文豪ストレイドッグス 強キャラTS夏目先生   作:悪事

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 猟犬編、第二話。 

 エイプリルフール、三日目でございます。
 


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“猟犬よ、いざ吠えるべし”

 

 

 

 

 特殊制圧作戦群、甲分隊“猟犬”。

 

 軍警最強を誇る異能力者たちによって構成された特殊部隊。

 

 所属する五人はいずれも曲者(くせもの)

 

 筆頭たる福地桜痴は比較的まともで指導者として軍警で活動していたこともあり、彼の人柄については特に問題視されることはない。曲者であるには違いないが、それでも後述される四人に比べれば、まだ意思疎通の叶う人物だ。

 

 問題は“猟犬”、部隊に残る四名の隊員たち。

 

 

 “我”が強すぎて軍警内でも異端児とされた者らや、果ては犯罪者までもが部隊に編成されている始末。最強の特殊部隊といっても行き場のない異能力者の駆け込み寺、より悪辣かつ率直に言ってしまうと使い途の分からぬ異能力者たちの隔離保管庫でもあった。

 

 “厄介で扱い難い人材なぞ放棄し今後、設立される部隊で教鞭を執れ”。

 

 英雄、福地桜痴の勇名を鑑みた軍警上層部からの再三の勧告は、何を隠そう英雄本人から突っ張ねられる。行き場のない厄介者たちの寄せ集め部隊は、福地の指揮力とカリスマに揮われることで多くの事件や未曾有の厄災を瀬戸際で納めることに成功してきた。

 

 もはや、最強の部隊という呼称は、明確な尊称となり多くの軍警たちから支持を集める。福地のみならず他の隊員らも“猟犬”を離隊したなら、好待遇で一部隊の長に任じられるのも可能だろう。

 

 

 それでも、猟犬の構成員たちは有象無象の尊敬の視線や言葉に反応も示さない。理由は単純、彼らがそういった己の名声に頓着しないたちの“変人”である事。しかし、そこまでは理由の半分。もう半に別たれた理由は自分たちの師にあたる福地桜痴の尊敬の念が大なるためだ。

 

 

 

 

 

 そんな猟犬の隊員らに厚く信頼と尊敬される立派な隊長こと、福地桜痴は軍警の基地内にある広大な演習室で緊張状態のまま直立不動をしていた。

 

 

 その普段の豪快果断の様子からは考えもつかない態度に、うなぎを平らげていた末広鐵腸(すえひろてっちょう)があどけなく首を傾げる。

 

「ふむ、おかしい。これは如何なる仕儀か……」

 

 

 まともそうに不審な態度をした福地を案ずる鐵腸、がうなぎを食べてるところに耳を済ましていた条野採菊(じょうのさいぎく)が嫌そうな声で返答。

 

「おかしいのは貴方の食べ合わせです。鐵腸さん、なに食べているのですか?」

 

「うなぎだが?何か異様なことでも?」

 

「なんでうなぎに黒酢をかけているのですか、普通はタレでしょう」

 

 

 ホントになんで元犯罪組織の首領である私が“普通”なぞを説かないとならないのかと自問自答をするも、今は好かない同僚の嫌がらせにしか見えない食事風景に文句を叩きつけるのが先決である。

 

「美味しいぞ」

 

「…………百歩譲り、まかり間違って美味しいとしましょう。ですが味がどうこうじゃなく、その組み合わせはないでしょう」

 

「うん?」

 

 

 

 しばし、考え込んだ鐵腸さんがようやく口を開く。

 

「条野……黒酢はタレと同色なのだ」

 

 物わかりの悪い童子を諭す言葉遣い、本気で煽ってでもいるのかと思った。

 

 ホント、死んで欲しい。

 

 

「──だから?」

 

「同色の食材は食い合わせが善い」

 

 “開いた口がふさがらない”という表現と“閉口”なんて相反する表現が喉まで出かかる。鐵腸さんの何故か自慢げな態度も癪にさわってしょうがない。思わず腰に差した軍刀に手が伸びるが、すんでのところで自制心を働かせる。

 

(……頭が痛い)

 

 

 そうだ、気にくわないとはいえ仮にも味方、まがいなりにも同胞だ。こんなことで刃を抜いては任務に差し障る。

 

 まぁ、それと……。

 

