文豪ストレイドッグス 強キャラTS夏目先生   作:悪事

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 “夏目漱石、死す”編、終了です。なお、福地の話を綺麗なままで終わらせたいのなら、前半だけ読む方がおすすめ。書いていて思ったことは、実は夏目先生、本作中屈指の曇らせ要因なのでは?

 ギリギリ、今週中に投稿成功。


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 “猟犬と猫、これにてお死舞い”

 

 

 

 

 吸血鬼、ブラム・ストーカーの合図を受け、至上の戦闘巧者たる猟犬と猫は相手に向かって駆け出した。

 

 次瞬、福地の持っていた刀身の半分が時空の彼方に消え失せる。“時空剣”、元は儀礼用の刀剣として日本國で保管されていた異能による産物。福地の“鏡獅子”との相互作用によって、時間を、空間を渡り、歴史と因果さえ両断する一刀。

 

 

 福地は出し惜しむことをせず、初手から最強の異能武器いやさ兵器たる雨御前を師に向けた。雨御前と福地との組み合わせは戦場に存在しないはずの絶対を具現する。

 

 例え、敗北したとしても、福地の手が雨御前を持つ限り、何度でも敗北の運命は覆される。魔人だろうと、完全な勝利を収めるには幾重もの罠と策謀を張り巡らせなければならない。

 

 絶対の神刀を手に、それでも福地の目には欠片ほどの油断もない。

 

 

 相手は、あの夏目漱石。数多の戦場を生き残り、数多くの伝説を事実に堕した己とは異なる“絶対”の担い手。

 

 “吾輩は猫である”、触れた物質、生物を猫に変生させる奇怪な異能。

 

 夏目先生を攻略するうえで、必要なのは間合いを詰められぬこと。加え、“初手攻略”。一撃、一合、先制を取り、そのまま決着に結び付ける。無理筋なのは百も承知。だが、それでも、成し遂げねばならぬことがある。

 

 

 そのために────。

 

 現在の福地は雨御前を次元の彼方に突き刺し、夏目先生の心臓を穿つ一刺しを放った。

 

 過去の福地は雨御前を時の彼方へと突き刺し、夏目先生の胴体を確実に穿つ一撃を放った。

 

 未来の福地は雨御前を過去に向けて突き刺し、夏目先生の頭蓋を瞬時に穿つ一撃を放った。

 

 

 数多に別れる時間軸の福地桜痴は、自分の目の前にいる、いた、いるであろう、夏目漱石に向けて時間の果てより雨御前の刺突を放った。

 

 

 時、可能性、空間を越えて、放たれる不可避にして絶対の一刺し(スタブ)

 

 避けられぬ死を感じながらも、夏目漱石の表情は穏やかなままで、緩やかに腕を交差させて福地の冷たい視線を睨み返した。そして、空間を突き破って、十、二十、いや百を超える神刀の切っ先が夏目漱石を襲う。

 

 

 しかし、彼女にとって、百に至るほどの雨御前の切っ先など如何でも良かった。必要なのは、ただ一刀のみを迎え撃つことのみ。過去、未来、現在のどれでも良いが確実に一刀を迎撃することだけが肝要だったのだ。

 

 

 初手攻略、それは夏目漱石にとっても同様に想定すべき戦術骨子。

 

 

 百を超える剣群の位置を、耳を澄ませて予測。空間の揺らぎから、正面に現れるであろう一刀だけに集中して、夏目漱石は交差させていた手を(あぎと)のごとく閉じ、手の甲と手の甲で、神刀・雨御前を挟み込んだ。

 

 

 雷鳴にも似た、鋭い音が戦場と化した演習室に響く。

 

 それと同時に、刀身を半分ほど消し去っていた雨御前が元に戻ると、福地は利き腕から血を流し最強の異能武器、雨御前を手放す形で床に落としていた。

 

 

 

 額から一筋の汗を流し、驚嘆と共に福地は呟く。

 

「神谷活心流……刃止め、だと」

 

「正確には、それの“崩し”です。神谷活心流、刃止めが応用、刃崩し」

 

 

 完全に利き腕を壊され、激痛奔る腕をもう一方の手で押さえて福地は眼前に立つ魔人が為したことを冷静に推察する。

 

