ヘヴィーオブジェクト 第37機動整備大隊、彼の地にて斯く戦えり 作:悪事
二章 ドラゴンキラーは炎龍と踊る
コダ村避難民防衛撤退戦 Ⅰ
360度、見渡す限りの草原、あたりには一切の人工物がなく、あらゆる文明の存在しない風景。それは感性豊かな人なら幻想的とでも言えたのだろうが、感性が死んでる現代人で不良軍人のコンビからすれば死ぬほど退屈な殺風景としか捉えられなかった。
探索を命じられた二人は、牧歌的とさえ言える景観の中でうんざりそうに肩を落とし装甲車を転がしていく。何が哀しくて男と二人っきりで敵国の内情調査、実地探索という危険な真似をしなくてはならないのか。
それも正規の軍人ではなく、派遣留学学生にレーダー分析官の二人のコンビ。思いっきり、後方支援とか頭脳労働向けの能力構成。かろうじて正規の軍人であるヘイヴィアは銃
火器の扱いに覚えがあるが、戦闘のプロフェッショナルというわけでは断じてない。
「そーんなコンビを毎度毎度、危険な鉄火場に放り込むとか何考えてんだ!あの爆乳!」
「上のオファーってヤツだろ?フローレイティアさんは無茶振りするけど、決して無能とかじゃない。一箇の機動整備大隊を任されてるんだ、指揮能力は文句の付けようもないさ。そんな人が無視できないほど上の圧力が強かったんだろ?なんせ、俺たちってば正統王国が誇るドラゴンキラー様なんだから」
「あぁ?なんだよ、クェンサー。とうとうお前までそんな黒歴史確定の痛々しい仇名を自慢げに言うようにでもなったのか」
「まさか、こんな大それた名前なんてさっさと返上したいよ。でも、これまでの実績から見て上も、もしかしたら無意識かも知れないけどフローレイティアさんだって、こう思うようになってんじゃない?“あいつらなら、大丈夫だ。確証はないけど,断言できる”ってな風に」
「最悪だ、しかもそれ自覚ねぇ分、余計に
「期待、信頼ってのが首を絞めるとは。ほんとなんで俺たちってばオブジェクト相手に無茶ばっかりしてたんだか」
「ちょっと前のてめぇに言ってやれよ、オブジェクト相手に命張るのもいいが、勝っても負けても地獄へ一直線だぞってな」
うんざりそうな声で会話が途切れた時を見計らってか、それともタイミング良くか、装甲車に備え付けられた無線機から通信が入った。
『……さて、おまえたち。無駄話は充分楽しんだか?』
「おいおい、上官に愚痴が聞かれているとか俺らのプライバシーとかどこ行ったんだ?」
「情報同盟じゃあるまいし、最低限のプライバシーは守ってくださいよ」
『そうしたいのはこっちだって山々よ。何が哀しくてお前たちの毒にも薬にもならん駄弁を聞かなければならんのか。だが、仕方ないでしょう。無線機の通信を迂闊に切れば、何かあった際に迅速に行動できないんだ。忘れているようならもう一度言うけど、あんたらがいる“そこ”は
「それがそもそも、おかしいんだよ。なんだって、非戦闘系の兵士をたった二人で敵国内に放り込んだのかね、我らの懸命なる指揮官様は?」
「“異世界という今までの経験則や常識の範疇にない環境に大人数では対応が難しくなる恐れあり。そのため少数精鋭による高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変な行動を求む。”勘弁してくださいよ、フローレイティアさん。これって、要するに行き当たりばったりと何が違うってんですか」
『文句なら上層部に言って頂戴。言っておくけど、わたしは最後まで受理を遅らせたのよ。それを上の連中が無理矢理に作戦としてねじ込みやがった。それもこれも上の連中、いやローデンクロスワーズ伯の影響が大きいためか』
「ローデンクロスワーズだぁ!?あの、王侯貴族を始め著名な名門を育て上げた
「なになに?急に庶民差し置いて貴族なら知ってて当然じゃね?みたいな話を展開させていくのマジ勘弁して欲しいんだけど」
目の前でさも当然と言うように会話するヘイヴィアとフローレイティアの二人に、軽めの嫌みを飛ばす戦地派遣留学生。相棒が話しについて行けてない様子にあることを、見て取ったヘイヴィアは手持ちの端末から何か複雑な家系図のようなモノをクェンサーの眼前に突きつけた。
