黒白のアヴェスター×ダンまち   作:悪事

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 エイプリルフール二日目という名の奇跡。


3

 

 深層、ダンジョン内でも真の死線(トゥルー・デッドライン)と呼ばれる迷宮探索の最前線にして最深。油断や不運が重なれば、Lv5以上の第一級冒険者でさえ容易く死に呑まれる危険地帯。

 

 そんな危険かつ偉業の為される場所でもあっても、ファミリアの維持管理のため冒険者依頼(クエスト)は遂行しなくてはならない。ディアンケヒト・ファミリアからの依頼であるカドモスの泉から指定量の泉水採取。

 

 前人未踏、偉大で崇高な冒険の最前線でも金銭のしがらみから開放されない辺り、冒険者は夢や浪漫だけでやっていけない仕事だと思い知らされる。

 

 ロキ・ファミリアの二軍のリーダーを務めるラウルは、そう現実逃避しながらも真っ青な顔でカドモスの泉に向かっていた。

 

「い、胃が痛い……こんなおっかない雰囲気のチームは自分、初めてッス」

 

「そう気を落とすな、ラウル。これもまた後進育成の一環じゃろうて。フィンの無茶に応えられる自分の“これまで”を誇れい」

 

 ロキ。ファミリアの三幹部が一人、ガレスさんに背中をバシバシとはたかれ、元気づけられるがこの現状があまりにも切迫しすぎていて頷くことも息を呑むのさえぶっちゃけしんどい。

 

 カドモスの泉水、その採取のために派遣されたのは2チーム。

 

 純前衛のアイズ、ティオネ、ティオナたち三名に加え、魔法に関してはLv3ながら既にリヴェリアの後継と目されているレフィーヤが後衛を務める辛うじてバランスの取れた、あと連携や精神衛生上の問題がないチーム。

 

 一方で膂力についてならロキ・ファミリアでも右に出る者のいないガレス(前衛)をリーダーに、高い機動力を持ち、他のファミリアはおろかロキ・ファミリア内でも弱者と断じた者を“雑魚”と呼んで(はばか)らないベート(前衛)に加え、器用貧乏、突出した特別なものを一切持ち合わせていないラウル(前衛)。

 

 

 そして、最後の一人もまた前衛だ。

 

 一応、自分だってやろうと思えば弓や、魔剣といった遠距離の手段もないわけではないが、本職に比べれば数段は効率や能力が落ちる。

 

 

 バランスの良い前者のチームに比べ、前衛のみに偏った編成。だが、それでも自分は迷いなく言うことが出来る。言わざるを得ない。アイズさんらのチームよりもこちらのチームが強いのだと。

 

 俯いていた顔を上げる。少し離れた位置、自分の眼前にはおどろおどろしい怨念と激怒を携えた全身鎧の黒騎士が歩いていた。

 

 オラリオにおいて最凶と称される剣士、いや殺戮者。名をマグサリオン。ロキ・ファミリア随一の戦功を出しながら、主神ロキ、三幹部の命さえ平然と無視する凶気の男。オラリオに住まう多くの人の羨望を受けた前団長の弟君なのに人望絶無、ファミリアの誰にも心を許さない孤高の一振り。

 

 街中で出会ったら心臓が止まるランキング、一位。

 敵にも味方にもしたくないランキング、一位。

 見た目が怖い冒険者、堂々の一位。

 

 

 などなど数多くの悪評を抱えるマグサリオンとラウルは実は意外なことに接点が存在している。運悪く暗黒期の頃にオラリオへ来たラウルは、マグサリオンと同日にロキより恩恵(ファルナ)を授かっていたり、闇派閥に襲われている際に前団長ワルフラーンに一緒に助けてもらったりしたこと、ワルフラーンから共に剣技を教わったりもしたという過去を持つ。

 

 現在でも“とある”ことでマグサリオンとラウルは同じ話題で挙げられることが多い。その話題とはマグサリオンの武才について。“推定”Lv6と謳われるにも関わらず、常人にさえ劣る剣技の冴え。がむしゃらで無様、前団長とは比べるにも(あた)わず。