 神谷活心流、刃止め。夏目漱石が自身にも教えた徒手空拳での対刀剣防御技法。いわく神谷活心流は竹刀、木刀、無手を主眼に据えた自他防衛を旨とする活人剣。特に守りの奥義たる刃止めは、福地も享受されたがゆえに理解度は深い。

 

 手の甲と甲で刀身を挟み捕らえ、敵の姿勢を崩す、あるいは続く奥義である刃渡りで、敵の懐に飛び込むが常道。しかし、あの刃崩しなる技は刀剣を捕らえると同時、衝撃を刀身ではなく、持ち手の腕部に集中させて信じられぬことに腕を破砕したのだ。

 

 完全に五指から手首、手首から肘を壊された福地は、未練がましくも雨御前に向かいそうになる視線を、どうにか夏目漱石に固定し続ける。

 

 一合、開幕一番。過去に警告を送るよりも早く、たった一手を以てして、軽々と凌駕された鏡獅子と雨御前の時間軸を自在にする異能連鎖。福地はさすが我が師であると、苦笑いと共に納得していたが、唯一の観客であるブラム・ストーカーだけは唖然としたまま、眼前で行われる究極にまで練り上げられた戦士たちの一戦をただ見守る。

 

 どちらかの勝利を、敗北を、偏ることなく、手も足も持たぬわが身はただこの世界を賭けた一戦を見届けようと、人ならざる吸血鬼の王は僅かな決意の光を瞳に宿した。

 

「まさか、初手で雨御前を破られるとは思いもせなんだ」

 

「君の異能なら強い武器を使う方が効率的ではある。だが、効果的ではない。福、そもそも君にそんな複雑なことが向いてない。やるなら、単純明快に。貴方が積み重ねた全てを賭けなさい。異能力者たるもの、自身の異能を飼いならすには、極限にまで身体を鍛えぬく。基本中の基本でしょうに」

 

 

「……よもや、この歳で基本を説かれるとは。ええ、承知しました。ならば、これより言葉は無用。ただ、儂の積み重ねた全てを賭して、夏目先生…………いや」

 

 

 福地は壊れた腕から手を離し、覚悟と共に完全なる決別を言葉とした。

 

「夏目漱石、貴女を殺す」

 

「受けて進ぜましょう」

 

 

 そこから、夏目漱石は速やかに福地の懐へと入り込んだ。裂帛の意気にて放たれる掌底。それを防ぐため福地は壊れてない方の腕に結び付けた超軽量ワイヤーを引いて、壁に掛けられた十字架型の高火力機関銃、断罪者(パニッシャー)を手繰り寄せる。

 

 

 十字架の中央に存在するトリガーを引く。瞬間、波濤めいて乱射される機関銃の弾丸。横一文字に砲火を放つだけで高層ビルを倒壊させる規格外の火力。決して一個人へ向けるべきでない兵器を福地は顔色一つ変えずに解き放つ。

 

 銃火の豪雨が降り注ぐ。だが、距離が悪かった。懐に詰めつつある夏目漱石は身を反らし、不安定な姿勢を保った状態で断罪者(パニッシャー)の銃口部を踏みつけ、無力化。そのまま福地の顔面に拳を叩きこむ。

 

 頸骨にかかる爆発的な負荷と、顔面を突き抜ける激痛。

 

 だが、福地とてただやられはしない。砕け、割れ、折られた腕の筋線維を無理やりに稼働させて夏目漱石の可憐で柔和な頬に拳を叩きこむ。肉を叩き、骨格を打つ不快な感触。頬を殴りつけたことで距離が開き、息を整えるだけの暇を得ることができた。

 

 夏目漱石は拳を顔に受け、頬に痛々しく青あざを付けている。

 

 触れれば折れてしまいそうな儚げな美しさを持つ少女は、殴りつけられた衝撃で口の端から血を流していた。だが、その血を片手で拭い、戦意の尽きぬ姿は美しき戦乙女か、女性の形を取った戦神を重ねさせる。

 

 類まれなる美しさ、そして、それら一切を付属品とするほどの強固な信念と強靭な身体能力、戦闘技能。美しい、ただその一語に尽きる。かつて、仰ぎ見て、憧れた姿は今もなお褪せることはない。本当に、誇りたくなるほどに美しく……強い。

