魔法少女育叡計画 scientia est potentia 作:pseudok
◇キーク
硬い地面に背中が激しく打ちつけられ、喉からは声にならない呻きが漏れた。
「魔法少女育成計画」のゲーム内にキーク自身が入る。この行為には現実より遅延した時間の流れの中で活動できるというメリットがあるが、反面一定のリスクも受容しなければならない。
他の魔法少女と同様にゲームキャラクターとして扱われるため、基本的にゲームシステムによる制限をキークも受けることになる。「魔法少女育成計画」はキークが快適に過ごすためだけに創った空間などと違い、その設定はシビアだ。ゲーム内部で死亡すれば現実でも死亡するという大前提のルールからは、創造主であるキークでさえ逃れられない。
とはいえ、実際そのリスクにキークが晒されることは万に一つも有り得ない。なぜなら、事前に設定しておいたメソッドは使用することができ、これが神に近い力を齎すからだ。
ひとつ、物質生成能力。余剰次元からエネルギーを移動させ、キークが想像したものを自由に生み出せる。また生成した物体に対する権限を保持し、自由に移動、変化、消滅させることもできる。
ふたつ、干渉拒絶能力。周囲の強い相互作用、弱い相互作用、電磁気力、重力に関して、キークの体が干渉するかどうかを対象オブジェクトごとに自由に切り替えることができる。これを全てオフにしている限り、キークは外部からのあらゆる物理的干渉を受けつけない。ただし全てをオフにした状態では地面に立っていられず、目が見えず、音も聞こえず、呼吸もできないため、平時は地球との重力干渉、そして光子、大気、地面との電磁気力干渉を受けつけている。
この二つだけだ。過剰なアクセスパーミッションはテストプレイを複雑化させるため、世界または魔法少女のパラメータを直接操作することはできない。単純かつ強力であるからこそ創造性が生まれる。その美徳にキークは満足していた。
しかし、このテスト優先の思想が仇となった。
キークはソラミから距離を取るため、砂に塗れるのも厭わず地面を転がった。
追撃が来ないことを確認した後、立ち上がるため手を地面につけると、今度は左手に激痛が走った。見れば中指が関節の可動方向とは逆に曲がっている。投げ落とされると同時に折られたのだ。これが闇雲に暴れた偶然の結果ならまだいい。だが──
「悪いけど、外に逃げられんのだけは困んのよね」
血の気が引く。左手中指のスナップは消去系の命令の発動スイッチである。思考だけで命令が実行可能だと、命令の暴発が稀に発生したため、防止策として物理的なストッパーを設けていた。ゆえに左手が正常に動かない現状、物体をゲームから削除する類の命令は実行できなくなった。その命令群の中にはゲーム外に離脱してゲームごと中のキャラを消去するという緊急時の最終手段も含まれる。さらに悪いことに、怪我など全く想定していないため、骨折を治療するメソッドも実装していない。
つまり、ソラミの魔法によって、少なくともそのレベルまで情報は読み取られている。この骨折は事故ではなく明確な意図を伴った破壊ということだ。現実との時間速度差を考慮すれば試験開始までに骨折は自然治癒できるかもしれないが、おそらくソラミの目が黒い内は何度でも折りに来るだろう。
見ればソラミはキークを捨て置き、なにか試すように長い瞬きを何度も繰り返している。そのたびソラミの存在が蜃気楼のようにブレて見えるのは気のせいではないのだろう。理屈は不明だが、現に拘束を抜けている以上、なんらかの特殊能力を習得したと考えるしかない。
「できれば降参して欲しいんだけど、あんたはそんなタマじゃないよね。来なよ」
ソラミは目を瞑ったまま半身で低く構え、キークに向けた左手の指先を何度か屈伸させた。あからさまな挑発だとわかっていても、瞬間的に頭に血が上る。
「有象無象が! 思い上がんな!」
