魔法少女育叡計画 scientia est potentia 作:pseudok
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第1話 存在せよ銀の弾丸
◇キーク
闇の中でモニターの光だけが少女の姿を照らしていた。
明るみは少女の心を苛立たせ、暗闇は少女の心を落ち着かせる。ただそれだけの性質が理解されず、来客は決まって「部屋が暗い」と不満を漏らす。儀式めいたやり取りを繰り返すうち、少女は他人に譲歩してやることも少しばかり覚えたが、煩わしさは募るばかりで、人嫌いが加速していくのも当然だった。
少女──キークはすっかり温くなったエナジードリンクを最後の一滴まで飲み干すと、回転椅子の背もたれに体を預けて天を仰いだ。眼鏡を外して眉間を強く摘まんでもそれで疲労が消えることはなく、力を失った両腕はだらりと垂れ下がる。
「魔法少女育成計画」の始動まで残り七十二時間。どうにかこうにかゲームシステムは完成に漕ぎ着けた。今はシミュレーターを数百万回単位で回して、特殊な条件が重なった時のみ極々稀に発生するバグを潰している。バグはそれこそ
しかし、本当にそれでいいのだろうか。なにかバグの源泉のようなものが存在し、それを潰さない限り本番環境で致命的なバグが生まれる結果は避けられないのではないか。そのような数値データに反した予感がキークの中にあった。
キークは机を掴んで思い切り押し出し、反動で椅子を回転させた。キークの体も椅子と一緒に回転する。キークが足を伸ばせば回転速度は低下し、椅子の上で脚を抱えれば回転速度は上昇する。角運動量は保存されている。
ゲーム内の物理法則に問題はないだろうか。あるとは思えない。全ての物理定数は奇跡的なバランスを保っており、ほんの少しでも設定を間違えれば瞬く間に世界は崩壊、キャラクターは存在を許されなくなる。何千年にも渡る先人達の叡智の積み重ねは信用に値する。
キークは仮想の立方体を人差し指の先に生成し、体の回転とは逆方向に回転させた。二つの回転中心を合わせ、回転速度も同速に調整する。傍から見れば立方体は静止して見えるはずだ。
問題があるとすれば魔法の方だ。物理と魔法が干渉する時、なにが起こっているのか。魔法は現世の人間に対しては秘匿されているし、魔法の国の住人は魔法の神秘性を過度に信仰しているのか、「人智及ばぬからこその魔法」という旧態依然とした思考に固執している。研究といったら専ら既存の魔法を強化するとか、新たな魔法を創造するといった類のものばかりで、仕組みを解明するという方向に目を向ける者を見たことがない。
「科学」の対極に居を構える凡愚どもは、なに一つとして理解していない。にもかかわらず、現実世界で魔法は滞りなく発動し、物理法則を悠々と飛び越える。
魔法使いの中に例外がいるとすればただ一人、「始まりの魔法使い」その人だ。彼もしくは彼女はどのようにして矛盾なき世界を作り上げたのか。同じ創造神であるキークとの違いはどこにあるのか。まさかキークの能力が劣っているとでもいうのだろうか。
「クソッ! 死ね! 死ねっ……!」
限界を超えた疲労で精神が弱っていることを自覚し、あえて強い言葉で考えを振り払った。
有り得ない。キークは自らの創造した世界を至高と自負している。
改めて、冷静に参加者各人の魔法のシミュレーター上の実装を洗い出してみる。
大前提として、物質の質量が増減するなど、見かけ上エネルギー保存則に反した魔法に対応するため、現実世界において魔法の国が存在する次元に相当する「余剰次元」を設定している。不思議現象の原因を余剰次元空間を対象としたエネルギーの貸し借りに押しつけることで、現実世界との差異を最小に留めたまま全ての魔法を再現する。この実装に問題はないだろう。
ペチカの『とても美味しい料理を作れるよ』は核変換によって材料から料理を生成する。変換前と後の質量は同等という制限があるためこれは容易だ。
