文豪ストレイドッグス 強キャラTS夏目先生   作:悪事

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エイプリルフール記念投稿




 中原中也と帽子の神髄

 

 

 

「名乗りなさい、少年。まさか戦の作法を知らぬとでも言いますか?」

 

 

 そういって俺を見下すあの女は憎たらしいくらい自信満々に笑っていた。

 まったく気に喰わねぇことにな。

 

 

 昔話なんざ柄じゃねぇが仕方ねぇ。あれは俺が“羊”に入る前、擂り鉢街を徘徊していた頃のことだ。

 

 あぁ?今と大して変わらないじゃないか、だぁ?

 

 ぶっ殺されてぇのか、黙って神妙なツラして頷いてろ。粉微塵にするぞ、おい。

 

 

 

 あの頃の俺は自分が何なのかさえ、分からずにいた。頭にあるのは自分の名前が中原中也ということと自分のうちに宿る重力操作の異能『汚れつちまつた悲しみに』の扱い方だけだった。

 

 自分以外の全てが不明瞭で、世界の全てが曇って見えた。

 

 記憶の無いまま擂り鉢街をさまよう幽鬼。

 

 そこに先生は現れた。なんの前触れもなく散歩でもしていたらなんてノリで普通に俺の前に現れたんだ。

 

 

「おや?これはまた随分とくたびれた迷い犬がいたものですね」

 

 靴も履かず、襤褸切れとなった軍服を羽織っただけの薄汚れたガキ、それが記憶にある最初の俺だ。

 

 そんな俺の前に現れた先生はこれまで見てきた相手と違う。死んだ目をした浮浪者、怯えた目をしている孤児、がたいのいい傭兵崩れやら、武装したごろつき共、果てはポートマフィアの末端構成員までと街の木っ端な悪党どもとは一線を画す存在感。

 

 目の前に立つ品の良さげで立ち姿さえ凛とした女。見れば見るほど、あの街「擂り鉢街」に似つかわねぇ女だった。まず以て身なりが良い。舗装されておらず道が悪い所為で今にも汚れそうな丈の長いロングスカートは一切の汚れや埃などがなく、肩にかけた藤の柄の打掛を靡かせる女は美々しく艶やかに佇んでいる。

 

「……だとしたら、なんだってんだ」

 

 腹が空腹を訴えるが“生み落とされたばかり”の俺はそれがなんなのかを言語化できずにただ、腹を抱えて蹲ることしかできなかった。先生はそんな俺の目の前に握り飯をさしだしてきた。

 

 空腹のあまり、差し出された握り飯を無言でかっくらう。それが何かを理解しないまま本能が命じる通り反射の運動を起こす。握り飯を掴んで口の中に放り込み、咀嚼、嚥下、そして次へ。空腹が納まるまで続けられたそれを先生はただ傍で座り込んで見ていた。

 

そういや、あん時は握り飯って名前さえ知らなかったんだな。

 

「この三角のやつはなんだ?」

 

 あらかた食いきってから発せられた言葉に、先生は笑った。何かも知らずに口に放り込んでたんだ、その反応も腹立たしいが止むなしってやつだ。

 

「おにぎりですよ、野良犬くん」

 

「いぬ?」

 

 何もわからない、言葉もそれが持つ意味さえ。霧がかかったように曖昧としている。

 

「……吾輩の名前は夏目漱石。このヨコハマで異能力者への教師をしている者でして。異能を持つ未熟な少年少女に生きるために必要な知識や技術を手習いさせている一介の隠居老人なのですよ」

 

 教師?手習い?あの頃の俺はその言葉の意味こそ分からなかったが、ただどうしようもなく苛立ちがこみ上げてきた。ふざっけんな、そんなの教えてくれと誰が頼んだ。興味もねぇよ。

 

 少なくとも普段の俺ならそう吐き捨てた。だが、俺は何も言わなかった。

 

 多分、その言葉遣いに違和感があったからだろう。吾輩、老いぼれていない、隠居老人?

 

 何バカなことほざいている。いいとこ、手前は俺より二つか三つ程度しか違わねぇだろう。艶やかで手入れのされているだろう黒髪が潮風で躍る。このスラムの中であっても、一向に汚れていく気配のないこの女は物語から抜け出してきたような非現実的な存在感があった。

 

 同時に気にくわねぇと思ったよ、場違いな人間が場違いな相手と話をしている。

 

 違和感は増す一方で目の前の女が無性に苛つく。飯をもらった恩こそあれ、どうしようもないガキだった俺は名状しがたい怒りを明確に形にしないまま振るおうとする。そう思って俺は先生の手を掴んで異能を発動させた。

 

 異能、自分が何者かも記憶が定かでない時でも、はっきりと己によりそった形無き力。

 

 いいや、荒覇吐という膨大な力の奔流は、開放すれば自分ごときちっぽけな一生命も消し飛ばしかねない最強の鬼札。それを生まれて初めて他の生き物に向け振るう。

 

 どうなったかだ?