右手の生成変化系のスイッチはまだ残っている。愚かなる無知蒙昧には死をもって創造主の全能性を叩き込むしかない。
指をスナップして両刃の西洋剣を空中に生成、流れるように仮想手で引っ掴んで上段から振り下ろした。剣の長さに対してキークとソラミの間には距離があり、傍から見れば無に向かって剣を振っているように見えるかもしれない。だが生成した物体の大きさは変幻自在、斬撃の最中に刀身を伸ばしてソラミを間合いの内に捉える。対するソラミは目を瞑ったまま地面を蹴り、難なく剣の着地点から跳び退いた。瞑目ながら、実際前が見えていないわけではない。恐らく常にゲーム世界に対して魔法を発動し、ゲーム内に存在する全ての物体の位置をリアルタイムに把握している。死角も錯覚もなく、全方位を正確に見渡すソラミの目だ。
当然キークも斬撃を素直に当てられるとは思っていない。剣がソラミの頭を掠める直前、キークは刀身を大きく横に伸長、もはや剣ではなく巨大なフライパンのような鉄塊と化した剣を地面に叩きつけた。この斬撃ないし壊撃はソラミの回避行動の着地先を含め全面をカバーしている。避けようがない。
しかし、ソラミは剣の下敷きになるではなく、無傷で剣身の上面に立っていた。ただ素早くかわすだけではそうはならない。やはり拘束を解いたのと同様、物体をすり抜けているとしか思えない。そしてすり抜けという言葉で思い浮かぶのは、先刻ソラミに説明したトンネル効果だ。確かにソラミは魔法によって量子効果が巨視的スケールで起こる様を見ている。とはいえ、それをなんの補助もなしに自身の体で起こすとなると話が変わってくる。人間大の物体を量子と見做した時、その波長は「目に見えないほど短い」などという表現ではとても足りないほど極端に短い。物理的に有り得ない。有り得ないが、それ以上に妥当な解釈も見つからない。
ソラミはキークに向かって剣の表面を駆けた。その足取りは軽やかでありながら一歩一歩が異常に大きく、まるで低フレームレートの映像を見せられているかのように一瞬で間合いが詰まる。体左面への中段蹴りを察知して防護フィールドを複数枚展開したが、ソラミの脚は当然のように全てをすり抜ける。オフに戻したはずの外部干渉設定は、やはりソラミに触れた瞬間強制的にオンに切り替えられ、キークの上腕部は直に蹴撃を食らった。地に足をつけていられず、数メートル吹き飛ばされる。
左腕が動かない。上腕骨が粉砕された結果、肩から下は腕の形をした棒がただ垂れ下がっている。鬱陶しいので即興で添え木を生成して腕を体に固定した。かつて味わったことのない痛みを感じ、奥歯を噛みしめる。
「魔法少女なのに脆過ぎない? うっかり殺しちゃわないか心配になるわ」
「うるさい! あたしは身体能力なんかなくても最強なんだよ!」
「うわ、魔法の強さを笠に着て慢心してるタイプじゃん。ちょっとは外に出て体鍛えた方がいいよ」
「黙れって!」
やろうと思えば身体能力を魔王塾生上位程度に高めておくこともできた。しかし現実と電脳空間で筋力に差があれば行き来するたびに体性感覚に齟齬が生じてしまう。余計な要素は組み込むべきではないと判断し、パラメータは現実のキークに準拠した値を採用している。どのように考えを巡らせたところで今の事態を事前に予測できたとは思えないため、この判断を悔やんだところで仕方がない。
それよりも今重要なのは、ソラミがカフリアの言を頑なに信じており、キークを殺せばその前にカフリアが死ぬと考えているという点だ。一方でキークはカフリアが嘘を吐いているという妥当な解釈を採用している。戦闘において殺意の有無は重大な戦闘力の差を生む。こちらの命の安全は保証されている。キークだけが一方的に必ず殺すという気概を持っている。
キークは視界前面の五メートル平方の範囲に渡り
弾丸の大半は目測数キロメートル先の地面に着弾し、無音の砂煙を上げている。音が返ってくるのは数十秒先だ。そして銃の壁の向こう側には消し飛ばされたソラミの肉の破片が──ない。