 

 

 そんな“戦闘には無用”な感情を捨て去り、福地は床板を踏み抜き演習室に仕込んでいた隠し収納から巨大な鉄塊を取り出す。

 

 

 並行して断罪者(パニッシャー)を夏目漱石に投擲。もちろん、装弾されている弾丸は皆無であり、現状では巨大な十字架の形状を持つただの鈍器だ。当然、夏目漱石は断罪者(パニッシャー)を弾き飛ばし、再び距離を詰めようとするが──

 

 儂が先手を討つ。

 

「第三の死因よ、来たれ────出血死(ブレイド)

 

 福地桜痴の宣言により駆動する鋼鉄の聖典。

 

 一瞬で有効範囲30mに及ぶ蛇腹刃の結界が構築される。第七聖典、かつて血界戦線時、欧州の“教会”より吸血種撃退のため、数々の秘蹟、奇跡、異能生物の聖遺物を供与された。そんな形持つ奇跡、異能の産物らを夏目漱石の現代改修という名の魔改造により建造されたのが聖典のガワを被った全七種にもなる対異端殲滅、多重武装変換機工…“第七聖典”。

 

 

 法が人に割り振った七つの死因を武器として夏目漱石が手ずから構築したキワモノ兵器。異能力者ですら、真っ当に運用することができず、造り手たる夏目漱石と、英雄・福地桜痴しか使いこなせなかったのである。なお余談であるが、欧州の“教会”より幾度も聖遺物を武装に転換した事実について、日本政府を通して幾度となく抗議されてもいる。

 

 

 それはさておき。

 

 蛇腹剣の斬陣、腕の立つ異能力者や戦士だろうと細切れにする斬撃の領域。実際に蛇腹剣の餌食となったブラム・ストーカーは棺桶の中から渋い顔を取る。結界の内に入り込めば、伝説に語られる戦士も、人域を凌駕する吸血鬼だろうと細切れの血煙に変える斬撃の嵐。

 

 

 鏡獅子の異能効果により、威力を初めとした各種性能が百倍に強化。鋼鉄だろうと、粉微塵とするだろう。しかし、夏目漱石の歩みは変わらない。(はや)るでもなく、遅れるでもなく、常時の静謐とした心情のまま、斬撃の主たる福地の元へと迫っていく。

 

 目にもとまらぬ無数の斬撃を回避、回避、回避。三度ほどの裂傷、回避しきれなかったため身体より血を吹きだすも、痛手を最小限に留める。

 

 

 斬撃の防陣を潜り抜け、夏目漱石は拳を握りしめると一際、大きく、強く、重く、踏み込んだ。踏み込みにより生まれた運動量を、拳打として解放。夏目漱石の魔拳が福地の腹を激烈に穿つ。臓器、腹部骨格を砕かれるも、福地は素早く第七聖典を換装。

 

 

 

 第四の死因、“衝突死(ブレイク)”。

 

 異能生物であり、聖なる獣、一角獣の角を加工して建造された“杭打機(パイルバンカー)”。吸血鬼に対して魂を潰滅させることにより回復能力とスキルを無効化し、死滅させる特殊兵装(バトルギミック)。そして、魂を潰し滅するという物騒な機構は、人間だろうと問答無用に適用される。

 

 

 百倍にも威力を増した杭打機(パイルバンカー)の引き金を福地は躊躇うことなく引ききる。聖遺物によって造られた串刺しの聖杭、夏目漱石はそれを避けようとするも、福地に完全な威力を透すため、踏み込みを強化したためか次の回避挙動が硬直。

 

 その僅かな遅滞により、夏目漱石の右腕は肘から聖杭に引きちぎられた。これは物理的にも相当の深手だが、その実、より深刻なのは魂という不可視の部分だ。第七聖典の聖杭は魂を穿つ、此処で夏目漱石の右腕を穿ったということは、彼女の魂から右腕分の魂、すなわち生命力を滅却したことを意味する。

 

 

 ぼとり、と音を立てて遠くの壁に張り付く夏目漱石の片腕。

 