 

 “超凡夫(ハイ・ノービス)にさえ劣ると”。

 

 ラウルはその話題を聞く度、心臓が嫌な鼓動を跳ねさせ必死で否定してきた。何なら話をしていた相手に向け直接、否定するほどだ。二軍の長、ひ弱で凡庸ながら人望の厚いラウルは、戦功こそ大なれど人望がなく疎まれてさえいるマグサリオンと比較されやすい。

 

 何より剣技について、誇張も誤植もなく事実であることがより事態を複雑にしていた。

 

 この話題の厄介なのは、単に異端者のマグサリオンを低く見るだけではなくラウルを高く評価する意味合いも含まれていることだ。二軍でありながら、Lv6相当の猛者に技量で匹敵するとラウルを持ち上げる意図。

 

 ゆえ当人のラウルがいかに否定しても、単に謙遜だと思われてしまう。前団長の弟君を(おもんばか)っていると捉えられる。

 

 勘弁してほしい。

 

 冗談じゃない、と言いたかった。

 

 そこそこ、ある程度でしかない剣技の何があの凶気に勝るのか。

 

 誰よりも殺し、血を流して、凄絶なまでの強さと凶気を振るう彼を上回れるとでも?

 

“死ね、死ね──呼吸をしていいと誰が言った”

 

 暗黒期、復讐や憎悪に駆られた人なんて腐るほどいた。その中でも、マグサリオンさんは頭抜けて異質だった。ワルフラーン様を亡くしてから、彼は破滅的なまでに強く、そして一人になった。

 

 発する殺意の質量が違う、憤怒の桁が違う、怨嗟の純度が違う。背負う呪いは誰と比較することもできない。

 

 自分と開始点は同じだったはずのに、マグサリオンさんは急速に強く研ぎ澄まされ、破滅的な戦場にばかり飛び込んでいった。彼より強い味方や敵がいるのに、彼はたった一人で最悪を超過した修羅場に突撃する。

 

 そして、殺し生き残る。

 

 嫉妬なんて浮かびもしなかった。だって、英雄に憧れてオラリオに来ただけの一山幾らの自分と彼とでは背負うものの重さが違う。各ファミリアと広く交流を持ち、オラリオの“みんな”から愛されたワルフラーン様の弟という立場。

 

“あのワルフラーンの弟なら”

 

 神も人も無意識に、無責任にそう見てしまう。ワルフラーン様が偉大すぎたことでマグサリオンは使命感に押しつぶされようとしている。過去に類を見ない勇者であった前団長。その威光、生き残った弟の義務として、後を継ごうとしているけど、才能の無さや人望の欠如が明確にワルフラーン様に成れないと告げている。どれだけ頑張っても決して届かない。

 

 彼は自分と違うと言っておいてなんだが、結局は同じ凡人なのだ。

 

 決して変えられない厳然たる事実。

 

 冥府魔道だ、才がなく華がなく、共に歩む仲間もなく。前に進むほどに自分が削れて、失って、人望なんて手に入らずとも相対する敵を殺し尽くす。誰もが後ろ指を指そうと断じて敗北しない。のたうち回って、あがいて、それでもマグサリオンさんなら辿り着くと信じている。

 

 確かに恐ろしいと思ってはいる。

 

 けれど。

 

 マグサリオンのことをラウル・ノールドは迷いなく信じ尊敬している。

 

“あの人なら、絶対にワルフラーン様の後に続ける”と。

 

 

 物騒すぎる鎧のお化けみたいな扱いのマグサリオンに対する感情を整理して、平静を取り戻したラウルは俯いていた顔をあげ、胸を張る。

 

“今はただクエストの完了に専念するっす”。

 

 なんて考えていると。

 

 

「マグサリオン、テメェは強くなんかねぇ」

 

 急にマグサリオンさんの後ろで歩いていたベートさんが喧嘩ごしで啖呵を切る。

 

 胃がねじ切れるかと思った。

 

 

 

 

 “お前のそれは強さなんかじゃねぇ”。

 

