嫌いなもの…… 作:ウヤムヤ
――『にゃあにゃあ』と猫が鳴く。
まるで起きろと言わんばかりに耳元で鳴くので、邪魔しないでくれと怠く重い腕を使い、追い払う。
それにより猫の声は遠ざかったが、相も変わらず鳴き続ける。
目覚まし時計を彷彿とさせるが、生憎とアレにスイッチの類はない上にたった今自分で遠ざけてしまった。
どうしようかと考える一方、まあいいやと放棄する自分がいる。睡魔という欲望に打ち勝つことができず、そのまま眠りという沼に引き摺り込まれ――
「おはようございます、立香。……やはり、寝てましたか」
「にゃあ」
「ああ、貴方も毎日お疲れ様です」
――そうになった瞬間、聞き覚えのある声が聞こえる。
凛々しいような、それでいて誰かを労れるような優しさを感じる声だ。
それを聞くと何故か安堵し、意識は更に底へと……。
「起きなさい、立香」
『痛ッ――!?』
沈む前に、苛立たしげに伸ばされた手に耳たぶは掴まり、そのまま引っ張られた。
あまりの激痛に意識は覚醒し、降参を示すように掴んでいる腕にタップする。
「起きましたか? 手間をかけないでください。貴方は私の世話をする側でしょう?」
呆れた声に抗議をしようと、睡魔を追い払い目蓋を開いて、その人物に視線を向ける。
――そこには、何処かの学校の制服を来たアースの姿があった。
「……ようやく起きましたか? まったく、貴方ときたら……起きてる時は頼りになるのに、どうして寝起きはこんなにだらしないのでしょう。……どうしましたか?」
呆れながら独り言を呟いていたアースだったが、惚けている自分に気づいたのか、訊ねてくる。
「……何故制服を着ているのか? ……わからないのなら、ケータイを見ることをオススメします」
ため息混じりにそう言われ、手元にあるケータイを確認する。
その画面には特に何の変哲もなく、ただ日付と時間が示されていた。
……そう、何の変哲もない月曜日の日付が。
『――!?』
「……ようやく目が覚めたようですね。ええ、そうです、月曜日。つまりは平日。登校日ですよ、立香」
言われて衝撃が奔る。
そうだ、今日は週の始まりだ! 何故それを忘れていたのか、確かに昨日の夜には自分とアースの分の弁当の用意をしていて、それから……。
「立香……? ともかく、私は一度外に出ます。目が覚めたのなら、すぐに準備をするように。いつもよりは遅いですが、ホームルームの時間にはまだ余裕があります」
「では、失礼します」とアースは上品に頭を下げると、そのまま部屋から出ていく。それに続きように、先程まで鳴いていた黒猫も部屋から去っていった。
その後ろ姿を暫し呆然と眺めた後、我に返り急いで身支度を始めるのだった。
『おまたせ』
そう言って慌てて家から出ると、玄関先にアースと……彼女を何年か退行させたかのような少女がいた。
しかし、その少女に意識を向けるよりも先に、ご立腹とばかりの表情をしたアースが声を掛ける。
「……確かに待ちました。ですが、立香。その慌てよう……まさかと思いますが、朝食を抜いたのですか?」
『っ……!』
見抜かれたことにギクリとする。それだけでわかったのだろう、アースの目付きが鋭くなる。
「……寝坊したことは反省すべき点ですが、朝食まで抜くとは……貴方はもう少し、自らの身体を労るべきです。…………仕方ありません、学校に行きがてらコンビニでパンでも買いましょう」
冷ややかな視線を向けられ、小言を幾つか言われもしたが、最後には自分の身を案じてくれたのかそんな提案までしてくれた。
『ありがとう』
その気持ちが嬉しくてつい頬が緩んでしまう。
そして、忘れない内に彼女の分の弁当を手渡した。
「……こちらこそ、毎日ありがとうございます」
受け取ったアースもまた何処か嬉しそうに口元を緩ませた。
「……………………」
そうして、一連の様子はアース似の少女にガッツリと見られていた。
『!?』
幼い視線に気付いた二人は慌てて少しだけ距離を取った。
今更ながら見られていたことを意識してしまったらしい。
『それで、この子は……?』
何故か照れ臭くなりそれを隠すかのように、ずっと疑問だった質問をすることにした。
さっきからこちらをずーっと凝視しているこのアース似の少女は何者なのだろうか?
