迅速な対応と、

あらゆる状況に対処し、

全ての危険性を考慮すべき。

 

それを前置きして

言わせてもらうわ。

 

 

 

柊。あなた、怪しいわよ。

 

 

 

◆柊◆

え、え……。

 

でもまぁ、そうだよね。

クラスで洗脳されていないの、

おれだけなんだから。

 

◆歩夢◆

……。これに関しては、

随分と前から行き着く

考えではあった。

 

ユーザーであり、洗脳されてなく、

貴島京子やIクラスの人間と

関わりがあり、加えて、

奈津やういを洗脳できる人物。

消去法で考えれば彼しかいない。

 

◆蓮夜◆

次に話題にすべき要点。

貴島京子の会を作った人物。

貴島京子の会に入らせようと

洗脳するAFユーザー。

 

柊。残念だが私も同意見だ。

君の意見を聞きたい。

 

◆歩夢◆

部屋の空気が一層重たくなる感覚。

室内の人間の視線が、

柊に集まる。

 

どう答える……?

 

 

 

◆柊◆

おれが怪しいって言うなら……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ユーザーじゃない人間は

近づけちゃダメよォ。

 

 

 

◆蓮夜◆

ぐ、ぁ。

 

◆聡◆

………。

 

◆ソフィーティア◆

蓮夜ッ!!

 

◆歩夢◆

柊の顔が今までに

見たこともないほど歪んだ刹那、

 

聡さんが蓮夜の胸にナイフを

突き立てた。

 

 

 

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 彼の右目に灯る、禍の桜。状況は明白。寧ろ遅すぎた結末。

 

 いつ気づけば良かった?

 カラオケで能力を使った時?

 貴島京子の会の人間の大半が3年Iクラスの生徒であると知った時?

 

 遅い。そんな“タラレバ”は現実に必要の無い戯言だ。

 

「蓮夜ッ!」

「分かるよ……凄く分かるんだ。みんな、おれのこと疑いたくなかったんだよね? いや、心では疑っていても、口には出せなかった。おれのこと……友達だって思ってくれていたからッ……!」

 

 聡さんは血の付いたナイフを握りしめたまま硬直中。ボクは危険を顧みずに蓮夜に駆け寄った。

 刺されたのは背中。刺した直後に引き抜いたせいで血が制服を濡らしている。こういう時の対処法は素人なので無知だ。まずは救急車を呼んで、すぐに──

 

「大丈夫だよ、歩夢くん」

「何がだよ……。この状況の一体どこが大丈夫なんだよ……。友達なんじゃ、ないのかよ」

「そうさ。ほら、よく見てご覧よ」

 

 気づけば柊の右目は閉じられていて、左瞼のスティグマも消えていた。

 

 能力が解除されていた。

 

「え」

 

『奈津──』

 

 フラッシュバックする。奈津の交通事故とその顛末。血だらけの彼女は、ボクの記憶の中にしかいない。

 

 ──正しくそれと同じ。

 彼──高峰蓮夜の刺し傷、血、苦悶の表情全てが、消えていた。

 

「れ、蓮夜……?」

「ほら、聡さんを見てみて」

 

 ばたん、と力無く倒れた聡さん。手に持っていたナイフは……無い。転がったわけでも、柊が回収したわけでもない。

 

「無いんだよ。ナイフなんて。だってさ、この人がナイフを持ってきたとこ、見たかい?」

 

 確かに見ていないし、厨房の人間がそんな危ない調理器具を部屋に持ち込んだりするわけがない。最初から操られてた……と考えても、柊のスティグマの位置は瞼だ。部屋に入る前から能力を使用していたのなら、誰かが気づくはず。

 

「なにがどうなってるのか……説明してくれる優しさは残ってるの?」

「当たり前じゃないか。友達に優しくするのなんて常識さ。まぁ、今のはちょっと強引だったけど。でも、喧嘩も仲良しの内だよね。

 いやー、蓮夜くんの能力は強力すぎるからねぇ。『切断』だなんて、強すぎるじゃないか。もし洗脳の能力が効かずに、さらにおれの能力を遮断されたら全部パーだ。だからこうして眠ってもらった」

 

 蓮夜に倒れた際の怪我が無いか確認した後、聡さんの容態も確認する。……うん。蓮夜と同じで、気絶してるだけみたいだ。倒れた時の怪我も無いみたい。ていうか、計算されている。倒れる位置にはちょうどクッションとなるような資料の詰められたダンボールが置いてあった。

 

 ますます分からない。こいつは何を考えている? なによりも、こいつの能力は──?

 

「でも、今確かに刺されたはずだ」

「そう、見せたからね」

「見せた? 柊、お前の能力は『束縛』なはずだ。ボクはこの身で体験したし、嘘じゃないはず。なのに、こんな幻覚は」

「だからこそ、分からないかなぁ。体感したでしょ、()()()()()()()()()

 

『ぐるぐる。ぐるぐるぐる、と。アタマが、オカシクなる。』

 

 束縛……。その瞬間に考えていたことや視界がぐるぐると掻き回されるような感覚。なんだろう、同じことを頭の中でずっと見させられ言わされ続けられるみたいな。

 

 同じこと……?

 

「意識の束縛……。体が動かなくなることが“主”で、視界や思考が虚ろになったのは副次的なものだと思ってたけど、()()()()

「そーう! やっぱ凄いよ。歩夢くん。キミ、探偵ごっこをしている時は能力についてあまり考えてこなかったみたいだけど、一度コッチ側の人間になると頭が回るみたいだね。うん、才能があるよ

 

 おれの能力はね、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ものなんだ。ほら、テスト勉強とかでさ、ずぅーっと解けない問題のこと考えてると、脳が疲れて脱力しちゃうでしょ。あれと同じ原理、延長線上のものなんだよ。

 

 更に、そこに()()()()()()()()()()()()()()()。そうすることによって対象者に自由な映像や思想をお届けできるわけ」

 

 あのおかしな感覚のロジックはソレか。物理的な束縛ではなく、思考の束縛だなんて。

 

「ソフィーティアさんの機関も結構緩いよね。能力の詳細まで分かってないなんて。それのせいでおれが犯人っていう確信を持てなかった」

 

 ボクの後に蓮夜の様子を確認していたらしいソフィーティアは、顔の色を変えた。あの色は……複雑だな。多分、柊の言っていることが正論であるが故に、反論を出来ない歯痒さ。己への憤怒。色々なものを内包している。

 

「そうね。全くその通り。アーティファクトの種類は数千を超える。異世界でもすべてを回収できたという保証は無いし、また、アーティファクトそのモノにも未知の可能性がある研究段階の代物。

 こうした事態で何も出来ないのは、なんて、情けない」

「やめてよソフィーティアさん。あなたも友達だと思ってる。そうやって落ち込んで欲しいわけじゃないんだ。不快にさせたなら、謝るよ、おれ」

 

 柊の顔は本気で焦っているようだった。残念ながら彼の発言のどこをどう切り取ろうと皮肉にしか聞こえないのだが。

 

 けど、これではっきりした。

 戸車柊という人間の破綻。

 

「ずっと聞きたかったことを聞くよ。柊」

「うん。なんだい?」

「お前は誰で、一体どうしてこんな回りくどいことをする? 何のために?」

「質問責めだね。おれのことをもっと知りたいんだ。ドキドキしちゃうね」

「ふざけないでくれ」

「怒らないで。ごめん、おれコミュニケーション能力が疎いんだ……。謝るよ。

 

 うん。順に答えるけど、いい?」

 

 ボクは彼を睨んだまま頷く。

 

「まず一つ目。おれはおれだよ。

 で、二つ目と三つ目。回りくどいもなにも、おれの目的はもうとっくの昔に達成されてるんだ」

「──は?」

 

 とっくの昔?

 それはいつを指すんだ?

 

「だから、みんなを傷つけようとか学園を乗っ取ろうとか考えてない。これは本音だ。嘘発見器を取り寄せてもいいよ」

「話が見えてこないわね」

 

 ボクが思っていたことをそのままソフィーティアが突きつける。

 

「うーん。ごめん、“目的”に関してはゲームの内容に抵触するから答えられないかな」

 

 机を挟み対峙するボクと柊。

 彼は、ゲームと言った。

 

「ゲーム?」

 

「いやぁ歩夢くん。歩夢くん歩夢くん歩夢くん。君にとっておれの行動が謎であるように、おれにとっても君は謎だ。カラオケで君達に能力を使用した時、確かに君も能力に掛かっていた。そして今も蓮夜くんが聡さんに刺されるという幻覚を見たはずだ。

 

 じゃあ、なんで眠らない。操られない。

 束縛の能力によって、おれの意思を他人に流しこむことができるってのはさっき言ったと思うけど、その時ね、相手の感覚や感情もちょっとだけ共有されるんだ。

 

 結果から言うと……君は変だ。アーティファクトの耐性に弾かれるような感覚じゃない、君はもっと()()()()()()()が違う……友達として、失礼な事を言うけど……気味が悪い」

 

 それは、そうだ。自覚はしている。蓮夜や聡さんのように、自分も眠っているはずではないのか。能力の詳細すら分からないくせに、2人よりも耐性があるだなんてご都合主義。自分で自分が怖くなってきたところだった。

 

「君は特別な人間だし、度胸もあると思う。だから、()()()()()()()。いいかい、歩夢くん。おれはね、今、

 

 

勃起をしている

 

「は?」

 

「京子ちゃんへの愛だよ。おれの行動は京子ちゃんへの愛に一貫している。貴島京子の会も、蓮夜くんに眠ってもらったことも、なによりなによりなにより、おれの存在そのものも! ぜんぶっ、全部ッ!! 京子ちゃんのためなんだッッ!!」

 

