文豪ストレイドッグス 強キャラTS夏目先生   作:悪事

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エイプリルフール記念投稿




 “始業の鐘は高らかに”

 

 

 

 私こと森鴎外は医者である。その職務を全うすべく勉学に励み、外国の進んだ医療や学問を学んで一人前の医者になった。そんな私にとって,現行の社会制度は非常に合理から外れたものとしか認識できなかった。

 

 医療を受けるべき人々に潤沢に支援、制度が行き届かぬ非合理。利益にも成らぬ無用な戦争と愚にも付かない軍上層部の凝り固まった思考形態。馬鹿げた国家の舵取りで死んでいく人々、振り回される若人たち。それに義憤を抱き、国を変えようと軍に仕官するほどに理想に燃えていたのなら、現実が見えない程度に阿呆なら良かったものを。

 

 

 自分で言うのも憚られるが森鴎外という男は聡明に過ぎた。既存の社会体制において己の持ちうる頭脳と手札は国家を変革するには能わず、おそらく何らかの手段で国家を変えても、現状よりも少し国家の体制を改善する程度で大した違いはない。

 

 

 そう結論づけて私は、ただの町医者になることに決めた。ただ、病める人を癒すだけの凡庸な医者に。だが、平々凡々たるを志した意志とは反対なことに特異な才が私の中で目覚めた。異能、世界を小規模ながら書き換える超常的な神秘。

 

 世を変えることを諦めた私にとって何たる皮肉か。

 

 異能が何故、目覚めたのかも分からないが、これは要するに女性型の異能生命体を召喚するというもの。戦闘力が高く、また異能で生み出された生命体は医療知識も兼ね備えていたため看護婦として“使う”ことにした。容姿は可憐な欧州系で、煌びやかな金髪に清んだ碧眼、年齢は十代後半というところか。その体躯を懸命に医療へ使う姿は筆舌に尽くしがたい美しさであったろう。だが、過去の私はその可憐さに眉一つ動かす事無く医療に従事し、異能も医療のためにしか扱わなかった。

 

 

 美しいモノに心が動かされなかった。醜いモノとて関心がなかった。若かりし日に博打、酒、女遊びもしてはみたが、私の諦観に囚われた心を動かすに足りなかった。私は結局、ただ人を救うだけに日々を費やす。

 

 

 

 しかし、医療に従事し続けて貧しさと現社会に抗うように医術を振るう内に、とうとう精神が疲弊しきってしまった。心は破れ、魂からは涙と悲しみが欠けた。そうして、私は握りしめていた医者としての使命さえも手放そうとしていた。

 

 合理を愛する森鴎外には、現況の非合理的な社会構成に挑んだ自分の行為こそ、何の意味もない非合理なものだと思い至った。けれど、そんな風に思い立った後は堕ちるがまま、自傷行為に等しい行為に走った。そう、日本最大の無法地帯“魔都ヨコハマ”へ一人の医者として向かったのだ。

 

 

 

 腕の悪い、資格や医療の経験さえないような闇医者が吐いて捨てるほどいる中で、真っ当に医療を行える人材はすぐさま引っ張りだこだ。私はヨコハマで有名な医者となった。ヨコハマに来てから医者は人を治すためだけに全てを捧げた。利益や損得などお構いなしに治していく。あらゆる組織の構成員、お尋ね者、武器商人に女子供。敵対組織や仲の悪い連中だろうと区別なく。その調子で治していけば当然ながら悪党共による諍いが起きる。

 

 森鴎外は選択を迫られた。がらの悪い者たちに囲まれ、自分たちの組織の専門医になれと脅されたのだ。森鴎外には看護婦としてしか使ったことのない異能生命体、医療にしか使ったことのない細腕くらいしか手札がない。

 

 もはや、これまでかと思った森鴎外は手元にあったメスを逆手に持って己の首の頸動脈を切断するため腕を動かそうとした。楽に無意味なこの世界から決別をしようと、目をつぶり、手に自死の覚悟を乗せる。

 

 

 しかし、その手は予期せぬ形で止められた。

 

 背後より、そっと柔らかな手で抑えられ森鴎外は振り向く。

 

 

 そこにいたのは自分より年若い女性だった。

 

 夜露に濡れたような艶やかな黒髪、矛盾する表現だが光を発するように鮮やかな黒き瞳。血色よく、肌もきめ細かい。おおよそ、健康的な肉体であり、その耐久度、性能も人生というモノの中で最盛期にあると予想できた。

