嫌いなもの……   作:ウヤムヤ

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六話

 ――『にゃあにゃあ』と猫は鳴く。拒むように、『こっちに来ないで』と拒絶するように。

 

 気付けば時間は夜になっていた。

 月は頭上で輝きを放っている。

 見る人が見れば、行き先を照らしているようにも、眼下にいる小さな人を見下しているとも感じるのかもしれない。

 今の自分の心境的には照らしてくれている方が嬉しいのだが……。

「しかし、まあ……決戦の場所が学校なのは、芸が無いというかボキャブラリーが少ないというか」

 愚痴ったのは『殺人貴』であった。

 校門前。エコと彼を伴い、三人はそこにいた。

 光は消え失せ、門は閉ざされている。人っ子一人いないようにも感じられる此処に何故来たのかと言えば答えは簡単だ。

『本当に此処にアースがいるの? エコちゃん』

「はい。間違いありません」

 エコが学校(ここ)にアースがいると言ったからだ。

『でも、探してみたけどいなかったよ?』

 しかし、昼間の内にあらかた探し終えたはず。もし本当に此処にいるのなら遭遇してもおかしくないはずだが……。

「それは彼女自身が避けているからでしょう。貴方は彼女の影響を受けますから、彼女が本気で会わないようにすればその通りになります」

 だが、どうやら細工がされてあったらしい。

『え……じゃあ仮に居ても会えないんじゃ……』

 その様な状態なら、出向いたとしても会えないのではないか? そう疑問を抱くのは当然である。

 だがしかし――

「今は私がいます、問題ありません」

 きっぱりとそう言うと、エコは閉ざされた校門に手を翳す。

 すると、門はひとりで動き出し、入れと言わんばかりに開いた。

『何をしたの?』

「結界がありましたのでそれを解きました」

『結界?』

「はい。彼女がいる校舎と貴方が昼間いた校舎は違います。あのまま入っていってもその結界により辿り着けなかったでしょう」

 さらっと言ってのけたが、そういったものを苦もなく解除出来るあたりやはりこの子は凄い。

 因子とは言っていたが、その力は今回の騒動の発端となったものよりも強いのだろう。味方でよかったとつくづく思う。

 ……いや、元凶の一端でもあるんだけど。

『じゃあ、これで行けるんだね』

 今まで知らず阻んでいた見えざる壁を突破した以上、もう邪魔はないはず。

 そう思い、足を一歩踏み出し――

「待った」

 そうになったところで、『殺人貴』が制止の声をかけた。

「夜目で見づらいだろうけど、校庭の方、よく目を凝らして見てくれ」

 真剣な表情で告げるので、言われた通り、目を凝らして見た。

 月明かりがあるとはいえ校庭は闇に覆われている。

 だが意識を集中して見てみると、なにやら蠢く影が幾つかあることに気付いた。

「そうきましたか、やぶれかぶれにも程がありますね」

『あれが何かわかるの?』

 それを目にして瞬間、エコは呆れたように目を細める。

「はい。恐らくは防衛用に作り出したエネミーです」

『そんなのまで……』

「ただし、ただでさえ足りないリソースを使っていることから、この夢の寿命もまた少なくなります」

『え……それだと……』

 単純に自分の首を絞めるだけでは? そんな疑問が当たり前のように浮かぶ。

「はい。やってることはただの自滅行為です。ですが、そうまでしても彼女は貴方に会いたくはないのでしょう」

 そしてエコもまた否定することなく、肯定する。

『どうして……?』

 理由がさっぱりわからない。

 頭を悩ませているこちらとは対照に、どうやら何か得心がいったのか『殺人貴』もまた「まったく」と呆れたように呟く。

「消える間際の姿を見せたくないから……て、まるで猫だな。行こう、藤丸。ああいうばかは勝手に突っ走っていくんだ。直接会って文句の一つでも言ってやれ」

『……うん』

 背中を押すかの如き言葉に、勇気を貰い進む決心を強める。

『でも、どうやってアレを突破するの?』

 とはいえ、現実的な問題としてあれをどうするべきか。見た目は獣のようであり、機動性はあるだろう。『作られた』ということを考慮すれば戦闘力もあるのだろう。恐らく自分なぞ目の前に行った瞬間、がぶりとやられて終わるのが容易に想像がついてしまう。

 サーヴァントがいればいいのだが、そう都合よくはいかない。

となれば、エコに頼るしかない方法はないのだろうか?

