リムグレイブ 新たなる王政   作:ポジョンボ

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新王と古騎士

 

 

 

 

断崖に聳え立つ広大にして巨大なストームヴィルの古城を、天より吹き荒ぶ嵐が打ち付ける。それは少しの間も止むことなく古城の周りを纏うベールのように包んでいる。

 

 

古来より嵐とは生命とその営みを奪う破壊の具現、人の手が決して届かぬ大いなる自然の厄災、その一つだと人々に認識されていた。

 

 

だがこの城を包む風は違った、巻き起こる風が邪なるものの尽くを吹き飛ばして掻き消す、辺りの空気は少しの淀みもなく美しく澄み切っていた。

 

風は空に漂う暗雲すら吹き飛ばし、上空からは常に晴天が顔を覗かせる。

 

 

 

しかし嘗てのストームヴィルは違った。吹く風は淀み、ただそこを歩む者の体温を奪うだけ。

 

上空にはまるでこの城と統治された領土の行先を暗示するかのような、深い暗雲で埋め尽くされていた。

 

城の中には澄み切った気配など皆無、城の支配者たる男のもたらした血生臭い狂気と妄執が邪気となって渦巻いていた。

 

 

 

城の主の妄執を断ち切り、ストームヴィルを変えたのは二人の戦士、共闘の果てに邪悪に堕ちた神血の末裔を討ち滅ぼした。

 

共に祝福を失った褪せ人なれど、いつかエルデの王座に見えんと誓った戦友が二人。その片割れが今、このストームヴィルに居た。

 

 

 

「ストームヴィル、か」

 

 

 

長く続く城内の最奥、城門を超え、中庭を超え、兵の居留地を超えて、その先に見える王座への道。

 

奥まった小屋の先にあるのは数多の墓標が立ち並び、それと共に剣が幾つも地面に突き刺さる広場。2つの賢人の像がその先にある王座へ謁見する者を見定めるかのように両側に配置されている。

 

 

 

「この場所で共に戦った、昨日の事の様に思えるよ」

 

 

 

まさにこの場所こそ世界の理の破片を掛けて死闘が演じられた場所。そして今そこに立ち、空を見上げて呟くこの女が二人の戦士、その内の一人。

 

 

 

「お前の戦いも終わったのだな…」

 

 

 

その出で立ちは戦士と呼ぶに相応しく、腰に指す美しい装飾の入った二振りの斧。毛皮と少量の金属で形成された肌の露出が多い軽装鎧。

 

手には腕あて、足には靴代わりに布が巻かれ、胴は肩当てと腰巻き、後は布の胸当て。頭に被る頭巾には何か意味が込められているのか、伝統を思わせる紋様が入っている。

 

 

それらに包まれたその肉体も紛うことなき戦士のそれ、筋肉質で引き締まった体は勿論、褐色の肌を所々に走る大小様々な傷跡、猛禽類のように鋭い眼つき。

 

 

だが粗暴かつ野蛮な気配は無い、女は強者なれど、その力の意味を履き違える事は無かった。

 

それぞれの戦い、葛藤、苦難の果てに二人の戦士は己の切り開いた道を行く。片割れの女にとって、このストームヴィルこそがその道であった。

 

 

「ここに居られましたか、ネフェリ王」

 

 

晴天の陽が指すその広場にもう一人、兵の駐留所の方角から姿を表したのはまだ若い金髪の男。

 

手の込んだ刺繡と上質な布と毛皮で出来たローブを羽織る。若々しいその顔に皺は刻まれねど、その目には確固たる信念と矜持が映る。

 

 

「何度も言うが堅苦しい呼び名は止めてくれ、ケネス ただネフェリと呼んでくれれば良い」

 

 

「そうはなりません、貴女は今や名実ともにこのストームヴィル、そしてリムグレイブの統治者なのですから」

 

 

豪華な貴族服の男の名はケネス・ハイト。ストームヴィルの王を支える右腕たる重鎮であり、リムグレイブに点在する砦の一つを収める領主でもある。

 

 

そして女の名はネフェリ・ルー。祝福の導きを失った褪せ人の戦士、そして紆余曲折を経て他ならぬケネス・ハイトによって見出されたストームヴィルの新王である。

 

 

「律儀な男だな…お前も」

 

 

ここは嘗て大いなる祝福に満たされし狭間の地、その南に位置する生命豊かな緑の地、その名をリムグレイブと言う。

 