 本音。歪みに歪んだ彼の顔。不協和音のような笑い声。絶なる希望に満ちて、酷なる欲望に満ちた衝動と作用。

 

 そう、これだ。

 

 彼の破綻。リグ・ヴェーダに入ったこと、カラオケ店でボク達をすぐに操らなかったこと、ここに来て蓮夜を潰したこと、最後に──ゲーム。

 

「だから、歩夢くんにはまた探偵ごっこをしてもらう。問題は簡単だよ。

 

 

 

 キメラ事件の被害者。

 貴島京子はなぜ、

 

 戸車柊を好きになったのか?」

 

 

 

「な……」

「この前交換してくれたLIMEに住所を送信したよ。それとこれを」

 

 柊はポケットから小さな何かを取り出すと、ボクの方へと投げた。警戒したが、反射的に受け取ってしまった。

 それは──鍵だった。

 

「かぎ?」

「期限は今日の下校時間。白泉学園のIクラスで待ってるよ」

「待ってくれ、そんなのなん──」途切れる映像。割って入るノイズ。

気づけば眼の前に、ティラノサウルスが居た。

 

「ん、なに、てぃー?」

 

 うんティラノサウルスだ。ティラノサウルスだよティラノサウルス。あの図鑑とか映画とかで見るいっちばん有名な恐竜が、あ、はいナインボールの天井を突き破りました。

 

 本能のままUターン。明らかにボクに向けられた咆哮と“ドシンドシン”とかいうカタカナじゃ到底表せないような足音を背に、転びそうになりながら走る。

 転がり込むようにして出口を突き破り、外へ。

 先程聡さんと出会ったナインボールの裏口だ。

 

「はぁ、はァッ、な、なにが……」

 

 振り向けば、さっきと何ら変わらない裏口と従業員以外立入禁止の張り紙。ティラノサウルスの鳴き声は聞こえず、天井も突き破られていない。

 

「これも能力かよ……」

 

 魂まで抜けてしまいそうな大きな溜息を吐く。胸を掴み、心臓の位置と鼓動を確認。ヨシ、生きてる。

 

「歩夢、無事? 凄い汗よ」

「ソフィーティア……よかった。うん、ボクは無事。そっちは?」

「私は問題ないわ。本体は異世界にあるのだから。さぁ、状況を整理しようとしたらよりぐちゃぐちゃになったわけだけれど、どうする?」

「改めて整理したい、どこかゆっくりできる場所に行こう。今後の方針を決めないと」

「…………。パニックにならない辺り、やはり肝が座ってるのね、あなた」

「妹が死にかけるよりはどんな状況だって屁の河童だよ。お兄ちゃんってやつはさ」

 

 仕切り直しだ。今、自分はどんな状況に置かれていて、何をすべきか。考え直さなきゃいけない。

 

 放課後までという時間制限はあるけど、まだ時間はある。少なくとも深呼吸をするくらいは。

 

 そう。一回、

  息を大きく吸ってぇ──

 

 

 

「そぉんな口を奪っちゃう、

 マッキィなのでした☆」

 

 ぶちゅ。

 

 

 

❑─CHAPTER27(???)─❒

 

 

 

 10年前。夏。

 

 親が離婚して、ワタシはママと二人で暮らすことになった。

 別段不幸せと感じたことはない。ワタシは一人が好きな性格で、ぶっちゃけ食事という日課や家族旅行という行事は嫌いな方だったから。

 

 学校でも一人。

 家でも一人。

 孤独ゆえに幸せ。

 ちらり、と。仲良さそうにする同級生を見て、胸がざわざわするのを感じて、それはきっと心のノイズのようなものだと切り捨てた。

 

 9年前。冬。

 展開が早いけれど、全てが壊れたのはここからだった。

 ママが新しいパパを連れてきた。ママは依然から可愛げのないワタシのことを、お返しのように冷たくしていたけど、パパが来てからはより一層冷たくなっちゃった。

 

 ──時期が、悪かった。

 

 

 

 

バリン。

 

 

 

 なんてことはない。

 其処にドラマはない。

 偶然の結びついた事実の羅列。

 ワタシがクラスメイトの大切にしていた花瓶を壊し、その子はとても人気者で、ワタシに対するいじめがはじまった。

 ランドセルに入っていたはずの筆箱やノートはいっつも燃えるゴミに捨てられたし、〇〇菌と言われてワタシが触れた物には誰も触れなくなった。給食の時も、みんなワタシの机から避けた。

 ありきたりな話だ。ありきたりすぎて、自分が主役のはずなのに、どうでもよくなってしまう。

 孤独が好きとかほざいていたけど、どうやらワタシは自分の思っていた以上に人間であったらしく、限界が来たのはいじめが始まった2週間後だった。

 

「ママ、」

 

 ワタシの語り出しからして、無視されちゃう、とか思ってたかもしれないけど、実は案外ママもパパも学校に連絡してくれた。……深読み、というか悪い考察をするなら、どちらがどちらもカッコつけたかったのかも。ラブラブってやつですね。

 

 んまぁそんなことはどうでもよくて。

 ようやく先生も事態を重く受け止めてくれて、いじめっ子に注意をし、いじめは終わった。

 

 結果は孤独の再来。

 いじめは無くなったけど、別にワタシの性格が一変するわけじゃないし、クラスの皆からしたらいじめられていた子に今更友達になろうとも思わないだろうし。

 

 この世界は。ワタシの生きているセカイはゲームじゃないんだ。

 

 創造主なんてもちろんいない。何かイベントがあったら、確実なハッピーやバッドが用意されているわけじゃない。

 

 ふぅ。ちょっと語り疲れちゃった。

 あぁ、付き合ってもらって悪かったけど、別にこの話や語りにオチはないよ? 目的も意義もない。単純な 構ってちゃんってやーつ。

 

 でも君は。ほら、笑ってくれる。優しく、日差しを生ける微風みたいに頷いてくれる。

 

 うーん、大好き。

 柊くん。

 

 

 

❑─CHAPTER28(AYUMU KURAME)─❒

 

 柊からLIMEが届く。

 3件。

 貴島京子の家の住所について。

 聡さんは今日のボク達との一件のみを忘れて、普通に喫茶ナインボールで働いているということ。

 蓮夜は突然倒れてしまったということで救急車を呼んで運んで貰ったということ。重度の貧血、ということでベッドの上で眠っている。今は家族の人が見守っていて、柊は学校で待ってるとのこと。

 

 彼の洗脳は……今日のタイムリミットまで解かない気だな。

 

 

 

 白巳津川市のファミリーレストラン、その中でも最もドリンクバーの種類が豊富なゴスト。平日なので人気は少ない。

 4人用の席についたのは、ボク、宙に浮いているので“席につく”という表現は正しくないのであろうソフィーティア。

 最後に、

 

「本名は日角マキね。でも、本名よりはマッキィって呼んでほしいな。ていうかそれ以外で呼んだらどうにかしちゃうかもナ!」

 

 セーラー服の小柄な少女。白髪に真っ赤な瞳。ツインテールと瞳と同じ赤いリボン。……圧倒的な、オーラ。

 只者ではない、と本能が叫んでいる。

 

「じゃあ……マッキィ? まずなんでボクの唇を……その……」

「え! もしかして初キスだったっ!? 初物だったの!? そりゃあ―ちょっち悪いことした気もするようでしないけど、でもね、マッキィってば美少女だぜ? さらにさらにセーラー服だぜ?」

「それで納得する男子は世でも希少種かしら」

 

 ソフィーティアが至極真っ当なツッコミを入れてくれた。味方がいるのは非常に心強い。

 机を挟み、ボクもマッキィもそれぞれのドリンクバーのジュースをストローで啜る。互いの出方を探るように、ズズズ、と飲み物を喉に通す音が響く。

 

 ボクは見逃さなかった

 

「ソフィーティアのこと、ちらっと見ましたよね」

 

 ソフィーティアも頷く。そう、彼女は確かに、ソフィーティアの言葉に反応した。

 

「うん、見たよ。だってマッキィ能力者だもん」

「なるほど。なんでぇ!?」

「あなた、」

 

 クスクスと笑いながらマッキィは背を伸ばした。

 

「構えないでよ。敵対する意思はないから。ほら、見せてあげるよ。マッキィのウルトラスーパー能力」

 

 マッキィは店員さんを呼びつけると、スティックシュガーを貰った。

 

「歩夢くん、コーヒーを入れてきなよ。この砂糖を使ってね」

「は、はい?」

 

 言われた通り、ドリンクバーの場所に行って、アイスコーヒーをコップにいれて、マッキィから貰った砂糖をいれた。

 机に戻ると、マッキィはウキウキとした表情で話し始めた。

 

「んじゃそれ飲んで。砂糖を持ってきたのは店員さんだし、コーヒーを入れたのはきみ。カップも君自身のもの。マッキィは怪しい動きもしていない。──で、お味は?」

「…………。毒見」

 

 ゴクリ。一口。お味は、

 

「しょっっっぱっ!」

「──?」

 

 ボクの反応にハテナマークを浮かべるソフィーティアと、「ギャハハ」と笑い転げるマッキィ。

 

「ほら、この臍にあるのがスティグマ。マッキィの能力は『手品』なんだ。種も仕掛けもない、赤の超常能力さ」

「手品……、ソフィーティア、聞いたことあるか?」

「名前は聞いたことあるけれど、セフィロトの管理外のアーティファクトね。ごめんなさい、詳細はわからないわ」

「おい美少女が臍みせてんだぞ。勃起しろ勃起。それとももしかして二次元にしか興味が無いタイプなのかなぁ!?」

 

 ──となると、マッキィとやらの言葉を信じるしかなくなる。まぁでも、今すぐにボク達を殺そうってわけではないらしい。

 

