文豪ストレイドッグス 強キャラTS夏目先生   作:悪事

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 エイプリルフール二日目の幻覚。双黒編は一時、中断して猟犬の二話になります。
 どうか、お付き合いください。なお、作者としては多くの方の感想で作者のモチベが変動します。暇人こと悪事が皆様の感想をお待ちしてます。


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 猟犬よ、その牙を研げ

 

 

 

────閑話休題────

 

 

 かつて、日本という国において異能力者は無頼の(やから)と見なされていた。

 

 常人と比べようのない異能を宿す人間が起こす犯罪や暴力。なまじ、そういった者は国家や主義といったモノに傾倒せず、異常な力で多くの人々に恐れられる。国家運営に於いては有り得てはならない“法を無視できる”ほどの存在。

 

 異能を宿す人間、一般人は単なる噂で片付けられるが、事実を知る軍人や政治家にとっては早急な対処が絶対に必要となる大問題。こういった無形の誰もが頭を抱える問題は大抵、分かりやすい単純な解決法が採用される。すなわち、軍でも異能力者を問題の解決に用い、登用しようという手段が執られた。

 

 

 他にも登用に至る経緯は、欧州では異能力者が軍で戦力として活用されていることを見てという後追い的な事情もあるが、日本も遅ればせて異能力者を軍に囲い込む情勢が生まれ始める。しかし、異能力者の集まりは芳しくなく、辛うじて集まった者とて腫れ物を扱うような差別にも似た区別が軍で行われた。

 

 そうした行動を単に愚かというのは難しいだろう。元より軍とは規格化と均一化された戦力を尊ぶ。そんな中で突出し、頭抜けた存在が歓迎されるというのは心情的に考えれば無理からぬことだ。結果として、異能力者を軍に組み込むというのは、一時は失敗と見なされた。だが、在る人物の所属が全てを切り替える。

 

 

 夏目漱石、軍への所属を希望した異能力者であるこの人物は、とても軍向きの人間ではないとは言え、多くの者たちの支持を受け、異能力者に対する差別的な意識、思想の改革、加え誰もが理解できる分かりやすいほどの戦果を出した。階級や立場の上下に関わらず、軍部の多くの者たちと顔を広げた夏目漱石は最終的に、諸手(もろて)を挙げられながら惜しまれつつ軍を離れることとなる。

 

 相反する表現だが、そこは夏目漱石の功罪相ならぬゆえと思って頂きたい。

 

 軍を離れた夏目漱石は政府へ上申し、内務省にて国内外問わずの異能力者に対する特殊機関、“異能特務課”の制定に尽力をすることとなる。

 

 その話はここでは置いておくとして。

 

 軍に所属していた時、夏目漱石の最終的な所属、立場は対異能力者制圧を目的とした格闘技指導教官に落ち着く。そして、多くの軍人たちを鍛え上げ、対異能力者戦闘について何処に出しても一線級でやっていける人材らを輩出した。

 

 夏目漱石に教練を施された者は、その大半が軍でも指折りの実力者となり方々で活躍を果たすこととなる。教育と修練、それに特化した極東の魔人、夏目漱石。

 

 

 しかし、意外なことに軍時代の夏目漱石が初めて直々に指導した、一番弟子に当たる軍人については誰も正体を知らぬと言う。それこそ軍警、最大の(ミステリィ)だ。

 

 

 

 

 

 

 

『何に忠を尽くすべきか、それが問題です』

 

 

 軍学校時代、儂は決闘を挑んだ上官にこてんぱんに打ちのめされて訓練場の畳の上でその上官こと夏目先生のお言葉を甘受した。

 

 

 戦闘に長じた異能力、卓越し比肩しうる者のない剣腕、慢心がなかったというと嘘になる。事実、慢心に足るだけの実力を持ち合わせていたことが最大の幸運と不運を呼び寄せ、生涯にわたって頭の上がらない師を戴くことになった。

 

