黒白のアヴェスター×ダンまち   作:悪事

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エイプリルフール記念投稿。




 

 世界の全てが気持ち悪い。初めて世界を認識した俺の抱いた感想はそれだけだった。世界に偏在する音、風、光、水、土、熱、人、神。全てを総じて気持ち悪い物だと認識した。認識の起点である己さえその例に漏れず、餓鬼の自分では世界の全てを気味悪がっていた。

 

 

 そんな俺が故郷で排斥されるのは当然で、俺はそれをどうでもいいと感じていたが兄者はそれをよしとせず、成人すると同時に俺を引きずるように故郷を飛び出した。

 

 無愛想なガキを連れて楽しそうに故郷を飛び出す兄者を、俺はじっと見ていた。

 

 迷宮都市オラリオへ兄者に連れられ、天上の世界より現れた神ども(暇神)の眷属と成るため街中を奔走した時も、俺は兄者の姿をじっと観察していた。そう、“兄者は何者”だという答えを探るために。

 

 そうして、ようやく眷属を求めていた神のファミリアに所属すると兄者は加速度的に変わり始めた。

 

 誰の目にもはっきりと映り有象無象の奴らの目を惹く英雄としての光。

 

 多くのファミリアを結びつけ、オラリオの暗黒時代を終わらせるだろうという活躍。

 

 ヤツはいつも笑っていた。敵と戦うときも仲間と居るときも、屈託無く笑っていた。

 

 だが、誰にも己の真実を明かさぬままヤツはいなくなった。

 

 胡散臭く何を考えているかわからん神も、あの気むずかしく偉そうな小人族(パルゥム)も潔癖で排他的なエルフも、偏屈で頑固なドワーフも、兄者の深層(真相)の一片にすら踏み込めなかった。その点で奴らを屑や役立たずと罵ることはできまい。

 

 何故なら、もっとも近しい位置にいた俺もまたヤツの真実に触れられなかったのだから。

 

 

 

 

 モンスターの封印であり、未知未踏の領域ダンジョン。神の玩具、バカどもが死にに行く墓穴。

 

 冒険者と呼ばれる愚か者も全て下らない。

 

 そうだ、俺がこんなところにいるのも全て、ヤツのせいだ。

 

 いつかヤツに真実を叩きつけてやる、その聖人面を粉々にして、俺は俺になるのだと。

 

『お前の笑った顔を見せてくれ、マグサリオン。それさえあれば、俺は誰よりも強くなれる』

 

 背筋に寒気が走る、正気で云っているのか、おいなんで誰もこの妄言を止めない?

 

『俺が笑わなければ負けるのか?自分ではなく他者の思い次第であんたの生殺与奪は決まるとでも。馬鹿げている、兄者はいつか身を滅ぼすぞ、あんたの生き方は俺から見れば負け犬だ』

 

 

 パルゥムもエルフもドワーフも神でさえ、兄者が何者かを探ろうともせず全ては終わった。

 

 

 闇派閥どもの行った『27層の悪夢』が終わり、兄者が帰って来なかったとき、ヤツは必ず帰ってくると蒙昧に疑いもしなかった俺はようやく気づいた。そう、あの時の俺にとって、真に不変なるものは兄者だったのだと。

 

 

 

 

 

 

 迷宮深層部、地下49階層“大荒野”。

 

 その名が示す通り、緑々とした草木の絶えた寂寞の荒野。石と砂が赤茶色であるくらいしか色合いのない面白みのない空間。そこで今、二つの集団が激突し、互いに骨肉を削り合う戦いを行っていた。

 

 

 片方は山羊のごとき角と膨れあがった馬を思わせる醜悪な面貌。野蛮族(フォモール)と呼ばれる深層のモンスターであり、集団となり群で動く様は悪夢に出てきそうな程に恐怖を与えるだろう。

 

 

 幾百の野蛮族(フォモール)たちが戦意盛んに蠢く様はまるで蝗害を想起させる。

 

 群れなす怪物たちの通った後には血と死が撒き散らされるだろう。

 

 

 しかしてモンスターたちに対峙する集団もそれに劣らぬ強者たちだ。

 

 各々の装備に差異こそあれ、統率の取れた密集陣形と突出した実力者たちの連携の取れた遊撃、濁流のごときモンスターの突撃に盾と剣が真っ向から受けて立つ。それはお伽噺の英雄譚の一幕のような光景だった。