クランテイルの『半分だけいろんな動物に変身できるよ』はクランテイルの下半身の全細胞内DNAを書き換えた上で極限まで代謝を高めている。DNA情報については既存のデータベースを流用しているため特に苦労もなく準備できた。
リオネッタの『人形を思い通りに操ることができるよ』は対象の人形の手足をリオネッタの手足と同様のインスタンスとして生成し、遠隔で神経接続したような操作感を実現している。
マジカルデイジーの『必殺のデイジービームを撃てるよ』はデイジービームが照射された部分の強い相互作用をゼロにし、クォークの結合を切断する。質量欠損によって生じたエネルギーは余剰次元方向へと流す。
のっこちゃんの『まわりの人の気分を変えられるよ』は周囲一定範囲の者の感情パラメータをのっこちゃんと同期させる。
プフレの『猛スピードで走る魔法の車椅子を使うよ』はやりようによっては魔法なしの現実世界でも製作可能ではないか。本当に魔法なのかどうかすらも疑わしい。
シャドウゲールの『機械を改造してパワーアップできるよ』はかなりの問題児だ。やろうと思えばなんでもできてしまうため、マジカロイド555アルティメットパワード以外にもご無体な機械を数多生産してきた。不本意ながら改造の方向性を予め定められたパターンに制限したところ、平凡な能力に成り下がった。シャドウゲールの発想力はたかが知れているため、概ね現実に即しているだろう。
マスクド・ワンダーの『いろんなものの重さを変えられるよ』は対象の万有引力定数の値を変更する。これほど作用が単純かつ強力な魔法はなかなかない。他の魔法も見習って欲しい。
ディティック・ベルの『たてものとお話できるよ』は最悪の魔法だ。まず無生物クラスである建造物オブジェクトを生物クラスに変更しなくてはならない。更に建物は魔法非発動時に目、耳、鼻などの感覚器を持たないにもかかわらず、光子、音波、微細粒子を受容し、その記録を保持する。これほど根本的なシステムの変更となると、他の部分への影響も大きく、予測不能な挙動を数多く生み出す。何度ゲーム参加前に殺してしまおうと思ったかわからない。
ラピス・ラズリーヌの『宝石を使ってテレポートできるよ』は余剰次元空間を一時的に折りたたむことで現地点とテレポート先の地点に距離ゼロのショートカットルートを生成している。
メルヴィルの『色を自由に変えられるよ』は単純に発動対象の表面の色を変化させるメカニズムだと、メルヴィル自身の透明度を変化させた際、メルヴィルの網膜が光を受容できずに盲目になってしまう。よって発動対象の色ではなく、発動対象を見た者の視覚映像の方を変化させることで対応している。
チェルナー・マウスの『ものすごく大きくなれるよ』は不足分の質量を余剰次元から借り入れる。チェルナー・マウスの膂力は体長の二乗に比例し、体重は体長の三乗に比例するため、魔法少女の力をもってしてもどこかで自重に耐えられなくなる。仮に際限なく巨大化したチェルナー・マウスの体中心が重力収縮により核融合を起こし恒星化したとしても、あるいは重力崩壊を起こして中性子星化したとしても、余剰次元空間の総エネルギー量からすれば誤差レベルなので特に問題ない。
アカネの『見えているものならなんでも斬れるよ』はラズリーヌのワープメソッドを流用してアカネの刀の刃部分とアカネの視界に映る物体の距離をゼロにしている。
これで全部だ。やはり可能性があるとすれば、突出した複雑性を持つディティック・ベルの魔法か。できればシミュレーターではなく、実際の魔法を使ったテストがしたい。しかし、本番を前に本人を連れてくるわけにもいかない。ならどうするか。
ちょうど回転が停止した椅子の正面のソファー上には魔法の端末が放置されていた。
「ファル」
「ぽん……?」
無理な作業を強要したせいで、一時ファルの気は狂れてしまっていた。だがしばらく休ませたおかげか、複雑な作業はさせられないまでも、意思疎通が図れる程度には回復している。