 肘から上を無くした腕を不思議そうに見てから夏目漱石はため息をつくと、引きちぎれ無残な断面をさらす右腕の残骸で福地の顔面を再び打擲。みぢり、殴った方も、殴られた側も、悲痛な打撃音が鳴り響く。

 

 潰した側の腕だろうと問答無用で使い、相手を怯ませる。弟子が弟子なら、師も師である。そのまま、夏目漱石が杭を放ち切った第七聖典を蹴り上げ、流れるままの動作で踵落としを入れた。

 

 異能兵装を失った福地は、夏目漱石の攻撃が回避不能であることを瞬時に悟る。

 

 ならば、どうする。無事な片腕で防御するか、潰れた側の腕を此処で使い潰すか。

防御に、壊れた側の腕を使えば確実に、二度と、一生は使い物になるまい。

 

 

 

 “決断は”。

 

 …………容易いことだ。

 

 そうだ、こんな決断なぞ余りに容易い。

 

 

 腕を棄てる覚悟なぞ、師を弑逆する覚悟と比べれば塵芥(ちりあくた)よりも軽い!!

 

 

 夏目漱石の踵落としを潰れた方の腕で防御。骨折、筋断裂していた片腕は、今度こそ、ひき肉じみた無残なカタチとなるも、命からがら蹴り技を凌ぐ。第七聖典、喪失。片腕も負傷ではなく、無くしたものと看做すが妥当。

 

 

 続いて、踵落としを入れた直後、身体をねじりながら夏目漱石が左拳を打つ挙動を取る。防御にもう一方の片腕を使えば、先の戦闘力低下の焼き回しだ。残った腕の献上は、継戦能力を鑑みて不可。

 

 

 福地は歯を食いしばって、肉塊と化した右腕を掴む。

 

「あ、ア、アア゛ア゛ァァァァ!!」

 

 

 気のふれたような絶叫、それと共に潰れた右腕をむしり取り、夏目漱石に目くらましとして投げつけた。英雄と呼ばれる男が取るには、あまりにも無惨で、無様な戦法。右腕の残骸である肉片を顔に受け、さしもの夏目漱石の拳も刹那、寸毫、この世の何よりも短い時間であるが、福地の姿を見失う。

 

 

 自身の腕を千切り、目つぶしのためだけに捨て去る。

 

 福地桜痴の凄絶な戦士としての覚悟が、夏目漱石の積み重ねた教師としての錬磨を僅かに凌駕したのだ。夏目漱石の絶対的な戦場認識。余人にとっては一瞬以下の時間であろうと幻惑に成功した以上、福地ならば回避が辛うじて可能。

 

 夏目漱石の拳は空を切り、おそらく最後にして最大の好機到来。

 

 

 しかし、合計三種に及ぶ異能兵装は全て、武装を解除されている。

 

 

 冷静に考えて、現状における無手での勝率は先達たる夏目漱石に後塵を拝する。武器を使用しなくては、不利を被るのは此方。

 

 勝ち目に確信を抱けない無手を思考から排除。

 

 武器による戦闘を基軸に戦術構築。

 

 残存武装を確認……

 

 なんと皮肉なことか。

 

 最後に手元に存在していたのは、存在してくれたのは──

 

 

 平凡な数打ち、異能による特殊な加工のない名無しの軍刀。

 

 唯一の特殊性があるとしたら………………

 

 全ての始まりというべき思い出があった。

 

 

 

 懲罰房の鉄格子側より差し込む月光と共に仰ぎ見た今なお鮮明な立ち姿。

 

『おや、悪鬼と見まごうほどの新兵が入隊したと聞いて来てみれば……君がそうですか?ふむ、また随分と可愛らしい悪鬼がいたものですね』

 

 

 月に照らされたかつての夏目漱石は、底知れぬ微笑みと共に一本の刀を放り投げてきた。

 

『くれてあげますよ。私の剣……(そいつ)の本当の使い方が知りたきゃ付いてくると良い。これからは(そいつ)を振るいなさい』

 

 今、自分の手にあるのはその時の一振り。

 

『敵を斬るのではなく、弱い己を斬るために。誰かを守り、己の魂を護るために』

 