 

「前衛、密集陣形を崩すな!後衛は援護攻撃を続行!」

 

 声が戦場に高らかに通る。集団の統率者である小柄な男性、いや少年のごとき者が戦場で戦う者たちを鼓舞し統率する。彼こそ、ダンジョンの攻略を主たる目的とするロキ・ファミリアが団長、“フィン・ディムナ”その人だ。

 

 

 大勢の団員たちが彼の指揮に完全な信頼を置いて行動する。

 

 一切の乱れなく行動する様は異体にして同心を地でいっている。

 

 突出する遊撃の人員たち、アマゾネスの姉妹や狼人の青年、風纏う金髪の少女たちも無軌道に思えて後ろの仲間たちのためになるよう、また背後で長文詠唱を行う火力特化魔導師の護衛を念頭に動いている。

 

「間もなく焔は放たれる」

 

 長文詠唱による大火力魔法、それは一発逆転の“会心の一撃”(クリティカル)

 

 

 誰しもロキ・ファミリアが最大の火力を持つ魔導師、リヴェリア・リヨス・アールヴを信頼しきっているからこその行動。誰もが詠唱を完遂するまで時間を稼げば、勝利は間違いないという信頼。

 

 

 完全な調和の取れた指揮、統率に綻び一つ無い軍勢の行動。

 

 そこに一つの、そして凶大な不協和音が存在した。

 

 

「邪魔だ失せろ屑共が」

 

 燃えさかる憤怒、そして凝縮された憎悪に塗れた昏き声、それと共に黒き全身鎧を纏った男が吶喊する。いや、黒いというのは語弊があった。鎧自体はおそらく変哲もない鋼の色合いなのだろうが、血錆びと戦傷による歪みから来る陰影がために鋼の光沢を黒く見せているのだ。

 

 また、纏う人間の放つ禍々しさも一因には違いない。フルフェイスの兜より除く暗黒の眼光が野蛮族(フォモール)たちを突き刺す。冒険者を殺すという意志しか持たぬはずのモンスターたちでさえ数秒、恐れゆえに立ち止まる。個体によっては二、三歩引き下がりすらした。

 

 

 彼はあらゆる意味で冒険者ともモンスターとも違っていた。纏う憎悪の桁が違う、遠くから見るだけでも感じさせる圧倒的な死の気配。眼前に立つ全てを殺し尽くさんと吹きすさぶ殺意の暴風。近づくだけで他者を怯ませる禍々しい暴虐の化身。

 

 莫大な殺意と憎悪が奈落の底で凝縮と爆発を続けているようなありさま。

 

 彼だけが完璧に統制から、完全な信頼からくる連携(みんな)の外側に立っていた。

 

「ちっ、おい待ちやがれくそったれ!」

 

 前衛で遊撃に立ち回っていた狼人のベートが怒りをこめた声で黒騎士を制止しようとするが、殺意の波濤を撒き散らす男の前で腰が僅かながら退けてしまう。その無様にベートは自分自身を侮蔑し、黒騎士を再度止めようとするが彼は血錆びに塗れた大剣を手に制止の声を無視して戦場に殺戮をもたらす。

 

 その戦い方は常軌を逸していた、大剣の振るうさまはまるで素人だ。一目で分かる武才の無さ。これならば、二軍の長である超凡夫の方がよほど巧みに武器を扱うだろう。武才の一切ない戦い方、洗練された技など欠片と持たぬ不格好な動作。

 

 しかし、彼はこの場の誰よりも多いキルスコアを叩き出す。

 

 大剣でモンスターの首を力任せに叩き落とす、その動作に追随して剣の柄で横合いの敵の眼球を抉る。それに武器が使えなければ、拳で頭部を粉砕する。モンスターの脳漿と血に骨片を浴びてなお前進。敵の攻撃を弾けばがら空きになった胴体に抜き手を放ち内臓を無理矢理引きずり出す。

 

 囲まれようと大剣で端から刻み、切り裂き、砕いて抉る。

 

 それは狂気的な執念による殺戮軌道、がむしゃらでデタラメな攻撃が圧倒的な殺意と残忍と云われても仕方がない徹底した凶悪に支えられ、この場の誰よりも凄まじい殺戮を成し遂げている。

 

 ロキ・ファミリアの誰もがその凶戦士の暴走に目を奪われていた。

 