「言うまでもねぇことだが、俺ら正統王国は血統と地位、それに付随する名誉を重視している国だ」
「いや、そんな基本的なことまで遡って話さなくてもいいよ。大体、自分の国の思想なんて改めて聞かされてもなぁ」
「いいから、よく聞きやがれ。今、話に上がってるローデンクロスワーズって家は伯爵でありながら、公爵か準王侯貴族レベルの特権を保持している大物なんだよ」
「へぇ、……ちょっと待て!!そんな家があっていいのかよ!地位と血統が進退と直結している正統王国で地位以上の権力を持つなんて無茶が通用するのか!?そんな国の思想に矛盾するような存在なんて、ソッコー周囲に叩きつぶされると思うけど」
「確かに。家柄しか取り柄のねぇ阿呆なら、そうなっただろうけどな」
ヘイヴィアがクェンサーの反応に頷いていると、銀髪の上官と繋がっている無線から詳しい注釈が話される。
『ローデンクロスワーズは人材育成の
教育というのは教育者が優秀であることは当然のことだが、被教育者のやる気や活力を引き出すことも、教育に含まれるのだ。特に王侯貴族ともなれば、高すぎる地位ゆえ常時の会話にすら作法という縛りが顔を出す。
「そんな上流階級の方々を正しく導く優秀な先生様だ。何かと王族にコネと伝手はできるものだろ」
「とりあえず、その家がスゲー権力持ってるのは分かった。けどさ、王族とかに顔が利くなら伯爵とかじゃなくてその上の公爵あたりが妥当じゃないか?なんでわざわざ、公爵よりも権力がある伯爵なんて滅茶苦茶な権力構造になってるのさ」
ある種、当然の問いにフローレイティアは胸を抱えるような形で腕を組みながら解答する。
「そこが特徴的なところだ、ローデンクロスワーズ家は教育のためにわざと伯爵の地位に留まったのよ。いわく上と下、どちらの地位にいる者でも気兼ねなく教育者として接するに妥当な地位であるために……」
「でも、伯爵で王族に顔が利くんだろ?なんか、屁理屈をとんちで誤魔化しているみたいなもんじゃないか」
「あのなぁ、少ないとはいえ伯爵って言っても王侯貴族に顔の利くヤツはそれなりにいるからな。まぁ、地位のことはさておき、教育のためなら家格や名誉にさえ頓着しない家柄、それがローデンクロスワーズの特徴って言えるだろうよ」
『その情報に過保護すぎる親馬鹿というのを付け加えておけ』
それを口にしたフローレイティアの声は、どこか緊張を感じさせる硬質さを伺わせた。
『現、ローデンクロスワーズ家の当主アイザック=ローデンクロスワーズは、正統王国では珍しい恋愛結婚をしていてな。そのため、結構な愛妻家と知られていたが、妻は数年前に一人娘を生んで他界。それ以後、娘の溺愛と教育っぷりは相当なものだったそうだ。女性でありながら武芸勉学芸術戦術、おおよそ学問と呼べるモノは全て教えられ、アイザック殿は常々こう公言していたよ。“娘が浚われてしまった場合、私は持ちうる全てを売り払ってでも娘を救う”と』
なるほど、それは確かにいい話だ。隣に座るクェンサーが感じ入ったように頷いているのを見ている最中、ヘイヴィアは冷静にローデンクロスワーズ家の当主に呆れていた。正統王国において貴族とはその身柄が莫大な財産に等しい。
そのため貴族が拐かされるというのは良くある話だ。しかし、ここは正統王国、血統と名誉を重んじる国家体系。そんな名誉を重んじる国で誘拐なんてされる愚物を、助ける家は滅多にない。
むしろ、身代金を要求されるくらいなら、自殺しろなんて教育をされるのが当然の世界。
そんな中で、堂々と馬鹿正直に身代金なんぞ幾らあっても惜しくない、なんて大言を吐けば命知らずの悪党どもが身柄を狙うのは自明の理だろうに。
「言い分は立派だが、そんなことを言えば誘拐犯が我先にと行列をなして、そのお嬢さんの身柄を狙いに来るだろうな。いっそのこと、整理券でも配ってやれよ。アホが雁首揃えて並ぶんじゃねぇの」
