リムグレイブ 新たなる王政   作:ポジョンボ

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壺と門番

 

 

 

 

 

いつも通り雲の晴れた空の下、ストームヴィル城門前の横脇に立てられた門番用の個室にゴストークはいた。

 

その部屋は休憩の為の長テーブルと椅子が置かれ、蝋燭の火が照らす。長らく手入れがされておらず寂れていたが今では補修の手が入る。

 

個室奥の倒壊し、吹きさらしとなった壁も今では簡易的ながらも塞がれている。

 

 

「まぁ…こうなるって事は解ってたがな」

 

「何をしようが門番は門番…城を訪れる者がいなけれりゃ開門の仕事も何もねぇもんだ」

 

 

 

狂気の城主ゴドリック亡き後、城はネフェリを新王とした新たなる統治を始めていた。その以前よりストームヴィルの門番であったゴストークは、リムグレイブの領主の一人であるケネス・ハイトと共に新王となるネフェリの背を後押しした。

 

それから暫くの時が立ち、旧王の狂気で穢された城も再建され、新王の統治を認める賛同者も増え始めた。

 

だが狭間の他方に比べては比較的無事といえど、例に漏れずリムグレイブも長らく荒廃と行って良い有り様であったことは事実。

 

民の住まう地区は崩壊し打ち捨てられた廃墟と化し、主要な砦は未だ手付かずのまま。

 

そんな有り様では城を訪れる者も少なくなる、城に使える者達は日夜、城外の復興に奔走していた。

 

 

「何かしたい事があったわけでもねぇけどよ」

 

 

退屈とも言える門番の勤め、だがゴストークは気紛れに口にするがそれ程その退屈を持て余していた訳では無い。

 

かつてのリムグレイブ、そしてかつての自分では、この退屈な時間を享受する事さえ無かっただろう。

 

 

ゴドリックへの憎しみからその心は歪み、城を訪れる者達を賊の如く陥れ、力尽きたその者達の遺品を漁る卑しい獣の如きあり様。

 

そこから解放されたのは旧城主の死、求めていた筈の自由の虚しさ、そして新しき王の誕生がゴストークの歪んだ心を変えた。少なくとも今のゴストークは憎しみを他者にまでぶつける様な人間ではない。

 

死体漁りなどせず、真っ当に門番を務めている。

 

 

「俺にはこの程度が見合ってるのかもな…」

 

「ケネスみてぇに頭を使うことも、失地の騎士共みてぇに腕っぷしで役に立つこともない…もっとも、出来たとしても忙しくこき使われるなんざまっぴらだが」

 

 

「狂った老醜の下じゃなければ何でも良いさ」

 

 

ゴストークは一人呟き、立ち疲れた訳では無いが壁に寄りかかった背を起こし、テーブルに向かい合わせ並べられた椅子の一つに腰掛ける。

 

暇を持て余したなら雑談か散策の一つにでも繰り出してみたい所だが生憎それは許されない。

 

門番が門を離れるなどあってはならず、気まぐれの言葉を交わす同僚もここにはいない。

 

それ以前に新王の元に真っ当な忠誠を誓った今のゴストークは職務を放棄するつもりは無かった。

 

 

それから何をするでもなく視線を伸ばす眼と部屋の壁の間にある虚空を眺めるゴストーク、暫しその時間が続く。

 

その静寂は不意に聴覚が拾い上げた異音によって終わりを迎える。

 

 

「…ん?なんだ?…物音…?」

 

 

ゴストークは最初それが足音だと気が付かなかった、ごつごつという硬くそれなりの重量がある何かが地面にぶつかり擦れる音。

 

その音に連続した規則性を見出して初めてそれが誰かの足音だと理解した、その音は少しずつこの部屋へと近づいてくるようだった。

 

 

「……………」

 

 

ゴストークは身構えて椅子から立ち上がる。危険極まりない存在のひしめく狭間の地、最も安全とされるリムグレイブでさえ油断はできない。

 

足音を耳にすれば姿を見るまで安心はできない、それがいつ何時、どの場所でも異音の正体が敵対的な存在である可能性は十分にある。

 

鉱石を思わせる音、金属で作られたグリーブの足音ではない、つまりこの城の兵士達のものではなく、当然人間や生き物の足音ともかけ離れている。

 

