魔法少女育叡計画 scientia est potentia 作:pseudok
◇たま
──翌朝。
たまはマジカロイド44を定番の商談スペースとなっている廃ホテルに呼び出した。
昨晩は小一時間ほど涙に暮れてから、がらんとした王結寺内を見渡し、本当に自分でどうにかするしかないと気付いて絶望した。それでも祖母のことを想うと泣き寝入りするわけにはいかないと、お誂え向きにみかん箱の上に束ねられていた契約書とにらめっこを始めた。
一つ一つの言葉の意味をスマートフォンで調べ、調べた先でもわからない言葉があると更に調べ、入れ子構造がどんどん深くなっていき、自分がどこにいるかわからなくなる。調べ尽くしたところで意味がわからない文章も多々あったが、夜が明ける頃には最後の文章に行き着くことができた。学校のテスト勉強よりずっと真剣に、もしかすると人生で一番頭を使ったかもしれない。魔法少女の体は睡眠を必要としないとはいえ、慣れない頭脳労働でたまの頭はパンク寸前だった。
しかし、調べている最中に副次的に得られた情報もあり、ほんの少し光明は見えた気がした。あとは実際にマジカロイド44と話してみないとわからない。
「ドウモドウモ、たまさんの方から声をかけてくださるとは嬉しい限りデス。デスが今日の商品は少々攻撃的で、たまさんが気に入るかどうか……」
上機嫌で席に着いたマジカロイド44をたまはじっと見つめた。今からこの空気を壊さなくてはならない。どんな反応が返ってくるかと考えると恐ろしい。
「どうかしたデスか? 元気がないようデスが」
たまは背負っていたリュックサックをひっくり返して、テーブルの上に壊れた八つの商品をぶち撒けた。笑顔だったマジカロイド44の表情が見る間に険しくなる。
「えっと……今日は買い物じゃなくて、返品をしにきたんです……」
「チッ……一生気付かずにいればいいものを……誰かに入れ知恵されやがったデスか……」
「えっ?」
「なんでもないデス」
たまは契約書の皺を伸ばしてテーブルの上に広げ、「第七条」を指し示した。
「『
マジカロイド44はほう、と感心したように息を吐いた。
「そうデスね。しかしすぐ下を読むのデス。『第八条 乙は以下の項目に該当する場合、原則として本商品を甲に返品することはできない。第一項 納入された本商品に、乙の責に帰すべき理由での滅失、毀損、その他の瑕疵がある場合』とあるデス。なぜ不良品だと決めつけているのデスか? 確認できるものに関しては全て購入したその場で動作を確認したデスよね」
難解な文章を読み上げられ、一瞬たじろぐ。しかしこれは予習済みの文章だ。落ち着いて思い出せば意味がわかる。
「それはそうだけど……十日で全部壊れるなんておかしいよ」
「全部とはいいますが、一、二、三……八個しかないじゃないデスか。『銀河間超光速ロケット』と『動物用全言語翻訳機』はどこへ?」
「それは……失くしちゃって……」
「紛失したものを返品するとは随分面の皮が厚いデスね」
「うう……ごめんなさい……」
早くもマジカロイド44の放つプレッシャーに気を呑まれている。こんなはずではなかった。けれど相手の言葉は全て正しく思えて、良い反論が思い浮かばない。
「まあいいデス。しかし二つ紛失したということは他八つも杜撰な管理をしていたということではないデス?」
「そんなことないよ。だって半分ぐらいはなにもしてないのに壊れてたし……」
「機械音痴の方の『なにもしてないのに壊れた』ほど信用できない言葉はないのデス」
「そんな……」
言葉が出ない。今までの人生をずっと相手に迎合しながら生きてきた、その弊害が出ている。下手に口を出しても良い結果になった覚えがない。けれど、今はそれではダメだ。壊れた時のことを思い出す。
「あ! 『時空超越通信機』が〇時ちょうどに壊れたのはおかしいってルーラがいってた! これは目撃者もいるよ」
ルーラがいっていたのだから間違いがない。たまが持っていない分の自信をルーラから借り、少しだけ語気を強くできた。
「他に〇時ちょうどに壊れた商品はあるのデスか?」
「それは……ないけど……」
「根拠が弱いデスねぇ。偶然かもしれないデス」
なにをいってものらりくらりとかわされる。話術でマジカロイド44を上回るのは不可能だと感じる。実際使い方が悪いと自覚している面もあるため、強く出れないのもある。
既に勉強した契約書の内容が頭から抜け落ち始め、なにをいっていいのかわからなくなっている。
目に涙が滲む。大声で泣いてしまえたらどんなに楽かと思う。小さな頃は泣けばなんでも許してもらえた。今は誰も助けてくれないことを知っている。
「だいたい……ひどいよ……百円っていったのに……こんな……」
「ワタシは一日につき百円といったのデス。そもそも契約書には明記されていたのデスから、読まなかったのが悪いデス」
「読まなくていいっていったのは、マジカロイドさんだよ……!」
「酷い捏造デス。ワタシはきちんと目を通すように、といったのデス。アナタが自ら読まないことを選択したというだけのことデス」
「ううっ……ううう」
俯くと涙が一滴落ちたが、感情的になったらおしまいだと、ギリギリのところで持ち直す。
まだたまには次善策が残されている。それ以上はない。慎重に使わなくてはならない。
落ち着いて、ルーラの言葉を思い出す。
──交渉は度胸と……なんだっけ……
スイムスイムは一度聞いただけのルーラの言葉を一字一句違わず覚えている。たまには真似できない。
それでも、ルーラの自信に満ちた姿を思い出せば、勇気を分けてもらえる。それだけで十分だ。