『ああ、単に大口を叩くだけならただの親馬鹿で済んだのだが……過保護な親馬鹿というのは恐ろしいものだ。聞いて驚け、そして笑え。なんと件の伯爵様は普段から娘さんのためにオブジェクトを一機、護衛として貼り付けていたらしい』
無線から聞こえてきた声があまりにも信じられない事実を垂れ流し、二人の不良軍人は口をぱっくりと開けて驚愕の叫びを上げた。
「「はぁぁぁぁぁぁぁ!!??」」
「いやいや、オブジェクトって!!一機で国際情勢を、国土を変えちまう最新鋭大型兵器をたった一人のために使うとか、マジですか!?」
「あんな怪物兵器を娘に悪い虫が付かないようにする番犬代わりにするだぁ!?親馬鹿とかそういう次元じゃねぇぞ!」
『まぁ、さすがに常にオブジェクトを護衛として貼り付けていたわけではないらしいが、安全国を出る際には必ず、武装した私兵一個中隊と第二世代オブジェクト、バリアントシールドが随伴していたそうだ』
フローレイティアの口にしたオブジェクト名にクェンサーが飛びつきそうになるが、会話の脱線をヘイヴィアが留めて口を挟む。
「とにかく、その過保護で親馬鹿なお偉いさんがどうして俺たちを異世界の敵国に潜入させてくれやがったんだ。確か、うろ覚えだがローデンクロスワーズは穏健派としても著名だったはずだろ。それがこんな武力をばりばり使うような無理矢理の手段に訴えるとか……」
そこまで言ってヘイヴィアは答えに行き着いた。遅れてクェンサーも、ヘイヴィアと同じ結論に辿り着いた。
「…………ヘイ、フローレイティアさん?まさかとは思いますが、こないだの帝国の野郎どもの誘拐騒動でそのお嬢さんも被害者名簿に載っていたりとか?」
『正解、娘さんが安全国にいるときはさすがにオブジェクトも私兵たちも貼り付けられなかったそうよ。結果、こないだの門が開いた際のごたごたに巻き込まれて誘拐、身代金の要求さえないまま、娘さんの身柄は行方知れず。それで上の連中に、是が非でも娘を取り戻してくれって頼み込んだらしい。何せ相手は王侯貴族にも顔の利く家の当主様だ。そんな人が軍部に本気で要求を持ち込めば後は想像に難くない。加えて今のローデンクロスワーズは対帝国論を唱えるゴリゴリのタカ派、うちのお姫様のオブジェクトの分解と門の向こうに持ち込めるっていう無茶が通ったのもこの家の力があったからだ』
それを聞いてクェンサーたちは帝国に同情した。相手はオブジェクトさえ私情で動かせる貴族様。それがガチで相手を憎み滅ぼそうとしているのなら、間違いなく結果は陰惨たるモノだ。願うのはその怒りが民間人や自分たち下っ端に飛び火しないように願うのみ。
『そしてこれは内々に決まったことだが、護衛を務めていたオブジェクト、バリアントシールドもアルヌスの整備基地に送り込まれることになった。間違いなく娘さんの奪還、もしくは帝国の壊滅が目的だろう』
「おっかねぇ、相手はまともな武器さえない技術後進国家だぜ。それで真面目にオブジェクトを使った戦争をするとか、色々とおっかないんですけど」
『ローデンクロスワーズ伯は懸命な方だ。今回の対帝国案も、感情任せの帝国憎しで発案しただけではなく、きちんと正統王国の利益になる根拠と方針を理路整然と示した上で実行に移している。ちゃんと非戦闘員、民間人を巻き込まない程度の分別はあるさ』
「それ、逆に言えば非戦闘員、民間人の命以外の全ては消し飛ばしかねないってことですよね」
『……それはそうね、でもまぁあっちが先んじて喧嘩を売りつけてきたんだ。こちらが行儀良く相手のレベルに合わせてやる必要なんて無い。それに異世界のことで色々と新たな発見が出ていて、調査は急務になっている』
「えぇ、もうこっちはお腹いっぱいなんですけど。勘弁してくださいよ、これ以上のヤバい情報をポンと渡された暁には、ヘイヴィアと不貞寝して帰りますからね」
『安心しろ、これは戦闘行動に関連した情報ではない。……話は変わるがお前たちは知っているかしら、門から出てきた連中はどんな言語を喋っていたか?』
「?いや、正統王国の言語じゃないですか?普通に」
「だよなぁ、確か言語はこっちの言葉を流暢に使っていたとか聞いたけど」