 

 

 

 

 

「王もご存知の通り…ゴドリック亡き後は貴女が城主となり、そして新たなるエルデの王も誕生しました なれど…このストームヴィルとリムグレイブにはまだまだ改善と復興の必要がありましょう」

 

 

執政たるケネスと共に、ネフェリ・ルーは王座の間に鎮座してその報告を聞く。王座の間には中央にネフェリが座す王座、部屋の壁には微笑みを浮かべる聖者達の石像。

 

そして王座の真後ろの壁には大斧を手にした壮年の戦士の石像。まるで王座とそこに座る者を見守る様に建てられている。

 

 

「確かにそうだ、このストームヴィルにはまだゴドリックの爪痕…奴の妄執と狂気の残滓が刻み込まれている」

 

「かの愚王め…落ちぶれて逃れた末に人々を巻き込み外法に走るなど言語道断、もとより奴には王たる素質などありはしなかったのです」

 

「そうかもしれないな、だが奴はもう死んだ 死者をこれ以上罵る事も無いだろう…それに」

 

「ほんの少しだけだが…ゴドリックの心情も理解できる気がする」

 

 

ネフェリは不意に王座より立ち上がり、その後ろの戦士の像に歩み寄る。それはゴドリックの敬愛を受けた一人の男、彼の祖先にして過去の狭間の地を統べし王。

 

その像を前にゆっくりとその言葉を紡いだ。

 

 

「私はゴッドフレイをこの目で見た」

 

 

「…!なんと…では真実だったのですか、黄金樹が燃え、封じられし死が解き放たれたあの時、かの王が狭間に帰還したと言うのは…貴女もそこに?」

 

 

「そうだ、ローデイルの王都、灰に呑まれ終わりゆくあの城の王の間で、エルデンリングに見えんとするアイツの戦いに手を貸した」

 

「そこには私と奴と…そしてゴッドフレイがいた、奴が立ち向かい、私もそれに続いた…それが王たらんとするあの二人が交わす問答だった」

 

「ただこの身に宿る全てを持って刃を振るった、ゴッドフレイはひたすらに苛烈で、ひたすらに偉大、そして強かった…強さこそが彼の王たる所以だった」

 

 

「そして……」

 

 

ネフェリの脳裏にその時の光景が浮かび上がる、少しも褪せることなく魂に焼き付いたその戦い、その結末。

 

ゴッドフレイが明かした己の真髄、もう一つの名を。

 

 

「奴の力が勝った…古き王を下し、その先の神を下し、奴はエルデの王となった」

 

「そしてかの神人の魔女と共に旅立ち、黄金樹と大いなる意志の時代を終わらせた…私はその歩みに一時なれど手を貸せたこと、それを誇りに思う」

 

 

「…………おぉ…なんと」

 

 

全て語り終え、王座へと座り戻すネフェリ。それを聞いたケネスは驚愕の余り感嘆の声を漏らすので精一杯であった。

 

 

「かのエルデの王と既知の仲でしたとは…ある褪せ人と共にゴドリックめを討った事は知り得ていましたが…」

 

「まさか…エルデの王となったかの褪せ人とは」

 

 

「あぁ、この場所でも共に戦ったのだ」

 

 

ネフェリは微かに微笑みを浮かべてそう答える。

 

 

 お前も知っている男だ その言葉は言わなかった。

 

 

以前、再開した時にケネスが騎士として迎え入れてやる、そんなふうに宣言していた相手がまさに本人だ、などとは。

 

 

 

「…ゴッドフレイのあの強さ、その威を間近で受けてゴドリックの事を思い出した」

 

「奴を狂気へと誘ったのは焦燥と劣等の念だけではない、先祖たるかの王への強すぎる憧憬もあったのではないかと」

 

「奴の所業を許すつもりは毛頭無い、だがその憧憬だけには、僅かながら共感できるのだ」

 

 

 

醜悪にして下劣、邪悪にして暴虐、暗君たるゴドリックも根底には強くあらんとする戦士の心があったのではないかとネフェリは感じていた。

 

それが己の非力への失望、不遇な境遇からくる嫉妬に憎悪、歪みに歪んだその果ての暴走であったので無いか。

 

 

 

「なるほど…そう思えば奴も哀しく憐れな男なのやもしれませんな」

 

「あぁ……話が逸れてしまったな」

 

 

 