「ああ、それは……《パス》を繋げてくれないか友人」

『え?』

 どうするかと頭を悩ませていると、『殺人貴』は策があるかのように進言してきた。

 しかし、その内容に首を傾げる。

 《パス》とはあれだろうか、サーヴァントに魔力を提供する為の……しかし『殺人貴』はサーヴァントではないはずだが……?

「大丈夫、こういう時の為に奥の手を用意していたみたいだからさ、あのお姫さまは」

『……わかった』

 友人の言葉を信じない理由はない。

 そうして半信半疑ではあったが、彼と《パス》を繋げようとして――

「……なるほど、こういう感覚か」

 カチリと、歯車が噛み合うようにそれは成立した。

「ちょっと下がっていろ、友人。今から俺が道を切り開こう」

 そうして、驚くよりも先に『殺人貴』はこちらの前に出て、メガネの縁に手を掛け……。

「あ、いや、この場合こう言った方がいいのかな?」

 ふと、思い出したように呟く。

 彼の後ろにいるこちらに振り返り、口の端を吊上げて笑いかける。

「任せろ、『マスター』」

 そう言って、今度こそメガネを外したのだった。

 

 

 駆け出すのは一瞬。

 暗闇の中に躍り出た矢は躊躇うことなく獣の群れに向かっていく。

 常人では知覚することが不可能だと思われたそれに、しかし獣達は察知する。

 己が命を奪う狩人を警戒していたのか、単純に命の危機を察したからかは不明だが、気付かれてしまったのは事実。

数はざっと6。

 多勢に無勢。人間と獣では身体能力にも違いがある。

 挑むのは無策であり逃げるのが得策。見ている側であったが、それでも本能がそう結論着けるくらいには状況は明白であった。

しかしそれでも、『殺人貴』と名乗る少年は怯むどころか更に速度を上げ、接近する。

 手にするはナイフが一本。

 人間相手ならともかく、獣を相手にするには心許ないそれをただ一つの武器として野生に挑み掛かる。

 ――■■■!!

 蛮勇とも勇気とも取れぬ行動に、しかし構うことなく獣は喰らいつくように飛び掛かる。

 一匹だけではない、六匹全てだ。

 それらは僅かな距離と間隔を空けることで、一匹から逃れても他の一匹が喰らい付き、動きを奪う為のフォーメーションなのだろう。

 ――まったく見事な連携だ。

 内心感心するものの、冷静にその『穴』を見つける。

「そこ――!」

 そして、僅かに、本当に僅かな隙間を縫うように駆け抜けた。

同時に、幾つもの閃が奔る。

 一閃一閃が獣達の躰を『何かをなぞる』ような形の傷として痕を残す。

 『それ』が自分達に何を及ぼすのか悟ったのは、その結末を迎えた時だった。

 ――■■■■■!?

 一瞬のすれ違いが終わると獣達は断末魔の声をあげながらその身を塵へと変えていく。

 

 

 

『殺人貴』が駆け出してから僅か数秒の出来事。

「すごい……」

 一連の流れを見届けて、口から出た感想は単調なものでしかなかった。

 しかし、感じ入ったのは実際それなのだから仕方ないこと。

 最低限にして最速の動きでことを成した。その姿は戦士というより暗殺者に近い。

 もしサーヴァントならやはりクラスはアサシンなのだろうか?