「それだ、奴らの言語は正統王国の者が聞いた際は正統王国の言語で話していたそうよ。文字はさすがに別の代物だったらしいけどな。しかし、驚くべきはここからだ。複数の全く異なる言語圏の人間が帝国の奴らの言語を聞いたところ、それぞれが最も聞き慣れた言語で話していたそうだ。欧州圏、アジア圏、アフリカ圏、まったく異なる言語を同時にだ。録音してみても、同様に聞き手が最も慣れ親しんだ言葉で喋っているように聞こえている」
「……なんだそれ、もしかして何か?あの門の向こうの連中は言語に自動翻訳がされてるってのか?」
『分からん、ただ分かっているのは私たちが奴らとの会話に不自由しないということくらいさ。どういった原理で、どのようなプロセスで言語が翻訳されているのか学者連中が不眠不休で調べているらしい。門の仕組みに関しても同様に解析を進めているが……芳しくないようね』
落胆の気配をにじませた通信音声が門の出現と異世界の存在の奇怪さを暗に示していた。どのような技術によって、こちらの世界との行き来を可能にしたのかが分かっていないというのに文化や技術は前時代的過ぎる。
敵の戦力と能力の底がはっきりしない。戦力差を正しく把握するための強硬偵察が必要とされる。
理解は出来るんだが、それを自分たちがやるのが死ぬほど嫌なのだ。不良軍人ことヘイヴィアはうんざりしたような表情で装甲車のハンドルに顎を乗せている。相方のクェンサーは腰の軍用ポーチの中に詰めているハンドアックスをはじめとした装備を改めて嫌々ながら点検している。
「要するに、もう帝国とは徹底的にやりあうんだろ?だったら、そこそこ情報を手際よく収集してとっととベースゾーンに戻ろうや」
「だな、どうやら魔法とかオカルト丸出しなトンデモ技術があるらしいけど、俺たちの世界での再現性は低そうだしなぁ。さっさとやることだけ済まして帰ろうか」
そうこう言っている内に二人の前に小さな村が見えてくる。
異世界において現地人とのファーストコンタクト。物騒なことになりませんようにと祈りつつ、うんざりした面持ちで二人の軍人は装甲車を走らせた。
「なぁ、おいクェンサー?」
「なんだよ、ヘイヴィア。運転変わってくれってんなら、無理だぞ。この軍用車、ハンドル周りに物騒なボタンやらスイッチがあるせいで学生が運転できない仕様になってるんだから。大体、なんで調査のための装甲車でこんな武装が多いわけ?調査探索なら機動性重視じゃない普通は?」
「帝国のヤローどもがいくら槍と剣振りまわす時代の奴らだからって、殺傷力はあるっちゃあるんだ。それなりの危険に対応するためにもある程度行きすぎたって言われてもおかしくない程度には武装しとかなきゃいけないんだろ。それに相手は骨董品ものの武装兵たちだ。そんな連中を相手に、負傷者、もしくは戦死者なんて出したらフローレイティアさんのキャリアはパーだ。俺たちは怪我するのも死ぬのも許されないんだとよ」
「おぉ、普段は怪我しろ死ぬ気でどうにかしろ、なんて無茶言われるのに今回は死ぬな怪我するなときた。いいな、異世界。いつもこんな調子ならいいのに」
「そん代わり、ここにゃおめぇの出世に必要なオブジェクトの技術のぎの字もないけどな。付け加えるなら俺の欲しい武勲もねぇ。ここは完全に回り道だよ。上の意図がどうかは知らないが俺たちの人生にとっては無駄も無駄な回り道でしかない。何一つ、得られねぇ回り道だ。……って、そうじゃねぇよ。なんつーか、順調過ぎね?今の状況?」
「あぁ、さっきの村のことか?言われてみりゃ、いやに毒気がねぇってか、敵愾心みたいなのは無かったよな。聞かれたことにまんま、答えてくれたし。一応、俺たちって敵国の人間だろ?しかも俺たちはここらの徴兵された連中を、オブジェクトに搭載されるような怪物砲で蹴散らした悪党じゃねぇの。腐った卵投げつけられるとか、そんな対応の方が納得いくんだが」
「国に対する帰属心が薄いのか?それとも単純に欺瞞情報でも掴まされたのかな」