「さて、私も城主の務めを果たさねばならない、やらねばならぬ事は一体どれ程ある、ケネス」

 

「はっ、まずは何と言ってもストームヴィルの復興です、紡ぎ木の残骸はあらかた撤去しましたが、城の流刑兵や失地騎士の処遇、それに城外に点在する野営地に配備された正規兵と騎士の処遇を決めねばなりません」

 

 

「彼等もまた忠誠を誓った兵達だ、主が変われば簡単にはそれを認めぬだろう」

 

 

「えぇ、ただ元より行く宛の無かった失地騎士に流刑兵はその殆どが今の新王の統治を容認しています…問題はリムグレイブ各地に派遣された正規兵達です」

 

 

「混乱もあるのでしょうが…招集にも応じず、戻って来て新たに使えると言ったのはごく僅かな者達のみです」

 

 

「仕方が無い事だ、だが何とかするしかないだろうな…他にはどんな問題がある」

 

 

「他にはやはり捨て置かれた拠点の再建です、各地の野営地や見張り塔に廃墟、そして砦」

 

「半島のモーン砦は混種の反乱こそ鎮圧できたようですが砦をまとめる責任者が長らく不在です…今、どうなっておるのやら…最悪の場合またもや混種の手に堕ちているかも解りません」

 

「後は…ウム…私がこう言うのは何やら卑怯にも聞こえましょうが…霧の森のハイト砦もです」

 

 

解ってはいたつもりであったが、やはり統治者として取り組まねばならぬ問題は山とあった。ネフェリは頭痛がするような思いで小さく浅い溜息を溢す。

 

 

「斧を振るうしか能の無い者には余る責務だな…だがやらねばならない、迷いも不安も、全て吹き飛ばす風をもたらすと誓った」

 

 

王座よりまた立ち上がるネフェリ、嘗てその目を曇らせ、歩みを留めた迷いや絶望はもうそこにはない。強い信念と意思で満たされていた。

 

 

「では王よ、さしあたり門番のゴストークより伝達があるとの事です…如何なされますか」

 

 

「あぁ、行こうか、ケネス」

 

「承知しました」

 

 

 

王座の間より外へと、小後を導く新たなる王の一歩を踏み出した。そらは変わらず、これ以上なく青々と澄み渡っていた。

 

 

 

 

 

 

城の城門、その付近にある兵の居留地たる広場にネフェリとケネスは来ていた。そこには當を見渡す櫓が両脇に二つ、松脂を使った火炎を吐き出す砲台に、敵の進行を阻む尖らせた丸太の壁。

 

敵の進軍に備えた迎撃の備えが施された広場であった。

 

 

「改めて見ますと…壮観ですな、今更ながらストームヴィルも侮れたものではない」

 

「そうだな、義父が言っていた、最弱のデミゴッドの治める城と言えど城は城 尋常の輩が踏み入り超えることは叶わぬ…と」

 

「ですが…王の戦友たるその褪せ人…かのエルデの王はこの陣を超えて王と共に城の主を討ったのでしょう?なんとも…偉業を為す者とはかくも壮健であるのでしょうか」

 

「この目でその姿を一目見てみたかったものです」

 

 

やがて二人が来たとは反対の方角、城門の方から一人の男がネフェリ達の元へやって来る。

 

痩せ細った体に何処か覇気の抜けた気怠げな雰囲気、若くはないが実際の年齢より遥かに年老いて見えるのは心に抱えた淀みのせいであろうか。

 

 

「わざわざ呼び立てるような真似をお許し下さい…ケネス様、ネフェリ王」

 

 

白い肌のその男、前掛けのような色褪せた白の市民服、本来首からかけていた黄金樹の民たる首枷は外されていた。もう信仰の象徴そのものが終わりを告げたからであろう。

 

 

「お前まで堅苦しく呼ぶのか、ゴストーク」

 

 

「いえいえとんでも無い、尊敬のできる使えがいがある王には…敬意を示さねば成りませんからねぇ」

 

「門番の務め、ご苦労であるぞ、私も王も…門番の務めを忘れぬうちはお前の手癖の悪さにも目を瞑る」

 

「…クククッ 有り難きお言葉です」

 

 

男の名はゴストーク、今も昔もストームヴィルの門番であることに変わりはないが、この男もまた紆余曲折の果てに奇妙な縁をネフェリ達と結ぶことになる。

 

互いがこのリムグレイブに思う心を持ち、王無き城に集ったのだ。この新王の統治、その始まりの3人である。

 

