嫌いなもの……   作:ウヤムヤ

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エピローグ

 ――例の事件から幾日か過ぎた頃。

 

 無事目を覚まし、身体に不調こそないが、事情が事情であった為に毎日医者の検診を受けていた。

 本来なら医務室のベッドにでも縛り付けて、絶対安静を強いられていてもおかしくはないが、ずっと寝たきりだったのに更に身体を動かさないのは却って身体に悪いのでは? と理由付けをしてなんとか免除してもらった。

 とはいえ、病み上がりなので安静を強く言いつけられたのに違いはなく、こうして医務室と自室への往復程度ならまだしもシミュレーターに行くことなどは禁じられている。

 過保護だなと言いたくはなるが、自らの立場を考えると大袈裟というわけでもない。

 なにより、平時はそうでも何か問題が起きれば駆り出されることになる。ならば今は素直に療養に励みべきなのだろう。

『そっか……もうそんなに経ったんだ』

 ふと思い返してみると、そんなに時間が経っていたことに気付いた。

 

 あの夢から目覚めて最初に見たのはマシュだった。

「先輩!」

 起きたのを確認した瞬間、彼女はいの一番でこちらの胸に飛び込んできた。不安にさせてしまった所為だろう、涙まで流して「良かった……目を覚まして、本当に良かった」と喜んで……。

 こんなに想ってくれる娘を心配させた自分としては、身が張り裂けんばかりの後悔の念に襲われる。

 いくら自分が被害者であったとはいえ、やはり悲しませた事実は心にくるものがある。

 そうして、彼女が落ち着くまで頭を撫でたり「もう大丈夫だから」と何度も声を掛けた。

 マシュが落ち着いた後は、検査やらスタッフやサーヴァント達の面会やらとてんてこ舞いで、時間など気にする余裕はなかった。

 まあ、強いて気にしていた所があるとするのなら、見舞いに来なかったサーヴァントの中にアースがいたくらいか。

 マシュから聞いた話しではあるが、やはりというべきか彼女は今回の騒動がどうして起こったのか理解していたようであり、自分が目覚める直前までは酷く落ち込んでいたらしい。

 目覚めた後は今に至るまで会えていないので詳細は不明だ。ただ彼女と交流のあるククルカン曰く、

「うーん……今は顔を合わせ辛いだけなので大丈夫だと思いますよ。もし、ずっと引き籠もるようなら私が力ずくで連れてくるので、その時は任せてくださーい!」

 とのこと。

 流石に後半に語ったような事態にはならないで欲しい。たぶんカルデアが吹き飛ぶかもしれないので……。

 それはそうと――

『……やっぱり、心配だしね』

 脳裏に過るのは夢で出会ったアースと、その別れ。

 手は届かず、幻のように消え去った彼女。同じ顔、存在だからか、アースも知らない内にふっと消えてしまうのではないか? そんな嫌な想像が常に頭にこびり付いている。

 「いやいや」と頭を振るい、その思考を否定する。此処数日、何度やったか分からない行為。

 ……せめてアースが会うことが出来れば色々とはっきりするのに……。

 そうしてこの場にいない者に対して内心で愚痴りながら自室の扉を開け、中に入る。

「あ……」

『え……?』

 すると、そこにはたった今焦がれていた人物……アースがいた。

『どうして……』

 今まで会いに来なかったのに、どういう風の吹き回しだろうか?

 そう思っての発言に、アースも困惑気味に答えた。

「これは、その……アルクェイドが勝手に、此処にきて……私に変わって……」

『……なるほど』

 どうやらアルクェイドが表に出た際に、此処に着いてからアースに変わったらしい。

 かなりの強硬手段ではあるが、会いたかったこちらとしては有り難い。

「……失礼します」

 しかし、バツが悪そうにアースは部屋から出ようとする。

 自分の隣を横切って退出しようとし、

『あ、待って!』

 瞬間、慌てて彼女の手を握って引き止める。

「あ……」

 今度はちゃんと届いたことに安堵の息を漏らすこちらとは対照に、アースは意外そうな顔をして固まる。

 まさか引き止められるとは思わなかったのだろう。

 しかし、こちらもせっかくの機会は失いたくはない。

『話がしたいんだ、いいかな?』

 だから言葉の訊ねる形ではあるが、その瞳は首を横には振らせないという強い意志が込められていた。

「…………貴方が、望むのなら」

 その思いを汲んでか、渋々といった風でアースは首を縦に振る。

 

 

 そうして、実に何日か振りにアースと話すこととなった。

 最初こそは罪悪感からか、気落ちしていたアースだったが……。

「な……!? 夢の私はそんなことをしたのですか!?」

 幾つか言葉を交わし、夢の件に関しては不可抗力だからと誠心誠意伝えることで持ち直してくれた。

 それから夢で何があったのかを子細に話すと、ことあるごとに驚きの声をあげている。

 同じアースとはいえ、向こうは多くのシミュレートと経験を糧に情緒が育った存在であり、藤丸立香を自らの日常の一部として完全に取り込んでいた為にこちらのアースが驚くような行為が幾つかあった。