 

 吹っ飛んだよ、あべこべなことに、この俺がな。

 

 ありえない、重力を操作する異能力者が如何なる仕儀か、宙を舞ったのだ。

 

 明らかに奇妙奇天烈な事態に頭が思考を止めかける。

 

 だが、息つく間もなく訪れる相手の鋭い抜き手から身をよじってどうにか回避を成功させることで思考が再度動き出す。

 

 俺の思考は相手が自身を如何な術理によって投げ飛ばしたかを刹那に読み取った。

 

 何故、瞬時に敵手の奇怪な術理を読み取れたかというのは、俺の洞察がその時に限り鋭くなったなんてご都合主義に溢れた話ではない。むしろ、皮肉なことに相手の術理と自身の異能の合致から来る当然の帰結である。

 

 自身の認識に誤りがなければ、“相手も自身と同様に重力を操作”し、その力を以てして俺の体躯を宙に放り出したのだ。

 

 敵も重力操作系統の異能力者!?

 

 洗練され研ぎ澄まされた異能出力。ふざけろ、宙に放られた間にいくらでも攻撃を叩き込めただろうに態とその好機を棄てやがった。言外に自分を俺より格上とでも示唆する油断。

 

「名乗りなさい、少年。まさか戦の作法を知らぬとでも言いますか?」

 

 作法だぁ、知ったことか。

 

「ぶっ潰す」

 

 腹の底から出る憤怒の熱、俺の臓腑を焼いたそれを拳に込め、両足から重力場を展開。それはアンカーであり、不退転の杭そのもの。絶大な攻撃力を吐き出す拳の反作用で吹き飛ばないため両足を重力で固定し、上体に横方向の重力を掛ける。

 

 右拳の加速、威力増大のための重力付与。

 

 今度は投げられる無様を曝さぬよう、かつ相手を一撃で粉砕するために。敵の重力をぶち抜くため、俺が俺のまま制御できる領域の全霊を放つ。

 

 硬く握られた拳は大気圏を穿つ隕石のごとき速度域で獲物を砕くはずだった。

 

「甘い、これでは及第にも届きません」

 

 右拳に交差し敵の左縦拳が肩部を捉える。攻撃の中断、それを足掛けに俺の頬、脇腹の二カ所へ連続で拳が撃たれる。激痛、敵も重力を扱うのは把握していたが、こちらよりも精度、威力ともに勝るだと?。

 

 不可解、どういうことか相手の重力は自分の発生させるものより規模は低い。なのに何故、敵の異能は自身の異能の先を行く?

 

 敵手の異能規模は自分の感覚に狂いがなければ、自分のそれの半分程度。

 

 なのに吐き出す威力と精度はこちらの上を行く。

 

「ああ、自分の異能への理解が乏しいのですね。それはそう使うものではないというのに」

 

 何を言っている、何を知っている、こいつはなんだ。

 

 そもそもこいつ、本当に今まで見てきた人間と同種なのか?

 

 痛みをこらえ、気が遠のきそうなところを意地で見返して敵の次の動作を懸命に読み解こうとする。

 

「仕方がありません、手本を見せてあげましょうとも。男児たるもの気合いと根性、後は意地で生を掴みなさい」

 

 眼前の女が棒立ちを止め、自然体を解く。それは初めて相手が取る明確な戦闘の構え。左手を右手に添え、右拳は居合いのごとき抜刀姿勢を形取る。肌が泡立つ危険の予感、それは炎熱に似て俺の心身を静かに音なく焦がす。

 

 片足で地面を踏み砕き瓦礫の盾を即興で用意してから、もう片方の脚で後方に向け全力の跳躍。両手を体の前で交差させて盾代わりにして攻撃を凌ごうとするが、敵はそんな急ごしらえの対処でどうこうなるような規格に収まらない。

 

「天地万物に吸引の力有り、これなる作用を引辰、力を辰気と称す」

 

 女の右手に刃のように鋭利な重力場が形成、対称的に左手のそれは集約され一点に黒々とした球体状の鞘を為す。

 

