魔法少女育叡計画 scientia est potentia   作:pseudok

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第4話 キークのマジカル古典力学教室

 キークが指をスナップさせると、背後にあった回転椅子が一瞬で消滅し、まるでワープしたかのようにキークの前に現れた。

 キークは背もたれを抱きかかえるような形で回転椅子に跨り、更に指をスナップさせる。

 三人の中心に、装飾の施された薙刀のような武器が出現した。

「これはルーラっていってね、あたしが敬愛する魔法少女に唯一土をつけた魔法少女の名を冠した武器……まあモノ自体は魔法の国ではありふれた『絶対に壊れない』と謳われるアイテムね」

 キークはルーラに向かって手を伸ばした。ルーラは椅子に座ったまま手を伸ばしたところで届くはずのない距離に設置されているが、キークは手の延長上にある不可視の手を伸ばすように振る舞い、実際ルーラはその手に掴まれたかのように宙に浮かんでいる。

「ところで『絶対に壊れない』ってどういう意味だと思う? 中野」

 唐突にルーラの切先を眼前に向けられ、ソラミの体はびくりと跳ねた。魔法の武器の切れ味は知っている。縛られた状態では逃げられない。

「どういう意味って……めちゃくちゃ硬い以外の意味あんの?」

「はい、バカ。絶対壊れないってことは一ミリたりとも撓まないし軋まない……つまり完全剛体ってことなんだよ」

「カンゼンゴータイ……ってなに?」

「もうどうしようもないぐらいバカ。つまり……」

 キークが天を仰いで指をスナップさせると、長い棒状の物体がキークの頭上に出現した。否、長いなどという表現では到底足りない。蒼穹を貫くその棒の先端は遙か上空で霞みがかり、魔法少女の視力をもってしても明確には視認できない。

「これは全長二十万キロメートルのルーラ。地球を十五個縦に並べたぐらいのサイズだね。この棒の下端を腕で掴んで、一秒で地面に対して水平になるよう振り下ろす。先端部の速度は? カフリア」

「え? えーと……九十度の扇形の弧は円周の四分の一だから……直径に円周率を掛けて……秒速三十一万四千キロぐらい……?」

 突然の指名に動揺しながらも、カフリアはゆっくりと計算を行った。ソラミには計算過程の意味があまり理解できていなかったが、なんとなくもっともらしい答えが出ているようには思えた。しかしキークの表情は芳しくない。

「それっておかしくない?」

「あら、計算間違ってたかしら。数学は苦手なのよね」

「じゃなくて、光速! 超えてんじゃん!」

 ヒートアップするキークに対し、カフリアは黙って首を傾げている。

「はあああああ? 特殊相対性理論も知らないの?」

「聞いたことはあるけど……詳しい内容まではわからないわ」

「あたしは聞いたことすらないんだけど、それってそんな常識なの?」

「常識に決まってんじゃん! 逆に知らずにどうやって生きていくの?」

「私は理系科目は徹底的に避けて通ってきたから、その辺は疎くて……」

 キークには馬鹿にされているが、学校に通っていないソラミからすれば、カフリアが苦手科目という概念を持っていることにすら憧憬を覚える。興味はあったので小学生用の教科書を取り寄せて勉強の真似事をしたことはある。しかしなにしろ周囲に教えられる人間が誰もいない。一度理解に行き詰まってしまえばそれまでだ。加えてうるるはそんなソラミの行動を良く思っておらず、見つかれば「勉強なんかしてる暇があれば訓練しろ」と教科書を取り上げられてしまう。次第に教科書のページを開くことも少なくなり、今ではすっかり埃を被ってしまっている。ソラミは勉強が得意なのか苦手なのか、それすらもよくわかっていない。

「バカバカバカ! もう信じらんない! ……いい? 特殊相対性理論っていうのは──」

「あ、説明してくれるんだ」

 キークは空中に深緑の長い板のようなホログラム映像を浮かべた。

「まず、どの視点から見ても光の速度は秒速三十万キロメートルで不変。この絶対的観測事実を受け入れる」

「はーい、受け入れたー」

 キークが細かく指を動かすと、先程の板の上に白い文字と図が書き込まれていく。電車内に懐中電灯を持った人間が立っており、進行方向が矢印で示されている図だ。

「で、例えば光速に近い速度で走る車の中にいる人が、ライトを真下に向けて点ける。それを車の外から見るとすると──」

 キークが指を弾くと絵に描いた電車は走り出した。乗車している人間から真下に放たれた光は、外から見ると斜めに移動するように見え、光り輝くV字の軌跡を残している。見るからに移動距離は延びている。距離と時間から速度が導けることはソラミも知っている。元の速さより早く移動しないとその距離を移動しきれない。しかし速度は変わらないという。