不意に背後から脚を払われ体が宙に浮いた。後頭部を地面に打ちつけたところで馬乗りになってさらに殴りかかろうとするソラミの姿を認め、すぐさま手近にあった銃を乱射して振り払った。跳び去るソラミに銃弾は当たっているように見えたが、やはり無傷だ。
なにが起こっているのか。仮にソラミの存在可能性がソラミの周囲に広がっているという現象を認めるとしても、タイミング不可知の広範囲面制圧をもってしても殺せないなどということがあろうか。全ての可能性は同時に銃弾を食らっているはずだ。
いや違う。同時に殺せていない。可能性は円状ではなく球状に広がっている。だとすれば銃弾が可能性の球の前方に達した時、後方の可能性は生きている。そして後方に達した時、前方の可能性は生きている。弾が体に到達するタイミングを事前に知れなくとも問題ない。常に可能性を拡散させ続けることで、後から時を遡ってソラミにとって都合のいい任意のタイミングで波動関数を収縮させられるからだ。
換言すれば、今のソラミは超速自己再生する巨大な球状の群体生物のようなものだ。
ならばどうするか。トンネル効果で超えられない大きさのポテンシャル障壁で全ての可能性を押し潰すしかない。
キークはテストに用いた鉄箱を生成し、ソラミに向かって投げつけた。ソラミは素の脚力でそれをかわし、鉄箱は轟音を立てて地面を抉る。更に巨大な鉄箱を生成、投擲。しかし大きくなればなるほど空気抵抗が大きく、どんな力で投げようと速度が伸びない。無能力状態のソラミにすら当てられる気がしない。
──まどろっこしい。
生成した箱は遙か遠方へ投げ捨て、上空に一辺百メートルの立方体を出現させた。箱は陽の光を遮り、周囲は闇に包まれる。もはや箱というよりも天蓋のようなそれは、物理的干渉をしないキーク以外の全ての存在を自由落下により押し潰す。量子的移動を用いても範囲外に逃れる時間はない。絶対に回避不能の攻撃。
しかし、ソラミは逃げるどころか逆にキークへと近づき、その肩を叩いた。
「はい、タッチ」
「あ」
慌てて箱の落下に急ブレーキを掛け、速度を反転させた。巨大質量の移動によって一帯に暴風が吹き荒れ、遥か彼方に落下した鉄箱は火山が噴火したかのような爆音を轟かせた。
キークの反応がもう少し遅れれば、二人共箱の下敷きだった。キークの背筋に戦慄が走る。
表情を変えず平然としているソラミは、キークの肩に右手を載せたまま、左拳を脇腹に叩き込んだ。的確なレバーブロー。
体内から沸き上がる苦痛に耐えきれず膝と右肘が地に落ち、目を剥きながら涎を垂れ流した。息ができない。
「ねえ、もうよくない? 痛いの嫌っしょ? 怪我は現実に戻れば治るとしても、さすがに気が引けるわ」
そういいながらソラミはキークの右手をスニーカーで踏みつけた。キークには苦悶の声を上げる余裕もない。
「つっても、殴る蹴る以外に心折る方法なんて知らないし……。爪とか剥がせばいーわけ? いやームリムリムリ」
スカートの裾を太腿に沿うように整えながらしゃがみ込んだソラミは、キークの右手小指の爪を摘まみ、軽く弄んだ。
「やめろ……頭おかしいのかお前っ……」
「どーかな? まあ、ムカついてんのは確かだから、それで抑えられなくなってるとこはあるかもね。だからこそ早く白旗上げてくれた方がお互いのためになるんじゃない? ほら、泣いて謝ってくれたら全部チャラにするって約束するから」
「泣いて謝る? なんであたしが、あんたなんかに……」
ソラミは溜息を吐きながらキークの小指の爪を剥ぎ取り、無造作に投げ捨てた。
「やっぱキツイってこれ。見てるこっちの方が痛いじゃん。勘弁してよ」
叫びたくなる衝動が湧き上がるが、歯を食いしばって耐えた。屈服などしない。殺意だけを募らせる。まだ策はある。ソラミは油断している。呼吸は平常に戻りつつある。