 よしんば、私が先手を取って刀を抜いたとしても、相手は“強い”だけが取り柄の鐵腸さんだ。返す刃で迎撃されるのが分かっている以上、無駄なことはすまい。うなぎに黒酢をぶっかけて食している鐵腸さんを極力、“聴”かないようにしていると、この場に集った四名の猟犬における紅一点がつまらなそうに鼻をならした。

 

「ふん、つまらん。そこで激情を(おさ)めるか。まだ、約定の時刻まで猶予がある。余興として貴様と鐵腸で死合っても善いのだぞ?」

 

「ご冗談を、副長殿……これから、あの隊長でさえあの有り様になる教練が行われるというのですよ。余分な体力の損耗にかかずらっている場合ではないと思いますが」

 

 そう言ってから、私は隊長に向けて顎をしゃくる。先には相変わらず、背筋をこれでもかと伸ばし起立して冷や汗を流す隊長の姿が……

 

 

 正直、見ていて面白いという感情が沸き立つのも禁じ得ないが、やはりそれ以上にこれからの“教練”で何をされるのかが気になって仕方ない。

 

 そんな彼の当たり障りのない軽口を耳にして、猟犬部隊の副長を務める女傑、大倉燁子(おおくらてるこ)は音にした言葉に苛立ちと機械的な殺意を混合して、条野へ釘を刺す。

 

「口には気を付けよ、条野。貴様が隊長の遠大な御考えに口を挟むか」

 

 到底、味方や同僚に向けるとは思えない密度と質量の殺意に、強力な異能を持つ条野も頬に懼れの証左である滴が流れたのを自覚する。

 

 燁子が殺意を収めたのを感じ、条野と鐵腸の両名はホッと一息を吐く。そして、彼らは隊長の不審な態度と昨日、言いつけられた今日の予定についての思考を巡らせることとした。

 

 

 先日に発せられた“猟犬”、全隊員集合の号令。違法組織に潜入捜査している一名を除き、残った四名の集合が福地隊長より宣じられた。福地隊長より言い付かったのは明日ヒトヨンマルマルより、“軍事教練”を行うという任務内容。

 

 教練の詳細について説明はなかったが、それでも彼らは軍事教練を受けるべく午後の二時からまるで巨大な講堂に相似する演習室に詰めていたのだ。だが時刻はとうに半を回る。だというのに隊長は一向に動く気配もない。

 

 副長の燁子は腕を組んで、過敏に警戒している福地隊長に目を奪われていた。鐵腸は待つのに耐えかね、教練前の腹ごしらえとうなぎを食べ始めている。条野はそんな隊員たちの変人振りに圧倒されつつも、目元を揉んで疲労をどうにか減じようと励む。

 

 

 そんな教練が始まる前から疲れ果てている条野の耳は、演習室の扉を鋭く小さな何かが擦過する音を拾った。

 

 疲労に思考を鈍らせようと、無明の猟犬の聴覚は他の面々が感知しえない音域を容易く察知できる。

 

 

 条野が察知したのは、この変人だらけの巣窟には縁遠い小動物の気配。

変人たちの相手に辟易していた条野は本心から顔を笑顔に綻ばせて閉め切られた演習室の戸を開く。僅かに開いた戸の隙間から、一匹の三毛猫が堂々と部屋に立ち入ってきた。

 

 しなやかかつ優雅に猫はまるで此処が自分の住処だという風情で部屋を闊歩する。近くに数人の人間がいるというのになんという剛胆振り。それを見た条野は微笑ましそうな表情で教卓に跳び乗った猫を眺めた。

 

 

 予想だにしない闖入者に思わず、和んでいると当如として瞠目した福地桜痴は指揮下の三名へ号令をかける。

 

「総員、敬礼っ!」

 

 体の奥深くに染みついた上官の号令を耳に、肉体は思考を経由せず反射で動いた。軍靴の踵を鳴らすように当て、背筋は鉄筋を通したように垂直に跳ね上がる。右手が敬礼の所作をとってから、ようやく私は隊長の号令の意図に疑問を抱いた。

 

 燁子さん、鐵腸さんも流石に平然といかなかったらしい。

 

 傍から見れば、いいや当事者をして滑稽なザマだ。屈強な軍人や多くの悪党に懼れられる女傑が猫一匹に本気の敬礼をしているというのだから。

 

 

「あの……隊長、これは一体全体どういう冗談で?」

 

「どういうも何も。このお方こそが今日の軍事教練における教官なのだ」

 

「お方って、猫ですよ?」

 

