50階層、ダンジョンにおいても珍しい
「うう、なんで私が深層の遠征に選ばれたんでしょう……」
ロキ・ファミリアの第二級冒険者レフィーヤ・ウィリディス。リヴェリアが自分の後継と目する彼女は現在、自信を喪失し肩を落として体育座りでいじけていた。
49層までほとんど負担のない後衛で守られ、50層に来るときはアイズに着地の世話まで受けた彼女は明確に落ち込んでいた。いや、アイズに横抱きにされ着地したのは幸運だと思っている。贅沢をいえば姫抱きで着地する光景の方が絵になると考えはしたが。
しかし、ここまで自分がやってこれたのはほとんどが、ファミリアのメンバーのおかげだ。極端なことを云えば、自分はここまではいてもいなくても変わらない。いや、居ない方が脚を引っ張らずに済んだのではないかとさえ考え出してしまう。
二軍の面々も遠征に選出されるだけあって、誰もが突出した何かを持っている。自分も魔法については中々のものだと自負するが、さらに高位の、そしてエルフにとっての王族であるハイエルフの先達、リヴェリア様が居る以上、それを拠り所とは出来ない。
ため息を吐くレフィーヤの背後から金髪を靡かせた美少女が声を掛ける。
「……大丈夫?レフィーヤ」
情緒の育ちきっていないアイズにとっては精一杯、他の者からすれば不器用極まりなく、レフィーヤからすれば垂涎の心遣い。
「ア、ア……アイズさん!?」
「うん……やっぱりさっきの着地でどこか怪我した?」
咄嗟だったアイズの気遣いに、変な返事をしてしまったレフィーヤは混乱していた。
憧れのアイズさんに慌てた姿をみせてはいけないと思いながらも混乱した頭は冷静さを取り戻せていない。
しかも怪我したせいでおかしくなってると思われている節がある。
いけない、どうにかしないと。
「いえ、先ほどは助けて頂いてありがとうございます!」
勢いよく頭を下げるとレフィーヤは瞳を潤ませながら、何度も頭を下げ出す。
感謝の言葉が謝罪の言葉に変わっていく。自分が活躍できないということに対する罪悪感が憧れの人の前で爆発してしまったのだろう。若干、人との交流を苦手とするアイズが困っていると横合いから状況を打破する人物たちが現れた。
「そんなに謝ってどうしたんだい。レフィーヤ」
「向こうのテントまで聞こえてきたぞ、あまり腰が低いのは感心しないな」
ロキ・ファミリアの三幹部の二人が穏やかな声音で話しかけてくる。
それにアイズはほっとし、逆にレフィーヤは固まっていく。
対称的すぎる二人に苦笑しながら、フィンはにこやかに緊張を解こうとする。
「レフィーヤ、君は確かにまだ、自分の満足いく活躍ができていないんだろう。けど、君の魔法が活きるときは必ず来る。それまで魔導師の君やリヴェリアは、前衛や僕たちを頼りにしてくれ。優先されるべきは仲間と自分の身を守ることだからね」
「まぁ、だからといって自衛をおろそかにして良いという道理はない。最低限の自衛や回避等はきちんと身につけておくことだ」
「はっ、はい!気を付けます!」
「それにアイズ、さっきはマグサリオンを止めようとしてくれてありがとう。彼は常に、あの調子だから。積極的に彼を止めようとしてくれるというのはありがたい」
「ヤツはあれが常態だからな。それでいてモンスターの討伐は常に最高値を出す。不確定な存在だが、こと深層の遠征にはヤツのような不確定要素の存在は役に立つ。あれでもっと穏やかなら言うことはないんだが」
アハハとフィンが苦みの強まった苦笑を零す。明確に指揮に従わない彼の独断専行は常にファミリアの問題になっている。それが許されるのもひとえに彼の絶大な武功と、幹部の面々がマグサリオンの蛮行を容認しているからだ。