キークはソラミを強く睨みつけながら、ピンを抜いた手榴弾を大量にばら撒いた。
「死ね」
全方位攻撃に対してキークの傍が安全地帯になるのは、キークが助かろうとしているという前提があってこそだ。数秒後の手榴弾の爆発は確定している。ソラミに逃げ場があり、かつキークが心中の覚悟を匂わせていれば、一旦退避せざるを得ない。
ソラミは波動を拡散させながら空間を跳躍し、キークは干渉否定により爆風を回避する。飛び散る鉄片、広がる高熱、どちらも二人の体に影響を与えない。
距離が生まれたことで継げる二の矢。キークは空気を大量に肺に取り込んだ上で重力との干渉を解除し、ソラミの背後に超巨大質量を生成した。自らの超重力によって構造が崩壊した物体はその中心において特異点と化し、光さえ脱出不可能な空間を作り出す。更に質量を注ぎ込むことによりシュヴァルツシルト半径をソラミの存在する位置にまで急速に拡大させた。事象の地平面内に落下してしまえば、以降外部と干渉することは原理的に不可能だ。一般相対性理論についてはなにも教えていない。知らなければ対応などできない。無知が人を殺す。
重力だけでなく全ての物質に対する電磁気力干渉も解除し、しばし暗闇と静寂の空間を漂う。上も下もない状態で外部からの情報が一切絶たれ、感じられるのは奇妙な浮遊感のみだ。目を開けていれば赤方偏移しながら吸引される地球が観測できるかもしれないが、これほどの事象の地平面近傍ともなると吸引の摩擦による発光が激しく、目が潰されてしまうだろう。
時間が経過すればするほどに自分が存在するという感覚も希薄になり、精神が不安定になっていく。息も苦しい。おそらくソラミを完全に消滅させるに充分な程度時間は経過した。
手順を踏んで環境を回復させる。発生させた特異点は消すことができないため、亜光速で遠宇宙へと移動させ、超重力の影響をほぼゼロにまで落とした。吸引され失われた太陽、地球、大気などを周囲に再生成し、慎重に足先を地球表面に合わせる。数十秒ぶりの呼吸により体に戻る活力、太陽光の煩わしいほどの眩しさ、重力に逆らって脚が体重を支えているという感覚。
そしてなによりも大きな敵を排除した安心感。
しかし感慨にふける暇もなく、背後から足音が鳴った。振り返るとそこには、カフリアを両腕に抱え立つソラミの姿があった。唖然として目の錯覚を疑ったが、その像は確としている。彼女は眠れるカフリアをそっと地面に横たえた。
「今のなんだったの? なんか時間がゆっくり流れるみたいな感じがして……。その後ものすごい圧縮されたから、むしろ魔法使うのは楽だったけど」
「いや、ユニタリ性に反するな!」
キークの切実な叫びも、その重大な意味を理解しない相手には届かず、電脳空間内に虚しく響いた。
「んなこといわれても……。それが魔法ってもんでしょ。っと」
正面からの瞬間的な消失、そして側面に出現することで放たれたソラミの右ストレートはキークの頬に直撃し、再び地面に転がされた。血液とともに折れた奥歯を吐き出す。
「なんなんだよお前……クソッ……」
臥せりながら駄々を捏ねるように地面を叩き、叫んだ。当のソラミはといえばキークを殴り倒した拳を眺めてぼんやりしている。
それを隙と見たキークはすかさず雷雲を発生させ、上空から雷を撃ち下ろすが、状況把握の魔法は怠っていなかったか、ソラミの瞬きが速い。落雷地点からソラミの姿が消えたかと思うと、首根を掴まれ、強制的に立ち上がらされる。
「あーもう……わかったから。まだなんかあるなら出しなよ。奥の手でもなんでもさ」
どこまでナメられているのか。絶対に許さない。
仮に圧縮密閉がソラミの魔法を強化するというなら、逆に膨張拡散させるのはどうか。プランク長の一点に余剰次元の全エネルギーを注ぎ込むことで起こす、宇宙開闢の光。インフレーションによる空間そのものの指数関数的膨張はプランク時間オーダーの内に全ての結合を引き裂き、ビッグバンの莫大なるエネルギーは全ての物質を究極的な無秩序に至るまで溶かし尽くす。
