書きだめ分、これでおしまいです。
連載するかは微妙なところ。
双黒、十五歳を征く 三
中也と森鴎外の二回目の情報交換が終了し、森鴎外は一息吐いて卓上の珈琲を口にする。
中也も芳しくない結果にため息をつき、どこか面倒くさそうに白の
ポートマフィアの隠し金庫内で録画された先代、彼の自分が暗殺されたことをほのめかし、己の命を奪った暗殺者を殺すという演説の情報。擂り鉢街でまことしやかに囁かれる荒覇吐は暴走した海外の兵士の怨念から呼び出された怪物という噂。
前者と後者で情報の確度に差があるが、無理もない。片方は森鴎外が情報封鎖をかけた生の情報であり、中也のものはどこまでいっても、ただの噂に過ぎない。ただ、どちらも事件の真相に迫りはしない情報という点ではまったくの等価だった。
「わかってはいたが、情報交換しても真相にまったく近づけないとなると少しがっかりだね」
「死者は蘇らねぇ、だってのにこうやって元気に火を噴いて暴れ回ってるのが信じられねぇがな」
「先代は確実に存在している。けど、それが本当に先代そのものなのかは、まだ疑問符が付くけどね。しかし、君が荒覇吐を片付けたっていうことへの説明がまだだけど、説明してくれるのかい?」
「する気はねぇ。俺が仕留めた荒覇吐と先代の事件の荒覇吐は無関係だろうしな」
からかい混じりではあるが、太宰は中也へ荒覇吐についての詳細を尋ねる。
「そう言える根拠は?」
そう、太宰が語りかけたとき、中也の眼光が鋭く真っ暗に燃えた。
ここが越えてはならない一線だ。絶対の一線、不可視のレッドライン。
瞳に宿る純黒の殺意が燃え、空気が粘性を帯びる。
燃えさかる重油の中に放り込まれたような感覚。
怒れる怪物の重圧を真っ向から受け止め、太宰はあらゆる状況に即応できるよう体勢を整える。
緊迫した状況を茶化すように森鴎外は二人の間に割って入った。
「まぁ、そう断言するということはまったく異なる案件なんだろう。なにせ、夏目先生の課題なんて話だしね」
夏目漱石のことを話題にしたときの森鴎外は話題を広げようとはせず、すぐに畳もうとする。噂をすれば影が寄る、なんてことを厭うように。太宰は森先生が話題を切り替えようとしたことに乗り、口を閉じ近場の椅子に腰を下ろす。
「まったく、下手に手をこまねいていたら、ポートマフィアが内部から分裂しかねない。これは急ぎで対応すべき案件だ。……ふむ、太宰君。先代が余計な演説を打つ前に、迅速に犯人を見つけ出してもらおう、いいね?」
「先代が余計なことを言って、森先生の手伝いしたなんてバレたら、僕の生活に関わるしね。ただ、時間がないな。他の誰かに任せられるような事件でもないし、一人で間に合うかどうか」
太宰の独白に森先生はにっこりと胡散臭い笑みを向けた。
「一人なんかじゃないさ、君には心強い味方がいるだろう」
太宰は周囲をきょろきょろと見回す。この部屋には他に誰もいない。
いるのは、我関せずという態度で帽子を指先でくるくると回している中也のみ。
渋い顔で森鴎外を見つめる太宰だが、中也に視線を向けている事から指し示している内容が理解できてしまう。いやというほどに。
「さて、太宰君。それでは中也君と一緒にお使いを頼んだよ、友達同士、仲良くね」
太宰と中也が、“友達”の“だ”辺りで同時に噴き出した。
「「はぁ!?」」
「何、巫山戯たこと云ってんだテメ」「
「んな、とんちきな話を俺」「ならないのさ、一人の方が絶対」「んじゃねぇぞコラ!」
「はいはい、元気が良いのは分かったから。落ち着きなさい。中也くんも太宰くんも、私の指示を断れる立場にないだろう」