「っ……! 頭痛(これ)は据え置きか……儘ならないな、ったく」

 つい考え事をしていると、『殺人貴』が額に手を当てた後、慌ててメガネを掛け直す姿を目にした。

『大丈夫?』

 心配になり、けれども細心の注意を払いながら駆け寄る。

「ああ、問題ないよ。力を使った反動みたいなものだから」

 安心させるべくなのか、それともよくあることなのか、次の瞬間には『殺人貴』はケロッとした様子で答えた。

『そっか。それで、さっきのは……? 『殺人貴』はサーヴァントなのか?』

 安堵した為か、湧き出た疑問を口にする。

 今までそのような素振りもなかったので、どうしても気になった。

「いや、俺は本来サーヴァントじゃない。だがまあ、オマエを助けるにあたり、万が一のことも踏まえ、オマエとの《パス》を通すことで疑似的なサーヴァントになれるようアルクェイドが手を加えてたみたいなんだ」

 そうして彼が説明するには、どうやら限定的な状況に応じてのみ、その様な仕様となるようアルクェイドが調整したとのこと。

「とはいえ、俺は元はただの人間だからよくて幻霊程度の力しかないんだけどな」

 荒事が起こった場合の有事の際……あくまで保険としてのようだ。その為か性能は正規のサーヴァントとは比べるもないらしい。

『そうなんだ? でもさっきの動き……』

「ああ、あれは基が『夜』だったからな。正直身体の動かし方に関してはあっちの方が上だから、そのおかげというか……」

『?』

「あ、悪い、わからないよな。まあ疑似的なサーヴァント化した恩恵だと思ってくれていい」

 正確には今の『殺人貴』を構成する基が『夜』だから肉体的にはそちらの方を使い、デカールとして使用・更にサーヴァントとして使う能力としては『野』の方が強く影響が出、そして夢の中で生まれたことにより様々な『IFの自分』を内包している。

 それが現在協力してくれいる『殺人貴』の正体だ。その特殊な在り方故、もしクラスを分類するであればアサシンよりかはアルターエゴの方が近いかもしれない。

(まあ、カルデアのマスターにとって今は必要のない情報でしょう)

 『殺人貴』の正体を既に看破しているエコは内心で呟く。

 そんなものを伝えるより優先すべきものがあるからだ。

「まだ戦えますか、殺人鬼」

「ん? あー……やっぱり、あの程度じゃ収まってくれないか」

『え?』

 エコの問いかけに一瞬逡巡する『殺人貴』だったが、何かを察したらしくため息を一つ吐いた。

 こちらの方はというと、何のことかわからず首を傾げるしかなかった。

「増援が来ます」

 しかし、エコがそう言った瞬間、周囲の暗闇からエネミーが出現する。

「……加減っての知らないのか。……いや、知るわけがないか、アイツと同類なら……」

 その数は先の十倍以上はある。

 先の一戦で実力を見せてくれた『殺人貴』ではあるが、その戦い方から見て対軍系の攻撃手段は持っていないのだろう。

 メガネを外し、既に戦闘体勢に入ってはいるものの、流石にこれは……。

「数が多い。一々相手にしていられないか……合図したら走れ、友人(マスター)

『え、でも……』

 当人も自覚しているのか、倒し切るのではなく、自らを囮として時間を稼ぎ、自分を先に進ませる気だ。

 気持ちは有り難いが、そんな見捨てるような手は……。

 一瞬、戸惑ってしまう。

「目的を違えるな。俺が何の為にオマエに手を貸しているのか、オマエが何の為に此処にいるのか、忘れているわけじゃないだろ」

『……ああ!』

 しかし、叱咤されて気持ちを切り替える。

 此処で足手まといになる為に要るのではない。

 アースに会いに来たのだ。この世界から脱出する為に、彼女にちゃんとした別れを告げる為に。

「……よし」

 覚悟を見て取れたのか、『殺人貴』は口に笑みを浮かべる。

 そうして、数十以上ものエネミーを睨みつける。

 数は多いから下手に動くのは難しい、しかし向こうの出方を待っているだけでは時間だけが費やされてしまう。そうなればタイムリミットを迎え、この世界()は崩壊する。

 『殺人貴』的にはそれでも構いはしないが、友人はそれを『是』とはしないだろう。

 ならば、その為にも進ませる道を切り開く他はない。

(とは言っても……)