「……ああ、そういえば、貴方は会うのが初めてでしたか。この子は『エコ』。私たちの妹ですよ」
妹? そんな話聞いたことがあっただろうか?
アースからの説明を受けてもどうにも釈然としなかったからか、件のエコと呼ばれた少女につい視線がいってしまった。
「はじめまして、エコ……です」
不躾とも思えるそれを受けたのにも関わらず、少女はあまり抑揚の感じられない声で淡々と自己紹介をした。だが名乗る瞬間躊躇いのようなものを感じとれたので、ポーカーフェイスなだけで緊張しているのだろうか?
それでも、年齢の割に落ち着いている気がする。
アースの妹ということは『あの二人』の妹でもあるのか。確かに、よくよく見ると容姿は一番上の姉に近い気がする。
まあ姉妹なのであくまで誤差レベルの違いでしかないのだが……。
「……あなたは?」
どうやら好奇の視線を送り過ぎていたからか、エコから名乗るように言われた。
『俺は――』
そうして軽く自らの素性と身の上を話すことにした――。
学校で高嶺の花扱いされている少女がいた。
それは正に『深窓の令嬢』という言葉が似合う程綺麗であり、嘘か本当か何処かの王族の血を引いているのだとか。
そんな、一般生徒では逆立ちしても関わりを持つこと出来ないであろう少女との馴れ初めは些細なことであった。
自分の家で飼っている黒猫がどういう訳か学校にまで着いてきてしまった。何とか午前中隠す通すことに成功し、どうせだからと教師達に見つからないように隠れて昼食を摂っていた、その時だ。
突如、黒猫が明後日の方へと走り出し慌てて追いかけた先に『彼女』がいたのだ。
彼女――アースは黒猫を両手で持ち、向き合うような形になると、心底不思議そうな顔をしたのち……
「……うちの生徒にこのような人、いましたか?」
などと頓珍漢なことを口走ったのだ。
それがあまりにおかしくて、つい声をあげて笑ってしまったのが馴れ初めである。
結果、『淑女に対して失礼なことをしたのでその罰です』という体で色々と世間知らずのお嬢様の面倒を見ることになった。
本当に色々とあり、今ではこうしてお嬢様の方からこちらの家に来たり、自分が彼女の分の弁当を作る程の関係となった。
「なるほど。それでここ最近浮かれていたのですか」
「エコ!?」
多少長くなるからと歩きながら自分達の経緯を伝えると、エコは呆れたような目で姉を見ていた。
まさかそんな目で見られるとは思っていなかったからか、アースは驚きの声をあげる。
「アルクェイドといい、貴女といい、どうしてこう……」
狼狽する姉のことなど眼中にないのか、一人でぶつぶつと愚痴り始める。
その姿に、『性格は似てないかな』と心の内で思ってしまったのは仕方ないこと。
『そう言えば、エコちゃんと会うのは初めて、なんだよね?』
「はい。私は事情があり、日本を離れていましたので。つい最近帰国しました」
『ああ、それで』
なるほど、納得した。
実は何度かアースの家に招かれたことかあり、その際に彼女の家族とは会ったはずなのだ。記憶が正しければ、その時に顔見せしたのは姉二人だけで、アースからも『家にいるのは以上です』と言われていたのだ。だがどうやら、それはあくまで『その時』の段階でのことだったようだ。
『小学生だよね?』
「貴方の目が正常なら、見たままです」
確認の為に訊いてみたら、随分と擦れた答えが返ってきた。
まあ、背負っているカバンなどを見るに正解なのだろう。
相手するのに難儀するという意味ではこの子は長女寄りかもしれない。
そうこうしている内に学校に着くことになった。
「では、私はここで失礼します」
ペコリという擬音が聞こえそうなのに、何故か優雅にすら見える一礼をした後、エコは初等部の校舎へと向かった。
「私たちも行きますよ、立香」
アースに促され、こちらも学舎に向け、歩き出す。
しかし――
『あれ? でもクラスは違ったよね?』
そう、誠に残念ながらアースと自分のクラスは違うのだ。だから教室まで共に行くことは出来ない。
「……途中までは一緒のはず、ですよね?」
とはいえ、学年は同じなのである。
それがわかっているからこそ、催促するかのようにアースは目を細める。
『うん、そうだね。じゃあ途中までは一緒に行こう』
「……ええ」
その意図を察し、少しだけ前に進んでいたアースに並ぶよう歩き出す。
――にゃあ。
瞬間、聞き覚えのある鳴き声に後ろを振り返った。
だがしかし、そこに声の主はいない。
聞き間違いだろうか?
