魔法少女育叡計画 scientia est potentia 作:pseudok
◇中野宇宙美
ルーラの周囲の空間が砕け散り、その奥にある世界が姿を現した。
ソラミが立っているのはなんらかのビルの屋上だ。眼下に広がるのは大小様々な建造物、アスファルトの上を走る乗用車、バス、トラックなど種々の車両、そして老若男女問わず歩道を行き交う人間。
ごく当たり前の光景をなぜだか懐かしく感じる。焼けつくような太陽光の熱、排ガスの臭気、人々の話し声、無闇矢鱈に情報量が多く、そのリアリティを処理しきれない。
その中に当たり前でない要素が二つ。ソラミの横で倒れ伏している喪服の少女、そしてソラミが首を掴んで高く掲げている白衣の少女。おそらくどちらも魔法少女。
記憶を辿ってみても、二人の姉とともに買い出しに向かっていたところまでしか思い出せない。首から下げた魔法の端末の時刻表示をちらりと見て日付時刻を確認するが、その時点からほとんど時間は経過していない。
意味がわからない。だが意味はあるはずだ。
白衣の少女がソラミを睨むその目には明確な敵意を感じる。ならば手を放すわけにはいかない。取り返しがつかないことかもしれない。慎重に左手で魔法の端末を操作し、指示を仰ぐためプク・プックへの連絡を試みる。
しかしその作業の最中、少女は突然堰を切ったように大粒の涙をボロボロとこぼし始めた。
「ごべんなざい! ぞんなづもりじゃながっだの!」
そんなつもりじゃないならどんなつもりなのか。少女の豹変に度肝を抜かれ、思わず握りしめていた手が緩んだ。その油断を見逃さなかったか、白衣の少女は不意にソラミの脇腹に蹴りを放ち、拘束を脱出した。地面に落ちるやいなや、隣のビルに跳び移って逃走を図る。
「バーカバーカ! 死ね!」
「ちょっ……待て!」
ソラミはすかさず追跡するため自分の胸に手を当て、魔法を発動した。心臓、肺、胃、腸その他臓器が蠢く様子が頭に浮かび、そのグロテスクさに吐き気を催す。ソラミの魔法は移動魔法ではない。そんなことはわかりきっている。一体なにをやっているのか。
そうこうしている内に少女はビル群の谷間へと消え、追跡の手掛かりを失っていた。だが別にそれで構わないのではないか。形の上でも泣いて謝っていたのだから、きっと悪い魔法少女ではないと、ソラミは思う。
なにをしたわけでもないのにどっと疲れを感じ、地べたに寝転がった。同じく隣に横たわる喪服の少女は、その雰囲気もあって一見死体のようにも思えたが、よく見れば僅かに胸が上下している。
ソラミは少女の掌の上にそっと自らの掌を合わせ、目を瞑り、魔法を発動した。
少女の心臓がゆっくりと鼓動を刻んでいる様子が頭に浮かぶ。
ソラミはなぜだかその光景をこの世で最も美しいと感じた。
◇カフリア
マジカルティータイム屋上で目を覚ました。隣で眠りこけていた魔法少女は中野宇宙美と名乗った。ビビットなカラーのアクセサリーを多数装着し、長い髪をキラキラと輝かせる派手な魔法少女だ。
記憶はお手洗いの鏡の前で思案に耽っていたところで途切れている。なぜ屋上に移動していたのか、数十分程度の空白の時間になにがあったのか。
ソラミは対象の中身を精査する魔法を持ち、お互いの体に損傷がないこと、ごく短時間の記憶の欠落を除けば洗脳などの操作の痕跡もないことを確認したという。
その言葉が本当なのかも定かではないし、そもそも寝ている間に勝手に魔法を使われるなど、普段なら気味が悪く感じるはずだが、なぜだかソラミは純粋な善意で行動しているように思えた。この判断にはなんの根拠もない。しかし間違っている気もしない。仕方なく経験の蓄積により適切な判断ができるようになったのだと前向きに解釈した。
しばらく話し合った後、お互いなにかわかれば伝えると約束して連絡先を交換したが、なにかがわかるような予感はない。二度と会うこともないような気がする。
屋上立入禁止との表示が付随したロープを跨いで階段を降り、マジカルティータイム店内へと戻った。かなり待たせたはずだが、アウロと葱乃は変わらず席に座っていた。それどころか、未だにカードを並べてなにやら諍いを始めている。
「あ、遅かったわねカフリア。それより聞いてよ、こいつイカサマしてやがったのよ。妙に匂いが強いと思ったら、カードに自分だけが嗅ぎ分けられる匂いつけてて」
アウロが匂いのついていたというカードをカフリアに向けて示すが、葱乃の体臭と混じってよくわからない。
「ちょっと……だからそれは誤解なんですって。カフリアさんが一度もジョーカー取ってくれないから、なんの意味もありませんでしたし……。未遂です。未遂」
「もし取られてたら意味あったってことでしょうが。それ未遂っていわないわよ」
アウロは両手で机を叩いて葱乃に迫る。
「他のお客さんの迷惑になりますから、落ち着きましょうよ。ね。カフリアさんもなんとかいってくださいよ」
葱乃は焦りを隠せない様子で、その視線はアウロとカフリアの間を彷徨している。
「そうやって誤魔化そうたってそうは──」
その時、首を振る葱乃のツーテールの一房がアウロのアフロに当たり、弾みで中からバサバサとトランプの札が溢れた。
「あっ」
十枚近いトランプの図柄は表面裏面ともゲームに使用したものと全く同じ。そしてカード種は全てジョーカーだった。
「……なんですか、これ」
「違うのよ。これは、ただの予備だから。ね」
慌てて散らばったカードを掻き集めようとするアウロだったが、その拍子にアフロから本が落下した。タイトルは『よく分かるカードマジック・テクニック入門』。
カフリアはアウロに先んじて落ちた本を拾い、中身をパラパラと捲った。カードをすり替えるためのテクニック、その練習法などが事細かに記載されている。
「なるほどね。相手に引かせるタイミングでだけ全ての手札をこっそりジョーカーに入れ替えれば、必ずジョーカーを引かせることが出来るわ」
葱乃はじっとりした視線をアウロに送る。
「だから、違うのよ。あわよくばとは思ったけど、ゲーム中ずっとカフリアがこっちをチラチラ見てたから、入れ替えるチャンスなんてなくて……。未遂よ。未遂」
「よくそれで他人のことをあんなに責められましたね……」
「あんたは実際に匂いつけたんだから未遂じゃないでしょ」
「私のはただのその場の出来心なので……。アウロさんとは用意周到さが桁違いじゃないですか」
「ふふっ」
くだらない言い争いを続ける二人に耐えきれず、カフリアの口から笑いが漏れた。二人の視線がカフリアに集まる。その四つの瞳は許しを乞う仔羊のそれのようで、滑稽極まりない。
魔法少女として相応しい振る舞いなどという、些細な問題に拘っているのは自分だけなのかもしれないと、そんなことを思う。
カフリアはゆっくりと口を開いた。
「実は、私の魔法ね──」