同時に二人の若者の血気に押されるが、暖簾に腕押し、糠に釘。
「何それ
風に靡く柳のごとく微笑むばかりで相手をしない。
「二人に組んでもらうのはきちんとした理由がある。まず、マフィアに敵対する噂だからマフィアに属していない外様の手は必ず役に立つよ。そして調査中に中也君が裏切らないための監視の目が必要だけど、調査内偵ができて中也くんを制する事の出来る『異能無効化』を持つ太宰君が適任だ。そして、最も重要な理由だが……」
最後、最も重要な理由を口にしようとしたところで、森鴎外は口角を緩めた。
「内緒だ」
「何それ!」「な~にが内緒だゴラ!」
「まぁまぁ、これは大人の勘のようなものだと思っておきなさい」
どのような感情か分からない謎めいた微笑を浮かべ、森先生の座っていた安楽椅子が窓側へ反転する。
「ああ、そうだ云うまでもないことだが二人とも仲良くしないと駄目だよ。これは命令だ、万一仲違いによって任務が疎かになるようなら……分かっているね?」
不可視の冷気が部屋に充満する。
蒼の眼光が二人を射止めた。
体から命という熱が引いていくような眼光。世界から色彩が失われていく。
“死”、裏社会に生きる太宰と中也でさえ、感じたことがないほどの色濃い“死”の気配。
「返事は?」
「……はい」「ああ……」
渋い顔色をした二人が、互いに顔を背けた。
背中合わせに立つ二人を見て、森鴎外は嬉しそうに頷く。
「よろしい、では征きなさい。手始めに先代
「手始めがやたらハードル高くない?」
「はっ、足だけは引っぱんじゃねぇぞ」
「君の短い足をかい、引っぱろうにももう少し長くないと、どうにも」
「らぁぁ!」
中也の上段蹴りが放たれ、それを太宰が避ける。
互いをいがみ合いながら、歩き去っていく様子を森鴎外は静かに見守る。
二人が退室し、嵐の過ぎ去った凪のごとき静寂が部屋に満ちる。
その静寂を破るのは、部屋の主たる森鴎外であった。
「“
「私が見いだした太宰君と、先生の弟子である中也君。はてさて、彼らは互いを磨き合う原石となり得るか。夏目先生、私と福沢殿に
太宰たち二人がポートマフィアのビルディングを出て、しばらく彼らは互いに会話することなく同一の方向へ向かう。しかし、あまりにも情報の無いまま何処かに向かっている太宰へ苛立った声音で問いかけた。
「おい、何処に向かってんだか、とっとと教えやがれ」
「ああ、君居たの?話しかけないでくれる、知り合いだと思われたくなくてね」
「ぬかせ、そんなミイラよろしく包帯全身に巻いてるような趣味の悪いお前には云われたかねぇ」
「わかった、答えるよ。だから近寄らないでくれる?本能的に受け付けないんだ」
一拍置いて、面倒だという顔つきで遠目に見える建物へ視線を向けた。
「見えるかい、あれはポートマフィアのアジトの一つだ。あそこには爆発を間近で見た人間が居る。調査の基本は、実際に現場を見た人間に聞き込みが定番だろ」
「爆発?調べてこい、って云われたのは先代の噂だろ。なんだって、爆発を調べるんだよ?」
「調べるべきは先代の情報ではなく、荒覇吐の情報を追うべきだ。君はよほど、荒覇吐が存在しないと云うことに確信があるみたいだけど、それなら荒覇吐を騙る異能力者がいるはずだ。どんなに隠蔽や偽装に長けた人間でも、呼吸もすれば食事もする、存在している以上、どれほど努力しても痕跡は絶対に残る。それなら、先代よりも荒覇吐を騙り先代を操る者を見つけた方が簡単なわけ」
“わかる?”といった無言の煽り顔に中也は顔をしかめる。