 それは世界に空いた黒い風穴。あるいは世界の向こう側に繋がる空洞。

 

辰気収斂(グラビティエンチャント)

 

 そして、ついに相手の拳が開放される。先生のあの術技。瞬間のことでありながら、ああも網膜と記憶に焼き付いていることから、あれは生死の境に追い詰められ一秒を永遠と勘違いするほど認識能力が高まったおかげなのだろう。

 

 されど限界まで高まった動体視力と感覚ですら、先生の攻撃への対応は不可能だった。

 

「吉野御流合戦礼法、迅雷が崩し。重力拳砲(グラビティカノン)(まがつ)

 

 極限まで凝縮された重力場が黒き閃光を散らす。

 

 攻撃着弾、そして世界は破壊の爆流に呑み込まれ俺の意識は虚空の果てに飛ばされた。

 

 同時、俺の中で燻っている強大にして巨大な怪物の手綱が外れたのを理解する。

 

 もう終わりだ。何もかも。

 

 ああ、きっとあの女は……。いや、何を思っても意味はない。

 

 “あいつ”が顕現すれば、世界は容易く塵芥に成り失せる。

 

 己を手放してしまったこの俺の感慨に、もはや何も意味はないのだ。

 

 

 

 気がつくと俺は柔らかな寝床に納まっていた。何が何だか分からない、今の自分がどこにいて何をしていたのか、全てが曖昧模糊としていた。けれど、不思議と嫌な気分じゃなかった。それは力一杯に動いた末の奇妙な満悦によるものだと理解する。

 

「おや、目覚めましたか」

 

「ああぁ?」

 

 寝床「ベッド」脇にはなんらかの学術書を片手にこちらを看病していたといった風情で、あの女が座っている。本から目を離し、俺を視界に捉えると笑みを浮かべる。

 

「頑丈だと想定したつもりでしたが、思ったより柔なものです。これでは、遠くない未来で想定外のことが起きそうですね。やはり、梃子入れは必要ですか」

 

「なに、言って、やがる」

 

 意味の分からない戯れ言、いや当時でこそ理解できなかったが、あの先生の規格外っぷりを知っていれば、あの猫の魔人はその常識離れした見地から未来を正確に把握したからなのではないか。

 

 一言、一言を言語化する度に耐え難い激痛が全身を脈動する。

 

 首から下が別の者にすげ替えられたような感覚。指先一つ動かす事の出来ないざまは、傍目から見ても滑稽だったろう。

 

 敗残者の無残な在りよう。そう、俺は敗北したのだ。

 

「君は知らない、自分の肉体の限界だけでなく、己より上位の戦士との駆け引き、窮地、苦難の一切が。なるほど、君の腹に抱えているモノの強大さを見るに内側の存在の手綱を握るので精一杯というのも、まぁ理解は示せます」

 

手前(テメェ)、なんで荒覇吐のことを」

 

「荒覇吐、そう……君はあれをそう呼んでいるのですね。……決めました、少年。あなたを吾輩の生徒にします」

 

「はっ?」

 

 理解のしようがない。何をいってやがるんだと言ってやりたいが、体が動かない以上は拳を振るうことさえ遙かに難しい。

 

「君がどのような文句を口にしようと、既に君は吾輩の生徒です。逃げようと、抵抗しようと、平伏しようとも吾輩が君に戦う術を戦士たるに相応しい気概を肉体と魂に叩き込んであげます」

 

 ふざけんなって、言えば良かったんだ。けど、あの時、力一杯に暴れて完膚無きまでに負けを喫した後だった所為なのかもな、先生の文言を黙って聞き入れちまったんだよ。

 

 くそったれめ。

 

「好きに、しろ、や」

 

「ではそのように。さて、と。それではまず最初に聞いておきましょう。少年、君の名前は?」

 

 こちらをのぞき込み、名を尋ねてくる。そういえば、戦い始めたときにそんなことを言っていたような気がする。いわゆる作法というやつか、自分がそう言うモノに向いていないと考えていたけれども勝者に尋ねられ、敗者がだんまりは道理が通らねぇだろうが。

 

 

「中原、中也。……俺は中原中也だ」

 

 せめてもの意地で、にんまりと皮肉そうに喧嘩でも売るように俺は口の端をつり上げ、己の名を先生に告げたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 畳の上、裸足で敵に向かい駆ける。黒き閃光を僅かに残す異能を使った移動術、前方に方向付けられた重力制御と膝を抜く動作の連立使用によって為される先生より教授された吉野御流合戦礼法が縮地法。人の技巧によって為される人外の戦闘術。