「だからって、あんなの無茶苦茶すぎます!あんな仲間のことも信用しないで、一人きりでモンスターの群れに飛び込むなんて。あの人は自分が死なないとでも思っているんでしょうか!」
ふんす、と怒っているにしては可愛らしい仕草で憤慨するレフィーヤに彼女を除いた面々、アイズたちが気まずそうに黙る。
「レフィーヤ、マグサリオンのこと怒らないであげて。きっと自分でも分かっているんだと思う。けど、きっと止められない。燃えさかる自分の思いが」
どこか遠くを見つめるアイズの懸命な説得は憤慨していたレフィーヤの次の句を留めるだけの効力があった。それに続く形でファミリアの最高幹部の二人の言葉もレフィーヤを押しとどめる。
「マグサリオンも悪いヤツじゃないんだ。ただ、彼の抱えているものは、彼の慙愧は取り返しが付かないものだから」
「フィン、彼の思いは彼だけのものだ。我々が推し量るというのはいささかに……」
「そうだね、ありがとうリヴェリア。少し話題にするには重すぎただろうしね」
落ち込んでしまった場の空気に今度はレフィーヤが二人を気遣ってか、話を振り出す。
「ところで二人はどちらに向かうんですか?」
武器を持ってこそいるが、警備役は他のメンバーが行っているためその可能性はない。
この二人が最低限とはいえ武器を持っていくところがレフィーヤには分からずにいた。
「ああ、ちょっとお説教にね。彼のことだ。野営地から離れたところで鍛練をしているはずだ」
「あの利かん坊に言っても無駄だが、だからといってあの無軌道を諫めないわけにはいかない」
「彼も言葉を尽くして、合理性を説明すれば聞き分けてくれるんだけど、ああいう突発的な場面はやっぱり大人しくしてくれないからね」
二人の幹部の疲れたような声にレフィーヤは、わざわざ彼らが説教の為だけに動くということの重大さに言葉を失っていた。それと同時に上級幹部たちのマグサリオンへ向ける感情と気のつかいように腹が立ってきていた。
あの凶戦士の武功は確かにロキ・ファミリア随一だ。けど、あんな仲間を信用せず誰の手も借りずに冒険者をやっているという姿勢に嫌悪を抱く。ここまで来れたのも一人だけではできなかったことなのだ。
ダンジョンの遠征には武力は必要不可欠だ。第一級冒険者の活躍が冒険の主戦力になるだろう。けれど、だからといって二軍の私たちの行いを無視するというのは傲慢だ。ここまで来るのに持ち込んだ水や食料、寝床に周辺の警備。
第一級冒険者たちの活躍を支える面々がいるからこそ、遠征という命がけの綱渡りは成立しているのだ。それを彼は自分以外は不要と言わんばかりに行動する。
ロキ・ファミリアの多くの者はマグサリオンを問題視していた。
二軍の面々もマグサリオンの武功を見てきたため実力は間違いなくファミリア随一を疑わない。けれど、それ以上に悪評が多すぎる。誰とも関わらずに
協調性に欠け、仲間を信用しない在り方。
誰から見ても問題児なのに、主神さえも見逃す黒騎士の凶行。
日頃から幹部や古株のメンバーは、マグサリオンを擁護していた。
口さがない者は、マグサリオンが庇われる理由をこう言いきる。
『前団長の弟君だから、許されているだけだ』
その言葉を公然と口にする者は、ファミリアの中に誰もいない。それはマグサリオンにしても、ファミリアの主神であるロキにしても、ファミリアの幹部たちにしても触れてはならない逆鱗に等しいモノだからだ。
「あの、団長。ロキ・ファミリアの前団長ってどんな人だったんですか」
思わず漏れた好奇心の発露。しかし、その言葉を受けたフィンは、顔から血の気を引かせて絶句する。喉を不可視の首つり縄で絞められたかのような言葉の断絶。それはフィンの隣にいるリヴェリアも同様だった。
