リムグレイブ 新たなる王政   作:ポジョンボ

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集う不埒者共

 

 

 

ストームヴィル城、夜

 

 

太陽が沈み一日が終わる頃、城の者達は巡回する見張りを除いて眠りに就く。それは王であっても変わらない。褪せ人の戦士でもあるネフェリもその時は休息を取る。

 

復興中のストームヴィルに王族専用の寝室は無い、故にケネスが比較的状態の良い部屋をネフェリの為に用意した。

 

辺りには武具や道具が壁に立て掛けられている、部屋の中央にに縦長のテーブルが幾つか、その上には何かが書き記された書類の束、元は城に住まう者達が集い語らう為の場だろうか。

 

 

空いている壁に背をかけて、片膝を立てた態勢で座って眠る。ケネスら家臣は上質な布の褥などを用意すると言ったがネフェリにはこれで良かった。

 

元来、褪せ人とは見てくれや形式に拘らない性質を持つ者が多い、目の前に広がるのが猛毒の沼だろうと、血と汚物に濡れた薄暗い部屋だろうと、そこに祝福があればそこを一時の住処とする。

 

 

暖かな布に包まるよりも、何かあっても動けるよう、身構えるような姿勢でいるのを好む。それは戦士として各地を渡る内に付いた習性だ。

 

 

そしてそれが役に立った。

 

 

「………なんだ…」

 

 

唐突に眠りから覚めたネフェリが立ち上がる、野生の獣の如く、眠りの深度に限らず何かを察知した肉体は自然と覚醒する。戦士であるネフェリの本能が捉えたのは僅かだが、しかし確かに存在する戦闘の気配。

 

 

戦いの前の急速に張り詰めていく空気の気配。

 

 

窓から差し込む月明かりで部屋の中が青白く照らされる、そこにはネフェリ以外の誰もいないように見えた、だがその気配は更に増していく。

 

 

「賊か…?」

 

 

常に近くに置いてある両斧を手に取り、壁を背にして奇襲に備える。かつて義父から魔術や特別な技法で姿を消し去り、闇に紛れて襲撃する者達の存在をネフェリは聞いていた。

 

 

やがて遂にその殺気立つ気配が頂点まで高まり、未だ姿の見えぬ何者かの攻撃が始まる確信が訪れる。

 

 

「何処から現れる、さぁ来るがいい」

 

 

ネフェリが背にした壁が淀んだ黄の光を放つ、波打つ水面の様なそれにネフェリが気付くのと、そこから何かが飛び出してくるのは同時だった。

 

 

「ぐがぁっ…!」

 

 

背筋に強い衝撃が加わる、脊髄が圧し折れるかと思うほどの圧力でミシミシと嫌な音が聞こえてくる、肺の中の空気は一瞬で全て吐き出される。

 

 

壁から飛び出したそれはその勢いのままネフェリを吹き飛ばし、荒々しく床を踏み鳴らして着地する。

 

壁から現れたというのに、その場所の壁は破壊痕どころかヒビ一つ無い、まるで壁を通り抜けて現れたようだった。

 

 

「ガハッ…壁を…破って…?」

 

 

うつ伏せの姿勢から立て直そうと瞬時に仰向けの姿勢となる、呼吸も整う間近だったがそれ以上は許されなかった。

 

襲撃者が追撃を始めた、大きな影を部屋に落とし、ネフェリにのしかかる。月明かりに照らされて明らかとなるその存在はネフェリの記憶にある情報の一つと合致する。

 

 

死体を思わせる青白い肌、黒い窪みとかした虚ろな目、仮面のように感情の映らぬ顔。

 

巨大な体躯をよく見れば豪華な装飾や衣服が包む、礼式ばったそれも色褪せ、汚れ、それの姿を不気味に映すだけ。

 

そして地を這う虫の如く、胴から生えるは複数の異様に伸びた腕、その声は悲嘆の叫びとも憎悪の呻きとも取れる悍ましさ。

 