 ことあるごとにベートはマグサリオンに向け、前述の言葉を投げてきた。彼の鍛錬や、ダンジョンでの闘争の最中。挑み、刻み、斬りかかるようにベートはマグサリオンの道の否定にかかる。

 

 お前の研ぎ澄ました刃は強さではない。

 

 違う、違う、認めてたまるか。

 

 必死の否定はヤツの魔道に呑まれないという決意によるもの。

 

 竦む心胆をどうにか鼓舞し、ベートは覚悟を賭して凶剣へ吠えかかる。

 

「雑魚共とも、フィンやガレス、ババァともつるまねぇのはご立派だが、結局テメェだって遠征で此処に降りてきてる。アイツらと距離を取ったって、お前は一人でいるわけじゃねぇ。そんなことも認められねぇお前は殺しの数がどんだけ多くとも────強くねぇ」

 

 たった一人、最悪の修羅場に突っ込んでいく様はベートをして驚愕させた。それでも、他者なぞ不要と言わんばかりに突っ走る生き方をベートは懸命に否定し続ける。返答を期待していたわけではない、事実として言葉が返ってくることなんて今までで一度たりともなかった。

 

 ベートにとっての強さとは、強者と弱者を別つ絶対の境界。強者が弱者を守り、その背を道標とさせる。弱者は強者を支えながらも強者の背中へ手を目指す。だというのに、マグサリオンは弱者の存在も強者の存在も総じて認めていない。

 

 己のみで敵を殺す。それは強者ではなく魔剣(モノ)の所行だ。

 

 無駄と分かっても、口をついた悪態にベートが舌打ちをすると──

 

「度し難い蒙昧だな」

 

 どこまでも深い怨嗟に編まれた風が吹いた気がした。

 

 返ってくるはずのない言葉。それは長くファミリアにいた者でも聞いたことの少ないマグサリオンの肉声だった。表情さえ見えないフルフェイスの兜越しからも伝わってくる地獄のような眼光と発せられる憤怒と憎悪に塗れた声。

 

「おまえ……」

 

 口がきけたのかよ、とか。文句でもあるのか、とか。

 

 言いたいことは山とあったが、マグサリオンに絡み続け、初めて真っ当と思われる反応。それに思わずベートは言葉に詰まり言いよどむ。

 

「血の巡りが悪いな。貴様、もしやその頭蓋、何も詰まっていないのか?」

 

「あぁ!?」

 

 心底、不思議そうな疑問の声はどこまでも相手の感情を逆撫でするものだった。

 

「…ハッ、フィンに何か言われた程度で群れに首を垂れるテメェが何を吠えて──」

 

「だから何を言ってるんだよ貴様は。お前、まさか俺を“強いか、弱いか”で推し量ろうとしているのか?」

 

 呆れ、あるいは心の底から下らないというようにマグサリオンは言い放つ。

 

 そこまで来てベートは何か、自分が全く別種のナニカ、違う法則の下に存在する者と相対しているという悪寒を感じた。

 

「何が……なんだ」

 

「お前が何に囚われているのかなど、どうでもいいがそれを俺に当てはめるなよ。強い、弱い、そんな薄っぺらいモノなぞ知ったことか。強かろうと弱かろうと、みな殺す。誰であろうと例外はない」

 

 燃えさかる激情は、もはや画一的な感情で定義することさえ難しくなっている。

 

「……寝ぼけてんのか、テメェ。ロキ・ファミリアはお前の──」

 

 そこで口にするのを止めたのは、本能的な予感からだった。触れてはいけない絶死の一線。濃密な死の予感が■■(仲間)というありきたりな単語を使うことを中断させる。

 

「間抜けが。俺に道を同じくする者などいない」

 

 ベートは何故、マグサリオンを嫌悪しているのか自分でも理解しきれていない。間違いなく強いはずなのに。孤高で在り続け、弱者に頼りもしないその姿を何処までも認められずにいた。言葉を噛み下してから血が一瞬で頭に上がるが、それでも蹴り足が出ることはなかった。

 

 蹴りかかるより先に気づいてしまったからだ。

 