 

「獣か?ここに至る道には兵士共が常駐している筈じゃねぇのかよ…」

 

 

もしこの足音の主が危険な存在である場合、それはつまり城への道を守護する数十名の兵士達を退けて辿り着いたという事。当然ながら狭間に住む屈強な獣とてそれは不可能に近い。

 

どれだけ警戒してもゴストークに戦いの技法は無い、もし本当に危険な存在が迫ってきているのなら…

 

 

やがて背後から差す陽の光を浴びながら、前方に影を作る足音の主が遂に部屋の入口にその姿を現した。

 

 

 

「……あぁ?」

 

 

そこにいたのは壺だった、粘土を焼き固めて作られる壺、丸みを帯びて所々に焼き目とヒビの入る壺、紋様の描かれた紅い止め蓋で封がされている。

 

狭間の地では投げ壺と言って戦闘にも用いられる。

 

その壺がいた、人一人が収まるほどの大きさで、岩石を粗く削り出して作られた様な両手足を生やしながらそこに立っている。

 

 

まるで時が停滞したかのような不穏にも少し似た空気が齎される、数秒経ってようやくゴストークはソレの正体を思い出す、そしてソレが口無きその体から声を発するのも同時だった。

 

 

「……生き壺か」

 

「初めまして、門番さん、であってるのかな?」

 

 

その声は硬質な外見に似合わず、まだ幼さを残す少年の様であった。

 

 

 

 

 

 

 

「生き壺が一人旅…ねぇ」

 

 

突如として城門前に姿を現した謎の歩く壺、ソレは今、ゴストークと共に休憩室にて向かい合い、語り合う。

 

 

「うん、そうだよ、僕はね…立派な戦士になりたいんだ、戦士の壺だからね」

 

 

その生き壺は言う、その単語にはゴストークも聞き覚えがあった、何せ城内で実際に見たことがある、最も既に戦いに敗れ砕かれた残骸であったが。

 

 

戦士の壺、人外魔境たる狭間の地でも由来の不明とされている生き壺達の中で一際大きく、戦闘の能力に秀でた壺達。

 

岩石の剛腕を存分に振るい、彼等の力の根源たる内部の肉片を包み守護するその躰は並の武器では刃が立たない。

 

少なくとも雑兵の寄せ集めや正規兵数人等では対処は不可能な程の力を持つ。

 

 

「あぁ知ってるよ、その名には2つの意味があるってことをな…その腕っぷしを指して戦士と呼ぶが、実際は言葉通りの意味である、そうだろ?」

 

「うん、物知りなんだね、門番さんは」

 

「ならお前もそれなりに戦いの技法ってのを持ってるわけだ…聞いてた話よりも見てくれは小せぇが」

 

「これから大きくなるんだよ、おじちゃんも言ってたよ、戦士とは旅を通して成長するものだって」

 

 

目の前の戦士の壺はそう語る、本来は生き物であるはずも無い壺の体が如何に成長するというのか、まさか心の成長が肉体をも変化させるわけではあるまい。

 

だがゴストークに今そんなことはどうでも良かった、この戦士の壺が姿を表して以来、疑問であった事を緊張と共に問い掛ける。

 

 

「お前が戦士の壺ならよ…お前…ここに来るまでにいた兵士共を…」

 

「あぁ、野営地と丘の道にいた兵士さん達?」

 

 

ゴストークは出来るだけ音を押し殺す様に唾を呑む、生き壺達は度々その特異な生態の一部を目的とした乱獲の対象になっていた。

 

他とは違う少数に属する者達は、往々にして人々の掲げる法や正義から守護すべき対象だと見做されない事がある。

 

ましてや人が、国が、世界そのものが狂っているとすればもはや言うまでもなく、狭間の地では今まで多くの生き壺達が悪意の餌食となってきた。

 

 

「あの人達はね…」

 

 

虐げられた同族や、或いは己自身が受けた不条理への憎悪を見境なくぶつけて回る、そんな衝動を持つ個体が存在しても何ら不思議では無い。

 

 

「とっても良い人達だったよ、少しお話したらね、この先に通って良いよって、城に入れてもらえるかは解らないけど、門番さんに聞いてみろって」

 

 