 

「王族…の、幽鬼…」

 

 

エルデンリングが修復され、神々の時代が終わる以前、並み居る褪せ人の歩みを阻んだ狭間の地の魑魅魍魎、そのうちの一体にして一際厄介な怪物。

 

 

「ギュアアアア」

 

 

全体重をかけてのしかかり、ネフェリを拘束する。二本の腕でネフェリの両腕を、更に別の両腕でネフェリの両足を、残りの二本で首筋を絞め付ける。

 

ギリギリと強く絞める音が聞こえるほどの力が籠もっている、骨ごとその肉体を絞め砕かんとするようだ。

 

 

「……ッ…かッ…」

 

 

脳に酸素が行き渡らず、視界は点滅し霞んでいく、血が溜まり肌が赤く変色し、酷く熱を持った様に感じる。

 

このままではやがて肉体が麻痺したかのように力が抜け落ち、そのまま意識は闇へと沈み、二度と浮き上がることは無いだろう。

 

 

だがそうはならない、かの魔境に立ち向かい、遂にはその地を統治した偉大なる王とも刃を交えたネフェリの命を掻き消す事は出来ない。

 

 

「ぐうう…!」

 

 

ネフェリの四肢の筋肉に力が漲り隆起する、王族の幽鬼は手から伝わる筋肉の感触がハッキリと変わるのを感じ取る。まるで雄大な大木の堅牢さが、その腕に凝縮されたかのような、握りしめた己の手が徐々に開いていく。

 

 

「があっ!」

 

 

「ギィアアアッ」

 

 

遂には腕の拘束を腕力のみで跳ね除ける、そのまま両手の斧を交差させて振るう。王族の幽鬼は急いで飛び引くも間に合わず、腕を抑えた両手は手首から切断され、足と首を絞める手には深い傷跡が刻まれる。

 

 

「ごほっ…ぐっ……ふぅ、さて仕切り直しか?」

 

「ギィィィ」

 

 

後退して着地しようにも足に刻まれた損傷が響き、体制を崩しかける。まともな肉体を持たぬ幽鬼は痛みにも出血にも怯まず戦闘を続ける、だが敵の反撃に合わせて戦法を帰る本能は持ち合わせている。

 

 

またもや黒の混じる濁った黃光が溢れ出す、それは幽鬼の足元から漏れ出している。揺れる水面の様なその光の中に王族の幽鬼が沈むように消えていく。

 

 

その特異な移動法を利用した奇襲を目論む。

 

 

「させるか」

 

 

地面に潜り始めた幽鬼の白面にネフェリの斧が叩き込まれる、だがネフェリが距離を詰めた訳ではない、攻撃して妨害するのが間に合わずとみたネフェリが双斧の片割れを投擲、円を描いて飛来する。

 

幽鬼の顔面を正中線から左右に分けるように縦に深く食い込み叩き割る、青白い体液が吹き上がる。

 

 

「ギュイアアア!アアアア!」

 

 

耐え難い叫びを上げて幽鬼が崩れ落ちる、頭を垂れる様に、断頭台に乗せられた罪人が首を差し出す様にネフェリの眼前に無防備な隙を晒す。

 

傷口からその身に宿したルーンの光が漏れ出す、それは完全なる昏倒状態を現している。

 

 

「これで終わりだ、幽鬼」

 

 

勿論その致命的な隙を突かない筈もなく、苦悶の声を上げる幽鬼の顔面の斧を掴んで強引に引き抜く。堪らず引きずられる様に幽鬼が血を撒いて前に倒れ付す。

 

そこに叩き込まれるもう一つの斧、刃を横にして叩き込む一撃の後、更にその傷口を深く広げるかのような二撃目。

 

戦いの決着をもたらす致命の一撃だ。

 

 

「ギュイ…ァ」

 

 

消え入りそうな声を上げて幽鬼の肉体から力が抜け落ちていく、生命の光たるルーンが蒸発するように溢れ出す、生命力の残らぬその体は今にも煙となって消え去ろうとしている。