 

「おっと、いけない、本題に入りましょう…王よ、貴方に会いたいと言う者が城を訪ねています」

 

「私にか…まぁ、そういうこともあるだろうな、民としては新たなる王を試す気持ちもあるだろう」

 

「もう城へと入れたのか?」

 

「はい、すぐそこまで案内しました、近くに兵もおりますので…会うか合わないかは王のご判断に」

 

「会う、護衛も不要だ、案内してくれ」

 

「承知しました…では此方へ」

 

 

ゴストークに連れられて広場の先にある中庭に向かう、そこにいるのは多数の流刑兵。すぐにも戦闘を始められるよう気を張っている、何故ならその来訪者の素性が素性だからだ。

 

 

「さて、王を訪ねるという者は…あやつか…むっ」

 

「…ふむ、貴公は」

 

 

 

そこに佇むは全身鎧の人物、正規兵の装備よりも更に重く頑強な重鎧。だが金と緑で彩られたその紋様は間違いなくリムグレイブの領地を示す物だ。

 

左手の大盾、これにも太陽の紋様、背にしまわれた騎士大剣、その気になれば右腕で直ぐ様抜き放てるだろう。

 

左胸に付けられた所属を示す胸当てを兼ねたバッジ。

 

 

頭頂部に色褪せた房の付いたフルフェイスの兜に覆われてその表情も性別もまるで不明。

 

来訪者の正体とは、デミゴッドの率いる軍勢、その主力たる兵を指揮する役目の騎士、ゴドリック陣営の騎士であった。

 

 

「お初にお目に掛かる、新王ネフェリ・ルー」

 

 

その声は男のものだった、くぐもったその声からは感情を推し測ることは出来なかった。辺りの流刑兵やケネス達にさらなる緊張が走る。

 

 

(ゴドリックの陣営お抱えの騎士か…今更招集に応じるとは、目的はなんだ…?まさか、主の敵討ちか?)

 

(あり得るぞ…ゴドリックの兵とは皆、王都からの敗残兵なれど…騎士達は元は王都の警護を任されていた精鋭達だ)

 

(その忠誠心は他陣営の騎士達に劣るものでは無いだろう…次の瞬間にも剣を抜き放ち、ネフェリ王を…)

 

 

新王の賛同者を装った暗殺、事の顛末を知っていれば十分にあり得る話。何せ稀代の暗君なれど、ネフェリはその手でこの地の王を殺めたようなものなのだから。

 

 

「今更ながら招集に応じ参上した、遅れし非礼の罰は如何様にも受ける」

 

 

「構わん、貴公の任ぜられた配置場は何処だ」

 

 

「嵐の丘東、聖人橋前の野営地を任されている」

 

「……今日、此処に来たのはリムグレイブの新たなる王を名乗る貴女に、我が願いを聞き入れたく思った次第」

 

 

「ネフェリ王への願いだと…?うぅむ…申してみよ」

 

 

「我が願いとは…新王よ」

 

「今から私と戦って欲しい、決闘を申し込む」

 

 

その言葉が発せられた途端、見守る流刑兵達にざわめきと同様が走り、ゴストークはやっぱりかと言うようにその顔を歪める、慌ててケネスが静止した。

 

 

「な、何を言い出す!気は確かなのか!一介の騎士が王と決闘を行うなどと!」

 

 

「良いだろう、受けて立つ」

 

 

「なっ…!」

 

「はぁ…やっぱりこうなっちまったか」

 

 

「感謝する、新王…」

 

 

 

考える間も置かずネフェリは是と答える、相変わらずヘルムに隠された表情は見えぬが、それでも目の前の騎士をネフェリはただ黙って見据えていた。

 

 

 

・ 

 

 

 

「手出しは無用、例え私がこの者に敗れようとも、それを理由にこの者を罰する事は許さぬ」

 

 

王座に続く道の手前の広場、そこで王と騎士は向かい合って対峙する。辺りには流刑兵や失地騎士が集い見守る、未だに微かなざわめきが所々から漏れる。

 

 

そして少し離れた場所でその様を眺めるケネスとゴストーク、辺りに人の目が無いからか、交わすその言葉は初めてあった時のように砕けていた。

 

 

「こうなると解っていたのか、ゴストーク?」

 

「何となくはなぁ、あの騎士妙に殺気立つというか…何か決めたみたいだったからな」

 

