嫌いなもの…… 作:ウヤムヤ
「私が語るべきことは終わりました。他に質問はありますか? カルデアのマスター」
学校が目前となり、話しも一段落ついたからか、エコは『何かないか?』と訊ねてきた。
『……一つだけ、いいかな?』
ならば、とずっと気掛かりだった質問をする。
「はい。私に答えれるものであれば答えましょう」
あくまで答えれる範囲という保険を掛けられたが、恐らくは大丈夫だろう。
『キミの目的はわかった。なら、アースの目的……無意識に『願ってしまったもの』ってなに?』
何せ質問の内容はエコが知っているはずのものだからだ。
エコがアースに自覚させなくてはいけないと思ったのはその『願い』を知ったからだ。その『願い』から危険性を感じ取ったはずなのだ。でなければ、あそこまでアースの内面を読み解くのは難しいだろう。
そして、その考えは正解だと言わんばかりに、エコはこちらに向き直った。
「簡単です。彼女の心の内にあった『願望』、それは――」
そうして語られた内容は当たり前の、ありふれている、誰もが抱いてしまうものだった――。
『やっぱりいない……』
昼休み。
いつも通りアースと昼食を摂ろうとしたところ、今日は欠席しているということを知った。
教室にいないだけで実は何処かにいるのでは、と探し回ってみたのだが……どうやら本当に学校に来ていないらしい。
仕方なく、一人いつもの裏庭で昼食を摂ることにした。
『………………』
ボーっと風景を見ながら静かに食事をする。
昼休みということもあり校舎からは騒がしい声が幾つか聞こえる。聞き覚えはあるようはないような……しかし、この喧騒は懐かしい。
そうして懐古の思いに浸っていると、不思議なことにここでの彼女との日常が蘇る。
『夢の中の出来事のはずなんだけどね』
明確な内容は思い出せないが、それでも『学校にアースがいたら、きっとこんなことをしたんだろうな』というエピソードは浮かんでくる。
それは楽しいだけでなく、苦いイベントとかもあって、だからよりこそ一層心地良く感じたのだ。
――でも。
『流石に起きないとね』
夢は見るものだが、覚めるものでもある。
だからこの世界がそうであるとわかったのなら、起きなくてはならない。
カルデアで待っているマシュやダ・ヴィンチちゃん、スタッフの皆にサーヴァント達。
なにより――
『……マスター』
ああ……うん。流石に、
いつか見た幻、呼びかけてくれた彼女の為にも、自分は此処で立ち止まるべきではないのだ。
待ってくれているのであれば帰らなければいけない。
彼のオデュッセウスも会いたい一心で帰還を果たしたという。それは見習うべきだ。
彼程の想いを持っているかと問われれば首を横に振るしかなく、それほどに彼女が大事なのかは自分でもわからない。
それでも――そう、それでも。
帰って安心させたいと思うくらいには、あの箱入り娘の存在は自分の中で大きなものになっているのだから。
「覚悟は決まったようですね」
放課後。
下校時、校門を抜けた先にエコはいた。
ただ佇んでいるだけなのに、歳不相応の色気と美しさを醸し出している。老若男女問わず目を引くような姿に、しかし、周囲にいる生徒は気にする様子もなく通り過ぎていく。まるでそこに誰もいないかのように。
『ああ』
異質な空気。それはこちらを試す為のものか、はたまたただそうなってしまっただけなのかはわからないが、意志が固まった彼は何を迷うことなく頷いてみせた。
「ではまず、『彼』の所に行くとしましょう。最後に仲間外れは可哀想ですから」
そう言ってエコは歩き出す。
後に続くようにこちらも動く。
向かう先は訊かない。予想は既に着いている。
「やあ。早い再会だな、友人」
街に入り、少し歩いた所に公園があった。
時刻は既に16時を回っている。小学生くらいの子なら帰る頃合い。
平日の夕暮れ時ではそう多くの人はいなかった。いたとしても少数だったり散漫としていたりだ。
そうして、その中にいた一人――『殺人貴』が声を掛けてきた。
昨日の今日ということもあったが、どうやらちゃんと会えたようだ。
『うん。昨日ぶり、『殺人貴』』
『会いたいと思えば会える』とのことだったが、その信憑性を実感出来る程の経験はなかったから不安はあったが、再開できたことに安堵する。
「さて、俺の所に来たってことは、知りたいことが増えたのか……それとも――」
「後者です。殺人鬼」
「……おっと」
『殺人貴』の質問に答えたのは意外にもエコだった。
『友人』以外の珍客に目を丸くして暫し呆然とする。
「……なるほど。どうりで予想より早いと思ったら」
しかし、得心がいったのか静かに頷いた。
『知り合いなの?』
「んー……『逢った』と言っていいかわからないけど、『知って』はいるかな。こう……バッドエンド的な意味で世話になった気がするんだよ」
『?』
エコのことを知っている風な物言いなのだが、肝心の中身が要領を得ない。
バッドエンドで世話になるとは一体……?