 

 

「ギィ…ギュアアアアアアッ!」

 

 

しかし突如、死にゆく幽鬼が吠える。それは逃れられぬ死と敗北を前にした怨嗟の慟哭だった。消えゆく筈の力が漲り、虚なその口をあらん限りに広げた。

 

酷く濁った、緑の粘液が大量に吐き出される。それは激しい打ち水の様に、不意を突いてネフェリに直撃する。

 

 

「なっ…最後の足掻きか」

 

 

異臭を放つ煙上げて幽鬼の毒液がネフェリの肌から侵食していく、それは床に飛び散った毒液も毒霧と化して更に呼吸から毒の侵食を早める。

 

 

「アアアッ」

 

「ぐうっ…」

 

 

怯んだネフェリを健在な腕を使った横薙ぎで吹き飛ばす、振り払った腕が腹部を捉え、重たい打突音を響かせる。

 

テーブルや壁掛け棚を巻き込んで破壊し、壁に叩き付けられるネフェリ。毒液が肌を溶かし、砕けた木片や装飾の武具が体を切り裂く。

 

もっともその攻撃もまた、歴戦たる褪せ人の戦士であるネフェリの命にはまだ届きはしない。時には毒沼や溶岩で溢れる場所ですら構わず戦場とする褪せ人、とりわけ接近戦を得意とする褪せ人達の生命力と打たれ強さは尋常ではない。

 

 

「アア…ァァ」

 

 

真っ当な命の宿らぬ歪んだその身なれど未だ死は恐れるのか、幽鬼は消えかかった肉体を引きずり逃げ延びようとする。また淀んだ黃光を呼び出して退避を始めた。

 

 

「逃しはしない、前時代の終わり切れぬ残り火よ、私が死の運命を与えてやる…ん…?」

 

 

逃げ出した幽鬼の命の灯火はその生の執着ごと断ち切られる。騒ぎを聞き付け、部屋へと踏み入ってきた失地騎士の斧槍が首から上を切り飛ばす。

 

 

「ア、ァァ…ァ」

 

「王よ!ご無事ですか!」

 

 

夜間の警備を任されていた失地騎士だ、月明かりにその銀色の鎧を映しながら、流刑兵数人を引き連れて現れる。

 

 

「大丈夫だ、要らぬ手間をかけたな」

 

「とんでもない!しかし、今のは幽鬼…?何故、この城に…しかも王を狙うなど…」

 

「わからない、王族の幽鬼など嘗ての狭間でもそうそう見ることは無い相手だ」

 

「黄金樹の祝福も消え、かの王の手によって大いなる死が解き放たれなお、まだこの地にかような怪物が潜んでいようとは…まさか…!何者かの手引で…!?」

 

「……ふむ」

 

 

やがて更に騒ぎを聞き付けた者達が寝床より起きて集まってくる、だがそれも王の一言により大きく騒ぎになる前に収束した。

 

 

 

 

 

 

 

後日、早朝 リムグレイブ街道─

 

 

「おのれ…幽鬼めが、しくじりおって…!」

 

「廃墟の地下から解き放ってやったものを…所詮は卑しい死に損ないの化物か!」

 

 

苛立ちの声を上げながら、街道を渡るのは年老いた男。干からびたように痩せ細る体に杖をついて歩く。

 

その体は褪せた黄金色の服で包まれている、よく見れば布の質は上等で、高貴な者達の纏う貴人の礼服であることが解った。

 

だがその男にそんな気配は皆無、埃を被ったみすぼらしい姿、その性根もまた酷く歪んでいた。

 

 

「あんな小娘一人に何をしている!どいつもこいつも、何が王だ!ふざけおって!リムグレイブを統治するなら何故私に城での地位を与えない!?私は貴族、高潔なる者達の末裔なのだぞ!」

 

