嫌いなもの……   作:ウヤムヤ

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二話

 ――『その顔』を初めて見たのはある質問をした時だった。

 なんてことはない、会話のネタとしてよく使われるものの一つ。しかし、それに答えてくれた彼女の顔はとても寂しそうで……。

 身勝手にも、何とかしたいな、と思ってしまったのだ――。

 

 

「にゃあ」

 微睡みの底から引き上げるような鳴き声が聞こえた。

 耳元で何度も鳴かれたので、流石に起きることにする。

 携帯で時間を確認する――6時前。昨日より早く、そしていつも通りの時間と言える。

「おはようございます、立香。……ああ、今日はちゃんと起きて――」

 と、時間は早いはずなのに、昨日同様家を訪ねてきたお嬢様と顔を合わせた。

 起きてることに安堵したのか、一瞬ほっとした表情を見せたが……すぐにそれは一変する。

 驚いた様子でそのままこちらに駆け寄り、両手で顔をガッシリと固定される。

 そして――

「……どうしたんですか、泣いてますよ、貴方」

『え……?』

 自覚はなかったが、どうやら自分は泣いているようだ。

 それに驚いたアースは心配しているらしい。顔を固定している両手の親指で、涙が伝ったと思わしき頬を拭う。

『あ……』

 そして、心配しているその表情が先程見た『夢』と被ってしまう。

 悲しそうで、放っておけない表情。

『なんでもないよ。ちょっと夢見が悪かっただけだから』

 そう言い、安心させようとアースの手に触れる。

「そう、ですか……」

 気遣いを察してか、手を離して身を引くアース。しかし表情は晴れぬままだった。

「では、下で待ってます。エコもいますから」

 そうして昨日と同じく、退室しようと――。

「あ、そうだ」

 する前に一つだけ、気になったことがあったので訊ねてみること。

『アースって青と白の色合いのドレスって持ってる?』

 それを聞いた瞬間、彼女の顔は驚愕の色に染まった。

「……はい。……確かに持っていますが、それは社交界用ので……貴方には『まだ見せていない』はず、ですが……」

 その口振りからいつかは見せる予定だったであろう。何処かのイベントでのサプライズとでも考えていたのか……いずれにせよ、まだ教えていないものを言い当ててしまったことに驚きを隠せないようだ。

『あ、ゴメン。夢の中でそれを着たアースがあまりに綺麗だったから……もしかしたら持ってるのかなって思って』

「――!?」

 若干の嘘が混じってはいるものの、本心から思ったことなので素直に伝えてみると、今度は先程と違う意味で驚いているアースの姿があった。

「で、では……今度、機会があったら、お見せします……」

 顔を赤らめ、たどたどしい口調で言う。

 そして逃げるように、退室した。

 その姿は微笑ましくて……でも、何処か違和感を覚えてしまった。

『どうしたんだろう?』

 自分でも分からない感覚に困惑する。彼女に対してこんな……疑惑の様なものを抱いてしまうなんて……。

「………………」

 耽っている最中、突如視線を感じた。

 そして、その主はすぐに見つかった。

 何せ、アースが閉めなかった扉の隙間からこちらを覗いていたのだから。

 『エコ』と呼ばれたアース達の妹。その少女がそこにいた。

 しかし、アースの話では確かに下にいると言っていたはずだが……どういうことか、バレないようにこっそり後を付けていたのだろうか?

「……なるほど。アルクェイドの“声”はちゃんと届いていたようですね」

『――え?』

「ですが、まだ完全ではありませんね。無意識なのがその証拠。頑張ってください『彼女のマスター』。これは貴方が乗り越えなければいけない試練です」

 意味深にそう言うとエコはそそくさと立ち去って行った。

 結局何が言いたかったのか、半分も理解は出来なかった。

 しかし……。

『マスター……』

 その言葉は懐かしく、何故かしっくりときた。

 

 

 学校に着き、授業をしていても上の空だった。

 どうにも頭に靄がかかったようで、気付けば『どうしてそうなったのか』という思考の海にダイブしていた。

 そうなる際に、必然出てくる要素は三つ。

 一つはアルクェイド。アースの姉とされる女性だ。

 どういう訳か彼女が発した言葉の中に違和感を感じたのだ。それは偶然かそれとも意図的なのか……ともかく、もし今度会えたのなら話をしてみよう。

 二つ目はエコ。アース達の妹で、最近帰国したばかりだという少女だ。

 アースを疑う訳ではないが、どうにも彼女の説明を受けてもパッとしないというか釈然としないというか……後出しで生えてきたような感覚を覚えるのだ。おまけにあんな意味深な発言までする始末。

 本当に何者なのか……。踏み込んで話をしたいが、果たしてこちらから会いに行けるだろうか? 一応小学生らしいので色々とリスクはありそうだ……。

 

 そして最後。三つ目は、アース。同級生にして、何故か面倒を見る羽目になったお嬢様。

 彼女とは付き合いそのものはあり、互いに信頼関係はあるだろうと自負は出来る。しかし、その積み上げたはずの信頼の内容がどうにも思い出せない。

 『色々あった』ということはわかるが、その『色々』が何故か思い出せない。信頼を築いたはずの内容を思い出せないとはどういうことか?

