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通常、艦娘が轟沈しても遺体が残ることはない。
全て海に沈むからだ。
だから鎮守府には艦娘を弔う慰霊碑はあっても、遺骨を捧げる墓はない。
そもそも私達の身体が人間と同じ保障もないので、骨があるかしらないけれど。
……あるのかな? 明石さん、夕張さんに聞けばわかるかな。
まあ、今はどちらでもいいや。
艦娘の遺体は残らない。
死んだ艦娘は喪失(ロスト)して、二度と戻ることはない。
だから──そう。
舞風は生きている。
だって、身体はここにある。
彼女は眠っているだけだ。
息はしていないけれど。眠っているだけだ。
心臓も、脈も動いていないけれど。眠っているだけだ。
艦娘の遺体は残らない。
彼女は沈んでいない。
だから舞風は生きている。
でも舞風は寝坊助だから、起きるのに時間が掛かっているだけだよね。
「あなたは、本当に私に心配ばかりかけて……」
舞風を部屋に連れて帰る。
彼女を何時ものベッドに寝かせる。
普段の舞風からは想像もつかないほどに、静かな寝顔。
安らかに瞳を閉じて、いったいどんな夢を見ているのだろうと。
「……ねえ、舞風。起きてください。提督に怒られますよ」
けれど、眠りは深いらしい。
私がいくら触っても、彼女が起きる気配はない。
「ほんとうに、寝つきだけはいいんですから」
舞風が目を覚ますまで、私が彼女を守らないといけない。
あのやかましい蓄音機は言っていた。
舞風の身体を研究すればと。
そんなことはさせてなるものか。
誰だって眠っている間に他人に身体を触られるなんていやだろう。
だとすれば……。
たとすれば?
鎮守府の誰にも? 知られてはいけない?
「そう……うん」
鎮守府の人間にも、艦娘にも知られるわけにはいかない。
特に明石さんや、夕張さん。
……悪い人ではないけれど。舞風が起きた時に怒るかもしれないからね?
もちろん、提督だってそう。
姉妹。艦隊の皆。誰にも。
舞風がここにいることを、知られないようにしなければ。
「心配しないで」
私は、舞風に声をかける。
「あなたは、私が守るから」
私の声に、寝ている舞風からの答えはない。
寝息すらも。
当然。
聞こえる筈がない。
だって、だって舞風は──
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「……なにをしているんだろう、私は」
報告、しゅうりょう。
舞風は、なにもかわらない。
おきることも、ねいきをたてることも。
わたしのなまえをよぶこともない。
「起きてよ。舞風」
「起きて、何でも言うことを聞いてあげるから」
「私もダンスを覚えたんだよ。
これであなたと一緒に踊れるよ」
「ねえ、今なら一緒に踊ってあげるから」
「だからさ……起きてよ、舞風……」
/
×日目
……崩れていく。
末端から崩れていく。
それは、なにが?
現実? それとも私の夢が?
ただ、状況だけが悪くなる。
両足は先に切断した。
右腕は貴女の胸に。
何時もはお転婆なお姫様だけど、寝ていると儚げなお姫様だね……なんて。
今日、彼女の内臓を全てくりぬいた。
ここにあるのは空っぽの胴体だ。
──なのに!
どうして?
物語は進んでいない。
花に囲まれて眠りについたお姫様。
なのに王子様はやってこない。
これじゃあ物語は始まらない。
お姫様が目を覚ましてハッピーエンドが訪れない。
待っている間に、舞風はもう空っぽだ。
もう、踊ることもできないだろう。
「違うか……最初から終わってたんだ、これ」
眠りについたお姫様。
それはきっと、物語の始まりじゃなくて……。
お姫様は眠りにつきました──っていう、物語のエピローグ。
これはもう終わった話。
最初から終わっていた話。
それを私が我儘で、あなたを繋ぎ止めていた。
花のベッドに眠る舞風。
死化粧をした彼女の姿は美しく。
私はきっと、この時間を止めたいと思っていた。
「……けれど、もう終わり……なんでしょうね」
これは、そんな──
終わりを引き延ばそうとして、失敗しただけの話だった。
でも──
それでも、私は──
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──その日、夢を見た。
花畑に横たわる私の隣で、いつも見ていた姿の舞風が眠っていた。
「舞風」と、私が何時ものように、声をかけたら──
彼女は「うん」と、目を開けて。
「舞風、今日は──」
私はいつも通りに報告を。
「今日はどうか、私とワルツを──」
・エンバーミング・アフター