ゴストークはため息の様に呑んでいた息を吐き出す、今の言葉が真実ならば目の前の存在に危険は無く、流血の類も起きてはいない。

 

 

「そうかい…」

 

 

だがゴストークはまだ警戒を解いてはいなかった、確かに目の前の戦士の壺に戦いの形跡は無い、こびりついた返り血や肉片、武器による傷跡や消耗、殺意を隠した不穏な不自然さも。

 

ゴストークは僅かな時間で対象を目ざとく観察することに長けていた、それはゴドリック健在の時に重ねた浅ましく卑劣な蛮行によって培われた技法。

 

今ではそれが門番として、訪れた者に門を開くかどうかの判断に役立つのだ。

 

 

 

何よりもゴストークは知っていた、理不尽に虐げられた弱者、その有り余る憎悪を内包した呪詛の声を。

 

それは道理や道徳など軽く忘れさせ、関係のない他者にまで振り撒かれる、ゴストークにはこの城の誰よりもそれが理解できる。

 

何故ならそれと同質の呪詛の叫びは、かつてゴストークからも発せられていたのだから。

 

 

「残念だが…そう簡単に城へは入れねぇ…どうしてもってなら中の連中に話を…」

 

「そんなことしなくて良いよ、ただ大っきくて立派な城だったから近くで見て見たかっただけなんだ」

 

 

「門番さんは…僕が人間を恨んでいるかもしれないって、思ってるんだよね?」

 

「…!そいつは…」

 

 

目の前の戦士の壺は以外にもゴストークの内心と懸念を言い当ててみせた、発言はどこか気の抜けた物を感じさせたこの壺だが、その言動の奥には確かな芯の様な物がずっとあった。

 

 

 

「隠さなくても良いんだよ…人間が僕達にどれ程酷い事をしてきたのか、全部解っているから」

 

 

 

ゴストークは押し黙る、目の前のこの壺から自分と似た物を感じた、不思議と解ったのだ。

 

虐げられた者の悲哀、奪われた者の哀しみ、だがそこにはかつて己を支配していた歪んだ憎しみだけは無いように思えた。

 

 

「…それなら、それなら憎くねぇのか、お前は…そんな奴らは皆この手で殺してしまいたいって…そうは思わねぇのか」

 

 

「…うん、思わないよ」

 

「村の皆や優しかったお兄ちゃんを傷付けた奴らは許さない、いつか会ったら僕が皆の仇を討つ」

 

「でもね…だからって関係無い人達まで無闇に傷付ける事はしたくない、それで気が晴れるのだとしても…」

 

「なんだかそれは…凄く、とっても虚しい事だと僕は思うんだ」

 

 

「そうか…そうだな…」

 

 

この壺は自分とは違う、悲劇と不遇の中で世を呪わず他人を憎まない心根を持っている、屈折した心の持ち主から見ればそれは自分の醜さを暴く光のようで、不快にすら映るかもしれない。

 

だがゴストークは自分では不思議なほど、その壺の言葉が何故だが嬉しい様に感じられた。

 

かつては善人など陥れ易い獲物でしかなかったのに。

 

 

 

「お前…この城の歴史に興味はあるか?せっかくここまで来たんだ、城に入れる事は兎も角、話くらいならしてやれる」

 

「そのかわりって訳じゃ無いが…お前の話を聞いてみたくなった…お前がよければだが」

 

 

「うん、良いよ お話しよう!」

 

 

卑屈で卑怯で他人なんてどうでも良かった自分が、何故だが今ではこの壺について興味を持っている、悪い気分はしなかった。

 

 

 

 

「壺村…そんなものがリエーニエにねぇ」

 

「僕はそこから来たんだ……うん、寂しくはないよ、故郷は遠く懐うものだから」

 

 

 

 

「成る程、そしてその後にリムグレイブに来たのか、だが大橋は未だ壊れたままだ、どうやってここまで来た」

 

「ここを目指してた訳じゃ無いけど…崖際の道を歩いていたらいつの間にかね、近くには多分その大橋があったよ」

 

「そうか、大橋横の崖際の林か…まだそこから続いていたのか、ケネスの奴にでもに教えてやろうか」

 

 

 

 

「そうなんだ、この城はあのデミゴッドが治めてた城なんだね 立派だとは思ってたけど」

 