「厄介事を持ち込んでくれたな」

 

「どうせいつかこういう奴は出てきた筈だ…我らが王がその時どうするかも予想できてただろ」

 

 

「……あぁ、そなたの言う通りだ、それにしても奴め、目的はやはり主君の仇討ちなのか?よもやネフェリ王を下せば己が王に、等と考えているのでは無かろうな」

 

「さぁね…だとしたら中々大したやつかもな…おい、始まるみたいだぜ」

 

 

 

両者の間で充満していた剣呑な闘気が限界点を迎えて爆発せんとしていた、見るものが自然とその手を握り締め、首筋には汗が伝った。

 

 

「では…」

 

「あぁ、来い」

 

 

最早、言葉は不要と言わんばかりに、会話と言うには短すぎる言葉の後に二人は己の獲物を抜き放つ。

 

大剣と大盾の堅実にして堅牢な攻守一体の鎧の騎士。

 

双斧を構える戦士の王、守りを捨てた攻一点の構え。

 

 

比べれば正反対とも言える様相の両者が相見える。

 

 

「はあっ!」

 

 

先に動いたのは騎士であった、大盾を瞬時に背中に掛け、空いた左腕も使って両手で大剣を握る。

 

そして大剣の切っ先をネフェリに向け、己の視線の高さまで上げて水平に構える。まさに瞬きほどの速さでこの動作を終えてみせた、その動きは紛うことなき卓越した剣士のそれ。

 

 

そして深く力強い震脚、踏み込みの力をそのまま攻撃に乗せる、地がひび割れんばかりの力で踏み出して、騎士の必殺の戦技が発動する。

 

 

「おおっ、速いぞ!」

 

 

広場に集った内の誰かが言った、踏み込みからの突進突き、騎士の鎧の重量をまるで感じさせぬその技はクロスボウの矢すら越え、バリスタ砲の槍の如き大ボルトに比類する破壊力。

 

高速で疾走する一本の大槍と化して騎士の大剣はネフェリを貫かんとする、間合いなど元より無かったかのように瞬時にその眼前まで到達した。

 

 

「王よ!」

 

 

ケネスの叫びが響く、だがネフェリは少しも臆さず怯まず、ただ無言で迫りくる死を乗せたその切っ先を凝視する。

 

そして右側に体を倒れ込ませる様に転がって回避、切っ先が身を掠るかどうかの紙一重の回避だ。周囲から息を呑む声が聞こえた。

 

 

「覚悟!」

 

「はああっ!」

 

 

そこから踏み出した騎士の追撃、初めから避けられるのは解っていたのか直ぐ様大剣を振り下ろす動作へと移行する。

 

躱したネフェリもまた斧の片方を腰に下げ、両手で握った斧の戦技を放つ、その斧に力を込めて振り上げた。

 

 

その瞬間、ネフェリと騎士がいる付近に閃光と轟音が響く、遅れて強風が突如吹き荒れる。

 

突然の事態に兵の殆どはうめき声を上げて怯む、歴戦の失地騎士達と、その強さを知るケネスとゴストークは何が起きているのかをその目で見て理解する。

 

 

「そ、その技は…!?」

 

 

それは嵐であった、ネフェリの振り上げた斧から嵐の如き突風が渦を巻いて吹き荒れる。嵐呼び、古くよりこのストームヴィルに伝わる風にまつわる戦技の一つにそれは酷似していた。

 

事実、失地騎士も戦闘時はその戦技を奥の手として振るう、だがネフェリのそれは似てはいるが同じではなかった。

 

ネフェリのそれは雷も伴う、吹き荒れる嵐が斧の破壊力を倍増させ、雷が敵を焼き焦がすと同時にその力を斧にも伝える。雷を纏う斧を震えば斧と風と雷が一体となった破壊の嵐が局所的にもたらされる。

 

 

「うぐっ…!」

 

 

本来は連続して振るわれ、敵を文字通り粉砕する威力を秘めたその戦技。展開されたのは一瞬なれど、振り下ろされた騎士の大剣を切り砕き、その手より弾いて無力化された。

 

 

「ぐっ…ぬおおおっ」

 

 

騎士本人もその身を落雷で焼かれ、突風に打ち付けられ、決して無視はできない痛手を負っていた。それでも闘気をなお滾らせて反撃に出る。

 

背に背負った大盾を瞬時に取り出し、両手で構える。身を屈め、大盾の影にその姿が隠れた次の瞬間、全ての力と体重を込めて、騎士は構えた大盾を前方に押し出した。

 