唯一、アイズだけはその例を漏れたが、彼女とて変化が無かったわけではない。その顔には見たこともないような陰りが浮かび、迂闊に質問したレフィーヤに後悔させるだけの間を与えた。
「すすす、すいません!!あの今の質問は、忘れてください!」
わずかな、そして永遠にも感じる沈黙。それを切ったのはファミリア屈指の魔導師、リヴェリアであった。
「いや、気を遣わせたな。レフィーヤ、今の団員にはかつてのロキ・ファミリアを知らぬ者もいる。ファミリアの過去、かつての物語を知ることは決して悪い事ではないのだ。フィン、私は話すべきだと思う。オラリオの暗黒期、ロキ・ファミリアを率いた前団長、彼のことを知ろうとしたレフィーヤにはその資格がある」
リヴェリアの言葉にフィンはふっと一息を入れ、かつてのファミリアのことを蕩々と語り始めた。
「彼はロキ・ファミリアの最初の団員だった。最初の団員といっても、本当に僕らより二、三日くらい加入が早いだけだったんだけどね。本当に始めはただの楽天家過ぎるヒューマンの若者にしか見えなかった」
「だって、僕やリヴェリア、ガレスがどんな皮肉や痛罵を投げても、良いようにだけ受け取って笑い返すんだ。本気で頭のよわいやつなのかって酷いことも考えたし、実際に頭の切れはいいくせに、変に抜けたとこのある男だったんだ。けど、不思議と彼の周りには多くの人や神が集まった」
昔の話をするフィンの口調は、明るく悲壮な過去を感じさせない語り口だった。
「彼の後に僕、ガレス、リヴェリアが加入しバラバラだった僕らをまとめ、ダンジョンでの無茶苦茶な冒険を経て当時の二大派閥だったゼウス、ヘラ・ファミリアを上回った。結果としてゼウス、ヘラの眷属たちはオラリオを離れることとなったけど、その結末は一点の曇りもない清々しいものだった」
フィンが楽しそうに話す中、リヴェリアは隣で微笑みを浮かべる。
どちらもかつての過去を懐かしむものでありながら、そこに寂寞を感じさせるものはない。
「ロキ・ファミリアを率いた前団長、ヒューマンの……本物の英雄。オラリオの誰よりも幸福に笑い、悲劇に涙し、善を鼓舞し、悪へ激昂した古今無双の勇者。オラリオの暗黒期を終わらせると目され、実際、当時のオラリオにいた多くのファミリアを結集して闇派閥を打ち払った。今もなお、多くの人々の胸に憧憬を抱かせる男」
そこで一拍をおいたのは、語ることに覚悟が必要だったのか、レフィーヤに深く事情を理解してもらうために時間を空けたのかも知れない。対人経験の薄いアイズはそのことに首を傾げながらも彼女も前団長との思い出を頭の片隅から引っ張り出していた。
『ねぇ、どうして貴方は笑って戦うの?』
『ん?アイズは笑って戦えないか?』
無言で頷く。そうだ、戦いは常に生と死の狭間にある。そんな極限状況で笑って武器を振り、体を白刃の元に曝すことが出来るはずがない。
『俺が笑うのは別に戦いが楽しいからじゃないさ。ただ、ありがたいなぁって思うんだよ。俺の後について来てくれる奴らがいるから俺は振り返らずに走り続けられる。背中を預けて戦える。それって、わりかし幸福っていえることなんだ』
理解できない、むすっとすねたように頬を膨らませると、彼は自分の頭を乱雑に撫でつける。
リヴェリアの丁寧な触り方とは異なる雑なそれだが、不快感はどうも感じない。
彼は私へ背中を向け鍛錬をする。それを見て、彼の機嫌を損ねたかと不安になるが、背中越しに笑いかけられ、そうではないと感じる。“自分の背中を見ていろ”、言葉より雄弁にその背は私に意図を告げていた。
掲げられた剣を彼が構える。真っ直ぐな一振り、ついで重ねられる振り上げに連続し実戦さながらの剣舞が行われる。それはなんだろう、不思議な感覚だった。他人の鍛錬を見て上手い下手、もしくはためになる、ああしたらいいとかが普通は考えられる。