「……黙れ、条野。貴様には隊長殿の高尚なお考えが分からぬか」

 

 

 敬礼姿勢を取った副隊長のドスの利いたお言葉にも流石に物言いがある。

 

「いやだって猫ですよ?」

 

「なるほど、この猫殿の所作より実戦に有用な動作を会得する、そういうことか」

 

「そういうことか、って……」

 

 いやいや、鐵腸さんの妄言に頷くことはできない。だって、なんの変哲もない猫ですよ?心音や生体音を聴いてみてもやっぱり通常の猫に違いない。確かに隊長の発案だから、何かはあるのだろうが流石に軍の施設を使ってまで只の猫から何を学べ、というのか。

 

 副隊長と鐵腸さんは真剣に敬礼をとったままだが、さすがにこの状況は理解不能すぎる。

 

 

「あの先生……そろそろよろしいのでは?このままだと儂が本気で、只の猫に敬礼をする上官と思われるので……ご容赦のほどを」

 

 私が敬礼を解こうとしたとき、敬礼をしたままの隊長が半眼で猫に礼を尽くした口調で語りかけた。

 

 あぁ……猫相手に敬語を使う本気の面持ち、へりくだった低姿勢。

 

 英雄の姿ですか、これが?

 

 呆れ果てて私が手を下ろしかけたとき、眼前の猫は教卓の上でスッと背筋を正し、驚嘆すべきことに人語を“喋り”はじめた。

 

『おや、それは残念。もう少し遊んでも良かったのですけどね』

 

 人語を発した猫を見て、今度は私たちが瞠目する。人の言葉を話す猫?

 

 まさか、異能生命体?誰の、何者の異能なのか?

 

 こちらが疑問に何らかの答えを出すより早く、教卓の上の三毛猫がぐにゃりと“(ねじ)れた”。奇天烈な表現になってしまったが、感じたまま正確を期すというならこれ以上の表現はなかった。事実、私と同じ光景に立ち会っている燁子さんや鐵腸さんの見たものは私の耳が聞いたそれと合致するはずだ。

 

 

 三毛猫が周囲の景色ごと捻れ、歪み曲がった空間より一人の女性が現れる。

 

 “楽になさい”

 

 厳かに命じられた通り敬礼の姿勢を崩すと、速やかに三名は厳戒態勢に入る。

 

 大倉燁子と末広鐵腸の両名は現れた女性の魔的な幽美さをはらむ美貌に忘我を覚え、視覚なき条野採菊は教卓に腰掛ける女性の体内の音に驚愕を禁じ得なかった。猟犬の三名はいずれも歴戦の戦士たち。いかに相手が美しかろうと外見で侮るなどということはない。恐れ戦くことがあるとすれば、ただ一つ。

 

 それは相手の強さについて。

 

 ただ一目、それだけで理解を強制される。

 

 この女性は今まで自分たちが出会った何ものよりも単純に強い。生きている世界の基準、尺度が異なるといった違和感に苛まれたのだ。洪水と殴り合おうとする阿呆はいない、嵐へ向かって銃を撃つ間抜けはいない。一目瞭然、力の差というものを見ただけで手合わせをすることなく把握してしまった。

 

 ふわり、羽織っていた肩掛け(ストール)が優雅になびき、女性は静かに微笑みかけた。

 

「それでは自己紹介、といきたいのですが……“福”?」

 

「はっ!」

 

 

 “福”?……えっ、まさか、そんな、よもや、もしや。

 

 福地隊長のことを指しているのだろうか?

 

 教卓から下りた女性はあまりにも自然に福地桜痴の元までやってきて親しげに笑いかける。

 

「立派になりましたね、あの悪童がよくぞまぁ」

 

「いやぁ、あんまり昔のことを掘り下げんでいただきたいんですが──」

 

 歳も十代の後半か多く見積もって二十代の初めくらいの女性に褒められ、老境にある英雄が年甲斐もなく照れている。その光景があまりにも信じられず絶句した男性陣と比して、大倉燁子は奥歯が砕ける勢いで歯噛みし、こめかみに青筋を立てている。

 

「…………そこな猫の女?何のゆえあって、貴様のような若輩が隊長にそのような羨ま、ではなく偉そうな物言いをするか!」

 

「ぎゃぁ!?待て待て燁子くん、こちらのお方は!!」

 

「おや、吾輩が若輩?照れますね、吾輩のような老体を若者と扱ってくれるなんて」

 