 内心で愚痴りたくなる程数が多い。流石にこの数を一人で捌くのは骨が折れる。

 そんな弱音が出そうになった時だ、

 

 ――ジャラジャラと鎖が擦れる音がした。

 

 それに気付くの同じタイミングで空から無数の何かが獣達目掛けて落ちてきた。

「今だ、行け!」

 その正体を見極めるよりも早く『殺人貴』が声をあげ、つられて無意識に身体は走っていた。

 直前、砂埃の中から飛び出てきた獣を相手取る『殺人貴』の姿を見てしまったこともあり、後ろ髪を引かれる思いではあったが、彼の頑張りに報いる為に脚を速める。

 獣を『殺人貴』が抑えてくれている今の内に――。

 そんな思いを胸に全速力で駆けていると、

『……うん?』

 ふと、何故か大きな影が自分を覆っていた。

 一体なんだ? と速度を落とさず上を見上げてみると、そこには巨大な手が迫っていた。

『はぁ!?』

 いつの間にか出現していた巨人が手を伸ばしている。

 その事実につい驚愕の声を上げてしまった。

「しまった! ここからじゃ間に合わないか!」

 それに気付いた『殺人貴』であったが、彼自身獣達の相手で手一杯な上に距離があるせいで助けに行けない。

『っ!?』

 駄目か、と思い目をつぶる、正に直前。

 

 ――ジャラジャラと、また鎖の音が聞こえた。

 

 次の瞬間、何処からともなく現れた無数の鎖が巨人の身体を縛り上げて動きを封じた。

 ――■■■■!!

 尚も引き千切ろうと足掻く巨人であったが、縛る力を強められてか、逆に引き千切られて四散する。

「……なに?」

 先の件といい、よくわからない援護に助けられたのだが、それが却って混乱の本になり、少しの間頭が働かなくなった。

「遅いですね」

 そんな中、舞うように自分の傍に降り立ったのはエコだった。

呆れたように言いつつもどこか安堵した様子から助けてくれたのは彼女なのだろう。

『あ、ありがとうエコちゃん。これでも全力で走っているんだけどね!』

 礼を言いつつも、呼吸を整えすぐにまた走り出す用意をする。

立ち止まる暇はない、急がないと。そう自分を急かした。

「はい。ですので――」

 その心中を察しているのか、それとも『ただそうしよう』と思ったのか。

 エコは手のひらを“こちらに向けて”翳した

 次の瞬間、ジャラジャラと鎖が巻き付く音が聞こえた。

『――え?』

 何故か猛烈に嫌な予感が過ぎった。

「フィッシュ」

 待ての一言すら許されずそれは実行された。

『ちょ!? え!? うわああああああああ!!!』

 エコの発した言葉がトリガーとなり、鎖に巻かれたその身は強い力により引っ張られ、宙を飛んだ。

 その姿はさながら、電動リールで釣り上げられる魚の如し。

 あまりの速さに『殺人貴』どころかエネミーすらも追いつけないらしく、遠ざかる声を一様に眺めるしかなかった。

「……ちょっと乱暴過ぎませんかね?」

「夢の崩壊まで時間がないので仕方ありません」

「いや、そうなんだけど……やり方が……」

「一刻を争う事態ですので仕方ありません」

 一仕事終わったとばかりに、『殺人貴』の近くに来るエコに対して苦言を漏らすが、取り付く島もない。『仕方ない』で済ませようとしている。

「……まあ、アルクェイド(あのばか)と違って加減はしてくれただろうし……いい、のか?」

 あの様子を見るに時間そのものは間に合いそうだし、安全も考慮しての行動なのだろうと、なんとか納得するように……

「あ――」

「……は?」

 しようとした瞬間。

 まるで『今気付きました』と言わんばかりの声が漏れた。

「………………」

 そして、何故か露骨に目を逸らすエコ。

「加減考えてなかったのかよ! このロリっ娘吸血鬼!」

 

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