 例えば、朝起こしに行くというのは彼女には考えもつかない日常の行動だ。

 そういった現実のアースでは考えが及ばない行為の数々を、夢のアースは実践してみせた。

 話を聞くだけでもこれなのだ。実際に見ていたら、腰を抜かしていたかもしれない。

 そうして、夢で何があったのか一通り話終えた。

「……そうですか、夢の私の最期はその様な……」

『……うん』

 そうして思い浮かぶのはやはり別れの瞬間だった。仕方のないことだったとはいえ、それでも後悔してしまう。

「悲しまないでください、マスター。最期に笑っていけたのなら、彼女にとってそれは幸福だったのです。……ええ、ですから、悔やまないでください」

 その慰めの言葉は、慈愛に満ちていた。労るように優しく語りかけ……そして彼の右手を両手で包む。

「それに、今度はちゃんと届いたでしょう?」

『……うん。そうだね』

 それがアースなりの精一杯の優しさなのだと理解する。

 夢で出会ったあの子に届かったこの手が、眼の前にいるこの子には届く。

 別人であれば救いはなかったかもしれないが、どちらもアースだ。だからこその力技の様な理屈なのだが、その気持ちは素直に嬉しい。

「……それと、ですね」

 恥ずかしそうに、アースは自分の右手とこちらの右手を合わせて握り――何処からか出現させた鎖で雁字搦めにした。

「こうすれば離れませんから」

『え……?』

 微笑を浮かべて言う彼女とは対照に、こちらは何故鎖で繋がれたのかが理解できないのだが……。

 困惑している様が伝わったのだろう。アースはコホンと咳払いをした後話だす。

「……人間の間には『赤い糸』という概念があるそうですね」

『確かに、ありますが……?』

 『運命の赤い糸』という結ばれる運命の人にはあるとされる古くより知られている概念の一つである。

「私と貴方が運命かはともかく、マスターとサーヴァントというのは一蓮托生の間柄――ある意味では運命を共にするものであるとも取れます」

『……なるほど』

 言わんとしていることは分かる。運命とは大きく出たかもしれないが、特別な関係なのは間違いはない。

「男女間のそれとは違いますが、似たようなものがあってもおかしくないと……」

 特に触媒もなく、純粋な縁だけで呼べる相手は確かにそう見えなくもない。

「ですが、私は疑問に思いました」

『……なにを?』

 何やら雲行き怪しくなってきた。

 

「――糸では簡単に切れてしまえるのではないか、と」

 

『……………………そうですね』

 自信満々に告げられた素っ頓狂な言い分に、深い深呼吸を一回行なった後、先を促すように答えた。

「はい。ですので、こうして鎖にしてしまえばいいと考えました」

 表情はあまり変わっていないはずなのにその両目には、「どやぁ」の文字が見えた気がする。

(……ねぇ友人。もしかして真祖って相当『アレ』なの?)

 つい夢の中であった友人に語りかけてしまうくらいには頭を抱えたくなった。

 そして心の中の友人は凄く苦い表情をし、明後日の方向を向いている。

『……一応言っておくけど、『赤い糸』って物理的なものじゃないよ?』

 先程本人も概念と言っていた為そこは理解していると思うのだが……。

「……私とてそこは分かっています。……でも、こうでもしないと、貴方がまた……」

 勿論そこはちゃんと理解している。

(ああ、そうか)

 しかし、理解しているからこそ、内から来る『不安』をなんとか拭おうと必死なのだ。

 彼女が自分と会わなかったのは罪悪感だけでなく、安心できなかったからだ。

 目に見える形で安心感を得ようとする姿は、実に人間の様で……彼女には悪いけど、少しだけ距離が縮んだ気がする。

『……今はいいけど、後でちゃんと外してね?』

 だから、繋がれた手を握り直す。彼女の心を少しでも安心させたいから、傍にいても良いのだともう一度思ってもらいたいから。

 優しく、導くように、手を固く結ぶ。

「…………はい」

 想いが通じたのか、アースも笑みを浮かべてくれる。それが嬉しくてこちらもつられてしまう。

『あ、そうだった』

「?」

 突発的な再会で、つい忘れそうになっていたことを思い出す。

『コホン』

 改めて意識すると変に緊張する為か、今度はこちらが咳払いを一回する。

 そして、彼女に向き直り、

『遅くなっちゃったけど……ただいま、アース』

「っ……!?」

 無事帰ってこれた旨を伝えた。

 当たり前の挨拶なのに、何故かそれが心地良くて、そこに一つの安心感を覚えた。

「――はい。……おかえりなさい、マスター」

 そうして、彼女も返した。

 此処に……私の元に戻ってきてくれてありがとう。そう、想いを込めて。

 

 ――『にゃあにゃあ』と何処かで猫が鳴いた気がする。この夢のような時間(逢瀬)が、少しでも長く続きますように……。

 そんな祈りを抱いたかのような鳴き声は虚空へと消えていった――。

 

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