 長い黒髪を手遊んで女性は脳天気に怒り狂う狂犬にも映る副長殿へ微笑んだ。

 

 そして、またもや女性は奇妙なことを口走る。

 

 吾輩?老体?どう見ても成人前の女学生くらいにしか見えないというのに、自分たちよりも年上、なんなら福地隊長よりも年上というような言い振りに疑念が浮かぶ。

 

「まぁ此処に来て変に言葉を繰り回すのは止しましょうか。“福”に対する吾輩の物言いの理由でしたね、単純なことですよ。吾輩は軍における福の上役にあたり、彼の師匠でもあったことがあるのですから。こう見えて実は偉いんですよ?」

 

 うふふ、と怒りの形相で睨む燁子に対して女性は改まった口調で自己紹介をする。

 

「申し遅れましたが吾輩はかつての軍警における特別教練顧問。今は一介の隠居老人、ヨコハマで手習いを異能力者相手に教えているただの教師。名を“夏目漱石”、お見知りおきを」

 

 

 “夏目、漱石”?

 

 その名を聞いて三名の猟犬は軍警におけるかつての昔話を思い出した。

 

 軍警における異能力者隊員の地位向上の立役者。

欧州で起きた一大異能戦線、“血界戦線”の功労者。

 

 教練と指導の天才、異能力者の近接格闘技能を極限まで錬磨する方針をとった格闘論者。

 

 極東における唯一にして最強を誇る魔人。

欧州の魔人たちと互角に渡り合う“猫”の魔人。

 

「いや夏目先生が“ただの教師”、なんてタマじゃないでしょうに」

 

「君に言われる筋合いじゃありませんよ。大体、昔は新兵や他の者を教え導くなんて、ご免被ると言っていた子が言えた義理ですか?」

 

「うぅむ、それを言われると儂も返す言葉が……」

 

 

 驚くべき巨名に一同が口を閉ざすが、鐵腸さんがまず口火を切った。

 

「夏目漱石殿……まさか、女性だったとは寡聞に知らず」

 

「ええ、軍警における旧い伝説……自身も異能力者であり、かつて最強と謳われし異能力者部隊“ムラクモ”の指揮官と耳にはしていましたが、女性という情報は初めて知りましたね」

 

 

 条野、鐵腸の両名は信じられぬという口調ながら納得を示しているが、眼前で微笑む夏目漱石の名を騙る女の極大の矛盾について大倉燁子が言及を放った。

 

「いや、明らかにおかしい。貴公が仮に夏目漱石殿だとしたら“若すぎる”。軍警に語られる伝説にしろ、かつての血界戦線にしろ、語られる内容は福地隊長がまだ英雄と呼ばれる前の時分のこと。だというのに、そのナリは可笑しかろう。若々しい外見と謳われる伝説の時代背景に差異が大きい。その若作り、一体どういう冗談か──」

 

「…………別にこれは吾輩の趣味と言うわけではありません。吾輩とて年相応にしたいのですが、ある老人に強要されて四半世紀以上この姿なんですよ。別に自分の異能力で歳を誤魔化したりしているわけではありませんので悪しからず」

 

 不審感と殺意を混じった大倉燁子の言葉を聞いて、文学少女を思わせる嫋やかな容姿の夏目漱石は拗ねた口調で自分の外見は自分の意図するところではないと明言した。

 

 

 

 ()が不機嫌になったのを見た福地は、慌てて本日の主題について矛先を変えようと試みる。

 

「そっ、それより!夏目先生、今日は我ら猟犬に教練があるのでしたな!その予定とはどのようなものなので!?」

 

 アッハハハ!!

 

 と無理に高笑いをしているが、柔らかに微笑む夏目漱石の間合いからじりじりと歴戦の英雄が距離を取りつつあるのを三名の隊員たちが確かに見て取った。

 

「そうでした、雑談に華が咲いてしまいましたが今日は君の部下たちの教練についてでしたね。……まぁ、たった一日のみの教練。予定なんて大仰なものはありませんが。えぇ、とにかく実戦的にいきましょうか?」

 

 言うが早いか。

 

 演習室に殺気が充満し、猟犬総員の危機感と警戒の針が刹那に振り切る。

 

「今から吾輩が君たちを半分ほど殺しにかかります。ですので、ひとまず生きのびてください、ね」

 