 

 

 学生か、それとも何らかの職に勤め始めた人間か。しかし、この“魔都ヨコハマ”でこんな美貌の持ち主がこのような現場に現れる、ツいてないなと他人事そのもので辺りを見回す。すると、先ほどとは違う点が見られた。辺りの悪党共が急にあたふたし始める。まるで、台風が忽然と現れたかのような、振ってくる隕石の真下にいたかのような。

 

 

 要は不幸と対面したみたいな表情で女性に怯えの表情を取っていた。

 

 その後のことは語るまでもない。急に現れたうら若い女性がその細腕で武装したごろつきたち、総勢二十名弱を瞬く間に蹴散らし、そして……これ以上はいくら熱弁したところで誰も信じてくれそうにないので割愛としよう。

 

 

 私はご都合主義のように現れた女性に救われる形と成ったが、心にあったのは“余計な真似を”などという恩義など微塵も感じていない身勝手な思考であった。そう、生きていたくないだけなら、適当に礼を言って早々に立ち去ってもらおうとする。

 

 

 だが、この時の私は確かに死を望んでいたのだ。流れるがまま、横浜に来た私はただ、死ぬためだけに生きてきたのだ。人を治すのは善意や同情心などではなく、“死ぬまでの時間潰し”程度にしか捉えていない。

 

 

 笑える話だが、誰よりも人を救った男の本性こそ最も救いようのない愚か者だったのである。

 

 

 私は自分を救った女性を痛罵した。己が思考に存在するあらゆる毒舌、文句、罵詈雑言をひたすらに口に出す。もはや、それは餓鬼の癇癪に等しいものだった。それを聞いた女性の表情は罵倒を聞くたびに愉快そうに笑っていた。

 

 

 その笑顔が、愉しそうな面が、気に食わずに悪口は堰を切ったように湧いて出た。

 

 

 それがようやく止んだ頃合いになって、女性は閉ざしていた口から一言を放り投げてきた。

 

 

「哀れですね。己の人生の全てを捧げるに値する志を持たぬというのは」

 

 

 その一言は、一切の悪意を持たなかった。その言葉は森鴎外に一切の関心を持たなかった。その言葉には、一切の熱がこもっていなかった。ただ、厳然たる事実を確認するような機械的な口ぶり。

 

 

 それなのに、その言葉の羅列は。あらゆる痛苦も、いかなる快楽も、悪人も善人も、老いも若きも、幸も不幸も、この世の総てに心を動かさなかった森鴎外という何者でもなかった男の諦観を見事に破壊し、魂に火を点けた。

 

 激情が大瀑布のごとき勢いと流れで心身からこんこんと流れ出す。

 

 

 視界が紅く染まる。怒りに狂うという行為へ初めて身を委ねる私は、欠片の躊躇もないまま、手に持ったメスと己の異能によって生み出された彼女、エリスちゃんを殺害に用いる。空き家に薬品や施術道具を置いただけの医院の壁が容易く抜ける。暴力性を顕わにしたエリスちゃんは絶大な破壊をもたらした。

 

 そのエリスちゃんに追随する自分もこれまでの人生の中で培った全てを暴力という形で行使する。

 

 細腕の筋繊維から破滅的な断裂音が鳴るが、いささかの迷いもなくエリスちゃんと共に眼前の彼女を殺そうと体が動く。これまでは使う必要すらなく本能的に抑えていた、異能の戦闘に関する能力を、殺意によって形成された想像(イメージ)のままに駆動させる。

 

 

 人の丈ほどになる巨大な注射器をエリスちゃんが振り回す。それは並みの人間なら受ければ半身が粉々になり、直撃ならそのまま鬼籍に入るだろう威力。それを彼女は、両の手で受け流し(パリング)、凄まじい衝撃で流れた体の動作を崩すことなく、メスを突き立てようとした私の上腕部、肘、手首に目も見張るような流麗さで掌打、尖らせた指先の突きを当て、両腕を無力化。腕に残留するしびれから考えて、しばらくは動くまい。

 

 

 それは人体に精通する医者でなければ理解できない領域の攻撃。そして、それを激しい動きをしている人体に的確に通す技倆。人体を破壊することに長けた魔人の戦闘術。他者と戦ったことすらない素人と、超人的な力を持つ彼女とでは結果が見え透いていた。

 

 痺れた両腕を肩の力だけで振り回し、無様にも彼女の顔を力づくで潰そうと試みる。その今思えば、隙しかないような暴力を真っ向から打って破り、右頬に痛烈にして鮮烈な拳が吸い込まれた。