 部下に妙な文句を付ける気にくわない阿呆を殴り、懲罰房に放り込まれた日の夜、儂は月明かりの下であの方と出会ったのだ。

 

『おや、悪鬼と見まごうほどの新兵が入隊したと聞いて来てみれば……君がそうですか?ふむ、また随分と可愛らしい悪鬼がいたものですね』

 

 長い髪を靡かせ軍服を着た先生を見て、儂は愚かにもその実力の底を理解しないで見目だけで相手を侮った。……侮ってしまったんだよなぁ。

 

『……』

 

『やれやれ、だんまりですか?まったく、同期の新兵を上官から庇って自分が懲罰を受けるとは。そうやって、他者のために剣を振るって結果として自分が骨を折る。大したタマですね、ああこれは皮肉とかじゃありませんよ。だけど、まだ切れ味が“鈍い”』

 

『……なんだと?』

 

 あの時の先生の言葉に儂は思わず噛みついてしまった。当時の儂の剣とは、気に食わぬが馬の合う木刀地蔵と研鑽を積み、研ぎ澄まされたもの。それを虚仮にするようなセリフは例え、相手が上官だろうと■■だろうと聞き流せん。

 

 縛られた手中の小石の威力を百倍にして手枷を砕く。

 

 先生の横にいた軍服の者たちが驚きながらも銃を向けるが先生はそれを手で制して、儂へ一本の刀を放り投げてくる。条件反射で握った柄からは、見た目からは想像できない重みを感じ取ることが出来た。

 

『くれてあげますよ。私の剣……(そいつ)の本当の使い方が知りたきゃ付いてくると良い。これからは(そいつ)を振るいなさい』

 

 微笑をこぼす夏目先生は如何にも楽しそうに儂へと手を伸ばす。

 

『敵を斬るのではなく、弱い己を斬るために。誰かを守り、己の魂を護るために』

 

 その微笑みの美貌と強い信念に編まれた言葉に聞き入ってしまった事実を無視して儂は刀を抜刀、首筋に寸止めするつもりで瞬時に居合抜きを行おうとする。

 

 居合いの体勢に呼応した先生は、手をまるで猫の手のように丸め正面に構える。

 

 轟音、抜刀より遅れたにも関わらず、後出しで為された先生のゲンコツは堅固な懲罰房の地盤をブチ抜き、儂を地面に埋め込ませた。

 

 

 

 

 そして、儂の最後の青春時代が始まった。

 

 懲罰房より引っ張り出された儂は夏目漱石の下に現、対異能力者を専門とする特殊制圧作戦群、甲分隊“猟犬”の前身である対異能力者制圧試験小隊“ムラクモ”が成立された。

 

 ムラクモは軍警に当時、存在した異能力者を寄せ集めた愚連隊のようなもの。その中には現異能特務課の長たる種田長官や、天賦の怪物こと石川啄木など多数の異能力者によってムラクモ隊は構成された。

 

 

 

 ムラクモに所属した儂は、夏目先生にひたすらにこてんぱんにされ、様々な武具の腕や武芸を磨きぬく日々を送った。

 

『剣のみでは芸がない。“福”、貴方にはより広範な武芸を磨いてもらいます』

 

『えっ!?いや、儂は剣一筋で……』

 

『問答無用、何より貴方の“鏡獅子”なら、剣だけではなくあらゆる武器を扱えた方が有利でしょう。ほら、いきますよ。まずはこの杭打ち機(パイルバンカー)からです』

 

『いやいやいやいや、それ武器じゃなくて工業機械じゃ、ギャー!!』

 

 

 青春というには、いささか色気のないものだったが、それでもあの頃は全てが輝いていた。

 

 

 

『“福”……君は甘い。異能力者の闘争とは常に必殺絶殺の極限を試される。しからば、君に必要なのは強力な武器、そしてそれに勝り上回る体術がなくてはならない。異能力者というのは、自分の強力な異能を御するための心技体を鍛え上げなくては。さぁ、格闘戦を始めましょう。よもや、基礎の格闘を思い出せない、なんてことはありませんよね?』