 

「しゃおら!!」

 

 意気軒昂、俺自身を奮い立たせるためが奇声は心身を巡り丹田を通過して力を発揮する。

 

 異能、武術の完璧な同調、凄まじいまでの領域に押し上げられた戦闘術。

 

「しっ!!」

 

 しかして、相手もまた武術に長ける人物。いやさ、怪物。

 

 こちらの振り下ろした正拳に腕を交差、まったく対称なる攻撃が飛来。いわく一刀流なる剣術流派でいうところが切り落とし、同等の攻撃を弾き、距離を稼ぐ。

 

 稼いだ距離を用いて加速、縮地法に加え重力制御による疾駆、それは生物学的には不可能な軌道と加減速を経て、敵と再び接敵。

 

 右腕を婉曲させ、鎌のように形取る。それはかぎ爪であり、首刈りの鎌でもあった。完全に加速しきった状況で敵の喉元に引っかける。

 

「喰らえや、吉野御流合戦礼法、夢枕」

 

 狙い通り命中したなら、敵の頸骨を折るどころか、首を刎ねることも容易な殺人技巧。

 

 夏目先生はそれを下に回り込み回避、のみならず畳みに肩を擦らせるほどの低軌道から、手刀を振り上げる。片方の空いている手で防御こそしたものの、先の拳による痛打の残滓と腕の痛み、まともに受けていれば俺がくたばるところだ。

 

 体勢を立て直し、先生に正眼の状態で対峙する。すると先生は右手の平を広げ、こちらに向ける。あれも吉野御流合戦礼法が術技、“禽楽”。

 

 本来は相手の眼孔目掛け、刀身を振るい相手の精神的動揺を計る技だが、こうやって威圧し相手の行動の幅を狭めることにも用いられる。釈迦に説法とはこういう状況を指すのだろう。なにせ自分が知る技は相手が自身へ叩き込んだ技なのだ。

 

 その使いどころから、活かし方まで相手が俺よりも優勢を誇るのは当然至極。

 

 くそがっ!内心の動揺も押し殺し、無言で不満を示すも敵手の余裕の牙城は突き崩せない。

 

 今度は敵影が高速で距離を詰める。敵に自分の技を把握されているのならば、なんらかの一点で相手の予測を外さなければならない。だが、それが出来ていれば俺はとうの昔に先生から一本を取っているのだ。

 

 言うは易く、行うのは難き。

 

 先生が放つ左の突きを右手で捕らえ、右の牽制目的の拳も掴み取る。ここから体幹の変位で相手の正中線の通った姿勢を歪め、畳みへ叩きつけてやる。

 

 本人も意識していないが、この手合わせより前に行った試合で身を以て学んだ猫の魔人が超絶技巧、それを中原少年は一度受けただけで完璧にそれを再現するに至っていた。天性の戦闘に関する勘の良さ(センス)

 

 その拘束は敵を逃がさないという点では見事なものだった。けれども、相手が逃げることを選択しないとなれば話は違ってくる。拘束された両腕を軸に高速の前転運動が生じる。しまった、咄嗟に手を振りほどこうとするが拘束していた腕に相手の華奢な白魚のごとき腕が大蛇よろしく絡みついて離れない。

 

 拘束をしていたはずが、あべこべに拘束されるという逆転現象。

 

 まずいと認識したのも束の間、中原中也は自身の敗北を悟った。

 

「吉野御流合戦礼法、月片」

 

 そこらの半島なら吹き飛ばせそうな踵落としが命中、畳が吹き飛び中也は体術の訓練場としていた道場から吹き飛ばされていった。攻撃の命中した瞬間、寸分違わずに発動させた重力の操作による衝撃軽減が無ければ棺桶に入れられていただろう。

 

 少年は規格外の師が放った領域外の一撃で意識を失い、母なる大地に墜落していくのだった。

 

 

 

 

 

 意識を取り戻したとき、俺は縁側に大の字で寝そべっていた。頭部の激痛と体を苛む鈍痛を無視して起き上がると、そこには呑気に茶をしばく先生の姿が。

 

「惜しかったですね、中也」

 

「先生どこら辺が惜しかったッてんだよ」

 

 勝者から敗者への慰めなど何の役にも立たない。まして、先の手合わせの結果が圧倒的であったからこそより慰めの言葉は無意味に等しかった。だが、先生はひと味違った。なにせ、慰めが慰めの体を為していなかったからだ。

