文豪ストレイドッグス 強キャラTS夏目先生   作:悪事

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 猟犬編、第三話。 

 エイプリルフールは終わってなかったようです。
 なお、副題は“夏目漱石死す!!”で。次話は今週中には投稿いたします。


 なお、読者への挑戦、作者の敗北となりましたこと、この場をお借りしてご報告いたします。解答につきましては後書きにて。これまで数々の推理、考察をしていただき、ありがとうございました。



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 “猟犬も迷へば”

 

 

 

 半壊した陸軍の広大な演習室。そこには合計、四名の異能力者が残らず正座をさせられていた。その四名、いずれも実戦経験豊富かつ戦闘に長けた異能を持つ歴戦の軍人ら。軍警最強と謳われる特殊制圧作戦群、甲分隊“猟犬”。

 

 中でも、その長である福地桜痴は世界屈指と呼び声高い異能力者。

 

 他、大倉燁子、末広鐵腸、条野採菊。この三名も恐ろしき異名と爪牙(異能)を持つ猟犬。そんな彼ら、彼女が揃って年端もない、ように見える女性の前で正座をしていた。

 

「総じて未熟。戦力の分散など、軍人として恥ずべきことと知るが良し。……少なくとも吾輩が知るころの軍警であれば、このような愚策を意気揚々と実践するなど、考えられなかったのですが──ねぇ、“福”?」

 

 肩掛け(ストール)を纏い、まだ二十、いや十代後半にしか見えない可憐な容姿をした夏目漱石を名乗る少女は、年齢的に自らの歳の数倍に相当するであろう外見の福地桜痴を、微笑みながら脅迫する。

 

 夏目漱石に圧をかけられた福地は、部下の前であるというに若干、目を潤ませて正座のまま震えていた。

 

「いえ、その、彼らとて生半な者には敗れはしないのですよ……その、今回は」

 

「つくづく相手が悪かった、いえ良くて幸いしましたね。もし、吾輩が諸君らの命脈を絶つことを目的とする悪党なら、その五体、邂逅一番に粉砕していました」

 

 福地を除く三名の猟犬が悔恨と羞恥に歯噛みする。自分たちの未熟、ひいては上官である福地の顔に泥を塗ってしまったこと。どれも、万死と憤死にあたいする行為の数々。

 

「…………儂たちの未熟は痛感するところ、だが、それを踏まえて問いたい。猫の魔人、怪猫、化け猫、多くの名と畏怖に語られる“夏目漱石”殿、貴殿はいったい、“何”なのだ?」

 

 大倉燁子の敵意に満ちた懐疑の声に、“燁子くん!?”などと福地桜痴が慌てふためくも、冷静かつ機嫌の良い夏目漱石は柔らかな態度で応対する。

 

「何者ですか?別段、隠しているわけでもないのですが、単に一介の隠居老人ですよ。かつて、軍警で諸君らのごとき、異能力者集団を指揮しましたが、今では一線を退いて久しい。今回は、福の要請で共同訓練に────」

 

「そうではない…………貴殿は知っているのだろう、儂ら猟犬がこの剛力を発揮するため、どのような手段を使用しているか」

 

「ふむ、異能技師による生体活性手術。吾輩のいた時分(じぶん)では技術的に不可能とされていましたが、こうして実物と手合わせをすることができるとは思ってもみませんでしたよ。年も重ねるものですねぇ」

 

「……随分と可愛いご冗談を……」

 

 福地の頭頂部に握りしめられた拳が叩き込まれる。広大な演習室が震撼、直下型の地震に遭ったような震えがこの場を疾駆した。でかいたんこぶを作った福地は、前のめりに撃沈。それを見て、聞いていた末広鐵腸、条野採菊の二人は少し引いていた。

 

「まさか、隊長がこうも容易く……なんという御仁か、とても女性とは思えぬ剛力である」

 

「鐵腸さん、隊長がこのざまに遭って、第一声がそれって、命要らないんですか?」

 