「……立香?」
『ううん、なんでもないよ』
不安そうな顔を浮かべるアースを心配させまいと、笑顔で彼女の傍に寄る。
そして、そのまま二人揃って学舎に向かって歩き出した。
◇◆◇◆
――『にゃあにゃあ』と猫は鳴く。手招きするように、『こっちだよ』と導くように。
『あ、ゴメン。ちょっと待って』
「……どうしたのですか? 立香」
昼休み。今日も今日とて、二人揃って昼食でも食べようと人があまり来ない裏庭に向かっていた時のこと。
突如声を掛けたあと茂みに向かっていったことに疑問を覚え、アースはその後を追った。
『おまえ、また……』
「どうしましたか?」
呆れたように語りかけるその姿につい訊ねてしまった。
『うん、どうやらまた……』
それに対する『答え』はあっさりとアースの前に差し出された。
「にゃあ」
見慣れた黒猫が元気よく鳴いた。
「……また、来てしまったのですか……」
彼の家の住人にして、自分達を出会わせた原因は、どうやら性懲りもなく飼い主についてきてしまったらしい。
「……まあ、仕方ありません。特別に同席を許します」
本来なら教師に見つかるよりも前に帰すのが一番なのだが、どうにもアースはこの猫に対して甘いらしい。
二人を出会い……アースにとって良きエスコート役に出会わせてくれたという功績がある故の采配なのだろう。
知ってか知らずか黒猫もアースにはよく懐く。
「にゃあ」と鳴き、彼女の足元に寄る。
「では、行きましょうか」
そうして彼女と共に歩き始めると、やっぱり黒猫はついてくる。
今日は一段と賑やかになりそうだな、と思いつつ裏庭に足を運ぶのだった。
穏やかで少しだけ賑やかな昼食を経て、本日の授業も全て終わった放課後。
いつもならアースを家まで送るのだが、今日は外せない用事があるらしく、先に帰ったようだ。
特に用事もない自分はそうそうに帰路に着き、自宅向けて歩いていた時。
「と、いたいた。おーい、そこのキミ」
唐突に声を掛けられた。
振り返った先にはメガネをかけた学ラン姿の男性がいる。
「学生証、落としましたよ」
『え……?』
差し出された学生証を見て、慌ててポケットを確認するとたしかにそこにあるはずのものがなくなっていた。
『ありがとうございます』
優しい人に拾われてよかったと思いながら、お礼を言いつつ受け取る。
『ん?』
「あれ?」
そうして顔を合わせた際、お互いに何処かで見たような感覚に襲われた。
はて? 一体何処で見たのだったか……。
こちらが首を傾げていると、向こうは思い出したのか「あ」と声を漏らした。
「あれ? キミ、あれだよね? アルクェイドの妹の同級生の……」
言われてこちらも思い出した。
確か、アースの姉のアルクェイドが好意を抱いている相手だ。遠巻きにだが、抱きつきにいってる様子をアースと一緒に見た記憶がある。
そしてその際アースは『いいえ、人違いです。私にはあんな周囲の目を憚らない行動をする姉はいません』と他人の振りをしていた。あまりにはっきりと言うものだから苦笑したのを覚えている。
だからか、思いの外早くに思い出せた。
『あ、はい。アースの友達です』
向こうもこちらを知っているようだったから、あっさりと素性を明かした。
「え? 友達? そうなんだ。意外だな、てっきり――」
「あー! いた! もう探したんだからね!」
アースとの関係に疑問を抱いたメガネの少年の言葉を遮るように、さらなる大きな声が放たれた。
それとほぼ同時に、メガネの少年は、背中から遅いくる白い襲撃者に襲われ、倒れそうになった。
倒れなかったのは男の意地か、それとも来るとわかっていたからか、どちらにしても凄い根性だ。
「あ、藤丸くんだ。やっほー、元気してる?」
そしてその襲撃者――アルクェイドはおぶさった状態で軽やかに挨拶してきた。
「いやー、あなたと逢えて妹はホントに愉快になったのよ。一緒に話す機会増えたし、共通の話題できたし、あ、それからあの子ったらね、最近あなたの夢をよく見るって――」
そんな状態なのに、更に世間話までしてくるとは、相変わらず色々と自由な人だ。
しかし――
「……おい! このばか女! いきなり抱き着くやつがあるか! 危ないだろ!」