「それをそこらの市民と共に雑用まがいの兵士と街道の巡回だと!?巫山戯ているのか!各地の廃墟の復興ばかりで城には禄に見張りも居ない!そもそも…」

 

 

 

「そうか、それはいい事を聞いた」

 

「王も兵も、多忙ゆえに城は手薄か」

 

 

溢れ出せば止まらぬ男の妬みで彩られた不満の澱、前すら見ずに歩く男の声を、別の声が遮った。

 

 

「あ?……え…あっ」

 

 

不意に耳へと飛び込んだ声に反応して俯いてた顔を上げる、目の前のその姿を認識する前に、腹部から響く強い異物感に視線を落とす。

 

自分の腹部に、光を反射する鉄で出来た何かが埋もれている、その周りから止めどなく赤い水が溢れてくる。

 

男が視線を上げるのと、目の前の誰かが何かを突き出したのは同時だった。やがて鋭い痛みを感じるが、声を上げる前に男は倒れ伏して絶命した。

 

 

 

「ふぅむ…であれば、実に好ましい」

 

「さて、任務開始だ 諸君」

 

 

声の主は鎧の男、銀色の鎧部分に青いサーコート、頭頂部の飾り羽に胸元のエンブレムに書かれた紋様はリムグレイブのものではない。

 

後ろに続く者達も同じく、騎士の男と同じ紋様のサーコートを羽織る兵士、頭部の防具がリムグレイブのものとは異なる雑兵。

 

 

それらの紋様が示すはリムグレイブより北に位置する地、リエーニエ。

 

冷たい霧と魔力の宿る結晶で彩られ、かのレアルカリアの魔術学院、そしてカーリアの王家が本拠を構える魔術に縁深き湖の大地である。

 

そのエンブレムを掲げる騎士達は、カッコウの名で知られている。本来、リムグレイブにはいるはずのない者達だ。

 

 

 

 

 

「ふん、こんなものだろう」

 

 

カッコウと呼ばれる騎士の一団はリムグレイブの王城に続く街道から外れた場所、人気の寄り付かぬ霧の森と呼ばれる箇所に野営の拠点を建設していた。

 

 

「やけにすんなりといきましたね、黄金の一族が支配していた国にしては…」

 

「ハッ、ゴドリックか?奴の暗君話は我等の耳にも届いているわ、挙げ句褪せ人なんぞに敗れ…今や新たな王に取って代われる始末」

 

「最も、我等がこうしてリムグレイブに来たのも元を言えばそれが理由、感謝するべきなのかもなぁ、ゴドリックの呆れた無能ぶりに」

 

 

野営地に控えた他の兵士や雑兵からも嘲笑の笑い声が上がる。騎士は上機嫌にそのまま会話を続ける。

 

 

「黄金樹は死に、運命の死がもたらされ、エルデの王は消えた…邪魔なデミゴッド達の時代は終わり、今や我等人の時代よ」

 

「ローデイルは黄金樹と共に灰に埋もれ、ケイリッドは未だ腐敗に苦しめられ、ゲルミアは等に滅び、聖樹の都とやらは実在も怪しい」

 

「健在なのはリエーニエとリムグレイブくらいか…あの邪魔なカーリア王家も…今やあの卑しい魔女を失い滅び行く定めよ、フハハハ!」

 

「であれば、ここは学院の盟友たる我等カッコウがこのリムグレイブを支配してやろうではないか、聞けばこの地の新王とやらは何も知らん女らしい、かような者に国を任せては民は心許無いだろう」

 

 

「へへへ…リムグレイブへの大橋がぶっ壊れちまってたが…学院の連中が偶然ここに繋がる転移門を見つけたんですよねぇ?」

 

 

「そうだ、それで我等に声が掛かったのよ、このまま放置されたこの森に潜伏する、秘密裏に野営地を建て、少しずつ向こうから兵を呼び寄せる」

 

「充分に兵力が揃えばそのまま城を容易く落としてくれよう、なに、案ずるな、お前達も知っていよう」

 