「ディティック・ベルに似た魔法使う魔法少女、いなかったっけ?」
ファルは目を回しながらもデータベースを検索する様子を見せる。
「……建物と会話する魔法は他にないはずぽん」
「そんなぴったり一致したやつじゃなくてさ。いたでしょ? 箱の中身を調べたりできて……えーっと、確か普通の日本人みたいな漢字の名前の……」
「
「そうそうそいつ! なんか勝手に試作版にログインしたくせに、アンケートに文句ばっか書いてさあ、腹立ったからログも見てないんだよね。アレってまだ残ってる?」
「残ってるはずぽん。確か……」
「無理しなくていいよ。あるならあたしが探すから」
「ぽん……」
コマンドラインに検索条件を入力し、中野宇宙美に関連するログをスクレイピングする。一件ヒット。チュートリアルモードでのプレイはクリア条件も異なる上、ゲームシステムも最新版とはかなりの相違があるが、基礎的な部分はそれほど手を加えていない。参考になるはずだ。
魔法の使用回数は一回。いくらでも活かせる場面あるだろもっと使っとけ、と内心毒づきながら更に詳細を調べる。
"magicalGirl.useMagic.target:world"
「ああっ!?」
ディスプレイに表示された情報に、思わず頓狂な声を上げてしまう。
電脳空間全体への魔法の行使は最優先禁止事項として設定していたはずだ。現実において「世界」に対して魔法を発動することなど許されていない。そんなことができたとすれば、とっくに世界は崩壊している。
だが、中野宇宙美は現にその障壁を乗り越えている。
これが中野宇宙美特有の現象であれば問題ない。だが、シミュレーター上の魔法少女ではなく、実際に魔法少女を電脳空間に取り込んだ際に起こる現象だとすれば、どうなるか。
キークは試しにゲーム自体への干渉を許可した上でシミュレーターを軽く走らせてみた。
結果、ゲーム全体を建造された「たてもの」と認識したディティック・ベルが、ゲームの仕様やバグなどに関するあらゆる情報を聞き出し、その情報を元にプフレがキャラを保全したままゲームを破壊、全員生存、帰還。
「あんのクソ探偵! クソ眼帯車椅子女!」
キークが両拳で机を叩くと、モニター類が一瞬宙に浮かび、山積した書類がバラバラと崩れ落ちた。舞い上がる埃はモニターの光を乱反射して、星のごとく煌々と輝いている。
「ファル、ゲーム開始までにもう一度、この中野なんとかをゲーム内に呼び出せる?」
「うーん……前回のプク・プックへの接見は具申から返事待ちだけでも二週間かかってるぽん。たぶん無理ぽん……」
「なら仕方ない。攫うか」
「えっ? さすがに三賢人の近衛隊に手を出すのはやべえぽん……。絶対捕まるぽん」
「電脳空間に捕らえれば現実時間では一瞬だし、記憶消して帰せばバレないでしょ」
「でも……」
キークは椅子から飛び降りると、狼狽するファルに歩み寄った。ホログラムに顔を近づける。
「あのねファル、このぐらいのリスクは端から承知の上でやってんの。捕まることより試験が失敗することの方がよっぽど怖いよ」
ファルの視線はしばらく虚空を泳いでいたが、キークの真摯な想いに絆されたのか、最後には諦めたように目を伏せた。
「……わかったぽん。プク・プック邸は結界が張られてるから、玄関前を監視して出てきた時に知らせることしかできないけど、それでいいぽん?」
「いいよ。何日も引き籠もってるってことないでしょ。たぶん」
キークはそういいながらソファーの隣に備えつけられた冷蔵庫を開け、中からエナジードリンクを取り出した。プルタブを引き上げ、喉を鳴らしながら缶の内容物を胃に流し込む。
「……」
ファルはつぶらな瞳を細めながら、冷蔵庫にぎっしり詰まったエナジードリンクの森と、その隣に積まれたスナック菓子の山を見つめていた。
「なに? その目は」
「いや……なんでもないぽん」
「まあいいや。あとはもう一人か二人、比較対象として情報取得系魔法のテスターが欲しい。候補出せる?」
「それなら──」