「俺としては、そっちの方がいいがね。騙されたなら、ちったぁ罪悪感ってのも軽くなる。別に神様を特別、信じちゃいねぇが雑兵連中を万単位で天国まで吹っ飛ばしたからな。普段、オブジェクト相手にひーこら言っている身としては、オブジェクトの砲身を向けられた奴らに同情するよ」
口を尖らせて、ぶつくさ言うヘイヴィアをなだめるようにクウェンサーは手元の端末を、操作してマッピングを行っていく。こちらの世界で衛星が飛んでないため、マッピングは航空隊と不真面目コンビがちまちま書いていかなければならない仕様となっている。
「何が書かれているかもわかんないジグソーパズルをしてるみたいだ。それも空からはめるならまだしも、
「言うな、空しくなってくるじゃねぇか」
そういってハンドル片手にヘイヴィアは疲れたように息を吐く。無気力と見てわかる脱力っぷり。途中で寄ってきたコダ村の村長の話から、この先の森林に集落があるらしい。補給の関係上、あと二日三日は動けるができるだけ長距離までは足を運びたくない。
できることなら近場で様々な職や人種の現地人から、情報を集められればいいのだが、そんな都合良く事が運ぶとは思えない。この先にある森林の集落に到着すれば、状況も少しは変わるのだろうかと展望を胸に装甲車を進める。
そうして、二人の軍人コンビが数時間を無駄話で潰してようやく、コダ村の村長が言ってた集落があるであろう森林の近辺に到着したのだが、そこは今、現在を以て絶賛炎上中だった。
「なぁおい、クウェンサー。俺の目と頭がトチ狂ったかもしれねぇから、お前にも聞いとく。今、目の前に見えてるのって炎上中の馬鹿でけぇ風車とかじゃないよな」
「いや、多分、俺も同じもんが見えてる。改めて言うのもなんだけど、見たまんまだ。ファンタジーに出てくるような火を噴くドラゴンが見えてるよ」
「CGじゃないよなぁ、あれ。どっかの騎士じゃないんだぞ。いっそ風車だったら、笑い話で済むんだが」
「はぁ~、あそこのドラゴンって森を見れば火を噴くような反自然的習性でもあるのかな」
「ファンタジーでドラゴンとかって、エルフと並んで森を守る的な存在じゃねぇの?」
呑気なセリフを言っている二人は完全に他人事である。目の前の森が炎上中とはいえ、自分たちに差し当たった危機が迫ってないので龍に対する特別な感情もなく態度も引き続き、やる気を感じさせない。
クウェンサーたちは完全にだらけきって車内でドリンク片手に燃えている森を眺める。
「それでどうするよ、ヒーロー。集落の村人を助けにハンドアックス持って命をかけるかい?」
「勘弁してくれ、棒きれ一本で風車と格闘するようなもんだよ。それに今から行っても、救助どころか俺たちまでくたばりかねない。出来る事なんてもう無いだろ。それにさ、ドン・キホーテもドラゴン相手に槍で立ち向かうよりは風車をつつき回したほうが利口だって思い立ったんじゃない?」
常日頃から現場を駆けずり回りながら消火活動に精を出す二人のヒーローは、対岸の火事を目に焼き付けている。こんな景気よく火の手が上がっているんだ。集落の人は何人生き残っているのやら。それに生き残っていたとしても、あんな怪物と真っ向勝負するヤツなんているはずもなし。とっとと、ケツまくって逃げているだろう。
ここで血気盛んに装甲車をかっ飛ばしてドラゴンと死ぬ気でやりあっても、既に死んでしまった人はどうにもならない。二人は自分たちがなんでもできて、何人でも救えるようなおとぎ話の住人ではないことを充分に理解していた。
できることなんて、火の手が落ち着いてから集落に行き、状況の把握と被害の大きさを記録して報告するくらいだと自分に言い聞かせる。
するとクウェンサーの手元の携帯端末から、軽快な着信音が鳴る。ちらりと画面を見るとそこには見慣れた我らが戦場の女神様からの名前があった。
“Milinda=Brantini”
『やっほー。くうぇんさー、ふぁんたじぃーせかいでのちょうしはいかが?』
「最高だよ、今そのファンタジー出身の化け物が目の前で火を噴いてる」
『……もしかしなくてもいせかい出身のおんなのこのあんゆとかじゃないよね』