 命知らずの発言を聞いて、条野採菊はもそもそと横に坐する阿呆から距離を取る。ただ、福地に拳骨を食らわせた夏目漱石は温厚そうに拳を解し手をひらひらと振って微笑んだ。

 

「君たちに同じことをするつもりはありませんよ。直弟子ならいざ知らず、逐一、若い子の無礼に目くじらを立てるほど、神経質であるつもりはないので悪しからず。おや、話がズレてしまいましたか。……ええと、なぜ吾輩のような老人が、異能技師による特殊な強化手術を受けた現役の軍人たる貴方たちをこてんぱんにすることができたのか。ひいては吾輩は何者か。ええ、ええ。此処は一つ、教師らしく教えてしんぜましょう」

 

 夏目漱石は得意げに、その豊かな胸を張って一時の生徒と向かい合う。

 

「吾輩は教師なのです」

 

 吾輩という厳めしい一人称の似合わぬ少女は、誇りをもって自分が何者たるかを信念と共に教え説く。

 

「まず、教師たるもの弟子に教え導ける程度には学問、武術に精通しなくてはならない。それを追求しているうち、吾輩は諸君らのような異能で強化された歴戦の軍人も片手であしらえるほど強くなっていたのです。言うなれば……すごい頑張ったのです」

 

 理論とも説明とも言い難し無茶と無謀を、胸を張って語る夏目漱石を前に福地を除く三名の猟犬は声を合わせ、異口同音にその無茶無謀に驚愕と呆れを覚えた。

 

「「「……んな、阿呆な」」」

 

「そんな阿保なことをできるのが、世界で“魔人”を冠する異能力者なのですよ?」

 

 教卓に立つ夏目漱石の説明に、大倉燁子女史は待ったをかける。

 

「いや、だからって隊長よりも若々しいその容姿は頑張ったどうこうで成立するものではなかろう!?答えてもらうぞ。夏目漱石殿、貴殿に儂の異能、“魂の喘ぎ”が発動しなかったのは、いかなる仕儀か──」

 

「ふむ?」

 

 大倉燁子に対し、夏目漱石は小首を傾げる。そして、傾いでいた首を戻すころには、何らかの納得をしたのか、うんうんと頷いて御高説を始めていた。

 

「ああ、軍属ならば知られているものと思っていましたが……なるほど、新たな世代の子らである以上、知らぬ者もいて当然。諸君、“血界戦線”について、どれほどの情報を聞き及んでいますか?」

 

「ぬっ……かつての大戦時、紐育(ニューヨーク)で発生した異能生命体、吸血種の感染爆発と現実を改変することのできる“白紙の頁”を奪い合う異能力者たちの極限ともいえる戦場だった、とだけ情報が降りてきておる」

 

「ええ、今の燁子くんの説明に過不足はありません──おっと?」

 

 燁子くん、などと親し気に呼ばれたことを不服とし、大倉燁子は夏目漱石の顔面に拳を叩きこもうとするが、拳を掴まれ柔術の要領で抑え込まれる。再び、夏目漱石に触れた彼女は、訝し気に目を細めた。

 

 年齢操作の異能が、発動すらしない?

 

「しかし、吾輩に関する情報だけは欠落している。まぁ、血界戦線の結末と筋道にはさほど影響しないので上層部が情報を秘匿した、というところですか」

 

 上層部、という単語を耳に入れ、福地の相貌が僅かに陰る。それを見た夏目漱石は、仕方なさそうに笑うと昔を思い返すように視線を宙に彷徨わせた。

 

「…………もったいぶる話でもなし。結論から言いましょう。吾輩の身は、かつての戦場で敗れ、敵手の異能を刻まれました。その結果、吾輩の年齢は“固定”されているのです。老いること、あるいは若返るなんてことも、今の吾輩には許されていない状況にあります」

 

「年齢の固定……なるほど、それが儂の異能を無効にしたカラクリであったか。しかし、まぁ随分とありがたい異能を受けたものじゃな。老いることなき、全盛を何年と継続──」

 

「“燁子くん”」

 