けど、団長の鍛錬はそうではなかった。上手いとか強いとか、巧みとかの先にあるような武器を使った動作の一切に血も闇も感じない。見ているだけで勇気が湧いてくるような、胸を奮わせ、希望がふつふつと出るようなそんな剣技。
フィンやガレスは活人剣の最高峰と言っていたが、きっとあれは戦いの先を見据えたモノなのだ。
だから、あそこまで闇を感じることなく、凄まじい迫力を誇っていた。
でも強い光を目の当たりにして思うこともあった。
『ロキ・ファミリアは負けない?』
思わず溢れた言葉、今のオラリオの面々は子供が見て分かるほどに意気消沈していた。
誰もが未来を輝かしいと信じながらも絶望の暗がりを感じている時代。
闇派閥の人間が暗躍する中で勝利を疑う者も現れる。
けれど、それを誰も口に出せない。不安だから、怖いから。決して言葉にできないそれをふと私は口にしてしまった。それでも彼は私の不安を笑い飛ばした。
『必ず俺は勝利する。お前たちの想いが俺の剣だ。ああ、だから決して折れることはない』
なんて前向きで考えなしの発言なんだろう。それでも、この人ならきっとやりとげるんだろうと信じてしまうものが彼にはあった。口元が緩むのが抑えられない、この人に付いていけば輝かしい勝利の先に行けるのだと微塵も疑わなかった。
『馬鹿が……そんなザマで何が出来るっていうんだ』
思い出の最後に現れた目深にフードを被る少年、彼の怨嗟すら込められた言葉に心臓が握りしめられたような感覚を思いだし、私は現在に思考を取り戻す。それと同時にフィンは彼のかつての活躍を語り上げるのをいったん止め、レフィーヤに告げる。
「彼の名は“ワルフラーン”。僕、ガレス、リヴェリアの盟友であり、マグサリオンの兄。そして、最高の勇者と呼ぶに相応しい男だった」
ロキ・ファミリア前団長、彼の名前を。
「あのマグサリオンさんにお兄さんがいたなんて、なんだか想像がつきません」
マグサリオンの凶行を見せられて、そんな立派な兄が居たという事実が不釣り合い過ぎる。少なくともあの物騒な男の兄というなら、もっと恐ろしい逸話を残していても不思議では無いだろうに。
「彼だって、血の繋がりというものはあるさ。ただ、その繋がりが彼を追い詰めているのかも知れないね」
「かもしれん、それが彼のぬぐい去れない慙愧になっているのだろう」
フィンとリヴェリアは遠い過去を見据えるような目で歩き続ける。
過去のファミリアについて何も知らないレフィーヤも薄々、分かり始めてきた。今もなお、伝説に残り人々の畏敬の念を勝ち得る英雄の弟君、それがどれほどの期待の重圧をもたらすのか。
リヴェリアの後継などと実力に不相応な目で見られる彼女にとっては非常に察しやすい話だったかも知れない。
そして、アイズは悲しげな顔で胸を押さえた。
彼女の中にも深く燃え続ける憎悪の炎は存在する。怪物を殺せという漆黒の意思。
憎悪が自分を突き動かす。
確かにファミリアの仲間たちといることで憎悪、怒りが薄れる時もある。だが、今の自分を構成する芯は、黒く醜いナニカなのだ。それは誰にも否定できない。なぜなら、否定することは自分の否定に通ずるために。
アイズはマグサリオンを見ているとたまらなく不安に苛まれ、同時に安心感が湧いてくる。
自分と同じ憎悪で舗装された魔道を征く先達の末路に対する不安、自分よりも深い闇に身を浸しながら暗黒の荒野を進み続ける道連れへの安心感。