 この一太刀こそは、敵を斬るにあらず。かつての惰弱な己、戦場に赴く以前の(過去)を斬り捨てる一閃。

 

 

 

 

 遥か彼方にあってなお鮮明に浮かぶ思い出ごと、儂は決別の一刀を振り下ろした。

 

 防御の出来ない右肩より、左わき腹にかけた袈裟斬り──

 

 異能によって百倍の切れ味を発揮する軍刀は、悲しくなるほど空虚な手ごたえだけを手に伝えた。夏目漱石は水の詰まった風船が弾けたような重い音を立てて崩れ落ちる。袈裟斬りを受けた夏目漱石は、両断こそ免れたものの明らかに致命の傷痕を残す。

 

 息があるのが奇跡とでもいうべき重傷。

 

 まだ、息のある夏目漱石の背中を丁重かつ静かに抱き支え、福地は軋む心を押し殺して問いかける。どうしても聞かなければならない問いかけ。

 

「…………なぜ、儂を一思いに仕留めなかったのですか?」

 

 そう、雨御前を失った時点で、福地は死を覚悟していた。最初の一合、最初の死線、それを潜り抜けたことこそ、この戦闘における最大の謎。

 

 ゴフッ、と血の泡を咳き込みながら、夏目漱石は死の間際にあってなお穏やかに微笑みを浮かべていた。

 

「教師の、(さが)ですよ……そもそも、教師とは生徒を活かし、その生涯を導く者、生徒の歩む生涯を断ち切るなんて、死んでも……御免です────」

 

 

 福地の頭を優しく撫でると、夏目漱石はゆっくりと眠るように瞳を閉じた。

 

“精一杯、生きて、生きて、生き抜いて御覧なさい、バカ弟子──”

 

 

 目が閉じられると抱き支えていた夏目漱石の身体から温もりが消え、失われた命の分の重みが減じた。ほんの僅かに失われた重さは、この世の何よりも尊く、失ってはならないものだった。命が手中から零れ落ちるのを実感する。

 

 師と弟子、教師と猟犬、猫と犬。

 

 最高峰である異能力者同士の決闘は英雄を騙る悪鬼の勝利となった。夏目漱石を抱きかかえて、無心に天井を見上げている福地に同胞でありながら、仇敵たるブラム・ストーカーが声をかける。

 

「どうする?猫の小娘を眷族とすれば、大きな戦力となる…自身が手をかけたのだ、今更、躊躇う必要もあるまい」

 

「…………弟子に殺され、死後も玩弄され続ける、か」

 

 福地は激情のままに喉を潰す勢いで叫んだ。永遠に目覚めることのない眠りについた師の亡骸を(いだ)いて一匹の猟犬は慟哭する。

 

「ふざけるな……それが、夏目先生の悲劇だというのか!」

 

 まだ、出会ったことすらない、顔も知らぬ欧州の魔人、悲劇王シェイクスピアへの憎悪に獣は身を焦がす。長らく夏目漱石を(さいな)んでいた不老の呪い(祝福)によって、歪められた運命の揺り戻し。それによって生じた悲劇の舞台上に、主役として配役(キャスティング)された福地桜痴。

 

 何者かが糸引く悲劇(脚本)の主役を無事、安泰に務めあげた己のなんと愚かなことか。

 

 福地は自身の愚かさを噛みしめたうえで選択する。

 

「先生の旅路を……先生の生涯を、悲劇で終わらせて……なるものか」

 

 

 無くさないよう、取りこぼさないよう、大切に、大切に、小さく儚げな師の身体を強く慎重に抱きしめ、福地はふらふらと力ない足取りで歩いていく。

 

「……雨が降ってきたな」

 

「?何を言う、雨なぞ…………」

 

 英雄然とした覇気を失った背の向こうで、福地桜痴の目元で冷たく光る何かを吸血鬼は見届ける。

 

「──そう、だな。魂も凍えるほどに冷たく、空しい雨垂れだ」

 

 

“ニャ~”。

 

 どこか、遠く、彼岸の向こう側から猫の鳴き声が聞こえた気がした。

 