「城だけさ…立派なのは、醜い心に醜い体、ここの旧主は嫉妬に狂った愚王そのもの、ゴドリックなんぞ……まぁ、今はこの城もマシになった ネフェリ王はゴドリックとは違う」

 

「さっき言ってた新しい王様?」

 

「そうだ、お前は戦士に憧れてるんだろ…一度会ってみたらどうだ?あの人は王であり、戦士でもある」

 

「王であり戦士…それって何だかゴッドフレイみたいだね!そんな強い戦士に僕もなりたいなぁ」

 

 

 

 

「リムグレイブってのは大きく分けてストームヴィルのあるここと…辺境と呼ばれる啜り泣きの半島の2つの地区がある、お前、地図は持っているか」

 

「持ってないよ、だからよく迷っちゃうんだあ」

 

「…まぁいいさ、それなら余りをくれてやる、お前も決して無力ではない見てぇだが、半島に近づくのは止めとけ」

 

「危険な場所なんだね?」

 

「あぁ、野蛮な混種と亜人に怪生物、極めつけは忌まわしき狂い火に侵された村だってあると聞いてる」

 

「うん、解った、覚えておくよ」

 

 

 

 

ゴストークと戦士の壺の不思議な語らいの時間は穏やかに過ぎていった、やがて話し合いにも終わりが近づき、床に足を投げ出すように座り込んでいた壺が立ち上がる。

 

 

「ありがとうね、門番さん、ここに来て良かった、いっぱい楽しいお話が聞けたから」

 

「そうか、もう行くんだな、本当に城の中には入らなくていいのか?門番がこんなこと聞くのもおかしな話だが」

 

「うぅん、確かに城には入ってみたいし…戦士の新王様にも会ってみたい…けど、やっぱり今はいいよ」

 

「なんか邪魔になることがあったら嫌だし…それに戦士は孤独な者だから」

 

「…そうか、まぁお前の好きにすればいい」

 

「うん、それじゃあね…門番さんも」

 

 

やがていよいよその時間が終わろうとしたその時、休憩室の入口の向こうから慌ただしく地面を踏み鳴らして駆ける喧騒のような足音が迫ってくる。

 

 

「き、騎士を!城内から騎士を呼んでくれ!」

 

 

息を切らして荒々しく入室したのは一人の兵士、リムグレイブの紋様の描かれたサーコートとチェインメイル、安価な作りの直剣と真鍮の盾、この城や城外の各所を警護する衛兵である。

 

 

「何かあったか?その様子じゃあ聞くまでもねぇか」

 

「トロルだ!この近くの野営地を襲撃している!」

 

「あぁん?…その程度お前等でもわけねぇだろう?一人で戦り合う訳じゃねぇだろう、お前らの隊長の騎士様はどうした」

 

「あ、あの人は今、半島の方に任を受けて出向いている!暫くは帰らんのだ!」

 

 

「ふむ、コイツらどうやらお困りみたいだな、お前に門番の仕事を見せてやることができそうだ」

 

「あの門を開くんだね?」

 

「あぁそうだ」

 

 

額と頬を汗で濡らし慌てふためく兵士を横目に、ゴストークが戦士の壺と耳打ちするように小声で会話する。流石に明確に助けを求められたとあった以上はゴストークも行動を起こす。

 

 

「解った、今すぐ門を開ける、そのまま中の奴らにその事を伝えてこい……おぉい、門を開けてくれ!急の知らせがあるそうだ!」

 

 

ゴストークが休憩室から外に移動し、城壁のように堅牢な黒鉄の鉄柵の向こうに向けて声を張り上げて合図を示す。

 

すると少しの沈黙の後、何かが作動する音と共に巨大な鉄柵が上へと上がっていき城内への道が姿を表す。

 

 

「ほら、さっさと言ってこい」

 

「あ、あぁ、感謝する!」

 

 

短いやり取りの後、兵士はまた慌ただしく体温を上昇させながら駆けていく。その背を暫し見送った後、ゴストークはまた戦士の壺に向かい合う。

 

 

「何だか大変な事になっちゃったね」

 

「あぁ、気の触れたトロルだとよ、確かにそんなのが暴れてるんじゃ落ち着いてお別れもできねぇよな?」

 

「…さっきの兵士さんは騎士さんに助けを求めてたみたいだけど…兵士さん達じゃ勝てなかったのかなぁ」

 