 マグサリオンが握る剣はいつでも反応可能な構えを取っている。ベートや、ガレス、ラウルを背後に位置取っていながら、どのタイミングでの攻撃にも即応できるよう警戒をしたままだ。有り得ない想定だが背後から襲いかかったとしても、即座に斬りこめる体勢。

 

 コイツは俺たちを敵としか見ていない。

 

 いかなる時も殺しにかかれる状態が何よりの証。

 

 

 それを今更に理解してマグサリオンの目に自分たちがどう映っているのかを思い知った。

 

「お前は、ロキファミリアだろうと……」

 

「誰だろうと殺す、既に言ったはずだが?言葉も理解できんのかよ、犬畜生が」

 

 

 マグサリオンの罵倒を受けベートは怒りよりも先に悲しみが胸を突く。

 

 それほどに強いのに、どうしてお前は弱い連中にできることができない?それとも、強くなるということはそういうことなのか。

 

 

 答えろ、応えやがれ。

 

 お前は俺の認めた唯一無二の■■(不変)なのだから。

 

 

「──テメェはっ!」

 

「よせ、ベート」

 

 堅牢な岩石のようでありながら、同じく堅牢そのものの凶剣と異なり、寄り添うとする意思を纏ったガレスの声がベートをたしなめる。

 

「おぬしもじゃマグサリオン。悪戯にベートを煽るでない。それがおぬしの目指すものへの道行きに益すると?」

 

 

 ガレスの声に応えを返す素振りはなく、マグサリオンは剣を携えたまま一人先を進んでいく。相変わらずの気むずかしいを通り越した対人関係能力の不備にガレスは深くため息をついた。

 

 そのままガレスはベートの背中を力強く叩く。その力強さにベートが跳び上がるが、そのまま重傑と呼ばれるドワーフは先を行くマグサリオンへ遠い目をして語り始めた。

 

「夜明け前というのが一番暗い。だがな、どれほど暗く陰惨な夜も必ず明ける。明けない夜なんぞ、あってたまるか。……だから、おぬしらも信じてやってくれ。あやつは絶対に目指すところに、“ワルフラーン”と同じ地平を見ることが出来ると」

 

 ガレスのどこか泣いているような、願っているような言葉を聞き、ようやくベートは怒りとマグサリオンへの敵意を納めた。ラウルは特にマグサリオンへ隔意はないが、ガレスの声に頷きダンジョンを進んでいく。

 

 

 やがて、カドモスの泉付近に近づいて、ぞくりと不吉な気配をガレスたちは察知する。何か得体の知れないものの蠢く音、吐き気を催す異質な臭気。その正体は前方より、怖気の塊が波濤となってやってきた。這い蠢く虫の波、こちら目掛けてなだれ込む物量は、本能的な不快感による恐怖を現出させる。

 

 一番の注目すべきところは、先頭に存在する芋虫のモンスターが咀嚼しているのが、目的地の泉を守護するカドモスの頭部であったことだ。目に見えて分かる異常事態(イレギュラー)。ダンジョンで絶対に避けるべき、不測にして未知の事態。

 

「下がるぞ!ここでは碌に武器も扱えん!後ろの広い空間で迎え撃っ、マグサリオン!」

 

 知ったことかと奔る黒騎士。虫の津波に黒騎士は吶喊する。斬り裂き潰し、抉って捻る。弾け死ぬ虫のグロテスクな体液を浴びても、おかまいなしにマグサリオンは前身し続けた。それを見て、ベートは奥歯を軋ませてガレスの命令を放棄。

 

 マグサリオンの背を追って、這い回る虫へ渾身の蹴りを落とす。死して弾けた虫の体液に足が浸かる。そこで、ベートの身にはマグサリオンと異なる事象が生じた。まず、足の脚甲が腐食によって溶解、次にベートの足が酸で溶け焼けたように異音と異臭の煙を上げる。脚を焼く腐食の毒を理解して、ベートは痛みの叫びを上げた。

 

 

 

 

 

 