 ここは話の流れに乗ってみよう。

 

 ボクはさっきまで飲んでいたオレンジジュースで口直しをして、話を切り出した。

 

「色々聞きたいんですけど、どうしてボク達に付いてきたんですか。学生さん……ですよね?」

「面白そうだからだよ。本当にそれだけ。疑ってもいいけど答えられるものはないさ。ちなみに学校は新島高校ね」

「新島って隣町の……。こんな平日に?」

「そんりゃチミも同じじゃね? ま、学校はおもんないからさ。こっちみたいに貴島京子の会が広まってないし」

「知ってるんですか?」

「この前ショッピングした時にね。駅でワーキャー言ってるのを聞いてたさ。で、なんとなく気になったんで色々調べて、探偵っぽく路地裏で聞き込み調査なんてしてたら、あり得ない量の冷や汗かいたチミと空飛ぶぬいぐるみを見つけました、と」

「それで、一緒に調べたい、と」

「うん。マッキィ個人には関係もないし目的もないけど、野次馬気質なのさ。だから、チミみたいなキャワウィウィ顔の男の子との冒険を所望するッ!」

「なにか有益になりそうな情報は持っているのかしら」

「無いだろうね。調べ始めたのなんて気まぐれだし。…………あ。ごめん、一個あったよ」

「ほんと!?」

「ごめごめ、情報の方じゃなくて、マッキィにとっての目的の方。マッキィはね、可哀想な一人の人間を救いたいんだ」

「それは?」

「チミ達は絶対知らない人だよ。“その子”の無念の為にマッキィはついてく。君たちと一緒にいれば、“その子”の無念も晴れる気がする」

 

 今まではピエロのごとく笑ってばっかりふざけてばっかりのセーラー少女だったが、その眼差しは真剣なものだった。恐ろしいくらいに。

 

「ソフィーティア」

「私、与一の件もあって人間を見る目は無いみたいなの。あなたに判断を任せるわ」

「……分かった。なら、今は信じる」

「今は、なんだ」

「勘だけど、あんたみたいなタイプは、ラスボスの背中に包丁を刺す中ボスタイプだ」

「んー。だったらラスボスの方がかっこいいけど……ま、いっか。ついていっていいってことだよね?」

 

 ソフィーティアの方に目をやる。

 強制契約解除薬。アンブロシアは、ソフィーティアが一本保有している。本来なら暴走した柊に使いたいところだが、万が一のこともある。

 

「んじゃ、指切りしよ」

「可愛いこと言うんですね」

「訂正しなよ。マッキィは最初からキャワウィウィんだ。ウルトラスーパーキャワウィウィって言いなさい」

「はい、小指」

「チミ、中身はあんまキャワウィくないね」

 

 小指を交わし、仮の契約。ぶっちゃけ彼女を連れて行く行為に意味があるとは思えないが……これも、勘だ。

 この局面で彼女は必要である。そう、ボクじゃないボクが言ってる……的な。厨二病、治ってないのかもな。

 

「そーいやさ、ご飯は頼まないの? 丁度お昼時だぜ?」

「んー、なーんか最近、お腹減らないんだよなぁ」

 

 

 

❑─CHAPTER29(NATU KURAME)─❒

 

 

 

『譲渡』

 

 

 

「………………」

 

 今日、朝起きた時に感じた頭のモヤ。もっと早くに能力を発動していれば、兄さんにあんな醜態を見せずに済んだかもしれないけど、取り返しがつかなくなったわけじゃないなら、よしとしましょう。

 

 貴島京子の事についてしか考えられなくなり、視界にも彼女が映ってしまうような束縛の術。その僅かな隙間で譲渡の能力を発動し、まだ能力に掛かっていなかったらしい生徒に自分への暗示を譲渡したのでした。

 悪いことをしたという自覚はもちろんありますが、ここは情けを感じている暇のある局面ではない。

 

 兄さんからのLIME。

 戸車柊が犯人であったという事実と、彼が始めたゲームについて連絡が来ていた。

 

 彼については、兄さんたちが貴島京子の会に乗り込んだ話を聞いた辺りから、目星を付けていました。

 会のメンバーはIクラスの人間であり、貴島京子をより愛していた人物。寧ろ、怪しくない点を探す方が難しかった。

 けれど、ではなぜ私達に近づくのか。近づいておいてなぜなにもしないのか。この2点がどうしても気になって、あえて泳がせていた。その結果がこのザマなわけですけれど。

 

 白泉学園内部ではいつも通りの時間が流れています。出席を取り、授業を始め、それを休憩を挟んで4回ほど繰り返し、お昼休み。

 お弁当を開きながら、時々『貴島京子』と呟く生徒たち。でも、暴動を起こしたりはしていません。

 授業中、先生が問題の答えを『貴島京子』と間違えたりするようなことはあったけれど、逆に言えばそれ止まり。

 ここまで大規模な洗脳攻撃をするのなら、犯人はもっと大きな行動を取ると思ったのですが……。

 

 私の立場はスパイのようなもの。敵陣の中にいるのだから、何か少しでも手がかりを手に入れて、今も逃げている兄さんに届けなければいけません。

 

 洗脳されていない、ということがバレたらまずいので、他の生徒と喋ることは控え、お弁当も屋上の隅っこで食べることにしました。

 

「兄さん、ちゃんと食べているでしょうか」

「うん、きっと食べてるよ。奈津ちゃん」

 

 その声の主に、私は憎しみを込めた鋭い眼差しをプレゼントしてやりました。

 

「元凶、」

 

 本人の前で洗脳されたフリをするつもりはない。

 彼だって、私の譲渡の能力を知った上で近づいたのでしょうから。

 戸車、柊。女性のように長く綺麗に伸びた黒髪に、男性の中でもかなり整った顔立ちです。性格は残念な部類だし、絵に書いたようなコミュニケーション不足な人間性だったけれど、悪人では無いと思っていたのに……。

 

「友達にそんなこと言うの、ひどいなぁ」

「貴方を友達だと思ったことなんてありません。ましてや、能力を使用して洗脳を掛けておいて、これ以降友達と思ってもらえるって、本気で思ってるんですか?」

「え?」

「え、じゃないでしょう。私は貴方がどんな人生を歩んできてどんな友達と巡り合ってきたのか微塵も知りませんが、そんなことも分からないような人間関係を作り上げてきたんですか?」

 

 つらつらと、脚本でもあるのかみたいに彼の歪を突きつける。さぁ、本音はいかが?

 

「そこまで……言わなくても、いいじゃん……。洗脳したのは、は、謝るけど…………蓮夜くんのことも、謝るけどぉ…………」

 

 蓮夜……。蓮夜先輩をどうしたって?

 やっぱり、危険は重々承知でスマホで兄さんに連絡を取った方が良さそうですね。

「京子ちゃんのためなのに…………なのになのになのになのになのになのになのになのになのになのにィ、

 うん。でも正論だ。ありがとう、奈津ちゃん。正論を言ってくれて。こんなおれのために」

「どういたしまして」

 

 さぁ。次の手。彼の様子、そして兄さんに課したゲームの内容からして、この戸車柊の危険性というものは少ないように思えます。が、如何なる時も最悪を考慮し、手を打つということ。

 この場合は、

 

「ッ、」

「な。なにしてるの、奈津ちゃん!」

 

 足を打つのですが。

 白泉学園の屋上、その周りを囲む白いフェンスに、私は思い切り自分の足をぶつけた。ガツォン、と鈍い音が鳴り、鈍痛が足を蝕む。自分で招いた結果とはいえ、顔をしかめながらも、私は能力を発動した。

 

「譲渡」

 

 快晴の日照りの中、尚も光を散らす碧の紋章。既に私は──()()()()()()()()()()()()()()

 

「きみはァッ」

 

 私の足から痛みが消えると、柊先輩は蹲っていた。

 人間にとって無知とは類なき脅威であり、根源的恐怖の対象だ。ただの痛みでも、脈略の無いものであれば往来の痛みはより鋭くなる。

 

「悪く思わないで、なんて言いません。思って結構。私には私を傷つけて貴方を拷問する覚悟があります。これはまだレベル1。次は骨でもいきましょうか」

 

 目を閉じたまま、喋る。彼の『束縛』の能力は、謂わば魔眼の類。目を合わせなければ済む話。

 

「うぅ……また友達と喧嘩しちゃった……。今日は、仲良しデーだなぁ」

 私がフェンスにぶつけたのは右足。彼も右足を抱えながら、しかし笑っている。

「変なことを言ってないで、はや──」

 

 

 

「なっちゃんごめん、

     あたし、死ぬわ!」

 

 

 

❑─CHAPTER30(???)─❒

 

 

 

 4年前。夏。

 

 小学校を卒業し、中学に入学し、蒼き春の輝かしい2年生となった。

 

 いじめは無くなり、それによる周囲の壁も無くなったけど、その頃にはワタシの方から高く分厚い壁で自分を守っていた。

 学校ではほとんど喋らず、授業中先生に当てられた時の「分かりません」の一言だけ。

 

 放課後になればすぐに学校を出て、隣町の舞台のお手伝いのアルバイトをしていた。本来中学生でお金を貰って働くことは禁じられているけど、親戚の人が運営している舞台なので、お小遣いということでグレーゾーンを突っ切っていた。

 

 家には帰りたくなかった。最近、ママとパパの仲が悪い。お金の使い道だの、愛がどうだのなんだのかんだの。

 

 恋愛になんてミリとて興味の無いワタシだし、2人が離婚しようとなんだろうと、別にお金があれば彼ら彼女らの顛末なんてどうでもよかった。

 だからこうして働いて、2人が寝付いたタイミングで帰るようにしていた。

 

 ──その日は、ダメだった。

 

 ワタシが帰ってくるタイミングでも、まだ喧嘩をしていた2人。騒音……なんて2文字じゃ片付けられないような、怨嗟怒号呪詛叱責。痛みで思考をごまかせる分、まだ地獄の方がマシなんじゃないかって思えるような、居心地の悪さ。

 

 ワタシは両手で耳を塞いで、自分の部屋を目指す。けど、その為には階段を登らなくちゃいけなくて、で、その階段はリビングを通らなければならない。

 

 ママとパパがバトっているとこを通らなきゃいけない。

 

 風。微風となったつもりで、走ることなく、流れるように、リビングを抜け──

 

 

バリン。

 

 

 ──あぁ、またこの音だ。これがまた、ワタシのセカイを壊していく──

 

 右目に異常。いや、やや上辺りか。右頬に異常。この痛みの感覚は、切り傷。それも深い。ぶわりと血が零れる感覚。生命としての異常事態に鈍る神経とブレる視界。……揺れる。

 背中に衝撃。ふらついてリビングの棚にぶつかったのだろう。でも、痛くない。もっと気持ちの悪い感覚がワタシの顔面を覆っているから。

 

「⬜⬜」

 

 父の声。父の声?