「失望したか?人間の戦士は脆弱だって」

 

「うぅん、そんなことないよ、人間の戦士さんだってとっても強くて立派でカッコいいって知ってるよ」

 

「まぁ、兵士共を庇うわけじゃ無いが…トロルってのは恐ろしい怪物だ、何せあの伝承の巨人共を祖に持つ末裔なんだからな、バリスタでもない限り確かに数を揃えても厳しい相手かもしれん」

 

「だが…城の騎士共が出張ってくるなら安心だな、奴らは護城の要、トロルだろうと叶わねぇさ」

 

「運が良かったな、お前、騎士と巨人の決闘なんてまるで壮大な英雄譚だ、なかなかお目にかかる機会はないぞ」

 

「騎士さんかぁ、カッコいいよね、僕もね…憧れてる人が3人いてね、そのうち一人は騎士さんなんだよ」

 

「そりゃいい目標を持ったな…お?速いお帰りだな」

 

 

二人が城への道を挟んだ向こうで起きている喧騒に反して呑気な雰囲気で会話する中、城の中へと助けを呼びに行ったはずの兵士が戻ってくる。先程よりも更に疲弊した息遣いで、だがその背後に救援に現れた銀色の甲冑姿は見えなかった。

 

 

「クソ…ダメだったよ…」

 

「あぁ?どういう意味だ」

 

「騎士達は殆ど出払っている…ほら、最近リエーニエのカッコウ共が妙な動きをしてるって…リムグレイブに渡る手段を探してるって話…あれの、調査に…」

 

「…あー、そういやあケネスがそんな事を」

 

「何か問題があったんだね」

 

「そうみたいだ、残念ながら勇ましい英雄譚を拝むのはお預け見てぇだな、しかし騎士達は…そうか」

 

「戦争が起きるかもしれないから調べてるんだね」

 

「まぁそういうことだ、カッコウの略奪者共がリムグレイブに攻めてくるとすれば一大事だ…あぁ、カッコウってのはな」

 

「知ってるよ、リエーニエにいる人間の兵士さんでしょ?ここに来るまでに何度か倒したよ」

 

「お、おう…そうか、そういやぁリエーニエからお前は来たんだったな、しかし…だとしたらちとマズいな」

 

「このままではあのトロルがここまで…!一応、城内の兵士を貸し与えてくれと伝達したがそれでもどうなるか…」

 

 

「…よし、じゃあ行こう」

 

 

予想外の事態に狼狽する兵士と流石に危機感を持ち始めるゴストークの様子を知らないかのように戦士の壺が平然と言い放つ。そのままトロルが現れたという城の入口まで歩みを始めた。

 

 

「お、お前は…?さっきの生き壺…」

 

「おいおい、話聞いてたか、トロルが暴れてるんだぜ、兵士共でも手のつけられねぇ化け物が」

 

「そう…だから行くんだよ、僕は戦士の壺だからね」

 

 

「……ホスローは血潮で物語るんだよ」

 

 

 

 

 

城へと続く開門前の野営地、打ち捨てられた廃墟に簡易的な休憩所や寝床などが配置され、巨大な荷馬車や数々の木箱などかつての営みを思わせる物も目に入る。

 

 

その場所にトロルの地を震わせる咆哮が響く。

 

 

その姿は厳しく、醜悪にして恐ろしい。人間の身長では膝にも届かぬ巨躯、腹部は内臓が全てこぼれ落ちたかのような赤黒い空洞と化しており、その顔も剥き出しになった歯列と虚ろな穴と見間違う不気味な両瞳。

 

衣服の類は何も身に着けず、人との相違点は骨格の作りぐらいだろう。萎びた老人の様な皺だらけの体、色の抜けた弛んだ皮膚、だがその肉体が多大なる破壊の力を内包している事を見た者は誰も疑わない。

 

辺りの木柵は全て破壊され、兵士達が剣を抜き放ち、こぞって斬りかかるもトロルがひとたび吠え、あるいは地にその剛腕を叩きつければ発せられた衝撃の波に兵士は抗えず羽のように軽々と吹き飛ばされる。

 

トロルの腕が届かぬ遠距離から兵士達が放つクロスボウの矢も当たりこそすれどまるで手傷にはならない。

 