 ラウルは脚を負傷したベートに肩を貸しながら、恐怖に震えてマグサリオンの殺戮を傍観していた。Lv5の冒険者の耐異常を貫通する虫型モンスターの腐食液。ベートさんやガレスさん、第一級冒険者の希少金属で出来た武器も溶かす溶解液を内部に抱え、死ねば爆発し溶解液を撒き散らす。そう、“溶けるはずなのだ”。金属も人体も、あのモンスターが分泌しているであろう溶解液は、瞬時に人肉や金属を溶かしめる。

 

 ベートの脚が溶けきらず、溶け焼けただけで済んだのも耐異常のアビリティがあったおかげだ。それでも、その耐性を突き抜ける毒性。しかし、あらゆるものを溶解する虫の体液を浴びても、マグサリオンさんの体には一切の変化が存在しない。

 

 ただの水でも浴びているかのようにマグサリオンさんにはその毒性や溶解の効力を見せず、殺戮の風が吹き荒れてモンスターは一掃された。残った無惨な死骸の山の向こうから黒騎士が重苦しい沈黙と共に戻ってくる。

 

 彼は無造作に瓶を投げつけ、ガレスさんがそれを受け取る。

 

 カドモスの泉水、採取。あの殺戮の片手間にやることはすませていた事実に一同は意外そうな反応を見せた。殺すだけ殺して、あとは勝手にしろ、それが彼の流儀なのにきちんとクエストを完了させたことが何よりも信じられない。

 

 

 被っていた溶解液が煙をあげ、蒸発していく。その毒々しい音が鳴っても、変わらずマグサリオンさんは、その肉体も、鎧も常態を保ったままでいた。ややあって、黒騎士の暗い憎悪に満ちた声が響く。

 

「──コイツらは魔力に反応を示す。拠点で安穏としてる間抜けどもはいい餌だな」

 

 武器を溶かす、大量の虫型モンスターがキャンプに……。

 

 

 最悪の想像なんて考えたくもなかったけどこれ以上ないほど具体的に思い浮かんだ。おぞましいほどの物量に圧倒され、溶解液と毒で倒れる仲間の姿。いや、いいや団長がキャンプには控えているんだ。現場の対応で突破口を既に見つけているかもしれない。

 

 不安と信頼の狭間で揺れるラウルを背に、ガレスは後ろを親指で指し無言で凶戦士の向かうべき戦場を与える。

 

「…フィンたちを手助けしてやってくれ」

 

 

空中飛行(フラワルド)

 

 ガレスの声を聞き終えるより先にマグサリオンは漆黒の流星となって、ダンジョンを斬り裂いた。彼の持つ超短文詠唱の魔法、空中飛行(フラワルド)。魔法の対象となった者の存在を軽く、薄くすることで生身の飛行を可能とする規格外の“付与(エンチャント)”魔法。

 

 

 今、マグサリオンは星を包む天蓋さえ突破しうる速度でダンジョン内を飛行し、50階層を一望できる空中に翔び上がってきた。

 

 そのとき、キャンプにいたロキ・ファミリアのメンバーたちは暗黒に輝く閃光を仰ぎ見る。黒々とした逆光を背負う様は邪悪に燃え盛る太陽のようだ。そんな黒い太陽が辺りを照らしていたのは一瞬の出来事。黒い恒星を思わせる無慙の凶戦士は、破滅と死を引き連れて地表へと墜落する。

 

 

 轟く破砕の音、墜落の衝撃と共に漆黒の災禍がファミリアの面々の前に降り立つ。

 

 

 サポートや二軍の多くが悲鳴を押し殺し、恐怖に満ちた目で黒騎士の佇まいを遠巻きに眺めた。平静を保っていられるのは一軍に属する幹部のフィンやリヴェリアたちごく少数の実力者のみ。

 

 そんな恐怖の視線を無視して吹き荒ぶる殺戮の嵐。溶解液の効力をものともせず、黒騎士は大量の虫型モンスターたちの前に躍り出る。

 

「──回復(ハオマ)

 

 

 マグサリオンが持つ五つの超短文詠唱の付与魔法。その中でも最も使用回数が少なく唯一の回復魔法。それをマグサリオンはモンスターに向けて付与を行う。たちどころにモンスターの大群が負っていた傷が瞬時に治っていく。いっそ、気味が悪くおぞましいほど瞬時に傷が消滅。団員らが懸命に抗った痕跡がマグサリオンの蛮行に打ち消される。