そんな不思議なものが混然と成ってアイズは、マグサリオンを比較的、好意を持った眼差しで観察している。自分の中の小さな自分が彼をひとりぼっちにしてはダメだと告げるのだ。彼の魔道は道連れを求めないだろう。行き着く果てに行き、そして消えるだけ。そんな寂しい結末をひっくり返せと子供の自分が言っている。
野営地の外れ、いいや野営地の外の開けた空間。荒涼とした風の吹く場所に、彼はいた。
いいや、正確には彼だけではない。少し離れたところからマグサリオンの鍛錬を見つめる人影が三つある。
二つは極めて相似の褐色の女性の人影。体つきに少々の差異こそ似通った雰囲気は遠目からでも確認できる。もう一つは、頭部より狼の耳を生やす
すなわち、ロキ・ファミリアの人間ならば、いいやオラリオで暮らす者なら多くの人間が知る一級冒険者、常識を逸脱したレベル5の恩恵を宿す三名。
アマゾネスのティオナ・ヒリュテとティオネ・ヒリュテ、そして狼人のベート・ローガに間違いない。
「どうして、あの三人が?確かマグサリオンさんに会いに来たはずですけ、ど」
三人の視線の先を追って、レフィーヤは三人が揃って瞳に映す対象を見つけた。
それは一振りの剱の姿だった。
重厚な全身鎧を激しく軋ませ、全霊を込めて振るわれる鍛錬というべき何か。
鍛錬といってもその内容は、不格好に全力で剣を振り下ろしているだけ。一途、いや愚直とでもいうべき奇妙な鍛錬。正眼の構えから振り下ろされ続けるそれは、遠巻きに見ても破滅的な恐ろしさを感じさせた。
彼は重苦しそうな全身鎧を纏って、身の丈ほどある血に錆びた大剣を延々と,終わりなどないというように振るう。
一振り、一振りが一切の加減のない全身全霊、おぞましいまでの意思が込められた太刀筋。強く握られた武器からは悲鳴のような軋みが聞こえ、鎧の隙間から溢れる血潮は、自壊も厭わぬ全力駆動の代償だろう。
鍛錬という前向きな形容よりも、もはや自罰というような有り様。
彼の異常な鍛錬からは黒い意思だけが見られた。
殺し尽くす、全てを。
消え去れ、万象ことごとく。
自分の存在さえ消し去らんとする無道の修練は、人間と言うよりも恐ろしい伝説を語り継がれる魔剣や妖刀といった無機物を思わせる。
しかし、離れた位置からでも感じさせる恐ろしいまでの迫力とは裏腹にマグサリオンの鍛錬には欠けたものがあった。
「……上手くない?」
魔導師としてダンジョンに潜り、近接戦闘の苦手な後衛職がこういった前衛職の実力を評価するのは、いささか見当違いなところも出るだろうが、それでも理解できてしまった。ロキ・ファミリアはオラリオ屈指のダンジョン攻略専門のファミリア。必然、ファミリアの面々はその多くが実力者であり、二軍であろうとレベル3~4が数多、在籍する。
ロキ・ファミリアの二軍や、幹部たち一級冒険者の鍛錬。
それは見ているだけで、何も武の心得のない素人でも感嘆させるような冴え、あるいは技術を魅せるものだ。アイズさんの鍛錬などはまるで星や太陽のような煌めきを放つ神々しいまでの美しさを放っていた。
だけど、マグサリオンさんの鍛錬に、見る者を唸らせるような冴え、技術は存在しなかった。振り下ろされた剣圧は尋常ではない。だが、その太刀筋に技術や経験など極めていくほどに自然身につき宿るであろう合理性から来る美しさが微塵もない。
言ってしまえば、それは不格好で下手な剣技でしかなかった。
一級冒険者ともなれば、戦闘に関する技術は当然のように素晴らしいものになるはずだ。
いいや、二軍であろうと
凶暴な剣の軌道からは、ベートさんのように研ぎ澄まされた野生を感じない。
乱暴で、がむしゃらなだけに見えた。
マグサリオンさんを見ている私たちの姿を見て、ベートさんは舌打ちをしこの場を離れていく。
残されたのは彼に用があった団長たちに、ティオナさん、ティオネさん。