荒れ狂うトロルの怒号は鳴り止むことなく、地を踏み砕くかのような震脚の連打が地鳴りを奏でる。

 

 

 

「本当に暴れてやがる…」

 

「嘘の報告などするか!それよりも大丈夫なのか?」

 

「うん、兵士さん達は僕のお願いを聞いてくれたから、今度は僕が手を貸す番だよ」

 

 

その場所に立ち、暴威を振るうトロルを見上げる二人と一壺、やがて不安にかられる兵士の元から離れ、戦士の壺がトロルの眼前へと歩みを進める。

 

 

「大敵に挑むは戦士の誉れだ、そうでしょ?アレキサンダーのおじちゃん」

 

 

己に接近する壺の姿を視界に捉え認識したトロルもまた唸りを上げて地響きを起こしながら走り寄る。無言のまま静かに歩む壺とは対象的なトロルの突撃は、速度を緩めることなく間合いを詰めていく。

 

やがてその剛腕が届く範囲まで来ると、躊躇なく目の前の敵に向けて攻撃を行う、だがそれは戦士の壺も同じだった。

 

 

「むぅう…!始まるぞ!」

 

「……しかし妙な話じゃねぇか?…トロルってのも知能が無いわけじゃない、ここまで凶暴な個体なんて今まで何処に…」

 

 

走り寄るトロルが両拳を硬く握りしめ、そのまま腕ごと地面に叩きつける一撃を決行する。その威力は衝撃と風圧だけでも敵を吹き飛ばし、直撃すれば人間の体など元の形が識別困難な程に損壊させる。

 

まさしく地を震わせ岩をも砕く一撃だが、戦士の壺には当たらない、その剛腕が天に掲げられるように振り上げられた頃にはもう叩きつけの攻撃範囲にはいない。

 

 

「……オオッ…!」

 

 

地面を打ち鳴らし、衝撃と風圧に土煙を巻き起こすトロル、だがあの初めて見る形の敵を叩き潰した感触が無い。

 

その手の下の状況を確認するより速く、左脚から走る激痛がその答えを如実に伝える。

 

 

「僕が先手だね」

 

 

懐に潜り込んだ戦士の壺がトロルの左脚に攻撃を与えた、それだけでトロルは左脚の脛から血を流し、堪らず怯み数歩後ずさった。

 

 

「お、おおっ!あの生き壺は攻撃を躱したようだぞ、しかもトロルを怯ませた!大剣の攻撃すら通じなかったのに!」

 

「へぇ…リエーニエからここまで旅してきただけはあるみてぇだな…武器の類は持ってないようだが、あの岩のような拳で殴りつけたのか?それだけでトロルに手傷を…」

 

 

通常このトロルの様な己の肉体を鎧代わりとする獣の類に打撃による攻撃は斬撃に比べて効果が薄いとされる。

 

分厚い皮膚とその下の脂と筋肉に阻まれて衝撃が無効化される、出血を用いる斬撃で徐々に体力を奪うのが良いとされている。

 

勿論それは通常の兵士達の戦略の話、狭間の地の強者達はそのような常識などに縛られない。

 

鉄鎧を両断する剣士もいれば、己よりも遥か巨大な獣を殴り殺す勇者も存在する。この戦士の壺が放った拳打も、たったの一撃でトロルの脛の皮膚を破り、筋肉を潰し、奥にある骨に亀裂を走らせ折り砕いた。

 

 

「ガアアアッ」

 

 

しかしそれだけでトロルは止まらない、狭間の地で危険とされている怪物達は多少の流血や骨が数本砕けた程度では怯まない、尋常ではない殺意と闘志が激痛と恐怖を直ぐ様塗り潰して戦闘を続行する。

 

トロルは短い咆哮の後、なんと負傷したその左脚による踏み付けを繰り出そうとする、左脚を振り上げて体重と力を込めた。ある意味では不意をつくその攻撃は並の相手なら有効打になり得たかもしれない。

 

だがその行動は裏目に出る事になる、やはり戦士の壺はトロルより先に行動を始めていた。

 

 

「力比べだ」

 

 

岩石の右腕を握りしめ、肘を曲げて後ろ手に引いて構える。全身を僅かに屈ませて、その右腕のみならず両足にまで力を込める。やがてその右腕から噴火のように滾る炎の赤色が溢れ出し、猛火となって壺の右腕に纏い始める。