本気で“殺ったろうか”などと思うが必死にその思考を留める。
キレかけた中也を愉快そうに見る太宰は、非常に良い笑顔をしていた。朗らかな顔つきのまま太宰は建物を指さす。
「ちなみにその目撃者は君も面識がある人だ。この先のアジト兼自宅で話を聞く段取りに」
その言葉を引き金としたかのように目的地の建物が爆発炎上していった。
「おい、目的地が爆発しやがったぞ。テメェ指からビームでも出せる異能力者か何かか?……つーかよ、聞き込みする人間も吹き飛ばされたんじゃねぇのか」
「ああ、犯人に先回りされたか。君の足がもうちょい長ければ、いや身長そのものが伸びないと駄目か」
「てめぇもあの世までぶっ飛ばされてぇみたいだな?」
「ほんっと、君は
「ったく……ごちゃごちゃ、考えるまでもねぇだろ。七面倒な聞き込みから、口封じにきた犯人共を片付けて事件解決だ。手っ取り早くていいじゃねぇか」
「はぁ?」
うきうきと、見れば見た人間が全て浮かれていると断言するような風情で中也は混乱のまっただ中にある危険地帯へと足取りも軽く進んでいった。スキップでもしそうな歩みで行く中也を後ろから見て太宰は深々とため息と共に肩を落とす。
「まったく、あれじゃあ子供そのものじゃないか」
ポートマフィア幹部、蘭堂の屋敷は元々の西洋風の外観をものの見事に爆発によって損壊させて、今では見る影もない残骸と化していた。黒い瓦礫が残り火を燻らせ、この場を戦場として彩っている。
屋敷を爆撃しただけでは飽きたらず七、八人からなる小銃を持った兵隊が銃声を鳴らす。
屋敷周辺の人工林から事態を静観する太宰は、頬杖をついて状況を整理していた。
「派手にやってくれているねぇ、あーあ、もう少し早く着いていれば、爆発か銃弾で楽に死ねたのかもしれないのに」
「そりゃ残念だったな、面倒なことはやらねぇと片付かないだろうが。さっさと仕事に集中しろ」
自殺願望を時々、零しながらやる気のなさそうな太宰を中也は冷たい視線で見やりながら、屋敷へと向かっていく。しかし、ポートマフィアも流石と言うべきか、壊れかけの漆喰の壁を粉砕して武装した敵勢力の人間が屋外に叩き出される。
「へぇ、黙ってやられ放題ってわけじゃねぇのか」
「そりゃ、蘭堂さん相手にこの程度の武装した兵士じゃ鎧袖一触になるのがオチだよ」
「蘭堂?あー……あの寒がりか」
「あと首領執務室で君を異能で拘束……できてなかった人。あとこれから聞き込みにいく相手かな」
「助けにいかねぇのか」
「行くなら、まず相手の所属と作戦目標に行動規模を掴んでから」
その時、背後で銃を構える硬質な金属の可動音がした。
「教えて差しあげ」
黒の旋風が廻る。螺旋を描いた中也の右の蹴りは狙いを外さず攻撃行動を瞬時に完結していた。
破裂音、空気が割れるような軽快な音響と共に背後で優しく話しかけてきた男が錐もみ回転しながら吹っ飛んでいた。
「やべっ、もうちょい話をさせとけば良かったか」
「君ね、情報収集に来たんだよ僕らは。それなのに訳知り顔で来た敵を捕まえもせずにどっかにリリィスするって、舐めてるの?」
苛立ちを隠さない太宰の前に先ほど物理的に鳥になった敵の持ち物であろう通信機が落ちてきた。
「よぉ、これで情報収集できるな」
「こんな頭悪い情報収集始めてだよ、目の前に出てきた人を片端から倒して、戦利品を強奪するって予算少ないあまりにストーリー薄めなRPGじゃないんだからさ?」
「るっせぇな、てめぇは見ていただけだろうが包帯の無駄遣い野郎」
「じゃあ、その無駄遣い野郎からの役に立つ情報だ。さっき派手にお星様になった人を見た残りの人員が様子を見に来るらしい」