 瞬間、ソラミの脳に電流が走った。

「待って、ホントに光の速さって変わらないの? ヤバくない? だって……そしたら距離と時間の方が縮むしかないじゃん」

「そうだよ。わかってんじゃん」

「マジで!? うわうわうわ」

「ちょ、ちょっと待って。さっぱりわからないのだけど……ソラミさん、あなた今の説明でなにを理解したの……?」

 興奮するソラミとは対照的に、カフリアは戸惑っている。しかしソラミにとってはそれどころではなく、気を遣って説明する余裕もない。

「だってこれ、ヤバいって。世界ひっくり返るよ」

「実際物理学がひっくり返ったんだよ。それまで信じられてきたニュートン力学がアインシュタインによって限定条件下では否定されたんだから」

「そんなことってあんのね……。アインシュタインすごすぎない?」

「もう、ついていけないわ……好きにして……」

 カフリアは理解を諦めたように椅子に沈み込んだ。

「じゃーさ、さっきの長ルーラを振り下ろすのもおかしなことになるよね」

「そう。筋力で振り下ろそうとするなら、加速すればするほどエネルギーが余分に必要になるから、一秒で振り切るにはエネルギーが無限に必要になっちゃう。つまり絶対に一秒では振り切れない。だけど、ここに魔法が関わると話が変わってくる」

 キークは指を鳴らした。途端に青空と砂礫の大地は一瞬で消え去り、真っ白な空と、一定間隔で縦横に黒線の引かれた真っ白な床が現れた。目が痛くなるほどに全景が白い。タイル状の床は地平線の先まで無限に続いているように見える。

「うわっ、なにこれ?」

「ゲーム内にデフォルト設定の世界を生成した」

「現実空間内のゲーム空間内のゲーム空間ってことよね……。頭が変になってしまいそうだわ」

「ここでごくありふれた魔法……物理的な力とは別の概念で物体を強制的に移動させる魔法を使って、完全剛体である全長二十万キロメートルのルーラを動かそうとすると、どうなるか、わかる?」

「わざわざ新しく世界を作ったってことは、この世界がヤバいことになるんじゃね?」

「メタ読みやめろ。まあ一応正解」

 キークは人差し指を天蓋に向かって突き立て、素早く振り下ろした。その瞬間、ルーラを中心に空間そのものがガラスのように砕け散り、先程までソラミ達がいた荒野の世界へと景色が舞い戻る。

「こんな風になんの変哲もない魔法でも、二つ組み合わさると簡単に世界が壊れちゃうことがあるんだよね。だから実際のゲームでは壊れないアイテムは持ち込ませないし、ゲーム内で入手できる武器防具はプラスの数値が増えるごとに硬くなるけど、完全剛体には至らないように設定してある」

「ってことはさ、全部の魔法の組み合わせを検証しなきゃいけないってことだよね。マジで大変じゃん。なんつーか……ごめん。この前のアンケートでめちゃくちゃなこと書いちゃって」

「いや、こういうのは本来プレイヤーに見せる部分じゃないし。率直な感想は製作者として受け入れなきゃいけないものだから、いいんだよ。別に」

「キーク……」

 ソラミは潤んだ目でキークを見つめ、キークは照れ臭そうに視線を反らした。

「あの、あなた達、誘拐犯と被害者って関係忘れてないかしら……。これってストックホルム症候群ってやつよね……?」

 

「じゃあ、テストプレイの意義も理解させられたことだし、本題ね」

 キークは左手指を鳴らして地面のルーラと回転椅子を消し去り、後方へ跳び退った。ソラミとカフリアから五メートルほど離れた地点でまた右手指を鳴らす。

 現れたのは、ちょうどキークが離れた距離の分を埋める金属製の巨大な立方体。その鉄塊をまるで重さが存在しないかのように移動させ、二人の眼前に落下させた。キークの不可視の手から離れた途端、鉄塊は重さを取り戻し、轟音とともに地面にめり込んだ。あと数十センチでも位置がズレていれば、二人は厚さ数ミリのシート状魔法少女へと変貌していただろう。ソラミの背を脂汗が伝った。

 キークは鉄塊に飛び乗り、ソラミの前の縁に腰掛けた。

「中野、この箱に対して魔法使ってみてよ」

「鉄の塊にしか見えないんだけど……これ箱……?」

「うん、直径五メートル、中心部に十センチメートルぐらいの空洞があって、厳重に密閉された箱」

「マジっすか」

 ソラミの魔法は対象の密閉度が高くなるほど効果が高まる。これほどの密閉度の物体に魔法を使ったことは魔法少女になって以来一度もないはずだ。なにが見えるのかソラミにも見当がつかない。