振り回される身としてはたまったものではなかったのか。怒りが頂点に達したその男は声を荒らげた。
「はぁ!? わたし、ちゃんと手加減したし! ちゃんと倒れないよう、加減して助走つけたんですけど!」
「まず助走つけるな! このばか!」
「あー! またばかって言った! なによ、もう! だいたい――」
そうして始まる痴話喧嘩。
これも遠巻きで何度か見たことがある光景。
こういう場合、下手に関わって巻き込まれるのは避けたいので退散するのが吉だろう。
『えーと……じゃあ失礼します……?』
「あ、じゃあねー! 藤丸くん! また会いましょう!」
「と、ごめん、騒がしくして。今度機会があったら一緒に食事でもしない? たぶん俺達気が……いや、話が合うと思うからさ」
二人とも挨拶だけはちゃんと返してくれるらしい。その後は、また喧嘩を始める辺り、あの二人にとってはあれは特有コミュニケーションなのだろう。
そう思い、再び帰路に着こうとして、
『あれ? さっき何かおかしなところがあったような……』
明確に何がかはわからないが、違和感を感じたのだが……。
――き……の……めを……ない……たし……ね。
『何なんだろう……?』
しかし、その正体に気付くことは、ついぞなかった。
家に帰ると案の定暗かった。
たしか両親は今旅行にいってて、もう暫くは帰ってこないらしい。
僅かな期間だが、気ままな一人暮らしというやつだ。
学生の身ではそうそう味わうことはないだろうから今の内に堪能すべきなのだが……。
……どうにも寂しい気がする。流石にこの歳にもなって両親にべったりという訳ではないはずだ……それなのに、圧し潰されそう孤独感を感じるのは何故だろうか?
「にゃあ」
自分の心境を心配してか、黒猫が足にすり寄ってきた。
そうだった。一人ではあるが、もう一匹いたのだった。
不思議と、そう思うと寂しさは薄れた。
『さて、と』
元気をもらったような気がして、やる気が湧いてきた。
とりあえず、一人しかいないので家事は全部やる。
夕食を終えたら、風呂に入って、それから勉強。あ、あと明日の弁当の用意もしなくてはいけなかった。
考えるとやることが多い多い。しかし変に頭を使って滅入りよりは遥かにいい。
『よし』
一度頬を叩いて気合いを入れたあと、それらの作業に取り組むのだった。
全ての作業を終えると充実した疲労感に見舞われた。
悪いものは決してなく、むしろ快眠できるであろうと確信できる。
あとはベッドに潜り込むだけだ。
そうして、いざ寝ようとした時――
「にゃあ」
と、また黒猫が鳴いた。
いつ部屋に入ってきたのかは定かではないが、猫とは知らぬ間に部屋に入ってくるし、今回が初めてでもない。
『おいで』
だから一緒に寝ようと手招きする。
そうして、誘われた黒猫は近寄ると身体を丸くする。
その姿を眺めつつ、意識はどんどん眠りに落ちていく。
落ちる直前に猫が鳴いていた気がするが、もはや気にする余裕はない……。
――『にゃあにゃあ』と猫は鳴く。まるで寝かしつける子守唄のように。安らかに、穏やかに眠れるように。
◇◆◇◆
「………………」
ベッドで静かに寝息をたてている立香を沈痛な面持ちで眺めている少女がいた。
「……マシュ」
「あ、アーキタイプ:アースさん」
その少女――マシュに声を掛けたのは、長い金の髪、青と白の色彩のドレスを纏った綺麗な女性だった。
「……別に、アースで構いません」
「あ、はい……失礼しました、アースさん」
彼女はマシュに呼ばれた名をより短いものへと訂正するように伝えると、マシュはすぐに応じた。
本来の名よりも、愛称として呼ばれることを望んだのかは当人にしか分からずマシュは詮索する気はなかった。
……というよりも、そんな気力がない。
「……貴方も、そろそろ休んだ方がいいのではないですか?」
顔に出ていたのだろう。心配してか、アースはそう進言する。
「いえ、そんな、今回の原因は私ですから……先輩が目覚めるまでは傍にいようと……」
しかし、マシュは首を横に振るとベッドで横になってる立香に視線を向ける。
「……今日で三日ですね」
穏やかな顔で眠りに着いている件の人物だが、その実三日前に眠りに落ちてから今日に至るまで、ただの一度として目覚めた痕跡がない。