 

「⬜⬜」

 

 母の声。母の声?

 

 

 

「「お前がいなければ」」

 

 

 

 あー、そーゆーのね。はいはい。見たことあるある。

 となると……どっちがワタシの首を締めてくれるのかな。ほら、早くしてよ。

 どうせなら殺してよ。ワタシの方から願い下げだ、こんなセカイ。ワタシに向けられた花は1輪とて無いじゃないか。どうしてこう、普通に生かせてくれないんだ。別に幸福を望んでなんかいない。一人でひっそりと生きていたいって、つまらない願いを胸に抱いているだけじゃないか。

 こんなつまらない世界は、そんなつまらない願いも掻き消すほど腐っているのか。

 

 さぁ殺せ。

 いま殺せ。

 

「チッ……()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 は?

 

 いや、は?

 

 

 なんで?

 

 

 

 なにやってんの?

 

 

 

 頭ポリポリ掻いて。ふたりして。なにしてんの? ばかなの?

 

 

 

「あーこれ虐待とか言われるかなぁ。理由考えといてよ、お前」

 

「ビン投げたのはあんたで──」

 

 

 

 

 

『ふざけんなッ──!!』

 

 これが、本音(リソウ)

 

「ごめん、なさい……」

 

 これが、現実(コトバ)

 

 

 

 傷は治った。5針縫うことになったけど、障害みたいのは残らなかった。

 

 でも、ワタシの顔には、大きなヒビが残った。

 

 決して消えることなく、埋まること無い穴と渦。

 

 あの時の……感覚が、まだ残ってる。ずっと、飛んできたビンと割れた破片と、両親の顔が、螺旋のようにワタシの脳を犯す。

 

 

 

 その事件以降、初登校日。

 ワタシが休んでいる間に、留学していた生徒がクラスに帰ってきたらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よッ」

 

 

 

 

 笑顔。

       なんて──結末。

 

()()()()()()()()()()()()()

      ()()()()()()()()

 

 

 

 ()()()()()()()()

 

 

 

❑─CHAPTER31(NATU KURAME)─❒

 

 

 

 何年も耳にした、聞き慣れた声の主。──眞坂うい先輩。尊敬なんてしてないしすることもないだろうけど、大切な人間かと聞かれれば即頷くようなヒト。いつかお酒を飲める歳になった時、一緒なら楽しいのだろうな──とか。

 

 この場面において必要のない情報が脳を駆け巡りました。

 

「先輩、危ないじゃないですか」

 

 フェンスに乗っかり、さらには座ってしまった彼女。ちょっとでもバランスを崩せば、落下してしまいそうな姿勢でした。

 

 あれは彼女の意思ではない。戸車柊による、束縛の洗脳。

 

「友達にこんなことするんですね」

「間違っても彼女を殺すだなんてしないよ。君に止まってもらうために、芝居をしてもらっただけ。充分だったでしょ?」

「コケに──」

「するさ。君は自分の能力を理解してないんじゃないか?」

「奈津ちゃん、ごめんね。貴島京子の会に入らないからだよ」

 

 気配は無かった。気づいた時には、沙月先生に羽交い締めにされていた。

 

「……ッ」

「奈津ちゃんはあの歩夢くんの妹さんだ。先生を傷つけておれを傷つけるようなことはしないよね?」

「…………えぇ。しませんよ。そんなこと。するまでもないので」

 

 私は、舌を噛みちぎった。

 

 

 

❑─CHAPTER32(AYUMU KURAME)─❒

 

 

 

 白巳津川市の中央に位置する白泉学園から、東西南北に振り分けられた住宅街。およそ北西に位置する、ビル群のエリア。

 

 高層マンションが並ぶ、世で言う富裕層のエリアってやつ。

 その一つ。7階の705。そこが……貴島京子の家だという。

 LIMEに届いた柊からのメッセージによれば、“柊の友達である”と言えば貴島京子の母親が出迎えてくれるらしい……けど。

 

「まぁ、ぶっちゃけ赤の他人の家に乗り込むなんて、勇気がいるよね」

 

 1階。オートロックなので、まずは柊から教えてもらった部屋番号を入力して、中にいる人間に鍵を開けてもらわないといけない。

 

 ……インターホンの前で立ち止まる、少年少女とぬいぐるみ。

 

「そう? ワクワクしない? 家宅捜索的な?」

「ドラマじゃあるまいし。ねぇ、こういう時に役立つアーティファクトみたいの無いの?」

「あのね歩夢。私はドラえもんじゃないのよ。付け加えればあなた達でいう“異世界”に、家宅捜索なんて概念は無いのよ。怪しき者は罰せよ。家を捜査するより、燃やした方が早いもの」

「えっぐいなぁ……」

 

 雑談はそこまで。時間制限がある。ボクは、覚悟をきめてインターホンを押した。『はい……』と生気の無い女性の声が聞こえた。ボクは唾を飲み込んでから、「あの、戸車柊くんの友達なんですけど……」と言った。

 よくよく考えなくても、亡き娘のお参りにその友達の友達が家にまで来るなんて、どんな状況だよ……と突っ込まれて然るべきだけど……。

 

『まぁ、柊くんの。お参りに来てくれたのね。鍵、開けるからね』

 

 ドアが開いて、エレベーターに進めるようになった。

 

「キャワウィくない雰囲気だね。

 さ、いこっ?」

「うん」

 

◢◤◢◤◢◤

 

 出迎えてくれた人物は、貴島京子の母親である。声からしてもっとやつれていたり、流れからしてヤバイ人が出てくるものかと思っていたけど、目の隈以外は普通の見た目、普通の態度の女性だった。

 

 突如やって来たかつ顔も知らないであろうボク達に、お茶とお茶菓子を出してくれて、座らしてくれた。

 

 少し話を進めてみると、貴島京子が亡くなる前は娘との2人暮らしだったそうで、日中はほとんど働いているのだという。母親から見ても、完璧超人を絵に描いたような少女であったらしく、その点を最初の夫(一度再婚しているらしい)に感謝しているんだとか。笑っていいジョークなのかマジなのか分からない。

 

「戸車柊くんのことは、何か聞いてますか?」

「たまに家に呼んでいたわ。わたしも許可していた。どこまで進んでいたのかは知らないけれど……わたしに言えるのは、とてもいい子だってこと。あの子になら京子を任せられるってねぇ」

「絶対セックスしてますよ!」

「黙っててマッキィ」

 

 一つ、気になる。柊、Iクラスの生徒、母親といい、どうして貴島京子のイメージが抽象的なんだろう。素晴らしい、とか。優しい、とか。超人だの。美しいだの。顔が広い、とは言っていたけど、ボク達が話してきたのは彼女と身近な人物なはずだ。

 イメージが掴めないんじゃない。掴めすぎる。イメージが出来すぎている。

 

 まるで……

 

『その……キャラを演じないと、おれみたいな何も無い人間に誰も振り向いてくれないから……ね。』

 

 キャラクター。

 創り上げられた、明確な偶像。

 

「すごいありきたりな質問なんですけど」

「ええ、なにかしら。遠慮せずに聞いて。少しでも多くの人に、京子という素晴らしい人間を広めたいから」

「じゃあ聞くんですけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「────」

 

 硬直。それはバーチャルアシスタントに変な問題を突きつけて、バグらせてしまったような。

 まるで、“すみません、よく分かりません”と機械的に言ってしまいそうな無表情。

 

 どうして、答えない……?

 母親ならすぐに答えられる、ごく簡単な質問だろう?