 人はあそこまで成り果てる事が出来るのかという畏怖と、巻き込まれれば只では済まないという確信によって。

 

 軍勢だったモンスターが瞬く間に減少に転じる。

 

「死ね、死ね……呼吸をしていいと誰が言った!」

 

 怨念が撒き散らされる、この様を見て誰が彼を冒険者と思うか。いいや、黒騎士はそれを意図してこういった行動や言動をしているふしさえ感じさせた。彼は迷いも逡巡もなく突撃し殺戮を続行する。

 

「あれが、あれは……冒険者なんですか」

 

 怯え切ったエルフの魔導師レフィーヤは、眼前にいる同じファミリアであるはずの男の狂気と憎悪に震えることしかできないでいる。それを支えるように肩を軽く叩いた金髪の少女は黒騎士の後を追いかける。

 

 いつだって彼は一人で最悪の修羅場に突撃する。彼よりも格上だった味方や格上の敵はいくらでもいたというのにたった一人で突撃するのだ。馬鹿げている、おかしい、どうかしている。

 

 それでも彼は生き残る。彼は死なない、負けない、屈さない。

 

 どれほど絶望的な状況でも生き残りそして殺すのだ。

 

 黒騎士の名はマグサリオン、ロキ・ファミリアが異端児にして暫定レベル6の“凶剣”と称される凶戦士である。

 

 

 

「下がってマグサリオン、詠唱はもう終わる」

 

 

 凄まじい速度で殺戮を撒き散らすマグサリオンを窘める金色の疾風が吹き荒れた。ロキ・ファミリアが誇る彼女こそ、上級冒険者に位置づけられるレベル5、“剣姫”アイズ・ヴァレンシュタインに他ならない。

 

 風のエンチャントを使用することでようやく共に並ぶことができたアイズは殺戮を止めようとしないマグサリオンを必死で止めようとする。しかし、彼は一向に止まる気配がない。それどころか、憎悪の眼孔をアイズに向けて殺意を放つ。

 

「余計な真似をするなよ“人形”、こいつらは俺の獲物だ」

 

 マグサリオンの酷薄な声にアイズは悲しそうに顔を歪めながら構えを解いて、棒立ちになる。

 

 どこまでも、彼は徹頭徹尾、己のみで殺し尽くそうと動く。その意志を変えることはきっと誰であろうと不可能だろう。遠く離れた後衛地点でフィンは深々と息を吐く、そうして彼はリヴェリアに詠唱の中断を合図した。

 

「……リヴェリア、どうやらマグサリオンがやらかすようだ。詠唱を中断、魔力の温存に努めてくれ」

 

「……あぁ、了解した。しかしいいのか。団員たちにアレを見せて」

 

「真似をしようとする者なんて現れないさ、なにせやっている当人でさえ綱渡りなんだから、それに距離を置かれるのも彼にとっては望むところだろう。心情としては納得できないが」

 

 フィンの万感の思いがこもった独白に近くで待機していたロキ・ファミリアの幹部が一人ガレスは疲れたように声を紡ぐ。

 

「やれやれ、見ていて痛々しいわい。あの小僧の無謀振りは。ヤツはいつになれば、その身に宿した慙愧を振り払えるのかのぅ」

 

「二人とも…………そこまでだ。来るぞ」

 

 

 空気が変貌する、寂寥とした荒野に殺意が満ちる。周囲の景色から光が抜け落ち、世界が陰ったように感じる。それは此処に立つ冒険者たちの鋭利な感覚がそれを告げていた。なにか、とてつもないことが起こるという予感と共に悪寒が団員たちを突き抜ける。

 

 

攻撃強化(サーム)

 

 超短文詠唱が響き、マグサリオンの肉体から黒き焔が燃えさかる。自らをも燃やしてなお、止まらぬそれは彼の絶滅の意志が具現した獄炎だ。黒き炎は纏う彼自身と大剣を概念的に強靭に重く研いでいく。

 

 

 マグサリオンの持つ超短文詠唱の魔法、合計五つからなるそれはどれも短文詠唱にあるまじきリターンを使用者に与える。本来ならば魔法のスロットは、どのような冒険者であろうと三つしかない。いや三つしか許されない。だというのにその掟を真っ向から打ち捨てる無法の法、五つの魔法の発現。回数制限こそあれ、間違いなく短文詠唱の中でも最も即効性と殺傷性に長けた代物。