 

「リムグレイブは兵も騎士も皆、脆弱にして半端」

 

「無様な敗残の兵共に居場所をなくした失地者、流刑人などを兵として利用する始末、挙げ句の果てには…」

 

「こんな下等な畜生共と関係を結んでいたと聞く!フハハハ!愚かな!なんと馬鹿馬鹿しい」

 

 

高らかに嗤う騎士の見下ろした足元には無数の死体が打ち捨てられて転がっている。人よりも背丈の小さい、ボロ布を纏った小人達、何処か獣の様相を持つそれらは亜人と呼ばれた生物だ。

 

 

「森に入るなり愚かしくも我等に刃を向けるとは…しろがねに勝るとも劣らぬ下劣な愚昧ぶりよ」

 

 

「コイツら数だけでまるで大したことねぇぞ、リムグレイブは兵だけでなく化物共も貧弱か?」

 

「言えてるなぁ!これなら城を落とした後も簡単に各地を開拓できそうだぜ」

 

 

「フハハハ、そう言ってやるな、脆弱な兵ではこの程度の獣に対抗するのも困難なのだろう、ククク、逃げた先でもその様だ、弱卒に相応しいわ、ハハハハ!」

 

 

カッコウの騎士達は尚も嗤う、もはや既に侵略が成功したかのように。数人の笑い声は静寂に満ちていた霧の森によく響く。中には酒らしきものを取り出す兵までいた。

 

 

その傲慢な嘲りの声が、その野蛮な行いで流れた血の香りが、一歩一歩、確実に、森の奥から破滅を呼び寄せているとも知らずに。

 

 

 

 

 

「そして幽鬼を放った疑いのある男を追跡していたら、見慣れぬ騎士の集団に男が殺された…」

 

「その騎士達があのカッコウの騎士団だったと…?事実なのか?ケネス」

 

 

「はっ、事実でございます、カッコウと男が繋がっていたのかは解りませぬが…追跡していた兵によれば本当です」

 

 

 

ストームヴィル城の王座の間にて、新王と腹心が言葉を交わす。その議題とは先日起きた事案、王が寝込みを襲撃されたという城を揺るがす大事件。

 

 

「このケネスめの見通しが甘かったのです…人外の者とはいえ、安安と侵入を許すなど…それにもしこれがカッコウの陰謀であったなら…!」

 

「そう悔やみすぎるな、大事には至らなかったのだから、だが確かにカッコウの騎士は気掛かりだな…まずどうやってこのリムグレイブに渡ってきた」

 

 

「…はい、ご存知の通りリエーニエに続く大橋は破砕戦争の折に破壊されてそのまま、この城の最奥にある隠し通路の存在は秘中の秘、いくら学院と繋がりのあるカッコウとて知る術は無いはずです」

 

 

「ともあれ何か手を打たねばならないな、目的が何であれ、カッコウの悪名は無知な私の耳にも届いている、友好的な考えでないのは確かだろう」

 

 

「間違いないかと…ただ、もしかすると此度の騎士団に関しては…手を打つ必要はなくなるかも知れませぬ」

 

「ん?どういう意味だ?ケネス」

 

「報告によればそのカッコウ共が姿を消したのは…あの霧の森の中なのです、兵もそれ以上追跡を続けませんでした」

 

 

「…成る程、確かにそれは対策の必要は無いかもしれないな…大方、兵を駐留させる秘密の拠点を建てようとしたのだろうな」

 

 

「えぇ、少なくともその企みは叶わぬでしょう、何故なら霧の森は今…ヤツらの縄張りですから」

 

 

「気配も消さず踏み入れば間違いなく気付かれる、下手に刺激しなければ横を通り過ぎる事もできるだろうが…新参者が住処を建てるとなれば彼等も許しはしないさ」

 

 

「まったく無知と言うのは時として恐ろしい毒と変じるものです」

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ…ハァ…クッ、クソッ!」

 