 

 沈黙の是非は。

 

「ええ、なにかしら。遠慮せずに聞いて。少しでも多くの人に、京子という素晴らしい人間を広めたいから」 

 

 

 

 

❑─CHAPTER33(NATU KURAME)─❒

 

 

 

 舌を噛み切れば人は死ぬ。現実的な話ではないが、まぁ常識内のショッキングな例え話。

 

 スパイが捕まった時の自殺方法とかでよく聞くけれど、そんな痛そうなものを実践しようなんて人間は世界にどれほどいるのでしょう。

 

 事実と現実に忠実に断言するのなら。

 ココにはいます。

 

「ガッ、ぁぁアっ」

 

 プッと血溜まりを口から吐き捨てて、朱に滲んだ唇を指で拭う。

 

「なんでなんでなんでなんでそんなことがそんなこ、と、できる?」

「言ったはずです。私には覚悟がある、と。私は兄さんを守るためなら、舌を噛む覚悟だってある。それだけのことです」

「そんな……キャラだっけ……、君」

「人はキャラを被るものですから。ほら、喋ると痛いですよ。怪我の痛みを譲渡しただけで、貴方の舌が切れているわけではありませんが、痛みは本物ですから」

「それに……舌を噛みちぎったら、死ぬ、でしょ?」

「ええ、そうですね」

 

 だから? と言わんとするような返答。どうでもいい質問ですし、正解を教える気もありません。

 

「さぁ、みんなの洗脳を解いてください。さもなければ、次は歯を──」

 

 

 

 

 

バリ、ン。

 

 

 

 なにかが壊れるような音を、この耳が捉えた──。

 

 ──そう。浅はかだったのは彼だけじゃなく私の方でもあった。想像が足らなかった。

 

 

 

「もう……もう……もう……」

 

 

 

 常識外の苦痛による、無為の覚醒。生存本能の発揮。誰もがきっと抱えていて、その人生において決して開けることはないブラックボックス。

 

 アーティファクトを使用しすぎると、いずれはスティグマが身体中に侵食し、暴走し、やがて死に至る。ソフィーティアはそう言っていた。

 

 学校の生徒ほとんどに掛けていたのであろう束縛の洗脳。

 

 私やうい先輩の例のような“時間差”の洗脳。繊細な行使。

 

 とうに擦り切れていたのであろう脳と体。私が──トドメを刺した。

 

 崖っぷちで手を広げていた彼を、小指でつついたように。

 

「京子ちゃん。本当はね、君にこんなことさせたくなかった。おれがどうにかして、誰も傷つけないようにして、君の理想のセカイを作ってあげたかった。でも……無理みたい。だから、だから…………

 

 やはり君のやり方で復讐を果たそう。それがいい」

 

 

 

 

せーんろはつづくーよー。

どーこまーでーもー。

のーをこえやまこえたにこえてー。

はるかなまちまで。

ぼーくたーちーの。

たのしいたびのーゆめ、

つーなーいーでーるー。

 

らんららんららーんららんららんららーんららんららんららんららんららんらんらーん、らんららんららーんららんららんららーんららんららんららんららんららんらんらーん、らんららんららーんららんららんららーんららんららんららんららんららんらんらーん、らんららんららーんららんららんららーんららんららんららんららんららんらんらーん、らんららんららーんららんららんららーんららんららんららんららんららんらんらーん、らんららんららーんららんららんららーんららんららんららんららんららんらんらーん、らんららんららーんららんららんららーんららんららんららんららんららんらんらーん、らんららんららーんららんららんららーんららんららんららんららんららんらんらーん、らんららんららーんららんららんららーんららんららんららんららんららんらんらーん、らんららんららーんららんららんららーんららんららんららんららんららんらんらーん、らんららんららーんららんららんららーんららんららんららんららんららんらんらーん、らんららんららーんららんららんららーんららんららんららんららんららんらんらーん、らんららんららーんららんららんららーんららんららんららんららんららんらんらーん、らんららんららーんららんららんららーんららんららんららんららんららんらんらーん、らんららんららーんららんららんららーんららんららんららんららんららんらんらーん、らんららんららーんららんららんららーんららんららんららんららんららんらんらーん、らんららんららーんららんららんららーんららんららんららんららんららんらんらーん、らんららんららーんららんららんららーんららんららんららんららんららんらんらーん、らんららんららーんららんららんららーんららんららんららんららんららんらんらーん、らんららんららーんららんららんららーんららんららんららんららんららんらんらーん、らんららんららーんららんららんららーんららんららんららんららんららんらんらーん、らんららんららーんららんららんららーんららんららんららんららんららんらんらーん、らんららんららーんららんららんららーんららんららんららんららんららんらんらーん、らんららんららーんららんららんららーんららんららんららんららんららんらんらーん、らんららんららーんららんららんららーんららんららんららんららんららんらんらーん、らんららんららーんららんららんららーんららんららんららんららんららんらんらーん、らんららんららーんららんららんららーんららんららんららんららんららんらんらーん、らんららんららーんららんららんららーんららんららんららんららんららんらんらーん、らんららんららーんららんららんららーんららんららんららんららんららんらんらーん、らんららんららーんららんららんららーんららんららんららんららんららんらんらーん、らんららんららーんららんららんららーんららんららんららんららんららんらんらーん、らんららんららーんららんららんららーんららんららんららんららんららんらんらーん、らんららんららーんららんららんららーんららんららんららんららんららんらんらーん、

 

 うい先輩も。沙月先生も。下の階にいた人間は窓を開け、グラウンドにいた人間は中央に揃い、学園の人間が一斉に歌い出す。

 

 

 

「さぁみんな、おれ達からの最後のお願いだよ、貴島京子の会バンザァァァァァァァァァァァァァァァァァイッッッ!!!」

 

 

 

❑─CHAPTER34(AYUMU KURAME)─❒

 

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◆歩夢◆

貴島京子の部屋に案内してもらい

仏壇でお参りの行事を済ませた後

彼女のアルバムなどを

見せてもらった。

それからボク達は、

貴島京子の部屋の中で

話をまとめていた。

 

◆マッキィ◆

にしてもても、

結構普通に可愛い子だったね。

 

◆歩夢◆

まぁ、確かに可愛かったけど。

今の要点はそこじゃない。

ここで手に入れた情報を、

まずはまとめてみようよ。

 

◆マッキィ◆

3人寄ればもんじゃ焼きだ!

 

◆ソフィーティア◆

文殊の知恵、じゃないかしら。

 

◆歩夢◆

異世界人に国語力負けてるよ……。

 

◆マッキィ◆

手に入れた情報つっても、

貴島京子のお母さんが

変にバグっちゃったのと、

アルバムくらいじゃね?

 

◆歩夢◆

バグったことについて

もうちょっと考えてみよう。

これまで、貴島京子を知る人物が

彼女について語る時、

抽象的な発言しか出てこなかった。

それこそもなにもない。

人気者なら、それに伴う

エピソードだってあってもいい。

 

◆ソフィーティア◆

けどそれは、たまたまって

可能性も捨てきれないでしょう?

 

◆歩夢◆

まぁね。貴島京子の母親が

おかしくなったのは、

ここで一旦置いておこうか。

次はアルバム……。

気になったとこは……。

 

◆マッキィ◆

卒業アルバムに誰も

寄せ書きしてない!

 

◆歩夢◆

そう!

 

◆マッキィ◆

きっとクラスのみんなが

修学旅行中に心中したんだ!

 

◆歩夢◆

…………。うん。

 

一人とぬいぐるみで

他人の家に乗り込むのは

ちょっと怖いっていうのと、

同じAFユーザーということで

情報交換ができると思って

ついてくるのを許したけども、

悪手だったのかもな……。

 

◆マッキィ◆

でもおかしくなーい?

貴島京子ってさ、

人気者だったんしょ?

にゃーら、アルバムの寄せ書きは

多いはずだし、それにさ、

 

◆ソフィーティア◆

2年生からの写真がない。

そうよね?

 

◆マッキィ◆

しょー。

 

◆歩夢◆

2年生、夏以降の行事の写真に

彼女は写ってなかった。

さらには3年生の集合写真にも

個人の写真も載せられて無い。

名前だけ記載されているだけ。

個人写真が無いなんて

余程の理由があるはずだよね。

病欠よりももっと重い、なにか。

 

◆ソフィーティア◆

顔の傷……とかかしら?

 

◆マッキィ◆

それはあるだろうね。

心の問題にもなるんしょ?

 

◆歩夢◆

顔に、傷……。でも、

美少女だのなんだので……、

傷について誰も話してない。

仏壇の写真も、彼女の顔は

傷ついてなんてなかった。

 

◆マッキィ◆

──チミ。

、貰ったんでしょ。

それどこに使うんさ。

 

◆歩夢◆

え……。

 

ボクは柊から渡された

小さな鍵を、手元の学校用バッグ

から取り出した。

鍵。

どこの鍵なんだ……?

 

◆マッキィ◆

ありがちなのはクローゼット

の中とかじゃない?

 

◆ソフィーティア◆

さっき調べた時、

鍵穴なんて無かったわよ。

 

◆歩夢◆

片付けられてなかった

学習机もあったけど……

あれにも鍵穴はなかったよね。

 

◆マッキィ◆

あたまをやーわらかくするんよ。

あんちゃん。

脳味噌を角煮にするんだよ。

 

◆歩夢◆

角煮……角煮……。

 

◆ソフィーティア◆

どうしてそこで流されるのかしら。

 

◆歩夢◆

考えて、考えるな。

思考を緩くしろ。引き締めるな。

ありそうとかなさそうではなく、

もっと広い視野で──。

 

およそ10秒に及ぶ記憶旅行。

 

仏壇だ……!

 

貴島京子の母親にお願いし、

また仏壇に通してもらった

ボク達。仏壇をイジるという

禁忌を犯していることを

頭にいれつつ、それでもボクは

好奇心を抱えて、鍵穴を探した。

 

──すぐに、見つかった。

 

地袋の部分に不自然な鍵穴。

柊から貰った鍵が、

ピッタリと入った。

鍵を回し、開く。

そこには…………。

 

 

 

ガラスの、破片?

 

 

 

◢◤◢◤◢◤

 

 

◆歩夢◆

白巳津川市で巻き起こる

猟奇殺人事件、

メデューサ事件とキメラ事件。

白泉学園の生徒も事件に

巻き込まれており、

下校時間は14時50分と

少し早まっていた。

しかし……。

大会前ということで、

部活動は許可されている。

結局他人事にしているんだ……。

隠そうとしているんだ……。

事件なんて、見向きをしなければ

それでいい、なんて思ってるんだ。

改めて。柊とのゲームの内容は、

下校時間の14時50分までに、

なぜ貴島京子は柊のことを

好きになったのか、を答えること。

 

◆マッキィ◆

よく分からんね。

手がかりだってさ、

ほとんど無いじゃん?

