魔法少女育叡計画 scientia est potentia   作:pseudok

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第6話 クビヲハネヨ

「じゃあ、これ繰り返しね」

 キークは死体と割れた瓶を消し去り、新たに二匹の猫を生み出す。

 カフリアは髑髏マークの見えた方の猫を報告する。

 ソラミは魔法を発動してから箱を開ける。

 単調な作業をひたすらに繰り返す。

 二十分ほど経った頃だろうか。十一回目の先後判定でヴェルナーに浮かんだマークを見て、カフリアはふと頭に浮かんだ素朴な疑問を口にした。

「なんだか、結果が偏ってないかしら……? 確率はそれぞれ五十パーセントなのよね?」

 三回目に二代目のエルヴィンが毒殺されて以降、八回連続でヴェルナーにマークが浮かび、三代目エルヴィンは生き残り続けている。

「んー、自然乱数は人間の感覚より偏って感じられるものだからね。大数の法則がある以上はずっと続ければ五十パーに近づいていくでしょ」

 大数の法則も耳にしたことはある言葉ではあるが、詳細な説明を求められれば答えに窮する。キークがそういうのであれば今の状況が大数の法則で説明可能な状況なのだと逆算的に納得するしかない。一方のソラミは眉根を寄せながら妙に大人しく作業に集中している。

「それよりどうよ? 十回もやってりゃもう流れ作業でしょ。好奇心は猫をも殺すってね」

「そうかもねー」

 キークの煽るような言葉に対してソラミはぎこちなく笑みを返すが、唇には血が滲んでいる。

 キークに三代目エルヴィンの入った箱を寄越され、ソラミは魔法を発動すべく箱に手を伸ばした。

「あっ」

 ソラミは突然呆けたように口を開き、続いて空を見上げた。

「どうした? なにか別のもの見えた?」

「いや……」

 ソラミは魔法を発動した掌を矯めつ眇めつ眺めている。気のせいでなければその掌はまだ箱に触れていなかった。

 その様子に対してキークはなにか勘付いたようで、空中に半透明のウィンドウを出現させ、文字列を高速でスクロールさせ始めた。

「ああ!?」

 目的の行を発見したのか、キークは頓狂な声を上げた。

「なんで!? さっきまで禁止できてたのに!」

 なにかキークにとって都合が悪い事態が発生したのは確かだが、一人昂ぶっているため要領を得ない。

「説明してくれるかしら?」 

 カフリアは頭越しに話が進んでいくことに対する不満をぶつけるようにソラミを問い質した。

「ゲーム世界に対して魔法発動できないって最初にいったじゃん? それが急にできるようになって……」

「テストを無視して脱出する手段が見えたということ?」

「それがさ、この空間隅から隅までそれらしい物体もイベントもなんもないし、出入りに関しては全権キークに握られてるっぽいわ。正直新しい情報は得られてないね」

「そう……」

 期待に反する答えにカフリアは落胆する。だとすればキークはなにを焦っているのか。

 キークはウィンドウを複数に増やし、頭を掻き毟りながら謎の文字列同士を見比べていたが、ついには全てを放棄した。ウィンドウを手で払い除け、続けざまソラミを視線の先に捉えながら左手で虚空を掴む。途端にソラミはパイプ椅子の背もたれに押さえつけられるように後傾し、くぐもった呻き声を上げた。

「お前、なにした?」

 ソラミは首元に食らいつくなにかを外そうと抵抗しているようだが、指先は空を切るばかりで全く意味を為していない。

「なにって……なにも……」

 絞り出すような声がかろうじて発せられる。

「なにもしてないわけあるか! なにを考えながら魔法使った!? 頭ん中の思考全部余すことなく吐け!」

 ソラミの首筋に四つの爪痕が浮かぶ。ソラミは歯を食いしばり、顔を顰めながら、閉じていた目を微かに開いた。

「……この天パ眼鏡腹立つなーって」

 キークが右手を水平に薙ぐと、ソラミの左頬は大きな音を立て、頭は九十度回転した。

「なら、チュートリアルモードの世界で魔法を使った時は?」

「……このクソゲー製作者あとで絶対コロスって」

 キークが右手を逆水平に薙ぐと、ソラミの右頬は大きな音を立て、頭はマイナス百八十度回転した。

 二人はその後暫しの間睨み合っていたが、ふとキークが固く握っていた拳を緩めた。絞首から解放されたソラミは激しく咳き込み、胸を押さえて肩で息をしている。

「いや……それ正解かも」

「……え?」

「だってそうでしょ。ピンチでパワーアップとか、敵への怒りで真の力を発揮するとか、魔法少女の定番じゃん。ああ、昔からそういうの好きだったのに、なんで忘れてたんだろ。ずっと数式とにらめっこしてたからかな。よくないよね。心が荒んで、ワクワクする気持ちとか忘れていっちゃう。そうだよ。魔法少女の力の根源は感情の揺動の内にこそあるんだよ」