 

シールドバッシュ、重量のある大盾を利用した戦技であり、堅牢な大盾は鈍器としての役割を充分に果たし敵を打ち砕く。

 

刃無くともその威力は決して侮れるものではなく、歴戦の猛者たる騎士のシールドバッシュは並の相手ならば当たればそれだけで決着足り得るだろう。

 

 

「受けて立つ!」

 

 

だがネフェリは避けない、腰からもう一つの斧を抜き放ち、両手に持つ斧を交差させる構えで迫りくる壁のようなシールドバッシュと激突した。

 

 

凄まじい力同士の追突を感じさせる衝突音が広場にこだまする。両者はその場から動いていなかった、ネフェリの剛力が迫る大盾の威力を完全に受け止め、その動きを食い止めていた。

 

 

「ゴドリックの騎士よ、貴公の心中、よく解った」

 

「なんだと…?」

 

「貴公の本当の望みが何なのか…はあっ!」

 

 

短い雄叫びと共に交差させた斧を力任せに振り抜いた、余りの力に大盾を構える騎士の態勢が無理やり崩されかける。

 

 

「ぬおぉ…!」

 

 

そこにすかさず追撃を与える、右足による襲撃、単純なれど速く、鋭い崩しの体術が大盾に命中する。

 

ぐらついた態勢では禄に力も籠らず、呆気なく大剣同様、大盾猛者その手を離れて後方の地面に吹き飛ばされて転がされる。

 

急いで態勢を正そうと向き直る騎士、だがそれと同時に首元にネフェリが持つ斧の刃が添えられる。

 

 

「決着だ」

 

 

王による終幕の宣言であった。

 

 

 

「……………」

 

「……………」

 

 

決闘は終わり、だが歓声は無い。皆が感じていた、まだ終わりではないのだと。誰もが騎士と王の次の言葉を待っていた。

 

 

「負け、か…ならばトドメを 此度の非礼、この命を持って贖う事に少しの意義も無い」

 

 

「やはりな…貴公の目的は主君の仇討ちでも、ましてや我欲の為でも無い、貴公は死に場所が欲しかったのだな」

 

 

「………何故そう思った」

 

 

「貴公の振るう刃から伝わるのは憎悪や高揚では無い、ひたすらに深い悔恨の念だった」

 

 

 

「………………」

 

「…そうだ、遥か以前より私は…いや、私達は皆が迷い、悔いていたのだ」

 

 

片膝を付くゴドリックの騎士は俯いて少しづつ溢すように、その心中を明かし始める。それは彼だけではなく、彼と使命を同じくするゴドリックの兵全ての心の内。

 

 

「ゴドリック様と共にローデイルより敗走しリムグレイブヘ落ち延びながらも…あの方は王都への帰還を諦めてはいなかった…」

 

「いつか我等共に、再び黄金の地へ…その言葉だけが我等の希望であり縋るべき縁だった」

 

「そして歪み、狂いゆくゴドリック様をただ何もせず見ていたのだ…忠誠だ、騎士の有り様だと取り繕えど…その実は威信を奪い戻す力も、主の目に見えた過ちを正す気概も無かっただけのこと…我等はただひたすらに弱かった」

 

「ゴドリック様は…そんな我等の迷いと疑心を感じておられたのだろう、我等を正規の兵としつつも、ストームヴィルの城内を誰一人として守護させる事は無かった」

 

「やがてゴドリック様は討たれ、帰るべき王都は灰に消えた、遂には黄金樹の民ですら無くなった…時代の変革をただ何もせず指を咥えて見ていただけ…」

 

「このまま貴女の新王政に仕えれば、成る程、こんな我らでもまだ何者かでいることができよう…だが…」

 

 

「だがもう疲れたのだ…何も識らず、何も成せぬ、蒙昧な塵の如き我が有り様には…ならばせめて最後くらいは、新たな王の手で古き時代の残滓として終わらせて欲しい…ゴドリック様と同じように…」

 

 

「最後くらいは主と共に、というわけか」

 

 

「まったくもって浅ましく、無様な我が姿を嗤うが良い…騎士の務めも禄に果たさず、主を信じ抜く事も出来ず、散り様だけは飾りつけよう等と…つくづく愚かであろう」

 

 

 

騎士が語り終わり、広場には沈黙が満ち満ちる。

 