 

 互いに拳を上げ、脚を軽く広げてあらゆる攻勢に即応できる構えを同時に取る。緩む口元が喜びと僅かな怯えに呑まれるも師との研鑽に対する歓びに身を焦がし、儂は駆け出す。

 

『望むところ──』

 

『では……来ませい!』

 

『応さ!』

 

 

 

 だが、そんな至上の時間も、時代の濁流に呑まれて消えていく。各国の緊張と国土の塗り替え、それに伴う戦争は激化する。戦争では欧州の異能力者たちを相手取るため、夏目先生たちが招集されるも、若い時分の儂や後方支援に特化した人材は異国へと渡ることを指揮官である夏目先生じきじきに差し止められた。

 

 欧州を舞台とした極限領域の異能戦域。“血界戦線”、地獄すら生ぬるいと評される戦場に向かおうとする夏目先生に儂は食らい付いた。ここまで先生のしごきに耐え鍛え上げた自負、置いてかれようとする屈辱、せめて先生に一矢報いてどうにか戦場に同行しようと、儂は夏目先生に決闘を挑んだ。

 

 本気の儂に相対するため、夏目先生は己の使い慣れた武器を取り出した。巨大な十字架を模した個人が携行できる設計限界火力の特殊兵装。巻き付けられた包帯と締め付けられたベルトが弾かれたように外れ、夏目先生の別名と同じ名を戴く断罪者(パニッシャー)が解放される。

 

 開始から十分、あまりにも濃密で儂の人生を変えた十分間。持ちうる武器の全て、銃器から剣、槍、棍、薙刀、異能武器、全てを賭してそれでも儂は先生に届かず、敗北の土を舐めた。

 

『クソッ、儂は、チクショウ……』

 

『“福”、師ではなく上官として命じましょう。……来てはならない。君に戦場は向いてないのだから』

 

 師の後を追い掛けられぬ己の不明、その屈辱と情けなさに涙をこぼし、自分が戦場に着いていけないことだけを理解する。

 

『まったく(つい)ぞ、君は非情になりきれなかった。常々言ってますが、君は甘い』

 

『それ……褒めているのですか、それとも怒っておいでで?』

 

『叱っているんですよ』

 

 

 そういうと先生は倒れ伏す儂の背中に座り込む。

 

 拗ねるように口をとがらせ、若き日の儂は無駄な抵抗を口にする。

 

『別に、敵を相手に甘さなんて見せたことは──』

 

『そういうところです。君は敵を仕留めることはできても、それ以上がまだ出来ない。いいえ、覚えない方がいいんです。ちょうどいい、授業を始めます』

 

『フハッ、戦争に行く前とは思えぬ呑気さですな』

 

『戦争へ出兵しようとする師に決闘を挑むバカ弟子ほどではないですよ』

 

 

 さて、と夏目先生は前置きをして、当時の儂では理解仕切れぬ難問を繰り出した。

 

『何に忠を尽くすべきか、それが問題です』

 

 “忠”、それは当時の未熟な儂には応えきれぬ問いかけであった。

 

 だが、それを真に理解せぬ若き日の己は、師の思いを理解せず条件反射で己の信念ではない雑言を口走った。

 

『そりゃ、祖国にでしょう?儂らは軍属です、国の偉いさんや軍の上官には従い、死ねる覚悟も持っとります』

 

『政治家たちも、軍の上層部も不変ではない。任期や時の巡りで容易くそれは変貌を遂げる。移ろいやすく、あまりにも脆い』

 

『上が変わろうと、軍属である限り上の意向に従えますよ』

 

『本質が見えていない。いいですか、軍の任務とは人の下すものではない』

 

『人ならざるもの?権力を持つ者や政治家連中を怪物に例えようとでも?』

 

『それよりも、より巨大で深淵に生息するものです。“時代”、時の流れが人の価値観と国の有り様を変革する。不確かで、曖昧とした恐るべき怪物に我々、軍人はその身を委ねている。先ほど、君は“敵”と言いましたね。では、その敵とは誰ですか?』