「そんなジョークが言えるほどオブジェクト技師志望学生のクウェンサー君に余裕はありませんからね!?」
「まぁ、その化け物が暴れまわっている現場にもうすぐ足を運ばないといけないとなると、気が重いよなぁ。ったく、異世界だっていうなら、テンプレの金髪エルフの一人や二人は出せよチクショウ」
『ふたりがいつも通りのへいじょううんてんであんしんしたよ』
「そいつはどーも。ていうか、お姫様こそ通信してる暇なんてよくあったな。ベイビーマグナムを門の向こう側に持ってくるのに色々と作業や手続きが必要なんじゃない?オブジェクトを解体して門の向こう側に引っ張ってくるなんて前代未聞の大プロジェクトだ。今頃、ばあさんあたりが怒りながらベイビーマグナムと格闘してるのが目に浮かぶよ」
クウェンサーのその短いセリフは、整備兵として己よりも優れた技術を持つ者に対する敬意が伺えた。それを聞いて、端末の向こうの彼女はクウェンサーの目標と行く道が何一つブレていないことを改めて確認する。
『それなんだけど、ベイビーマグナムはまだそっちにいけそうにないかも。あとからきたバリアントシールドが先にばらされて、そのあとにわたしってじゅんばんらしいの。だからわたしはしばらく門番みたいなことをするようにって、フローレイティアが』
「待った、確かバリアントシールドって」
そういってクウェンサーは端末をいじり、バリアントシールドの情報を画面に上げた。それを横目で見ていたヘイヴィアは思わず声を上げる。
「おい、バリアントシールドって第二世代じゃねぇか!」
「要人警護を運用目的とする専守防衛の市街地戦対応オブジェクト、それがバリアントシールド。そのコンセプトは突発的なオブジェクトの襲撃だろうと防衛可能っていうふれこみだけど。それがどうして戦場に出てくることに?やっぱ、噂のさらわれた貴族様の奪還とか?」
『詳細はいっさい、あきらかになってない。うえからはいせかいのぶんめいレベルからかんがえてぎじゅつかいせきの危険はないため、バリアントシールドを派遣し、さっきゅうにケリをつけるってほうしん。ばあさんたちはローデンクロスワーズからきた私兵たちにせいびじょうをのっとられたって愚痴ってた』
「まぁ、37機動整備大隊はベイビーマグナムの整備専門だ。さすがに見たことも内部機構を把握してもないオブジェクトをそらで解体・再度組み立てなんて出来そうなのは、ばあさんぐらいしかいないわな」
「ってことは、ベイビーマグナムはこっちに来れないのか?」
クウェンサーの疑問に端末の向こうのお姫様は語気を和らげて応答してくる。
『ううん、バリアントシールドの後詰めってかたちでわたしもでるよ。それにオブジェクトはこなくてもいま、わたしも門をこえていせかいにきてるし』
「マジで?お姫様が異世界に?ベイビーマグナムが来てないのにどうして」
『べつにオブジェクトがなくても、コイルガンのしえんほうげきならエリートがひつようでしょう。ベイビーマグナムがかいたいじゅんびでうごかせない以上、しえんほうげきとかでえんごするようにってフローレイティアが』
確かに下っ端兵士が適当に近づいてきた連中を蹴散らすくらいなら、特別な技術は必要無い。しかし、超超距離の支援砲撃となると、周辺環境の重力補正、磁場の影響、着弾時の誤差修正とエトセラエトセラ。
餅は餅屋ということで、地面に固定されただけの雑なコイルガンの射撃を本職であるエリートに任せたという訳らしい。例えるなら、プロのスナイパーにエアガンでも撃たせるようなモノだ。同じコイルガンでもオブジェクトに搭載され、ほぼタイムロス無くばかばか撃てるコイルガンと、連射すれば反作用で倒れるからいちいちインターバルが必要になる据え付けコイルガン。
どう間違っても
実際は長らく、クウェンサーたちと離れた上にオブジェクトがしばらく使えないことで、お姫様の戦意、戦闘経験、これまで培ってきた戦場への慣れなどを、鈍らせないため指揮官判断でカピストラーノ少佐がお姫様を呼び出していたのだがわざわざクウェンサーたちに告げる理由もないため上官以外は何も知っていないようだ。