 

 あえなく私は崩れ落ち、エリスちゃんもその姿を虚空に溶かし消えていく。

 

 頭蓋を撹拌されたような衝撃が脳髄に響き渡る。

 

 舌に広がる自身の血の味、満身創痍となり動けそうもない体。

 

 だが、思う存分に殺意をまき散らした後の心は澄み切った青空のようで、身に纏った疲労は心地の良いものだった。敗者に相応しい這いつくばった姿、それが悔しくもあり愉快でもある。

 

「生きることに意味を見いださず死を望む。若き青年が随分と情けない。自分の力では世を変えられまいと感じ、全てを無為に思う。青い青い。君は退屈なだけでしょう、己の意志と魂を燃やすに値する何かを持たぬが故に世界に興味関心が持てない」

 

 

 あっさりと指摘されたそれは、私ですら把握していない心理のもっとも深きところに位置するものだった。

 

 強制的に臓物を掴まれ、日の当たるところに引きずり出されたような錯覚に陥る。

 

「死に能わず。その六銭、無用と思え。……話になりませんね、来世からでもやり直しなさい」

 

 

 そういって、彼女は去っていく。嗚呼、待ってくれ。あの殺意の濁流を受け止めてくれた貴女こそ、我が天佑。ようやく、自分が生きるために何をすればいいのかがわかってきたのだ。人生を捧げるに値する何かを掴みかけているんだ。

 

 だから、置いていかないでくれ。

 

 

 この場に残されて、これからを生きていくなど。

 無為の世界に放り出されるのだけは嫌だと魂が叫んでいた。

 

 手を必死に伸ばす、けれどその手は空を掴むだけ、そう思っていると手のひらに何か、長方形の紙片を握らせられた。

 

 薄れゆく意識をどうにか、繋ぎ止め眼を凝らすとその紙片に書かれていたのは“晩香堂”という文字。

 

 

「……吾輩としては、まだ歩き出してもいないような者を否定するような真似はしたくないのです。そうですね、こういうと気恥ずかしいですが遅咲きの花を見守り、開花させるまでの労力を惜しむほど老いてはいないつもりですから。気が向いたら、その紙にある晩香堂という学舎に来てみなさい」

 

 

「もし世が退屈というのなら、ええ退屈などしない教育をして差し上げましょう……」

 

 

 

 

 意識が飛び、しばらくするとエリスちゃんが自分の側に座っていた。

 

「どーするの、“リンタロウ”?」

 

 

 改めて思うと、それが初めて彼女の意志のこもった声を聞いた時だったのか。

 

 しかし、その声に応えることもなく、私は手に握られていた紙片の晩香堂という場所に足早に向かった。

 

 晩香堂の一室に辿り着いた私の目に入ったのは、横八列、縦八席に秩序だって並べられた勉強机と椅子。最前列の二席を除いた全ての勉強机には招き猫が置かれている。更には教卓の上にも招き猫が置かれていた。壁には達筆な“猫”という文字が複数枚、半紙に書かれ貼り付けられている。陳腐な表現だが、まるで猫の学舎だ。そして最前列の空いた二席には“森鴎外”と“エリス”と名札が当然のごとく存在していた。

 

 自分がここに来ることは予定調和だったという事実。

 

 予期されていたであろう来訪、自分の思考と行動原理を読み取られていたことに一切の不快感はなくむしろ上機嫌な心持ちだ。

 

 

───“退屈が裏返る”───

 

 

 己の名札が置かれた机に荷物を置いて椅子に座る。それと同時に前の方にある引き戸が開き、かの女性が入ってくる。ツカツカと入ってきた女性は教卓にいくつかの本を置いた。置かれた本は様々な言語だが、表紙を見る限り国家、経営の戦略論から謀略が関係した歴史書が集中的に揃っている。

 

「ようこそ、森君。迷える若人がための学舎、晩香堂へ。そういえば前回は自己紹介をしていませんでしたね……吾輩は“夏目漱石”、これより君を教え導くモノ。これより以後は、吾輩を“先生”と呼ぶように」

 

 

───“そんな予感がした”───

 

 

「それでは授業を始めましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 それ以後の日々はひたすらに愉快痛快な日々の連続だった。夏目先生から与えられる無理難題、奇想天外な非合法戦に冒険活劇。欧州の異能力者との対決や時には大勢の人間を指揮して、事態の収拾に当たった。