 黙っていた福地が、靜かに深淵を秘めた大海のごとき威厳と威容を以て、そこから先の言葉を封じる。言葉なく命令を下す福地の表情には、哀愁と後悔が色濃くへばりついていた。福地の何時にない態度に、大倉燁子だけでなく末広鐵腸、条野採菊の両名もまた言葉を失う。

 

「そう、ありがたい話でもありません。この異能は、かつて吾輩が対峙した最強の異能力者、悲劇王・シェイクスピアより受けた不覚の瑕です。吾輩は、かれこれ四半世紀はこの姿を保っております。すなわち、それだけの時間、吾輩は万物の摂理と世界の運命に逆らっている」

 

 “それがのちに、どのような災禍と悲劇を結ぶか”

 

 そんな独白を零した夏目漱石は教卓に両手を乗せ、天井を見上げる。

 

「吾輩が敗北した相手、吾輩に異能を刻んだ敵の名を明かしましょう。覚えておくといい。かの者は…“悲劇王、シェイクスピア”。常識を破却し、運命を自分好みに捻じ曲げるバッドエンドメイカーにして欧州の魔人。ありえない、前代未聞とされる“三つの異能力”を自在に振るう真正の怪物です」

 

 

「……異能が、三つ?」

 

「あの、私の耳がおかしくなったやもしれないので、聞き直させていただきますが異能力の複数所持ですって?」

 

「バカな、ありえん」

 

 異能は、個人に一つと決まっている。複数の異能を持っているようでも、結局は異能の応用で複数の効果を発揮させている場合などだ。それを、はっきりと極東の魔人、夏目漱石は明言した。欧州の魔人、悲劇王と称すシェイクスピアなる異能力者は、三つの異能を持つ怪物だと。

 

「安心なさい。採菊くん、君の耳は正常ですよ」

「はぁ…………いえ、あの。“くん”は、ちょっと」

 

 自分よりも年若い姿をした女性(年上)から、“くん”付けされた条野採菊は据わりが悪いのか、複雑そうな顔で頬をかく。ただ、横にいる末広鐵腸は、夏目漱石の話を聞いて素直に感服し、瞳をキラキラと尊敬の念で輝かせる。

 

「夏目先生は、そのような難敵と相対し生き残られたとは……尊敬の念を禁じえません」

 

「まぁ、なんと素直な良い子なのでしょう、鐵腸くんは。吾輩、素直な若者にはなんでも教えてあげますよ」

 

「先生、孫にだだ甘い祖母ではないんですから……」

 

「何か言いましたか、福?」

 

 夏目漱石はニコニコとしながら、そっと福地桜痴との間合いを狭める。近づかれた距離は必殺絶死、一挙手一投足の間合い(キルゾーン)

 

 すっと、夏目漱石の双手が、軽く、しかし命を奪うために最適の構えを取ったことを、福地桜痴に遅れて三人の猟犬らが察する。

 

「何も言えますまい。こちらは命が惜しいもので」

 

「むっ。小癪さばかりに磨きがかかり、可愛げがなくなってしまうとは……先生は悲しいです」

 

 わざとらしく、悲しそうな声を出した夏目漱石の態度に、困り顔の福地桜痴はため息をついてから、部下たちに声をかける。

 

「しばし、思い出話に華を咲かせたい。儂と先生を二人にしてくれ」

 

「なっ!?隊長~!?」

 

「いやほら、此処にいてもいいが長い説教が更に続くことになるぞ?儂、代わりの生贄になっとくから、ほれ、行った行った──」

 

 敢えて冗談めかしながら、福地は信頼のおける部下たちを下がらせる。約一名、本気で抵抗して残ろうとした者もいたが、二人の猟犬の手によって敢え無く連行。まぁ、後ほど二人がどえらい目に遭うのは間違いないだろうが、福地は申し訳なさそうに目を閉じて両手を合わせるのだった。

 

 

 夏目漱石と二人だけになった広い演習室。先ほどの状態から三人ほど減ったため、室内は先ほどよりも空虚に、それでいて広くなったような錯覚を覚える。そして、福地桜痴と対峙する夏目漱石は、静かに話を切り出した。