 いや、最悪これだけならいい。自分の記憶力がないのだと言い訳が出来るからだ。

 しかし――さすがに、彼女に対する違和感だけはどうにも拭えない。

 ここまで気さくだっただろうかとか、もう少し面倒な性格してなかった? とか色々あるが、一番はやはり……。

『立香』

 自分に向けられる呼ばれ方だ。

 別に名前を呼ばれるのが嫌という訳ではない。

 ただ、なんというか、彼女からは別の呼ばれ方をされていた気がするのだ。

 そう、それこそエコが言っていた、あの――

『……マスター』

 瞬間。美しい青と白のドレスを纏ったアースがこちらへと呼びかける姿を幻視した。

 それは幻であるはずなのに、妙にリアリティがあって……その姿、呼び方はしっくりときたのだ。

 

 

 放課後。

 またしてもアースは予定があるらしく、一人で街を散策することになった。

 あれから色々と考えた結果、とりあえずアルクェイドと話をしようという結論に落ち着いた。アースと話せる時間はなかったし、エコに会う為とはいえ初等部に向うのは勇気がいるからだ。

 ……とはいえ、自由奔放を絵に描いたような人だ。果たしてそう都合よく見つけられるのか……。

 そう先行きを不安がっていると――

「やあ、また会ったね」

 偶然にも昨日のメガネの少年と出くわした。

『あ、昨日はありがとうございます』

「いや、いいよ。困った時はお互いさま、だろ? それより宣言通り……と、あと昨日の非礼も兼ねてかな。ちょっと早いけどこれから一緒に夕食どうかな?」

 「美味しい店を知ってるんだ」と誘ってくるメガネの少年。

 しかし、今自分は昨日から纏わりつく違和感を解消する為に行動している。

 心苦しいが、ここは断るのがいいだろう。

『あの、すいません。ちょっと今用事が――』

「――アルクェイドを探しているんだろう」

『……え?』

 だが、見透かしたような発言に間抜けにも呆けてしまう。

「あれ? 昨日言わなかったっけ? 『俺達はきっと話が合う』ってさ」

『――っ』

 つい息を呑んだ。

 『見透かしたような』ではない、実際に見透かしているのだ、この少年は。

「そう警戒しないで、俺はただ頼まれただけだからさ、あのばか女に」

 そして、身構えるよりも先に笑顔で釘を刺してきた。

 

 

「うん、やっぱり美味いな、ここは」

 メガネの少年に連れて来られたのはとあるカレー屋だった。

店に入った瞬間、スパイシーな香りが鼻を突いて、少し涙が出たのは内緒だ。

 そうして席に着き、向き合うような形でカレーを食べ始めた。

「あれ? 口に合わなかった? 辛いのダメだったかな?」

『いえ、余程の激辛……キャロライナ・リーパーとかでなければ……』

「何故よりによってキャロライナ・リーパー? でも、そうか。ならちゃんと食べた方がいいよ。少食で虚弱体質の俺が言うんだから間違いない」

『はい……』

 いただきますと手を合わせて、一口食べてみる。

 辛くはあるが、それは食欲を刺激するスパイスとして使われており、思いの外箸(スプーン)が進む進む。

 ああ、程よい辛さの料理は最高だ、と何故か涙まで流れてきた。知らぬ間に辛さに対して苦手意識でも出来ていたんだろうか?

「………………」

 そんな自分を怪訝な目で見るメガネの少年。

 大袈裟なと思うかもしれないが、実際大袈裟ではない。

 加減を知らない激辛好きの女の子がいた……気がする。恐らくその子が関与しているのかもしれない。……こう、誕生日とかに目にも舌にも悪そうなケーキを作りそうな子が……。

 

 