叶うなら、私もこの場を去りたかったが、アイズさんがいるしハイエルフたるリヴェリア様がいる以上、自分から率先して此処を離れることはできない。あと、流石のマグサリオンさんも団長にまで攻撃的な態度は取らないだろうという予想もあった。
「ねぇ~!マグサリオン、団長たちがきたよ~!また、怒られちゃうんじゃない~?」
目が点になる。あのマグサリオンさんにそんな気軽に話しかけたという無茶苦茶に唖然としてしまう。
「ちょっと止めなさいよ、ティオナ。あのおばけ鎧が反応を返すわけ無いでしょ」
自身の姉の結構、ヒドい台詞に苦笑いでティオナは反応する。
どうしてか、ティオナは不思議とマグサリオンに絡もうと近づいたりしている。始めの頃は悪影響だとティオネが止めに入っていたのだが、あまりにもしょっちゅう、マグサリオンに向かっていくため、今ではマグサリオンの鍛錬を一緒に見る羽目に陥っていた。
「ありがとう、ティオナ。どうだい、彼の調子は?」
「う~ん、相変わらずかな?やっぱり上手くなってないよ、マグサリオンの剣」
「……はっ!?しまった、さっきマグサリオンを呼んでおけば団長に合法的に褒められていた?」
なんだか、寂しそうに告げているティオナさんの横で、団長を凝視しながらトンデモ発言をしているティオネさんを見ると少し、この場にいる緊張感が薄れていく。しかし、それも束の間、団長が弛緩した空気を無視してマグサリオンさんへ近寄っていく。
わたしたちの会話を黙殺するように鍛錬をし続けているマグサリオンさんをものともせずに歩み寄る。視界の端でククリナイフを持ったティオネさんが団長の傍に行こうとするがリヴェリア様がそれを制止する。
マグサリオンさんの凶念は一向に衰えることなく、むしろ一秒ごとに増していくようですらある。刻一刻と研ぎ澄まされていく殺意の刃。団長が無手で近づいていくことが恐ろしくてたまらない。
「まったく、マグサリオン。今回も派手にやってくれたものだ。あまり無茶をされては困る。僕らは一人で此処に立っているわけではない。夢も、理想も、種族に、役割も異なる“みんな”が力を合わせてダンジョンの深淵に挑んでいるんだ。イレギュラーの生じやすい深層に潜っている以上、後衛、二軍、サポーター陣のことも考えて行動して欲しいんだけどね」
だが、あのマグサリオンさんのことだ。いかに団長が相手でも無言のまま大剣を素振りし続けるのだろう。付き合いの浅い私でも容易に想像できてしまうその光景。だが、そんな私の予想はあっけなく覆された。
「知った事かよ、元より有象無象に興味などない」
返答が返ってくるという普通なら驚かざること。
しかし、それがあの黒騎士ともなれば話は違う。
ウィーシュの森を出て、あれほど怨念と凶気を纏う人間に出会ったことがない。
そんな存在が、役職が上の存在にだけは返答をするということに、内心では肩すかしのようなものを感じていた。
「君は“彼”の遺していったものを理解するためにファミリアにいるのだろう。そのために君にとっては無価値であろう深層攻略にまで付き合っている。此処までで君の働きが大きいことは誰もが分かっている。だが、共に深層を攻略するなら、最低限の信用をさせて欲しい。団員の多くが、無軌道な動きに困惑している。無茶をするな、とまではいわない。しかし、団員を巻き込む形での“それ”を僕は決して看過しない」
団長の言葉は叱責であり叱咤であり、期待と真摯さの籠もった言葉だった。
当事者ではないのに聞いているだけで勇気が湧いてくるような、熱く優しい言葉。
あれこそ、ロキ・ファミリアが団長だと言い誇りたくなる背中。