 

「福、君も本気で吾輩のお説教を一人で受けようとは考えていないのでしょう?…わざわざ人払いをしたのです。事、此処に至っては小細工も、お為ごなしも無用。本題に入りなさいな──」

 

「いやぁ………………お見通しでしたか」

 

「ええ、まるっとお見通しですとも、吾輩は君の先生ですから」

 

 朗らかに笑う夏目漱石と違い、福地桜痴の表情は……ひどいものだった。

 

 名状しがたい感情を混沌と織り交ぜた重苦しく、どす黒い陰影を背負い、福地桜痴は夏目漱石と視線を交える。瞳の中には、悼みと怒り、哀切と懺悔が映りこんでいる。しかし、それでも、それでも福地桜痴の目に宿る闇には迷いの感情は存在していない。

 

 福地桜痴は、ゆっくりと陰鬱で沈痛そうな足取りで演習室にある大きな箱の方に歩いていく。箱の大きさは人を放り込める程度、いいや“棺桶”程度なら放り込める大きさをしていた。福地桜痴が箱を開くと、中には更に箱、いいや(ひつぎ)が安置されている。

 

 まるで入れ子人形(マトリョーシカ)みたいな仕掛け。箱の中から更に出てくるハコ(カンオケ)。なら、そのハコ(カンオケ)の中には、別の箱でも入っているのか?

 

 いいや、それ以上はないだろう。なぜなら(ひつぎ)という箱、入れ物の中にあるものなど、たった一つしか思い浮かばないのだから。

 

 福地は取り出した棺桶を自分の隣に立てると──。

 

 棺桶の上蓋を、ゆっくり開いた。

 

 

 

 解放された棺桶の中は半分だけが満たされている。半分だけというのは文字通りの、見たままだ。棺桶の半分を占める仕立ての良い中世貴族の装いに身を包んだ上半身だけの男。下半身をまるまる無くし、存在しているのは胸から上のみ。下半身の存在していたであろう場所には、鈍く白銀に光る剣の柄が。

 

 血の気は失せ、生命というものを枯らした灰色の肌。頭髪は艶やかに流されているが、瞳の深奥には絶望の漆黒が沈殿している。そして、微睡みに落ちていた瞳が開き、紅玉の双眸が夏目漱石の視線と交差。

 

 

「……久しいな、猫の小娘よ」

 

 重ねた年月と幾星霜もの時間を感じさせる口調ゆえに、傲岸不遜なれど一切の違和感や拒否反応を思わせない高貴の声。一方、小娘扱いをされた夏目漱石は、クスクスと含み笑いを零すと、片足を後ろに引き、膝を折りながらスカートを少し持ち上げ、厳粛に一礼(いちれい)

 

 欧州の礼法に合わせた一礼の動作(カーテシー)を行う。

 

「吾輩を捕まえて、小娘と呼べるほどのご老体はそうそういませんよ。ええ、お久しぶりですね、伯爵。随分なお変わりようで」

 

「相も変らぬ不遜と豪胆。余と対峙して、その自然体。極東の一島国には惜しいまでの大器である。褒めて遣わそう」

 

「ふふっ、かの“不死(しなず)の公主、ブラム・ストーカー”より、そこまで評して頂けるとは光栄です。まぁ、手足や下半身を無くした今の伯爵より賛辞を受けても、喜びまで半減してしまいますが」

 

「文句であれば、そこな貴様の弟子に言え。聞いたぞ、なんでも“世界を滅ぼすなら、その前に一寸(ちょっと)、世界を救え”などと焚きつけたらしいな。……おかげで余はこのざま、じき世界は暗黒と破滅の(とばり)に堕つるであろう」

 

 伯爵と夏目漱石より呼ばれる男、いや吸血種の王、ブラム・ストーカーは何処か愉快そうに、けれど冷めた風情で夏目漱石との歓談に興じている。

 