『それで、あの……』

 軽い現実逃避をしてしまったが、そろそろ本題に入ろう――。

「ああ、アルクェイドを探しているんだったね。でも、悪いね。たぶんアイツとは会えないよ」

 そう思い、切り出そうとしたのだが、先んじて答えが出された。

「ちょっと余計なことしちゃってね。暫くは会えないと思うよ」

 何故? とそんな顔をしていたからか、あっけなく理由を教えてくれた。

『そんな……』

 何かわかることがあるかもと期待していたのに、まさか出鼻を挫かれることになるとは……。

 なら次はどうすべきか。そう思考を切り替えようとして――。

「なんで、代わりとして『俺』があとを任された訳だ」

 脈絡なく意味の分からないことを言われた。

 いや、何が「なんで」で、何が「代わり」なのか。

『どういうことですか? 貴方は一体?』

 理解が出来ず頭には『?』しか浮かんでこない。

 いや、そもそもこの人は一体なんなのかという新たな疑問が沸いた。

 アルクェイドの想い人だと思っていたのだが……。

「俺? そうだな……因子の中に残ってた『夜』の残滓をあのばかがサルベージして、よりによって『最新の俺』をデカールした存在、かな? 基になってるのが『夜』だから殺して解決ってのが出来ないのが困りもので……。まあ俺自身、この世界の創造物でしかないから、反逆を企てようとしたら消されるんだけど。……そんな役立たずを頼るとか……まったくなに考えてるんだか、あのお姫さまは」

 よく分からない単語をツラツラと出された上に、何故かこの場にいないアルクェイドに対しての愚痴まで言い始めた。しかし、その声色には呆れつつも嬉しさが混じっている。

 真偽はともかく、アルクェイドにとって信頼できる人なのは間違いなさそうだ。

『えーと……?』

 それはそれとして、結局この人はどういう立ち位置なのか?

 上手く頭の中で整理が出来ず首を傾げてしまう。

「ああ、分からなかった? ……まあ、簡単に要約するとキミの助言役だと思ってくれればそれでいいかな。うん、『キミの味方』だ。単純でわかりやすい」

 その様子を見て、少年は端的にわかりやすく己の立場を明かしてくれた。

『そうなんですか? それなら、よろしくお願いします。えーと……』

 そうして握手でも、と思ったのだが、よくよく思い返してみると自分はこの人の名前を知らなかった。

 それを察したのか、メガネの少年は少し考えてから口にする。

「……俺は元々キミの記憶にはいない存在だからね。下手に名を残すと後々面倒なことになるかもしれない。未来で会えるかどうかも分からないしね。余計な縁は作らない方がいい」

『記憶? 縁? いや、でも……』

 せっかく会えた上、『味方』と明言してくれた相手に対してそれは失礼ではないだろうか?

 申し訳なさそうな顔を見たからか、メガネの少年は数秒腕組みをして思案する。

「どうしても呼びたいなら……そうだな。……『殺人貴』。そう、呼んでくれるかな」

『え? 殺人……?』

「はは、物騒だろ? でも、名前以外で俺を表すならたぶんこれくらいしかないと思うんだ」

 面食らった自分に対して、まるで悪戯が成功した子供のように笑って見せるメガネの少年。

『……わかりました。よろしくお願いします、『殺人貴』さん』

 しかし、その笑みはすぐに鳴りを潜めた。

「えらい肝の座りようだね。相当な場数を踏んでるのかな? それとも『殺人』程度は珍しくもなかったかな?」

『いえ、そういうわけでは……ただ……』

「ただ?」

『アルクェイドさんが信頼してる人なら、俺も信頼するのが筋かと思って……』

 それは、ただただ本当にそう思った、本心からの言葉だった。

場数を踏んだ覚えは……あるような、ないような……なんともはっきりしないのだが。『殺人』に関して物怖じしてしまうくらいには一般人であると自覚している。

 しかし、だからと言って信頼している人があとを託した人物で、わざわざ『味方だ』とも言ってくれた人を、そんな言葉一つで穿った見方をするのは失礼な気がした。

 だからこその態度だったのだが……。

「……………」

 少年は信じられないようなものを見る目で絶句している。まるで突然絶滅危惧種が目の前に現れたかのように固まっていた。

 だが、それから数秒経過すると。

「……なるほど。アルクェイドがキミを助けようとした理由がわかったよ」

 悟ったように笑みを浮かべた。どうやら彼の中で何か納得がいったらしい。

「『底抜けの善人』というのを初めて見た。確かに、これはつい手を貸してしまいそうだ」

『そう、なんですか?』

 自分としては至って普通に接したつもりなのだが、どうやら何かが彼の琴線に触れたようだ。

「ああ。改めて、よろしく藤丸くん」

 だからか、今度はあっさりと握手に応じてくれた。

『呼び捨てでいいですよ、歳近いと思いますし』

 どちらも学生であり、年齢的な距離はあまり感じない為そう進言する。

「そう? ならこっちも敬語はなしで。平等に、友人の様な関係でいこう、藤丸」

『うん、ありがとう、『殺人貴』』

 そうして、二人は改めて挨拶を交わすことになった。

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