どうしてその様な事態に陥ったのか、原因は既に分かっている。
だが……。
「……ええ。ですが、何度もいいますが、マスターがこうなったのは、貴方の責任ではありませんよ、マシュ」
「でも……アースさんも言いましたよね。過去に私が『何処かの世界に跳ばされてカルデアに帰る為に様々な世界を渡り歩いてしまった』のが原因だと」
それに関して心当たりがある……というより持ち込んでしまったと思われる人物がマシュだったのだ。
「……拾ってきた因子のことを言うのなら、それは確かにそうです。貴方は、この世界に帰る為に必要な因子を集めた。その最中に『偶然付着した』当時は『偶々無害な因子』が、今になり目覚め、マスターに影響を与えてしまった」
「…………」
いつだったかマシュが他の世界に跳ばされた時。元の世界に帰る為に幾つかの因子を集めていた過去がある。
その際に、意図せぬものが付着して着いてきていたようだ。
「ですが、これは仕方がないこと。貴方と同行していた巌窟王もまた持ち帰ってしまっていたようですし……。本来ならば、ここまでの被害を起こすことはあり得ないのです」
「では、どうして……?」
それはマシュの帰還を手伝った巌窟王にもいえることで、今は姿を現さないが自分の失態だと悔いているのかもしれない。
とはいえだ、それでも今の今まではまったくの無害であったからこその事態。予測が出来ず、対策も出来なかったのは仕方のないことなのだ。
そして恐らく、そうなった原因は……。
「……恐らくは私、なのでしょうね」
「え……?」
重々しい口調で吐かれた言葉にマシュは驚愕する。
「正確には、この因子との繋がりはアルクェイドの方が大きいようですが」
「そう、なのですか……?」
「ええ。とはいえ、このアルクェイドとも少し違うようです。恐らくは、一つか二つくらい離れた世界のアルクェイドなのでしょう」
補足するように告げる説明するアース。口調そのものは淡々としているが、表情はやはり晴れていない。
「どうにか、ならないのでしょうか……」
自らを原因と語ったが、彼女自身が意図して行なったものでないのは一目瞭然だ。だからこそマシュは追及することはなかった。
「『彼女』に意識があれば出来たでしょう。しかし、ここにあるのはただの因子でしかありません。既に一度アルクェイドが試したのですが……」
「……無理だったのですね」
そうして解決に当たりアルクェイドは行動したらしいが、結果は見ての通り。
「……ええ。ヒントを置いてくるのが精一杯だった、と」
しかし、あのお転婆はただでは転ばなかったらしい。
「ヒント、ですか?」
「はい。一見完璧に見えるものにも綻びはあります。いえ、ないのなら作るものでもあります。マスターは何度か他人の夢と繋がったこともあるようです、それに気付きさえすれば……」
「戻ってこれる……?」
彼は今は自分が夢の中にいることに気付いていない。それに気付くことができるように、綻びが生じるように『ある情報』を渡したようだ。
「………………。とはいえ、やはり最後にはマスター自らが気付かなければ意味はありません」
だがそれは本当に些細なものであり、場合によっては気付くことは出来ないかもしれない。
「大丈夫でしょうか……」
「信じる他ないでしょう」
不安を感じるのはお互い様だ。それでも現状こちら出来る手は打った。
あとは結果を待つしかない。
「………………」
「………………」
沈痛な沈黙が続く中、ふとマシュは気になったことを訊ねる。
「……あの、ところでヒントとは?」
推理小説なども読むからか、状況が状況とはいえ、好奇心が抑えられなかったらしい。
果たして、解決に導けるかもしれないその正体とは何か?
「さて……私も聞いたのですが、『あなたのマスターならきっとわかるものよ』と、それきりなので」
だがその内容はアースも知らないらしい。
しかしアルクェイドは自信満々にそう言っていたので、きっと明確な違いがあるものなのだろう。
「はぁ……そうなのですか……?」
釈然としないマシュの気持ちは分かる。そう思うしかない現状を歯痒い。
「ええ……本当に、何を言ったのですか? アルクェイド」
そうして、何をどう間違って『あんな状態』になった未来の自分に対して苦言を呈するのだった。