そして、瞠目すべきことにあの凶戦士が沈黙を守り、剣を振るうことを止めたことだ。世界が滅んでも降り続けていそうな素振りをようやく止め、殺気混じりとはいえ団長と正対し、視線を交わす。片手に剣を持ったままというのが不穏だが、それでも彼は拝聴の形を取っている。
「…………」
「君だって、ただ殺戮に溺れるだけでは彼に届かないと理解しているのだろう?少なくとも彼は一人じゃなかった。“みんな”がいたからこそ彼は勇者たり得た。一人じゃできないことも絆と意思を束ねれば手が届く。そう、だから……」
言葉を切った。それはフィンにとって覚悟のいる台詞だったからだ。主神ロキに頼み、
今より発するのは彼が唯一、焦がれた勇者の台詞。
聞くだけで勇気が奮い立ち、覚悟が決まる言葉。兄に対して複雑な彼の前でそれを口にすることは地雷を踏み抜くに等しい。それでもあの黒騎士を止めるために、そして亡き友のために自分が言うべきと彼は決意していた
「君の笑った顔を見せてくれ、それさえあれば君も僕たちも強くなれる」
反応は激的だった。殺意が爆散する。マグサリオンの片手が弾かれたように動き、フィンの脳天へ目掛け走った。反射、アイズが愛剣を抜き放ち、フィンたちの間に割りこむ。僅かに遅れティオナ、ティオネも防御に入る。純前衛の高速軌動。
レベル6のリヴェリアは辛うじて認識こそできたが、レフィーヤには状況がまったく分からない。
そう、気がつけば隣にいたアイズさんは消えているし、ティオナさんたちはマグサリオンさんに武器を突きつけている。団長の脳天すれすれで止められた大剣は微動だにしていないが、殺意は未だ色濃く残ったまま。
「ど、どうなっているんですかぁ!?」
「マグサリオンが武器を抜いたのだ、寸止めでこそあれ、フィンに向けて全力で振りかぶったからな。アイズもティオネたちも、流石に黙ってはいられないだろう」
剣を寸前で止めたマグサリオンさんは動かないまま、団長の動きを探るように観察している。アイズさん、ティオナさんはやれやれという感じで形だけは武器を向けたりしているが、一人だけ異なる反応をした人がいた。
額に青筋を立てて、何か動きを見せれば即座に首を落とすという殺意を滾らせる一人の
はっきりとしたティオネさんの殺意。だが、それに私はまったく動じられなかった。
なぜなら、それよりも恐ろしいものを見ているからだ。ティオネさんの殺意に動じもせず、向けられた武器に対し臆しもしていない。味方だから、本気でやりはしないだろう、などという楽観ではない。あの黒騎士は間違いなく、ティオネさん、ティオナさん、アイズさん、いいや武器を持ってもいない団長は愚か、離れたリヴェリア様や私が敵に回ったとしても即応できる構えを取ったまま団長に剣を向けている。
「マグサリオン、てめぇ!その武器を下ろしやがれ!」
だが、それにマグサリオンさんは動じない。ティオネさんの本気の殺気を無視し、平然と団長の頭の上に剣を留めたまま身じろぎもしない。
「“みんな”、“みんな”、“みんな”、気色が悪い。貴様らの言う“みんな”とは誰のことを指しているんだよ」
いいや、それどころか黒騎士の纏う気配は一層、殺意と凶気を増していく。刻一刻と、一秒ごとに増していく禍々しい気配を目の当たりにして、私は自分が底のない奈落に転落していくように感じた。
マグサリオンさんの団長の思いを意に介さぬ台詞を聞いたティオネさんは、首に接触させていたククリナイフを本気で引いた。元より刃物は引いた時こそ、最大限の切れ味を叩き出す。レベル5の膂力ともなれば、大木どころか城壁を割きかねない。
団長やリヴェリア様ですら、制止できなかった一撃。それをマグサリオンさんは団長に剣を向けたまま、何の抵抗もなく喰らってしまった。
衝撃が響く。
まるで、鋼が衝突するような硬質音?