「へぇ、ならそいつらに事の次第を聞けそうだな」
「今度はちゃんと頼むよ」
太宰が通信機を放り投げるとそこから十名ほどからなる小隊が銃口を向けたまま現れる。
熟練の動作はよどみなく、流れるように二人を半包囲に囲み込んだ。
「貴様ら、この場はGGSの戦術班の作戦領域だ!蜂の巣になりたくなければ両手を挙げて跪け!」
「フフ、“ゲルハルト・セキユリテヰ・サアビス”は本国の支援中断後、非合法化された民間軍事会社。今では我々と契約していない企業船舶を沈める現代の海賊よ。契約を結んだ企業は真っ当に警護するがそれ以外は海の藻屑とする!」
「そうとも、そうして轟いた悪名が新たな顧客獲得広報として機能する。最近では、あのポートマフィアとも一線交えている。元より私たちは
怒濤の勢いで現れて、急に自分たちの所属を居丈高に宣言する無法者たち。
いや、確かに相手は子供だし銃口向けた状態で囲んでいるんだから、余裕なのは分かるが……そんな丁寧に自分たちが何者かを説明口調で自慢げに話されるとは中也も太宰も想像してすらいなかった。
「こいつら、本当にGGSの人間なんだよな。敵対組織がそれっぽく騙ってるとかじゃないんだよな」
「所属は間違いなくGGSなんだろうけどさ。う~ん此処まで開けっぴろげだと少し怪しいような、もう馬鹿らしくて帰って寝たいような」
気の抜けた会話、しかし相手は本物のプロフェッショナル。
無力化に相手が応じないと分かると、十人の襲撃者は無言のまま同時に撃鉄を落とした。
これで一般的な人間ならば、蜂の巣どころか肉片になるであろう弾幕。
一秒先の確定された死の運命。
それを平然と覆すのが異能宿す怪物である。
「鬼に会うては鬼を斬る、仏に会うては仏を斬る。さぁ幕開けだ。倒してやるからノリのいい音楽かけろよ包帯野郎、とっびきりハードなのがいい!」
「ああ、何処を見ても馬鹿しかいない。本部に帰って寝とけばよかった」
それは笑いながら暴虐を振るっていた。誰より何よりも、この世界で力という目に見えない物質に満ちあふれた生命だった。
「そぉぉらあぁ!!」
轟く銃撃音、迎え撃つのは羊の王。
白の中折れ帽を目深に被り戦場を縦横無尽と駆け抜ける。
彼の恐るべきは圧倒的な戦闘能力、異能によるものも大きいが、それ以上に破壊という現象を完全に制御している。敵の攻撃に応じる時は流れゆく旋風のごとく質量を感じさせない歩方を取り、攻に転じるときは火山の噴火のように刹那で最大火力にまで持って行く。
手首のスナップのみで打った打撃が林の木々を数本根こそぎ横倒しにする。
軽く踵で地表を踏めば、地盤そのものがひっくり返る。
些細な動作、明らかに力を込めていない、どころか害意もない攻撃。
それだけで半分が空高く吹き飛び地面によって潰された。早くも数名が地べたの染みとして命を散らしていった。
そして、彼が戦闘技術を振るいだしたら、もう半分もおしまいだ。
蟻と象のような隔絶しきった力量によって数と武装の質はあっけなく凌駕された。戦場を破壊で塗りつぶし、支配する姿はまさしく旧い時代の王侯にのみ許された君臨の形。
そして最後に残された敵の一人は恐怖に怯えた目で中也を見やる。
屠殺場に連れてこられた動物のように恐れに染まった表情は見ていて面白いものではない。帽子を取り、戦場の土埃を払いながら言外に諦めろと宣告する。
「さぁ、傭兵稼業も店じまいだ。てめぇらの目的を言いやがれ」
荒覇吐について、マフィアの準幹部を何故狙うか、仲間はあと何人か、矢継ぎ早に相手の都合など知ったことではないとばかりに質問詰めにしていく。