 彼こそ、“人類を滅ぼす十の厄災”と称された化外(フリークス)の王。異能による細胞変異によって生じた闇の不死鳥、吸血種(ブラッド・ブリード)、血を啜る鬼。

 

 夏目漱石がかつて紐育(ニューヨーク)で撃退した史上最恐の怪物。

 

「喜ぶがいい、猫の小娘…いや夏目漱石。貴様の弟子は、その武威、無慈悲さ、冷血と悲嘆を以てして、名実ともに貴様を越えたぞ」

 

「それは、それは────」

 

 夏目漱石は嬉しそうに、それに反して寂しそうに猫目石(金緑)色の瞳を閉じて、穏やかに背を伸ばして、自らの弟子と相対する。

 

 

 福地桜痴は、出会った頃より何も変わっていない玲瓏たる黒の長髪を靡かせ、泰然と立つ少女の姿をした己の師と向かい合った。この場、この時、この瞬間。此れこそ、まさしく天王山と心得て、福地は結果の分かり切った問いを夏目漱石へと口にする。

 

「夏目先生、儂がブラム・ストーカーくんと共にいることの意味。そして、これより計画していることについてのご説明は必要でしょうか?」

 

「要りませんよ、此処で君の考えを読み違えるほど、吾輩たちの付き合いは浅くないでしょう。……福、君は世界を焼き、その上で新たなる秩序でも作るつもりですね。なるほど、君の異能と、武器に加工された伯爵の異能なら、この世界の滅却なぞ児戯にも等しい」

 

「ご理解、痛み入ります」

 

「そう思うなら、もう少しバカ弟子の不始末に追われる老体を労わってください」

 

「でしたら、かつて儂に“天国の外側(アウター・ヘブン)”を説いたご自身を恨むべきでしょうな。そう、世界は一つとなり、全世界の全国家は軍を放棄し、真なる理想の世界は誕生する。総て……先生の教えの賜物です」

 

 最大限の礼を尽くし、なおかつ臨戦態勢を崩さぬまま福地は頭を下げる。

 

「夏目先生、どうか我が計画への賛同とご参戦を要請いたします。儂らは、軍人を玩弄する天人たちを一掃する。天人に五つの死相を齎す者、“天人五衰”における六道の具現として……最後の六人目となって頂きたい」

 

「天人五衰と呼ばれる五人の集団の、六人目……ありきたりというか、平凡な発想というか。福、とことん君に悪の黒幕は似合いませんねぇ」

 

「自覚しとります、悪の親玉やるの意外と骨が折れるんですよ。おかげで深酒はひどくなるし、ストレスで抜け毛まで……悪党なんぞ、やるもんではありませんな」

 

「でも、君はやり遂げるのでしょう?」

 

「言わずもがな、それで?ご返答は──」

 

 福地は、殺気交じりに叱咤を投げ、夏目漱石を睨みつける。

 

「吾輩の解答ですか、そうですねぇ。えぇ、吾輩は君の師です、ならば当然、答えは言うまでもなく」

 

 福地の手中にある刀の鍔が鞘から僅かに離れ、鞘鳴りが静寂に木霊(こだま)する。福地の誰何を受け、微笑みを浮かべた夏目漱石の答えは揺るがぬものだった。

 

「────無論、断ります」

 

「…でしょうなぁ~」

 

 魔人と称されるほどの実力者、何より己の師である夏目漱石が天人五衰に加わったなら、もはや障害なぞ何物もないと断言できた。それに夏目先生を迎え入れるにあたり、もっと入念に策を弄しておけば、夏目先生を一時的に同じ旗の下に置くこともできたかもしれない。

 

 しかし、それよりも。かつて仰ぎ見た、今も尊敬の念に焦がれる師匠の高潔な信念に一切の揺らぎも、曇りもないことだけが誘いを断られた事実よりも、遥かに嬉しかったのだ。

 

“嗚呼、そうだ。だからこそ、儂は先生の志に感銘を受け、その実現を目指すのだ”

 

 無意識下で上がった口角を抑え、誇らしさを胸に福地はすらりと抜刀した。

 