 

◆ソフィーティア◆

ええ。2人の関係に纏わる

話は何一つ聞けなかったし、

見つからなかった。

答えられるの……? 歩夢。

 

◆歩夢◆

うん。ううん。

 

◆マッキィ&ソフィーティア◆

どっちや!?

 

◆歩夢◆

ボク達は学校へと歩みを

進めていた。

時刻は14時きっかり。

もう、時間がない。

 

ピースは揃っているはず。

ボクの、喉元に、答えはあるはず。

見落としはない。

確かに答えは、

掴める位置にある。

 

──さっきから、気づいていた。

ボクの右手の甲のスティグマが、

ジリジリと肌を焼くように

反応している。

 

 

 

──ボクの記憶は、可変する___

 

 

 

拳銃の遊底を引くように。

ガチ、ン。

記憶を装填する。

縦型になったこれまでの記憶から、

有用な情報を取得する。

過去の誰かの発言も、

一言一句鮮明に思い出せる。

 

再生の能力。

 

そうか。

そもそも、ボクの能力は──

 

 

 

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クラヤミにひとりボク。

分かたれた記憶達。

CHAPTER1〜34。

幾つか見えない記憶はあるけど

問題ない。

ボクの記憶だけで充分だ。

 

 

 

本題は⬜貴島京子の会事件⬜

 

CASE:ONE

主な登場人物は戸車柊

そして、貴島京子その人。

学校では人気者、誰もから

愛されているとされた

ヒロインガール、貴島京子。

彼女はキメラ事件によって

亡くなってしまった。

 

CASE:TWO

そのショックにより、彼女の

素晴らしさを伝える為という

目的で貴島京子の会が創られる。

やがてクラス全員が

メンバーとなり、さらには

白泉学園の人間ほとんどを

巻き込むこととなるが、

元凶は貴島京子の彼氏、

彼女を崇拝する戸車柊だった。

 

CASE:THREE

束縛の能力によって

学校中の人間を洗脳した彼。

この方法は魔眼によるものであり

目の合った人物全てが

対象となったんだ。

学校の人たちを巻き込めた理由は

能力の時間差使用。

カラオケでの一件から暫くして

奈津やうい、沙月先生を洗脳した

ように時間差で洗脳を始めたんだ。

 

CASE:FOUR

貴島京子の会という

大規模な洗脳をした理由、

それは貴島京子への愛に

一貫している。

貴島京子の素晴らしさを伝える

邪魔となる者、友人、高峰蓮夜を

病院送りにするほどの愛情。

 

さて、ここでひとつ──

 

フラッシュバックが止まる。

浮かび上がる疑問が可視化される。

 

QUESTION:1

 

蔵芽歩夢にゲームをやらせた理由

 

──邪魔をされたくないが故に、

強力な能力『切断』を持つ

蓮夜を排除したのに、どうして

ボクには自由に行動させた?

 

A・解いてほしいから

 

──これに帰結する。

あちらのほうが仲間の数も多く、

能力の面でもボクより強力である

柊が、問題を出す時点で

メリットがない。

なら答えは簡単だ。

ボクに解いてもらいたいからだ。

 

QUESTION:2

 

解かせてどうする?

 

柊は洗脳の能力を有しながら

ボク達と協力していた。

そんな回りくどいことをする

のはおまけであり、柊にとっての

“目的”とやらは達成されている。

貴島京子への愛情、それとは別の

目的──それは一体何か。

このゲームの内容に抵触するモノ

であると彼は言っていた。

この答えは保留しよう。

 

QUESTION:3

 

貴島京子の存在

 

幾ら愛人とはいえ、

酔狂なんてもんじゃない

愛情を貴島京子に抱えた戸車柊。

貴島京子の母親にも洗脳を

施していたとも考えられるが、

母親からも抽象的な

“貴島京子”という存在しか

知ることができなかった。

 

そして、中学2年生から

喪失した彼女の存在。

隠されたガラスの破片。

 

行事に参加しなかった理由。

寄せ書きが無い理由。

いじめ?

傷? 病気?

 

矛盾。

人気者であるという彼女、

学校に行っていない彼女、

どちらが正しい──?

 

 

 

最終的な謎は、

●真の目的

●貴島京子の存在不審

●貴島京子はなぜ

 柊を好きになったのか?

 

 

 

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「独り言は終わったかしら?」

 

 ソフィーティアの言葉にハッとする。

 

「あれ、もしかして全部聞こえてた感じ……?」

「えぇ。ぶつふつと早口で。それが『再生』の能力?」

「うん。そんな感じがする。あれ、マッキィは?」

「…………。用事を思い出したと言ってどこかに行ってしまったわ。あなたに呼びかけたのに、ずっとぶつぶつ言ってるだけだった」

「う……そっか」

 

 結局あの人はなにがしたかったんだ?

 

「あなたの独り言のどこかを聞いて、何かに気づいたようだった」

 

 ボクの──? 戸車柊の狙いや貴島京子の正体に気づいたのか?

 

「ってことは、やっぱり答えはもう少しなのか……」

「ゲームに対するアンサーは、まだ出ていないのね」

「いや、本当にほんとに、馬鹿げた答えだけど、一つだけあるよ」

 

 浮かび上がる3つの疑問に対し、唯一の解答。そして、最もイカれた回答。

 

 ──超常能力。この世には存在しないもの。常識外のルールブレイカー。

 

 なら、この問題にトリックは必要ない。必要なものは、発想の転換。

 

 イカれた者には、イカれた真実を。

 

 それがこの物語に相応しいのだと、ボクはどこかで呟いている。

 

 

 

❑─CHAPTER35(MAKI HIZUMI)─❒

 

 

 

 いやはや、恐ろしいものだよ。

 

 ヤツ──戸車柊の能力は、どう考えたって束縛だけじゃない。

 

 もっと莫大な、それこそこの街、このセカイを埋め尽くすアーティファクトの中でも最上級の脅威を抱えていた。

 が、アーティファクトそのものとは適合していないところをみるに、きっと自我が崩壊して、理性なんて働いていないはずだ。

 

「まぁでも、謎は解けたよ。

 江口ヨウくん。

 だってマッキィ、遊んだお人形さん達の名前、間違えたり忘れたりしないもんね。キャワウィウィものには目がないんだから。

 

 だから──、

 ()()()()()()()()()()()()

 

 あとは蔵芽歩夢がどうにかしてくれる。能力の覚醒は見届けた。土台はできたわけだ。

 

「お好きにどうぞ? マッキィは中ボスらしいからさ。

 

 

 

 

()()()()()()()()

 

 

 

❑─CHAPTER36(KYOKO KIJIMA)─❒

 

 

 

 ここから先に、語るべきドラマなど無い。いじめられて、学校が怖くなって、家に引きこもりました。ちゃんちゃん。

 

 ママとパパは結局離婚して、振り出しに戻った。ママについていくことになったワタシは、遠いとこ──白巳津川市って場所に住むことになった。

 

 一応、学校に行かなくなっても特別授業だとか通信教育だとかで、中学を卒業し、白泉学園の入学試験にも受かるレベルの学力はあった。

 

 白巳津川市はワタシの元いた町からかなり離れているから、もう、いじめた人と出会うことなんて無い。

 

 だから──って高望み。知ってるよ。人生そんな上手くいくわけない。むしろ悪い方に上手くできている。

 

 幸せと絶望は対等にならない。不幸と希望は均等にならない。いつだってワンサイドゲームなクソ試合。それが人生ってやつなんだから。

 

 しってる。

 でも結局、

 希望に縋ろうとして──

 

「なにその被害者ぶった顔にキャラ。確かに顔の傷は可哀想だけど、いい加減覚えてよ。あんたを助けようとしてる人なんて、この白泉に、一人とていないんだって」

 

 

 

 ──。

 ──────。

 

 

 

 ワタシには戸車柊くんという男の子の友達がいます。ひっこみ癖があって、いっつも黙りしてるけど、本当は心の優しい男の子。髪は女の子みたいに伸ばしていて、顔はよく見えません。でも、よーく見ると顔も整ってて、すんごくカッコイイんです。彼との出会いは中学2年生のころ。たまたま帰り道が一緒になったので、声をかけてみました。すると彼はワタシが貞子にでも見えたのかすんごく驚いてしまって、こけちゃいました。で、その反応に驚いて、ワタシもこけちゃってのです。お互い見合ってお互い沈黙。お互い、大笑い。それが馴れ初め。青い春に咲く桜の、蕾さん。

 柊くん。

 柊くん好き。

 柊くんだいすき。

 柊くんはワタシを守ってくれる。たとえ明日に世界が終わろうとも、ぎゅっとワタシを抱きしめて、ワタシだけを助けてくれるんだ。

 あぁ、大好き。すき。すきすきすきすきすきすきすきすき。

 

 

 

 

 

 

 1か月前。春。

 高校3年生、自宅警備中。家で勉強して課題を終わらせて、なんとか3年生。

 

 

バリン。

 

 トラウマだった。その音が聞こえた途端、ワタシは取り乱し、髪を引っこ抜けるまで掻き毟り、発狂し、現実に帰還するまでかなりの時間を要した。

 

 今度のソレは──ワタシへの救済だった。

 銀の指輪。翡翠の宝玉が装飾されている、とっても綺麗な指輪。これだ。これだよこれこれ。そう、セックスとかだけじゃないんだよ。ワタシ達、結婚するんだよ。

 うふふ。けっこんけっこーん!

 となればドレスだよドレス。通販で調べなきゃ。大きさって普通の服みたいな感じでいいのかな。って言っても、いつもパジャマしか着てないから普通の服なんてものを知らないんだけど。けど柊くんは許してくれるよねー?