 

 彼女は理論最適解を要求し続けた。

 

「如何なる状況にあろうとも必ず打開策と成る最適解は存在します」

 

 

 

 

「…………だからといって、一人で武装組織の持つ秘密拠点の船を沈めよ、なんて無茶にも限度があるでしょうに」

 

「おや、君にはエリス君がいるではないですか」

 

「だからといって、実質二人だけで船を沈めろと言うのは不可能では?」

 

 

 若かりし頃の自分が夏目先生の無理難題に物申す。

 

 夏目先生はそれを、楽しそうに見て笑っているが自分にとっては笑い事ではない。

 

 深刻そうな私の顔を見た先生は、また難解な比喩のごとき講義を始める。

 

「いいですか、森君。いかに巨大で頑丈な物質であろうと、それは存在する限り必ず破壊することは可能なのです。万物に宿る“死”を理解しなさい」

 

 

 意味が分からないと、訝しげな表情を取るが、たちの悪いことにこれまでの授業において先生が口にした事柄が外れたことなど一つとない。恐るべき事に当時においては最適解に当てはまらない事も先生の起こした行動であれば、それが当然のごとくピタリと嵌る。

 

 例え、神や天魔であろうと彼女の裏を取ることなど出来まい。

 

 

「全ての存在は生まれ出た瞬間から死を内包している。命と死は背中合わせにいるだけで永遠に顔を合わせることはないのでしょう。見ていなさい、これが“モノを殺す”ということです」

 

 

 そう口に出し、先生は教卓の上においてあった安っぽい果物ナイフを逆手に構え、金属で鋳造された馬鹿でかい招き猫を十七の金属片に解体した。巫山戯た御仁だ、異能を使わずしてこんな常識外れなことを平然とやってのけたのだ。

 

 ぽいっと果物ナイフを渡されるが似たような真似をかつての己に為せるはずもなく。

 

 かといって、師の教育から逃れる気も更々無い。苦味の色が濃い笑みを取りながら私は果物ナイフ片手に、金属製のやたら重くてごつい招き猫の置物を相手取った。

 

 その後、夕方になっても刃物が通らなかった結果、私は一般的成人男性の背丈ほどもある巨大な金属製の招き猫を背負って生活する羽目になる。その状態で三日間、先生から言われた死の極意のひとかけらも触れられぬままに非合法の武装集団が誇る武装船舶への襲撃に単身で駆り出されていった。

 

 過程に関する細かい事情は割愛とするが、私は夏目先生からの無茶振りをどうにか完遂することが出来た。ちょっとした戦艦級の武装が施された船舶、それを土壇場にしてメス一本でバラバラに解体したというのは、まさしく馬鹿げた笑い話にしかならない。

 

 

 異能生命体であるエリスちゃんもあの時ばかりは自分を人あらざる化け物のように見ていたのだから、その場にいた敵対者の目には己はどれほど恐ろしく映ったことだろう。

 

 

 

 

 

 

 戦闘面においては比肩する技倆の者なく、その神算鬼謀と卓抜した教導の辣腕。魔人さえ越えた超越者の領域へ踏み込みかねない異能力者“夏目漱石”。

 

 異能名“吾輩は猫である”

 

 世界に存在する生物、物体などを猫に変生させる異能の持ち主。

 

 

 強力な異能だ。また彼女が持つ戦闘技能も脅威である。

 

 しかして、彼女が恐るべき魔人と評されるのは、そのような異能があるからではない。

 

 彼女の最も恐ろしい能力、それは教育者としての手腕にあった。

 

 彼女は容易に他者を己の領域へと引きずり込む。いわゆる魔人の一端。理屈ですらなく、才覚でもない、いわゆる天性の産物。魔の領域に辿り着けるのは魔性に愛された何らかの怪物性や能力を限界突破させた者に限られる。

 

 だが、彼女はこの世界に存在する全ての狂気さえ凌駕する試練を与え、時に言葉を一つ二つ与えるだけで生徒たちを爆発的な成長へと無理矢理に結びつける。

 

 

 彼女の最も異端にして凄まじいのは、教え子の才覚を“本人の伸びしろ”以上の領域へ引き上げる怪物的な教育の手腕にあった。教え子の気質と本質を理解した上で教え子の求める方向へと導き、学んでいる教え子当人でさえ予期せぬ領域へと成長させていく。

 

 まさしく怪物的としか例えようもない教育術。

 

 