「ガキが、こんな小僧に……」
反骨心から来る怒りが隔絶した力の差を忘れさせ、男に銃を握らせた。
「やめとけ、給料安いんだろ?」
「死ね、怪物が」
引き金が絞られ、銃弾は異能によってあっけなく跳ね返された。
対人の
因果応報、運の悪いことに弾丸は喉元に命中している。呼吸器を弾丸が潰したのだ。失血に加え、自分の血が気管を微妙に塞いでいる。この中途半端が曲者で、彼は即座に死ねないだろう、少なくともしばらくは苦しんで命を落とすはずだ。
「ったく、めんどうくせぇ。おら、敵は片付けた。行くぞ」
中也は死にゆく男を無視して歩を進めていく、単純に悪党の死に様に興味が持てなかったゆえの無慈悲だが、太宰は返答をせず幽鬼のごとく、ふらふらとした足取りで倒れ伏した男の傍に寄る。
「ツいてなかったねえ、いや悪運が付いていたのかな?」
太宰の表情は感情が抜けきり、無機質な冷たさを宿している。
その冷徹に中也は僅かな苛立ちを覚えた。
ああ、こいつは本当に気にくわないぞ、という確信を感じながら帽子を静かに被り直す。
しばし、太宰と敵構成員が会話とも言えない話の後に太宰は銃弾を瀕死の相手に叩き込んだ。
別に殺人が残酷という倫理的な会話がしたいのではない。
この場において、大半の敵を殺傷したのは中也で、むしろ太宰より殺傷数は多い。
でも、太宰はこの世の何より意味不明であるがゆえに最も恐ろしい存在になり得るのだ。
こいつはどうでもいいのだろう、善に悪、強いに弱い、老いも若いも、生も死も一緒くたなんだ。
価値基準が全て、どぶ底に沈んでしまっている。
等しく全て塵芥。故に理解は遠く、霞の果てに。
「はははは、なんて贅沢なんだ、ああなんて羨ましいことだ、私はまだ待ち焦がれることしかできないというのに」
死んだ男の骸に穴を作り続ける少年に、中也は横合いから銃を握りつぶして止めた。
くしゃり。
あっけなく潰れた“それ”を目にしてきょとんと、中也を不思議そうに見る彼の目は、馬鹿らしいことだが、これまでのどの場面より年相応に見えた。
「もう、死んでんだろうが。無駄に死骸を壊すんじゃねぇ」
そんな歪んでいる一般的な論理を真っ向から唱えられた太宰は、子供らしい笑みを浮かべて言った。
「そうだね、確かにそうだ。きっと多くの人はそう思い、そう動き、そうして死んでいくのだろう。……それが普通なんだから」
遠くを見るような胡乱な目で虚空に焦点を向ける無気力な少年。
普通というものを羨んでいるように見えて、こいつはそれもどうでもいいのだろう。
こいつが心底、気にくわない。
苛立ちのまま、こいつの目に浮かんだ諦念と絶望を粉々にしてやりたくて、俺は勢いのままに太宰へ喧嘩を売った。
「おい、包帯野郎。勝負だ」
きょろり、どうでもよさそうな目であいつはこちらへ視線を送る。
「荒覇吐を先に捕まえた奴が、捕まえられなかった無能野郎に命令できる。どうだ、文句あるか?それとも、自信がねぇかよ」
「そんな勝負をしなくとも、君程度を好きに動かすなんて楽勝なんだけど。……わかった、わかった。それで君がご機嫌になるなら、買ってあげるよ。その無謀な勝負」
こちらの話を半分に聞き流して、やれやれと言いたげなむかつく動作をして来やがった。
汚いものを棄てるように壊れた銃の残骸を紙吹雪のように死骸に撒いて、全てに興味を無くしたような顔で歩き出そうと、いやその前に立ち止まってこちらへどうでもいい疑問を投げかけた。
「そうだ。ねぇ、どうでもいいことなんだけどさ。さっき、異能を使って銃を潰したの?」