 

『……それは、敵国の』

 

『敵国なんて、時代によって変わるものの最たる例だ。政府の体制、時流の変動、敵味方は風向きよりも容易く変わる。……こんな馬鹿な話は無い。同盟国、敵国、これらは国の利益と時代の流れに左右される。そして、国の立場により敵もまた変異を繰り返す。“福”、我々、軍人はそうした時代のうねりの中で(もてあそ)ばれるのです』

 

『ですが、敵が変異しようとも共に肩を並べる味方はっ!』

 

『昨日の敵が味方に変わることもある。また同様に味方が敵となることも。だが誓って、我々の技術は仲間同士を傷つけるためにあるのではない』

 

 これまで、軍学校で学んできた敵国、相対すべき存在、憎むべき者、それらが全てひっくり返されるのを肌で感じ取る。理解と同時、胃と心臓が死に絶えたような寒気が全身に回った気がした。

 

 

『──しからば、敵とは何を指し示すのですか?』

 

『時代に関与しない、“絶対的な敵”?──ああ、“福”。覚えておくといい。そんな都合のいい存在など地球上の何処にも存在し得ない。何故なら、敵もまた同じ人間だからだ。同じように国を想い、家族や友、軍の同胞を誇り守ろうとする“相対的な敵”』

 

 敵と味方の境界が曖昧としたものに霞んでいく。

 

 では、軍人とは何を寄る辺にすればいいのか。

 

『国に仕え、忠を尽くす限り軍人は何ものをも信じることは許されない』

 

 しかし、と銘打って夏目先生は“軍属ならば国家の安寧に身命を賭さなくてはならない”、という矛盾を語る。

 

『それでは改めて問いましょう。“福地桜痴”、君は何に忠を尽くす?』

 

 

 あまりにも重い、惨すぎる問い。何を応えようとも、新兵たる自分には本質的なモノが見えておらず理解も甘い。たっぷりと悩み抜いたあげく、若輩の儂は素直に諦めへと逃げ込んだ。

 

 

『よく、わかりません』

 

 情けないと一蹴されかねない解答。だが夏目先生は静かに、それでいて丁寧に白魚のごとき手で儂の頭を撫でつけた。

 

『いまは、それでいいのですよ。“福”』

 

 寂しそうに、けれど弟子の成長を言祝ぐ微笑みはあまりにも綺麗に瞳に映り、忘我の心境で儂は夏目先生の後を着いていきたいと強く願った。

 

 

『儂も早く戦場に出てみたい』

 

『やれやれ、頑固な弟子だ…………止めた方が良い、君には向いてないですよ。せいぜい、君はふんぞり返って新兵を鍛えている教官がよっぽどマシだ』

 

 当時の儂が、新兵を相手にふんぞり返っている様を見て、どうにもその光景に惹かれる気持ちが湧かなかった。むしろ、自分はまだまだ未熟だと言われた気がして……

 

『なんだって新兵の相手をせにゃならんのです、儂は新兵並みだと?』

 

『君だって私が鍛え初めの頃は新兵だったでしょうに。まぁ君が指導者に向いていないかというと、実際はどうでしょうかね?』

 

 熟練の教導者たる夏目先生のお墨付きを聞き、ほんの僅か、僅かだが自分が誰かを教え導く景色が見えた気がして、少し照れくさくなった。

 

『……向いてますかな』

 

『君の心がけ次第です』

 

 決闘は終わり、夏目先生はベルトで固定された十字架型の高火力砲、断罪者(パニッシャー)を放り投げてくる。十字架型兵装を受け取った儂はその超重量に耐えかねて、たたらを踏む。

 

 そうして、夏目先生は戦場へと向かわれた。この決闘に際し、夏目先生が仰ったことを真に理解するのは、これより先の儂が戦場より戻ってのことになる。

 

 

 

 

 