 もう、決して届くことのない彼方よりの鳴き声。蘇らぬ過去と思い出を胸に、天人五衰“神威”を名乗る男は小さな亡骸を抱えて、とぼとぼと師の葬送がために歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カーテンの隙間から差し込む一条の朝日。空気に溶けてしまいそうなほど柔らかく、差し込む日差しはふわふわと、彼女の身体を優しく照らす。

 

 光を全身に浴び、清廉さを纏う優美な()の目が覚めた。

 

 差し込む陽光と同じ色彩をした純白のネグリジュ姿は、まばゆいまでに日光をキラキラと反射し、彼女自身が輝いていると余人へ思わせるだろう。寝台(ベッド)の上で身を丸めていたねこまんじゅうがほどけて、しなやかに背を伸ばす。

 

 

 部屋は綺麗に整頓されているが、あまりにも綺麗すぎて生活の気配を感じさせない。あるとすれば、本棚には猫の写真集や生体図鑑がずらりと並び、大きいもの、小さなものと数多くの色とりどりの招き猫が机の上を占領している。

 

 そういう、猫に関する偏りだけが、この部屋に人が住んでいるという証明でもあった。神聖さすら伴って寝起きの微睡みに寛ぐ、純白の少女。

 

 身に着けた服装と、華麗に対比する濡羽色の黒髪を流す麗人は、どこかあどけなく目をこすると、リビングにあるソファーに腰かけて苦笑を一つ。

 

「流石に今の福と、真っ向から仕合うのは分が悪かったですね──」

 

 何処にあるかもしれぬ部屋で、そう独り言ちる少女は、遥か遠方の軍警基地にある演習室で命を落としたはずの夏目漱石だったのだ。

 

「まさか、本編が始まる前にうっかり黒幕を殺すわけにもいきません。今回は福の中で敵味方定まらぬ吾輩が死んだと印象付けただけで満足するとしましょう。それに…軍の一番弟子を手にかけるのは、どうも気が進みませんし」

 

 机の上の招き猫を小突いて、夏目漱石は英雄、福地桜痴との戦闘を思い返す。

 

「純戦闘特化の異能“鏡獅子”が相手なら、もっと準備が必要でした。異能兵装も使いこなしていましたし、黒い犬と白い虎以外にもてこ入れが必要ですね。もっとも吾輩、一応は死んだことになったわけですから、虎の物語が始まるまで、ヨコハマ以外では大人しくしておきますか」

 

 死んだはずの夏目漱石は、生命力に溢れた姿でのんびりと朝の一時(モーニング)を楽しんでいる。ばさり、と彼女が朝刊を開くと、今のヨコハマにおける事件が掲載されていた。霧、多数の非合法組織間の抗争、死傷者多数。

 

「龍頭抗争も佳境と……今の中也なら、死を忘却した蜥蜴(とかげ)程度に手こずることはないと思うのですが、やはり見つけるまでに苦労してますね」

 

 

 戦闘方面で多大な強化措置を加えたことで、夏目漱石にとって今の中也に粉砕できぬ敵はいないだろうと確信している。ただ、いかんせん指揮や頭脳戦など、明らかに向いてないことは伸ばすのを怠ってしまったのだ。

 

 戦闘能力極振りの性質。

 

 だが、それゆえに。

 

 今の中原中也を相手どり、まとめに対峙できる相手はそういるまい。

 

「まぁ、かなりできる頭脳戦に特化した参謀、いえ相棒がいるので心配は無用ですか」

 

 読み終えた新聞を手慰みに“猫へ変える”と、部屋に据え付けの電話がベルを鳴らす。夏目漱石が抱きかかえていた子猫が電話のベルの音に驚くと、机の上の招き猫をドミノ倒しに蹴散らして飛んだり跳ねたりを繰り返す。

 

 しょうがないなぁ、と笑いながら、夏目漱石は電話を取る。電話越しの相手は、不愛想に本題から話を突っ込んできた。

 

『おい先生、“澁澤龍彦”って異能力者の異能について、知ってること全部教えろ』

 

「君と言う子は……もっと行儀よく先生に質問できないのですか?」

 

『だぁ、いいから知ってるか、知ってても教えねぇのかはっきりしろ』

 

「……はぁ、澁澤の異能は“ドラコニア・ルーム”。霧を発生させ、霧中に存在する異能力者の異能を結晶化。結晶化された異能は澁澤に簒奪されます。その後、異能が実体を持ち、本来の所有者を攻撃するというものです」