 途切れた“ね”、という発音に遅れ、条野の下腹部が爆裂。何らかの攻撃を加えられた右半身の肋骨がまるごと爆砕され演習室の後ろの壁に叩きつけられる。

 

「条野!」

 

 燁子の声を背にして、隕石両断という最新の伝説を持つ猟犬こと鐵腸が夏目漱石の懐に飛び込んで軍刀を振り抜く。無手の夏目漱石がどのような異能で条野を攻撃したのかは不明だが、あらゆる異能力者への無力化最適解、近接戦闘による圧倒。

 

 奇策も、特殊性、異能もその真価を発揮させる前に先手を取り、蹂躙する。

 

 

 福地桜痴の対異能力者戦の教えに従って、鐵腸は夏目漱石の懐に飛び込んだ。だが、気づくべきだったのだ。もし、先の夏目漱石が“福地の師”であるという言を信じるなら、福地桜痴の基本戦術の本流は彼女にこそあるということを。

 

 清んだ鞘鳴りとほぼ同時に放たれる星斬りの刃金、対する無手の手弱女は無手の有利性を最大限に活かす方策を採った。

 

 すなわち、五指の器用さと精密動作。星斬りの威力を宿した刃を両の掌で捕らえ、捻りを加える。たちまち、猟犬最強を誇る鐵腸の強靭な体幹が崩され、がら空きになった腹部に掌底、外部破壊の拳ではなく内部破壊、臓腑へと衝撃の通る致死の一交。鐵腸は敢えて、衝撃から逃げ切ることよりも、衝撃を減じ反撃に出ることを選択。

 

 掴まれた軍刀に異能力を発動させるより、敵手の致命掌の方が先に到達する。

 

 なれば、と鐵腸は軍刀に固執せず、潔く自らの得物を手放し、腹筋を全力で固めた。

 

 夏目漱石の掌底が命中。臓器を撹拌し、体内で乱反射する衝撃。

 

 しかし鐵腸もただではやられない。腹部に受けた衝撃を起点とし上半身だけを瞬間、半回転。スウェーバックのように受けた攻撃をいなし、攻撃の初加速に運用する。雷光のごとき速度を実現した左拳はまさしく回避不能、ゆえ夏目漱石は迎撃を選んだ。

 

 鐵腸と夏目漱石の攻防、此処までで要したのは僅か二秒。

 

 二秒、そこからゼロコンマ一ほどの刹那の時間が流れて、最強の猟犬が魔人へと挑む。

 

 鐵腸の天雷を彷彿とさせる左拳に対し、夏目漱石は飛燕の右手甲ではたき落とす。はたき落とした威力を活用し、そのまま鐵腸の後頭部を捕捉(ホールド)。有無を言わせず鐵腸を、背後に位置取って“姿”を消した条野へと投げ飛ばした。

 

 微粒子にまで己の存在を希釈した条野に鐵腸を抱えることはできない、空に漂う条野を通り過ぎて鐵腸が壁に叩きつけられる。分かってはいるが壁に貼り付けられた鐵腸の無事を見届けて、条野が夏目漱石へ一撃を入れようとしたところ、波紋のような衝撃が空間を駆け抜ける。

 

「ガッ!?」

 

 思わぬ衝撃波の拡散によって粒子化の異能が強制解除される。

 

 息絶え絶えとなり地面に着地した条野はあまりの不条理に愕然と目を見開く。

 

「なぜ……異能を発動した私に物理、攻撃を?いやそもそも、あの状態の私がいる場所をあそこまで正確に──」

 

「むっ?いや別に見えては居ませんでしたとも」

 

「では、何故?」

 

「その、さしずめ粒子化の異能、確かに捕捉するには顕微鏡でも持ち出さないとならないでしょうが、“見えていない”ということが何よりも問題でしたね。吾輩には姿無き貴方以外の総てが明瞭に見えている、しからずんば目に映らぬ君だけが浮き彫りとなる。ならば逆説、それは見えているも同義でしょう」

 

 口の端から血泡を溢す条野は、夏目漱石の論理になっていない説法を必死に読み解こうと薄れゆく意識をどうにか保ち続ける。

 

「攻撃の方は更に単純、君の異能力は点の攻撃には圧倒的な相性を持っていても、面を対象とした攻め手には無抵抗に等しくなる。余談ですが、敵の攻撃に完全な対応をするなら、実体化と微粒子化の間隔(インターバル)を極限まで短くなさい。今のままでは、吾輩のような隠居老人にも通じない。現役を気取るなら、せめてそれくらいはしないと話にもなりません」