 

 

「あ、あの炎は!?」

 

「多分あの野郎は戦技を放つつもりだ」

 

「なんだと?拳に炎を纏わせる戦技など聞いた事が…」

 

「アイツ独自の…戦士の壺とやら独自の戦技だろうよ」 

 

 

トロルが限界まで左脚を上げて遂に力を解き放ち、踏み付けを戦士の壺目掛けで放つ。そして対する戦士の壺も必殺の妙技を向かい放つ。

 

力を込めた両足を解放、重量のあるその体が力強く、勢いよく高速で跳躍、その速度を乗せて構えられた火を纏う右腕が天高く振り上げて突き出された。業火が拳に続き渦を巻いて吹き上がりその速度を更に増す。

 

 

衝突するトロルの体重を乗せた踏み鳴らしと戦士の壺の天を衝く炎纏の拳打、その結果は、

 

 

 

「アアアアァッッ!!」

 

 

トロルのけたたましい絶叫が響き渡る、伝承の巨人を祖に持つトロルの闘争心ですら掻き消せぬ激痛が奔る。

 

戦士の壺の炎の拳による突き上げは、トロルの左脚を文字通り打ち砕く。溶岩の如き火炎がトロルの肉を焼き焦がして灰に変える、鉄よりも強固な壺の石拳がヒビの入って脆くなったトロルの骨を簡単に破壊する。

 

その後に拳打と火炎が合わさり巻き起こる爆発によって、トロルの踏み込んだ左脚は膝から先が完全に四散して消失した。

 

 

「オ、オオォ…」

 

 

気力まで完全に削り取られたトロルが体制を崩す、その巨躯を片脚で支えきるのは不可能だった、弱々しい声を上げながらうつ伏せになって倒れ伏した。

 

 

「ゴメンね、この人達は僕の友達だから…」

 

「もう終わらせるよ」

 

 

股下をくぐる形で倒れ伏したトロルの後方に回り込んだ戦士の壺、完全に無防備なトロルに最後の一撃を繰り出した。

 

両手の掌を合わせて指同士を組み合わせる、するとまるで巨大な戦鎚の様なあり様となる。

 

そしてそのまま再び天高く跳躍、先程の拳打にも劣らぬほどの力強さ、そして空中でその体を縦に一回転してみせた。

 

 

 

「あれは知ってる…獅子切りだ!」

 

 

それを見ているリムグレイブ兵士にはその技に覚えがあった、勇猛にして苛烈で知られるケイリッドの赤獅子と呼ばれる兵達の戦技。

 

伝え聞くところによると全力の跳躍の後に回転を加え、全身の力と落下の速度、そして自身の体重を最大限に発揮させる剛剣たる戦技だとか。

 

熟達の赤獅子騎士の放つ獅子切りは正しく一撃必殺、赤獅子達の愚直なまでの研鑽と恐れ知らずの勇猛さを象徴するかの様な妙技である。

 

 

「組んだ拳を武器に見立てたのか…!」

 

 

その跳躍はトロルの胴体を通り越す、そして戦士の壺の拳による獅子切りはうつ伏せに倒れたトロルの後頭部を捉えた。

 

 

「カッ…ッ」

 

 

生き物を拳で打ったとは到底思えぬ鈍く、それでいて底冷えするかのような一息に肉体を破壊する音が鳴る。

 

戦士の壺の武器に見立てて獅子切りを放った両腕が深々と関節の辺りまで突き刺さる、トロルの頭部から噴水の様な鮮血が吹き上がり、トロルは消え入りそうな声を残して力尽きた。

 

 

「じゃあね、巨人さん、生まれ変わったら皆を傷付けない優しいひとになってね」

 

 

 

 

 

「今度こそもう行くよ、じゃあね門番さん、兵士さん達もここを通してくれてありがとね」

 

「あぁ、好きにリムグレイブを見て回れ、トロルをブチのめせるなら半島に踏み入ったって大丈だろう」

 

 

トロルの暴動を戦士の壺が鎮圧し、改めて壺と門番は別れの言葉を交わす。そこには惜しむような感情の響きはなく、旅人の背を憂いなく押さんとする言葉だけがあった。

 