 

霧の森から少し離れた草原をカッコウの騎士は走っていた、銀色に光を放つその鎧は至るところが細かく傷つき、歪み、汚れ、サーコートの布はほつれや破れた箇所が目立つ。

 

まるでその様は戦に破れた敗残の騎士。

 

 

 

「何なんだ…何なんだアレは!?あの怪物は!?」

 

「手下も…野営地も…やられた、全部…!」

 

「おのれ…!クソォッ!」

 

 

簡単な任務であった筈だ、統率の取れてない愚かな兵達の目を掻い潜り人気のない場所に拠点を建てる。

 

相手は狭間の地で最も脆弱な弱卒の集まりだと、取るにたらぬ連中だと、全てが容易く成功するだろうと。

 

 

それが何故か、任務継続の可能性は一切断たれ、己は今こうして無様に逃げ回っている。

 

 

栄光が微笑んでいる筈だった、邪魔な王家が完全に途絶え、他の国々が力を失い、己等の勢力を拡大するのを阻む如何なる障壁も存在しない。

 

学院の連中もそう言っていた、自分だってそう思う。

 

 

騎士の脳内でそのような思考が巡る、それは走馬灯にも似て、事態を好転させる助けにはならなかった。

 

 

「ハァ…ハァ…」

 

 

息が切れ立ち止まる、膝に手を付き、しばしの後意を決して振り返る、そこにはあの悪夢のような存在はいなかった。

 

 

「何だと言うのだ…あの様な怪物の存在は聞いていない…!話が違うぞ!陰険な魔術師共めが!」

 

「禄に人手も無い舞い上がった愚かな王を引きずり降ろし、我等がこの地を支配する計画が…あの様な怪物なんぞに!」

 

「おのれ…おのれ!何が新王!呪ってやる!舞い上がった褪せ人の戦士風情が!エルデの王でもあるまいに!そもそも…」

 

 

 

「そう、それはいい事を聞きましたね」

 

「かの新王様は、褪せ人…なのですね」

 

 

 

理不尽を呪う騎士の怨嗟の声は一度溢れれば止まずに溢れる、俯いて叫ぶその声を、別の声が遮った。

 

 

「あ?……え…あっ」

 

 

不意に聞こえたその声に反応して俯いていた顔を上げようとした、だがおかしい、一瞬の衝撃の後、浮遊感だけがある。

 

騎士はその光景を見下ろしていた、空中から。目の前には一人の女性、声の主だろう。白布のローブに羽織と頭巾、何かの巫女だろうか。

 

その右腕には巫女にはまるで不釣り合いな、黒鉄の巨大な刃物が握られる。横薙ぎに振り抜いた姿勢のソレは一瞬重量のある大曲剣にも見えたが違う、それは包丁だった、人の身の丈ほどもある解体包丁であった。

 

あの女の前にいる、首から上を無くして血を吹き出す鎧の人間は何だ?見覚えがある気がする、やがて浮遊感が落下の感覚に変わり始めた頃、騎士は何かに気がつけそうな気がしたが、そこで永遠にその意識を失った。

 

 

 

「本当なら、好ましいわ…実に」

 

「もう久しく見ていないもの…褪せ人は…」

 

 

 

騎士を惨殺したその包丁の女は、上機嫌に城へと向かって歩いていった。

 

 

 

 

 

 

ストームヴィル城内、王座の間─

 

 

王と腹心がいるその部屋に、今はもう一人の姿があった。白いローブと肩にかける羽織に頭巾、その女性の素性は巫女だろうか。

 

 

「遥々この城に足を運んでくれたこと、王として嬉しく思う、ぜひ名を聞きたい、旅の巫女殿」

 

                   ・・・・・

「光栄なお言葉痛み入ります…私の名前はアレクシア…お察しの通り、各地を周り、死者に祈りを捧げる旅巫女で御座います」

 