大きく深呼吸した後、たまにできる限り最高に真剣な表情を作って、切り札を出した。
「……クーリングオフという制度を、知ってますか?」
「知ってるデスよ」
「えっ!? 知ってるの!?」
虚勢は一瞬で崩れた。
「知らないと思われていたのがまことに業腹デス」
「じゃあこの制度を使って返品するけど……いいの?」
「もちろん法律に従うのは吝かでないデスが、クーリングオフの条件を理解しているのデスか?」
「わ、わかるよっ」
「……まあ、聞かせてみるデス」
虚勢を取り戻す。マジカロイド44はきっとたまを見下している。ちゃんと理解していることを示して対等な立場に立たなくてはならない。思い出す。思い出せ。
「えっと……今回のケースは『
紙から目を離し、恐る恐るマジカロイド44を見上げた。やはりちゃんと理解している自信がなく、声が消え入りそうになる。本当は策を十分に練ってから挑みたかったが、この時間制限のせいで付け焼き刃の知識のままこの場に立つしかなかったのだ。
「ワタシが送ったのはメールなので、電話での勧誘はしていないデスよ」
「えっ……でもメールは携帯電話から送るから同じなんじゃ……?」
「メールはパソコンからも送れるデス」
「あっ……そっか。じゃあダメなんだ……」
「終わりデスか?」
「いやいや、そんなに条件厳しいことってあるの……? えっと、たしかメールと電話は同じって書いてあるサイトがあったような……今調べるからちょっとまって……」
たまはスマートフォンを取り出し、急いで解説サイトの履歴を辿った。しかしマジカロイド44はたまが調べ終わるのを待つことなく席を立つ。
「アナタののんびりしたお勉強に付き合ってる暇はないのデス。わからないのであれば帰らせていただくデス」
「えっ」
「次に予定が空くのは一週間後ぐらいデスかねぇ」
今までは毎日会ってくれていたのに、どうして急に忙しくなるのだろうか。事情はわからないが、事態はたまが思っていたよりもずっと逼迫している。
「まって、まって、それじゃクーリングオフ期間が終わっちゃうよ……」
たまは立ち去ろうとするマジカロイド44の体にしがみついた。もうなりふりを構うこともやめた。
「えっと、ええと、これはおばあちゃんにもらった大切なお金なんです……だから、とらないでください……お願いします……」
「情に訴えようったって無駄デスよ。アナタのような見た目純朴そうな娘ほど裏でエグいことやってると相場が決まっているのデス。その祖母とやらも本当に実在するのかどうか怪しいものデス」
マジカロイド44の言葉と同じぐらいにその金属の体は冷たく、触れているだけで寒々しい感覚に襲われる。
「そんな……嘘なんてついてないよう……」
「嘘つきはみんなそういうのデス。とにかくこれは正式な契約デスから取り消せないのデス」
本当なら隠したいことまで包み隠さず話しているのに、どうして信じてくれないのだろう。たまが悪いのだろうか。無理なお願いをしているという自覚はある。それでも諦めるわけにはいかない。お金以外にたまが差し出せるものはなにかないのか。
「お願いします……なんでもしますから……」
「なんでもする、なんて滅多なこというもんじゃないデス。風呂に沈めてやるっていわれても従うんデスか?」
「お風呂? 一分ぐらいなら息止めてられるかな……」
「はあ……お話にならないデスねぇ」
「なんでそんなことするの……? 溺れ死んじゃうのはさすがに……」
マジカロイド44はやれやれといったふうに首を振る。
「アナタの無知蒙昧にどれだけの人が呆れ、苛立ち、迷惑しているか、お分かりデスか?」
たまの頭にクラスメイトの顔が浮かぶ。
質問されても答えを出すのに時間がかかる。憐憫。
真面目に答えたつもりでも的外れなことをいっていたらしく変な空気になる。嘲笑。
次第にいるのにいないかのような扱いのポジションに収まっていく。無関心。
「わかってるよ……でも……わかんないんだもん……どんなに頑張ってもついていけないし……私だって、みんなみたいに頭良くなりたかったっ……」
たまはマジカロイド44の体を放し、力なくくずおれる。マジカロイド44はその様子をしばらく睥睨していたが、なにかを思いついたように表情を変えた。
「まあ……たまさんがあまりにも不憫なので、特別にこの契約書にサインすれば返品を受け付けてやらんこともないデス」
「本当……?」
散々いじわるなことをいっていたけれど、必死にお願いしたら聞いてくれた。もしかしたら根は良い人なのかもしれない。よくよく考えれば他人からお金を騙し取って平気でいられる魔法少女なんているわけがない。きっとマジカロイド44にもそうせざるを得ないような事情があるのだろう。なのに譲歩してくれて、とてもありがたい。
早速サインしようと用意されたペンを持つ。しかし、
──軽々しく契約書にサインするな。
ルーラの言葉が頭に浮かんだ。でもこれは悪い契約から解放されるための契約だから、してもいい契約のはずだ。
「どうかしたデスか?」
マジカロイド44は笑っている。笑っているとはいっても、ロボットの表情は表現パターンが少なく、どのような種類の笑いかまではわからない。
でも人を救おうとしているのだから良い笑いのはずだ。
でもルーラがいっていた。
──ルーラが。
──ルーラ……。
──ルーラ……!
その時、突然部屋のドアが開け放たれ、脳内で思い描いたルーラのイメージ像が、なぜか現実の視界と重なる。
「ルーラの名の下に命ずる。たまよ、身動きをとるな」
瞬間、ペンを握っていた手はピクリとも動かすことができなくなった。