 

「何をしてるんだ!?」

「モンスターに回復魔法!?」

「くそ、くそ!もう持ちこたえられないっ!」

 

 多くのファミリアのメンバーたちがマグサリオンの行いに嘆きの叫びをあげる。そんな中、フィンやリヴェリアの両名より遅れてマグサリオンの意図を理解できた少女がいた。

 

「……違う、マグサリオンは殺す気だよ」

 

 

 二軍の中核を担う猫人の少女。アキことアナキティがマグサリオンの背中を見る。彼の殺戮を見続けてきた年月はラウルに次いでアキが長い。ゆえに理解できるマグサリオンの凶行。マグサリオンが単に治すだけのために魔法を使うとは考えがたい。歪曲しきった信頼は、次の瞬間には事実へと置き換わる。

 

回復(ハオマ)回復(ハオマ)……攻撃強化(サーム)──腐り落ちろ(ガオケレナ)

 

 三重に及ぶ瞬間回復の付与魔法と一度の強化の付与魔法。

 

 生体を崩壊へと導く過回復の付与魔法。モンスターの奇怪な体表、そして内部に詰まった溶解液が砂のようにぼろぼろと朽ちて崩れていく。連鎖的に腐滅していくモンスターの群れ。不気味かつ悪趣味で悪夢が現実に置き換わったような光景。絶望的な窮地を救われたというのに誰もが黒騎士の凶行に恐れおののき、見届けることすら憚られた。

 

 

 多くの団員たちがすくみ上がる中、フィンとリヴェリアだけがため息混じりにマグサリオンへ接近する。

 

「まったく、君ってヤツは……無駄なことが嫌いなのに、いつも派手なところは持っていくんだね」

 

「相変わらず、無茶な魔法の使い方をする。そんな邪道の扱い方ではなく、もっと正しい方向で扱えば良かろう。マグサリオン、お前は自分の魔法(エンチャント)の真価を理解していない。それは自らだけではなく……いや、とやかくは言うまいさ。これはお前が気づくべきことだ」

 

 凶戦士からの反応はない。

 

 フィンとリヴェリアはいつものことだと疲れた様子で肩を竦める。事実、彼は必要がなければ言葉を発することさえ珍しい。だが、マグサリオンが一向に立ち去らないことに二人は不吉な予感の影を見る。

 

 仲間と共にダンジョンを攻略すると言ってもマグサリオンは常に独立独歩で行動する。他者を寄せ付けず、認めもしない孤高の姿。殺戮を行った後に彼が動かず立ち続けるとしたら、そこは誰もが死に絶え絶望に膝を折りかねない“殺戮の荒野”のはず。そこに思い至ったとき、フィンの親指に激痛が走る。

 

 

 彼が冒険者として経験した中で、多くの苦難を感じ取ってきた先触れ。

 

 

 不吉な気配を感じ取った矢先、“それ”は地下の岩盤を打ち破って這い出てきた。

 

 怪虫、襲来。巨大な芋虫を使って女性の形に作り出した吐き気を催す異形。胸元や腰、臀部などの女性的ラインは緑色の体表でかたどられ、その躯体の尺度(スケール)は真っ当な生命体の規格から逸脱していた。

 

 グロテスクで悪趣味な抽象画から引きずり出されたようなモンスターの出現。そのモンスターは潰された虫の亡骸やロキ・ファミリアの面々を睥睨すると四本の翼、いや平べったい腕に相当する触手を広げた。まるで親愛を示す抱擁の仕草だが、散布された七色の粒子からは害意しか感じ取れないだろう。

 

 

 その時、カドモスの泉から帰還したティオナ、ティオネ、レフィーヤ、そしてアイズたちのチームと、脚を引きずるベートに肩を貸したラウルとガレスたちのチーム、二組が戻ってきた。

 