「今日、この場に来たのは、この城で流れた多くの血と死者達に、そして新王様のこれからの良い行く先にぜひ、か弱きながらも我が祈りを捧げたく…」

 

 

「おぉ!なんと素晴らしい、祝福なき後も弛まぬ信仰と慈愛の心、それこそまさにこれからの世に必要なものそのものだ!このケネスめも貴女に感謝を」

 

 

「うむ、私からもお願いしたい、知っているかもしれないが…この城は長い間、必要のない流血と悲劇で満たされていたからな」

 

 

「えぇ…我が祈りが少しでも新王様と、この地の皆様にとって力となるなら…つきましては、僭越なのですが」

 

 

「あぁ、解っている、城への滞在と内部を歩く事を許可する、幾らでも居てくれていい」

 

 

「あぁ…身に余る光栄…感謝します、王よ」

 

 

 

深々と頭を垂れるアレクシア、床に対面するほど下げたその顔には、巫女とはまるでそぐわぬ凄惨な笑みが浮かんでいた。

 

だがそれも立ち上がり、次にその顔を見せる頃には消えている、慣れたものである、無害な善人を装う、それはアレクシアにとって得意な技能ですらあった。

 

 

「では早速、まずは城の方への挨拶も兼ねて」

 

 

「あぁ、少し城の中を見てくるがいい……ところでアレクシアよ、一つ聞きたい」

 

「はい、なんでしょう?」

 

 

「一人でこの狭間を旅するのは大変ではないか?未だこの地には人の手が及ばぬ怪物が蔓延っている、邪な考えを持つ人間だっているだろう」

 

 

「はい…私自身、多くの危機や苦難に直面しました、ですがそれは我が道の正しさの証明なのだと信じています、艱難辛苦の道こそ信仰の道…」

 

「それに心の荒んだ者であっても、対話を捨てぬ限りいつか解り合えるものと信じています」

 

 

「ますます良い心掛けだ、貴公ならば心無い邪悪の徒であっても本当に理解し合えるかもしれないな…盗賊に呪い師、他には…」

 

 

 

「聖者に化けて騙し殺す、人肉食いの狂女なんかも」

 

 

 

 

アレクシアの体が硬直する、にこやかだった笑みは口角を上げたまま凍りついたように表情筋が停止する。

 

細められていた目が開く、その奥には確かな動揺があった、完全に硬直した肉体とは対象的に、その脳内の思考は目まぐるしく回転し駆け巡っていた。

 

 

「どうした、アレクシアよ」

 

 

「………いえ、その様な悍ましい行いをする者の存在は知らず…初めて聞きました、そのような話は…」

 

 

「褪せ人の間では有名だ、褪せ人を導く指巫女の姿で偽り、解体し食らう狂人…そうだ、アレクシア」

 

「貴公が着るその服装も指巫女の物だな、祝福も褪せ人も無い今、指巫女もまた姿を消したと思っていたが、使命を変えて各地を旅していたのだな」

 

 

 

正体がバレている?アレクシアの首筋から汗が滴る、何故解った?どうする、ここで下手に反応するのは認めたも同然、すっとぼけるか、あるいはもう…。

 

 

「な、嘆かわしいですね…信仰の証をそのような…あっ、あぁこの装いですか、これはそう!譲り受けたのですよ!偶然出会った指の巫女様から…その、祈りを広く伝えてほしいと…」

 

 

「アレクシア」

 

「どうか、この地の迷える魂に安らぎを与えてくれ」

 

 

苦し紛れの言い訳じみた嘘、それを遮ってネフェリが腕を差し出して握手を求める。何やら先程の会話の流れと一致しない気もするが、ほぼ反射的にアレクシアはその手を掴み、取り繕った言葉を口にする。

 

 

「えっ、あ、あぁ!勿論です、仰せのまま……に」

 

 

両手で持ったその腕に視線を落とす、一瞬の内に脳内へと飛び込んできた情報、即ち、傷付いて血が滴るネフェリの腕。

 

いつの間に傷が?自分で付けたのか?何故?