 “血界戦線”、欧州の戦場を征し帰還した夏目先生は軍属を抜け、内務省にて異能特務課の結成にご尽力なされた。儂もまた軍部内で出世を果たし、かつての先生の異名たる“断罪者”を授かり、国に名を轟かす剣客“天下五剣”に数えられ、教育総監などという任を預かった。

 

 

 数年の時が流れ去り、時代が儂と友の歩む道を引き裂いた。

 

 戦況の悪化に伴い命を落としゆく教え子、仲間の多くを救うために儂は戦場へと身を投じた。

 

 

 そして、戦場で英雄を騙る“修羅”が生まれ落ちた。

 

 

 軍人を玩弄する愚かな天人たちを憎悪し、陰鬱としていたある日、かつての青春の残影たる我が師がふらりと現れた。

 

『……だから、戦場に行くべきではないと言ったのです』

 

『────時代がそれを許さなかった、何より貴方の教えがそれを許さなかったのです。言ったでしょう、“誰かを守り、己の魂を護るために”などと。それを裏切れず、仲間を守るために儂は選んだのですよ。己の歩む道行きを』

 

 恨み言じみてしまったが、変わり果てた儂を理解した上で、それでもかつてと変わらぬ在りようがなんとも心地よく、儂は無意識のままに口走ってしまった。

 

 

『夏目先生、儂はかつて貴女の言ったことの多くが解るようになった。成り果てた。しかしながら、わからぬことも増えました。軍人は何に忠を尽くすべきなのか?……平和なぞ、永遠の虚像なのか?』

 

 

 答えの出ぬ問いかけ、平和などという多くの者を殺し、看取ってきた資格なき儂に相応しからぬ問い。

 

 それでも。

 

 嗚呼、それでも。

 

 夏目先生は真摯に“応えて”くれた。

 

 

『──世界は一つにならなくてはならない。国同士の闘争は国の持つ軍事力、軍によってなされる。ならば、世界に平和をもたらしうるのは、誰かの営みを守り、苦しむ者たちを救うのは、国境なき軍隊というべきモノなのでしょうね』

 

『国境なき、軍隊……』

 

『全ての国家機構より軍が離脱。そして国際紛争の解決手段から暴力は永久に消失する。もちろん、そんな世界でも各国は己の利益の追求に走り、影ながら殺し合いを演じる事になるでしょう。だが、軍人たちが大勢死にゆく世界からほんの僅か変容していく。流れる血の量は確かに減る。そう、世界各国の軍事力は国家にではなく、この惑星(ほし)、全人類へ忠を尽くす』

 

『この星、全ての人類…………国家に、国境に縛られぬ、無業の軍隊?』

 

『それが、平和幻想に対する吾輩なりのアプロウチ。老人の語る愚かな夢です』

 

『愚かだ、なんて愚かで、美しい夢物語……』

 

 涙が流れた。血も、心も何もかも凍り付いたと思っていた儂の心臓が熱く鼓動を叩く。

 

『ですが、そんな天国とも言える様な世界を、目指すことは愚かではないのですな?』

 

『さぁ?愚かだろうと、滑稽だろうと、貫き通せばそれが真実なんですよ、“福”?』

 

 

 嗚呼、いやはやなんと懐かしい呼び名だろうか。

 

 戦場で背負った仲間の無念や殺し、痛めつけた敵の怨嗟が一瞬だけ薄れた気がした。そして、いま話している場所がかつて先生より学び、鍛え合った訓練場の情景を思い出させる。

 

『ならば貫けば良い。全ての軍人が、いま先生の語った天国に至らなくては、永遠に戦争という罪業は生まれ続ける。そうだ、そうとも、人は天国に至らなくてはいけないのだから』

 

 

 そのためなら、軍人を遙か天上より弄ぶ天人を滅ぼし、地球上の国家凡てから軍隊を消失させる。…………“人類軍”、それが夏目先生の仰った“国境なき軍隊”の実現方法。

 

 脳裏に蠢く邪悪の外殻を纏って、永久の平和を実現させるための己がすべきことを思い浮かべる。せめて、邪悪を為すというなら、それが世界最後のモノになりますようにと。

 