 滔々と弁舌を振るうキークの目は爛々と輝き、幼子のような純粋な喜びを湛えている。それがカフリアには異様な様相に思えた。

「でも、そうだとすると本番環境での不具合はきっとこんなもんじゃ済まないよね。……よし」

 キークは空中にルーラを出現させ、落下する前に不可視の手でそれを掴んだ。鏡のように磨かれた刀身が周囲の光景を反射する。

「どっちか一人殺す」

 一切の抑揚なくそう放言したキークの表情からは、色が失われている。

 なにをいっているのか理解できない。音は耳に到達しているが、言葉の意味は脳を素通りして逆の耳から空中に放たれ消散する。

「それぐらいしなきゃ本気出せないでしょ。あ、夢みたいに覚めたら元通りなんて思わないでね。怪我は治るけど、ここでの死は現実での死とイコールだから。これは中にいる限りあたしにも覆せない、この世界の絶対的ルール」

 心臓が早鐘を打ち、呼吸が荒くなる。

「キーク、それライン越えてるよ」

 ソラミが口を開いた瞬間、キークの腕に連動して宙に浮かんだルーラの切先が弧を描き、ソラミの首筋に到達した。ルーラの軌道上に存在したツーテールの片房がパサリと地に落ち、髪に埋まっていたぬいぐるみの中綿が宙を舞う。

「勝手にライン引くな。決めるのはあたしだ」

 キークの威圧的な物言いにもソラミは微動だにしない。むしろ不自然なほどに動じていない。腕は自由であるにもかかわらず、ルーラを押しのけようともしない。

「落ち着きなって。殺しはリスキーって話したじゃん」

「……そうね。私は攫われる直前に魔法少女仲間と同席していたし、突然消えたとなれば必ず捜査の手が──」

 感情を抑えてソラミを援護したが、いい切る前にキークはソラミに突きつけていたルーラを大きく転回させ、その切先をカフリアへと向けた。

 首筋に冷たい刃が触れた瞬間、呼吸が詰まり、二の句を継ぐ意気も消失する。

「だからそれがあんたらの勝手な思い込みなんだって。あたしはあと数日間捕まらなきゃ目的達成できる。死体が挙がらない限り、監査も迅速には動けない」

 高まった心臓の鼓動が背中からパイプ椅子に伝わり、律動的に金属部品が軋む音が聞こえる。

 大人しく指示に従っている場合ではなかった。微々たる可能性だとしても、能動的にキークを出し抜くための努力をすべきだった。結果論だとわかっていても後悔が止まらない。

 乱れた呼吸がヴェールを揺らし、その動きに反応するようにキークは訝しげな視線をカフリアに向けた。

「あんたら、ずいぶん反応が違うねえ。あー、そういやカフリアの魔法でどっちが先に死ぬのかもうわかってるんだっけ。ネタバレじゃん。つまんなー」

 その通りだ。先程から視界にキークとソラミを入れた状態で何度も魔法を発動しているが、結果は変わらない。視界全面に髑髏マークが浮かび、頭を振っても追従してくる。次に死ぬのはカフリアだという紛れもない証。

 ソラミが冷静なのは死ぬのが一人なら自分ではないと知っているからなのだろうか。二人で助かろうという気は既に失っているのか。だからといって恨みはすまい。いよいよとなれば我が身が可愛くなるのは人間として当然だ。

「確かにテスト手順が面倒だから殺すならこっちかなーとはなんとなく思ってたけど、なーんか思い通りに動かされてるみたいで癪だよね」

 キークの言葉とは裏腹に刃が首筋に食い込み、血液が皮膚の上を流れるような感覚がある。その感覚が現実なのか恐怖が生み出した錯覚なのかも判然としなくなっている。

 逆流しかかった胃液を強引に呑み込んだ。

「でもあんたの魔法って行動によって結果が変わることもあるんだったよね? なら無様に命乞いしてみなよ。上手くできたらあたしの気が変わるかもよ?」

 ソラミに見捨てられているのであればむしろありがたい。カフリアの思考も同じ方向へと傾いている。

 カフリアは魔法について仲間と愚痴り合いながらも、魔法以外の肉体的、知略的能力でもって、それなりに仕事をこなしながら今後の魔法少女人生を生きて行くのだと、漠然と信じていた。その展望に突然終止符を打つのが、よりにもよって、なにもかも思うままにできる魔法を持った魔法少女の気まぐれとは。そのような理不尽、あっていいはずがない。

 カフリアはキークに媚びを含んだ眼差しを向け、口を開いた。

「死にたくない……! テストなら全力で協力するから、だから……」

 キークは塵芥を見るような視線をカフリアに投げた。

「じゃあ、中野を殺すことになるけど、それでいい?」

 ソラミはなにごとか叫んでいるが、内容はわからない。聞きたくない。聞くべきでもない。

 カフリアはゆっくりと首肯した。

「そう。で、魔法の調子は?」

 相変わらず髑髏マークは目前に浮かんでいる。当然首を振っても離れてくれない。

「あ……ああ……」

「だよねー。あたしが一番嫌いなもの、教えてあげる」

 氷のような薄刃が首の内部へと侵入する悍ましい感覚。体内の熱という熱のことごとくが、肉を切り開く刃に吸収され、放散していく。

「他人を蹴落として自分だけ生き残ろうとする魔法少女」

 キークが素早く刃を引いた瞬間、生温かい血液が空中に迸った。

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