 

 

 あまりにも無茶苦茶、不条理とも言えるほどの圧倒的な個としての戦力。今、彼女のいったことを即座に実行に移せる人間が果たして戦場の何割に及ぶだろうか?あるいはその何割が、戦場の如何な位置に属するのだろう。

 

 間違いなく対異能力者戦の熟練者(エキスパート)

 

 これが伝説に謳われし“ムラクモ”部隊の筆頭指揮官、夏目漱石。

 

 悔しさに歯噛みするが、それでも自分のすべきことは為したと条野は視線を隊長らに向ける。ここまで鐵腸さんと格闘を演じたのだから、相手の手の内も知り尽くせたことだろう。後は上官たちに任せたと、無明の猟犬、条野採菊と隕石斬りの末広鐵腸は、意識を手放し前のめりに演習室の床に崩れ落ちた。

 

「よくやった、二人とも。あとは儂に任せい──」

 

「燁子くん、此処は……」

 

 福地の声を待たず、大倉燁子は鋼鉄鞭を取り出す。

 

「お任せください、ヤツは儂が相手取ります。なぁに、女性同士仲良く闘りあってきますので、ご心配なく」

 

「ううむ……」

 

 福地は此処は二人がかりで、と言いかけたが敢えて単身での撃退を彼女は選んだらしい。二名の猟犬も襤褸切れではあれ、死んでないところを見るに“半分”というのは文字通りの意味だったようだ。

 

 燁子とて、夏目漱石を名乗る女が化け物じみた存在というのは理解できた。けれど、此処までで条野、鐵腸の二名の戦闘を見たことで相手の観察は完了している。敵の間合いに踏み込まない、中距離戦を主体として戦闘を続行していく。異能力はおそらく、猫に化けるといったものだろう。

 

 夏目漱石の二つ名は、“化け猫”、“怪猫”、“猫の魔人”などと分かりやすく、相手の異能力が何なのかを明快に指している。単に猫になるだけか、猫にすることもできるのか、そんなことはどうでもいい。

 

 接触して、即勝敗が決定するのは年齢操作の異能“魂の喘ぎ”を持つ此方とて変わらない。特殊改造手術を受けた猟犬に互する肉弾戦技能。確かに凄まじいが、その土俵で相手取る必要も無し。

 

 鋼鉄鞭を限界までしならせ、腕を液状の鋼みたく流動的に振るった。肩より、肘、手首と連続して流動させることで鞭先端は容易に最高速へ至る。マッハを越える鋼鉄の鞭。それを夏目漱石は、肩に巻いた肩掛け(ストール)をふわりと鞭の先端部の向かう先に漂わせた。

 

 毒蛇めいた鋼鉄鞭はあっさりと柔い布の肩掛け(ストール)をずたずたに引き裂きながら絡みつく。だが、それにより鞭は先端部が使用不能、どころか絡みついたことによって動かす事もままならない。

 

「しまった!」

 

 夏目漱石の肩掛け(ストール)にかかった牽引力によって、鋼鉄鞭を持つ燁子が夏目漱石の間合い、絶死の領域に引きずり込まれる。無防備な状態を晒す彼女は夏目漱石が自らを仕留めようと放つ拳戟を見て、“にたり”と笑った。

 

 そう、先ほどの鐵腸との攻防はあまりの速度ゆえ燁子では介入は出来なかった。しかし、彼がどう戦ったのかは目で追うことが出来たのである。さすれば、鋼鉄鞭が使用不能に陥ったとき、どうして燁子は武器を放棄しなかったのか。

 

 答えは相手の懐へと迫るため。敵が仕留めようと攻撃を放つ瞬間を限定するためにある。

 

 

 業腹だが、格闘戦で相手は儂の数段上をいく。懐に飛び込むだけでも至難の技、ゆえに近接格闘の応酬よりも相手に鋼鉄鞭を無力化、それを“牽引”させ相手の懐に飛び込まさせることこそを狙ったのだ。

 

 その瞬間だけに意識を集中させるのなら、攻撃のタイミングを誘導できたなら相手の攻撃を受けとめることは可能!