 うん、ありがと!

 あーでもでも。結婚式には沢山人呼ばないとね。え、うん。いるよ友達。たっくさん。うーん? えっとね。100人はいるよ。そりゃもう。ほんとだって。いるもん。いるよね。いるよ。いるって。いるでしょ。いなきゃだめだよ。なんでワタシがこんな目に。いてよ。駄目だよ。ワタシがこんなに可哀想なのに。わけわかんねぇよ。いるよ。友達。いるの。いるって。

 

 じゃあ試そっか。

 まってて、()()()()()()()()

 

 

 

───────────────

 貴島京子の精神は崩壊していた。そんな彼女に反応した『妄想』と『束縛』の2つの能力。1つ目の能力は、彼女との契約と同時に暴走する。

 

 貴島京子の創り上げたセカイ。とても素晴らしい人間だった貴島京子という人間は、猟奇殺人事件に巻き込まれてしまい、皆はそのショックを受けてしまう。その中で愛を忘れず、孤独に生ける貴島京子の彼氏、戸車柊。

 

 いつまでも貴島京子は忘れられることはない。いつまでも輝き続ける一番星の生まれ変わり。

 ──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 アーティファクトでも、対象を視覚するだけで必中の効果を得る魔眼の能力は最強の部類に値するが、『妄想』は()()()()()()が故に無限の可能性を秘めていた。貴島京子の生まれ持った能力への歪な適応と精神の崩壊具合。更に彼女の強い想いにより、完全無条件による不特定多数への能力の使用を実現させた。

 二度と観測されることはないであろう、最強のアーティファクトによる、最上の奇跡である。また、災厄の実現である。

 

         以上、ね。

───────────────

 

❑─CHAPTER37(KYOKO KIJIMA)─❒

 

 

 

 指輪型のアーティファクトを手に入れて、すぐにもう一つ、今度は碧の宝石が装飾された指輪、『束縛』のアーティファクトと契約した。

 幸せだった。舞台は整いすぎていた。

 だから、手を伸ばした。

 

『私は高峰蓮夜だ。共に戦おう。君は今日から同盟であり、友人、だ』

 

 アーティファクトの回収を目的としたチーム。蓮夜くんにソフィーティアさん、九條聡さん。さらにメンバーが増えて、歩夢くんに奈津ちゃん。ういちゃん。

 超常能力っていう常識外れの繋がりなら、今度こそ、仲良くなれるかもしれない。一緒にご飯を食べて、カラオケに行って、駄弁って、笑って、そんな幸せ。

 京子ちゃんに見せてあげたい。

 

 ──いや、違う。

 

「やぁ、歩夢くん。下校チャイム、あと1分だったね。さて、ゲームはクリアできたのかな?」

 

「先に涙を拭いたほうがいい。過去に風邪をうつされるからね。貴島京子さん?」

 

 ──ワタシが体験してみたい。

 当たり前の青い春。

 

 うん、楽しかったッ! 

 

 

 

❑─CHAPTER38(AYUMU KURAME)─❒

 

 

 

 14時50分。白泉学園3年Iクラスに、終業の鐘が響く。

 ソフィーティアに周囲を確認してきてもらった。学園の生徒の異常事態と、唯一奈津だけが体育館倉庫で眠らされていることを把握した。

 

「やらせておいて、だけど。よく分かったね」

「うん。自分でもびっくりだ。やっぱりこういう案件の探偵は向いているのかもしれない」

「そっか。羨ましいよ。そうやって都合好く駒を進められる、きみが」

「いいや。これまでにファーストキスを奪われた。ハンカチを渡されれば、泣けるよ、ボク」

「さてどうしようか」

「どうもするな。みんなを解放して」

 

 学園の生徒は、みんな自分の顔に刃物を突きつけている。

 

「危害を加える気は……ないんだよね?」

「気が変わったんだよ。名案なんじゃないかな。いじめられる方にみんなが回れば、必然的にみんながいじめられなくなる」

「ツッコミ待ちだと思うから言うけど、破綻してるよ、ソレ()も君も」

「追求ありがとう。でもおれは……ワタシはね、論で話していない。この胸から溢れて爛れて渦巻いている、感情を発散しているの」

「君は今まで、洗脳したり、蓮夜を眠らせたりだとか、アーティファクトを悪用してきた。怪我人も……もしかしたらその過程に生まれているかもしれないけど、でも取り返しのつかないことは起こってないはずだ。

 このまま洗脳を続けたら、本当に取り返しがつかなくなるんだよ」

「もうつかないよ」

 

 戸車柊/貴島京子は己の制服を脱いだ。晒される裸体。女性が脱いだとかなんだとかは、気にしない。気にならない。考えられない。なぜなら、彼女の体を蝕むスティグマが、おどろおどろしい聖痕の渦中は、あまりにもグロテスクだった。

 

 そう。彼女の瞼に灯るのは束縛のスティグマであり、肝心の洗脳に使われたのであろう妄想の能力のスティグマは、服装で隠れる部分ほぼ全てに広がっていた。

 能力の暴走によってスティグマに侵食されると、やがて死に至る。

 

「ソフィーティア」

「アンブロシアを使えば、1割の可能性があるわね」

 

 1割か。今の彼女を救うには充分すぎる確率だ。残る確率変動要素は、ボク自身。

 

「単刀直入に聞く。見栄をはらないで。歩夢、勝てるの?」

「一応言っとくけどさ、抵抗するよ? ワタシ」

「うん、知ってる」

 

 右手の甲。ボクの従える聖痕(スティグマ)は、試合開始のゴングのように轟くのだ。

 

◢◤◢◤◢◤

 

「友達ってのも楽しかった。お礼を言うね、歩夢くん。幸せは摘んだ。あとは復讐に花を咲かせるよ」

「嫌だよ、君にはもっと幸せになってもらう」

「はぁ?」

「友達が友達の幸せを願うことに、疑問符を打つのは違うんじゃない?」

「ワタシ、騙したんだよ、きみたちのこと」

「知ってる。だからね、まずは謝ってもらう」

「いやだ」

「ボクもやだね」

「それに勝てないよ、きみ」

「うるさい。まずはその能力(アーティファクト)を退かす」

 

 ボクは彼女に向かって駆け出した。魔眼に目を合わせないように下を向く。

 

『おれの能力はね、この眼を見た人物が同じ事、同じ風景しか考えられないように束縛するものなんだ』

『更に、そこにおれの意思を混ぜることができる。そうすることによって対象者に自由な映像や思想をお届けできるわけ』

 

 妄想の能力は不特定多数への、キメラ事件の被害者の改竄という点で常に稼働してる以上、現在は単独では使えない。

 束縛の能力とセットにすることによって、洗脳のような思考の操作をできたわけだ。

 その片割れ──束縛の能力さえ躱せば、どうってことはない。力もない少女相手だ。乱暴だけど、抑えつけてアンブロシアを打っちゃえば──!

 

 ──という考えが打ち砕かれるまでに0,2秒。

 もう、貴島京子の目的は友達作りだとか自分の尊厳だとかに注視されてない。この場における唯一の邪魔者を排除し、全校生徒を自分のように傷つけ、スティグマに呑まれて死ぬつもりだ。

 

 結果。

 ()()()()()()()()()。脳を駆け巡る“江口ヨウ”というキメラ事件の本当の被害者と、チグハグの1か月の修正。

 

「トんで、歩夢くん」

 

 彼女の妄想が降りかかる。貴島京子に手を伸ばそうとしていたボクの頭上から、ティラノサウルスが天井を突き破って落っこちてくる妄想。それが現実のものではないと理解していても、一瞬でも体が硬直したらボクの負け。左方向から雀蜂の大群。右方向から貴島京子の──蹴り。

 女性かつ素人の慣れない蹴りでも、頭に入れば、格闘経験もなく受け身もとれないボクには大打撃だ。

 蹴られた方へそのまま転がった後、すぐに起き上がる。受け身を失敗したせいで、手首を痛めた。

 

「左利きなんだね」

「もう怪我したくないでしょ。やめてよ、歩夢くん」

 

「やだ──ッ!」

 

 対策を取らないといよいよまずい。いや、いよを2つも綴る前に、次の一撃でやられたっておかしくはない。

 やはり──アーティファクト。右手の甲の上でドクドクと脈打つ異常原石。

 

「フゥ」

 

 息をつく。呼吸の整え。目を瞑り、開けて、視野も良好。脳は頗る快調だ。

 

 残るは──能力への理解。先程ボクが使ったのは、再生の能力による記憶の視聴。

 つまり、『再生』の能力とは、動画の再生とか、そっち方面に似た姿をしているんだろう。

 どうやって奈津を生き返らせたのか、あの時の状況との関連性は分からないけど、さっきの能力使用でカタチは触った。

 

 さぁ。掴め。

 記憶の装填ができたのなら、

 あとはなにができる。

 

 そりゃあ。

 ()()()()()()()()

 

()()()()()()()

 

 瞬間。貴島京子もまた理解した。ナニか、こちらを打倒する用意を、カレは整えたのだと。手遅れの前兆は、逃さない。

 

「蔵芽歩夢──ッッ!」

 

 

 

再再生(リ・プレイ)

 

 

 

 その過去は繰り返される。先程の雀蜂とティラノサウルスが、妄想の主の創造と関係なく顕現した。

 

「なんで、」

 

 貴島京子からしてみれば奇妙な感覚だったろう。過去に使用した能力とその結果が繰り返されることに。──およそ5秒間。ボクが駆け出して蹴られるまでの再生。

 

 うん。これは、

 

「一歩っ!」

 

 パシッと拳を鳴らす。

 能力の使い方をひとつ学んだ。

 