 

 夏目漱石の説明を聞いて、電話向こうにいる弟子のひとり、中原中也は現在、“龍頭抗争”の中枢に坐する敵の異能を聞いて、あっけにとられた様子で澁澤の異能について聞き直す。

 

『………………あぁ?それだけか?』

 

「はい、これだけですよ?」

 

『異能力者がてめぇの異能にやられるはずねぇだろ。異能と能力者の力関係は、能力を御する人間が上に決まってるんだから、そんな異能になんの意味が……』

 

 電話越しにため息をついた中也に、夏目漱石は肩を竦める。

 

「知りたいことは教えたのに、君もたいがい無礼ですねぇ」

 

『抜かせ、知っていても、いなくてもどうでもいい情報だから、簡単に口開いたんだろうが。道理でおかしいと思ったぜ、先生が潔くぺらぺらと素直に話し出すなんて、裏があると思ってたんだ』

 

 ガシガシ、と受話器より聞こえる音。

 

 おそらく不機嫌そうな顔して、頭を掻いたのだろう。そして、不肖の弟子は再度、改まって龍頭抗争の根幹についての情報を求めた。

 

『もう一つ、“澁澤龍彦”。あんたは一体、どう見る?』

 

「情報が足りないため、所感になりますが?」

 

『あんたの所感なら、ほぼ正答だろうが……』

 

「はいはい。では、端的に。澁澤龍彦……彼を構成する概念は“退屈”、というより“無意味”でしょう。正直、今の龍頭抗争はただの蛇足だという認識で良いかと。死人(デッドマン)にかかずらう暇があれば、もっと建設的なことをしなさい」

 

『あっいかわらず、何を言ってんだか訳が分からんねぇ。よくわかんねぇが、とりあえず憶えとく。……助かった、せんせい』

 

 ぶっきらぼうな感謝に、夏目漱石の声音も優しく弛緩したものとなる。

 

「君はもっと繊細に周囲へ気を配りなさい。例えば“顕微鏡”で見るくらいの繊細な事柄にも目を向けられるようになれば、きっと今の事態も解決できるのでは?」

 

『また説教……いや待てよ……顕微鏡、だぁ?』

 

 電話越しにがしゃん、と硬質な、まるで顕微鏡を地面に叩きつけたような音が聞こえる。クスクスと笑うと、電話越しに不満の罵詈雑言が聞こえた。ありったけの悪態をつかれた後に電話は切られ、夏目漱石は受話器を置いた。

 

 

 

「龍頭抗争もいよいよ大詰め、死んだ林檎(Dead apple)の準備も万端。ポートマフィアに武装探偵社、関われるところにはおおよそ関わりましたし、ここからはのんびりと傍観者の立場を取るとしますか……書きかけの小説も残っていますし、やることに事欠かないのは恵まれている、というべきでしょうね」

 

 

 ふわぁ、と夏目漱石が幼気な調子であくびをする。それをきっかけとしたのか、殺風景な部屋に置いてある多数の招き猫がすべて“生きている猫”に変わり、部屋を自由に動き回る。様々な柄や大きさの猫たちが一斉に鳴くと、部屋が歪み、ねじ曲がりきるとそこは晩香堂の巨大な講堂の中だった。

 

「次に吾輩が動くとしたら……そうですね、中島敦。彼のところにするとしよう」

 

 

“ニャ~”。

 

 どこか、遠く、此岸の方から猫の鳴き声が聞こえる。小さな猫の鳴き声に巻かれるように、風に流されるように、夏目漱石の姿はいつの間にか消え、影も形も存在していなかった。講堂に残されていたのは、福地桜痴と書かれた灰色の招き猫ただ一つ。

 

 

 

 猫と猟犬の物語。

 

 此れにてお仕舞い、いいえお終い。

 

 

 

 

 






 書いたけど、まだ描写不足。いつか加筆修正をしたいですね。ともあれ、猟犬編は完了。いま、書いている連載の方に戻ります。ただ、また気が向いたら、次回は文豪ストレイドックスの第一話に夏目漱石を乱入させてみたいですね。

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