 儂の願いを読み切っていた夏目先生は、悲しみに彩られた瞳で儂を諫めた。

 

『君は思い違いをしている。もし、そんな世界が実現されようとも、そこは天国でも地獄でもない』

 

 ぴたり、と思考が空白に染まる。同時に片手は戦場で敵味方問わず多くの血を吸った神刀、“雨御前(あめのごぜん)”の鍔を切るところまで動く。如何に大恩ある師といえど、いかに儂より強き戦士であれど、退くわけにはいかなかった。

 

 もし、夏目先生が儂の障害となるなら、此処で……

 

『国境が無くなろうとも時代が軍人の役目を定める。軍というしがらみで生きていくならば、そこが何処だろうと天国にも、地獄にもほど遠い』

 

『……では、その成し遂げられた世界はなんと呼ぶべきなのですか?天国でも地獄でもないなら辺獄とでも?』

 

 夏目先生は立ち上がって、澄み切った蒼穹を映す瞳で儂を見やる。

 先生の瞳に映った儂は嗤ってしまうくらい、酷い面相をしていた。

 

 

 そのまま正面切って目線を交わす夏目先生のお言葉は、天国という偽善を騙るでも、地獄という露悪を気取るわけでもない、この世界ありのままを指した深く、明白な真実を証明する言葉だった。

 

 

天国の外側(アウターヘブン)とでも──』

 

 軽い口調で言い放たれた語句に儂は、直前まで押し隠していた殺意を完全に霧散させた。モノが違う、儂よりも長く戦場をさすらい、血と硝煙、怨嗟と希望にたゆたった方が口にされたのだ。それ以上に相応(ふさわ)しい表現なぞあるまい。

 

 握っていた神刀から力が抜け落ち、雨御前が手中よりこぼれ落ちる。

 

 瞳を閉じて全身から無駄な力みを解く。

 

 師を手にかけようとしていた事実を恥じ、介錯を受ける罪人のごとく頭を垂れた。

 

 夏目先生は全て解った上で、こうして儂と語り合ってくれたのか。ならば、此処で儂を殺すのが先生というならば、それこそ天道のなさしめるところと観念がつく。しかし、いくら待っても夏目先生が儂を仕留めようとする気配は無かった。

 

 どうしたものかと思っていると、儂の真ん前からとてつもない重厚な音が響いてきた。慌てて目を開けると、そこには夏目先生が“血界戦線”で愛用されていた対異能力者撃滅兵装、聖典に記される七つの死因を具現し、断罪しうる“第七聖典”が鎮座されていた。

 

 辺りを見回すが、既に夏目先生の姿はどこにも確認できない。懲罰房での邂逅で夏目先生の愛刀を頂き、決闘のおり断罪者(パニッシャー)を授かり、今度は“第七聖典”を賜った。果たして、先生は儂の為すことを如何に見ているのだろうか。

 

 

 何も分からぬが、それでも儂は巨大にして超重量の対異能武装・第七聖典を背負う。その重みはあまりに重く、己に課された罪科と宿命を改めて思い起こさせた。背負う罪業は限りなく、この上に戦場を征くなら増える一方。

 

 それでも、此処に儂は己の身命の使い(みち)を定めた。

 

 しからば、もう立ち止まることはない。

 

 例え、果てにかつての朋友が、恩師が立ち塞がろうと……

 

 

「福地隊長っ!!福地隊長!」

 

 聞こえてくる部下の呼びかけに、直前まで考えていた内容を凍結させ、何事かと誰何(すいか)を返す。

 

「……東欧にて異能生命体、吸血種の感染爆発が確認されました!あの吸血種です。かつて紐育(ニューヨーク)で確認された“人類を滅ぼす十の厄災”、ブラム・ストーカーが東欧に再び現れたのですっ!!」

 

 

