嫌いなもの…… 作:ウヤムヤ
『……さようなら、夢の中の君』
月に向かって昇る光に『さよなら』を告げる。
面と向かって言えなかったけど、声は届けることができただろうか?
その疑問に答えてくれる人はもういない。だから届いたのだと信じることにした。
それこそが特別な力なんてない、ちっぽけな人間(自分)にも出来る唯一出来ることなのだから……。
「――無事に別れの言葉は伝えられたかい? 友人」
胸に穴が空いたかのような去来する想いに、黄昏いると背後から声を掛けられた。
声色と自分を敢えてそう呼ぶ人は一人しかいない。
『うん、そうだね。きっと届いたと思う。……ありがとう『殺人貴』』
振り向くとやはりそこには協力者として、友人としてここまで手を貸してくれたメガネの少年がいた。
見ると身体はあちこち傷だらけで学ランはズタボロの状態だ。
『……大丈夫?』
あまりのボロボロっぷりに心配して声をかける。
あのエネミーの群れから生き残っただけでも称賛すべきだが、それはそれとして不安になる。
「なに、よくあることだよ。寧ろ、生きているだけ上出来だ」
しかし『殺人貴』はなんとなしにそう言って退けた。自分で言っているように彼にとっては「よくあること」なのだろう。
『そっか……あれ? エコは?』
納得しかけた所で、そういえばと同行していたもう一人の存在を思い出した。
たしか、自分を鎖で飛ばした後は『殺人貴』と一緒に残っていたはず。
「ああ……アイツはエネミーが消えた辺りで、光になって何処に飛んで行ったよ」
『え……それは……』
つい先程見た光景を追想してしまう。
「いや、そちらのお姫さまとは違うぞ。あれは本当に『何処かに向かって飛んで行った』んだ。行き先に関しては知らないけどな」
しかし、『殺人貴』がすぐに否定の言葉を返す。
『光になって消えた』のではなく、『光になって飛び去った』。つまりは何処か別の場所に行っただけ、消えてはいないということ。
そもそも、あの少女には謎が多い。自らを因子と言っていたが、それも本当かどうかはわからない。立場も明確な『味方』ではなかった。元凶の一端でもあるわけだし……。
だが、助けてくれたことは確かなので、お礼の一つも言いたかったのだが……いないのでは仕方ない。
ならば、眼前にいる協力者兼友人にお礼の言葉を贈ろうと――
「っと、こっちもそろそろ時間か」
した瞬間、唐突に周囲の風景と『殺人貴』の輪郭がぼやけ、色彩が薄れていった。
『『殺人貴』! まさかキミも!?』
サーヴァントの退去とは違うが、存在感が希薄になるのを感じ、声をあげてしまった。
「ばーか、俺じゃなくてオマエだよ」
『え?』
狼狽する自分とは対照に、『殺人貴』は呆れたような顔を向けた。
確かに、よくよく見れば光景そのものというより自分が見ている視界そのものがぼやけている。
目線を手のひらに移せば、地面が見える程に透けていた。
「それはそうだろう。核である彼女がいなくなったんだ。この
『あ……』
そうして思い出す。どうして自分が彼女と早く会わなければいけなかったのか、その理由を。
それが今訪れた。ただ、それだけのこと。
「そろそろ、本当の目覚めの時間だ。大冒険お疲れ様。……といっても、そこまで冒険らしい冒険はしなかったか。街の探索くらいで思ったよりスピード解決でもあったしな」
確かに、特異点や異聞帯の問題に比べれば遥かに早い。でもそれは、頼りになる協力者がいてくれておかげなのが大きい。
それがなければ、きっとまだ違和感を抱いたまま彷徨い続けていただろう。
『……本当にありがとう『殺人貴』。おかげで助かったよ』
「最初から言ってただろ? 『俺はオマエの味方だ』って。だから、その通りに動いただけだよ」
『それでも、嬉しかったからさ。お礼くらい言わせてよ』
だからこその感謝の言葉を贈る。
「……ホント、底抜けのお人好しだな。……あぁ、でも、だからこそ俺は個人的にオマエに手を貸そうって決心が着いたんだ」