 

 果たして彼は何を犠牲にしてこれほどの力を手にしたのだろうか。

 

 

 そして、彼は詠唱を継続する。

 

攻撃強化(サーム)攻撃強化(サーム)攻撃強化(サーム)瞬間移動(シェバーティール)消し飛ばせ(アラストール)

 

 超短文詠唱とはいえ、それを重ねて連続五回の使用、それは彼の憎悪や妄念が為せる技か。

 

 皆殺す、全て一切死に絶えろ。

 

 ロキ・ファミリアの団員たちは知っていた。

 

 ファミリアの中で一番の武功を挙げる彼こそが誰よりもファミリアの問題児なのだ。

 

 その最たる二つの理由は彼が牙を剥いたモノは全てが無残なありさまになること、そして何より彼の戦いのあとに残るのはいつだって勝利という輝かしいものではなく惨劇と呼ぶに相応しい惨憺たる状況しか作り出さないと云うことを。

 

 

 概念的な自己強化魔法と己を薄く軽くすることで超高速移動を可能にするという魔法、それを同時に使うことで生じる結果。マグサリオン以外の全員が身を伏せる。マグサリオンは黒き極光の軌跡を虚空に残し、刹那の時にモンスターたちに発射される。

 

 矛盾の生じる魔法の同時使用による破滅的な威力と攻撃範囲の向上。

 

 これはリヴェリアの三種、三段階の魔法を用いることで合計九種の魔法を運用できるという技術とは明確に異なっていた。彼女の技術が常識と論理の内側にある技術ならば、マグサリオンの技は明確に論理と思考の範疇外。

 

 あれこそ神すら予想だにしなかった不条理(イレギュラー)

 

 憎悪と狂気が生み出した掟破り(バグ)に他ならない。

 

 結果として生じるリスクは、下手に魔力暴走(イグニファトス)を起こせば即死の自殺行為。

 

 

 だが、命を棄てるに等しい凶行は、それゆえに凄まじい殺戮数(リターン)を呼び寄せる。

 

 モンスターたちは憎悪による黒き極光を浴びて消し飛ばされる。

 

 塵も残さず、欠片も残らず。跡形もなく消し飛ばす有り様は彼の憎悪を具現したままのようだ。敵と成るモンスターが全て、消滅する。魔石も、ドロップアイテムも、モンスターが存在したという痕跡さえ全てが荒野の無情の風に解けていく。それはどうしようもなく悲しいような、締め付けるような思いをマグサリオンを見つめる者たちに抱かせた。

 

 

 次に大地に罅が入っていく。まるで割れかけた陶器を思い切り地面に叩きつけたような凄まじい速度で罅が大地に描かれていく。そう結果は決まっていた。マグサリオンの通った後、そして彼の為す事は勝利ではなく惨劇なのだから。

 

 

 フィンの傍にいたラウルは頬を引きつらせながら、あの黒騎士がやらかした行為の結果に予測を立てて、二軍勢を一カ所に密集させてから団長の指示を聞こうとする。冷静な面持ちを崩さないフィンは次なる指令を団員たちへ指示する。

 

「団長、……これって、まさか」

 

「総員、周りから離れるな。そして着地の用意を……落ちるぞ!」

「やっぱりぃぃぃぃ!!」

 

 

 アマゾネスの姉妹、ティオナ、ティオネ。狼人のベート、剣姫のアイズはそれぞれが最も近い団員の付近まで退避し落下後の状況に備えた。

 

 普通ならありえない事態、階層無視の強制移動(ショートカット)がここに起きる。

 

「ちょ、ちょっと!マグサリオンが!」

 

「ほっときなさい!あのおばけ鎧なら、自分でどうにかするわよ!」

 

「糞がぁ!あの野郎、無茶苦茶やりやがってぇぇ!」

 

「みんな、離れないで」

 

 

 階層の地面が完全に砕けた後は重力に従い、49階層から50階層へ。

 

 

 ロキ・ファミリアのメンバーたちはダンジョンでさえ予想しない方法で更なる深淵へと進んでいく。

 

 それを為した黒の騎士、マグサリオンは誰よりも爛々と憎悪で瞳を焦がしながら、50階層へと向かう。

 

 

 これが彼の物語。

 

 冥府魔道を行きながら、たった一人で殺戮の荒野へと至る眷属の物語(ファミリアミィス)だ。

 

 

 

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