 戻ってきた者たちは、この奇妙にして異常過ぎる状況の判断しようと思考を回すが、それよりも先に恐怖をかき立てる美しさの粉塵が七色の色彩に発光。その粒子の中心へ飛び込んでいくマグサリオンを見て、アイズは思考さえ置き去りにしてキャンプ地へと最高速で駆け出した。

 

「──エアリアル」

 

「ちょっとアイズ!!」

「っわわ、アイズ!?」

 

「えっ、待ってくださいッ!アイズさん!?」

 

 ティオネ、ティオナとレフィーヤの呼びかけも置いて、アイズは黒騎士の元にその身を疾風へと変えて走る。

 

 

 

 だが、いかにLv5の全速力だろうと物理的な距離は刹那でゼロにはならない。七色の粉塵が起爆、極彩色の爆轟が50階層ごと爆ぜ潰す勢いで衝撃波と熱を撒き散らす、はずだった。虹色の粉塵が起爆するタイミング、モンスターの殺意が跳ね上がった瞬間にマグサリオンの背に黒い燐光が燃える。

 

 マグサリオンのスキルが駆動、怪物の殺意と己の殺意が掛け合わされたのを感じ取り黒騎士が全霊の暴威を剣に込めて振り落とす。漆黒の殺意を纏った絶命の刃。破滅的な爆破があっけないほど簡素に打ち消された。爆破を相殺したであろうマグサリオンは冷徹に研ぎ澄まされた観察に入っている。

 

 

 そして、爆破から数瞬ほど遅れて、アイズが真っ先に合流。

 

「おかえり、アイズ」

 

「無事、戻ったか……その様子ならティオネ、ティオナ、レフィーヤたちも合流できそうだな」

 

「ガレスたちは…うん、心配しなくてよさそうだ」

 

 フィンとリヴェリアの言ったとおり、他のメンバーも続々とキャンプの方へと到着する。ただ、ベートだけはラウルに肩を貸されており、脚の負傷から見て即座に戦線復帰とはいかなくなっている。レフィーヤも気丈に振る舞っているが、疲弊は隠しきれない状態。

 

 キャンプにいるサポーターたちや二軍のメンバーも先の虫たちへの対応で戦力は通常の三割減といったところ。

 

 それを踏まえた上で……

 

「仕方ない……総員撤退だ!」

 

 

 今回の遠征に費やした期間やヴァリス、時間などを一顧だにせず、フィンは引き際を冷静に判断した。

 

「今回の遠征は中断。この時を以てキャンプを破棄、持てる限りの物資を持って、この場を離脱する」

 

「だが、あのモンスターはどう対処する?あれに後背を追われてのダンジョンの帰還は流石に無理があるぞ」

 

 リヴェリアの言葉に頷き、フィンはここまで言動でも行動でも不動の黒騎士へ水をかける。

 

「そうだね、だから此処は効率と速度重視でいこう。あのモンスターは最短最速で始末する。……君には不本意だろうが、此処は従ってもらうよ?」

 

 

 そこで一拍おき、マグサリオンに向けていた視線をアイズへ。

 

 フィンは厳粛を伴った声でロキ・ファミリア団長としての命を下した。

 

 

「マグサリオン、アイズ、二人で“協力”してあのモンスターを撃滅しろ」

 

 月並みのセリフである“協力”という二字、それが黒騎士に当てはまるはずもないというのに、あえてフィンはその言葉選びで凶戦士へと命じた。

 

「────」

 

 重苦しい沈黙の十秒間。

 

 フィンの言葉を聞いているのかも怪しいマグサリオンは、あまりに長い十秒を消費して、ようやくモンスターからアイズの方に視線、ついで剣を向ける。

 

 

 

「……理解できんな。そこの人形と共に戦うことに何の意味がある?」

 

 人形、そう呼ばれたことではなく、名前を呼んでもらえなかったことに内心、というか表情にも出ているがアイズは胸を抑えて瞳を悲しみに曇らせた。

 

「…………人形、じゃない。ちゃんと名前で呼んで」

 

「口が過ぎるぞ、マグサリオン。アイズは──」

 

「くだらん問答に付き合う気はない。……嗚呼つまり、そいつを使えばお前らは文句がないんだろう」

 

 それだけ言い放つとマグサリオンは剣の切っ先をモンスターの方向に。他者に迎合することも、力を貸すことも厭う黒騎士が此処に来て物騒でこそあれ殺意の向きを同じくすることに妥協らしきものを示した。

 

 アイズが力を貸すに値する実力を持つから?