『それと、はけんするオブジェクトがベイビーマグナムからバリアントシールドにへんこうされたことでオブジェクトかいたいの申請手続きがあらためてひつようになったらしいよ。だから、オブジェクトがいせかいでうんようできるのは一ヶ月後くらいってばあさんたちがいってた』
「「ハァァァァァァ!?!」」
二人揃って、絶望というか落胆に染まった濁声が車内に響く。お役所仕事かよ、と面倒な手続きを改めて一からやる律儀な上層部の判断にあらん限りの罵詈雑言を吐こうとすると、離れた先の森から思う存分に暴れまくったドラゴンが飛翔していく。
クウェンサーたちは嫌そうに顔を歪め、天井を見上げる。ヘイヴィアはキーを回し、アクセルを強く踏み込んだ。急発進する車内で揺られながら装甲車は真っ直ぐに森林を目指し加速する。
「悪いお姫様、どうやら仕事の時間みたいだ。いっちょ、給料分のヒーローやってくる。オーバー」
異世界という特殊な環境でも彼らのすべきことは変わらない。
自分たちにできないことを理解する男たちは、できることを最大限に果たそうと動き出す。
くすぶった大地、燃えかすとなった住居の残骸、未だに立ちこめる噴煙。そして、そこら中に転がった酷い有様の人間型の炭を見て、クウェンサーとヘイヴィアのコンビは、うなだれるように周囲を警戒しつつ装甲車を走らせる。
「おい、こりゃ生き残りがどうとかって話じゃねぇぞ。残っているのも、ほとんど燃えかすで住居の残骸から生活習慣とかの痕跡も掴めそうに無いな。情報収集特化の情報同盟ならともかく、その手のノウハウなしの現場でヒーヒー言ってる俺たちじゃこんな炭の山から役立つ情報を掘り出せねぇだろ」
「だな、この調子じゃ生存者の当てもつきそうにないし。そういえば、あの龍って何処に飛んでったんだ?虫のいい考えかもしんないけど、帝国にあの龍が飛んでって首都炎上、そんでもって戦争終了ってなったら、被害が少なくていいだけどな」
「ばーか、帝国には誘拐された連中がいるかもしれないんだ。ヘタに炎上被害なんて出れば異世界の首都で誘拐された人間の安否確認で瓦礫の山とにらめっこして生涯が終わっちまう。こんな異世界に骨を埋めるほど、俺は人生を諦めちゃいねぇよ」
装甲車から降りて、炭の残骸群を見やるヘイヴィア。端末で集落だった場所の写真を取っている辺り、まだ任務をこなそうとする気はあるが写真の価値は微妙なところだろう。そして、クウェンサーは装甲車からホースを取り出している。
水の補給はいくらあっても不足と言うことはない。なにせ、地図がない未開の土地。補給なんていつできるかどうかという問題になってくる。出来るときにしとかないと後で後悔する羽目に陥る。
なんとか残っていた井戸を発見したクウェンサーは水質検査のため、近場に転がっていた桶を井戸の中に放り込む。
少し落ちてったところで、カーンとやたら軽い音が響いてくる。
「おいおい、もしかして水が枯れてるってことは……はぁ?」
井戸底を覗き込んだクウェンサーの目に入り込んできたのは、水に浮かぶ金髪の美少女だった。
「嘘だろ、井戸に飛び込んだおかげで炎に曝されなかったのか。……集落の生き残り、また厄介ごとの気配が立ちこめてきたぞ」
クウェンサーはヘイヴィアを呼んでなんとか少女を上に持ち上げていく。ただ、井戸底に行って少女にハーネスを付けるの、どっちがするかで軽く戦争になったが第一発見者のクウェンサーが救助に行ったのは完全な余談でしかないのでここまでにする。
「どうしたんだよ、ヘイヴィア。待望の金髪エルフだよ。もっとテンション上げていかないの?」
「いや、なんつーか。こういうファンタジーな存在ってマジで遭遇すると、どうしたらいいかで手に余るわ」
「徹夜した挙句、やっと正体判明しちゃったサンタクロースみたいなもん?」
「そもそも俺は婚約者持ちなんだよ。リアルな問題を抱えている身の上でファンタジーを処理できるか」
「夢がないなぁ、マジモンのエルフと遭遇して真っ先に浮かぶのがそれってどうなの?」
「そういう、てめぇはどうなんだよ」