「それは今は関係のないことです」
しかし、考察とかをする暇もなく、エコは切り捨てた。
「カルデアのマスターは真実に到達しました。であれば、彼の助言役である貴方はどうしますか?」
そうして、スパッと切れ味のいい刃物のように用件を切り出す。
「ああ、なるほど。確かに答えに辿り着けたのなら『助言役』である俺はもういらないか」
『え?』
納得した『殺人貴』とは対照に、こちらは予想外の事態に声を上げてしまった。
……いや、『殺人貴』の言うことは正しいといえば正しい。彼の役割は自分に対する助言による情報提供だ。そしてその行き着く先は真実への到達。
それが成されたのであれば、確かに彼の役割は終わったと言える。
しかし、だからといって、此処でいなくなるのはそれはそれで寂しい。
「……まったく。そんな心配そうな顔をするなよ」
つい、顔にでも出ていたのか『殺人貴』は安心させるように前置きとしてそう言った。
「確かに『助言役』としての俺の役割は終わった。でもさ、あの時言っただろう? 『友人のような関係でいこう』ってさ」
『あ……』
それは、改めて挨拶をした時に交わした言葉。互いに遠慮はいらないとして結んだ関係だった。
「助言役は店じまいでも、オマエとの友人関係は続いている。だからそう不安になるなよ。友人を見捨てる程薄情じゃないつもりなんだけど?」
『ありがとう! 『殺人貴』!』
そんなつもりはないぞ? と言ってくれた友人の存在が頼もしく、そう思っていてくれたことが嬉しくてつい声を大にして感謝を述べる。
「………………そんなに嬉しいか?」
『うん!』
「……そ、そっか……」
予想以上の反応に『殺人貴』は対応に困っているようで、若干照れている様にも見える。
素直に……いや、盛大に感謝されるのに慣れていないのだろう。そもそも盛大に感謝する人間はそう多くはいないとは思うが……。
「なるほど。わかりました」
そうして、一連の流れを見ていたエコは一人頷く。
「貴方は最後まで付き合うと、そういうことですね」
「ああ。さっきも言ったけど、友人を見捨てる程薄情な人間じゃないつもりだ」
見ず知らずの人間であったのなら違ったかもしれない。
しかし、此処にいる少年はアルクェイドを通して知り合ったし、その彼女からも頼まれている。
「それに……」
なにより、友人という関係を結び、困っているというのだ。
「愛した女の為でもなければ、因縁の精算でもない。ただ一人の友人の為に命を費やすのも、たまには悪くない」
ならば、理由としてはそれで十分だ。
そうして、『殺人貴』は静かに笑った。
「ところで、俺からも一つ質問なんだが……いいか、友人?」
『いいよ』
『殺人貴』が投げかけようとしている質問が何かは予想が出来ないが、それでも断る理由はない。
「実のことをいうと、この
『あ……』
心当たりはあった。
昨日、今日と会える時間が少なくなっていったと思っていたが、そういうことだったのか。
「正直、このまま放って置いても勝手に自壊する。元々オマエを囚え続けるのは不可能だったんだ。なんで、オマエは『その時』がくれば解放される」
エコが力を貸したとはいえ、元は小さな力だ。寧ろよく保っている方ではある。
しかしそれも時間の問題。解放されることは約束されている。当人の意思に拘わず。
「それでも、あえて自分から行動するのか? 結果は変わらないというのに」
『ああ』
それが分かって尚自らの意志で動くという。
何故かと問われれば答えは決まっている。
『皆が待ってるからね。早く安心させてあげたいんだ。……それに出ていくなら自分の意志で行かないといけないと思うんだ。……あ、あと……』
「あと?」
『……凄い個人的な意見なんだけど、もし別れるならちゃんと挨拶はしたいんだ』
「…………ああ、なるほど。確かにそれはそうだ」
個人的な感傷によるものだが、だからこそ『殺人貴』は納得した。
下手な大義名分で動くより、そちらの方が好感を持てる。
なにより――
(あのばか女と根っこが同じなら、確かにそれは有り得そうだしな)
何処の世界の話だったか。こちらの事情を無視して勝手に元凶と決着をつけに行った前科がある。こちらのことを想っての行動だったのだろうが、やられた側はたまったものではない。
それを考慮するのなら、勝手にいなくなるというのは十分に考えられる。
アルクェイド程感情が豊かではないだろうが、それでも情緒が育った大本の分身みたいなものなのだ。この世界はアースは。
であれば、最後まで
「……ホント、真祖って奴はどうしてこう、こっちの気持ちを考えないのかね……」
『?』
「……いや、なんでもない。質問の返答ありがとう。これで後顧の憂いなく、全力でオマエを手助け出来そうだ」
疑問符を浮かべる友人を他所に、一人で納得すると、改めて自分の決意を再確認する『殺人貴』であった。