 だが懸念点がある。『再再生(リ・プレイ)』を使用するには、『時間指定(リ・ロード)』を行わなければならないということ。つまりは(記憶)の装填時間を要する。

 また、根本的な問題として、後手に回らなければこちらの攻撃方法は皆無である。

 

 或いは──。

 

 貴島京子に『妄想』と『束縛』というアーティファクトの最強の一角を正常な脳で行使する力が備わっていたのであれば、勝敗は一切の余地なく決まっていたのであろう。

 

「なによ……なんだよ、なんなの…………。もう、誰も邪魔しないでぇッッ!!」

 

 本音。本性。

 彼女の、根源。

 最後に彼女が妄想したのは、自分の人生を壊した、()()()()()()()()()()()だった。

 彼女の能力の覚醒。全身のスティグマが青色ではなく“赤”に発光した。

 

 妄想の現実化。

 ()()()()()()()()()()()()

 

 ……本物の凶器がボクの目前に。

 

 あぁ──ソレか、と。

 

 ボクは、弱く呟く。

 

 リ・ロードは済んだ。

 

 能力は使用できる。

 

 しかし。

 

「結局現実からは逃げられない。そういう、話なんだ」

 

 ボクはそのどれもを避けず、くっぱりと肌が裂ける痛みに、ただ堪えた。

 

「なん」トスッ。

 

「すいません、聡さん。ナインボール、お休みにさせてしまって。年中無休が信条、みたいの聞いたんですけど」

 

「気にしないでくれよ。子供の命を守るだなんて、老兵には何にも代え難い使命なのだからね」

 

 事前に呼んでおいた聡さんによって、貴島京子にアンブロシアが注入される。本当は外で待っててもらうだけのはずだったのに、ソフィーティアが呼んでくれたのかな。

 

 どうにせよ、助かった。

 

「ひとつ、いいかな」

「柊くん……柊くん……しゅうくん………」

「柊の名前の由来って、なんなの?」

 

「…………。……。

 戸車は、最初のパパの、名字。

 柊は、ヒイラギ。ワタシを…………守って、くれ…………………」

 

 聡さんに支えられながら、彼女は眠ってしまった。アンブロシアを注入された者は、強制的に契約を破棄され、意識を失う。

 目が覚めるまでにどれほどの時間がかかるかは個人差があるらしいけど……。

 

「そもそも、ここまでアーティファクトを暴走させておいて、目覚めるかどうか……ね」

「うん」

「歩夢。頑張ったわね。でもあなた、傷は──」

「……覚ますさ。その為にチップを払ったんだから」

 

 笑うと、顔中の切り傷が開いて痛む。どうして躱さなかったのかは……分からん。あれを避けたら、きっと、分かりあえない気がしたから。理由なんてそんなもの。

 

「歩夢……一応聞くけど、ケチャップパーティやってたわけじゃ……ないよね?」

 

 洗脳が解けたのであろう、ういがひょっこりと顔を出す。教室のドアから、まじまじとボクを見つめてる。それがおかしくって。

 

「あんま笑わせないで」

 

 それがなんだか、懐かしくって。

 

 

 

 こうして貴島京子の会事件は、一旦の幕を……閉じた。

 

 

 

◢◤◢◤◢◤

 

─6/3日─

 

 あれから一週間。

 

 アンブロシアによる貴島京子のアーティファクト契約破棄で、洗脳されていた人間は解放された。

 

 奈津も救出して、蓮夜も退院(本当に少しの間だけど)できた。ボク以外の怪我人はほとんどいないはず。

 

 ここで一つ問題。いや、別に悪いことが起こったわけじゃないけど……()()()()()()()()()()()()()()()()のは、何故だろう。これも再生の能力なのか。でも、あれは記憶を操る“再生”なんじゃなかったのか? ……まだまだ、ボクの能力は分からないことだらけだ。

 

 話を戻そう。当然だけど、キメラ事件の被害者も元に戻った。新聞の記事も、しっかりと元の人物の名前が載っている。

 

 もちろん、貴島京子という人間の正体も、元に、戻った。

 

 貴島京子は無事だった。けど、また学校に来なくなってしまった。喫茶ナインボールに、ボク達に対してお礼を言いにきてくれたけど、それが最後だった。

 

『さようなら』

 

 そう言い残して、ナインボールを去った彼女の背中を、忘れることはできない。

 ていうか、忘れるつもりも、放っておくつもりもない。

 

 高層ビルの705。

 インターホンを押す。

 

『はい、どなたです……?』

 

「あ、京子ちゃんの友達です」

 

『京子に……? でもそっか、最近ちょっとだけ学校行ってたのか……。分かりました』

 

 通してもらえた。

 

「兄さん、ほんとに行くんですか」

「うん」

 

 

 

❑─CHAPTER40(KYOKO KIJIMA)─❒

 

 

 

 ワタシは能力を失い、また自宅警備の生活に戻った。ただそれだけ。はい、ちゃんちゃん。

 

 部屋の扉にバリケードを作った。これでいい。もうここを出る気はない。ワタシは生かされただけ。自殺する勇気はない。

 柊くんは、もういない。生きる意味なんて無い。

 

『友達が友達の幸せを願うことに、疑問符を打つのは違うんじゃない?』

 

 …………。友達。

 あんなの、うそ。そう、嘘なんだ。歩夢くんも蓮夜くんもみんなワタシのことが嫌いになってる。当然さ。あースッキリ。うんうん。

 

「やっぱ……一人は、

     いいなぁ…………」

 

 ヒビ割れた顔に、ポロポロと温かい違和感。今は名称さえ思い出したくない。思い出したら、もっと止まらなく──

 

 

 

 コンコン。

 

 このノック音は……ママじゃない。

 

「蔵芽歩夢です。元気?」

 

「……………」

 

「よかった元気だって」

「兄さんが耳カス野郎なのは理解しました」

 

 なんで……? なんで2人がここに来てるの……? てかママも赤の他人を通すなよ。あの事件の詳細はほとんど忘れてるはずなのに。

 

「…………」

 

 開けろとか、言うんでしょ。

 

「開けなくていいよ」

 

 出てこいっていうんでしょ。

 

「そのままで聞いて。

 

 白泉学園でもいじめられてたって言ってたけど、やっぱりあれは……嘘だよね」

 

「────っ!」

 

 そう。白泉学園に入学はできたけど、学校には行ってない。

 

『なにその被害者ぶった顔にキャラ──』

 

 つまりあれは、

 ()()()()

 

「回復したら、とか。絶対に帰ってこいよ、とかは言わない。それはあまりにも無責任だ。他人であるボクに、君の未来は保証できない

 

 だから──!」

 

 やめて。それ以上言わないで。あの2文字を言われたら、やばいから。止まらなくなってしまうだろうから。ほんとにお願い、だめ……。

 

「友達として、

 ご飯食べる気になったらさ。お昼の時間だけでも来てよ。蓮夜がうんまいサンドイッチまだまだ教えてくれるって」

 

 あ…………。

 

「ぅ、ぁ」

 

「…………。ほら生きてる」

「兄さん、一言余計な癖は、本当に直した方がいいですよ」

 

 2人の声が遠のいていく。信じちゃ、ダメ……? ダメだよね。だめだよ。そうやって裏切られてきたんだもん。傷口に塩を塗るなよ。

 

 京子ちゃん。

 

 既に朽ちた妄想が、ワタシの後ろで囁いた。うん、知ってるの。彼はワタシが生み出したのだから。

 今。彼は笑ってる。長い長い前髪の下は、太陽みたいに眩しいんだろうな。

 

 バリケードの下に落っこちていた鋏を取って、伸び切った黒髪を、切っていく。

 

 /ザク、

 京子ちゃん。

 /ザク、

 やっぱりおれにはもったいないんだよ。

 /ザク、

 だって、おれは京子ちゃんに作られた偶像だろう?

 /ザク、

 なら世の中にはもっといい男が、

 /ザク。

 いるはずだから──。

 

 

 

 

バリン。

 

 

 

 バリケードを自分で破壊して、部屋を飛び出る。ママが白目を剥きそうな勢いで驚いてたけど、面白いからそれは後でのお楽しみ。

 

 裸足のまま玄関を出て、丁度通路を歩いていた2人の背に、

 

「ま、また! から……おけ、行けます、か?」

 

 叫ぶ。

 2人は振り向いて、

 

 

 

「「ボク()、結構歌うよ」」

 

 

 

 過去をふやかす涙。

 未来をうながす笑顔。

 果たしてワタシは──自分が見たことのない笑顔を見せていることに、気づいただろうか?

 

 

 

 春は過ぎた。夏もまだ来ない。これからきっと雨が降る季節になる。

 

 でもなぜだろう。

 

 桜が花を咲かせる前の。

 

    ──淡い青の匂いがした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

❑─CHAPTER41(SATUKI NARUSE)─❒

 

 

 

 えーとですね。なにやらこの前、大人だから頑張るだの言っていたらしいのですが、あっさり洗脳されて、目ぇ覚めたら事は全部終わっていましたとさ。

 

「なーんとか、翔くんに話す時には、もっとわたしの武勇伝を……」

 

 と、自分の活躍をどうにか増やして話そうと頭をこねくり回していました。

 

 この前の貴島京子の会事件のおかげで、倉庫が荒らされてるだの生徒も先生も変なポーズをとっていたので、下校時間がまた早くなったのと、部活動も全面禁止となった。先生たちは諸々の事務作業に追われており、かくいうわたしも、面会の限界時間、夜の8時に翔くんのお見舞いに来ていた。

 

 

 

「翔くーん。聞いてよ〜。ちょっとでっかい事件が…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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第4章は11月頃公開予定です。
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