 

 夏目漱石のかち上げるような拳の軌道を予測、燁子は奇跡的に夏目漱石の絶大な破壊力を宿した一撃を防御、あまつさえ掴み取ることに成功する。

 

「取った!」

 

 年齢操作の異能が唸りを上げ、その能力を発揮する。如何に若々しいものでも、それは永遠不変でないことがこの世界の絶対法則。どれほど意気軒昂とした益荒男も、美貌を誇る女も、年齢操作には抗えまい。

 

 だが、夏目漱石に触れ異能を発動しているというのに、一向に彼女の年齢は変化する兆しを見せない。

 

 異能の不発!?

 

 異常過ぎる事態に思わず、心情が顔に出てしまった。それを見た夏目漱石が意外そうな顔で首を傾げる。

 

「おや、てっきり知られているものかと思っていましたが、今どきの子は聞かされていなかったのですね?」

 

 だが、それはそれ。夏目漱石の内臓を腹ごと持ち上げるような突き上げの拳が放たれる。大倉燁子の矮躯は天上へと叩きつけられ、落下してきたところに夏目漱石の回し蹴りが遠心力の再加速域のところで命中。

 

 条野たちの方へと蹴り飛ばされた。

 

 三名の猟犬、行動不能。敗因は歴戦の猛者たる夏目漱石の技倆を低く見積もってしまったことにもあるが、何より福地の手を煩わせることでもあれば彼の手腕に大きく瑕疵がつく。それを無意識に倦厭して福地との連携を怠ったことこそ最大の敗因だったのだ。

 

「なるほど、戦士としての礼儀は心得ていました。だが、軍人としては未熟、青いですね。吾輩が難敵であることを看破した上でそれでも福と共闘、ないし味方同士の連携を取らなかった。弁えなさい、貴方たちの個人の拘りで無辜の人々が害されることもある。軍人として任務と使命を果たす上では個の感慨など不要……」

 

 ため息を溢し、夏目漱石は福地桜痴と向かい合う。

 

「戦力の逐次投入は愚策、この程度は一般論だと思っていたのですが?」

 

「いやぁ、今回の教練では互いの連携の重要性を説きたかったわけですな。ええ、大変心身に浸みましたとも……では今日はこの辺でお終い──」

 

「福?まだ、君が残っているじゃあありませんか」

 

 そっと福地は天を仰いだ。やっぱり、逃げられなかったと後悔を噛みしめ、逃げられぬことだけを理解すると福地は演習室に置いてあった巨大な十字架を引っ張り出す。十字架には包帯、各部にベルトがされていたが刹那に全てが解放され、無骨で凶暴な宗教性皆無の武器が日の目を浴びる。

 

 現在、多数の異能犯罪者を捕獲、撃破してきた福地の仇名と同名を持つ武装、断罪者(パニッシャー)。設計上、個人で携行できる理論限界の特殊兵装。ベルトの解放、断罪者(パニッシャー)が床に突き立てられた音に三名の猟犬たちが伏せたまま視線だけを福地と夏目漱石の戦域に向けた。

 

 異能力、“鏡獅子”。持つ武器の性能を百倍に跳ね上げる能力なら、あの夏目漱石でさえ苦戦を強いられるだろう。福地が断罪者(パニッシャー)の機関銃の銃口を夏目漱石に指したところで、意識の薄れがかった猟犬らは恐ろしい会話を耳にした。

 

「嗚呼、懐かしいですね。かつて、譲った武器で弟子と競い合えるとは……師の冥利に尽きるというもの」

 

 

 そう、断罪者(パニッシャー)の元々の所有者は夏目漱石であり、断罪の二つ名は軍属時代の夏目漱石のものだったのだ。

 

 撃発、銃火が燃え爆ぜて戦闘は先ほどまでのじゃれ合いから一段上の領域へとギアを上げる。百倍武器と夏目漱石の異能、百倍もの威力となった銃弾の嵐と猫の鳴き声が遠くから聞こえる。

 

 

 戦闘の模様はまさしくこの世のものとは思えない有り様だった。

 

 荒れ狂う破壊と奇妙な生命の誕生。相反する矛盾が平行して成立する。

 

 勝負の趨勢は経緯も、過程も総じて理解不能。

 

 しかし、それでも決着は着いた。激戦を制した者は敗者を組み伏せ、古今無双の英雄たちの勝敗を決する軍配は古き英雄に挙がることとなる。

 

 

 






 次回、説教フェイズとブラム・ストーカーとの顔合わせ。
 リコリコ二次に専念するので何時になるかは不明ですが、ぼちぼちやっていきます。
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