 

「なぁ…お前が行くと言うなら止めはしないが…このトロルを討伐した功績があれば堂々と城にも入れるのではないか?その為に来たんじゃないのか、もしかしたら城に召し抱えられる道すらあるかもしれんぞ」

 

「うぅん…でも、僕はそういうの興味ないんだ」

 

「戦士っていうのは孤独だけど…自由なものなんだ、僕はまだ未熟な壺だけど」

 

「…そうか、お前には目指す有り様があるのだな、わかった、引き止めはしない、だがいつかまた訪ねて来るがいい」

 

「うん!その時はきっと立派な戦士になってるよ!」

 

 

「じゃあな壺野郎、せいぜい気を付けて旅する事だ」

 

「うん、じゃあね、門番さん!」

 

 

戦士の壺は快活な言葉を言い残し、振り向くことなく歩いていった。門番と兵士もまたその背にそれ以上言葉を投げかけることはなく、街道の先にその姿が消えるまでの間、ただ遠ざかっていく背を眺めていた。

 

 

 

 

「それにしても…生き壺というのは皆ああも屈強な物なのか…正直言ってトロルに叶うとは思わなかった」

 

「こんなフザけた怪物共の根城を旅してるんだ…そりゃ強くもなるだろうよ、ただ…」

 

「アイツが強いのはそれだけじゃねぇな、何か、アイツの強さの源となるような、心に強い芯みてぇなのが立つ切っ掛けがあったんだろうよ」

 

 

何時もの陰険さを漂わせる態度とは違う、純粋な期待を向けるような明るい響きの言葉を発するゴストークに、意外そうにその言葉の訳を知ろうと視線を向ける。

 

その二人の背に聞き覚えのある声が投げ掛けられる。

 

 

「お前にしては珍しい、その旅人の生き壺とやらに何か感じ入るものがあったのか、ゴストーク」

 

 

二人が振り向いた先にいたのは一人の女性、筋肉質に引き締まった褐色の体を覆う伝統的な装飾の軽装備、腰に下げられた二振りの斧、己達が王と呼び忠誠を誓った新王その人だった。

 

 

「こ、これはネフェリ様、何故此処に…!?」

 

「伝令を聞いた、雑務は一端捨て置き急いで駆け付けたつもりだったが…どうやら遅かったようだな」

 

「な、なんと、まさか王自ら…!?」

 

「…つまりそりゃあ一人でトロルを仕留めるつもりだったんで…?ケネスの奴が知れば何と言う事か」

 

「あぁ、来る途中に散々言われたよ、だが動ける騎士達がいないのであれば私が行くより他にないだろう?…まぁ、その必要はなかったがな」

 

「リムグレイブの兵とその秩序を守ってくれた事、王として礼の一つでも伝えたかったのだがな…それに、一人の戦士として話もしてみたかった」

 

「…まぁ旅をしているのならまた道が交わることもあるだろう、再び見えたその時は此度の礼も兼ねて語り合おうではないか」

 

「それは賛成です!我等を救ってくれた彼は正しく英雄ですから、もう一度感謝を伝えたい」

 

「そう簡単におっ死ぬ事もねぇだろう、心配も不要か…そんじゃあ俺達は職務に戻らせてもらいますぜ」

 

「あぁ構わん、ご苦労だったな」

 

「では私もこれで失礼します」

 

 

ネフェリに礼と伝令を伝えてゴストークと兵士は持ち場へと引き返していく。城の中へと戻る最中、ゴストークはもう一度、あの壺が消えていった街道の先を見やる。

 

やはりもうその姿は見えなかったが、不思議とこれが再開の叶わぬ別れだとは思えなかった。

 

 

「…………」

 

 

思えば自分も戦士と言うものに縁がある、ネフェリは勿論そうだが何時ぞやストームヴィルを訪れた褪せ人の戦士の事をゴストークは思い出していた。

 

種族も言動も、似ていることなどまるで無い。

 

だがあの時出会った褪せ人を思い出していた、最後に会ったのはネフェリが王となり、かの褪せ人が城を訪ねて来たときでだったか

 

 

「ふむ…」

 

その感傷にも似た感情にやはり不思議と悪い気はせず、ただ静かに城へと戻る歩みを再開させた。

 

 

 

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