 

 もしくはモンスターがより魔力の高い者におびき寄せられるから?

 

 否、あるいは人形と呼んだ少女が半分は、人ならざるモノであることを看破したためか?

 

「なら……死ぬ気で耐えろ。そして飛ぶがいい、砕け散るまでな」

 

 驚きに眼を剥く外野たちを無視し、マグサリオンは憎悪に満ちた詠唱をアイズに叩き込んだ。

 

 

空中飛行(フラワルド)”。

 

 

 呪詛を凌駕する怨念に編まれた翼がアイズに付与(エンチャント)される。次いでアイズの背にも漆黒の燐光が燃え滾る。彼女の背に刻まれし恩恵(ファルナ)が規格外の憎悪を受けとめきれずに漆黒の光として溢れていく。アイズの持つ原初のスキル、復讐姫(アヴェンジャー)とマグサリオンの殺意、憎悪が連動して乗算的に効果が向上し続ける。

 

 

 そして、殺戮の荒野を流れゆく禍々しい風が吹き荒れた。

 

目覚めよ(テンペスト)

 

 

 アイズの裡に宿る“黒い意思”すら踏みにじり、強制的に染め上げるマグサリオンの怒り。黒い風を纏うアイズは(ソラ)穿つほどの速度(第三宇宙速度)で黒い極光を空中に残して飛翔する。

 

 

 アイズが振るう世に二つとない特殊武器(スペリオルズ)

 

 不壊属性(デュランダル)を宿した名剣、デスペレート。

 

 

 砕けず毀れずを謳う絶世の剣が規格外の負荷に悲鳴にも似た軋みを上げる。それどころか、痛々しい(ヒビ)を刻み、はらはらと雪華(せっか)のように剣の極小の破片が散っていく。

 

 

 不壊というある種の不変の理を覆して、天翔ける漆黒の暴風がモンスターを喰らい消し飛ばした。死の間際、溶解液の破裂すら許されずモンスターが存在した空間は無の風によって閉ざされた。

 

 モンスターの無惨な消滅を振り返ることなく理解し、アイズは自分に課された漆黒の付与(エンチャント)が消え去ったのを感じ取る。

 

「──目覚めよ(テンペスト)

 

 アイズは持てる限り全魔力を総動員して己の風で大気圏さえ撃ち抜く加速を、どうにか殺し切る。地面に落下したアイズは二度、三度ほど転がり襤褸切れのようになってからようやく停止する。罅の入ったデスペレートを支えに剣姫と称された少女は最後の意地で立ち上がった。

 

 ごふ、と喉からせり上がった血塊を吐き零す。

 

 そして、彼女は遠くに立つマグサリオンを見て万感の思いを届かぬと知った上で呟いた。

 

 

「私は……私はアイズ」

 

 彼の在り方を正しいとは言えない。でも、間違っているなんて思いたくない。

 ならば──彼の冥府魔道に一片の慙愧も入り込まないようにと私は願おう。

 

 どうか彼の征く殺戮の荒野の果てに多くの人を救うキセキ(希望)が生まれますように。

 

「──貴方の織りなす奇跡と共にある者」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 マグサリオンの使用魔法。

 ・空中飛行(フラワルド)
 
 無属性、付与魔法。自他に付与可能。ただし、マグサリオンの持つスキルの兼ね合い上、ヒューマンやエルフ、パルゥムなど完全な人類種に分類される他者への付与は大きく効果を減退させる。魔法の原理としては付与対象の存在を軽く、薄く変化させることで空を飛行できる。フィンやリヴェリアは他者への付与による多数の高速連携挙動を期待しているが、黒騎士はその必要を認めていない。

 スキルによる効果の上昇が最大限に達した場合、この付与魔法は高速飛行にとどまらず星間飛行さえ可能とする。


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