 それを聞いて、何故に夏目先生が己へ第七聖典を渡したのか合点がいった。そう、欧州より異能生命体の一角獣と教会より借り受けし多数の形持つ“奇跡”を現代改修とでもいう改造を施したのが第七聖典だ。その製造目的とは、“永遠を生きる不死者”の断罪と滅殺にこそある。

 

 

「やれやれ、夏目先生は儂に何をさせるつもりなんだか…………」

 

 

 

“……福、君は己の憎悪で世界を焼くつもりなのでしょう?世界を滅ぼす、世界を救う、やるならとことんおやりなさいな”

 

 恩師の、慈愛に満ちた声が聞こえた気がした。

 

“でも、その前に”

 

 新兵の頃より幾度となく聞いた夏目先生の声が聞こえた気がした。

 

 すぐさま振り返り夏目先生の姿をもう一目だけ、目にしようとしたが、そこには誰もいない。けれども、声だけは不思議と儂を何処(いずこ)からか叱咤する。

 

 

“征け、手始めに世界を救うのだ”

 

 

 目元を抑え零れそうになる(なみだ)を隠す。それから儂は己が誘い、あるいは捕獲、または明確な意思を以て儂の(もと)に集った部下たちを急ぎ招集する。

 

 そして、のちのち銀幕に(ほう)じられることとなる吸血種撃退のために儂ら特殊制圧作戦群、甲分隊“猟犬”は東欧へと赴くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──読者への挑戦状──

 

 賢明なる読者諸氏に書き手側からの挑戦を此処に申し込みたい。

 

 挑戦内容は登場人物の一人、夏目漱石の異能力の正体について解明することである。なお、題名にある通りこの小説における“夏目漱石”は男性から女性にと性別が変わっており、原作の文豪ストレイドッグスに登場する夏目漱石とは別人であることを此処に宣言する。

 

 当然のことだが、これまでの話で夏目漱石の異能力に関する言及はされており、総ての手がかりは出揃っている。是非、皆様にはこの謎を推理してもらいたい。

 

 なお、この挑戦における読者と書き手の公平を期すため、推理の参考となる幾つかの前提条件を此処に記す。

 

 

 

・この物語に於いて夏目漱石を除く全ての登場人物は“信頼できる語り手”である。彼らが幻覚を見ていたり、二重人格、別人であることは想定しなくて良い。彼らの証言や思考に関わる地の文は全てが“真実であり証拠能力を有する”。

 

・前項の宣言に重なるが、本作における夏目漱石は“信頼できぬ語り手”である。彼女が“発言したこと”はその全てが真偽不明のモノであり推理をする上で参考とするべきではない。

 

・本作における夏目漱石は一個人である。まったく異なる人物が同一の名前を用いていることはない。これは他の登場人物たちにも当てはまる。

 

・原作にも登場する現実改変の力を持つ白紙の頁、これと夏目漱石の異能力は無関係である。彼女の能力を推理する上で頁の力は推理から外してよい。なお、本作の夏目漱石が存在する世界線は、頁による分岐世界線ではなく文豪ストレイドッグスにおける基準世界である。

 

・夏目漱石の異能力を言及する上で、決定的な証拠は存在しない。むしろ、消去法的な発想による推理が求められる。

 

・小説内で描写や言及されてない高度な科学、魔術、それらを複合した超常的技術は使用されていない。

 

・小説内における物理法則は異能力を除いて現実世界のものに即する。これら物理法則を異能力以外で超越することは不可能である。

 

・“異能力は一個人に一能力の大原則”。これは夏目漱石にも適応される。なお、福地桜痴が自分の異能力と異能武器を掛け合わせることによって未来予知に等しい異能を振るっているが、夏目漱石はこれに該当しない。

 

 

 

 以上、これらの前提条件を以て書き手側より“読者への挑戦”とする。

 

 





 
 文豪ストレイドッグスを書いているのにミステリー要素がないので、此処で無理矢理に推理要素でも差し込んでみようかと思います。

 暇つぶしにどうぞ、是非とも悪事の片棒を担いでください。
 なお、猟犬たちとの邂逅の話を次に投稿いたします。
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