では、四つの力が統合されるほど超高エネルギー下の極限状況において、キークの干渉操作メソッドは通用するのだろうか。統合されていようが、本質的には同じものである以上、問題はないはずだ。実際に試したことはないが、目前の狼藉者を排除するためなら、多少のリスクは甘受できる。
なんとしてでも、絶対に殺す。
二人の視線が交錯する空間の一点に意識を集中させ、右手親指と中指を合わせる。
しかし、二本の指はソラミの掌に包まれ、命令の実行を阻まれた。
「ごめん、前言撤回。自信ないならやめた方がいいよ」
「あ?」
ソラミはキークの指を掴む力を緩めず、苦々しげに目を伏せた。
「ほんとにごめん。いくら敵相手でもルール違反だと思ったから、いうつもりなかったんだけど、やっぱムリだわ」
「だからなにいって……」
ソラミの瞳がキークを真っ直ぐに捉える。
「こうやって触れてる限り、キークの思考も、感情も、記憶も、全部伝わってくる。だから──」
ソラミの魔法については元から知悉していた。だが戦闘に必要な情報を得る点ばかりに注意が集中し、記憶を読み取るという本来の性質を失念していた。瞬く間に血液が沸騰する。
「ふざけるな! 放せ! あたしに触るな!」
キークは脚をバタつかせてソラミの胴を何度も蹴りつける。ソラミは無抵抗にそれを受けているが、所詮体重の乗らない蹴りではびくともしなかった。右手はより硬く握りしめられる。
「キークがこれからなにをやろうとしてるかはわかってる。『クラムベリーの子供達』がどれだけ悪いヤツらなのかは直接見てないからよくわからないけど、キークが許せないって思ってるのもわかる。……けど、それってホントにキークがやらなきゃいけないこと?」
「やめろ! これはあたしの使命なんだ! お前はなにもわかってない!」
「今ならまだ引き返せるっしょ。まだ誰も殺してないんだから。まあカフリアは怒るかもしんないけど、あたしが説得するから」
「そういう問題じゃな──」
ソラミはキークの指を掴む手を一瞬放し、拳全体を優しく包み込むように持ち替えた。
「あたし、キークのことは好きじゃないけど、物理のこと教わってワクワクした気持ちになったのは嘘じゃないよ。ガッコーの授業ってたぶん、こんな感じなのかなーって。キークはきっと先生向いてるよ。ほら、学園ドラマとかでも先生が生徒に嫌われてるなんて、別にフツーじゃん。だからあたし達、案外うまくやれると思うんだよね」
一体なにをいっているのか、理解できない。極まった妄言を並べ立てられ、呆然とする。
「ねえ、現実に帰ったら、物理学のこと、もっと教えてよ。相対性理論とか、不確定性原理とか、まだ全然わかんないしさ」
ルビーとサファイアのように輝く二つの瞳は、微かに涙で滲んでいるようにも見えた。
想像する。
使命を果たし、監査に捕まり、刑務所で一生を終えるキーク。
使命を放棄し、ソラミに物理を教え、安逸な人生を送るキーク。
確定していない二つの未来の可能性からどちらかを選択し、確定させる、ソラミのような魔法をキークも持っているのだろうか。
いつの間にか右手は拘束から解き放たれ自由となっているが、しかしインフレーションを起こす意欲は消えていた。
そしてなぜソラミが強力な攻撃の発動条件であると知りながら、キークの右手指をへし折らなかったのか、その理由を理解した。
キークは全エネルギー移動設定を解除した上で指を鳴らし、全長二十万キロメートルのルーラを生成した。武器の生成に対してソラミはなにも言葉を発さず、ただキークを瞬きもせずに見守っている。
ルーラの角速度を秒速二分の一πラジアンに設定し、キークは再び指を鳴らした。
「今更引き返せるわけないでしょ」
世界が消滅する寸前に呟いた言葉は、きっとソラミに届いていない。