 

「その辺です」

 

「具体的に言えや」

 

「あの辺でしょうか」

 

 具体性がどこにもねぇ。

 

「なぁおい、俺はいつになったらあんたより強くなれる。言っとくがなぁ、俺は先生に会うまで大人だろうがなんだろうがめざわりな連中を蹴散らしてきたんだ。だがよぉ、手前ぇはそんな生やさしい生きもんじゃねぇ。見上げても見上げても届きようのねぇ……巨人か何かだ」

 

 らしくもねぇ弱音を零した俺に先生は宥めるようにぽつぽつと独白を行った。

 

「それは違いますよ、中也」

 

 

 

 

 

 

「吾輩は…………猫が好きです」

 

「ってごらぁぁ!!人の話聞きやがれ!?おれぁな手前ぇみたいなバケモノ見た事ねぇつってんだよ!!!」

 

 ケラケラと面白そうに俺をからかう先生へ俺は悪態を吐く。

 

 何時も通りと言えばそうだが、あの人はいつも愉快そうに肩を揺らしていた。

 

 常日頃から本心や己の底を曝さない有り様はこの先で双黒の片割れとなるヤツに似通ってこそいる。だが、あの野郎とは決定的に異なる点があった。それは平然と投機、博打みたいな策を打ち、運任せに状況をぶん投げる癖があるところだ。

 

 それで自身の都合の良い形に事を持って行くのが上手いのだが、あれは真似しようとして出来るようなモノではない。

 

 したいとも思わねぇが。

 

 

 晩香堂に来て、一年の歳月が流れた。

 

 俺は武器術、組み打ち術、合気、近接戦闘における技を多く学んだ。一時は軍団規模の統率と指揮も教え込まれたが柄じゃない上に性に合わないことを察してくれたおかげで小難しいことをせずに済んだのは上々と言や上々だ。

 

 それと三食、きちんと食わせてもらえたのはありがてぇ。けど、なんで毒を入れちまうんだよ!おかげで常に体は重く、吐き気や頭痛、眩暈に立ちくらみをしょっちゅう起こしては訓練中にぶっ倒れることがしばしばあった。この生活のおかげで毒に対する耐性を手に入れたのはいいが、素直に感謝したくねぇ。

 

 先生の元を離れ、羊に加入してから飯があんなにも美味かったのには本当に感動したよ。

 

 

 

 

 

 

 底知れず、あの頃から意図の分からないことばかり教え込む先生は事あるごとに、俺が新たな技を習得し成長する際に決まってお馴染みのセリフを謳った。

 

 

『帽子の似合う男になりなさい』

 

「あぁ?帽子の似合う似合わないが俺にどう関係すんだってんだ。帽子が似合うようになればあんたを倒せるのか」

 

「吾輩を倒そうが倒すまいが、君は何も変わりません。そのようなつまらない些事ではなく吾輩が言っているのは単純なことです、一人前の男になれ、と」

 

「帽子被りゃ、一人前ってか?そいつはまた随分とお手軽だなおい」

 

 こつん、猫の手のように丸められた拳が頭部に当てられた。

 

 それから遅れてやってくる、体内に残留する衝撃。おれは景気よく縁側をぶち抜き胸まで地面に埋め込まれた。

 

「ただ帽子を被れば良いという話ではありません。むしろ、未熟者では帽子は相応しくない。中也、帽子の役目を知っていますか?」

 

 地面に人を埋め込んでおいて、問いを放るな。ちくしょう、両腕まできちんと嵌っていて抜け出そうとするのに時間がかかる。

 

これ(帽子)の役目は男の目元の冷たさと優しさを隠すため。だからこそ帽子がさまになるのは、一人前の証しなのです」

 

 そう言って先生は白の中折れ帽子(ソフトハット)をクルクルと手元で回して流れるようにそっと帽子を頭に置く。その姿があまりにも絵になっていてほんの少し、視線を釘付けにされたことを腹立たしく思う。

 

 

 それから半年、俺はようやく先生から一本を取り、晩香堂を卒業することとなる。餞別代わりに渡された白の帽子を被る度、過去を想起し現在の自分に問いかける。はたして俺は一人前かと。

 

『帽子の似合う男になりなさい』

 

 ハッ、独り立ちした今となってはもうどうでもいいことだ。なんて台詞が強がりだというのは自分でも分かってる。

 

 なにせ卒業祝いに渡された白い帽子を手放せない有様なんだからな。

 

 

 たく、格好がつかねぇなおい。

 

 

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