「嗚呼?使ってねぇよ、大体、銃なんて複雑な構造した精密道具なんぞ、組み立てるならいざ知らず壊すだけなら異能使わずとも握りつぶせるだろうが」
中也の当然そうな話しぶりに、包帯を巻いた少年はうんざりと首を振った。
「でた、異能力者は体をまず鍛えろ論者。普通を偉そうに説いといてなんだけど。君は間違いなく普通じゃない、変態だ」
「だ~れが変態だ、呆け野郎!?死体に無駄玉ぶち込んで、にやついてるてめぇこそ、変態だろうが!」
「銃を素手で握りつぶせる腕力馬鹿は間違いなく変態だよ。やーい、へんたーい」
「死にてぇらしいな、包帯野郎!上等だ、握り飯みてぇにこぶし大にしてそこらの犬の餌にしてやらぁ!!」
オープンカーとかいうのがある。あれきっと、運転時の快適性より、車の開放感を楽しむ為のものなんだろう。まぁ、あまり過度に開放感があっても落ち着かないと思うのだが。そう、屋根と壁が崩れて大穴が“何と言うことでしょう”と言えそうな無残な
「ああ、寒い……寒い。これでは体が骨の随から凍り付いてしまう。近場に活火山はないものか、体を温めなくては」
そう言いつつ、手近なものを火にくべている男の反対で、明らかに部屋の中でも重要そうな絵画や柱をうきうきと持ってきている太宰を見て、酷く頭に痛みが走った。
嗚呼、本当に頭痛が痛い。
何か、変なこと言ってた気がするが、それはともかく情報収集だ。
「情報収集もいいけど、蘭堂さんを狙ったのは良く考えられている。森さんに取り立てられた人間が荒覇吐に殺されたともなれば噂は益々、燃え広がるだろう。そうなれば、もう消火はできない。ポートマフィアは焼け野原だ。まぁ、GSSの指揮車をちょちょおいと調べたら、黒い爆発を起こす
「黒い爆発、とは……?」
「薬品による炎色反応で炎を黒く見せる
「笑える話じゃねぇか、ただまぁ、難点があるとすりゃ、本題でねぇってことくらいだ」
「はいはい、本題ね。よっぽど荒覇吐が気になって仕方ないみたいだから、蘭堂さん簡潔に頼むよ。貴方が擂り鉢街で目撃した黒炎の化生について。それが事件解決の唯一の道標なのだから」
銀の託宣をちり紙のように振って、これが命令であると告げる。
指示と言うには些かに軽く、命令と言うには絶対的な支配がない。あまりにも捨て鉢なそれは無関心の発露だったのだ。
「いいとも。銀の託宣無くとも森さんは私の恩人ゆえに。……荒覇吐は忘れようにも忘れがたい悪夢そのもの。忘れじ時は無かろうさ」
居住まいを正し、ようやく話そうと言うとき太宰は蘭堂の恐怖を見た。
僅かに震える彼の手、それは寒さではなく畏怖に身を貫かれたからだ。
「私だけが生き残った、あの恐ろしい、黒の炎の下から。太宰君、君は正しい道を選んだ。企みを暴くことだ。犯人を誅伐するのではなく、企みを明るみに
「前置きはいい、さっさと話やがれ」
「やれやれ、とにかく詳しく話してよ蘭堂さん、愉快になってきた」
古びた校舎、教卓には陶器製のとかく大きな招き猫が鎮座し、学生机にも大小様々な招き猫が無音のまま教室に飾られている。黒板には擂り鉢街、荒覇吐、ポートマフィアに関する情報が所狭しと書かれている。
教卓前、最前列の中央席。学生からすれば、一番座したくないであろう席に机に脚をかけ椅子を後方へ傾け頭に情報を叩き込んでいる男が一人。
仕方なさそうに黒板へ目を向けている彼からは匂い立つほどの暴力の気配を滲ませていた。黒で無地のTシャツ、それと白のカンフーパンツを纏う彼はその肉体の強靭さを一目見るだけで実感させるはずだ。
恐るべきは天与の肉体。