「だったら手の拘束解いてくんない?」

「あー、忘れてた。はい」

 キークの合図であっさりとソラミの後ろ手のモザイク様拘束具が消し飛んだ。

「ああー……解放感パないわ」

 ソラミは右腕を曲げて伸ばし、左腕を曲げて伸ばし、久方ぶりの両腕の自由を満喫した。

「あの、私の拘束も解いてくれないかしら……? もう何週間この体勢なのか……。骨が固まってしまうわ」

 カフリアは恐る恐るといった体でキークに対して提言した。

「あんたの魔法は見るだけなんだから必要ないでしょ」

「それ厳しすぎない? そもそも拘束する必要の方がないじゃん」

「必要でしょ。ちょこまかと動かれたら鬱陶しいし」

 至って真面目にそういい放つキークの眼差しに狂気を垣間見る。話が通じるようで通じない。唯我独尊、傍若無人、狂悖暴戻、それがキークの本質なのだろう。

 だとしても、理解が及ばない存在だとはソラミは思わない。胸襟を開かせるための糸口は必ずあると考える。先のゲーム作りに対する拘りはその一つだ。

「……」

 一方のカフリアは掣肘から解き放たれたソラミの腕を恨めしそうに凝視している。ソラミの魔法には手が必要なため、平等に再拘束してもらうというわけにもいかない。

 やむを得ずソラミは胸の前で両拳にぐっと力を込めてみせ、カフリアにエールを送った。意図が伝わらなかったのか、カフリアは曖昧に頷く程度の反応しか返さなかったが、それも仕方がない。結局のところさっさとテストを終わらせる以外に出来ることなどないのだ。

 ソラミは鉄箱の表面に手を触れ、魔法を発動した。

「なんだこれ、初めて見るわ。えーっと、大きいボールの周りを小さいボールがぐるぐる回ってる……地球と月みたいな感じ? のと、大きいボールの周りを十何個かのボールが回ってるのと、二種類あるっぽい」

「へえ、それは水素原子と酸素原子だね。大きいボールは原子核、小さいボールは電子。けど、回ってるってのは本当? 雲状に分布してるんじゃなくて?」

「雲状ってのはよくわかんないけど、くっきりしてんよ」

「それって変だよね。ラザフォードの原子モデルは否定されてるはずだけど……。いや魔法で感知するのと、物理的に観測するのは別だから、概念が見えてもおかしくないってことなのかな……」

「なにいってんのかさっぱりなんだけど、あたしはなに見せられてんの?」

「ああ、水だよ。百パーセント純粋な水の拡大図」

「水ってこんななんだ。見る目変わるわー」

「じゃ、次」

 キークは鉄箱から跳び上がり、即座に座っていた鉄箱を消去した。そして跳躍の頂点で更に先の倍ほど巨大な鉄箱を生成し、その上へと着地した。鉄箱の出現した圧だけで椅子ごと吹き飛ばされそうになるも、なんとか耐える。鉄箱は先程よりも数センチソラミの足先へと近づいているが、本当に潰れない位置に調整して生成されているのだろうか。

 ソラミは鉄箱に手を触れ、再び魔法を発動した。

「今度はおっきいボールにちっさいボールが二つめり込んでんねー」

「え? なんだってー?」

 十メートルはあろうという鉄箱の上に居られては声が届かない。なぜ上に登りたがるのか。

「降りてこーい!」

 ソラミが叫ぶと、キークは渋々といった体で箱の縁から飛び降り、半分のサイズの箱を生成してそこに着地した。すぐさま更に半分のサイズの箱を生成して着地するというルーチンを螺旋のルートを描きながら何度か繰り返し、最後はソラミの側の小さな箱に着地した。その動作はバネのおもちゃが階段を下る様のようにリズミカルで、こなれている。

 ただ、魔法少女の身体強度なら十メートル程度の高度など問題にならないはずなので、あまり意味のある行動とは思えない。

「で?」

 キークは大儀そうに腕と脚を組み、顎で発言を促す。

「おっきいボールからちっさいボールが二つ生えてるみたいな」

「それは水分子だろうね。原子が結合したやつだよ」

「ボールが回ってるやつが原子だから……ってことはさっきより曖昧にしか見えなくなってんじゃん。なんでー?」

「たぶん密閉度より距離減衰の影響が大きくなってるね。もうちょい調整してみるか」

 その後、大きさ以外にも素材や形状などを変えた箱に対してソラミは魔法を使い、見えたものをキークに報告し続けた。しかしどんなに試行を繰り返しても、原子と分子以外のものが見えることはなかった。

 キークは様々なデータをプロットしたグラフの映像を宙に浮かべ、訝しげに頭を捻っている。

「あんたの魔法ってこの程度なの……? 前回のログデータに基づいた魔法出力計算とかなり乖離があるね」

「んなこといわれてもねー。これよりもっとよく見えることなんてあんの?」

 ソラミとしては原子や分子すら初めて見るもので、それ以上に微細な世界があるなど信じ難い。

「原子核は陽子と中性子、陽子と中性子はアップクォークとダウンクォークで構成されてる。この辺までは見えてもおかしくないと思ってたんだけど……」

「へー。それも見てみたかったなー。こういう細かい仕組みとか眺めんのけっこー好きなんよね。いつも寝る前にスマホの中身見たりとかしてっし」

 キークは若干の驚きを含んだ瞳をソラミに向けた。

「……あんた、変わってるね」

 呟くように言葉を漏らしたキークは、見た目相応の少女らしい表情を見せたように思えて、ソラミは内心ほくそ笑んだ。

「そーかなー? まあ好きな動画とか人に勧めてもあんま喜ばれたことはないかも? 機械の構造説明する動画とか、プレス機でなんかしら潰す動画とか……キークはこーゆーの好きっしょ?」

「……知るか」

 キークは一瞬当惑するような態度を見せたが、すぐにそっぽを向いて周囲に散らばった大小様々の箱を消失させた。

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