 抜き放たれた青の刀身は、怖気を催すほどに美しく、刀という物質よりも神が気まぐれに地上に投げ込んだ宇宙の法則とでもいうような存在に見える。形なきもの、物理法則を捻じ曲げる異能が実像を為した器物。

 

 神刀と呼ばれるに相応しい一振り。

 

「ならば、此処で夏目先生の旅路に幕引きをさせて頂く」

 

「神刀……雨御前ですか。随分な骨董品を持ち出してくれる」

 

「骨董品などと、とんでもない。今この時も現役ですよ」

 

 雨御前を構える福地、対する無手のまま嫋やかに笑う夏目漱石。二人の戦意が無言のまま、それでいて空間を圧し曲げる勢いで練られていく。そして、福地は棺桶の中にある男に視線を向けることなく、ある役目を任せた。

 

「ブラム・ストーカー、合図を頼む……欧州の流儀ではなく、儂らの流儀で、な」

 

「そうですね、此処は中立の立場の方にお任せする方が適切ですね」

 

「ふん、そこらの凡百の者であらば、そのような些事に余を付き合わせるなと、一顧だにしないだろうが……喜べ。貴様らは世界でも有数の強者たち。よかろう、貴様らの国の流儀に合わせた合図を以て、開戦とするがよい」

 

 

 福地と夏目漱石は気難しい棺桶の中の公主より、快い返事を得られたことで一切の憂いなく互いに戦闘を交えることができると判断。構えを崩すことなく、いまこの瞬間を以て戦意は最高潮に研がれきった。

 

 戦士にあらず、領主、公主たるブラム・ストーカーに、二人の機微が分かったわけではない。ただ、異能力者として、戦場に立ってきたからこそ分かる決定的な勝負の瞬間に対する嗅覚。二人が死合う瞬間を読み取り、吸血鬼と呼ばれた怪物は戦力的には、怪物を上回る英傑たちの開戦の火蓋を、己が一声により切って落とした。

 

「いざ、尋常に……始め!」

 

 

 

 刹那、福地桜痴と夏目漱石の脳裏に師弟として積み重ねた青く、そして輝かしき日々が溢れかえるが、両者はまったく同じ速度でその思考を振り払い、己が何者かを勇ましく吠え挙げる。

 

 

 

「軍警、特殊制圧作戦群・甲分隊“猟犬”隊長、福地桜痴!!」

 

「ヨコハマ、晩香堂教員。無所属、夏目漱石、来ませい!!」

 

 

 

 共に世界でも指折り、極点に至り得る二人の師弟。

 

 ブラム・ストーカーの合図によって、福地桜痴は必殺を誓う戦場に足を踏み入れた。

 

 







 読者への挑戦である夏目漱石の異能について。

 2023年07月16日(日) 02:16を以て、ある名探偵のご尽力により真実は明らかとなりました。完全な蛇足ではありますが、此処で夏目漱石の異能力についての詳細を明文化しておきます。

 夏目漱石の異能力。その真の名前は“吾輩は猫である、名前はまだ無い”。
 “吾輩は猫である、名前はまだ無い”の効果は、シュレディンガーの猫に類似するもの。異能の詳細は発動、つまり観測されるまで能力の効果が不確定で発動するたび異能が変異し続ける。強制的な異能ガチャ状態。二連続で同じ能力が出ることもあれば、十連続で全く系統も、効果も異なる異能が発動することもあります。


 発動する都度、変わり続ける異能というのが分かりやすいでしょう。発動するまで異能の効果は夏目漱石本人にも分からない、完全ランダム、ギャンブルの異能。ちなみに余談ですが、夏目漱石は中島敦と同じく、自身の心象風景に猫型の異能生物を宿しています。どんな異能効果になるかは、ある程度は夏目漱石もコントロールできますが、最終的には心象風景にいるお猫さまの気分次第。

 異能を持つ本人ですら、何が飛び出すか分からないという理不尽と不条理。不確定な事象を天敵とする太宰、ドフトエフスキーに特に刺さる異能力です。


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