いいや、水面に岩を投げ捨てたような音?
否、空気が揺れた音だろうか?
不可解な音が響き、ティオネさんはククリナイフを振り抜いた状態の残心で停止した。
その顔を恐怖と驚愕に染めて。
「てめぇ…………」
鎧には傷一つない。それどころか、ククリナイフの刃が大きく毀れてさえいる。
「ティオネ、僕は大丈夫だ。だから、落ち着いて彼と話させてくれ」
ティオネは敬愛する団長の声を聞いた上で、愕然としていた。
元より彼女は物心つく前より、モンスターはもちろんかつての同じファミリアの人間の命さえ奪っている。戦闘経験で言えば、モンスターも人間も大量に経験している。だというのに、今のマグサリオンの感触はなんだ?
彼女の人生で感じたことのない奇妙な感触。
生き物ではない、かといって防具を切った感触でもない。
そう、あれはまるで概念のような何かに刃を当てたような。
「“みんな”とは誰のことを指す、か。ワルフラーンも僕もその答えを軽々と語るつもりはない。それは他者に教えてもらうものじゃなくて、君が自分で見いだすべきだからだ。少なくとも今のままでは君はワルフラーンの影すら踏めないだろう」
少なくともそれは踏んではいけない一線を踏みにじる行為だったのだろう。他の余人がすれば、間違いなくマグサリオンの大剣の錆と消える即死級の発言。
それをマグサリオンは受け止めた上で問い直す。
「――――だから、屑共に配慮でもしろと?奴らの歩みに合わせ、無為に時間を労することが兄者に迫る方法だとでもいうのか」
それに本当に意味があるのかと
「少なくとも、今までの八つ当たりよりはね」
「………………いいだろう、貴様の妄言に乗ってやる」
そう言い、マグサリオンはフィンの頭上から剣をどけた。
この光景はフィンがマグサリオンへ言い聞かせたかのように見えた。
しかし、マグサリオンに変化はなく、彼の禍々しい気配は衰えることはない。
きっと、彼の冥府魔道は生涯、変わることはないのだ。
それでも一時、彼の在り方を和らげたという点でこれは、上々というべき事案なのだろう。
「今回の遠征の目的は未到達階層の攻略だ。けれど、その前に
「……」
無言のまま、それでも首肯の意味を込めた眼差しでフィンを見返す全身鎧の凶戦士。
僅かな沈黙の後、マグサリオンは背中を向け、もう一度、鍛錬を開始する。フィンは微笑みを浮かべて肩を竦めるが、ティオネは額に青筋を浮かべてククリナイフをもう一度、振りかぶろうとしている。その横のティオナは、不思議と楽しそうに姉をなだめていた。
ティオネに組み付いて、動きを止めた状態でティオナはマグサリオンへ話しかける。
「それじゃあ、マグサリオン!クエスト、頑張ろうね!!」
フィン、リヴェリアを除く三名がギョっとする中で、我、関せずとティオナはマグサリオンへ微笑みかける。
その微笑みを一顧だにせず、黒騎士は黙々と鍛錬を続ける。
それは何もかも移りゆく下界において、神にしか許されない不変を体現しているようだった。
果たして、この不変はどこに至るのか。
現時点では神だろうと、そして魔道を歩むマグサリオン自身でさえ知るよしもない。