そこでヘイヴィアは隣で端末をいじっている相棒へ話をふった。
「そういわれても、美人だなーってくらいしか感想はないよ。そこで寝てる子、フローレイティアさんとは別タイプで美人だけど、とっとと異世界の仕事を済ませてオブジェクトの勉強に時間を使いたいってのが本音だね。……あとまぁ、耳以外の人体構造に俺たちとの特別な差異があるのかどうかってとこ?」
「夢がねぇ!!ファンタジーを科学的な思考で観察すんじゃありません!!てめぇ、どの口で人様に夢がねぇ宣告をしやがる!!」
額に青筋立てて、ヘイヴィアは相方の留学生を叱り付ける。
そういわれても、エルフに対して思うところは特別ないので仕方ないだろう。二人は下らん話をしながら、コダ村へ向かう。正直、救助したエルフの少女、下手にベースゾーンに連れ帰ったら他勢力から誘拐扱いと取られても仕方ない。
身柄の扱いで他勢力にちょっかいをかけられたくない。ならば、どっかに預けるのが妥当という戦略シュミレート部門の意見で最寄りの村、つまり行きがけに寄ったコダ村へこの少女を預けるということで話は纏まったのだが。
事はそう簡単に運ばず、思いもよらない事態を招くことになっていた。
「いやいや、ちょっと待て!引き取れないってどういうこった!?」
コダ村の村長へ森の集落が突如やってきた竜によって焼け落ちたことを伝え、エルフの娘を預けようとすると話を聞いてくれた村長がいかめしい顔で首を横にふった。それは事実上の受け取り拒否に他ならなかった。
「残念ながら今の我々にそこまでの余裕がないのだよ。徴兵によって働き手や男が減りすぎている。今のままでは私たち自身の生活も満足にいかんだろう。それに炎龍が目覚めたというのなら、急ぎ村を離れなければならない」
グッとヘイヴィアは口を閉ざす。この近くの徴兵されたであろう男たちを殲滅したのは自分たちだ。それで自分たちが文句を言うのはいささか道理が通らないというモノ。そして、コダ村の住民が自分たちも避難するとなると、そこで無理に少女を押し付けるのは極めて難しい。
「しゃあねぇ、もうあの爆乳に丸投げしようぜ」
「だな、一回フローレイティアさんに連絡しておこうか」
周囲の村人たちが慌しく荷物をまとめ、片付けている中で装甲車にもたれ通信を送る。荷物を持てそうにない小さな子供たちが興味ありげに二人を見ている。あまり深く関わるわけにもいかないので軽く手を振っておくだけに留める。
『…………了解した。その現地住民の少女は災害による難民扱いということでベースゾーンへ連れてこい。分かっていると思うが手荒な真似はするなよ。目覚めて、我々の庇護を拒否するような事態であれば』
「わかっていますよ、無理強いはしません。むしろそっちの方が後腐れなくて良いんですけど」
「クウェンサーの意見に賛成一で。正直、俺ら雑兵連中には手に余る案件だろ」
『……そうね。ならついでにお前たち。その村人たちが安全に最寄りの村に行けるよう護送をやってから帰ってこい』
「マジでか。おい、いつから俺たちの上官様は人道主義に目覚めたんだ?」
『コダ村はベースゾーンから最も近い集落なの。近いうちに他の勢力の人員が訪れた際、廃村となったコダ村の住民はどうなった?もしかして殲滅した?なんて馬鹿げたツッコミをされないために別の村に無事、辿り着いてもらわなくてはならない』
「はぁ、異世界に来てまで厄介な仕事をするとか」
「せめて、何の裏もない難民保護っていうことで満足しとこうや。あっちだと、最悪オブジェクトが絡んでくるんだぞ。それに比べれば」
「火を噴く龍と遭遇する恐れがあるから一概にどっちがいいとか言えないけど。仕方ない、これも給料分と思って働きますか」
そういって端末の通話は終了し、二人は強制的に腹をくくった。荷物を纏め、急ぎ村から退避しようとする住民たちを手伝うため、二人はニッコリと笑いながら村長に避難の手伝いを申し出ていく。
やたらニコニコして村長に話しかける見たこともないような服装の二人。
そんな怪しいことこの上ないコンビを、馬車の上から見つめる蒼銀の髪の少女の姿があった。