 

それらの疑問が浮かぶより速く、ネフェリの他の褪せ人と比べても上質な筋肉と、そこから香る鮮血の香りを嗅いだアレクシアの意識は本人の意志を問わず、暗転した。

 

 

 

「あ?……え…あっ」

 

 

気が付くとアレクシアは出されたネフェリの腕を瞬時に手繰り寄せ、その傷口に深々と歯を突き立て齧り付いていた。

 

口内に長らく待ち望んでいた至福の味が広がる、だがそんなこと今の正気に帰ったアレクシアが気に留める余裕はない、ゆっくりと、恐る恐る、視線を上げてネフェリの表情を見る。

 

 

まったくの無表情だった、鋭い戦士の目がただアレクシアを見下ろしていた。

 

 

「これは……その…」

 

 

「旅の聖者を装えば無下にはされぬと考えたか?本当の名を名乗るのも躊躇われたようだな、ともかく…」

 

               

「会うのは初めてだな、褪せ人食いのアナスタシア」

 

 

「騎士よ!」

 

 

側に控えるケネスの号令と共に、王座の間の横脇にある部屋から、隠れて待機していた失地騎士達が続々と姿を表す。

 

襲撃者にそれとの関係を疑われる別国の一団、そして突然の来訪者、初めから警戒して王座の間近くに戦力を忍ばせていた。

 

だが正体に気付けたのは、ネフェリがアナスタシアの存在を知っていたからだ。百智を謳う義父から警戒すべき敵としてその詳細な情報を与えられていたのを覚えていた。

 

 

それに理屈などなくともネフェリは見抜いただろう、初めて姿を表した時から、その目の奥の狂気に満ちた渇きをネフェリの澄んだ両目は見据えていた。

 

 

「うぐううっ」

 

 

恐ろしい悪名とは裏腹に呆気なく騎士達に拘束されるアナスタシア、だがそれも当然、王座の間にいる騎士は十名にも及ぶ、幾ら何でも獲物一本で覆せる状況ではない。

 

 

「うぅむ、怪しいとは思いましたが…まさか褪せ人食いなどという邪悪な存在であったとは」

 

「さて王よ、この者の処遇、いかが致しましょう」

 

「そうだな…生かす理由も無いが…」

 

 

「ご、御慈悲を…ううっ…どうか…」

 

 

「そうか、褪せ人食いでありながら貴公もまた褪せ人であったな、完全に祝福絶えた今、死ねばそれまでか」

 

 

「うぐっ…」

 

 

「王よ、処断は」

 

「うむ、生かす理由は無いが…殺すだけが罰ではあるまい、確かリムグレイブ坑道の労働係が不足していたな」 

 

「はい、石堀りのトロルが鍛石を求めた褪せ人に敗れ、残りの者達で作業をしております」

 

「ではリムグレイブ坑道での労働の刑に処す、あの場所にはこの者の邪悪な欲望を満たす物は何も無い、良い薬になるだろう」

 

「解りました…寛大な王の慈悲に感謝せよ、そなたにはこれより無期限の労働を課す、解ったか」

 

 

騎士の斧槍で押し止められ、頭を垂れる姿勢のまま、その言葉を聞くアナスタシア。心中穏やかであるわけが無いが、反抗すればどうなるか目に見えている。

 

やがて絞り出す様に、声を上げた。

 

 

「……はい、仰せの…とおりに…」

 

 

「うむ、さぁ連れて行け」

 

 

 

騎士達に拘束され連行されていく不埒者、王座の間から遠ざかっていくそれを眺める王と家臣。

 

 

「予想外の珍客だったな、カッコウといい抱えてる問題の他にも厄介事は現れるものか」

 

「まったくです、とんだ不埒者共だ」

 

 

王と家臣は溜息を溢し、また山積みとなった責務へと取り組むための語らいを再開していった。

 

 

 

 

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