この肉体から発せられる剛力に抗するには、それこそ同等以上の強靭なる身体が要される。それに彼からはその超人的な身体能力以外にも何か、恐ろしいものがある。異能、人域を容易く脱する超常能力。
それさえ、手札の一枚に過ぎないという不遜。
他者に従うようには見えない男が大人しく座って黒板を熱心な学徒のように見つめる。
教室の前方の扉が開かれた。同時に厳かな鐘の音が鳴り響く。
始業の鐘と共に教室へ入ってきたのは美しい女性であった。成人しているかいないか微妙に分かりにくく、安易に
黒髪は艶やかに光を発する様に手入れされ、その微笑みは命さえ惜しくないと万人に言わしめる謎めいた美しき代物。見慣れた
「それで、事態は掴んでもらえましたね」
「ああ、とりあえずは。でもいいのかい、あんたなら異能特務課に伝手があるんだ。俺みたいな
「君が最適解だからですよ。君は何故、今回の事件で犯人、動機、そして事の終わりまで分かっていて私が動かないかを訝しんでいるのでしょう?これでも吾輩は魔人の一端に触れてしまった者なのです。そう軽々と動けはしない。吾輩の干渉値を越えてしまうと揺り戻しが来てしまう」
「へぇ、余所の国の魔人連中も動かないのは、その干渉値ってものの所為なのか?」
「どうでしょうか。欧州の魔人も自分で動きませんが、あれは出番がくるのを待っているだけですからね。中には本当に出不精だから俗世に関わらず世界を自分好みにしようと画策している者もいるくらいです」
「それは……先生みたいにか?」
「吾輩なら、いざとなれば盤上に上がりますとも。ただ、あと数年はプロローグにも届かない外伝か幕間と言ったところ。吾輩が動くには今しばらく頁を重ねなくては」
「ったく、要は今回は動かないから後よろしくって雑な話だろ?いいぜ、受けるわ。金はいつもの口座に入れといてくれ」
そう、言い切ると男は女性の横を通り過ぎる。美しき彼女の、時が許す限り見続けていたくなる美貌を無視し室外へ出る。
その手には馬券が三枚ほど握られ、それをこれみよがしに見せつけている。
「事前に結果が掴めていりゃ、博打なんてもの成立しない。要は決められた時機「タイミング」で賭け金を出せば勝ちが転がり込んでくる。単純な話だろ」
「そうですね、最もその馬券が勝ってさえいれば説得力があったのですが」
「ああ?待て、まさか」
「外れです、ものの見事に負けてますよ。賭博の才覚、いえ楽して稼ぐ才に欠けているのですから、こつこつ金を貯めるように」
「……クッソ」
三枚の馬券を踏みにじり、建物から出ようとする男。
「それでは頼みましたよ。石川君。君の奮戦に期待しています」
その一言で男の足は止まり、彼の片腕が
超速度で振られた腕が持つ鎖の先端の刃は夏目漱石の頭部の横を突っ切った。
壁に刃が深々と刺さり破壊される。先端部の重量によって加速し破壊力も増した故の威力。
しかし、それを喰らいかけた人間は笑みを崩さず、愉快そうに笑っていた。
「俺に上から目線で話すなよ、夏目先生。いや、使い慣れてる偽名の鷺沢文香とでも呼ぶべきか?」
「どちらでも。吾輩へ向けて呼ぶ限り、それが吾輩を指し示す名なのですから。それは、君とて同じでしょう、ねぇ石川君?」
親しそうな声色に夏目漱石の本心への探りが入れられなかったことを把握した男は、鎖を引いて武器を袂へ隠し直す。
そのまま去るのかと思えば、彼は振り返って訂正を求める。
「夏目先生、覚えとけ。今の俺は石川なんて名じゃねぇ」
口元の傷跡を見せ、威嚇するように口角を上げる彼は高らかと宣言した。
「──今は伏黒だ」