 夏目先生の与える試練と任務、時に雑用、愉快にして様々な項目で織りなされる授業のおかげか、退屈とは無縁の日々を送った。彼女から与えられた全てが森鴎外の諦観と絶望に染まった心に燦然と光輝をもたらしたのだ。

 

 横浜において彼女は多くの人物から慕われ、恐れられ、憎まれ、憧れを抱かれている。それが彼女のカリスマというものなのかもしれない。他者を教え導き高みへと至らせる。そのために必要な“何か”があるというのならばそれを万全に用意する。多くの異能力者が集う修羅のちまた、生徒を成長させるための真逆の存在との出会い、心を癒すための安寧の時間。

 

 

 先生と出会い、そして多くの試練を越えてきた街、横浜をいつしか私は愛するようになった。悪と善が織りなす混沌、まさしく人のあり方を形にしたようなこの街に私は腰を据えることとした。先生は私のため、私財を投じて立派で清潔な医院を建てた。かつての崩れそうな施設とは異なる医療施設。そこは、外観こそ周囲の建物に紛れ込むようなものだったが、内側は医療を行うに適した環境を整えられたそれだった。

 

 

 医院を渡した後で先生は私の教育の最終段階として、ある宿題を出した。それは医院に担ぎ込まれた者たちから情報を集め、それを売買することで横浜の違法組織間のパワーバランスを操作することがその内容だった。

 

 

 非合法組織の情報を官警へ適度に与え、横浜の秩序を乱す者たちの情報を敵対者に与えることで効率よく街の安寧に活用した。汚職に染まった官警には、非合法組織の手で片付けさせた。誰も知るよしもない、あの福沢殿も私がただの情報屋だとしか認識していなかっただろう。

 

 

 彼の右腕である乱歩君さえ察知しようのない真実。横浜を裏で支配していたのが町医者など余人に話しても冗談としか思わないだろう。この事実を知るのは夏目先生と私くらいか。夏目先生の手も借りて証拠の一片さえ残らぬよう動いた情報操作。

 

 

 それらは全て、ある構想のためだけに行われた下準備に過ぎない。

 

 ────この構想を語ることについては、また後ほど。

 

 

 

 横浜を離れた際に先生の伝手で従軍医となり、異能による軍の機構についての論文を政府へ提出する。また、従軍医として同行した、大戦末期のある戦場。常闇島で只人が英雄へと成り果てた瞬間を目撃することと成る。

 

 

 

 

 まぁ、横浜に戻った時には既に夏目先生の教え子となった彼、福沢殿と腐れ縁を結ばれたことが不満と言えば不満だが、夏目先生の教育の一環である以上、自分にとっては必要不可欠なのだと思ってしまう。彼女は、福沢殿の到来を言祝いでいた。

 

 福沢殿が私を打ち負かし、また私が福沢殿を打倒することを望んでいた。

 

 それはライバルという関係ではなく、不倶戴天の敵手としての関係性を想定していた。同門である福沢殿とは何もかもが噛み合わなかった。規格の違う歯車を同一の機構に嵌め込めば、破損は当然と想定できる。

 

 

 同門でありながら、その思想も在り方も気にくわなかった。

 

 それは福沢殿も同じだろう。

 

 しかし、その気にくわない相手を自分の護衛役として医院に送り、あまつさえ様々な案件で彼と組ませて事に当たらせた。お互いに相手の主張を認められず、相手は己に比肩することと気にくわないという点においては意見の一致を得た。

 

 一度、福沢殿と一緒にどうして自分たちを組ませたのかと尋ねたことがある。

 

 

 

 

 “金剛石(ダイヤ)金剛石(ダイヤ)でしか磨けない。……力を持つ者はえてして未熟者です。なまじ本気でなくても勝ち続けてしまうために本当の勝負を知らずに育つ恐れがある。大器を持つ者は負ける悔しさを早めに知れば大きく伸びるモノなのですよ”

 

 

───善く学び、善く競いなさい───

 

 

 その時は、その言葉の意味を解することはなかった。

 

 

 この言葉の真意を理解するのは、数年の時を過ぎポートマフィアの首領(ボス)に登り詰めてからの話だ。互いに表と裏の組織の長となった福沢殿との衝突にもそれが影響しているのか。だが、我々は知っている。このヨコハマという街を愛しているという事実を。

 

 それさえ解れば問題はない。それだけがあの気にくわない夏目先生の下で切磋琢磨した男と自分を繋ぐ唯一の腐れ縁「絆」なのだから。

 

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