その姿に苦笑するものの、だからこそ自分の心は動いたのだろうと納得もいった。
「その善性を失わないでくれよ。それこそが俺がオマエと友人になりたいと思った証だ」
故に、それがなくなるような事態が起きるのは悲しい。
少なくともこの友人は、いつそういう状況に陥ってもおかしくな立ち位置なのだ。
「例え孤立する状況に立たされようと、『それ』がある限りオマエには仲間や友ができ、助けになってくれる。困難を乗り切る力になってくれる。夢の中とはいえ、短時間で友人になった俺が保証しよう。『それ』はオマエの確かな
事実として、今まで孤立しようとどんな困難に苛まれようと自分は周囲の人達に助けてもらってきた。味方だけでなく、時には敵であるはずの者達でさえ、一時的にとはいえ手を取り合えることもあった。
そうせざる状況であったことは確かだろうが、それでもある程度の『信用』がなければ成立し得ない。
「だからなくさないでくれよ? 友人からの頼みだ」
自分にはそれを作る力がある、だからそれを大切にしろと『殺人貴』は言ってくれた。
それを武器だと考えたことはなかったから驚きを隠せないが、しかし彼に認められたことは素直に嬉しい。
『………………うん。ありがとう、友人。会えて良かったよ』
「こちらこそ。楽しくて愉快な時間をありがとう。おかげで良い思い出になった」
そうして別れ際、最期になるであろう時間に握手をする。
「俺達が逢うことはもうないだろう。だが“
若干の自嘲を入れつつも、そんな未来があるかもしれないと彼は語ってくれた。
『
「ああ、どんな結果になるか分からないけど、なんか救いがある気がしないか?」
「まあ、受け売りの言葉だけどね」と微笑む姿に、同意するよう強く頷いた。
『そう、だね……』
それはとても、素敵な
考えただけでも少しは救われた気持ちになれた。
『ありがとう……さようなら。そして、きっとまた逢おう『殺人貴』』
だから、その
「ああ、またな……藤丸」
想いを汲み取ってくれたのか、彼もまた再会を願う言葉を口にする。
――例え今度出会うのが『この自分』でなかったとしても、再会してまた友人となる光景が嫌なわけがないのだから……。
「………………はは」
そうして、『殺人貴』の友人は消えていった。握っていた手も霞の如く消えている。
真夏に見る陽炎のように、ふっと朧気になりつつも綺麗にいた痕跡を残さずに消えていった。
まるで夢の住人はあちらではないのかと思わせる退場の仕方につい笑い声が漏れてしまった。
しかし、無論そんなことはなく、周囲の景色はどんどん色褪せていき、この世界は夢なのだと強く実感する。
「にゃあ」
物思いに耽りそうになった瞬間、足元で猫の鳴き声が聞こえた。
見ると、そこには黒猫が一匹いる。弱々しく、もう自分の足で立っていられないのではないかと思う程衰弱している。
「おまえもお疲れ様」
黒猫を優しく抱き上げる、腕の中に抱えると、彼は静かにベンチに座った。
そこは先程、アースと友人が座っていた所だ。
二人の特等席を使うのは気が引けたが、実はもうこちらも限界なのだ。
友人の手前、気丈に振る舞ってみせていたが、もう立っていられない程消耗している。
「…………はぁ」
座り、黒猫を膝に乗せて、ため息混じりで月を見上げた。
周りの風景はどんどん色褪せていくというのに、あの月だけは変わることなく輝いている。
「ああ、本当に……今夜はこんなにも月が、綺麗だ……」
いつだったかに抱いたその感情が湧き上がり、つい呟いてしまう。
そう感じたのはいつだったかと思い返し――
『――志貴!』
(……ああ、そうか)
はっきりと記憶は蘇った。
「あのばかと逢う前も、こんな月を見たっけ……」
もっとそれを思い出したくて目蓋を閉じる。
そうして、浮かんでくる姿の人物は一人しかいない。
こっちの都合を考えない、お転婆吸血鬼。
振り回されるのにうんざりしつつも何処か満ち足りて楽しかった日々。
その夢に浸るように『殺人貴』の意識は遠のいていった。
遠くで呼ぶ彼女の声を聞きながら……。