誰一人として何も言わなかった、騎士のその言葉とその姿、語る真意にそこにいた皆が、それぞれの思う感情を完全には排せなかった。

 

沈黙の中、騎士も周りの兵も、その処遇を王に委ねていた。やがてその王がその口を開く、騎士の処断が下される。

 

 

「そうか…」

 

「ならば良いだろう、その身に終わりを与えよう」

 

 

片手に持つ斧の刃をゆっくりと騎士の頭部に向ける、騎士も、兵も、二人の同士も、誰一人黙って見届ける。

 

だがそれ以上、その刃が騎士に近づくことはない。その首筋に食い込むこと無く騎士の眼前で止められている。

 

 

 

「よく聞け、今より貴公は死んだ…騎士としての生は終わりを告げた、もうゴドリックに仕える敗残の騎士ではない」

 

「これよりは我がストームヴィルの新たなる戦士、黄金樹にでも、ゴドリックにでもない、ストームヴィルに仕えるリムグレイブの民の一人」

 

 

「…………!」

 

 

「新たなる時代の歩みをリムグレイブと共にする同士の一人だ、この地に吹き荒れる嵐に誓い、その剣で災いと苦難の一切を吹き飛ばす護国の剣となれ」

 

 

「……だが私は」

 

 

「後悔だけの死に名誉など無い、本当に消え入った過去を悔やむなら、その亡骸の上に立ち新たなる時代を歩んでみせよ」

 

「嫌とは言わせんぞ、貴公は既に死した身だ」

 

 

 

「……………」

 

 

「…仰せのままに、我が王」

 

「この身は王の剣となり、民の盾となりましょう」

 

「我が身命を賭して!」

 

 

沈黙から一点、周囲の者達から歓声の声が上がる。

 

この時、若き王の元、ストームヴィルにまた一人の騎士が加わった。晴天と心地の良い風が吹くその日が、新たなる騎士の襲名式となった。

 

 

 

 

 

 

「いやはや見事、実に見事で御座いました、やはりこのケネスの目は間違っていなかったのですね」

 

「よせ、そんなに称賛されるような事じゃない、小っ恥ずかしいし、むず痒くなる」

 

「ご謙遜を…民の迷いを晴らし、新たなる道を指し示す、これが正しき王の在り方でなくてなんと致しましょう」

 

「わかった、わかったからもう止めてくれ」

 

 

一連の騒動を終え、城奥の王座の間へと戻っていたネフェリとケネス、あれから時間が経ち、空は薄っすらと青を濃くしていく。やがて日が落ちて夜となるだろう。

 

 

「……私もあの騎士と同じだった、居場所を失い、祝福を失い、先の見えぬ絶望の中で義父に拾われた」

 

「義父…かの百智卿ギデオンの事ですね」

 

「あぁ、義父は偉大で、無知な私にはその歩みこそが世界にとって必要な正道だと信じられた」

 

「だが結局、私は義父に見捨てられ、また絶望の中に堕ちた…道を指し示してくれたのは共に刃を振るった戦友だった」

 

「そして私は今、ここにいる すべき事を見つけたんだ…アイツのようにな」

 

 

「そうでしたか……ならば、王よ」

 

 

「ん?なんだ」

 

 

「願わくばどうか、どうかその清い御心のまま…」

 

「醜い姿、醜い心、その何方とも無縁のままに、王となって下さい…このケネスはそう願っております」

 

 

「……フフ、そうか、あぁそのつもりだ」

 

「さて、もうじき日が暮れるな、今日はもう側近の勤めは終わりにしていいぞ、ケネス」

 

 

「そうですか、では王も、良い夜を」

 

 

 

ケネスが王座の間より離れていく、やがて城にも夜が来る。冷たい闇と暗月の光が照らす世界、ネフェリもまた王座の間より離れ、広場に経ちその訪れを待つ。

 

雲が晴れた夜の空には、青白い月がよく見える。

 

 

「良い夜を、か…確かにな」

 

 

手を伸ばそうとも決して届かぬ遥かなる月、だがその場所にはきっと、狭間の王となった戦友がいるのだろう。

 

ネフェリは誓う、月に、我等の王に、その伴侶たる王妃に、王が旅立とうとも、この地を命尽きるまで守り抜くと。

 

 

ネフェリ・ルーは戦士だった、その眼差しの奥の煌めきは今も、褪せることなくそこにあった。

 

 


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